第7話 ハマってください
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鬼瓦領での鵺もとい助平虎の一件から数日後。澪は週末に半助とのデートを控えつつも、天気の良い昼下がりに事務室で仕事をしていた。
事務室がやる事は多岐にわたる。
学園の裏方とも言うべき仕事は、なくてはならない物であり教職員の仕事と学園の運営を影から支える縁下の力持ち的な役割のある職場である。
のだが。
「小松田さん、遅いですね」
学園長への届け物を渡しに行った事務員の小松田秀作が職場に戻ってこない。
毎日毎時、一歩前に出れば炭をすり終わったばかりの硯や、盆に乗った淹れたて熱々のお茶をひっくり返し、一歩後ろに下がれば書類をばら撒いたり机の角に足をぶつけたりetc……最早、歩くトラブル本体と言っても過言ではないへっぽこ事務員が帰還しない事に、同じく事務員の吉野作造が深くため息を吐いた。
「すみませんが、澪さん……」
「あ、はい。探しに行ってきます」
「申し訳ない。毎度毎度」
「いえいえ、このために事務室のお手伝いをしているのですから」
澪は忍術学園において学園長の秘書という名目で雇われてこそいるが、実際は秘書らしい事なんて特にしていない。
学園長の自慢話を聞いて美味しい茶菓子を食べながら、のんびりお茶したりしてるだけである。最近は肩揉みも追加されたが、矢張り大した事ではない。
こうして事務室の手伝いに駆り出されるのも、今や慣れてきており……つまりは、へっぽこ事務員のフォローも最近板に付いてきていた。
「小松田さーん、どこですかー?」
事務室を出て、小松田が通ったと思われる学園長室へ続く道をゆっくりと歩きながら、声を出して周囲を捜索する。
流石の小松田も学園で迷子になったわけではないと思いたいが、何が起こるか分からないのが忍術学園だ。
「うわぁああー、避けてくだい!」
それ見た事か。
何かか豪速で澪に向かって飛んでくる。人の顔と似たようなサイズの丸い物はボールであり、それもバレーボールであったのを澪は避けるでもなく片手で受け止めた。
バシッ!と音がして手の平に衝撃と摩擦が伝わるが何のそのである。
「おお、流石は澪さん。わたしのアタックを片手で受け止めるとは」
「小平太くんでしたか。バレーをしていたんですね」
「体育委員会の活動中だったんだ!澪さんも一緒にどうだ?」
にこにこと笑顔で澪に駆け寄って来たのは、小平太である。太陽みたいな邪気のない明るい笑顔で、びゅーんと澪のところにひとっ飛びするようにやって来る。
その後ろを体育委員会の他のメンバーである忍たま達が、息を切らしながら追いかけて来た。
「澪さん、ありがとうございます。ボールを取っていただいて」
「その声ーー先ほど、ボールを注意してくれた方ですね。ありがとうございます」
濃い紫色の忍者服を着た少年に話しかけられたので、お礼を返しておく。服の色が四年生だということは分かるが、名前が分からない。
まだ幼いが、歌舞伎役者の二枚目のように整った顔立ちの美少年だ。城で小姓として、殿様に仕えているのが似合いそうな容姿である。
「はい、ボールをお返ししますね。お名前を教えていただいても?」
「はいっ、勿論です澪さん!わたしの名前は平滝夜叉丸と申します。教科も実技の成績も一番の忍術学園のスーパースター、四年い組の平滝夜叉丸とはわたしのことっ。是非とも滝夜叉丸とお呼びください。以後、どうぞお見知り置きを!!」
懐から取り出した真っ赤な薔薇の花を口に咥え、滝夜叉丸が舞台俳優のようにお辞儀した。
ーーまだ若いのに、なんて濃ゆいキャラなのだろうか。
いつもの事なのか、小平太をはじめ他に近くに来ていた体育委員会のメンバー全員、滝夜叉丸のポーズを総スルーである。ちょっと可哀想な感じがするのだが、本人は自分自身に酔っているのか恍惚とした顔でキラキラしていた。大人になった時、ふと我に返って黒歴史になったりしないのを心から祈るばかりである。
「滝夜叉丸くんですね、こちらこそ。よろしくお願いします」
濃いキャラをしてるので一発で名前と顔が一致しそうである。これは絶対に忘れない、忍術学園のインパクト一位忍たまの座は滝夜叉丸で決まりだろう。
「澪さん、七松先輩も仰ってましたけど、ぼくらと遊びましょう。澪さんがいたら、七松先輩のアタックに対抗できますし」
「金吾くん、お誘いは嬉しいんですけど実は小松田さんを捜索中でして。事務室に戻って来ないものですから」
一年は組の皆本金吾にもバレーに誘われた。確かに、あの小平太のアタックは澪だから屁でもないだけで、後輩の忍たま達には厳しい物があるだろう。
球技は嫌いではないし、時間さえあるなら遊ぶのはいいのだが、今はその時ではない。
「そしたら、わたし達も小松田さん捜索を手伝うぞ!」
「いい案ですね。皆んなで小松田さんを探しましょう。澪さんは、小松田さんが無事に見つかったら、少しだけでいいんでぼくらとバレーしましょ」
元気いっぱいの小平太が提案すると、ほんわかした笑顔で二年は組の時友四郎兵衛に提案された。それは嬉しい提案ではあるのだが。
「あの、三之助くんがあらぬ方向に歩いて行ってるんですけど……大丈夫ですか?」
「うわぁー、どこ行ってるんですか次屋先輩ぃーー!!」
体育委員会の面々は実に個性的だ。自覚のない方向音痴である三年ろ組の次屋三之助が、ふと見ると三メートル程離れた先できょろきょろしており、急いで金吾が回収に走っていく。
「三之助は大丈夫だ。わたしが先頭に立って、全員縄を持って走れば迷子にはならないぞ!」
それは所謂、電車ごっこではないのか。明るく元気なのはいいが、先頭が小平太なんて単なる燃料オーバーな暴走機関車ではないのか。後ろにいる下級生達が引っ張られて引きずられ、ついて行くのでやっとなイメージしか浮かばない。
「はい、縄をどうぞ澪さん。わたしの後ろに並ぶといい!」
「え、それってわたしも電車ごっこするって事ですか?」
「?でんしゃが何かは分からないが、いけいけどんどーんっ。小松田さんをわたし達と澪さんで一緒に探し出そうっ!」
ーーマジか。
精神年齢××(自主規制)歳にして、電車ごっこする羽目になると思わなかった。
とはいえ、断れない空気だ。小平太は恐ろしい子である。そんなピカピカの笑顔を向けられたら、やらないわけにはいかない。
「よーし、三之助と金吾も戻ったし。いざ、しゅっぱーつ!」
「しんこー」
「お?ノリノリだな、澪さん!」
ノリノリなのではない。ヤケっぱちなのである。無表情で腕を掲げる澪に、無茶苦茶嬉しそうな顔で振り返る小平太。
「澪さん、七松先輩をその気にさせてはいけません!」
「はい?」
さっきまで、恍惚と自己陶酔に浸っていた滝夜叉丸が何やら青ざめた顔で話しかけてきた。どういう事か、意味がわからず澪が首を傾げるのと、凄まじい力で引っ張られ目の前の景色が様変わりするのは同時だった。
「いけいけどんどん、いけいけどんどーん!!」
「「「うわぁあーー!!!」」」
「成程、特急ですか」
やはり、暴走機関車だったか。澪はヤバい燃料を投下してしまったらしい。澪以降の後ろにいる忍たま三名が悲鳴を上げたーー仕方ない。
「三人とも、失礼。よっこいしょ」
「「「ひぃーー!!!」」」
引き摺られては可哀想なので、三人を澪は引っ張り上げた。大人のドクタケ忍者すら余裕で持ち上げる澪は、三人の忍たまくらい楽勝である。ただし、スピードがついているため走らなくてよくなったはいいが、持ち上げられた三人は落ちるかもしれないという別の恐怖に曝された。
「おおっ、三人を持ち上げつつも縄を放さず走るとは流石は澪さん!」
「小平太くん、止まってください。前方注意です!」
澪は数メートル先の地面がおかしな事になっているのに気が付いて、停止を促した。小平太は素早く反応して異常のある地点に突入する少し前でギリギリ止まる。
澪は抱き上げていた三人をそっと地面に下ろした。全員、ちょっとだけ目の端に濡れ光る物がある。絶叫系のアトラクションが苦手なのかもしれないーーなんちゃって戦国にジェットコースター等は流石にないが。
「おお、見事な落とし穴だらけだな!」
目の前に広がる異常地帯を前に、小平太の目が面白そうに細まる。澪はと言うと、丁度学園長室へ向かう道にまるで穴蜂の巣のようにぼこぼこ空いた穴達にため息が出そうになった。
「小松田さんは、多分穴に落ちているかと」
澪の勘がへっぽこ事務員の居場所はこの辺りだと告げているし、状況からして確率は非常に高いだろう。
「これは何かの授業の後なんでしょうか。早く埋めないと、落ちてしまう人が出ますね」
学園には忍者が多いが、低学年の忍たまや食堂に事務のおばちゃん、それに小松田に大量の落とし穴は危険だ。事務室に小松田を連れ帰った後は、埋めてしまいたい所である。バレー所ではない。
「落とし穴を埋めるのは、留三郎がやるから気にしなくても大丈夫だぞ。澪さん!」
「そう言えば、留三郎くんは用具委員会でしたっけ。でも、こんな量の落とし穴は流石に大変では……」
試しに澪は手近の穴を覗く。底は見えるが、二メートル以上はある。こんな物、落ちたら怪我をしてしまうこと請け合いだ。
「この落とし穴は、喜八郎か」
ひとまず、穴にいる可能性の高そうな小松田を探すべく、澪が次の穴を覗いたのと同時に、滝夜叉丸の声がした。
「その方とお友達ですか、滝夜叉丸くん」
「宿舎で同室なんです。とにかく穴を掘るのが好きな奴でして、愛用の踏鋤や手鋤であちこちに穴をよく掘るんです。この穴の数といい深さといい、綾部喜八郎の物で間違いないと思います」
穴を掘るのはいいが、掘りすぎて地面が可哀想な事になっている。掘った土を盛ったままにせず、きちんとならしてあるのもあって、余計に穴が空いてるのが見つけにくい。
「綾部先輩の落とし穴は、よく保健委員が落っこちるって乱太郎が言ってたな」
「保健委員は和馬もいるけど、委員が皆んな不運だからなぁ」
「次屋先輩、三反田先輩や他の保健委員の皆んなにそんな風に言ったらダメですよ。保健委員の皆んなが益々不運になっちゃったら大変です」
金吾、三之助、四郎兵衛ののんびりした会話を聞きつつも、四年生の綾部喜八郎とやらの掘った穴達に落ちないよう、澪は足元を確認しながら一つ一つの穴を覗く。それを小平太も手伝ってくれ、自然と右半分を澪が左半分を小平太が見ていく形で穴の中に小松田がいないか確認していく。
そして。
「あ、居た」
覗く穴が幾つ目かも数えるのがバカバカしくなって来た頃に、最奥の穴に小松田がいた。学園長への届け物の荷物を持ったまま、ひっくり返って目を回している。泥だらけの様子を見るに、落ちたのは何も倒れているこの穴だけではなさそうだ。多分、小松田の服の汚れ具合からして、他の穴にも落ちまくったのだろう。
澪は素早く穴の中に下り、小松田を引き上げた。一緒に持ち上げたまま飛び上がる。体勢は横抱きであるが、気絶しているし性格的に小松田なら気にせずお礼を言う事は想像できたので、安全地帯に運んで起こした。
「小松田さん、小松田さん」
ペチペチと、優しく顔を叩くと呻き声を上げながら、小松田がゆっくりと目を覚ます。目の前の澪を見て、きょとんとした顔になった。
「あ、あれぇ、澪さん?ぼくは、落とし穴に落ちたはずじゃ」
「ええ、落ちていましたよ。いつまでも事務室に帰って来ないので探しに来たんです」
「そっかぁ。何だか、ぼくはいっつも澪さんに見つけてもらったり、危ない所を助けてもらってるね」
それは澪が小松田をフォローしているせいである。が、小松田は普通なら落ち込んでもおかしくないドジやミスを日々やらかしても、毎日元気に乗り越えている。つまりは、凄まじいポジティブさを持っており、それは澪に対しても遺憾無く発揮されていた。
「出会ってからというもの、いっつも澪さんはぼくの事を助けに来てくれて……もしかして澪さんってば、ぼくの事を好きだったり。でへへ」
「とぉーー!!」
「ぶへらっ!」
デレっと、締まりのない笑顔でボケ丸出しの発言をする小松田の頭に、真っ直ぐに飛んできたボールが当たった。見ると、ピカピカの笑顔の小平太がなぜか妙な迫力を纏っている。どうやら、小松田へボールをアタックしたらしい。
「痛いじゃないかっ。もう、何するんだい?!」
「すみません、小松田さん。バレーをしていたので、早く再開したくって……つい。小松田さんを探すのを手伝うために、中断してたんで!」
悪気等無いのだとピカピカの笑顔で告げる小平太に対し、小松田は頭を擦りつつも「そっかぁ」と頷いた。
「小松田さん。学園長への届け物、わたしも一緒に向かいます。それと事務室へ一旦帰りましょう。怪我は無さそうですが、服が汚れてるので綺麗にしないといけませんし。小平太くん、体育委員会とのバレーはそれからにしますので、待っていてもらえますか」
また小松田を一人にしたら穴に落っこちかねない。他の場所に穴がないとも限らなさそうだ。
「それはいいが、バレーをする時間が短くなるな……」
むぅと、難しい顔になる小平太。
「問題ありません、さっさと終わらせます。小松田さんは歩かせませんから」
誰からも文句が少ない解決方法はある。ようは、歩くトラブルの小松田を一歩たりとも歩かせないのだ言葉通りに。澪は小松田をお姫様抱っこした。軽々である。
「きゃっ!」
何やら女性のような声を上げる小松田。妙に似合っているのは、本人の顔が童顔で可愛らしいからであろう。
「澪さん、何するの。ぼく、足は挫いてないので歩けるけど」
「またどこぞの落とし穴に落ちられても困るので、事務室に帰るまではわたしが小松田さんをお守りします」
「守るだなんて、そんなっ。やっぱり澪さんは、ぼくのことを」
「嫌いではありませんし、どちらかというと好きですがライクであって、恋愛的に好きなラブではありません。そのポジティブさは見習いたいですけどね。じゃ、いきますよ」
澪の腕の中で凄まじいポジティブな思考を繰り広げる小松田の事は、ドジは多いが嫌いではない。しかし、恋愛的な感情はこれっぽちもないのでそこはきちんと告げ、澪は小松田を抱えたまま適当な足場を伝って屋根の上に登った。
怪力のなせる技に、小松田のみならず小平太はじめ体育委員会の面々が「おー」と声を上げている。
「凄いっ、忍者みたい!」
「喋ると舌を噛みますから、口を閉じてて下さいね小松田さん」
忍者を育成する学校で何を言っているのやら。澪はそのまま小松田を抱き上げて、屋根の上を歩きながら極力地面を歩かずに学園長の所まで向かうのだった。
その後、澪は無事に用事を終えた。澪が小松田を運べばあら不思議。あっと言う間に用事は終わり小松田を事務室へと戻す事が出来た。吉野に了解を得て体育委員会と合流し、澪は現在バレーをやっている。
のだが。
「アターック!!」
「はい、カウンター」
バシーン!と、小平太が繰り出すアタックを澪は只管返して点を取っていた。
組み分けは、三対三で澪、金吾、四郎兵衛に小平太、滝夜叉丸、三之助のチーム分けである。
「凄いです、澪さん!あの七松先輩のアタックを打ち返すなんて」
「澪さん、今度ぼく達にコツを教えて下さいね」
「ありがとう金吾くん。勿論ですよ、四郎兵衛くん」
低学年の子ども達は可愛くていい。ほわほわしているのは小松田も同じだが、あっちは気が抜けているだけであり子ども達のは言うなればマイナスイオンっぽい癒しオーラである。何なら四六時中浴びていたい。
顔には出さないが忍術学園で低学年と接する内に、すっかり子ども好きになっている澪である。先生や保育士の気持ちが分かると言うものだ。子どもは、無限の可能性がある癒しなのである。
「戦闘だけでなく、バレーまでとは。澪さんには敵わないな!」
「……スポーツはルールに則っている分、動きが読みやすいですからね」
バレーという球技は、基本的に高く飛べる人間が有利だ。つまりは背が高い選手の多いチームが有利である。アタックを打つのもそれをブロックするのも、高さがいるからだ。まぁ、忍術学園は忍者の学校のため、背はなくとも高く飛びさえすればいい。小平太はとても高く飛ぶし、相当の威力のアタックを打つが、澪にかかれば同じく高く飛んで止めるなり、打ち返すなりだ。
手加減したって双方つまらなくなるだけなので、大人気なかろうが本気を出す所存である。
勝たせてあげるなんて事は、本当に小さな子どもにしか通じない。子どもと言えど、プライドがあるのだ。
「よーし、そしたらもうひと勝負……」
ちょっと疲れた顔をしだした滝夜叉丸と三之助を無視し、小平太がボールを手に澪のチームに勝負を挑むと、鐘が鳴った。カーン!という音を聞いた小平太の顔が残念そうな物になる。
「鳴ってしまったか。もっと遊びたいが、そろそろ体育委員会の活動を終わらせないとな」
鐘の音を聞きて、残念そうにする小平太。逆にぱあっと嬉しそうな顔をする滝夜叉丸と三之助である。
「そしたら、わたしは念の為に穴の様子を見てきますね。用具委員会が埋め終わってるとも思えませんし」
ひょっとしたら、手をつけてすらいないかもしれない。壁の補修やら、穴の埋め立てやら用具委員会は保健委員会と同じく学園の補助的役割が強い忙しい委員会だ。まだ手をつけていないのなら、少しでも楽にしてあげたいし、作業中ならできれば手伝ってあげたい。
「なら、他の体育委員は解散だ。わたしは澪さんと行こう!」
元気がまだ有り余っているらしい小平太が、澪の横にぴったりとくっついた。ぎゅっ、と手を握られる。
「七松先輩が行くなら、ぼくらもご一緒しますよ」
「ぼくも!澪さんともっと一緒に居たいですし」
「美しいわたしには土汚れは似合いませんので、これにて失礼……って、三之助、どこへ行くんだっ」
「えー、図書室ですけど。解散するなら本でも借りに行こうかと」
澪達にくっついてくる金吾と四郎兵衛は可愛い。滝夜叉丸は、明らかに学園の門の外の方へ行こうとする三之助を引っ張って図書室まで案内していた。ナルシストなキャラクターとは裏腹に、後輩の面倒見はいいらしい。
方向音痴の自覚のない三之助は、決断力溢れる方向音痴の同じく三年生の神崎左門と方向音痴コンビで知られている。この二人を捕まえておかないと、すぐに行方不明になるのだ。忍術学園は濃いキャラが集う条件でも揃っているのかと思う澪であるーー己の事は完全に棚上げしていた。
それから、小平太、金吾、四郎兵衛と一緒に穴の空いていた現場に向かった。
そこは、まさに用具委員会が穴を埋めている最中だったのだが、散々たる有様になっていた。
「食満先輩ー、どうしましょう。しんベヱが穴に嵌って抜けなくなっちゃいました。もぅ、しんベヱったら、だから食べ過ぎはダメだって言ったのに」
「留三郎っ、乱太郎を見なかった……って、あー!!」
穴を埋めるために一生懸命踏鋤や手鋤等で土を穴に被せていく用具委員の面々と、一人落とし穴にお腹がつっかえて真っ赤な顔しているしんベヱに、引き上げようとして同じく顔を真っ赤にしている喜三太、端の方では伊作が不運を発動して落とし穴に落ちるシーンが見えた。
伊作が探しているらしい乱太郎も、落とし穴に落ちている気がする澪である。
「澪さん、小平太もっ。丁度いい所に、大変なんだ手伝ってくれ!」
地獄で仏に出会ったような顔で、留三郎にお願いされては断れない。澪や小平太は勿論の事、付いてきた金吾と四郎兵衛も救出と穴埋めの手伝いに駆り出される事態になった。
そのうち、わーわー騒がしいのを聞きつけたのだろう。
「おい、どうしたんだ偉い騒々しいが……」
「皆さん、どうしたんですかこれは」
教師である半助と斜堂影麿まで出てきた。溌剌とした雰囲気の半助と、じめっとした雰囲気の斜堂の組み合わせは対照的である。
「土井先生、斜堂先生、実はかくかくしかじか……」
澪の見立てどおり落とし穴に落ちていたため、つい先程救出された乱太郎が、土汚れを落としながら事情を教師達に話していた。
曰く。
乱太郎が干しっぱなしになっていた薬草を急いで取りに向かっている最中、穴に落ちてしまった。穴が深すぎて這い上がれなくなり困っていると、用具委員会の面々が穴を埋めに来て、しんべヱが嵌って抜けなくなった。
そこへ乱太郎の戻りが遅いのを心配した伊作がやって来て、不運発動で穴に落ちて顔面強打し鼻血が出て、更にそこへ澪達がやって来て全員救出されたので、今は全員で穴埋めの最中であるとの事。
「……なるほど、体育委員会が手伝ってるのを見るに、この穴掘りの犯人は四年生の綾部喜八郎だな」
「困りましたねぇ。ここは下級生が休み時間に遊びに使う場所でもあるのに。土井先生、ここは我々も手伝いに参加しましょう」
「はぁー、ですね」
乱太郎の話を聞いた半助と斜堂は全容を把握したようだった。
それなりの人数で埋め立て作業をしているが、何せ一つ一つの穴が深い上に数が多い、日暮れまでに元の状態に戻せるかどうか怪しいと思ったらしい。
教師二人も参加して、穴埋め作業が終わる頃には日が暮れかけ、食堂で夕食を食べる時間になっていた。
「ありがとうございます。土井先生、斜堂先生も。乱太郎に伊作それに小平太達や澪さんも」
ようやく穴を綺麗に埋め終え、ひと仕事終えた留三郎からお礼を言われた。委員会の活動の一環かもしれないが、誰かがやらなければならない事だ。礼を言われるような事ではないのに、律儀な留三郎に感心した。
伊作は鼻血も無事止まっており、再度穴に落ちる事はなかった。途中、乱太郎が干していた薬草を回収しに行った事もあり、保健室の業務にも支障無く終えられた。
「はぁ、僕お腹空いちゃったー」
ぐうぐうとしんベヱの腹の虫が大音量で、空腹を訴えている。
「じゃあ、今から皆んなで食堂に行きましょう。土井先生、斜堂先生もご一緒に如何ですか?混んでいたら、わたし達三人はまた後で改めればそれで」
澪が提案すると、半助と斜堂は顔を見合せつつも頷いた。
「澪さんと一緒に食事がしたいから澪さんが後にするなら、わたしもそうするぞ!」
「なら、ぼくもー!」
「ぼくも、そうしたいです」
教師陣に合わせる必要は無いのに、小平太の言葉に反応して金吾と四郎兵衛も手を挙げる。
「澪さん。生徒達は澪さんと食べたがっていますので、混んでいても皆んなと一緒の方がいいと思いますよ。わたし達二人は何とでも。ね、土井先生」
「…………えぇ、そうですね。斜堂先生」
低学年と関わる機会が多いせいか、澪はお陰様で慕われている。それを嬉しく思いつつ、何だか少し申し訳ない気持ちだ。半助の回答に妙な間があったが、きっと穴を埋める作業をして疲れたのだろう。先生も楽ではないなと思う澪であるーー子どもは好きだが、先生になるのはしんどそうだ。元々なるつもりもないとはいえ、教師という職業を選択肢からそっと外した。
その後は、一同で食堂に向かった。混み具合は想定していたよりもマシで、穴埋めメンバー一同で美味しく夕餉を食べる事が出来た。
よく動いたおかげもあり、澪を含む全員がご飯をお代わりした。そのせいか、食堂のおばちゃんが何だか嬉しそうであった。穴を埋めたことで、服を所々汚した忍たまや澪に教師達が、ご飯を夢中で食べているのを、他の忍たま達は不思議そうに見ていたのだった。
穴埋めも終わり、これにて一件落着。また明日から頑張ろうーー。
と、締め括りができればよかったのだが。
そうは問屋が卸さないとばかりに、翌日もまた巨大穴蜂が住み着いたのかと目を疑うような落とし穴が学園に多数出現したのだった。
事務室がやる事は多岐にわたる。
学園の裏方とも言うべき仕事は、なくてはならない物であり教職員の仕事と学園の運営を影から支える縁下の力持ち的な役割のある職場である。
のだが。
「小松田さん、遅いですね」
学園長への届け物を渡しに行った事務員の小松田秀作が職場に戻ってこない。
毎日毎時、一歩前に出れば炭をすり終わったばかりの硯や、盆に乗った淹れたて熱々のお茶をひっくり返し、一歩後ろに下がれば書類をばら撒いたり机の角に足をぶつけたりetc……最早、歩くトラブル本体と言っても過言ではないへっぽこ事務員が帰還しない事に、同じく事務員の吉野作造が深くため息を吐いた。
「すみませんが、澪さん……」
「あ、はい。探しに行ってきます」
「申し訳ない。毎度毎度」
「いえいえ、このために事務室のお手伝いをしているのですから」
澪は忍術学園において学園長の秘書という名目で雇われてこそいるが、実際は秘書らしい事なんて特にしていない。
学園長の自慢話を聞いて美味しい茶菓子を食べながら、のんびりお茶したりしてるだけである。最近は肩揉みも追加されたが、矢張り大した事ではない。
こうして事務室の手伝いに駆り出されるのも、今や慣れてきており……つまりは、へっぽこ事務員のフォローも最近板に付いてきていた。
「小松田さーん、どこですかー?」
事務室を出て、小松田が通ったと思われる学園長室へ続く道をゆっくりと歩きながら、声を出して周囲を捜索する。
流石の小松田も学園で迷子になったわけではないと思いたいが、何が起こるか分からないのが忍術学園だ。
「うわぁああー、避けてくだい!」
それ見た事か。
何かか豪速で澪に向かって飛んでくる。人の顔と似たようなサイズの丸い物はボールであり、それもバレーボールであったのを澪は避けるでもなく片手で受け止めた。
バシッ!と音がして手の平に衝撃と摩擦が伝わるが何のそのである。
「おお、流石は澪さん。わたしのアタックを片手で受け止めるとは」
「小平太くんでしたか。バレーをしていたんですね」
「体育委員会の活動中だったんだ!澪さんも一緒にどうだ?」
にこにこと笑顔で澪に駆け寄って来たのは、小平太である。太陽みたいな邪気のない明るい笑顔で、びゅーんと澪のところにひとっ飛びするようにやって来る。
その後ろを体育委員会の他のメンバーである忍たま達が、息を切らしながら追いかけて来た。
「澪さん、ありがとうございます。ボールを取っていただいて」
「その声ーー先ほど、ボールを注意してくれた方ですね。ありがとうございます」
濃い紫色の忍者服を着た少年に話しかけられたので、お礼を返しておく。服の色が四年生だということは分かるが、名前が分からない。
まだ幼いが、歌舞伎役者の二枚目のように整った顔立ちの美少年だ。城で小姓として、殿様に仕えているのが似合いそうな容姿である。
「はい、ボールをお返ししますね。お名前を教えていただいても?」
「はいっ、勿論です澪さん!わたしの名前は平滝夜叉丸と申します。教科も実技の成績も一番の忍術学園のスーパースター、四年い組の平滝夜叉丸とはわたしのことっ。是非とも滝夜叉丸とお呼びください。以後、どうぞお見知り置きを!!」
懐から取り出した真っ赤な薔薇の花を口に咥え、滝夜叉丸が舞台俳優のようにお辞儀した。
ーーまだ若いのに、なんて濃ゆいキャラなのだろうか。
いつもの事なのか、小平太をはじめ他に近くに来ていた体育委員会のメンバー全員、滝夜叉丸のポーズを総スルーである。ちょっと可哀想な感じがするのだが、本人は自分自身に酔っているのか恍惚とした顔でキラキラしていた。大人になった時、ふと我に返って黒歴史になったりしないのを心から祈るばかりである。
「滝夜叉丸くんですね、こちらこそ。よろしくお願いします」
濃いキャラをしてるので一発で名前と顔が一致しそうである。これは絶対に忘れない、忍術学園のインパクト一位忍たまの座は滝夜叉丸で決まりだろう。
「澪さん、七松先輩も仰ってましたけど、ぼくらと遊びましょう。澪さんがいたら、七松先輩のアタックに対抗できますし」
「金吾くん、お誘いは嬉しいんですけど実は小松田さんを捜索中でして。事務室に戻って来ないものですから」
一年は組の皆本金吾にもバレーに誘われた。確かに、あの小平太のアタックは澪だから屁でもないだけで、後輩の忍たま達には厳しい物があるだろう。
球技は嫌いではないし、時間さえあるなら遊ぶのはいいのだが、今はその時ではない。
「そしたら、わたし達も小松田さん捜索を手伝うぞ!」
「いい案ですね。皆んなで小松田さんを探しましょう。澪さんは、小松田さんが無事に見つかったら、少しだけでいいんでぼくらとバレーしましょ」
元気いっぱいの小平太が提案すると、ほんわかした笑顔で二年は組の時友四郎兵衛に提案された。それは嬉しい提案ではあるのだが。
「あの、三之助くんがあらぬ方向に歩いて行ってるんですけど……大丈夫ですか?」
「うわぁー、どこ行ってるんですか次屋先輩ぃーー!!」
体育委員会の面々は実に個性的だ。自覚のない方向音痴である三年ろ組の次屋三之助が、ふと見ると三メートル程離れた先できょろきょろしており、急いで金吾が回収に走っていく。
「三之助は大丈夫だ。わたしが先頭に立って、全員縄を持って走れば迷子にはならないぞ!」
それは所謂、電車ごっこではないのか。明るく元気なのはいいが、先頭が小平太なんて単なる燃料オーバーな暴走機関車ではないのか。後ろにいる下級生達が引っ張られて引きずられ、ついて行くのでやっとなイメージしか浮かばない。
「はい、縄をどうぞ澪さん。わたしの後ろに並ぶといい!」
「え、それってわたしも電車ごっこするって事ですか?」
「?でんしゃが何かは分からないが、いけいけどんどーんっ。小松田さんをわたし達と澪さんで一緒に探し出そうっ!」
ーーマジか。
精神年齢××(自主規制)歳にして、電車ごっこする羽目になると思わなかった。
とはいえ、断れない空気だ。小平太は恐ろしい子である。そんなピカピカの笑顔を向けられたら、やらないわけにはいかない。
「よーし、三之助と金吾も戻ったし。いざ、しゅっぱーつ!」
「しんこー」
「お?ノリノリだな、澪さん!」
ノリノリなのではない。ヤケっぱちなのである。無表情で腕を掲げる澪に、無茶苦茶嬉しそうな顔で振り返る小平太。
「澪さん、七松先輩をその気にさせてはいけません!」
「はい?」
さっきまで、恍惚と自己陶酔に浸っていた滝夜叉丸が何やら青ざめた顔で話しかけてきた。どういう事か、意味がわからず澪が首を傾げるのと、凄まじい力で引っ張られ目の前の景色が様変わりするのは同時だった。
「いけいけどんどん、いけいけどんどーん!!」
「「「うわぁあーー!!!」」」
「成程、特急ですか」
やはり、暴走機関車だったか。澪はヤバい燃料を投下してしまったらしい。澪以降の後ろにいる忍たま三名が悲鳴を上げたーー仕方ない。
「三人とも、失礼。よっこいしょ」
「「「ひぃーー!!!」」」
引き摺られては可哀想なので、三人を澪は引っ張り上げた。大人のドクタケ忍者すら余裕で持ち上げる澪は、三人の忍たまくらい楽勝である。ただし、スピードがついているため走らなくてよくなったはいいが、持ち上げられた三人は落ちるかもしれないという別の恐怖に曝された。
「おおっ、三人を持ち上げつつも縄を放さず走るとは流石は澪さん!」
「小平太くん、止まってください。前方注意です!」
澪は数メートル先の地面がおかしな事になっているのに気が付いて、停止を促した。小平太は素早く反応して異常のある地点に突入する少し前でギリギリ止まる。
澪は抱き上げていた三人をそっと地面に下ろした。全員、ちょっとだけ目の端に濡れ光る物がある。絶叫系のアトラクションが苦手なのかもしれないーーなんちゃって戦国にジェットコースター等は流石にないが。
「おお、見事な落とし穴だらけだな!」
目の前に広がる異常地帯を前に、小平太の目が面白そうに細まる。澪はと言うと、丁度学園長室へ向かう道にまるで穴蜂の巣のようにぼこぼこ空いた穴達にため息が出そうになった。
「小松田さんは、多分穴に落ちているかと」
澪の勘がへっぽこ事務員の居場所はこの辺りだと告げているし、状況からして確率は非常に高いだろう。
「これは何かの授業の後なんでしょうか。早く埋めないと、落ちてしまう人が出ますね」
学園には忍者が多いが、低学年の忍たまや食堂に事務のおばちゃん、それに小松田に大量の落とし穴は危険だ。事務室に小松田を連れ帰った後は、埋めてしまいたい所である。バレー所ではない。
「落とし穴を埋めるのは、留三郎がやるから気にしなくても大丈夫だぞ。澪さん!」
「そう言えば、留三郎くんは用具委員会でしたっけ。でも、こんな量の落とし穴は流石に大変では……」
試しに澪は手近の穴を覗く。底は見えるが、二メートル以上はある。こんな物、落ちたら怪我をしてしまうこと請け合いだ。
「この落とし穴は、喜八郎か」
ひとまず、穴にいる可能性の高そうな小松田を探すべく、澪が次の穴を覗いたのと同時に、滝夜叉丸の声がした。
「その方とお友達ですか、滝夜叉丸くん」
「宿舎で同室なんです。とにかく穴を掘るのが好きな奴でして、愛用の踏鋤や手鋤であちこちに穴をよく掘るんです。この穴の数といい深さといい、綾部喜八郎の物で間違いないと思います」
穴を掘るのはいいが、掘りすぎて地面が可哀想な事になっている。掘った土を盛ったままにせず、きちんとならしてあるのもあって、余計に穴が空いてるのが見つけにくい。
「綾部先輩の落とし穴は、よく保健委員が落っこちるって乱太郎が言ってたな」
「保健委員は和馬もいるけど、委員が皆んな不運だからなぁ」
「次屋先輩、三反田先輩や他の保健委員の皆んなにそんな風に言ったらダメですよ。保健委員の皆んなが益々不運になっちゃったら大変です」
金吾、三之助、四郎兵衛ののんびりした会話を聞きつつも、四年生の綾部喜八郎とやらの掘った穴達に落ちないよう、澪は足元を確認しながら一つ一つの穴を覗く。それを小平太も手伝ってくれ、自然と右半分を澪が左半分を小平太が見ていく形で穴の中に小松田がいないか確認していく。
そして。
「あ、居た」
覗く穴が幾つ目かも数えるのがバカバカしくなって来た頃に、最奥の穴に小松田がいた。学園長への届け物の荷物を持ったまま、ひっくり返って目を回している。泥だらけの様子を見るに、落ちたのは何も倒れているこの穴だけではなさそうだ。多分、小松田の服の汚れ具合からして、他の穴にも落ちまくったのだろう。
澪は素早く穴の中に下り、小松田を引き上げた。一緒に持ち上げたまま飛び上がる。体勢は横抱きであるが、気絶しているし性格的に小松田なら気にせずお礼を言う事は想像できたので、安全地帯に運んで起こした。
「小松田さん、小松田さん」
ペチペチと、優しく顔を叩くと呻き声を上げながら、小松田がゆっくりと目を覚ます。目の前の澪を見て、きょとんとした顔になった。
「あ、あれぇ、澪さん?ぼくは、落とし穴に落ちたはずじゃ」
「ええ、落ちていましたよ。いつまでも事務室に帰って来ないので探しに来たんです」
「そっかぁ。何だか、ぼくはいっつも澪さんに見つけてもらったり、危ない所を助けてもらってるね」
それは澪が小松田をフォローしているせいである。が、小松田は普通なら落ち込んでもおかしくないドジやミスを日々やらかしても、毎日元気に乗り越えている。つまりは、凄まじいポジティブさを持っており、それは澪に対しても遺憾無く発揮されていた。
「出会ってからというもの、いっつも澪さんはぼくの事を助けに来てくれて……もしかして澪さんってば、ぼくの事を好きだったり。でへへ」
「とぉーー!!」
「ぶへらっ!」
デレっと、締まりのない笑顔でボケ丸出しの発言をする小松田の頭に、真っ直ぐに飛んできたボールが当たった。見ると、ピカピカの笑顔の小平太がなぜか妙な迫力を纏っている。どうやら、小松田へボールをアタックしたらしい。
「痛いじゃないかっ。もう、何するんだい?!」
「すみません、小松田さん。バレーをしていたので、早く再開したくって……つい。小松田さんを探すのを手伝うために、中断してたんで!」
悪気等無いのだとピカピカの笑顔で告げる小平太に対し、小松田は頭を擦りつつも「そっかぁ」と頷いた。
「小松田さん。学園長への届け物、わたしも一緒に向かいます。それと事務室へ一旦帰りましょう。怪我は無さそうですが、服が汚れてるので綺麗にしないといけませんし。小平太くん、体育委員会とのバレーはそれからにしますので、待っていてもらえますか」
また小松田を一人にしたら穴に落っこちかねない。他の場所に穴がないとも限らなさそうだ。
「それはいいが、バレーをする時間が短くなるな……」
むぅと、難しい顔になる小平太。
「問題ありません、さっさと終わらせます。小松田さんは歩かせませんから」
誰からも文句が少ない解決方法はある。ようは、歩くトラブルの小松田を一歩たりとも歩かせないのだ言葉通りに。澪は小松田をお姫様抱っこした。軽々である。
「きゃっ!」
何やら女性のような声を上げる小松田。妙に似合っているのは、本人の顔が童顔で可愛らしいからであろう。
「澪さん、何するの。ぼく、足は挫いてないので歩けるけど」
「またどこぞの落とし穴に落ちられても困るので、事務室に帰るまではわたしが小松田さんをお守りします」
「守るだなんて、そんなっ。やっぱり澪さんは、ぼくのことを」
「嫌いではありませんし、どちらかというと好きですがライクであって、恋愛的に好きなラブではありません。そのポジティブさは見習いたいですけどね。じゃ、いきますよ」
澪の腕の中で凄まじいポジティブな思考を繰り広げる小松田の事は、ドジは多いが嫌いではない。しかし、恋愛的な感情はこれっぽちもないのでそこはきちんと告げ、澪は小松田を抱えたまま適当な足場を伝って屋根の上に登った。
怪力のなせる技に、小松田のみならず小平太はじめ体育委員会の面々が「おー」と声を上げている。
「凄いっ、忍者みたい!」
「喋ると舌を噛みますから、口を閉じてて下さいね小松田さん」
忍者を育成する学校で何を言っているのやら。澪はそのまま小松田を抱き上げて、屋根の上を歩きながら極力地面を歩かずに学園長の所まで向かうのだった。
その後、澪は無事に用事を終えた。澪が小松田を運べばあら不思議。あっと言う間に用事は終わり小松田を事務室へと戻す事が出来た。吉野に了解を得て体育委員会と合流し、澪は現在バレーをやっている。
のだが。
「アターック!!」
「はい、カウンター」
バシーン!と、小平太が繰り出すアタックを澪は只管返して点を取っていた。
組み分けは、三対三で澪、金吾、四郎兵衛に小平太、滝夜叉丸、三之助のチーム分けである。
「凄いです、澪さん!あの七松先輩のアタックを打ち返すなんて」
「澪さん、今度ぼく達にコツを教えて下さいね」
「ありがとう金吾くん。勿論ですよ、四郎兵衛くん」
低学年の子ども達は可愛くていい。ほわほわしているのは小松田も同じだが、あっちは気が抜けているだけであり子ども達のは言うなればマイナスイオンっぽい癒しオーラである。何なら四六時中浴びていたい。
顔には出さないが忍術学園で低学年と接する内に、すっかり子ども好きになっている澪である。先生や保育士の気持ちが分かると言うものだ。子どもは、無限の可能性がある癒しなのである。
「戦闘だけでなく、バレーまでとは。澪さんには敵わないな!」
「……スポーツはルールに則っている分、動きが読みやすいですからね」
バレーという球技は、基本的に高く飛べる人間が有利だ。つまりは背が高い選手の多いチームが有利である。アタックを打つのもそれをブロックするのも、高さがいるからだ。まぁ、忍術学園は忍者の学校のため、背はなくとも高く飛びさえすればいい。小平太はとても高く飛ぶし、相当の威力のアタックを打つが、澪にかかれば同じく高く飛んで止めるなり、打ち返すなりだ。
手加減したって双方つまらなくなるだけなので、大人気なかろうが本気を出す所存である。
勝たせてあげるなんて事は、本当に小さな子どもにしか通じない。子どもと言えど、プライドがあるのだ。
「よーし、そしたらもうひと勝負……」
ちょっと疲れた顔をしだした滝夜叉丸と三之助を無視し、小平太がボールを手に澪のチームに勝負を挑むと、鐘が鳴った。カーン!という音を聞いた小平太の顔が残念そうな物になる。
「鳴ってしまったか。もっと遊びたいが、そろそろ体育委員会の活動を終わらせないとな」
鐘の音を聞きて、残念そうにする小平太。逆にぱあっと嬉しそうな顔をする滝夜叉丸と三之助である。
「そしたら、わたしは念の為に穴の様子を見てきますね。用具委員会が埋め終わってるとも思えませんし」
ひょっとしたら、手をつけてすらいないかもしれない。壁の補修やら、穴の埋め立てやら用具委員会は保健委員会と同じく学園の補助的役割が強い忙しい委員会だ。まだ手をつけていないのなら、少しでも楽にしてあげたいし、作業中ならできれば手伝ってあげたい。
「なら、他の体育委員は解散だ。わたしは澪さんと行こう!」
元気がまだ有り余っているらしい小平太が、澪の横にぴったりとくっついた。ぎゅっ、と手を握られる。
「七松先輩が行くなら、ぼくらもご一緒しますよ」
「ぼくも!澪さんともっと一緒に居たいですし」
「美しいわたしには土汚れは似合いませんので、これにて失礼……って、三之助、どこへ行くんだっ」
「えー、図書室ですけど。解散するなら本でも借りに行こうかと」
澪達にくっついてくる金吾と四郎兵衛は可愛い。滝夜叉丸は、明らかに学園の門の外の方へ行こうとする三之助を引っ張って図書室まで案内していた。ナルシストなキャラクターとは裏腹に、後輩の面倒見はいいらしい。
方向音痴の自覚のない三之助は、決断力溢れる方向音痴の同じく三年生の神崎左門と方向音痴コンビで知られている。この二人を捕まえておかないと、すぐに行方不明になるのだ。忍術学園は濃いキャラが集う条件でも揃っているのかと思う澪であるーー己の事は完全に棚上げしていた。
それから、小平太、金吾、四郎兵衛と一緒に穴の空いていた現場に向かった。
そこは、まさに用具委員会が穴を埋めている最中だったのだが、散々たる有様になっていた。
「食満先輩ー、どうしましょう。しんベヱが穴に嵌って抜けなくなっちゃいました。もぅ、しんベヱったら、だから食べ過ぎはダメだって言ったのに」
「留三郎っ、乱太郎を見なかった……って、あー!!」
穴を埋めるために一生懸命踏鋤や手鋤等で土を穴に被せていく用具委員の面々と、一人落とし穴にお腹がつっかえて真っ赤な顔しているしんベヱに、引き上げようとして同じく顔を真っ赤にしている喜三太、端の方では伊作が不運を発動して落とし穴に落ちるシーンが見えた。
伊作が探しているらしい乱太郎も、落とし穴に落ちている気がする澪である。
「澪さん、小平太もっ。丁度いい所に、大変なんだ手伝ってくれ!」
地獄で仏に出会ったような顔で、留三郎にお願いされては断れない。澪や小平太は勿論の事、付いてきた金吾と四郎兵衛も救出と穴埋めの手伝いに駆り出される事態になった。
そのうち、わーわー騒がしいのを聞きつけたのだろう。
「おい、どうしたんだ偉い騒々しいが……」
「皆さん、どうしたんですかこれは」
教師である半助と斜堂影麿まで出てきた。溌剌とした雰囲気の半助と、じめっとした雰囲気の斜堂の組み合わせは対照的である。
「土井先生、斜堂先生、実はかくかくしかじか……」
澪の見立てどおり落とし穴に落ちていたため、つい先程救出された乱太郎が、土汚れを落としながら事情を教師達に話していた。
曰く。
乱太郎が干しっぱなしになっていた薬草を急いで取りに向かっている最中、穴に落ちてしまった。穴が深すぎて這い上がれなくなり困っていると、用具委員会の面々が穴を埋めに来て、しんべヱが嵌って抜けなくなった。
そこへ乱太郎の戻りが遅いのを心配した伊作がやって来て、不運発動で穴に落ちて顔面強打し鼻血が出て、更にそこへ澪達がやって来て全員救出されたので、今は全員で穴埋めの最中であるとの事。
「……なるほど、体育委員会が手伝ってるのを見るに、この穴掘りの犯人は四年生の綾部喜八郎だな」
「困りましたねぇ。ここは下級生が休み時間に遊びに使う場所でもあるのに。土井先生、ここは我々も手伝いに参加しましょう」
「はぁー、ですね」
乱太郎の話を聞いた半助と斜堂は全容を把握したようだった。
それなりの人数で埋め立て作業をしているが、何せ一つ一つの穴が深い上に数が多い、日暮れまでに元の状態に戻せるかどうか怪しいと思ったらしい。
教師二人も参加して、穴埋め作業が終わる頃には日が暮れかけ、食堂で夕食を食べる時間になっていた。
「ありがとうございます。土井先生、斜堂先生も。乱太郎に伊作それに小平太達や澪さんも」
ようやく穴を綺麗に埋め終え、ひと仕事終えた留三郎からお礼を言われた。委員会の活動の一環かもしれないが、誰かがやらなければならない事だ。礼を言われるような事ではないのに、律儀な留三郎に感心した。
伊作は鼻血も無事止まっており、再度穴に落ちる事はなかった。途中、乱太郎が干していた薬草を回収しに行った事もあり、保健室の業務にも支障無く終えられた。
「はぁ、僕お腹空いちゃったー」
ぐうぐうとしんベヱの腹の虫が大音量で、空腹を訴えている。
「じゃあ、今から皆んなで食堂に行きましょう。土井先生、斜堂先生もご一緒に如何ですか?混んでいたら、わたし達三人はまた後で改めればそれで」
澪が提案すると、半助と斜堂は顔を見合せつつも頷いた。
「澪さんと一緒に食事がしたいから澪さんが後にするなら、わたしもそうするぞ!」
「なら、ぼくもー!」
「ぼくも、そうしたいです」
教師陣に合わせる必要は無いのに、小平太の言葉に反応して金吾と四郎兵衛も手を挙げる。
「澪さん。生徒達は澪さんと食べたがっていますので、混んでいても皆んなと一緒の方がいいと思いますよ。わたし達二人は何とでも。ね、土井先生」
「…………えぇ、そうですね。斜堂先生」
低学年と関わる機会が多いせいか、澪はお陰様で慕われている。それを嬉しく思いつつ、何だか少し申し訳ない気持ちだ。半助の回答に妙な間があったが、きっと穴を埋める作業をして疲れたのだろう。先生も楽ではないなと思う澪であるーー子どもは好きだが、先生になるのはしんどそうだ。元々なるつもりもないとはいえ、教師という職業を選択肢からそっと外した。
その後は、一同で食堂に向かった。混み具合は想定していたよりもマシで、穴埋めメンバー一同で美味しく夕餉を食べる事が出来た。
よく動いたおかげもあり、澪を含む全員がご飯をお代わりした。そのせいか、食堂のおばちゃんが何だか嬉しそうであった。穴を埋めたことで、服を所々汚した忍たまや澪に教師達が、ご飯を夢中で食べているのを、他の忍たま達は不思議そうに見ていたのだった。
穴埋めも終わり、これにて一件落着。また明日から頑張ろうーー。
と、締め括りができればよかったのだが。
そうは問屋が卸さないとばかりに、翌日もまた巨大穴蜂が住み着いたのかと目を疑うような落とし穴が学園に多数出現したのだった。
