第7話 ハマってください
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ーー半助とのデートが普通に楽しい。
澪は素直にそう感じていた。
半助は何気に澪を人通りがマシな方にエスコートしたり、店には自分が先に入って席まで誘導してくれるし、昼食のみならず甘味まで奢ってくれた。
流れるような自然な所作は、流石は大人の男である。
惜しむらくはその格好くらいだが、日頃忙しくて己の事を疎かにしてしまうのは、半助の欠点でもあり美徳でもあるため、怒る気には当然なれない。むしろ、澪に半助への贈り物を着物にしようと決断をさせる背中を押す材料になった。
実は半助のお礼も、最初は消え物にするつもりだったのだが、デートで待ち合わせをして出かける時の格好を見て気が変わった。これは、お節介かもだが着物を仕立ててあげようと思ったのだ。半助には妻も恋人も居ないのだし、自分がプレゼントした所で非難してくる女性は居ないのも大きい。
半助の容姿は整っているので、反物を選ぶテンションが密かに上がった澪である。これはと思う生地を半助の顔の横に持ってきて見比べると、全て似合うので迷いに迷った。
だというのに、澪が選んでくれるなら何でもいいよーー等と、女を勘違いさせるようなワードをポロッと話す半助に、澪は大丈夫かと思った。半助は自身が知らない間に、見目もいいし年頃の娘に惚れられていそうである。本命は利吉なのに、年頃の娘ホイホイな男になってやしないかと、ちょこっと心配になってしまった。
罪作りな青年である。そこが、可愛いと言えば可愛い。
と言うか、椿の油を買う時も、男物の櫛を買う時も、何かと可愛いのはどういうことか。仕事中の半助は流石教師だけあって、溌剌としてキリッとしている。なのに、プライベートになった途端、よく言えばリラックスしており、悪く言えば気が抜けて微笑み一つとっても、ほわほわした雰囲気が出ているのだ。
普段から優しい笑顔が多い半助が、さらにパワーアップして花の幻が見えると言おうか。実際、半助を見た女性達の反応は好感触であった。傷んだ前髪も着古している感じのする服も、気にならないくらいにはルックスがいいせいだろう。
娘さん方、彼は利吉という美男子が好きなんですよーーと、忠告が出来ないのが地味に辛い。まぁ、個々人の性癖なんてトップシークレットの取扱注意案件である。そうは思っても、半助自身から同性愛者ですと告知があるまで、絶対にそんな事を口にはすまいと、半助が知ったらどこか遠くまで口から魂を飛ばしそうな勘違いをする澪である。
ちなみに、澪の酷い勘違いのもう一人の被害者の利吉が知れば白目を剥くだろう案件である。そして、流石に同情して半助の魂を取り戻しに駆けるに違いなかった。
それから、昼になって二人で入った定食屋にてきり丸と遭遇した。笑顔で駆け寄って来てあれこれ話しそうなきり丸なのに、今日はどういうわけか素っ気なかった。
何かしてしまったのだろうか。
大人にとっては大した事がないと無視している事でも子どもからしたら、大事件になっていて許せないという事はよくある。例えば後で食べようと置いていた好物を、親に要らないのかと勘違いされて食べられた時の恨みとかーーあれは親が思っている以上に子どもは怒っているのだ。
心当たりはないのだが、それは澪がそう思っているだけできり丸にとっては大惨事かもしれないのだ。そこは子どもだからと、適当な対応をしたら拗らせてしまう。
早めにちゃんと話をする事にして、半助も協力してくれると言うので甘える事にした。
美味しい定食を食べたあとは、きり丸の事が気になりつつも、その後は町をぶらりと散歩して甘味屋で休憩をした。
「お昼も甘味も奢ってくれてありがとう、半助さん」
「なに。澪さんに着物を二つも仕立ててもらうんだ。それを思ったら安いものさ……とはいえ、きり丸には内緒にしてくれ。あいつときたら、贅沢はダメだと日頃から口酸っぱいんだ」
「あはは、きり丸らしい」
そろそろ帰らないと日が暮れてしまうため、甘味屋を出て二人して忍術学園へ戻る。その道すがら、半助とゆっくり喋りながら歩く。きり丸に色々と世話を焼かれている半助を知って、澪は思わす笑ってしまった。
「きり丸は本当にしっかりしてるよね。ご近所付き合いも満点だし」
「そうだな、わたしは助けられっぱなしだ。最初は、宿舎が閉まる時に孤児のあいつを放り出すわけにはいかないと思って一緒に長屋で過ごすようになったんだが、今となってはきり丸が居てよかったと思うよ」
半助ときり丸には、この二人だからこそ存在する独特の絆があると感じる。
単に一緒に暮らしているからーーなんて言葉では片付けられないナニカだ。
それを微笑ましいと思うし、教師と生徒でありながら年の離れた兄弟、あるいは親子にも似た関係を少しだけ羨ましくも思った。母が明へと行った今、澪に家族と呼べる存在は近くには居なくなってしまったせいだ。
「半人前の半助だな、わたしは」
「そんなことない」
ふふ、と冗談めかしに言う半助の言葉を澪はすぐさま否定した。
「半助さんの半は半分、助は助けるって事でしょ。誰かを半分助ける、教師らしい名前じゃない」
「半分、助ける……?」
「そう。全部助けるのはその人の為になるとは限らないからね。半分だけ助けるの。忍たまを半分助けて一人前の忍者にする、半助はあなたに相応しい名前だとわたしは思う。きっと、そういう人になってほしいって、つけられた名前だよ」
むしろ、澪は半助の名前をそういう意味で名付けられたと理解していた。教師なのだし。
半助の過去に何があったかを知らない澪は、単に字だけでそう判断したのだが、言われた半助の顔は照れくさい物になっていた。
見ると、耳が真っ赤だ。そこまで照れさせるつもりはなかったのだが、半助には効果抜群だったらしい。
何やら急に歩みを止めて、澪に小さい声で話しかけてきた。
「あの、澪さん……」
澪の着物の袖をきゅ、っと掴まれた。何やらモジモジしているように見える。辺りに人気はないのが幸いである。
「その、忍術学園に帰るまでに少しだけ、本当に少しだけでいいから甘えていいだろうか?あの、前やってくれたようにしてほしい。頭を撫でてほしいんだけど。だ、ダメ?」
ーー急なワンコモードとはこれ如何に。
身長が高いくせに上目遣いをするという、姑息な無自覚テクニックに澪は一瞬呆気に取られる。
「嫌なら、いいんだ。でも、その、今、凄く君に甘えたくなってしまって」
きゅうん、と甘えた犬の声が聞こえてきそうだ。まぁ、半助は日頃から頑張っているし、落とし穴騒ぎもあった。お疲れ様なのだと思うと、労わってやりたいし甘やかしてやりたい気持ちにもなる。
「別にいいよ。じゃ、とりあえず、そこの木の裏にでも行く?」
辺りは野山と田んぼの広がる古き良き日本の故郷のような光景であるが、流石に道のど真ん中でやらかせない。なので、大きな木を澪は指さした。
こくこく、と耳を真っ赤にしたまま頷く半助。素直な反応に悪い女に捕まらないか、段々心配になってくる澪である。
そんなわけで、いそいそと二人で木の後ろに隠れる。半助がじーっと様子を窺ってくるものだから、何だかおかしくて笑ってしまった。
「とりあえず、屈んでくれる?前の時と同じ感じでいきましょ」
「……こう?」
言われるままに、しゃがむ半助。その状態で見上げられると、歳上なのに童顔なのもあって可愛いとしか思えなくなってきた。
「そうそう。じゃ、失礼しまして」
可愛いからか、あまり抵抗なく半助を抱き寄せる。単純なスキンシップだ。前の時のように、おずおずと遠慮がちに、でも確実に背中に手が回される。
「はぁー…… 澪さんだぁ」
烏帽子の中に髪が綺麗にしまい込まれているせいで、抱き寄せてもそんなに擽ったくない。
「今週もお疲れ様。偉い偉い」
「うん、すごく疲れた。落とし穴に落ちるのがほとんど一年は組のせいで、安藤先生からイヤミを職員室で言われるし。そりゃ、確かに成績は悪いしドジな所もあるけど皆んな良い子達なのに。それに実戦経験は一年い組より上だから、いざって時はは組の方が動けるのに」
ポンポンと背中を軽く叩き、よしよしと頭を軽く撫でると半助から愚痴が零れてきた。
「そうだね、勉強だけが全部じゃないもの。まぁ、半助さんには安藤先生のイヤミは辛い物もあるだろうけど、テストでいい点を取ったからって凄い人になるとは限らないもの」
平和な時代なら、安藤の言うことも尤もなのだが今は戦国だ。何が命取りになるか分からず、知識だけあっても生きてはいけない。この世を生き抜くには、頭だけではなく身体も心も強くあらねばと思う。
そうして、暫くしたら半助は満足したらしい。一度だけ、澪の手に頭を押し付けるようにしたら立ち上がって離れた。
「ありがとう」
「いえいえ、このくらいでよければ」
半助から、照れ臭そう笑いながら礼を言われる。悪い気はしないし、人目にさえつかなければ全く問題ない。
木の裏からまた再び、道に出て忍術学園への帰路を歩こうとした時だ。
「ーーっ、放せ!」
離れた距離から聞き覚えのある声がした。
見ると、人気のない道の向こう、田んぼの方で数人の男達に群がられている少年、きり丸の姿が。
非常事態である。
「っ、きり丸」
「ーー破落戸ね」
半助がきり丸の名を呼びかけ出す、同時に澪は素早く動いて足元にあった手頃なサイズの石をきり丸を襲っているらしい男達に向かって豪速球で投げた。
「坊主が持つには勿体ないから銭を寄越せ……ゲフォア?!」
一際体格のいい男の頭に澪の投げた石が、クリティカルヒットした。昏倒して流血しているようだが、知ったことではない。
「わたしの生徒から離れろ!!」
「ほぎゃあっ?!」
「げふん!」
半助が懐からチョークを投げると、綺麗に額にぶち当たる。そこを更に馬乗りになって、半助が男達をぼこぼこにした。きり丸はというと、顔に少しだけアザを作っているものの無事なようで、服を泥で汚しつつも泣いたりする事もなく倒れていた姿勢から立ち上がった。
「きり丸、大丈夫?!」
「土井先生、澪さん」
「おいおい、怪我をしているじゃないか。痛みは?」
急いで二人して駆け寄ると、きり丸が呆然とした後でウルッと涙を浮かべた。ひょっとして、見えている所以外にどこか怪我をしたのかと半助と二人揃って焦りかけた時である。
「銭が一枚落っこちて行方不明になっちゃったー!ボクの小銭がぁあーー!!」
半助と二人して、ずるっと転けそうになった。
「小銭を心配しとる場合かー!」
「だってぇ。ぼくの小銭がぁっ」
「大方、お前が町でアルバイトをしている時からコイツらはつけていたんだろう。こういう事もあるから、次からはくれぐれも用心しろ。少しの金を得るために、暴力を奮う愚か者は何処にでもいるんだぞ」
「ぼくだって、隠し持ってた苦無で反撃する気はありましたよ。でも、小銭が落ちてつい」
「つい、じゃない!」
きり丸と半助がやいのやいのやり取りしている横で、澪は男達を縛り上げる事にした。用意がいい事に男の一人が縄を持っていたのだ。大方、自分達が誰かを縛るためにでも用意していたのだろうそれを、連中を全員ぐるぐるに縛るのに使わせてもらう。脱出するのに使えそうな刃物達は没収する。
後はこの辺りの村を仕切る名主に、男達の身柄と没収した刃物を渡せたらいいのだが。
警察なんていない群雄割拠の戦国時代、農村は大抵の場合、惣という自治組織を形成している。よって、そこで悪事があったならば悪人は自検断を持つ惣が裁く事になる。代表の乙名を筆頭とする惣の長達が悪人の沙汰を決定し、その裁きは惣の掟に従う事になるのだが、大抵の場合は盗みには重い罰が下る。
子どもを襲うせこい破落戸達がどうなるか等、澪からすれば知った事ではない。
「とりあえず、こいつらを突き出してくるから二人ともそこで待っててね」
どうやら半助の説教が始まったらしい。正座させられたきり丸が拗ねた顔をしているのを尻目に、澪は気絶した破落戸達を荷物のように持ち上げて適当な近くの民家を探すのだった。
それから、無事に澪は破落戸と彼等が持っていた武器を引き渡した。驚いた事に、引き渡し先は何と平忍者の男が住む家で澪が忍術学園の者であると、一発で言い当てていた。
何でも、同じ平忍者仲間の夫婦の息子が忍術学園へ通っているそうで、その息子から怪力の若い娘が学園に居ると聞いた夫婦から教えられたのだとか何とか。
忍術学園と村の距離がそこまで離れていない事と、澪の特徴が聞いていた話と一致するので直ぐに分かったのだという。
「最近、この辺りで悪さをする奴が増えているんだ。捕まえてくれて助かったよ」
「いえいえ、お役に立ててよかったです」
忍術学園は忍者の間では割と名前が知られている。そのため、平忍者とはいえ澪の話が早くも知れ渡っているらしい事に少し驚きながらも、澪は半助達の所へ戻った。
「はぁ……やっぱり、見つからない。オレの小銭ぃ」
「き、り、ま、る?」
「はいはい、分かりましたよ。暗くなるし帰りますから、もうお説教は勘弁してください!」
切ないため息を吐くきり丸の頬を半助が引っ張ろうとすると、きり丸が逃げた。そして、澪と目が合うとハッとした顔になり、途端にバツが悪そうなそれになる。
「きり丸」
そんなきり丸の肩を半助が軽く叩いた。
「澪さんの事が嫌いになったのか?」
「っ、違う。そんなわけない!」
「なら、せめてお礼くらい言いなさい。澪さんだって、お前を助けてくれたんだぞ」
ポン、とまたきり丸の肩を半助が叩く。促すようなその動きに、きり丸はゆっくりと澪に近付いて頭を下げた。
「さっきは、助けてくれてありがとう澪さん。それと、店であんな態度取ってごめんなさい。オレ、もやもやして……」
「もやもや……?」
素直に頭を下げるきり丸を前に、澪は首を傾げた。もやもやとはどういう意味なのだろうか。
「えっと、わたし何かきり丸に悪いことしたなら謝るよ」
「違う!澪さんは、何も悪い事なんかしてない。オレが勝手に、土井先生と澪さんが二人で仲良さそうにしているのを見てもやもやしたんだ。おまけに、こっそり覗いたら二人ともいつの間にか普通に話してるし。オレだけだって、思ってたから……だからっ。でも澪さんにあんな態度取っていい理由にならないよな。だからっ、ごめんなさい!!」
そうか。
きり丸の話を聞いて澪は納得し、同時に自分の軽率な行動を反省した。きり丸には、普通に話して欲しいと澪からお願いしたのだ。気兼ねなく話したいからと。またデートをしようとも約束していた。
なのに、それから間をおかず半助と何なら利吉とも普通に話してしまっている。
きり丸からすれば、面白いわけがないだろう。調子が良い澪の態度に、もやもやしても仕方がないわけで。
「きり丸、わたしの方こそごめんなさい。言い訳に聞こえるかもしれないけど、きり丸が普通にわたしと二人きりの時に話してくれて、凄く嬉しかった気持ちは嘘じゃない。最初に普通に話がしたいと思ったのは本当にきり丸だけなんだよ。きり丸は、その事をわたしが思っている以上に、大事に考えてくれてたんだよね。ありがとうーーなのに、直ぐにわたしが他の人と普通に話してたら面白くないのは、当たり前の事だと思う」
きり丸の頭に澪は軽く触れて、艶々とした黒髪をゆっくりと撫でた。丸みを帯びた頬や、小さな耳やまだ細い手足がこうしてみると、どんなにしっかりしていても、まだまだ子どもなのだと思わせる。
だが、だからといって侮ってはいけない。子どもには子どもなりの世界があって、それは大人の考えで軽く扱ってはいけないのだ。
「きり丸は、わたしのこと嫌いじゃないって事は、好きって事でいい?わたしはそう思っていいかしら」
「ーーうん。すごく、好き」
ずきゅん。
俯いてポツリと言うきり丸を前に、澪の胸が撃ち抜かれた。危うく胸に手を当てて倒れそうになるのを堪える。
これは、言っては悪いが半助の可愛いが霞む。
子どもが放つ無邪気な好きのクリティカルな不意打ち攻撃に、クラクラしそうである。
落ち着け、澪!と、己を叱咤しつつ、澪は一度だけ深呼吸した。
「わたしも、きり丸が好き。半助さんや他の人と普通に話したからって、この気持ちは何も変わらないよ。きり丸は、変わっちゃう?」
「そんなわけない!」
「なら、何も変わらないわ。だから、調子よく聞こえるかもしれないけど、もやもやの気持ちが少しはマシにならない?ならないなら、わたしはどうしたらいいかな」
優しくきり丸に話しかけると、落ち着いたらしい。きり丸は澪の近くまで来ると、ばっ!と両手を広げた。
「じゃあ、澪さん。抱っこかおんぶして。さっき、破落戸に転ばされた時に少し足挫いたから」
「よし来た!」
言われた通りにきり丸を軽々抱き上げると、ようやくきり丸が子供らしく笑った。八重歯が少し見えて何とも可愛い。どうやら、いつものきり丸に戻ったらしい。
「そろそろ、学園に帰るぞ二人とも」
「「はーい」」
半助の声に、きり丸と揃って返事を返す。その事が何だかおかしくて、二人顔を見合わせて笑った。
ーー危うく、きり丸にハマりかけた事実に蓋をして、澪は学園への帰還を急ぐのだった。
澪は素直にそう感じていた。
半助は何気に澪を人通りがマシな方にエスコートしたり、店には自分が先に入って席まで誘導してくれるし、昼食のみならず甘味まで奢ってくれた。
流れるような自然な所作は、流石は大人の男である。
惜しむらくはその格好くらいだが、日頃忙しくて己の事を疎かにしてしまうのは、半助の欠点でもあり美徳でもあるため、怒る気には当然なれない。むしろ、澪に半助への贈り物を着物にしようと決断をさせる背中を押す材料になった。
実は半助のお礼も、最初は消え物にするつもりだったのだが、デートで待ち合わせをして出かける時の格好を見て気が変わった。これは、お節介かもだが着物を仕立ててあげようと思ったのだ。半助には妻も恋人も居ないのだし、自分がプレゼントした所で非難してくる女性は居ないのも大きい。
半助の容姿は整っているので、反物を選ぶテンションが密かに上がった澪である。これはと思う生地を半助の顔の横に持ってきて見比べると、全て似合うので迷いに迷った。
だというのに、澪が選んでくれるなら何でもいいよーー等と、女を勘違いさせるようなワードをポロッと話す半助に、澪は大丈夫かと思った。半助は自身が知らない間に、見目もいいし年頃の娘に惚れられていそうである。本命は利吉なのに、年頃の娘ホイホイな男になってやしないかと、ちょこっと心配になってしまった。
罪作りな青年である。そこが、可愛いと言えば可愛い。
と言うか、椿の油を買う時も、男物の櫛を買う時も、何かと可愛いのはどういうことか。仕事中の半助は流石教師だけあって、溌剌としてキリッとしている。なのに、プライベートになった途端、よく言えばリラックスしており、悪く言えば気が抜けて微笑み一つとっても、ほわほわした雰囲気が出ているのだ。
普段から優しい笑顔が多い半助が、さらにパワーアップして花の幻が見えると言おうか。実際、半助を見た女性達の反応は好感触であった。傷んだ前髪も着古している感じのする服も、気にならないくらいにはルックスがいいせいだろう。
娘さん方、彼は利吉という美男子が好きなんですよーーと、忠告が出来ないのが地味に辛い。まぁ、個々人の性癖なんてトップシークレットの取扱注意案件である。そうは思っても、半助自身から同性愛者ですと告知があるまで、絶対にそんな事を口にはすまいと、半助が知ったらどこか遠くまで口から魂を飛ばしそうな勘違いをする澪である。
ちなみに、澪の酷い勘違いのもう一人の被害者の利吉が知れば白目を剥くだろう案件である。そして、流石に同情して半助の魂を取り戻しに駆けるに違いなかった。
それから、昼になって二人で入った定食屋にてきり丸と遭遇した。笑顔で駆け寄って来てあれこれ話しそうなきり丸なのに、今日はどういうわけか素っ気なかった。
何かしてしまったのだろうか。
大人にとっては大した事がないと無視している事でも子どもからしたら、大事件になっていて許せないという事はよくある。例えば後で食べようと置いていた好物を、親に要らないのかと勘違いされて食べられた時の恨みとかーーあれは親が思っている以上に子どもは怒っているのだ。
心当たりはないのだが、それは澪がそう思っているだけできり丸にとっては大惨事かもしれないのだ。そこは子どもだからと、適当な対応をしたら拗らせてしまう。
早めにちゃんと話をする事にして、半助も協力してくれると言うので甘える事にした。
美味しい定食を食べたあとは、きり丸の事が気になりつつも、その後は町をぶらりと散歩して甘味屋で休憩をした。
「お昼も甘味も奢ってくれてありがとう、半助さん」
「なに。澪さんに着物を二つも仕立ててもらうんだ。それを思ったら安いものさ……とはいえ、きり丸には内緒にしてくれ。あいつときたら、贅沢はダメだと日頃から口酸っぱいんだ」
「あはは、きり丸らしい」
そろそろ帰らないと日が暮れてしまうため、甘味屋を出て二人して忍術学園へ戻る。その道すがら、半助とゆっくり喋りながら歩く。きり丸に色々と世話を焼かれている半助を知って、澪は思わす笑ってしまった。
「きり丸は本当にしっかりしてるよね。ご近所付き合いも満点だし」
「そうだな、わたしは助けられっぱなしだ。最初は、宿舎が閉まる時に孤児のあいつを放り出すわけにはいかないと思って一緒に長屋で過ごすようになったんだが、今となってはきり丸が居てよかったと思うよ」
半助ときり丸には、この二人だからこそ存在する独特の絆があると感じる。
単に一緒に暮らしているからーーなんて言葉では片付けられないナニカだ。
それを微笑ましいと思うし、教師と生徒でありながら年の離れた兄弟、あるいは親子にも似た関係を少しだけ羨ましくも思った。母が明へと行った今、澪に家族と呼べる存在は近くには居なくなってしまったせいだ。
「半人前の半助だな、わたしは」
「そんなことない」
ふふ、と冗談めかしに言う半助の言葉を澪はすぐさま否定した。
「半助さんの半は半分、助は助けるって事でしょ。誰かを半分助ける、教師らしい名前じゃない」
「半分、助ける……?」
「そう。全部助けるのはその人の為になるとは限らないからね。半分だけ助けるの。忍たまを半分助けて一人前の忍者にする、半助はあなたに相応しい名前だとわたしは思う。きっと、そういう人になってほしいって、つけられた名前だよ」
むしろ、澪は半助の名前をそういう意味で名付けられたと理解していた。教師なのだし。
半助の過去に何があったかを知らない澪は、単に字だけでそう判断したのだが、言われた半助の顔は照れくさい物になっていた。
見ると、耳が真っ赤だ。そこまで照れさせるつもりはなかったのだが、半助には効果抜群だったらしい。
何やら急に歩みを止めて、澪に小さい声で話しかけてきた。
「あの、澪さん……」
澪の着物の袖をきゅ、っと掴まれた。何やらモジモジしているように見える。辺りに人気はないのが幸いである。
「その、忍術学園に帰るまでに少しだけ、本当に少しだけでいいから甘えていいだろうか?あの、前やってくれたようにしてほしい。頭を撫でてほしいんだけど。だ、ダメ?」
ーー急なワンコモードとはこれ如何に。
身長が高いくせに上目遣いをするという、姑息な無自覚テクニックに澪は一瞬呆気に取られる。
「嫌なら、いいんだ。でも、その、今、凄く君に甘えたくなってしまって」
きゅうん、と甘えた犬の声が聞こえてきそうだ。まぁ、半助は日頃から頑張っているし、落とし穴騒ぎもあった。お疲れ様なのだと思うと、労わってやりたいし甘やかしてやりたい気持ちにもなる。
「別にいいよ。じゃ、とりあえず、そこの木の裏にでも行く?」
辺りは野山と田んぼの広がる古き良き日本の故郷のような光景であるが、流石に道のど真ん中でやらかせない。なので、大きな木を澪は指さした。
こくこく、と耳を真っ赤にしたまま頷く半助。素直な反応に悪い女に捕まらないか、段々心配になってくる澪である。
そんなわけで、いそいそと二人で木の後ろに隠れる。半助がじーっと様子を窺ってくるものだから、何だかおかしくて笑ってしまった。
「とりあえず、屈んでくれる?前の時と同じ感じでいきましょ」
「……こう?」
言われるままに、しゃがむ半助。その状態で見上げられると、歳上なのに童顔なのもあって可愛いとしか思えなくなってきた。
「そうそう。じゃ、失礼しまして」
可愛いからか、あまり抵抗なく半助を抱き寄せる。単純なスキンシップだ。前の時のように、おずおずと遠慮がちに、でも確実に背中に手が回される。
「はぁー…… 澪さんだぁ」
烏帽子の中に髪が綺麗にしまい込まれているせいで、抱き寄せてもそんなに擽ったくない。
「今週もお疲れ様。偉い偉い」
「うん、すごく疲れた。落とし穴に落ちるのがほとんど一年は組のせいで、安藤先生からイヤミを職員室で言われるし。そりゃ、確かに成績は悪いしドジな所もあるけど皆んな良い子達なのに。それに実戦経験は一年い組より上だから、いざって時はは組の方が動けるのに」
ポンポンと背中を軽く叩き、よしよしと頭を軽く撫でると半助から愚痴が零れてきた。
「そうだね、勉強だけが全部じゃないもの。まぁ、半助さんには安藤先生のイヤミは辛い物もあるだろうけど、テストでいい点を取ったからって凄い人になるとは限らないもの」
平和な時代なら、安藤の言うことも尤もなのだが今は戦国だ。何が命取りになるか分からず、知識だけあっても生きてはいけない。この世を生き抜くには、頭だけではなく身体も心も強くあらねばと思う。
そうして、暫くしたら半助は満足したらしい。一度だけ、澪の手に頭を押し付けるようにしたら立ち上がって離れた。
「ありがとう」
「いえいえ、このくらいでよければ」
半助から、照れ臭そう笑いながら礼を言われる。悪い気はしないし、人目にさえつかなければ全く問題ない。
木の裏からまた再び、道に出て忍術学園への帰路を歩こうとした時だ。
「ーーっ、放せ!」
離れた距離から聞き覚えのある声がした。
見ると、人気のない道の向こう、田んぼの方で数人の男達に群がられている少年、きり丸の姿が。
非常事態である。
「っ、きり丸」
「ーー破落戸ね」
半助がきり丸の名を呼びかけ出す、同時に澪は素早く動いて足元にあった手頃なサイズの石をきり丸を襲っているらしい男達に向かって豪速球で投げた。
「坊主が持つには勿体ないから銭を寄越せ……ゲフォア?!」
一際体格のいい男の頭に澪の投げた石が、クリティカルヒットした。昏倒して流血しているようだが、知ったことではない。
「わたしの生徒から離れろ!!」
「ほぎゃあっ?!」
「げふん!」
半助が懐からチョークを投げると、綺麗に額にぶち当たる。そこを更に馬乗りになって、半助が男達をぼこぼこにした。きり丸はというと、顔に少しだけアザを作っているものの無事なようで、服を泥で汚しつつも泣いたりする事もなく倒れていた姿勢から立ち上がった。
「きり丸、大丈夫?!」
「土井先生、澪さん」
「おいおい、怪我をしているじゃないか。痛みは?」
急いで二人して駆け寄ると、きり丸が呆然とした後でウルッと涙を浮かべた。ひょっとして、見えている所以外にどこか怪我をしたのかと半助と二人揃って焦りかけた時である。
「銭が一枚落っこちて行方不明になっちゃったー!ボクの小銭がぁあーー!!」
半助と二人して、ずるっと転けそうになった。
「小銭を心配しとる場合かー!」
「だってぇ。ぼくの小銭がぁっ」
「大方、お前が町でアルバイトをしている時からコイツらはつけていたんだろう。こういう事もあるから、次からはくれぐれも用心しろ。少しの金を得るために、暴力を奮う愚か者は何処にでもいるんだぞ」
「ぼくだって、隠し持ってた苦無で反撃する気はありましたよ。でも、小銭が落ちてつい」
「つい、じゃない!」
きり丸と半助がやいのやいのやり取りしている横で、澪は男達を縛り上げる事にした。用意がいい事に男の一人が縄を持っていたのだ。大方、自分達が誰かを縛るためにでも用意していたのだろうそれを、連中を全員ぐるぐるに縛るのに使わせてもらう。脱出するのに使えそうな刃物達は没収する。
後はこの辺りの村を仕切る名主に、男達の身柄と没収した刃物を渡せたらいいのだが。
警察なんていない群雄割拠の戦国時代、農村は大抵の場合、惣という自治組織を形成している。よって、そこで悪事があったならば悪人は自検断を持つ惣が裁く事になる。代表の乙名を筆頭とする惣の長達が悪人の沙汰を決定し、その裁きは惣の掟に従う事になるのだが、大抵の場合は盗みには重い罰が下る。
子どもを襲うせこい破落戸達がどうなるか等、澪からすれば知った事ではない。
「とりあえず、こいつらを突き出してくるから二人ともそこで待っててね」
どうやら半助の説教が始まったらしい。正座させられたきり丸が拗ねた顔をしているのを尻目に、澪は気絶した破落戸達を荷物のように持ち上げて適当な近くの民家を探すのだった。
それから、無事に澪は破落戸と彼等が持っていた武器を引き渡した。驚いた事に、引き渡し先は何と平忍者の男が住む家で澪が忍術学園の者であると、一発で言い当てていた。
何でも、同じ平忍者仲間の夫婦の息子が忍術学園へ通っているそうで、その息子から怪力の若い娘が学園に居ると聞いた夫婦から教えられたのだとか何とか。
忍術学園と村の距離がそこまで離れていない事と、澪の特徴が聞いていた話と一致するので直ぐに分かったのだという。
「最近、この辺りで悪さをする奴が増えているんだ。捕まえてくれて助かったよ」
「いえいえ、お役に立ててよかったです」
忍術学園は忍者の間では割と名前が知られている。そのため、平忍者とはいえ澪の話が早くも知れ渡っているらしい事に少し驚きながらも、澪は半助達の所へ戻った。
「はぁ……やっぱり、見つからない。オレの小銭ぃ」
「き、り、ま、る?」
「はいはい、分かりましたよ。暗くなるし帰りますから、もうお説教は勘弁してください!」
切ないため息を吐くきり丸の頬を半助が引っ張ろうとすると、きり丸が逃げた。そして、澪と目が合うとハッとした顔になり、途端にバツが悪そうなそれになる。
「きり丸」
そんなきり丸の肩を半助が軽く叩いた。
「澪さんの事が嫌いになったのか?」
「っ、違う。そんなわけない!」
「なら、せめてお礼くらい言いなさい。澪さんだって、お前を助けてくれたんだぞ」
ポン、とまたきり丸の肩を半助が叩く。促すようなその動きに、きり丸はゆっくりと澪に近付いて頭を下げた。
「さっきは、助けてくれてありがとう澪さん。それと、店であんな態度取ってごめんなさい。オレ、もやもやして……」
「もやもや……?」
素直に頭を下げるきり丸を前に、澪は首を傾げた。もやもやとはどういう意味なのだろうか。
「えっと、わたし何かきり丸に悪いことしたなら謝るよ」
「違う!澪さんは、何も悪い事なんかしてない。オレが勝手に、土井先生と澪さんが二人で仲良さそうにしているのを見てもやもやしたんだ。おまけに、こっそり覗いたら二人ともいつの間にか普通に話してるし。オレだけだって、思ってたから……だからっ。でも澪さんにあんな態度取っていい理由にならないよな。だからっ、ごめんなさい!!」
そうか。
きり丸の話を聞いて澪は納得し、同時に自分の軽率な行動を反省した。きり丸には、普通に話して欲しいと澪からお願いしたのだ。気兼ねなく話したいからと。またデートをしようとも約束していた。
なのに、それから間をおかず半助と何なら利吉とも普通に話してしまっている。
きり丸からすれば、面白いわけがないだろう。調子が良い澪の態度に、もやもやしても仕方がないわけで。
「きり丸、わたしの方こそごめんなさい。言い訳に聞こえるかもしれないけど、きり丸が普通にわたしと二人きりの時に話してくれて、凄く嬉しかった気持ちは嘘じゃない。最初に普通に話がしたいと思ったのは本当にきり丸だけなんだよ。きり丸は、その事をわたしが思っている以上に、大事に考えてくれてたんだよね。ありがとうーーなのに、直ぐにわたしが他の人と普通に話してたら面白くないのは、当たり前の事だと思う」
きり丸の頭に澪は軽く触れて、艶々とした黒髪をゆっくりと撫でた。丸みを帯びた頬や、小さな耳やまだ細い手足がこうしてみると、どんなにしっかりしていても、まだまだ子どもなのだと思わせる。
だが、だからといって侮ってはいけない。子どもには子どもなりの世界があって、それは大人の考えで軽く扱ってはいけないのだ。
「きり丸は、わたしのこと嫌いじゃないって事は、好きって事でいい?わたしはそう思っていいかしら」
「ーーうん。すごく、好き」
ずきゅん。
俯いてポツリと言うきり丸を前に、澪の胸が撃ち抜かれた。危うく胸に手を当てて倒れそうになるのを堪える。
これは、言っては悪いが半助の可愛いが霞む。
子どもが放つ無邪気な好きのクリティカルな不意打ち攻撃に、クラクラしそうである。
落ち着け、澪!と、己を叱咤しつつ、澪は一度だけ深呼吸した。
「わたしも、きり丸が好き。半助さんや他の人と普通に話したからって、この気持ちは何も変わらないよ。きり丸は、変わっちゃう?」
「そんなわけない!」
「なら、何も変わらないわ。だから、調子よく聞こえるかもしれないけど、もやもやの気持ちが少しはマシにならない?ならないなら、わたしはどうしたらいいかな」
優しくきり丸に話しかけると、落ち着いたらしい。きり丸は澪の近くまで来ると、ばっ!と両手を広げた。
「じゃあ、澪さん。抱っこかおんぶして。さっき、破落戸に転ばされた時に少し足挫いたから」
「よし来た!」
言われた通りにきり丸を軽々抱き上げると、ようやくきり丸が子供らしく笑った。八重歯が少し見えて何とも可愛い。どうやら、いつものきり丸に戻ったらしい。
「そろそろ、学園に帰るぞ二人とも」
「「はーい」」
半助の声に、きり丸と揃って返事を返す。その事が何だかおかしくて、二人顔を見合わせて笑った。
ーー危うく、きり丸にハマりかけた事実に蓋をして、澪は学園への帰還を急ぐのだった。
