第7話 ハマってください
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ーー澪さんが、人気すぎて辛い」
はぁー、と深いため息が思わず零れた。
そんな小平太が珍しく吐露する憂いの感情を聞いた長次はと言うと、何時もの無愛想な顔で頷く。顔に傷が出来てからというもの、浮かべる表情がいつの間にかチグハグになってしまった心根の優しき友を前に、小平太はへにょりとその太い眉を歪めた。
澪との打ち合わせが終わり、その夜、小平太と長次は自室で明日から始まる忍務について、寝る前に軽く話をしていた。
今日は星灯が強く、窓から月の光が僅かに部屋の中に差し込むため、至近距離なら灯り等なくても相手の表情が手に取るように分かる。
油の無駄遣いは厳禁のため、雑談は窓から零れる僅かな空の光を頼りに静かに行うのが常だ。
「ファン倶楽部だなんて、わたしは気に入らない。澪さんが怒らないのをいいことに、けしからんぞ。しかも伊作まで、くのいち教室の生徒と同じようにはしゃぐなんて」
「だが、害が無いなら止められん。もそ」
「その通りだ。害があれば、わたしが手を下してもいいと思うのだが、ファン倶楽部には山本シナ先生までおられるから変に健全で手が出せない。おまけに、何を考えてるのか尾浜勘右衛門に久々知兵助まで今回の忍務にしゃしゃり出てくるし。兵助はともかく、勘右衛門は腹に何か一物隠し持ってる感じがして、三郎より始末に悪い時があるというのに」
この場に本人達が居ないのをいいことに、言いたい放題の小平太である。それと、小平太自身も勘右衛門の事を言えない。
何故なら、表向きの性格と腹の中身のギャップについては小平太も勘右衛門も方向性が違うだけで、お互いが持つ物だからだ。つまり、二面性があると言う点については同じなのである。
「恋敵の土井先生が奥手でよかった……でないと、わたしが不利過ぎる。卒業までは手が出せんからな」
「澪さんは素敵な女性だとは思うが、わたし達のような忍たまでは手に余るだろう。惚れるだけ、小平太は凄いと思う。もそ」
「だって、惚れたものは仕方ない!わたしは澪さんが例え、何処ぞの姫君でも諦めないぞ。大体、既に経歴的には忍び等は手も出せぬお嬢様だしな。今更だ」
小平太と普段より饒舌に話してくれる長次の言葉に、頷きつつも小平太は己の開き直る境地を口にした。
以前、澪から聞いた彼女の経歴は庶民なら嫁にと望むのは、躊躇するような物ばかりだった。最後に世話になっていた元父親が石見の銀山の代官だなんて、血こそ繋がってなかったとしても被官を受ける身分の娘だったというだけで、及び腰になろうと言うものだ。
「わたし達に惚れるなーーと言ってこないだけ小平太は偉いと思う」
「そんなの当たり前だ。人の気持ち等、簡単に操れるものか。澪さんに好意を抱くのを止めはせんし、できん。だが、惚れたと言うならその時は遠慮はしない。もしも、いい加減な気持ちで下手に近づくなら全力で排除する。例え同じ忍たまであっても、誰であっても。それだけだ」
恋とは戦いである、と小平太は思う。人間は土地の奪い合いのために戦に夢中になっているが、自然界にふと目を向けると繁殖の時期には雌に己を見て欲しくて、あらゆる雄は熾烈な戦いをしている。
それを思うと、まさに生き物として、あるいは一人の男としてこうと決めた女相手に必死にもなろうと言うものだ。
「もそ、陰ながら応援している」
「ありがとう、長次」
「今日はもう寝よう。明日は早い」
「ああ、そうだな……男装姿の澪さんと一緒だなんて、すごく楽しみだ」
澪の姿が脳裏に浮かぶ。
それだけで、胸が温かくなって幸せな気持ちになれる。恋とは戦いだが、本当の戦いとは違い血も流れないし、硝煙の臭いもしない。己の中に着実に育つ柔らかくも激しい熱い気持ちを抱え、小平太は眠った。
ーーその日見た夢の中で、小平太は体育委員会の後輩達や澪と楽しくバレーをしていた。
翌朝。
外出の許可を貰った上で、待ち合わせ場所に向かうと既に澪がいた。見ると何やら荷物が多いーーふわっ、と風に混じっていい匂いがしたので、澪の荷物の正体が本日の昼飯であると直ぐに分かった。
「おはようございます、お二人とも」
「おはよう、澪さん!」
「もそ、おはよう」
綺麗だ、と朝の挨拶代わりに口にしそうになった。朝日を浴びて立つ、ハッとする程美しい男装姿の澪は男女問わず目を引く容姿で、今日出向くのはなんの変哲もない農村だというのに変な輩に目をつけられたりしないかと、心配になってしまった。
「澪さん、その荷物はひょっとしてわたし達の弁当か?だったら、わたしが持つぞ!」
「軽いので大丈夫ですよ、小平太くん。あ、そうだ……小平太くんと長次くんに、他の人達が来るまでに聞きたいことが」
結構重そうな荷物だが、確かに澪にとっては軽いだろう。というより、大抵の荷物は軽いに違いない。
「もそ、聞きたい事というと?」
「鵺捕獲のお礼に何か差し上げたくて。お菓子でも作ろうと思うのですけど、嫌いな物や食べられない物がないかと。あと、もしリクエストがあれば」
鵺捕獲は忍務だったし、礼等要らない。そもそも、小平太が無理に乱入して成立した事だったので、礼すら貰う物でもないというのにーー澪の律儀な対応にふっと笑みが零れる。それは長次も同じだったようで、優しい目で澪を見ていた。
「わたしは澪さんが作ってくれるなら何でもいいぞ!」
「わたしも。ただ、あえて言うなら澪さんは料理上手だから、できれば創作のお菓子がいい……もそ」
「成程、分かりました。では、出来上がったらお声がけしますね」
澪の料理の腕前はかなりのものである。時々、食堂のおばちゃんを手伝っている時があり、おばちゃんに澪が何を作ったか聞くと、担当している品を教えられ、気持ち少し甘めのだが間違いなく美味しい味に、益々小平太は澪に惚れた。
「澪さん、矢張り弁当はわたしが持ちたい!」
澪が幾ら怪力で荷物を持つのに問題なくとも、それとこれとは別だ。荷物持ちはさせられないと、渡すように手を差し出す。澪は苦笑いしながらも、弁当の入った風呂敷を渡してくれたのだった。
その後、程なくして四年生がやってきた。交代制になるため、五年生は明日に六年生と入れ替わりで参加となる。元を正せば、今回の実習は綾部喜八郎が原因のため、昨夜、帰宅した仙蔵が文次郎から話を聞いたらしく、最終日は自分も行きたいと申し出があった。
行き先の村は三つあり、一日に一箇所ずつ罠を仕掛けていくので全部で三日かかる計算だ。
朝早くに出かけ、日暮れまでには学園に戻るためその間に準備を終える手筈である。
「うわぁ、澪さんの男装姿も素敵ですねー」
「ぼくの愛用の踏鋤のフミコさんも、澪さんに負けず劣らず輝いているように見えるけどなぁ……」
「澪さんも中々の物だが、今日は連れて行けないぼくのユリコの美しさが一番です。嗚呼、ユリコ留守番させてごめんよっ」
「ふふ、確かに澪さんは美しい!だが、この忍術学園のスーパースターである平滝夜叉丸の私服姿こそが……」
「よし、揃ったならいくぞ!いけいけどんどーん!!」
四年生は相変わらず個性的である。
編入してきたタカ丸はほわんとしており、穴掘りをこよなく愛する喜八郎は愛用の踏鋤を肩に担いでおり、石火矢のユリコを思って切なそうな顔を浮かべる三木ヱ門、そして今日も自分自身へ恍惚としている滝夜叉丸。皆んな揃って皆んなバラバラであった。
だが問題ない。そういう輩は更なる強い個性で引っ張れば問題無しである。
「七松先輩っ、走らないでくださいっ!」
「せっかくなら村まで走って鍛錬するぞっ。伝助はわたしと手を繋いで走ろう!!」
体育委員会後輩の滝夜叉丸が声を上げるのを無視して、小平太は澪の手を取り走り出す。長次は慣れているため文句を言うでもなく付いて来て、残りの四年生は置いていかれまいと必死に後を追いかけて来るのだった。
走ったおかげもあり、村には早く着いた。村の長に学園長からの手紙を渡すと大変喜んでくれ、早速作業に取り掛かる事になった。
村の長、曰くーー「つい最近、村におる年寄りの夫婦を襲った連中がおって、身ぐるみはいで行きよったんじゃ。殺しこそなかったが、夫婦は酷い怪我をした……許せぬ事よ。罠は獣と人の両方にきくものを頼みたい」との事だった。
治安の悪さが、村の結束を高めているようである。見慣れぬ小平太達に向けられる村民の視線は、最初こそ監視するような居心地の悪い物だったが、学園長から手紙を渡された長が説明をした後は、むしろ歓迎するような物に変わった。
「ーーオレ達はお前達の監督を任された身だ。罠をはる位置に種類はお前達で考えろ。ただし、危険な物や無駄な物については指摘するので、指示に従う事。罠をはるのはオレ達も手伝う。以上だ」
手身近に小平太が説明すると、四年生達は黙って頷いた。出発前の個性が溢れ過ぎたてんでバラバラな姿ではなく、一つの目的を持って行動をする様子に小平太は目を細める。四年生ともなれば上級生になってくるのだ。遊びが減り、時には危険な忍務に従事する事だって十分にあり得る。
そういう学年である事を、四年生自身が一番自覚しているのだろう。皆、持って来た道具を手に作業にかかった。
「縄や木に竹は自由に使ってよいと、村から言われています。それとお弁当を持って来たので、皆さんお昼には休憩しましょうね」
澪の澄んだ声が、小平太の後に続く。色白で髪を結ったその姿は、頸が丸見えで女と知る小平太は思わずそこに視線が奪われる。艶かしい色香に、頬に熱が集まりそうになるが、ふと生温い嫌な視線を感じて冷静になった。
見ると少し離れた位置から男が一人、澪を見ていた。その粘っこい目つきに、一発で性的なそれであると理解する。
確かに澪は、本当は女のため顔立ちの整った生徒達も多い面子の中でも、思わず反応してしまう者が出てもおかしくはない。だが、気に入らないーー気に入るわけがない。
ギロり、と殺気を込めてこちらを見つめる男を黙って睨みつける。長次もイヤらしい視線に気付いたようで、にやぁと口角が上がった。これは怒ってるサインである。
途端に小平太と長次に気付かれたと察した男は、慌てて逃げるように去った。
「?どうしたんですか、小平太くん、長次くん」
「何でもないぞ!さぁ、頑張って罠をしかけるぞ。いけいけどんどーん!!」
「もそ」
あんな気色悪い男の視線になんて、気付かなくていい。娯楽の少ない村だろうから、たまの来訪者に澪程の美しい人間がいれば、見蕩れる気持ちも分かるが、澪は駄目だ。そんな視線に晒される事に、小平太が許せそうもない。
人の気持ちは止められない。それは己も同じ事だ。ジリジリとひりつくような嫉妬と怒りを誤魔化すように、罠を作る作業に没頭したのだった。
村の治安維持のため、仕掛けられた罠の種類は豊富だった。三木ヱ門と滝夜叉丸が競ったせいもある。
まずは、喜八郎が中心となって掘る落とし穴だ。穴は傍目には分からぬよう整えられ、仕掛けた場所を報告用の紙に書き記しつつ、石でその位置を示しておく。
次に警戒音を発する鳴子だ。対、獣用にもともと村に設置されていた物とは音を変えており、聞き分けができるようにしてある。
他には撒菱を使った罠等がある。どれも対人のため、それなりに危険であるが仕掛ける方は楽しそうに作業をしている。
戦闘行為ではないため、罠とはいえやっていることは土木作業や工事に近い。留三郎がいれば、用具委員でもあるため捗ったかもしれないが、小平太や長次だって負けてはいない。最上級生のため、知識はあるし力だって強く文句無しに働けるのだから。
「よっ、と」
ズシン、と音がして地面に振動があった。見ると、澪が大きな石を移動させている。どうやら、三木ヱ門の指示で動いているらしい。
「おお、流石は伝助さん。頼もしいですっ!」
「どういたしまして。で、三木ヱ門くん、これは何の罠なんです?」
「落石の罠に使おうかと。あそこの板を踏んだら、上から伝助さんに運んでもらったこの石が降ってきて、下にいるとぺしゃんこに潰れます!」
「そっかそっかー……、おーい、小平太くん、判定をお願いします」
「危な過ぎるからアウトだ!間違って村の人が罠にかかったら大変だぞ!!」
可愛い顔してえげつない三木ヱ門の罠に、澪は少し引いていた。
「ふん、加減を知らん馬鹿め!わたしのこの洗練された罠を見よっ。ああ、流石はわたし。こんな素晴らしい罠を作るなんてっ。はぁん……自分の才能がこ、わ、い!」
「へー、これはどんな罠なの滝夜叉丸」
「ふはは!これはだなぁ、そこの糸に引っかかると上から大量の竹槍が降ってくるのだ」
「もそ……下手したら死ぬ。撤去だ」
凝った細工の罠を作るのは賢さを感じさせるが、とはいえ、最初の注意を聞いていたか怪しい滝夜叉丸の罠にタカ丸が苦笑いし、長次が怒って笑いながら罠を撤去していた。時間の無駄である。
その間にも、綾部喜八郎はせっせと罠を掘っていた。
「わっせ、わっせ、わっせ」
ザクザクと、リズミカルに地面を穿ち土を掘り起こしては落とし穴を多数作っていく。
まさしく、学園一の穴掘り小僧と言えよう。
「ふぅ、この村の土は中々ですね。掘ってて割と楽しいです。十個近く掘りましたよ」
顔を少し土で汚しながらも、満足そうな顔をした喜八郎が穴から出てきた。そんな喜八郎に、澪が手ぬぐいを渡す。
「汚れが酷いので、これ使ってください。そろそろ皆さん、お昼にしましょうか」
何やかんや、そろそろ空腹を訴え出す時間だ。澪の提案に誰も反対する者はなく、全員が弁当を広げて一旦休憩する事になった。
「わぁー、美味しそう!これ、混ぜご飯だよね。伝助さんの手作りですか?」
竹の皮に包まれた弁当を広げたタカ丸から、歓声があがった。見ると、数種の混ぜご飯の握り飯と漬物におかずが入っている。
「これは、わかめか?こっちは、紫蘇?最後は胡麻か」
「おお、流石だ!」
長次が一つ一つ匂いを嗅いで、嬉しそうに目を細めている。腹が減っていたので、手を手ぬぐいで綺麗に拭いてから小平太は一つを手に取って口に頬張る。
何とも絶妙な塩加減だ。食べたのはわかめだったようで、磯の香りがした。美味い。
「おお、これは美味しいです!」
穴掘り以外に興味がなさそうな喜八郎が目を輝かせていた。見ると、四年生全員が夢中になって幸せそうに食べている。
「これ、この卵焼きが甘くて美味しいです!」
「おばちゃんのご飯も美味しいけど、伝助さんのご飯も美味しいですね」
三木ヱ門と滝夜叉丸が絶賛していた。褒められた澪は照れくさそうだ。
「伝助さん、今度、わたしにも作り方を教えてほしい……もそ」
「ええ、勿論ですよ長次くん。じゃあ、わたしはボーロの作りのコツを教えてください。長次くんはボーロ作りが上手ですから」
「もそ……」
照れたのか、少しだけ耳を赤くして長次が頷く。正直、長次が澪に対して恋愛感情を抱いていないと分かるから微笑ましくなるだけで、それを知らなければ妬いてしまいそうだ。
「……よければ、小平太にも教えてほしい。下に弟妹が多いから、小平太が覚えて作ったら喜ばれると思う」
「へぇ、そうなんですか。では、小平太くんもよければ一緒に」
持つべきものは友である。長次のファインプレーに小平太は満面の笑顔になって頷いた。
その時だ。
「そう言えば、喜八郎。ここのところ、何時にも増して学園でやたら穴を掘っていたが、あれは何だったんだ?踏鋤や手鋤を新調したり、先端を研いだわけではないのだろう」
もぐもぐと握り飯を食べつつ、滝夜叉丸がふいに喜八郎に尋ねた。喜八郎が穴を掘るのは何時もの事のため、やたら数が増えたその原因についてはっきり聞くのをすっかりぬかっていたのに気付く。
大抵は一時に掘る穴が増えても、そのうち収まるせいもある。
だが気になるのか、皆が滝夜叉丸の質問の答えを待った。
「だって……ハマってほしくて」
ポツリ、と喜八郎が拗ねたような口調で答えた。
「ハマるとは、お前の落とし穴にか?毎日、それなりの人数がかかってるだろう」
三木ヱ門が喜八郎の答えに眉を寄せた。流石に上級生や教師は引っかかってはいないが、低学年に保健委員はホイホイ状態である。
あれだけ落とし穴にハマらせておいて、何を言わんやと言う顔で三木ヱ門は呆れた様子だ。
一方、喜八郎は少しだけ頬を膨らませて澪の方を見た。
そして告白した。
「これはという落とし穴に伝助さんにハマってほしかったんです」
「えっ、わたし?」
「そうです。うまく隠しても伝助さんは反則技で見つけちゃうので、完璧で美しい落とし穴を掘ればハマってくれるかと思いまして」
「えー……」
澪の顔が微妙そうなものになる。澪だけではない。全員が呆れた顔をしていた。穴掘り小僧らしい、だが綾部喜八郎にしか分からない理論である。
「わたし……保健委員の皆さんや、低学年の子達に謝った方がいいんですかね。綾部くんの落とし穴にハマらなくてごめんなさいって」
「その必要はないだろう。みんな、喜八郎が悪い!!」
「激しく同意する」
作法委員会委員長の仙蔵の後輩教育は、どうなっているのやら。真相を知ったら、留三郎あたりは激怒しそうである。ここの所の用務員の出動率は高すぎたし、同室の伊作は不運のために被害が酷かったし。
「あ、伝助さん。ぼくのことは喜八郎って呼んでください。ぼくだけ名前で呼ばれないのは不公平です。そういうのって、良くないと思います」
「あ、はい。すみません喜八郎くん」
「お前は何を偉そうにしてるんだ喜八郎っ。マイペースなのはいいが、学園にお前が穴を掘りまくるせいで被害が拡大してるんだぞ」
澪が謝ることは一つもないのに、喜八郎の独特すぎるペースに完全に飲まれている。見兼ねて小平太は思わず注意した。何なら、ゲンコツの一つくらい落としたい所である。にやぁ、と長次も怒りの表情だ。
「だって……伝助さんと、お話ししたかったんですもん」
怒られた喜八郎は反省しているのか疑わしい表情で、そう零した。
「えっ、と、お話しですか。普通に話しかけてくださったらよかったのでは?」
澪がキョトンとしている。全くもってその通りだ。喜八郎の独特の思考回路に困った様子である。
「それでは、その他大勢に埋もれてしまいます。せっかくなら沢山仲良くなりたいじゃないですか。ですから、落とし穴の中にハマってもらって、そこでぼくの掘った落とし穴の感想を語り合いたくて……ふふ、言ってて何だか照れますね」
本当に照れているのだろう。見た目だけなら、喜八郎は可愛らしいし仕草も可愛いが、やってる事は単なる無計画なトラップ作りである。澪は額の辺りを無言で押さえており、他の四年生の顔は引き攣っていた。
「ーーわかりました」
やや沈黙があって…… 澪が疲れたような声を出した。
「では、こうしましょう。この忍務が終わったら、喜八郎くんの力作の穴に招待してください。わたし、ハマりに行きますから」
「わぁっ、本当ですか?嬉しいです!」
「ですが、約束してください。場所を決めて堀って気に入らないなら、そこは埋めてから次を掘ること。どれが力作か分からなくなりますから。で、力作の穴も、わたしと一緒に穴にハマって存分に語り合って満足したら埋めること。無闇矢鱈に今後は学園内で大量の穴を掘らないことっ!」
びしっ!と喜八郎を指さして澪がキリッとした顔で言い切った。男装しているせいで、凛々しく見える。
対する喜八郎の反応はと言うとーー何故か、ぽっ、と赤くなった。元が美少年のせいか、頬を染めると何だか絵になるような。
だが、小平太の勘が告げていた。ひょっとしてひょっとすると、喜八郎は澪に気があるのではと。
「勿論です。あ、語り合う時は是非ともぼくと二人きりでお話ししましょうね。約束ですよ!」
ーー何だと綾部喜八郎、お前コノヤロー。
頬を染めながら、何気に邪魔者をしれっと排除する一手を華麗に打ってくる喜八郎に、小平太はカッと目を見開く。
眼光鋭く睨むも、喜八郎は何処吹く風だ。逆にそんな小平太を直視した滝夜叉丸と三木ヱ門が怯えたように肩を寄せあっている。
これは、予想だにしないライバルの出現になるや否か見極めねばなるまい。半助は明らかに澪に懸想しているのが丸分かりだが、本人が奥手で好意を口にするのを理性的に躊躇っているため邪魔もしやすい。
が、綾部喜八郎は何を考えているのか読めない。そのため、見極めが出来ない上に仮に澪を好きだった場合、空気を読まないマイペースぶりから、普通に口説く可能性が高い。というか、どんな行動に出るかさっぱり分からない。
仙蔵に、お前の後輩教育はどうなっているんだと問い詰めたくなってきた。
「あ、せっかくだから指きりしましょ。はい、小指出してください」
「えっ、あ、はい」
「はーい、ゆびきーりげんまーん♪」
ーーイラつく。
可憐な澪の小指を絡めとって呑気に歌う喜八郎を前に、ぎりぎり拳を握りしめる小平太。
恋とは、予測不可能な戦いなのだと嫌でも思い知るのであった。
はぁー、と深いため息が思わず零れた。
そんな小平太が珍しく吐露する憂いの感情を聞いた長次はと言うと、何時もの無愛想な顔で頷く。顔に傷が出来てからというもの、浮かべる表情がいつの間にかチグハグになってしまった心根の優しき友を前に、小平太はへにょりとその太い眉を歪めた。
澪との打ち合わせが終わり、その夜、小平太と長次は自室で明日から始まる忍務について、寝る前に軽く話をしていた。
今日は星灯が強く、窓から月の光が僅かに部屋の中に差し込むため、至近距離なら灯り等なくても相手の表情が手に取るように分かる。
油の無駄遣いは厳禁のため、雑談は窓から零れる僅かな空の光を頼りに静かに行うのが常だ。
「ファン倶楽部だなんて、わたしは気に入らない。澪さんが怒らないのをいいことに、けしからんぞ。しかも伊作まで、くのいち教室の生徒と同じようにはしゃぐなんて」
「だが、害が無いなら止められん。もそ」
「その通りだ。害があれば、わたしが手を下してもいいと思うのだが、ファン倶楽部には山本シナ先生までおられるから変に健全で手が出せない。おまけに、何を考えてるのか尾浜勘右衛門に久々知兵助まで今回の忍務にしゃしゃり出てくるし。兵助はともかく、勘右衛門は腹に何か一物隠し持ってる感じがして、三郎より始末に悪い時があるというのに」
この場に本人達が居ないのをいいことに、言いたい放題の小平太である。それと、小平太自身も勘右衛門の事を言えない。
何故なら、表向きの性格と腹の中身のギャップについては小平太も勘右衛門も方向性が違うだけで、お互いが持つ物だからだ。つまり、二面性があると言う点については同じなのである。
「恋敵の土井先生が奥手でよかった……でないと、わたしが不利過ぎる。卒業までは手が出せんからな」
「澪さんは素敵な女性だとは思うが、わたし達のような忍たまでは手に余るだろう。惚れるだけ、小平太は凄いと思う。もそ」
「だって、惚れたものは仕方ない!わたしは澪さんが例え、何処ぞの姫君でも諦めないぞ。大体、既に経歴的には忍び等は手も出せぬお嬢様だしな。今更だ」
小平太と普段より饒舌に話してくれる長次の言葉に、頷きつつも小平太は己の開き直る境地を口にした。
以前、澪から聞いた彼女の経歴は庶民なら嫁にと望むのは、躊躇するような物ばかりだった。最後に世話になっていた元父親が石見の銀山の代官だなんて、血こそ繋がってなかったとしても被官を受ける身分の娘だったというだけで、及び腰になろうと言うものだ。
「わたし達に惚れるなーーと言ってこないだけ小平太は偉いと思う」
「そんなの当たり前だ。人の気持ち等、簡単に操れるものか。澪さんに好意を抱くのを止めはせんし、できん。だが、惚れたと言うならその時は遠慮はしない。もしも、いい加減な気持ちで下手に近づくなら全力で排除する。例え同じ忍たまであっても、誰であっても。それだけだ」
恋とは戦いである、と小平太は思う。人間は土地の奪い合いのために戦に夢中になっているが、自然界にふと目を向けると繁殖の時期には雌に己を見て欲しくて、あらゆる雄は熾烈な戦いをしている。
それを思うと、まさに生き物として、あるいは一人の男としてこうと決めた女相手に必死にもなろうと言うものだ。
「もそ、陰ながら応援している」
「ありがとう、長次」
「今日はもう寝よう。明日は早い」
「ああ、そうだな……男装姿の澪さんと一緒だなんて、すごく楽しみだ」
澪の姿が脳裏に浮かぶ。
それだけで、胸が温かくなって幸せな気持ちになれる。恋とは戦いだが、本当の戦いとは違い血も流れないし、硝煙の臭いもしない。己の中に着実に育つ柔らかくも激しい熱い気持ちを抱え、小平太は眠った。
ーーその日見た夢の中で、小平太は体育委員会の後輩達や澪と楽しくバレーをしていた。
翌朝。
外出の許可を貰った上で、待ち合わせ場所に向かうと既に澪がいた。見ると何やら荷物が多いーーふわっ、と風に混じっていい匂いがしたので、澪の荷物の正体が本日の昼飯であると直ぐに分かった。
「おはようございます、お二人とも」
「おはよう、澪さん!」
「もそ、おはよう」
綺麗だ、と朝の挨拶代わりに口にしそうになった。朝日を浴びて立つ、ハッとする程美しい男装姿の澪は男女問わず目を引く容姿で、今日出向くのはなんの変哲もない農村だというのに変な輩に目をつけられたりしないかと、心配になってしまった。
「澪さん、その荷物はひょっとしてわたし達の弁当か?だったら、わたしが持つぞ!」
「軽いので大丈夫ですよ、小平太くん。あ、そうだ……小平太くんと長次くんに、他の人達が来るまでに聞きたいことが」
結構重そうな荷物だが、確かに澪にとっては軽いだろう。というより、大抵の荷物は軽いに違いない。
「もそ、聞きたい事というと?」
「鵺捕獲のお礼に何か差し上げたくて。お菓子でも作ろうと思うのですけど、嫌いな物や食べられない物がないかと。あと、もしリクエストがあれば」
鵺捕獲は忍務だったし、礼等要らない。そもそも、小平太が無理に乱入して成立した事だったので、礼すら貰う物でもないというのにーー澪の律儀な対応にふっと笑みが零れる。それは長次も同じだったようで、優しい目で澪を見ていた。
「わたしは澪さんが作ってくれるなら何でもいいぞ!」
「わたしも。ただ、あえて言うなら澪さんは料理上手だから、できれば創作のお菓子がいい……もそ」
「成程、分かりました。では、出来上がったらお声がけしますね」
澪の料理の腕前はかなりのものである。時々、食堂のおばちゃんを手伝っている時があり、おばちゃんに澪が何を作ったか聞くと、担当している品を教えられ、気持ち少し甘めのだが間違いなく美味しい味に、益々小平太は澪に惚れた。
「澪さん、矢張り弁当はわたしが持ちたい!」
澪が幾ら怪力で荷物を持つのに問題なくとも、それとこれとは別だ。荷物持ちはさせられないと、渡すように手を差し出す。澪は苦笑いしながらも、弁当の入った風呂敷を渡してくれたのだった。
その後、程なくして四年生がやってきた。交代制になるため、五年生は明日に六年生と入れ替わりで参加となる。元を正せば、今回の実習は綾部喜八郎が原因のため、昨夜、帰宅した仙蔵が文次郎から話を聞いたらしく、最終日は自分も行きたいと申し出があった。
行き先の村は三つあり、一日に一箇所ずつ罠を仕掛けていくので全部で三日かかる計算だ。
朝早くに出かけ、日暮れまでには学園に戻るためその間に準備を終える手筈である。
「うわぁ、澪さんの男装姿も素敵ですねー」
「ぼくの愛用の踏鋤のフミコさんも、澪さんに負けず劣らず輝いているように見えるけどなぁ……」
「澪さんも中々の物だが、今日は連れて行けないぼくのユリコの美しさが一番です。嗚呼、ユリコ留守番させてごめんよっ」
「ふふ、確かに澪さんは美しい!だが、この忍術学園のスーパースターである平滝夜叉丸の私服姿こそが……」
「よし、揃ったならいくぞ!いけいけどんどーん!!」
四年生は相変わらず個性的である。
編入してきたタカ丸はほわんとしており、穴掘りをこよなく愛する喜八郎は愛用の踏鋤を肩に担いでおり、石火矢のユリコを思って切なそうな顔を浮かべる三木ヱ門、そして今日も自分自身へ恍惚としている滝夜叉丸。皆んな揃って皆んなバラバラであった。
だが問題ない。そういう輩は更なる強い個性で引っ張れば問題無しである。
「七松先輩っ、走らないでくださいっ!」
「せっかくなら村まで走って鍛錬するぞっ。伝助はわたしと手を繋いで走ろう!!」
体育委員会後輩の滝夜叉丸が声を上げるのを無視して、小平太は澪の手を取り走り出す。長次は慣れているため文句を言うでもなく付いて来て、残りの四年生は置いていかれまいと必死に後を追いかけて来るのだった。
走ったおかげもあり、村には早く着いた。村の長に学園長からの手紙を渡すと大変喜んでくれ、早速作業に取り掛かる事になった。
村の長、曰くーー「つい最近、村におる年寄りの夫婦を襲った連中がおって、身ぐるみはいで行きよったんじゃ。殺しこそなかったが、夫婦は酷い怪我をした……許せぬ事よ。罠は獣と人の両方にきくものを頼みたい」との事だった。
治安の悪さが、村の結束を高めているようである。見慣れぬ小平太達に向けられる村民の視線は、最初こそ監視するような居心地の悪い物だったが、学園長から手紙を渡された長が説明をした後は、むしろ歓迎するような物に変わった。
「ーーオレ達はお前達の監督を任された身だ。罠をはる位置に種類はお前達で考えろ。ただし、危険な物や無駄な物については指摘するので、指示に従う事。罠をはるのはオレ達も手伝う。以上だ」
手身近に小平太が説明すると、四年生達は黙って頷いた。出発前の個性が溢れ過ぎたてんでバラバラな姿ではなく、一つの目的を持って行動をする様子に小平太は目を細める。四年生ともなれば上級生になってくるのだ。遊びが減り、時には危険な忍務に従事する事だって十分にあり得る。
そういう学年である事を、四年生自身が一番自覚しているのだろう。皆、持って来た道具を手に作業にかかった。
「縄や木に竹は自由に使ってよいと、村から言われています。それとお弁当を持って来たので、皆さんお昼には休憩しましょうね」
澪の澄んだ声が、小平太の後に続く。色白で髪を結ったその姿は、頸が丸見えで女と知る小平太は思わずそこに視線が奪われる。艶かしい色香に、頬に熱が集まりそうになるが、ふと生温い嫌な視線を感じて冷静になった。
見ると少し離れた位置から男が一人、澪を見ていた。その粘っこい目つきに、一発で性的なそれであると理解する。
確かに澪は、本当は女のため顔立ちの整った生徒達も多い面子の中でも、思わず反応してしまう者が出てもおかしくはない。だが、気に入らないーー気に入るわけがない。
ギロり、と殺気を込めてこちらを見つめる男を黙って睨みつける。長次もイヤらしい視線に気付いたようで、にやぁと口角が上がった。これは怒ってるサインである。
途端に小平太と長次に気付かれたと察した男は、慌てて逃げるように去った。
「?どうしたんですか、小平太くん、長次くん」
「何でもないぞ!さぁ、頑張って罠をしかけるぞ。いけいけどんどーん!!」
「もそ」
あんな気色悪い男の視線になんて、気付かなくていい。娯楽の少ない村だろうから、たまの来訪者に澪程の美しい人間がいれば、見蕩れる気持ちも分かるが、澪は駄目だ。そんな視線に晒される事に、小平太が許せそうもない。
人の気持ちは止められない。それは己も同じ事だ。ジリジリとひりつくような嫉妬と怒りを誤魔化すように、罠を作る作業に没頭したのだった。
村の治安維持のため、仕掛けられた罠の種類は豊富だった。三木ヱ門と滝夜叉丸が競ったせいもある。
まずは、喜八郎が中心となって掘る落とし穴だ。穴は傍目には分からぬよう整えられ、仕掛けた場所を報告用の紙に書き記しつつ、石でその位置を示しておく。
次に警戒音を発する鳴子だ。対、獣用にもともと村に設置されていた物とは音を変えており、聞き分けができるようにしてある。
他には撒菱を使った罠等がある。どれも対人のため、それなりに危険であるが仕掛ける方は楽しそうに作業をしている。
戦闘行為ではないため、罠とはいえやっていることは土木作業や工事に近い。留三郎がいれば、用具委員でもあるため捗ったかもしれないが、小平太や長次だって負けてはいない。最上級生のため、知識はあるし力だって強く文句無しに働けるのだから。
「よっ、と」
ズシン、と音がして地面に振動があった。見ると、澪が大きな石を移動させている。どうやら、三木ヱ門の指示で動いているらしい。
「おお、流石は伝助さん。頼もしいですっ!」
「どういたしまして。で、三木ヱ門くん、これは何の罠なんです?」
「落石の罠に使おうかと。あそこの板を踏んだら、上から伝助さんに運んでもらったこの石が降ってきて、下にいるとぺしゃんこに潰れます!」
「そっかそっかー……、おーい、小平太くん、判定をお願いします」
「危な過ぎるからアウトだ!間違って村の人が罠にかかったら大変だぞ!!」
可愛い顔してえげつない三木ヱ門の罠に、澪は少し引いていた。
「ふん、加減を知らん馬鹿め!わたしのこの洗練された罠を見よっ。ああ、流石はわたし。こんな素晴らしい罠を作るなんてっ。はぁん……自分の才能がこ、わ、い!」
「へー、これはどんな罠なの滝夜叉丸」
「ふはは!これはだなぁ、そこの糸に引っかかると上から大量の竹槍が降ってくるのだ」
「もそ……下手したら死ぬ。撤去だ」
凝った細工の罠を作るのは賢さを感じさせるが、とはいえ、最初の注意を聞いていたか怪しい滝夜叉丸の罠にタカ丸が苦笑いし、長次が怒って笑いながら罠を撤去していた。時間の無駄である。
その間にも、綾部喜八郎はせっせと罠を掘っていた。
「わっせ、わっせ、わっせ」
ザクザクと、リズミカルに地面を穿ち土を掘り起こしては落とし穴を多数作っていく。
まさしく、学園一の穴掘り小僧と言えよう。
「ふぅ、この村の土は中々ですね。掘ってて割と楽しいです。十個近く掘りましたよ」
顔を少し土で汚しながらも、満足そうな顔をした喜八郎が穴から出てきた。そんな喜八郎に、澪が手ぬぐいを渡す。
「汚れが酷いので、これ使ってください。そろそろ皆さん、お昼にしましょうか」
何やかんや、そろそろ空腹を訴え出す時間だ。澪の提案に誰も反対する者はなく、全員が弁当を広げて一旦休憩する事になった。
「わぁー、美味しそう!これ、混ぜご飯だよね。伝助さんの手作りですか?」
竹の皮に包まれた弁当を広げたタカ丸から、歓声があがった。見ると、数種の混ぜご飯の握り飯と漬物におかずが入っている。
「これは、わかめか?こっちは、紫蘇?最後は胡麻か」
「おお、流石だ!」
長次が一つ一つ匂いを嗅いで、嬉しそうに目を細めている。腹が減っていたので、手を手ぬぐいで綺麗に拭いてから小平太は一つを手に取って口に頬張る。
何とも絶妙な塩加減だ。食べたのはわかめだったようで、磯の香りがした。美味い。
「おお、これは美味しいです!」
穴掘り以外に興味がなさそうな喜八郎が目を輝かせていた。見ると、四年生全員が夢中になって幸せそうに食べている。
「これ、この卵焼きが甘くて美味しいです!」
「おばちゃんのご飯も美味しいけど、伝助さんのご飯も美味しいですね」
三木ヱ門と滝夜叉丸が絶賛していた。褒められた澪は照れくさそうだ。
「伝助さん、今度、わたしにも作り方を教えてほしい……もそ」
「ええ、勿論ですよ長次くん。じゃあ、わたしはボーロの作りのコツを教えてください。長次くんはボーロ作りが上手ですから」
「もそ……」
照れたのか、少しだけ耳を赤くして長次が頷く。正直、長次が澪に対して恋愛感情を抱いていないと分かるから微笑ましくなるだけで、それを知らなければ妬いてしまいそうだ。
「……よければ、小平太にも教えてほしい。下に弟妹が多いから、小平太が覚えて作ったら喜ばれると思う」
「へぇ、そうなんですか。では、小平太くんもよければ一緒に」
持つべきものは友である。長次のファインプレーに小平太は満面の笑顔になって頷いた。
その時だ。
「そう言えば、喜八郎。ここのところ、何時にも増して学園でやたら穴を掘っていたが、あれは何だったんだ?踏鋤や手鋤を新調したり、先端を研いだわけではないのだろう」
もぐもぐと握り飯を食べつつ、滝夜叉丸がふいに喜八郎に尋ねた。喜八郎が穴を掘るのは何時もの事のため、やたら数が増えたその原因についてはっきり聞くのをすっかりぬかっていたのに気付く。
大抵は一時に掘る穴が増えても、そのうち収まるせいもある。
だが気になるのか、皆が滝夜叉丸の質問の答えを待った。
「だって……ハマってほしくて」
ポツリ、と喜八郎が拗ねたような口調で答えた。
「ハマるとは、お前の落とし穴にか?毎日、それなりの人数がかかってるだろう」
三木ヱ門が喜八郎の答えに眉を寄せた。流石に上級生や教師は引っかかってはいないが、低学年に保健委員はホイホイ状態である。
あれだけ落とし穴にハマらせておいて、何を言わんやと言う顔で三木ヱ門は呆れた様子だ。
一方、喜八郎は少しだけ頬を膨らませて澪の方を見た。
そして告白した。
「これはという落とし穴に伝助さんにハマってほしかったんです」
「えっ、わたし?」
「そうです。うまく隠しても伝助さんは反則技で見つけちゃうので、完璧で美しい落とし穴を掘ればハマってくれるかと思いまして」
「えー……」
澪の顔が微妙そうなものになる。澪だけではない。全員が呆れた顔をしていた。穴掘り小僧らしい、だが綾部喜八郎にしか分からない理論である。
「わたし……保健委員の皆さんや、低学年の子達に謝った方がいいんですかね。綾部くんの落とし穴にハマらなくてごめんなさいって」
「その必要はないだろう。みんな、喜八郎が悪い!!」
「激しく同意する」
作法委員会委員長の仙蔵の後輩教育は、どうなっているのやら。真相を知ったら、留三郎あたりは激怒しそうである。ここの所の用務員の出動率は高すぎたし、同室の伊作は不運のために被害が酷かったし。
「あ、伝助さん。ぼくのことは喜八郎って呼んでください。ぼくだけ名前で呼ばれないのは不公平です。そういうのって、良くないと思います」
「あ、はい。すみません喜八郎くん」
「お前は何を偉そうにしてるんだ喜八郎っ。マイペースなのはいいが、学園にお前が穴を掘りまくるせいで被害が拡大してるんだぞ」
澪が謝ることは一つもないのに、喜八郎の独特すぎるペースに完全に飲まれている。見兼ねて小平太は思わず注意した。何なら、ゲンコツの一つくらい落としたい所である。にやぁ、と長次も怒りの表情だ。
「だって……伝助さんと、お話ししたかったんですもん」
怒られた喜八郎は反省しているのか疑わしい表情で、そう零した。
「えっ、と、お話しですか。普通に話しかけてくださったらよかったのでは?」
澪がキョトンとしている。全くもってその通りだ。喜八郎の独特の思考回路に困った様子である。
「それでは、その他大勢に埋もれてしまいます。せっかくなら沢山仲良くなりたいじゃないですか。ですから、落とし穴の中にハマってもらって、そこでぼくの掘った落とし穴の感想を語り合いたくて……ふふ、言ってて何だか照れますね」
本当に照れているのだろう。見た目だけなら、喜八郎は可愛らしいし仕草も可愛いが、やってる事は単なる無計画なトラップ作りである。澪は額の辺りを無言で押さえており、他の四年生の顔は引き攣っていた。
「ーーわかりました」
やや沈黙があって…… 澪が疲れたような声を出した。
「では、こうしましょう。この忍務が終わったら、喜八郎くんの力作の穴に招待してください。わたし、ハマりに行きますから」
「わぁっ、本当ですか?嬉しいです!」
「ですが、約束してください。場所を決めて堀って気に入らないなら、そこは埋めてから次を掘ること。どれが力作か分からなくなりますから。で、力作の穴も、わたしと一緒に穴にハマって存分に語り合って満足したら埋めること。無闇矢鱈に今後は学園内で大量の穴を掘らないことっ!」
びしっ!と喜八郎を指さして澪がキリッとした顔で言い切った。男装しているせいで、凛々しく見える。
対する喜八郎の反応はと言うとーー何故か、ぽっ、と赤くなった。元が美少年のせいか、頬を染めると何だか絵になるような。
だが、小平太の勘が告げていた。ひょっとしてひょっとすると、喜八郎は澪に気があるのではと。
「勿論です。あ、語り合う時は是非ともぼくと二人きりでお話ししましょうね。約束ですよ!」
ーー何だと綾部喜八郎、お前コノヤロー。
頬を染めながら、何気に邪魔者をしれっと排除する一手を華麗に打ってくる喜八郎に、小平太はカッと目を見開く。
眼光鋭く睨むも、喜八郎は何処吹く風だ。逆にそんな小平太を直視した滝夜叉丸と三木ヱ門が怯えたように肩を寄せあっている。
これは、予想だにしないライバルの出現になるや否か見極めねばなるまい。半助は明らかに澪に懸想しているのが丸分かりだが、本人が奥手で好意を口にするのを理性的に躊躇っているため邪魔もしやすい。
が、綾部喜八郎は何を考えているのか読めない。そのため、見極めが出来ない上に仮に澪を好きだった場合、空気を読まないマイペースぶりから、普通に口説く可能性が高い。というか、どんな行動に出るかさっぱり分からない。
仙蔵に、お前の後輩教育はどうなっているんだと問い詰めたくなってきた。
「あ、せっかくだから指きりしましょ。はい、小指出してください」
「えっ、あ、はい」
「はーい、ゆびきーりげんまーん♪」
ーーイラつく。
可憐な澪の小指を絡めとって呑気に歌う喜八郎を前に、ぎりぎり拳を握りしめる小平太。
恋とは、予測不可能な戦いなのだと嫌でも思い知るのであった。
