第7話 ハマってください
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穴掘り小僧、綾部喜八郎の告白に澪は思わず頭を抱えそうになった。
つまりは、諸悪の根源は喜八郎なのだが彼の行動の切欠は澪だったということだ。
まるで難解なパズルを解いている気分である。忍たま達を澪が助けていたのは、今にして思えば因果応報だったのだろうか。誰か教えてくれという気持ちである。
初日の罠をはる作業は差程苦労せずに終わった。罠を仕掛けた場所の見取り図と仕掛けの内容を村の長に伝えて終いとなり、その日は早めに学園に帰還できたので、澪は大急ぎで先日山から採ってきた草花の香料抽出と、軟膏の調合をはじめた。
採ってきた草花が萎れて香りが落ちてしまう前に、何としても終わらせたかった次第である。保健室に居た伊作に声をかけると、一緒に居た乱太郎と半助までくっついて来た。
保健室に保健委員の乱太郎がいるのはともかく何故、半助もいるのかと聞くと胃薬を貰いに来たとの事だった。
なので、伊作と同じく軟膏の調合について秘匿を了承してもらい、見学者三人が立ち会いのもと、香料を採り調合作業をする事になった。
「へぇ、蒸し器で香料を摂るのか。改造してあるんだな」
「本当は、もっと効率のいい道具があるんですけど……あ、きり丸に窯元を紹介してもらわないと」
きり丸と買い物をした際に購入した中古の蒸し器を改造した蒸留器で作業をしていると、半助がしげしげと眺めてくる。
「ひょっとして、専用の道具を作ってもらうんですか?」
「ええ、そうですよ乱太郎くん。蘭引という蒸留器でしてね。便利なんです」
「……澪さん、わたしはその話を初めて聞いたんだけどなぁ、今」
乱太郎と何気なく会話していると、半助が苦笑いしながら間に入ってきた。そう言えば、蒸留に関する事なんて話していなかった。
変な所で現代チックなのに、そのくせ一部はしっかり戦国なためにこの世界の常識を測るのが難しい。
「蒸留器は、便利そうな物を博多で見た覚えがあったんです。構造はわかるので、今度、窯元さんに依頼して作ってもらおうかと。図面の情報があるので割安で引き受けてもらえたらいいなぁ、と」
「それは香料を取る以外に使い道があるのかい?薬を作るのに使えたら、保健室にも欲しいなぁ」
話しながら、澪が蒸し器に抽出したい香料の元となる花を入れつつ、火を焚べるのを見ていた伊作が興味津々な様子で尋ねて来た。すぐ隣で見ている乱太郎も目が輝いている。
ちなみに、作業場所は臭いもあるので学園の敷地ながら、人気の少ない外である。
「香料を抽出する以外であれば、お酒を蒸留したりもできますね。それを熟成させたら強い酒精の酒が出来ますし、精油を取ればそれは薬になりますよ」
「それ、本当?!」
カッ!と目を見開く伊作。乱太郎も「本当ですか?!」と、澪のすぐ近くまで寄ってきた。
「こらこらお前達、邪魔になるから近寄ったらダメだし。澪さんはわたしに喋ってない事なんだから……まったく、もう」
「えっと、ごめんなさい。土井先生」
「はぁ……伊作、乱太郎。今日の事はとりあえず、わたしの許可があるまで他の人には喋らないように。澪さんは、その知識をらんびきとやらの構造も含めて、この後直ぐにわたしに話すこと!」
澪は江戸時代前後に蘭引が活用された事は知ってはいたが、まさかこのなんちゃって戦国において蒸留について殆ど知られてはいなかったなんて知らなかった。澪の大ポカは、蘭引もどきを博多で見ていたせいもある。
知識がある人は少数とはいえ、いると認識していたのだ。
だが、この時代はSNSなんて物はないし識字率も低い。澪の予想とは程遠く、一部の地域で知られていたとしても、それこそ戦を左右するような知識でなければ、関所もあるせいで中々行き渡らないのであった。
なお、半助からすれば、蒸留器などという最先端技術が詰まっていると思われる代物の図面を、何処とも知れない窯元にポンとくれてやる澪が危なっかしくてならなかった。
基本的に澪は何でも出来るし頼りになるのだが、澪の持つ知識や技術について変なところで本人が無関心且つ無自覚なのだ。
澪から色々な話を聞いてきた半助をして、澪に対する異性としての好意抜きに放置ができないでいた。保健室に偶然いて、無理にでもついてきて良かったと思う半助である。
とりあえず澪のやらかしは半助の手によって収束した。
その後は香料を無事に抽出し、軟膏を調合して終わった。
結構時間のかかる作業だったこともあり、終わる頃には真っ暗だ。なのに澪の作業を全員が真剣に見ていた。途中、食堂ににぎり飯を調達しに行く程である。温かい食事をちゃんと食べればいいのに、どういうわけか物が出来上がるまで三人とも離れなかった。
そして。
「ふぅ、終わりました」
澪が終了を告げると、三人とも何やら惚けていた。別に香料を取って軟膏に加えて練っただけで、大した事はしていない。量は多くないが、芳香蒸留水を小壺に集めて終了だ。日持ちしないがこれは化粧水になる。やはり、改造蒸し器は蒸留しても、成果物が取れる量が少ない。
「澪さん、わたしを弟子にしてください!」
片付けに着手しだすと、乱太郎がそんな事を口にした。弟子、という耳慣れない言葉に目を瞬く。
「え、弟子?」
別にそんなご大層な技術ではない。現代なら、手作りの化粧品なんて簡単に出来てしまうのだし。戦国時代だって、作り方はさして難しくはない。単に材料調達と作成方法が面倒なだけだ。
「あ、ずるいよ乱太郎。それならぼくも弟子になりたい。集めていた香りのついた水だって、何か薬に使えるかもしれないし」
「わたしは医者じゃありませんよ、二人とも。健康や美容方面に知識があるだけです。弟子なんて取れるわけないでしょう」
乱太郎と伊作の話を断りつつ、澪はこの時代の医学は何処まで体系化されているのかと考えていた。怪しい祈祷をする輩だって、医者だとカウントするのである。澪の持つ健康や美容のための知識も、また医学とカウントされている可能性は十分にあったーー頭の痛い事である。そこは戦国なのかとツッコミしたい。
「こらこらお前達、もう夜なんだから終いだ。乱太郎も伊作もそろそろ風呂に入ってこい。わたしは澪さんと話があるから」
半助が二人をどうにか澪から離してくれた。教師からの言葉とあって、名残惜しそうにしながらも大人しく二人は言う事を聞いて、去って行く。
「じゃあ、蒸留について場所を変えて職員室で早速話してくれないか。遅くなって申し訳ないけど」
「分かった、急ぎで片付けるね」
頷いて、澪は手早く片付けた。道具はそんなにないため、あっという間である。その後は半助の所に行って、蒸留について洗いざらいぶちまけた。
と言っても澪のそれは現代人なら分かる話だ。蒸留とは何かという説明から始まり、出来ることを教えると半助は真剣な顔で書き付けている。蘭引の構造の話は絵に書いて説明させられ、終わる頃には皆が寝静まる時間となっていたが、説明を聞いた半助は何やら深い溜息を吐いていた。
そして。
「ーー澪さん、一つだけお願いがある」
「ん、何?」
話が終わって、温い茶を飲み一段落した事にほっとしていた澪は完全に気が抜けていた。
だから、半助の思い詰めた様子に気付くのに遅れた。
「正直、持っている知識だけで君はこの忍術学園よりも遥かにいい場所で生きていけると思う。きっとそこで君は宝のように大事にされるだろう。でもどうか、何も言わずに去ったりだけはしないでくれないか」
「へ?」
いきなり何の話だ。間抜けな声を出す澪に半助は続ける。
「否……何処へも行ってくれるな、行かないで、くれ。澪さん、ここに、忍術学園に、わたし達の……わたしの傍に居てほしい」
半助の声が低く掠れている。別に澪は現代知識でチートしてうっはうはなんて、そりゃあ夢に見ていないとまでは言わないが、いい暮らしをするためにそこまで博打に出る気にはなれない。余程のことがない限り、就職して一年も経っていない学園を出る気は毛頭なかった。
「勿論です、無事に就職できて文句なんて無いのに。クビになるならともかく、自分からそう簡単に出ていきませんって」
「ーー本当に?」
目を細め、こちらの様子を一瞬たりとも見逃さないと言わんばかりの、普段優しい表情ばかり浮かべている半助の鋭い表情に、ドキリとする。咄嗟に頷くと、何時ものようにニコリと笑顔を向けられた。
「じゃあ約束」
すっ、と小指を差し出された。指切りの風習や歌は江戸時代の遊女が己の愛を示す証として、これはという相手に小指を切って渡す事から来ていると、雑学知識として澪は知っているのだが、このなんちゃって戦国の行為はそれを先取りしているのか否か。
子どものように小指を出されると、仕方なく己のそれも差し出して半助と絡める。男性の物だけあって、小指は澪より太い。
「ゆーびきーりげーんまん」
半助の低い歌声が聞こえた。綾部喜八郎が少年らしい高い声で歌っていたのと違い、半助の普段より低い声はじんわりと響いてくる。
「うーそついたら……ん、どーしょっかな」
「針千本ではないので?」
「そんな事したら死んじゃうもん。澪さんとする約束なら、そこは変えておかないと」
そんな物なのか。約束してほしいのは半助のため、好きにさせる。半助は何やら楽しそうだ。
「嘘をついたら、酷いんだからな……指切った」
「え、何それ怖い。具体的じゃないからかえって針千本より怖い」
「怖いだろー?だから、澪さんは居なくなったらダメって事だ。絶対に、ね」
何か言葉の端々に圧力を感じる。多分、きっと心配症の半助の事だ。一年は組の良い子達と同じように澪を思っての発言なのかもしれない。そう思うと、悪い気はしなかった。
「とりあえず、澪さんのこの知識は活用範囲が大きいから、学園長にお話ししてみるよ。正直、わたしでは持て余す。何らかの回答があるまでは、済まないが蘭引の件は待ってくれないか」
「あ、はい……」
効率のいい蒸留器がお預けになって、少し悲しい気もするが改造蒸し器はあるので、個人の趣味としてなら何とかならなくもない。仕方なく頷いた。
「遅くまでごめんね。おやすみなさい」
いつも通りの優しい声、優しい表情の半助。
先ほど見た鋭い表情と、歌う時の低い声を思い出すと、少しだけドキドキしてしまう。これで利吉が好きだなんて、神様はなんて罪作りな運命を科すのかーー等と、相変わらずそれこそ罪作りな勘違いを炸裂させる澪だった。
+++++
翌朝、罠を仕掛ける実習に尾浜勘右衛門と久々知兵助が同行してくれた。朝に澪が弁当を持って男装姿で待っていると、私服姿の二人が元気よく挨拶をしてくれた。
「おっはよーございまーす!」
「おはようございます、澪さん」
手をブンブン降って愛想良くする勘右衛門、兵助はというと綺麗にお辞儀していた。
「いやぁ、伝助くん美少年ですね。これなら、仮に男でもオレいけるかも……」
「もう、朝から何言ってんだよ。勘右衛門は」
巫山戯た発言をする勘右衛門だが、どこまで本気かはさっぱり分からない。今回の活動に参加したがったのも、これを機に澪に近付いてその人となりを観察して彼の物差しではかろうという意図がありそうな気がする。
「あ、それオレ達の弁当ですよね。持ちます」
「昨日、三木ヱ門から聞いたんですけどお弁当凄い美味しかったって。今から、楽しみー!」
「どれどれ……くんくん、あ、本当に凄くいい匂いがする!これは……お酢の匂い?」
兵助が澪の持つ風呂敷を、さっと自然な動作で持っていき、勘右衛門がキラキラした目で見ている。ちなみに、今日のお昼は田舎寿司である。魚や肉を使わない田舎寿司は、現代の高知県の郷土料理である。
「ふふ、開けてからのお楽しみですよ」
三日連続の弁当となるので、飽きがこないようにメニューはばっちり考えてある。なお、この田舎寿司のレシピは現代知識を炸裂させて、澪が料理人の元父親に教えたところ、お殿様にも非常に喜ばれた逸品であり、今日の弁当はお殿様絶賛の元父親の改良レシピを完全再現したものであるーー単に澪が食べたかったともいう。
「尾浜先輩、久々知先輩、澪さん。おはようございます。本日もよろしくお願いします!」
勘右衛門達とやり取りしていると、三木ヱ門の声がした。見ると仲良く四年生が勢揃いしている。
「そしたら、皆さん揃ったので行きましょうか」
この実習の内容は物騒だが、危険度は低いのでちょっぴりピクニック気分だ。忍者とバレる行動を慎む必要はあるが、会話にさえ気をつければ特段問題もない。
そんなわけで、辿り着いた二日目の村でも初日と同じように滞りなく作業ができた。初日に軽くバトルしたおかげか三木ヱ門と滝夜叉丸の罠の仕掛けもアホみたいに過激な物はなくなり、許容範囲内でおさまっていた。
澪は罠を仕掛けるのに邪魔な岩等の撤去や、重たい物の運搬が主だ。慣れてきたので、さくさくである。この分なら、お昼を食べて少ししたら終わるかもしれない。
そう思っていた時である。
「あのっ、伝助さん!」
ふと、兵助に話しかけられた。見ると、そこには文句無しの美少年がいる。眉毛もフサフサだし、まつ毛が長くて可愛い顔をしてるなぁと、精神年齢がいい歳なので親戚や近所のおばちゃん目線で、つい兵助を見てしまう澪である。
「あ、はい。なんでしょう」
「あの、いきなりなんですけど、豆腐は好きですか?」
ーー本当に、何故いきなり豆腐なのだろうか。
前にも後ろにも会話に豆腐の気配は微塵もなかったはずだ。辺りを軽く見渡してみるが、白い豆腐が道端に落ちているわけもなし。
「えーっと、まぁ……」
豆腐が好きか嫌いかと言われたら、特別嫌いでもないし好きでもない。あえて言うなら、くみあげ豆腐にシンプルな塩をかける、という食べ方が好きだな、と正直に答えようとした時である。
「タイム、タイムーー!!」
焦ったような勘右衛門の声がした。
見ると物凄い勢いで勘右衛門が走って来て、澪のすぐ近くに到達したと思ったらそのまま手を引っ張られ、兵助に聞こえないようヒソヒソ話された。
「澪さんっ、下手な答え方したら豆腐地獄がっ。ここは本気で慎重に答えてください!」
「豆腐地獄……?」
偉く柔らかそうな地獄である。意味が分からなくて澪が首を傾げるのと、兵助が抗議するのは同時だった。
「もう、勘右衛門っ。オレが話してる時に伝助さんを横から取るなよ」
「あはは、ごめんごめん。伝助さんに可及的速やかに大事な警告する必要を感じて咄嗟に……っていうか兵助、いきなり『豆腐は好きですか?』ってナイナイ。そんな挨拶するみたいなテンションでいきなり変な質問するのはよくないぞ。日を改めろ日を!それがいい!!」
「えっ、でも大事な事だよ?それに別に変な質問じゃないし」
「そりゃ、兵助にとってはね……」
そう言えば、勘右衛門は兵助と同室だと言っていた。そのせいか、二人とも仲がいい。上級生とはいえ、可愛らしいやり取りをする少年を前に微笑ましい気持ちになったその瞬間である。
ーー何者かの視線と気配を感じた。殺気等はないが、観察されている気がする。
澪が気付いたので、当然ながら勘右衛門達も気付いた。それどころか、タカ丸と落とし穴を製作中の喜八郎以外の四年生達も気付いたようだ。
「ーー伝助さん、どうします?」
「これは四年生の実習ですから、四年生の意見を聞こうかと思います」
勘右衛門がすぐ様真面目な顔になって問いかけてきた。兵助は何者かの姿を探してか、視線だけを向けて周囲の様子を伺っている。澪はすっと手を挙げて、目が合った四年生の滝夜叉丸と三木ヱ門をそのまま手招きした。
「何の御用でしょうか、伝助さん。この忍術学園のアイドル田村三木ヱ門にお任せあれ。過激な火器の取り扱いだけが取り柄ではありませんよ」
「ふふ、この平滝夜叉丸に何をお願いするおつもりですか?まぁ、成績優秀容姿端麗にして、戦輪を使わせたら忍術学園ナンバーワンのわたしにできないことの方が少ないですけどね!」
二人とも笑顔でやって来た。澪が言いたい事は凡そ検討がついていそうであるが、どちらも自信が凄い。二人の長めの口上を聞いた勘右衛門と兵助は、やれやれといった顔をしていた。
「では、先程から妙な気配を感じるのですが、どうしますか?これは四年生の実習なので、皆んなの考えを聞かせてください。わたし達はその話次第でどうするか決めます」
「と、いうわけだ。残りの四年生達とも相手には分からないように、こっそり打合せしろ。調べる気があるなら逃げる可能性もあるから、早くした方がいいぞ」
澪の言葉を兵助が補足すると、二人は顔を見合せて頷いて小走りにタカ丸と喜八郎の所へ走って行った。
それからややあって、タカ丸が代表して四年生の総意を伝えてくれた。
「念の為、探って確認します。もし、何かありそうなら伝助さん達に追って報告するということで。確認は滝夜叉丸と三木ヱ門がして、怪しまれないようにぼくと喜八郎は罠を仕掛ける続きをします」
「分かりました。ありがとうございますタカ丸くん、では、そのように。わたし達も怪しまれないよう作業を続行しましょうか。お昼ご飯はは滝夜叉丸くん達が帰って来てからということで」
果たして、滝夜叉丸達がどんな偵察結果を持って帰ってくるのか。気になりつつも澪は作業に戻る。ついでに、兵助に先ほどのいきなりな質問の答えを返しておいた。
「兵助くん。わたしは、くみあげ豆腐に塩を振って食べるのが割と好きです」
そう伝えると、兵助の顔はキラキラと輝き近くにいた勘右衛門が何故か膝から崩れ落ちて顔を覆っていた……謎である。
「澪さんっ、くぅ、オレが不甲斐ないばっかりに。うぅ、絶対に近い内にアレが来る」
何やらブツブツ呟く勘右衛門。よくは分からなかったが、兵助が鼻歌混じりに作業もしておりご機嫌のため、とりあえず澪は罠をはる作業に戻るのだった。
それから程なくして、滝夜叉丸と三木ヱ門が戻ってきた。二人が戻ってくる間に、例の視線や気配は消えておりどこかへ行ってしまっていた。二人はと言うと、困ったような難しい顔をしていた。
「ーーどうだったんだ、二人とも」
戻ってきた二人を見て、全員が作業をする手を止めてそちらに向かう。兵助が尋ねると、滝夜叉丸が返答してくれた。自己陶酔の強い滝夜叉丸であるが、今の表情は真剣であり卵でも忍者なのだと思わせる物があった。
「我々を監視していたのは、賊の集団の一味のようでした。つけたのですが、近くの山に拠点があるようです。結構な人数がいて、わたしと三木ヱ門が調査したところ、おそらく二十近く。他にも拠点がある可能性もありますので、人数はもっと多いやもしれません。そして、我々が罠をはる三つの村と、どうも忍術学園への襲撃すら考えている様子でした」
「何だって。村だけじゃなく、忍術学園まで?連中は正気か」
滝夜叉丸の言葉に、勘右衛門が顔を顰めた。確かに忍術学園は立派な門扉の、いかにも金のある感じの場所ではあるが、中にいるのは忍者とその卵達だ。
「連中の狙いは、金目の物です。おそらくは学園内にある火薬や武器を筆頭とした価値の高い物を盗むつもりかと。どうも集団の一人に戦術に心得のある輩がいるようで、確認はできませんでしたが、作戦を立てているというような事を聞きました。ひょっとすると、落武者等が混じっているかもしれません」
「成程……それは放置できない話ですね」
思わず、澪はそう口にしていた。
正直、忍術学園をその程度の人数で襲撃したところで、どうにかなるとは思わない。おそらくは、忍術学園の事をよく知らないからそんな事を考えつくのだろう。無知は無謀に繋がるからだ。だからといって、放っておけば被害がでる事は想像にかたくない。
「ひょっとして、その集団とやらが最近の治安の悪化の原因なのかな……」
「ぼくもそう思う。悪い連中ってのは、大抵は群れるからね。大方、そいつらの一味が小銭稼ぎで彷徨いてたんじゃないのかな」
タカ丸と喜八郎の会話に澪も同意して、頷いた。
「では、四年生の皆さんはどうしたいですか?どうすべきだと思いますか?」
どうせなら、この状況を利用すべきだ。学園長の秘書としてそれらしい事は殆どしてはいないが、暇潰しの話し相手をしてきた澪は、学園長の考え方が少しずつ予想できるようになってきた。
何事も経験を積ませ、忍たまを立派な忍者にするためには、あらゆる機会を与える。それこそが、大川平次渦正が是とする物であろう。故に澪はその考えに従う事にした。
「ーー連中を倒すべきです」
最初に答えたのは三木ヱ門である。
「わたしも同意見です。後々のためにも」
滝夜叉丸の顔は、戦う決意を既にしているようで凛々しい物があった。タカ丸と喜八郎も静かに頷いている。
ならば、決まりだ。
勘右衛門や兵助は目を細めて、後輩達を静かに見ていた。一つ下の学年だけに、胸中は自分達もうかうかしていられないと感じているかもしれない。
「では、実習の内容を変えます。村に罠をはる事は続行しつつ、賊の退治を目指します。五年生のうち、どちらかが学園に戻って学園長に事の許可を取り、念の為、上級生や教師の応援等の手配を付けること。作戦の立案等は全て四年生が話し合って決めること。できますね?」
澪が四年生全員を見渡すと、全員がほぼ同時に頷いた。気分が高揚して来たのか、緊張しつつもやる気に満ちた顔つきに、自然と澪も戦闘意欲を擽られる。
「では、いざ賊退治といきますか」
華の顏に潜む刃の如き物騒な物を思わせる澪の笑みに、その場に居た忍たま全員がびくっと小さく身体を震わせるのだった。
つまりは、諸悪の根源は喜八郎なのだが彼の行動の切欠は澪だったということだ。
まるで難解なパズルを解いている気分である。忍たま達を澪が助けていたのは、今にして思えば因果応報だったのだろうか。誰か教えてくれという気持ちである。
初日の罠をはる作業は差程苦労せずに終わった。罠を仕掛けた場所の見取り図と仕掛けの内容を村の長に伝えて終いとなり、その日は早めに学園に帰還できたので、澪は大急ぎで先日山から採ってきた草花の香料抽出と、軟膏の調合をはじめた。
採ってきた草花が萎れて香りが落ちてしまう前に、何としても終わらせたかった次第である。保健室に居た伊作に声をかけると、一緒に居た乱太郎と半助までくっついて来た。
保健室に保健委員の乱太郎がいるのはともかく何故、半助もいるのかと聞くと胃薬を貰いに来たとの事だった。
なので、伊作と同じく軟膏の調合について秘匿を了承してもらい、見学者三人が立ち会いのもと、香料を採り調合作業をする事になった。
「へぇ、蒸し器で香料を摂るのか。改造してあるんだな」
「本当は、もっと効率のいい道具があるんですけど……あ、きり丸に窯元を紹介してもらわないと」
きり丸と買い物をした際に購入した中古の蒸し器を改造した蒸留器で作業をしていると、半助がしげしげと眺めてくる。
「ひょっとして、専用の道具を作ってもらうんですか?」
「ええ、そうですよ乱太郎くん。蘭引という蒸留器でしてね。便利なんです」
「……澪さん、わたしはその話を初めて聞いたんだけどなぁ、今」
乱太郎と何気なく会話していると、半助が苦笑いしながら間に入ってきた。そう言えば、蒸留に関する事なんて話していなかった。
変な所で現代チックなのに、そのくせ一部はしっかり戦国なためにこの世界の常識を測るのが難しい。
「蒸留器は、便利そうな物を博多で見た覚えがあったんです。構造はわかるので、今度、窯元さんに依頼して作ってもらおうかと。図面の情報があるので割安で引き受けてもらえたらいいなぁ、と」
「それは香料を取る以外に使い道があるのかい?薬を作るのに使えたら、保健室にも欲しいなぁ」
話しながら、澪が蒸し器に抽出したい香料の元となる花を入れつつ、火を焚べるのを見ていた伊作が興味津々な様子で尋ねて来た。すぐ隣で見ている乱太郎も目が輝いている。
ちなみに、作業場所は臭いもあるので学園の敷地ながら、人気の少ない外である。
「香料を抽出する以外であれば、お酒を蒸留したりもできますね。それを熟成させたら強い酒精の酒が出来ますし、精油を取ればそれは薬になりますよ」
「それ、本当?!」
カッ!と目を見開く伊作。乱太郎も「本当ですか?!」と、澪のすぐ近くまで寄ってきた。
「こらこらお前達、邪魔になるから近寄ったらダメだし。澪さんはわたしに喋ってない事なんだから……まったく、もう」
「えっと、ごめんなさい。土井先生」
「はぁ……伊作、乱太郎。今日の事はとりあえず、わたしの許可があるまで他の人には喋らないように。澪さんは、その知識をらんびきとやらの構造も含めて、この後直ぐにわたしに話すこと!」
澪は江戸時代前後に蘭引が活用された事は知ってはいたが、まさかこのなんちゃって戦国において蒸留について殆ど知られてはいなかったなんて知らなかった。澪の大ポカは、蘭引もどきを博多で見ていたせいもある。
知識がある人は少数とはいえ、いると認識していたのだ。
だが、この時代はSNSなんて物はないし識字率も低い。澪の予想とは程遠く、一部の地域で知られていたとしても、それこそ戦を左右するような知識でなければ、関所もあるせいで中々行き渡らないのであった。
なお、半助からすれば、蒸留器などという最先端技術が詰まっていると思われる代物の図面を、何処とも知れない窯元にポンとくれてやる澪が危なっかしくてならなかった。
基本的に澪は何でも出来るし頼りになるのだが、澪の持つ知識や技術について変なところで本人が無関心且つ無自覚なのだ。
澪から色々な話を聞いてきた半助をして、澪に対する異性としての好意抜きに放置ができないでいた。保健室に偶然いて、無理にでもついてきて良かったと思う半助である。
とりあえず澪のやらかしは半助の手によって収束した。
その後は香料を無事に抽出し、軟膏を調合して終わった。
結構時間のかかる作業だったこともあり、終わる頃には真っ暗だ。なのに澪の作業を全員が真剣に見ていた。途中、食堂ににぎり飯を調達しに行く程である。温かい食事をちゃんと食べればいいのに、どういうわけか物が出来上がるまで三人とも離れなかった。
そして。
「ふぅ、終わりました」
澪が終了を告げると、三人とも何やら惚けていた。別に香料を取って軟膏に加えて練っただけで、大した事はしていない。量は多くないが、芳香蒸留水を小壺に集めて終了だ。日持ちしないがこれは化粧水になる。やはり、改造蒸し器は蒸留しても、成果物が取れる量が少ない。
「澪さん、わたしを弟子にしてください!」
片付けに着手しだすと、乱太郎がそんな事を口にした。弟子、という耳慣れない言葉に目を瞬く。
「え、弟子?」
別にそんなご大層な技術ではない。現代なら、手作りの化粧品なんて簡単に出来てしまうのだし。戦国時代だって、作り方はさして難しくはない。単に材料調達と作成方法が面倒なだけだ。
「あ、ずるいよ乱太郎。それならぼくも弟子になりたい。集めていた香りのついた水だって、何か薬に使えるかもしれないし」
「わたしは医者じゃありませんよ、二人とも。健康や美容方面に知識があるだけです。弟子なんて取れるわけないでしょう」
乱太郎と伊作の話を断りつつ、澪はこの時代の医学は何処まで体系化されているのかと考えていた。怪しい祈祷をする輩だって、医者だとカウントするのである。澪の持つ健康や美容のための知識も、また医学とカウントされている可能性は十分にあったーー頭の痛い事である。そこは戦国なのかとツッコミしたい。
「こらこらお前達、もう夜なんだから終いだ。乱太郎も伊作もそろそろ風呂に入ってこい。わたしは澪さんと話があるから」
半助が二人をどうにか澪から離してくれた。教師からの言葉とあって、名残惜しそうにしながらも大人しく二人は言う事を聞いて、去って行く。
「じゃあ、蒸留について場所を変えて職員室で早速話してくれないか。遅くなって申し訳ないけど」
「分かった、急ぎで片付けるね」
頷いて、澪は手早く片付けた。道具はそんなにないため、あっという間である。その後は半助の所に行って、蒸留について洗いざらいぶちまけた。
と言っても澪のそれは現代人なら分かる話だ。蒸留とは何かという説明から始まり、出来ることを教えると半助は真剣な顔で書き付けている。蘭引の構造の話は絵に書いて説明させられ、終わる頃には皆が寝静まる時間となっていたが、説明を聞いた半助は何やら深い溜息を吐いていた。
そして。
「ーー澪さん、一つだけお願いがある」
「ん、何?」
話が終わって、温い茶を飲み一段落した事にほっとしていた澪は完全に気が抜けていた。
だから、半助の思い詰めた様子に気付くのに遅れた。
「正直、持っている知識だけで君はこの忍術学園よりも遥かにいい場所で生きていけると思う。きっとそこで君は宝のように大事にされるだろう。でもどうか、何も言わずに去ったりだけはしないでくれないか」
「へ?」
いきなり何の話だ。間抜けな声を出す澪に半助は続ける。
「否……何処へも行ってくれるな、行かないで、くれ。澪さん、ここに、忍術学園に、わたし達の……わたしの傍に居てほしい」
半助の声が低く掠れている。別に澪は現代知識でチートしてうっはうはなんて、そりゃあ夢に見ていないとまでは言わないが、いい暮らしをするためにそこまで博打に出る気にはなれない。余程のことがない限り、就職して一年も経っていない学園を出る気は毛頭なかった。
「勿論です、無事に就職できて文句なんて無いのに。クビになるならともかく、自分からそう簡単に出ていきませんって」
「ーー本当に?」
目を細め、こちらの様子を一瞬たりとも見逃さないと言わんばかりの、普段優しい表情ばかり浮かべている半助の鋭い表情に、ドキリとする。咄嗟に頷くと、何時ものようにニコリと笑顔を向けられた。
「じゃあ約束」
すっ、と小指を差し出された。指切りの風習や歌は江戸時代の遊女が己の愛を示す証として、これはという相手に小指を切って渡す事から来ていると、雑学知識として澪は知っているのだが、このなんちゃって戦国の行為はそれを先取りしているのか否か。
子どものように小指を出されると、仕方なく己のそれも差し出して半助と絡める。男性の物だけあって、小指は澪より太い。
「ゆーびきーりげーんまん」
半助の低い歌声が聞こえた。綾部喜八郎が少年らしい高い声で歌っていたのと違い、半助の普段より低い声はじんわりと響いてくる。
「うーそついたら……ん、どーしょっかな」
「針千本ではないので?」
「そんな事したら死んじゃうもん。澪さんとする約束なら、そこは変えておかないと」
そんな物なのか。約束してほしいのは半助のため、好きにさせる。半助は何やら楽しそうだ。
「嘘をついたら、酷いんだからな……指切った」
「え、何それ怖い。具体的じゃないからかえって針千本より怖い」
「怖いだろー?だから、澪さんは居なくなったらダメって事だ。絶対に、ね」
何か言葉の端々に圧力を感じる。多分、きっと心配症の半助の事だ。一年は組の良い子達と同じように澪を思っての発言なのかもしれない。そう思うと、悪い気はしなかった。
「とりあえず、澪さんのこの知識は活用範囲が大きいから、学園長にお話ししてみるよ。正直、わたしでは持て余す。何らかの回答があるまでは、済まないが蘭引の件は待ってくれないか」
「あ、はい……」
効率のいい蒸留器がお預けになって、少し悲しい気もするが改造蒸し器はあるので、個人の趣味としてなら何とかならなくもない。仕方なく頷いた。
「遅くまでごめんね。おやすみなさい」
いつも通りの優しい声、優しい表情の半助。
先ほど見た鋭い表情と、歌う時の低い声を思い出すと、少しだけドキドキしてしまう。これで利吉が好きだなんて、神様はなんて罪作りな運命を科すのかーー等と、相変わらずそれこそ罪作りな勘違いを炸裂させる澪だった。
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翌朝、罠を仕掛ける実習に尾浜勘右衛門と久々知兵助が同行してくれた。朝に澪が弁当を持って男装姿で待っていると、私服姿の二人が元気よく挨拶をしてくれた。
「おっはよーございまーす!」
「おはようございます、澪さん」
手をブンブン降って愛想良くする勘右衛門、兵助はというと綺麗にお辞儀していた。
「いやぁ、伝助くん美少年ですね。これなら、仮に男でもオレいけるかも……」
「もう、朝から何言ってんだよ。勘右衛門は」
巫山戯た発言をする勘右衛門だが、どこまで本気かはさっぱり分からない。今回の活動に参加したがったのも、これを機に澪に近付いてその人となりを観察して彼の物差しではかろうという意図がありそうな気がする。
「あ、それオレ達の弁当ですよね。持ちます」
「昨日、三木ヱ門から聞いたんですけどお弁当凄い美味しかったって。今から、楽しみー!」
「どれどれ……くんくん、あ、本当に凄くいい匂いがする!これは……お酢の匂い?」
兵助が澪の持つ風呂敷を、さっと自然な動作で持っていき、勘右衛門がキラキラした目で見ている。ちなみに、今日のお昼は田舎寿司である。魚や肉を使わない田舎寿司は、現代の高知県の郷土料理である。
「ふふ、開けてからのお楽しみですよ」
三日連続の弁当となるので、飽きがこないようにメニューはばっちり考えてある。なお、この田舎寿司のレシピは現代知識を炸裂させて、澪が料理人の元父親に教えたところ、お殿様にも非常に喜ばれた逸品であり、今日の弁当はお殿様絶賛の元父親の改良レシピを完全再現したものであるーー単に澪が食べたかったともいう。
「尾浜先輩、久々知先輩、澪さん。おはようございます。本日もよろしくお願いします!」
勘右衛門達とやり取りしていると、三木ヱ門の声がした。見ると仲良く四年生が勢揃いしている。
「そしたら、皆さん揃ったので行きましょうか」
この実習の内容は物騒だが、危険度は低いのでちょっぴりピクニック気分だ。忍者とバレる行動を慎む必要はあるが、会話にさえ気をつければ特段問題もない。
そんなわけで、辿り着いた二日目の村でも初日と同じように滞りなく作業ができた。初日に軽くバトルしたおかげか三木ヱ門と滝夜叉丸の罠の仕掛けもアホみたいに過激な物はなくなり、許容範囲内でおさまっていた。
澪は罠を仕掛けるのに邪魔な岩等の撤去や、重たい物の運搬が主だ。慣れてきたので、さくさくである。この分なら、お昼を食べて少ししたら終わるかもしれない。
そう思っていた時である。
「あのっ、伝助さん!」
ふと、兵助に話しかけられた。見ると、そこには文句無しの美少年がいる。眉毛もフサフサだし、まつ毛が長くて可愛い顔をしてるなぁと、精神年齢がいい歳なので親戚や近所のおばちゃん目線で、つい兵助を見てしまう澪である。
「あ、はい。なんでしょう」
「あの、いきなりなんですけど、豆腐は好きですか?」
ーー本当に、何故いきなり豆腐なのだろうか。
前にも後ろにも会話に豆腐の気配は微塵もなかったはずだ。辺りを軽く見渡してみるが、白い豆腐が道端に落ちているわけもなし。
「えーっと、まぁ……」
豆腐が好きか嫌いかと言われたら、特別嫌いでもないし好きでもない。あえて言うなら、くみあげ豆腐にシンプルな塩をかける、という食べ方が好きだな、と正直に答えようとした時である。
「タイム、タイムーー!!」
焦ったような勘右衛門の声がした。
見ると物凄い勢いで勘右衛門が走って来て、澪のすぐ近くに到達したと思ったらそのまま手を引っ張られ、兵助に聞こえないようヒソヒソ話された。
「澪さんっ、下手な答え方したら豆腐地獄がっ。ここは本気で慎重に答えてください!」
「豆腐地獄……?」
偉く柔らかそうな地獄である。意味が分からなくて澪が首を傾げるのと、兵助が抗議するのは同時だった。
「もう、勘右衛門っ。オレが話してる時に伝助さんを横から取るなよ」
「あはは、ごめんごめん。伝助さんに可及的速やかに大事な警告する必要を感じて咄嗟に……っていうか兵助、いきなり『豆腐は好きですか?』ってナイナイ。そんな挨拶するみたいなテンションでいきなり変な質問するのはよくないぞ。日を改めろ日を!それがいい!!」
「えっ、でも大事な事だよ?それに別に変な質問じゃないし」
「そりゃ、兵助にとってはね……」
そう言えば、勘右衛門は兵助と同室だと言っていた。そのせいか、二人とも仲がいい。上級生とはいえ、可愛らしいやり取りをする少年を前に微笑ましい気持ちになったその瞬間である。
ーー何者かの視線と気配を感じた。殺気等はないが、観察されている気がする。
澪が気付いたので、当然ながら勘右衛門達も気付いた。それどころか、タカ丸と落とし穴を製作中の喜八郎以外の四年生達も気付いたようだ。
「ーー伝助さん、どうします?」
「これは四年生の実習ですから、四年生の意見を聞こうかと思います」
勘右衛門がすぐ様真面目な顔になって問いかけてきた。兵助は何者かの姿を探してか、視線だけを向けて周囲の様子を伺っている。澪はすっと手を挙げて、目が合った四年生の滝夜叉丸と三木ヱ門をそのまま手招きした。
「何の御用でしょうか、伝助さん。この忍術学園のアイドル田村三木ヱ門にお任せあれ。過激な火器の取り扱いだけが取り柄ではありませんよ」
「ふふ、この平滝夜叉丸に何をお願いするおつもりですか?まぁ、成績優秀容姿端麗にして、戦輪を使わせたら忍術学園ナンバーワンのわたしにできないことの方が少ないですけどね!」
二人とも笑顔でやって来た。澪が言いたい事は凡そ検討がついていそうであるが、どちらも自信が凄い。二人の長めの口上を聞いた勘右衛門と兵助は、やれやれといった顔をしていた。
「では、先程から妙な気配を感じるのですが、どうしますか?これは四年生の実習なので、皆んなの考えを聞かせてください。わたし達はその話次第でどうするか決めます」
「と、いうわけだ。残りの四年生達とも相手には分からないように、こっそり打合せしろ。調べる気があるなら逃げる可能性もあるから、早くした方がいいぞ」
澪の言葉を兵助が補足すると、二人は顔を見合せて頷いて小走りにタカ丸と喜八郎の所へ走って行った。
それからややあって、タカ丸が代表して四年生の総意を伝えてくれた。
「念の為、探って確認します。もし、何かありそうなら伝助さん達に追って報告するということで。確認は滝夜叉丸と三木ヱ門がして、怪しまれないようにぼくと喜八郎は罠を仕掛ける続きをします」
「分かりました。ありがとうございますタカ丸くん、では、そのように。わたし達も怪しまれないよう作業を続行しましょうか。お昼ご飯はは滝夜叉丸くん達が帰って来てからということで」
果たして、滝夜叉丸達がどんな偵察結果を持って帰ってくるのか。気になりつつも澪は作業に戻る。ついでに、兵助に先ほどのいきなりな質問の答えを返しておいた。
「兵助くん。わたしは、くみあげ豆腐に塩を振って食べるのが割と好きです」
そう伝えると、兵助の顔はキラキラと輝き近くにいた勘右衛門が何故か膝から崩れ落ちて顔を覆っていた……謎である。
「澪さんっ、くぅ、オレが不甲斐ないばっかりに。うぅ、絶対に近い内にアレが来る」
何やらブツブツ呟く勘右衛門。よくは分からなかったが、兵助が鼻歌混じりに作業もしておりご機嫌のため、とりあえず澪は罠をはる作業に戻るのだった。
それから程なくして、滝夜叉丸と三木ヱ門が戻ってきた。二人が戻ってくる間に、例の視線や気配は消えておりどこかへ行ってしまっていた。二人はと言うと、困ったような難しい顔をしていた。
「ーーどうだったんだ、二人とも」
戻ってきた二人を見て、全員が作業をする手を止めてそちらに向かう。兵助が尋ねると、滝夜叉丸が返答してくれた。自己陶酔の強い滝夜叉丸であるが、今の表情は真剣であり卵でも忍者なのだと思わせる物があった。
「我々を監視していたのは、賊の集団の一味のようでした。つけたのですが、近くの山に拠点があるようです。結構な人数がいて、わたしと三木ヱ門が調査したところ、おそらく二十近く。他にも拠点がある可能性もありますので、人数はもっと多いやもしれません。そして、我々が罠をはる三つの村と、どうも忍術学園への襲撃すら考えている様子でした」
「何だって。村だけじゃなく、忍術学園まで?連中は正気か」
滝夜叉丸の言葉に、勘右衛門が顔を顰めた。確かに忍術学園は立派な門扉の、いかにも金のある感じの場所ではあるが、中にいるのは忍者とその卵達だ。
「連中の狙いは、金目の物です。おそらくは学園内にある火薬や武器を筆頭とした価値の高い物を盗むつもりかと。どうも集団の一人に戦術に心得のある輩がいるようで、確認はできませんでしたが、作戦を立てているというような事を聞きました。ひょっとすると、落武者等が混じっているかもしれません」
「成程……それは放置できない話ですね」
思わず、澪はそう口にしていた。
正直、忍術学園をその程度の人数で襲撃したところで、どうにかなるとは思わない。おそらくは、忍術学園の事をよく知らないからそんな事を考えつくのだろう。無知は無謀に繋がるからだ。だからといって、放っておけば被害がでる事は想像にかたくない。
「ひょっとして、その集団とやらが最近の治安の悪化の原因なのかな……」
「ぼくもそう思う。悪い連中ってのは、大抵は群れるからね。大方、そいつらの一味が小銭稼ぎで彷徨いてたんじゃないのかな」
タカ丸と喜八郎の会話に澪も同意して、頷いた。
「では、四年生の皆さんはどうしたいですか?どうすべきだと思いますか?」
どうせなら、この状況を利用すべきだ。学園長の秘書としてそれらしい事は殆どしてはいないが、暇潰しの話し相手をしてきた澪は、学園長の考え方が少しずつ予想できるようになってきた。
何事も経験を積ませ、忍たまを立派な忍者にするためには、あらゆる機会を与える。それこそが、大川平次渦正が是とする物であろう。故に澪はその考えに従う事にした。
「ーー連中を倒すべきです」
最初に答えたのは三木ヱ門である。
「わたしも同意見です。後々のためにも」
滝夜叉丸の顔は、戦う決意を既にしているようで凛々しい物があった。タカ丸と喜八郎も静かに頷いている。
ならば、決まりだ。
勘右衛門や兵助は目を細めて、後輩達を静かに見ていた。一つ下の学年だけに、胸中は自分達もうかうかしていられないと感じているかもしれない。
「では、実習の内容を変えます。村に罠をはる事は続行しつつ、賊の退治を目指します。五年生のうち、どちらかが学園に戻って学園長に事の許可を取り、念の為、上級生や教師の応援等の手配を付けること。作戦の立案等は全て四年生が話し合って決めること。できますね?」
澪が四年生全員を見渡すと、全員がほぼ同時に頷いた。気分が高揚して来たのか、緊張しつつもやる気に満ちた顔つきに、自然と澪も戦闘意欲を擽られる。
「では、いざ賊退治といきますか」
華の顏に潜む刃の如き物騒な物を思わせる澪の笑みに、その場に居た忍たま全員がびくっと小さく身体を震わせるのだった。
