第6話 女装軍団の妖怪退治
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澪に向かって飛びかかってきた鵺の重みが肩にかかる。
一瞬だけ重心が狂うが、簡単に転ばされたりするものかと、踏ん張って澪は気合いを入れた。
「っ、ふん!」
非常に女子らしくない一声を発し、澪は相撲取りの要領で獣の身体を鷲掴み引き倒す。一人と一匹で仲良くゴロゴロと地面を転がった。
「グルグル……!」
獣からは殺気を感じない、それどころか甘えたみたいに鳴いているようだ。どういうことか、掴んだ体はもふもふしており、毛がふさふさである。
ベロン、と澪の首から頬にかけて舐められた。
生臭い息が顔にかかり、ざりざりした舌が頬に当たって、ほんのちょっと痛い。
確かにこれで伊作みたいに、ファーストキスを奪われるのは嫌過ぎる。
「こらっ、め!」
澪は獣の顔をわしっ!と掴んだ。結構大きい。獣はぐるぐる相変わらず甘えた声を出しており、力が強いが戯れているだけだ。それが分かると殺意なんて抱けるはずもない。
澪の口調は、犬や猫にそうするような優しくも、だが躾をする飼い主そっくりな物になっていた。
「撫でてあげるから、大人しくしなさい。わたしの言ってること、分かるわね?」
「グル……」
殺気こそ出していないが、本気を出す前に大人しくしろと念を込めたら、通じたらしい。澪の身体の上から獣が退いてくれた。そして、澪は起き上がり薄暗いが鵺の正体が何かーーそれを知った。
「ーーお前、虎なの?」
目の前にいたのは泥で薄汚れ、あちこちに引っ付き虫やら草がつき、ぱっと見は分かり辛いが大きな虎だった。ゆらんゆらんと尻尾が揺れており、虎は澪に近付くとご機嫌で頭を擦りつけてきた。
虎なんて動物園で見たくらいだ。流石に、なんちゃって戦国でも、殆どの日本人は絵や毛皮としてくらいでしか目にした事はないだろう。
「鵺は虎だったのか」
安全だと判断したのか、利吉が仙蔵と一緒に近くまで来ていた。押し倒されて涎塗れにされたくないせいか、二人ともいつでも逃げられるような姿勢であるが、虎は澪にずっと身体をすりすりしている様子から、二人の方へは行かなさそうだ。
「それにしても、やたら澪さんに懐いているな」
仙蔵が、ゴロゴロうにゃうにゃ言う虎を見て、感心した様子だ。
「こう見ると大きな猫のようだな」
「そりゃ、虎はネコ科だから……あ」
利吉の感想に返事をしつつ、澪は虎がこうも己にメロメロな理由に心当たりがあった。
多分、昼間のマタタビだ。随分な量を掃除していたから、あれの匂いや成分が澪についた可能性がある。それを嗅ぎつけて、虎は澪に真っ直ぐ突撃したのかもしれない。
マタタビやキャットニップは猫だけじゃなく、虎等の猫科にも個体差はあれどきく。
虎は人間にとっては、人を襲って食う事もある恐ろしいネコ科の動物だ。中国からインド、そして東南アジア辺りに生息しているので、日本にはまずいない生き物なわけだが、それが海を渡ってここに居るなんて、考えられるのは一つ。
「こっちで見世物にしていたのが逃げたか、それともどこかのバカ殿が密輸したか……」
虎を撫で撫でしながら、澪は思った事を呟いた。
その直後。
「うちの殿を馬鹿とは失礼なー!」
近くて男の声がした。虎に気を取られて周囲への警戒が疎かになっていた澪は、声のした方へ急いでを振り返る。利吉や仙蔵はと言うと声のした方へ、いきなり懐から手裏剣を投げた。
「きゃああーー!!」
「「八方斎様ぁあー!!」」
まさかドクタケか。確か、学園長が教えてくれたドクタケ忍者隊の首領の名前が、なんか不味そうな中華料理の名前みたいだったのを思い出す。
確か、そう名前は。
「確か、冷え切った八宝菜だったはず!」
「稗田八方斎だぁ!そこまで冷たくないもん!!」
叢から、小柄な人物の他に数名程人間が飛び出して来た。その姿を見て、澪を筆頭に利吉と仙蔵の顔が引き攣る。
「その虎はお若い頃に殿が『八方斎よ、余の前にいつか生きた虎を連れて来るのだ。ペットとして飼って自慢するのだ』と仰っていたから、これまで一生懸命節約して貯金したお金で、どうにか念願叶って人に慣れた虎を明から輸入したもの。今度の殿の誕生日プレゼントにするのだ!その虎はもともと、我等ドクタケのもの。返してもらおう!!」
やっぱりバカ殿ではないか。いや、この場合バカは八方斎か。いや、どっちもどっちか。
頭の痛くなるような話とはいえ、これまでの辻褄が合った所で、微妙な顔になる澪。
無論、澪だけではなく利吉と仙蔵も呆れ返った顔をしていた。ドクタケじゃなくて、バカタケじゃんと今にも言いそうである。
グルグル、と低い声で虎が気がつけば唸って牙を剥いていた。眼前にはドクタケ忍者の首領とその忍者達ーーただし、全員酷い女装姿である。
酷過ぎる女装に、虎も男だと見抜いたらしかった。
ちなみに、一番酷いのは八方斎である。大きな頭と割れた顎のせいもあって、女装というか妖怪にしか見えない。もう何もしない方がマシだったのではと思う。というか、頭がデカすぎる。妖怪ぬらりひょんが実在したら、こんな感じなんだろうか。
脳みそが詰まって、いかにも賢そうなのにきっと皺の少ない可哀想な脳みそなんだろう。
「そこの娘。お前、わたしをそんな目で見るな。さっきも冷え切った八宝菜とか言うし、なんか腹立つぅ!!」
「あ、これは失敬」
言葉にせずとも伝わる想いってあるんだな。
「と、に、か、く。その虎をこちらに引き渡せ。さもなくば、近くに潜伏させているドクタケ忍者隊全員で貴様らを倒してでもーー」
「どうぞ」
「へ?」
正しく悪役顔で悪役のセリフを言う八方斎に、澪がやる気のない声で返事をすると、キョトンとした顔をされた。
寝不足のせいで、真相がわかった事だし早く終わらせたい。澪は一度、虎の頭を強めに撫でるーーわたしが戦うから下がっていろ、と念を込めると伝わったのか、虎は唸るのをやめて大人しくなった。
「虎を故郷から引き離し己の私利私欲のために呼び寄せたばかりか、きちんと管理もできず逃がして他国に迷惑ぶっこいて、挙句の果てには偉そうに返せと宣うーーあんた達みたいな自分勝手な連中は、今からまとめてお仕置タイムよ。全員かかって来なさい。百人だって相手してあげるわ」
ボキボキ腕を鳴らしながら澪がドクタケ忍者達へ近付く。それを見た利子モードな利吉が、口許に手を当てて「きゃあー!」と乙女なポーズで歓声を上げ、気の所為でなければ仙蔵もちょっと目がキラキラしていたような気がしたが、今はそんな事はどうでもいい。
「え、何この子。めっちゃ怖いんだけど、超怖いんだけど」
澪の不穏な気配に悪役顔の八方斎が数歩下がった。
「死にはしない程度に加減してあげる。とっとと終わらせましょう」
明から虎を輸入した連中だ。せっかくなら、拳法を使って倒してやろう。構えの姿勢を取る。
「八方斎様を御守りしろ!」
「くそ、これでもくらえ!!」
タジタジになる八方斎を守るため、ドクタケ忍者隊の面々と思われる気色悪いサングラスをかけた女装軍団が、周囲を取り囲み澪へ向けて色んな忍者の武器で攻撃してきた。
が。
手裏剣は全て避けて、鎖分銅等の類は目の前で引き千切る。剣なんてものは奪ってポキッと枝のように折った。武器という武器の全てをガラクタに変えていく澪を前に、ドクタケ忍者達の顔色が真っ青になるまで時間はそうかからなかった。
「澪さん。素敵ぃいい!!」
「……わたしもドキドキしてきた」
利子モードで興奮する利吉の横で胸に手を当てて、何やら呟いている仙蔵。
「くっ、こうなったら応援を呼ぶぞ!」
「はいはい、待っててあげるから呼べば?どうぞ」
「きぃー!腹立つぅ!ドクタケ忍者隊の恐ろしさを見せつけてやる。このムカつく奴を火縄銃で仕留めてしまえ!」
懐から呼び笛を出して吹く八方斎。火縄銃という、合戦場でもないのに出てきた銃火器の名前に、利吉と仙蔵の顔色が変わった。それを合図とするように、利吉が笛を吹いたのが聞こえていたらしい、半助達をはじめ残りのメンバーが澪達の所へと辿り着く。
「澪さん!」
最初に叢から飛び出してきたのは小平太だ。澪が無力化した武器が転がり、顔色を変えているドクタケ忍者隊達、そして大人しく今は伏せをしている虎、観戦体制の利吉と仙蔵を見て、状況をある程度把握したらしい。
「小平太、ドクタケ忍者が複数近くに居るはずだ、全員無力化しろ。必要があればこれを使え」
「了解した!」
小平太へ向かって、仙蔵が懐から宝烙火矢を取り出して投げた。受け取ったそれを手に小平太が走り出そうとすると、ドクタケ忍者達が飛びかかって止めに入る。
「抜かせるか!」
「はっはっは、いけいけどんどーん!澪さんの特訓を受けて強化されたわたしには、お前達等敵ではなーい!!」
小平太は懐から取り出した苦無で、立ち塞がるドクタケ忍者を張り倒す。
また、小平太に吹き飛ばされたドクタケ忍者に、更なる追い討ちがかけられた。
「これでもくらえっ!」
ドクタケ忍者隊の顔面に向かって、真っ白なナニカが過たず飛んでいく。それはよく見ると白く細長いチョークだ。
「ほげぁ!」
「ふふ、結構痛いだろう。出席簿もあるぞ?」
得意気に笑って、半子の姿の半助が出席簿を取り出した。マジで教材を持ち歩いているらしい。流石は教師である。
半助のセリフを合図にするかのうように、周囲からドカ!とかバキ!と言う音がして、悲鳴が上がる。おそらくは、小平太や駆けつけた他の六年生達だろう。
「くっ、その聞き覚えのある声と教材攻撃は……さては忍術学園の土井半助か!だとすると、この女装軍団は忍たま上級生か。そこのお前もどこかで見たと思ったら山田利吉かぁー!」
「そう言うお前は風鬼だな。気色の悪い女装を晒して。ぷぷ、お似合いじゃないか」
忍術学園とは浅からぬ縁のあるドクタケ忍者隊の一人が、向かい合う女装軍団の正体に気付いたらしい。利吉が風鬼とやらを指さして笑っている。まぁ、確かに利吉や半助達のクオリティと比べたらドクタケ忍者隊一行は酷すぎた。
「そこのお前も見た事がないが忍術学園の者かっ、明の服を着て紛らわしい!いつから忍術学園は女装の忍者だらけになったんだ。嘆かわしいぞ」
「そちらにだけは言われたくない!」
八方斎の一言に、半助が苛立ち混じり返事をした。鵺もとい虎のために、誰も彼もが女装した結果なだけに、仕方がない事なのだが女装塗れの忍者軍団の戦いははっきり言って緊張感に欠けていた。
そんな中、シリアスを取り戻すようにドォオオオン!と大きな音がした。それ程に大きな範囲ではなさそうだが、鼻を擽る硝煙の臭いに爆薬の類が炸裂したのだと知る。仙蔵が小平太に渡していた宝烙火矢が爆発したのかもしれない。
グルゥ、と怯えたように虎が鳴く声がした。一度、落ち着かせた方がいいかもしれない。恐怖から大人しくなったのを暴れてしまう可能性がある。
「よしよし、大丈夫よー」
澪は急いで虎の所に戻って、モフモフを堪能した。澪についたマタタビの匂いのお陰か、少ししたら落ち着いてくれた。だが、騒がしくなったのがドクタケ忍者のせいと何となく分かっているらしく、虎は敵意溢れる目で八宝斎とドクタケ忍者を睨んでいる。
その瞬間だ。
ダーン!と音がすると同時に澪の肩に痛みが走った。
「ーー澪さん!!」
すぐ近くに居た利吉の焦ったような声がした。どうやら、火縄銃が放たれてしまったらしい。故意か事故かは分からないが、肩を掠めたようだ。軽く焼けるような痛みがした。少し痛痒い。触れると、服が臙脂色のため分かりにくいが出血しているようだ。
弾は少し掠っただけで、肩にめり込んだりはなかったようだ。
「ちょこっと痛いかも……なんか、痒い」
「ちょこっとなわけないだろう。止血するから、傷口を見せて!」
「この位なら大丈夫よ、利吉くん。わたし、傷の治りが早いから」
止血している時間が惜しい。弾の軌道から考えて、放たれた位置を特定する。傷口から広がる痛みのおかげで、妙に冷静だったーー多分、今のでリミッターが外れたんだろうな、と思う。
澪は怪力を自覚している。だから、普段から己に制限をかけるようにしている。そうでないと、簡単に全てを破壊し尽くすかもしれないからだ。
力加減は、武人だった父から叩き込まれていた。だから、常日頃から澪は人が死なないようにしている。そういう意味では、澪は殆ど本気を出して戦った事はない。それこそ、己の命の危機が迫った時以外は。
大抵、澪のリミッターが外れる瞬間はその反動で身体能力が飛躍的に上がり、頭の中も戦闘特化で凄まじく冴え渡る。五感が異様に研ぎ澄まされるのだ。エクストラモードとか、バーサーカーモードとかいう表現が当てはまるかもしれない。
つまりは、澪の命を脅かす対象が消失するまで、又は澪がブチ切れた時にその対象を倒すまで、澪は戦闘意欲も攻撃力も爆発的に増える事になる。故に、今は怪我の手当なんぞ無用なのだ。リミッターが外れると、痛みなんて感じない。アドレナリンが過剰に出ているのかもしれなかった。
ちなみに、今回澪がエクストラモードになったのは、ブチ切れたせいである。弾が澪の肩を掠めたから良かった物の、利吉をはじめ他の人間や虎にヒットしたらと思うと、ド下手くそな射手を仕留めに行かなければ気が済まなかった。
「あそこか」
ニタリ、と笑みが浮かぶ。火縄銃がどこから放たれたか分かると、澪はその場から姿をかき消すように駆け出した。叢の中、身を低くして銃を構えているのは見た事のあるドクタケ忍者だったーー確か、雨鬼と言ったか。
一瞬とでも言うべき時間で、かなりの距離を詰めてきた澪を前に、まさに二射目を放とうとしていた雨鬼は呆然としている。
にや、と笑って澪は弾丸が放たれる前に火縄銃を足で踏んでへし折った。目の前で見せつけられるバカみたいな怪力の技に、雨鬼が絹が裂けるような悲鳴を上げる。
「きゃああー!!」
「下手くそな女装して、やってくれるじゃない。お返しに来たわよ。バカタケ忍者」
火縄銃を無力化した澪は、雨鬼をぶんぶん振り回して投げた。高く飛ぶ男の身体は太っており、かなりの体重があるそれを怪我をしていない方の手とはいえ、澪がハンマーのように投擲する。
殺傷力こそ、そこまでないものの手加減無しの放り投げに、ぴゅーん!と人間が高く遠くへ飛んでいく。落ち所が悪ければ死ぬかもしれないが、澪が投げた地点はドクタケ忍者隊がいる辺りだ。腐っても忍者なら、悪くても骨折で済むだろう。
周囲の気配を伺うが、周りに敵はもう居なさそうだ。代わりに目の前の叢が揺れて、ドクタケ忍者隊を倒したらしい小平太に、戦って勝利したと思われる残りの六年生達が出て来た。全員、気絶したり伸びているドクタケ忍者を引き摺っている。
「澪さんじゃないか。って、怪我してる!伊作、手当を!」
「勿論だよ、小平太っ」
「大丈夫です。特に痛くないですし、血も止まってると思いますから」
小平太が澪の怪我に真っ先に気付き、伊作に指示を出すと大急ぎで走り寄って来た。伊作は別にいいのに、頭に被っていた手拭いを解いて澪の肩に手早く巻きつけてきた。
「今の飛んで行ったの、ドクタケ忍者か」
「ええ、まぁ。今から一人残らず全員お仕置きして来ます。二度と再び鬼瓦様の領地で悪さできないよう、こてんぱんのギッタンギッタンのけちょんけちょんにして来ますねバカタケを」
「もそ、気持ちは分かるがドクタケだ」
星になった雨鬼が飛んで行った方角を見て、引き攣った顔になる文次郎に頷くと、澪のセリフを聞いた長次がすかさずツッコミした。
「澪さん……一応、止血したけど本当に血が止まってる。というか、怪我がなんか塞がりかけてるんだけど、怪力といい本気でどうなってるの澪さんの身体って」
「ちょっと人より力が強くて、ついでに頑丈で傷の治りが早いだけです」
「ちょっと……?」
伊作が澪の傷の状態を見て目を白黒させていた。気持ちは分かる。とはいえ、澪の身体は本当に頑丈だし、仮に傷ができても回復が異様に早いのだ。
「じゃあ、気絶してるバカタケ忍者を貰いますね。冷え切った八宝斎に、武器代わりに投げつけて来ますので」
「それはいいが、色々と間違ってるぞ。あと今に始まった事じゃないが、怖いっつーの」
「女なんて皆んな怒ったら大抵怖いんですよ。よく覚えていて下さいね留三郎くん」
「いや、オレはお前程の怖い女はこの世の何処にもいないと思う」
留三郎が青い顔でぶんぶん首を振っているのを尻目に、澪は次々とドクタケ忍者をまるで洗濯物でも拾うように、重ねて持ち上げていく。小平太の所へ向かって、ドクタケ忍者を渡すよう手を差し出すと小平太がぶんぶん首を振った。
見ると、気のせいか悲しそうな顔をしている。
「わたしがもっと、早くに銃を撃ったドクタケ忍者を倒してたら……そんな怪我しなくて済んだのに。ごめん澪さん」
涙こそ流していないが、小平太の声は震えている気がした。
その表情と声を聞いて、澪のエクストラモードが徐々にノーマルモードへ移行していく。怒りが沈静化した。
「大丈夫ですよ、小平太くん。かすり傷です」
「っ、だって」
「ーーじゃあ、万が一痕が残って貰い手がなかったらお嫁にしてください」
「っ、え?!」
「ふふ、いい顔です。小平太くん、ぼさっとしてないでバカタケ忍者隊に一緒にケリをつけに行きますよ。この忍務を終わらせるのです。その気があるなら、わたしと一緒に来てください!」
激励するように声を上げると、小平太の顔付きが変わって力がある物になった。その表情に満足して澪はにこりと笑顔になった。
「文次郎くん達も来たいなら続いてくださいね」
「勿論だ」
「……言われなくとも。もそ」
一度だけ振り返り、文次郎達に視線を向けると文次郎と長次から返事があり伊作も留三郎も頷いていた。
それを合図に澪は再び、気絶したドクタケ忍者隊を複数持って八方斎達の居る所へと戻っていく。絶妙なバランス感覚で、落とすことなくドクタケ忍者隊達を運ぶ澪の後ろ姿を、小平太が眩しそうに見つめていたのだった。
八方斎達は、利吉や半助達とまだ奮闘していた。澪が投げた雨鬼は、どうやら助けられたようで倒れて伸びている。
虎は仙蔵が見張っており、近くに座って落ち着かせているようだ。美しい笑顔を浮かべ、撫でてくれる仙蔵を虎は尻尾を振って受け入れているがーー気の所為か、よく見ると鼻が伸びてだらしのない顔をしているような。虎に人間と同じような表情ができるかは知らないが、締りのない雰囲気であることは間違いなかった。
「なぁ、あの虎……女好きというか、単に助平なだけなんじゃないのか」
文次郎がやや呆れた顔でデレデレする虎と、撫でている仙蔵もとい仙子を見ていた。
「じゃあ、ぼくは助平な虎にファーストキスを奪われたのか。何て不運なんだ」
「落ち着け伊作、思い出しながら泣きそうな声出すな」
色々とフラッシュバックしたらしい伊作を、留三郎が肩を叩いて慰めていた。
澪も伊作を慰める手伝いをしたい所だが、まずは持っているドクタケ忍者を使って連中に攻撃せねば。
「では、まず……ひとーつ!」
慰められる伊作を横目に見つつ、澪は手持ちのドクタケ忍者の一人を武器代わりに八方斎へ向かって投げた。
「いぎゃああーー!!」
「八方斎様ぁーー!!」
投げられたドクタケ忍者とぶつかり合って転がっていく八方斎。風鬼とか言う男が、悲鳴混じりの声で首領の名前を呼んでいた。
「ふたーつ、みーっつ、よーっつ」
「ぎゃああーっ、人間を武器にしちゃいけません!良い子はそんな事しませーん!!」
「わたし、良い子じゃないので大丈夫です。小平太くん、ラストいってみましょう。風鬼とやらに向かって!」
澪が投げたドクタケ忍者は、立派な武器としてドクタケ忍者隊にぶち当たり、一人、また一人と倒れていく。真っ青な顔でラストに残った風鬼が辺りを見渡しているのを、最後を譲られた小平太が笑いながら澪を見習って、ドクタケ忍者を投げた。ただし、こちらは助走をつけてであるが。
「いつーつ!くらぇえええ、アターック!!」
「ごはぁっー!」
澪程の威力こそないが、ぶん投げられた仲間とぶつかった風鬼が地面に倒れた。勿論、これで終わりではない。とりあえず、澪は倒れた八方斎の所へ向かった。伸びている首領の胸倉を掴み持ち上げると、顔を引っ叩いて無理矢理起こす。
「へぶし!な、何をする!!」
「え?憂さ晴らしですけど、何か」
「ちょ、しれっと言わないで。綺麗な顔が真顔なの凄く怖いから、ごめんなさいするから許して」
「ごめんなさいとか要らないから、サンドバッグ確定で。あと謝るなら最初からこんな事しなきゃいいでしょ。悪役の顔してるなら、最後まで悪を貫いてみせなさいよ。ギッタンギッタンのボコボコのボロボロにしてやるから」
鼻血が出て青アザが出来ているが知ったことではない。とりあえず、タコ殴り確定のため逃げようが謝ろうが許す気はない澪は、笑顔で拳を振り上げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、もうしません……ぐへあー!」
「お許しをっ、何卒、お慈悲を、ぎゃあああ」
「と、飛んだ、オレは空を飛んだぞ……ははは」
「死んだじいちゃんばあちゃんが花畑で手を振ってる。今、そっちに逝くよ、ぐふ」
「鬼だ、地獄の鬼がいる」
ドォオオオン、バギィッ、ゴン、ガン!と、人を殴打しても中々鳴らない酷い音が木霊する。最初は抵抗していたドクタケは、全員サングラスが割れて服はボロボロになり果てた。八方斎が一番酷い有様で、顔がパンパンに腫れ上がり、もともと大きかった顔は更に膨れ上がり、完全に妖怪である。
最初こそ、澪の肩の怪我を心配していた利吉や半助達であるが、澪の振り切ったドクタケへの制裁を前に何を言うことも出来ずに、見守っていた。それどころか、澪が拳法を使って華麗にボコボコにドクタケを〆ているのを目撃し、段々全員感心し出す始末であった。
そうして、澪の制裁という名の腹いせはクモの子城の宇奈月氏率いる忍者隊が駆けつけるまで続き、終わった頃には口から魂を飛ばした八方斎を抱えたドクタケ忍者隊が、大喜びで宇奈月氏達を出迎える事態となったのだった。
「よくぞ来てくれた。あの鬼からオレらを助けてくれ!」
「八方斎様を助けてくれー!」
ひぃひぃ泣きながら、助けを求めるドクタケ忍者隊を見て、宇奈月氏が首を傾げたのは言う間でもない。
そして、ドクタケ忍者隊は大喜びでクモの子城へと連行され、全員仲良く地下牢へ御用となったのであった。
++++++
「ーー澪さん、本当に肩の怪我は大丈夫なんだよね?」
ひとまず、ドクタケ忍者隊は片付いた。
鵺の正体であった虎はと言うと、女装した仙蔵と利吉がお気に召したらしく、今日は二人が虎の見張りも兼ねて城で寝泊まりするとの事だった。
澪はと言うと、他のメンバーと一緒に小屋でゆっくり休む事になった。血は既に止まっているのに、半助が自分の方が怪我をしているような顔で聞いてくるものだから、安心させるためにも笑って頷いた。
「大丈夫です、土井先生。本当に掠っただけなので。傷の治りは早いんで、撃たれたのがわたしで良かったです」
「……いいわけないだろ。幾ら強いからって、女の子なのに」
傷跡が残るのを心配しているのか。顔を歪ませて、澪の肩をじっと見つめる半助。そんな半助に真面目な顔で小平太がとある爆弾発言を投下した。
「大丈夫です土井先生。澪さんに万が一怪我の痕が残ったら、わたしが責任を取って娶るので!」
「ーーは?」
それはそれは低い声で、半助が固まった。美形の真顔は怖い。見ると、半助は青筋が浮かぶくらい手を握りしめている。
「どういう事かな澪さん」
気のせいか、半助が血走った目で澪を見ていた。女装をする必要もなくなったため、忍び装束姿の半助には妙な迫力がある。
「どうって……小平太くんが、責任を感じているようでしたので冗談半分で言っただけですよ。貰い手が誰もいなければの話ですし」
「へぇ、冗談半分?つまり残りの半分は本気って事なのかな、どうなのかな澪さん……うん?」
何故、じーっと見てくるのか。さては、教師故に生徒を惑わす事を言うのが腹立たしいのかもしれない。これは、前言撤回した方がいいのか。
「あー、すみません。発言を撤回します。自力でわたしが結婚相手を見つけます。小平太くんの責任感につけ込むような発言をしてしまい、不適切でした。大変すみませんでした」
「わたしは別にいいぞ。むしろ大歓迎だ!」
ぺこりと頭を下げると、小平太は気にした風もなく無茶苦茶笑顔である。半助は澪に物凄く何か言いたそうな顔をしていたが、やがて疲れたようにため息を吐いた。
「はぁ…… 澪さんも怪我をしているし、忍務は終了したから、今日はもう全員寝よう。明日になれば利吉くんから報告があるだろうし」
「土井先生の仰る通りだ。連日の疲れが皆んな、溜まってるだろう。早く寝よう」
「そうだな。連日、文子さんを見てあまりの酷さに目が疲れたからな。早く寝てしまおう」
「よし、オレが直々に沈めてやろう留三郎」
「二人とも、喧嘩をするなら睡眠薬で眠らせるよ?」
犬猿コンビが息を吸うように喧嘩をするものだから、伊作が呆れ果てた顔でそんな事を言った。流石は薬から手作りしている保健委員の委員長である。
「澪さん、早く寝た方がいい。こちらへ」
やいのやいのうるさい六年生達を見兼ねてか、長次が手招きしてくれた。場所は一番端っこである。長次の横だ。言われるままにそちらで寝ようとすると、手首を掴まれた。
「どうかしましたか、土井先生?」
「…… 澪さん。今週は身体を休めておくように。例の件は来週にお願いするよ」
「分かりました」
例の件とは恐らくデートの事だろう。さっきまで、何やら不機嫌だった半助だが、今はまた心配そうな顔をしている。何だか、今回の鵺退治の一件で色んな半助を見た気がした。
恩人が何を考えているかまでは、よく分からない。だが、疲労の滲む青年の横顔を見ていると、澪が心労をかけてしまった事は分かった。銃で撃たれたのはどうしようもなかったとはいえ、一瞬の油断が命取りになる事もある。今度、シナに相談して対銃火器の訓練をしようーーと、無自覚に無双の階段をまたひとつ上る決意をする澪だった。
翌朝。
澪は何故か小平太に抱き枕にされて目が覚めた。横には長次がいたはずなのに、起きたら長次が小平太と入れ替わっている。元気な小平太の事だ。寝相も元気なのかもしれない。
「むにゃむにゃ……えへへ」
「楽しい夢を見てるんですか?」
寝顔があどけない。何やら、へらっと笑う小平太が子どものようである。否、十五歳なんてまだまだ子どもか。このなんちゃって戦国の厳しい世が、子どもでいられる時間を短くしているだけで、世が世なら忍術ではなくて今頃は受験勉強をしている年頃である。
そう思うと、澪の胸に何とも言えない切なさが込み上げてくる。後の平和な世を知る大人だった身として、どうにも忍たま達を放っておけないと言うか、世話を焼いてしまうと言うか。
「お疲れ様……」
他の人を起こさぬよう、本当に小さな声で小平太に向かって呟く。
その瞬間である。
「ーー離れろ」
ぞくっとしてしまう低い声が聞こえた。見ると、すぐ近くに半助がいた。
朝とはいえまだまだ早い時間だ。にもかかわらず、半助が澪の声に起きたのか音もなく近くにいて、澪に抱きついている小平太を見下ろしている。表情は薄暗いのでよく見えないが、迫力はよく分かった。
すぴー、と眠る小平太。とりあえず、澪から離すため優しく引き剥がそうとしたら、抱き寄せられた。少年とはいえ男の身体はゴツゴツしていて、鍛えられているのだと分かる。小平太の胸に顔を埋めるような格好になってしまい、モロに胸板が見えた。
「っ、くらえ」
「痛ぁー!!」
パシっ、と何やら音がしたのと同時に小平太が痛みに呻いた。見るとおでこがほんのり赤くなっており、半助が小平太の額に思い切りデコピンをしたらしい。
「起きろ小平太。澪さんを直ぐに離せ」
「おー、すみません澪さん。でも柔らかくていい匂いがするんで、もうちょっとこのままで」
「今度はグーで一撃くらいたいのか?」
半助が拳を握りしめているのを見た澪は、流石に小平太に抗議した。
「寝ぼけてないで離してください。わたしは顔を洗ってきますので」
「ちぇー、まだ早いのに。はぁ、分かった」
小平太がそっと離してくれたので、起き上がる。澪達のやり取りを聞いてか、他の六年生達も眠そうに起き上がっていた。
澪が顔を洗いに行くと、寝てても仕方がないと小平太をはじめ六年生達もぞろぞろと続き、早朝の冷たい川でさっぱりする事になるのだった。
それから、簡単に朝餉を食べた。城からの使いが、朝ごはん用に材料を差し入れてくれたので、お粥と漬物で腹を満たした。
報告もあるので、利吉が来るまで待っていると、驚いた事に利吉一人が城から戻って来て困った顔をしていた。
曰く。
「あの虎、どうやら人間の男がダメなようだ。女でないと、近寄らせてすらもらえない。容姿のいい女性なら言う事をきちんと聞いてくれるんだが、虎だからな。城の女中達がすっかり怖がって近寄ってくれず、困った事になった。今は立花くんが臨時対応してくれているが」
「やっぱり、助平虎でしたか」
利吉の報告に、文次郎が呆れ果てた顔をしていた。ドクタケから虎が逃げたのは、ひょっとして好みの娘が居なかったせいかもしれない。
人に慣れてはいるが、女限定とは。
とはいえ、いつまでも女装した仙蔵で対応するわけにもいかない。
「とりあえず、虎は今回の騒動の賠償としてクモの子城で引き取る事になった。その代わりドクタケはお咎めなしだ。まぁ、澪さんにボコボコにやられていたから、その有様を見たお殿様も宇奈月殿も腹立ちを収めてくれたよ。後の問題はその虎だけだ……」
はぁ、と疲れたため息を吐く利吉。変装を解いており男性の姿だ。大方、仙蔵と交代で女装して虎を相手にしていたのだろう。顔には疲労が浮かんでいる。
「お殿様は、虎を大層お気に召してペットとして可愛がるそうだ。とはいえ、どうしたものやら。宇奈月殿もお手上げだそうだ」
「あのーー」
腕を組む困り顔の利吉に、澪はおずおずと手を挙げた。
「マタタビを使ったらどうでしょうか。使い過ぎは控えた方がいいかもしれませんが、マタタビを使えば見苦し過ぎない女装の男性であれば、どうにかなるのでは」
澪は昨日の昼間にマタタビで散らかった生物委員会の部屋を掃除したこと、その夜に虎が自分に対してメロメロだった事も説明して、マタタビの効能を利吉に伝えた。
「成程、虎が猫の仲間というなら頷ける話だな。では、早速、宇奈月殿に伝えてくるとしよう」
利吉が澪のアドバイスを携えて、クモの子城へと走ると、仙蔵はその翌日には解放されて鵺退治からの鵺捕獲事件は鮮やかに幕を閉じた。
ーー後日、残忍であると知られるクモの子城は鬼瓦只安はじめ重鎮達や果ては忍びまでが度々女装しており、主君家臣一同揃って女装癖があるのでは……と言う噂が流れたのだとか何とか。
真相を知るのは、鵺の一件に携わったとある女装の忍者軍団と怪力娘だけである。
一瞬だけ重心が狂うが、簡単に転ばされたりするものかと、踏ん張って澪は気合いを入れた。
「っ、ふん!」
非常に女子らしくない一声を発し、澪は相撲取りの要領で獣の身体を鷲掴み引き倒す。一人と一匹で仲良くゴロゴロと地面を転がった。
「グルグル……!」
獣からは殺気を感じない、それどころか甘えたみたいに鳴いているようだ。どういうことか、掴んだ体はもふもふしており、毛がふさふさである。
ベロン、と澪の首から頬にかけて舐められた。
生臭い息が顔にかかり、ざりざりした舌が頬に当たって、ほんのちょっと痛い。
確かにこれで伊作みたいに、ファーストキスを奪われるのは嫌過ぎる。
「こらっ、め!」
澪は獣の顔をわしっ!と掴んだ。結構大きい。獣はぐるぐる相変わらず甘えた声を出しており、力が強いが戯れているだけだ。それが分かると殺意なんて抱けるはずもない。
澪の口調は、犬や猫にそうするような優しくも、だが躾をする飼い主そっくりな物になっていた。
「撫でてあげるから、大人しくしなさい。わたしの言ってること、分かるわね?」
「グル……」
殺気こそ出していないが、本気を出す前に大人しくしろと念を込めたら、通じたらしい。澪の身体の上から獣が退いてくれた。そして、澪は起き上がり薄暗いが鵺の正体が何かーーそれを知った。
「ーーお前、虎なの?」
目の前にいたのは泥で薄汚れ、あちこちに引っ付き虫やら草がつき、ぱっと見は分かり辛いが大きな虎だった。ゆらんゆらんと尻尾が揺れており、虎は澪に近付くとご機嫌で頭を擦りつけてきた。
虎なんて動物園で見たくらいだ。流石に、なんちゃって戦国でも、殆どの日本人は絵や毛皮としてくらいでしか目にした事はないだろう。
「鵺は虎だったのか」
安全だと判断したのか、利吉が仙蔵と一緒に近くまで来ていた。押し倒されて涎塗れにされたくないせいか、二人ともいつでも逃げられるような姿勢であるが、虎は澪にずっと身体をすりすりしている様子から、二人の方へは行かなさそうだ。
「それにしても、やたら澪さんに懐いているな」
仙蔵が、ゴロゴロうにゃうにゃ言う虎を見て、感心した様子だ。
「こう見ると大きな猫のようだな」
「そりゃ、虎はネコ科だから……あ」
利吉の感想に返事をしつつ、澪は虎がこうも己にメロメロな理由に心当たりがあった。
多分、昼間のマタタビだ。随分な量を掃除していたから、あれの匂いや成分が澪についた可能性がある。それを嗅ぎつけて、虎は澪に真っ直ぐ突撃したのかもしれない。
マタタビやキャットニップは猫だけじゃなく、虎等の猫科にも個体差はあれどきく。
虎は人間にとっては、人を襲って食う事もある恐ろしいネコ科の動物だ。中国からインド、そして東南アジア辺りに生息しているので、日本にはまずいない生き物なわけだが、それが海を渡ってここに居るなんて、考えられるのは一つ。
「こっちで見世物にしていたのが逃げたか、それともどこかのバカ殿が密輸したか……」
虎を撫で撫でしながら、澪は思った事を呟いた。
その直後。
「うちの殿を馬鹿とは失礼なー!」
近くて男の声がした。虎に気を取られて周囲への警戒が疎かになっていた澪は、声のした方へ急いでを振り返る。利吉や仙蔵はと言うと声のした方へ、いきなり懐から手裏剣を投げた。
「きゃああーー!!」
「「八方斎様ぁあー!!」」
まさかドクタケか。確か、学園長が教えてくれたドクタケ忍者隊の首領の名前が、なんか不味そうな中華料理の名前みたいだったのを思い出す。
確か、そう名前は。
「確か、冷え切った八宝菜だったはず!」
「稗田八方斎だぁ!そこまで冷たくないもん!!」
叢から、小柄な人物の他に数名程人間が飛び出して来た。その姿を見て、澪を筆頭に利吉と仙蔵の顔が引き攣る。
「その虎はお若い頃に殿が『八方斎よ、余の前にいつか生きた虎を連れて来るのだ。ペットとして飼って自慢するのだ』と仰っていたから、これまで一生懸命節約して貯金したお金で、どうにか念願叶って人に慣れた虎を明から輸入したもの。今度の殿の誕生日プレゼントにするのだ!その虎はもともと、我等ドクタケのもの。返してもらおう!!」
やっぱりバカ殿ではないか。いや、この場合バカは八方斎か。いや、どっちもどっちか。
頭の痛くなるような話とはいえ、これまでの辻褄が合った所で、微妙な顔になる澪。
無論、澪だけではなく利吉と仙蔵も呆れ返った顔をしていた。ドクタケじゃなくて、バカタケじゃんと今にも言いそうである。
グルグル、と低い声で虎が気がつけば唸って牙を剥いていた。眼前にはドクタケ忍者の首領とその忍者達ーーただし、全員酷い女装姿である。
酷過ぎる女装に、虎も男だと見抜いたらしかった。
ちなみに、一番酷いのは八方斎である。大きな頭と割れた顎のせいもあって、女装というか妖怪にしか見えない。もう何もしない方がマシだったのではと思う。というか、頭がデカすぎる。妖怪ぬらりひょんが実在したら、こんな感じなんだろうか。
脳みそが詰まって、いかにも賢そうなのにきっと皺の少ない可哀想な脳みそなんだろう。
「そこの娘。お前、わたしをそんな目で見るな。さっきも冷え切った八宝菜とか言うし、なんか腹立つぅ!!」
「あ、これは失敬」
言葉にせずとも伝わる想いってあるんだな。
「と、に、か、く。その虎をこちらに引き渡せ。さもなくば、近くに潜伏させているドクタケ忍者隊全員で貴様らを倒してでもーー」
「どうぞ」
「へ?」
正しく悪役顔で悪役のセリフを言う八方斎に、澪がやる気のない声で返事をすると、キョトンとした顔をされた。
寝不足のせいで、真相がわかった事だし早く終わらせたい。澪は一度、虎の頭を強めに撫でるーーわたしが戦うから下がっていろ、と念を込めると伝わったのか、虎は唸るのをやめて大人しくなった。
「虎を故郷から引き離し己の私利私欲のために呼び寄せたばかりか、きちんと管理もできず逃がして他国に迷惑ぶっこいて、挙句の果てには偉そうに返せと宣うーーあんた達みたいな自分勝手な連中は、今からまとめてお仕置タイムよ。全員かかって来なさい。百人だって相手してあげるわ」
ボキボキ腕を鳴らしながら澪がドクタケ忍者達へ近付く。それを見た利子モードな利吉が、口許に手を当てて「きゃあー!」と乙女なポーズで歓声を上げ、気の所為でなければ仙蔵もちょっと目がキラキラしていたような気がしたが、今はそんな事はどうでもいい。
「え、何この子。めっちゃ怖いんだけど、超怖いんだけど」
澪の不穏な気配に悪役顔の八方斎が数歩下がった。
「死にはしない程度に加減してあげる。とっとと終わらせましょう」
明から虎を輸入した連中だ。せっかくなら、拳法を使って倒してやろう。構えの姿勢を取る。
「八方斎様を御守りしろ!」
「くそ、これでもくらえ!!」
タジタジになる八方斎を守るため、ドクタケ忍者隊の面々と思われる気色悪いサングラスをかけた女装軍団が、周囲を取り囲み澪へ向けて色んな忍者の武器で攻撃してきた。
が。
手裏剣は全て避けて、鎖分銅等の類は目の前で引き千切る。剣なんてものは奪ってポキッと枝のように折った。武器という武器の全てをガラクタに変えていく澪を前に、ドクタケ忍者達の顔色が真っ青になるまで時間はそうかからなかった。
「澪さん。素敵ぃいい!!」
「……わたしもドキドキしてきた」
利子モードで興奮する利吉の横で胸に手を当てて、何やら呟いている仙蔵。
「くっ、こうなったら応援を呼ぶぞ!」
「はいはい、待っててあげるから呼べば?どうぞ」
「きぃー!腹立つぅ!ドクタケ忍者隊の恐ろしさを見せつけてやる。このムカつく奴を火縄銃で仕留めてしまえ!」
懐から呼び笛を出して吹く八方斎。火縄銃という、合戦場でもないのに出てきた銃火器の名前に、利吉と仙蔵の顔色が変わった。それを合図とするように、利吉が笛を吹いたのが聞こえていたらしい、半助達をはじめ残りのメンバーが澪達の所へと辿り着く。
「澪さん!」
最初に叢から飛び出してきたのは小平太だ。澪が無力化した武器が転がり、顔色を変えているドクタケ忍者隊達、そして大人しく今は伏せをしている虎、観戦体制の利吉と仙蔵を見て、状況をある程度把握したらしい。
「小平太、ドクタケ忍者が複数近くに居るはずだ、全員無力化しろ。必要があればこれを使え」
「了解した!」
小平太へ向かって、仙蔵が懐から宝烙火矢を取り出して投げた。受け取ったそれを手に小平太が走り出そうとすると、ドクタケ忍者達が飛びかかって止めに入る。
「抜かせるか!」
「はっはっは、いけいけどんどーん!澪さんの特訓を受けて強化されたわたしには、お前達等敵ではなーい!!」
小平太は懐から取り出した苦無で、立ち塞がるドクタケ忍者を張り倒す。
また、小平太に吹き飛ばされたドクタケ忍者に、更なる追い討ちがかけられた。
「これでもくらえっ!」
ドクタケ忍者隊の顔面に向かって、真っ白なナニカが過たず飛んでいく。それはよく見ると白く細長いチョークだ。
「ほげぁ!」
「ふふ、結構痛いだろう。出席簿もあるぞ?」
得意気に笑って、半子の姿の半助が出席簿を取り出した。マジで教材を持ち歩いているらしい。流石は教師である。
半助のセリフを合図にするかのうように、周囲からドカ!とかバキ!と言う音がして、悲鳴が上がる。おそらくは、小平太や駆けつけた他の六年生達だろう。
「くっ、その聞き覚えのある声と教材攻撃は……さては忍術学園の土井半助か!だとすると、この女装軍団は忍たま上級生か。そこのお前もどこかで見たと思ったら山田利吉かぁー!」
「そう言うお前は風鬼だな。気色の悪い女装を晒して。ぷぷ、お似合いじゃないか」
忍術学園とは浅からぬ縁のあるドクタケ忍者隊の一人が、向かい合う女装軍団の正体に気付いたらしい。利吉が風鬼とやらを指さして笑っている。まぁ、確かに利吉や半助達のクオリティと比べたらドクタケ忍者隊一行は酷すぎた。
「そこのお前も見た事がないが忍術学園の者かっ、明の服を着て紛らわしい!いつから忍術学園は女装の忍者だらけになったんだ。嘆かわしいぞ」
「そちらにだけは言われたくない!」
八方斎の一言に、半助が苛立ち混じり返事をした。鵺もとい虎のために、誰も彼もが女装した結果なだけに、仕方がない事なのだが女装塗れの忍者軍団の戦いははっきり言って緊張感に欠けていた。
そんな中、シリアスを取り戻すようにドォオオオン!と大きな音がした。それ程に大きな範囲ではなさそうだが、鼻を擽る硝煙の臭いに爆薬の類が炸裂したのだと知る。仙蔵が小平太に渡していた宝烙火矢が爆発したのかもしれない。
グルゥ、と怯えたように虎が鳴く声がした。一度、落ち着かせた方がいいかもしれない。恐怖から大人しくなったのを暴れてしまう可能性がある。
「よしよし、大丈夫よー」
澪は急いで虎の所に戻って、モフモフを堪能した。澪についたマタタビの匂いのお陰か、少ししたら落ち着いてくれた。だが、騒がしくなったのがドクタケ忍者のせいと何となく分かっているらしく、虎は敵意溢れる目で八宝斎とドクタケ忍者を睨んでいる。
その瞬間だ。
ダーン!と音がすると同時に澪の肩に痛みが走った。
「ーー澪さん!!」
すぐ近くに居た利吉の焦ったような声がした。どうやら、火縄銃が放たれてしまったらしい。故意か事故かは分からないが、肩を掠めたようだ。軽く焼けるような痛みがした。少し痛痒い。触れると、服が臙脂色のため分かりにくいが出血しているようだ。
弾は少し掠っただけで、肩にめり込んだりはなかったようだ。
「ちょこっと痛いかも……なんか、痒い」
「ちょこっとなわけないだろう。止血するから、傷口を見せて!」
「この位なら大丈夫よ、利吉くん。わたし、傷の治りが早いから」
止血している時間が惜しい。弾の軌道から考えて、放たれた位置を特定する。傷口から広がる痛みのおかげで、妙に冷静だったーー多分、今のでリミッターが外れたんだろうな、と思う。
澪は怪力を自覚している。だから、普段から己に制限をかけるようにしている。そうでないと、簡単に全てを破壊し尽くすかもしれないからだ。
力加減は、武人だった父から叩き込まれていた。だから、常日頃から澪は人が死なないようにしている。そういう意味では、澪は殆ど本気を出して戦った事はない。それこそ、己の命の危機が迫った時以外は。
大抵、澪のリミッターが外れる瞬間はその反動で身体能力が飛躍的に上がり、頭の中も戦闘特化で凄まじく冴え渡る。五感が異様に研ぎ澄まされるのだ。エクストラモードとか、バーサーカーモードとかいう表現が当てはまるかもしれない。
つまりは、澪の命を脅かす対象が消失するまで、又は澪がブチ切れた時にその対象を倒すまで、澪は戦闘意欲も攻撃力も爆発的に増える事になる。故に、今は怪我の手当なんぞ無用なのだ。リミッターが外れると、痛みなんて感じない。アドレナリンが過剰に出ているのかもしれなかった。
ちなみに、今回澪がエクストラモードになったのは、ブチ切れたせいである。弾が澪の肩を掠めたから良かった物の、利吉をはじめ他の人間や虎にヒットしたらと思うと、ド下手くそな射手を仕留めに行かなければ気が済まなかった。
「あそこか」
ニタリ、と笑みが浮かぶ。火縄銃がどこから放たれたか分かると、澪はその場から姿をかき消すように駆け出した。叢の中、身を低くして銃を構えているのは見た事のあるドクタケ忍者だったーー確か、雨鬼と言ったか。
一瞬とでも言うべき時間で、かなりの距離を詰めてきた澪を前に、まさに二射目を放とうとしていた雨鬼は呆然としている。
にや、と笑って澪は弾丸が放たれる前に火縄銃を足で踏んでへし折った。目の前で見せつけられるバカみたいな怪力の技に、雨鬼が絹が裂けるような悲鳴を上げる。
「きゃああー!!」
「下手くそな女装して、やってくれるじゃない。お返しに来たわよ。バカタケ忍者」
火縄銃を無力化した澪は、雨鬼をぶんぶん振り回して投げた。高く飛ぶ男の身体は太っており、かなりの体重があるそれを怪我をしていない方の手とはいえ、澪がハンマーのように投擲する。
殺傷力こそ、そこまでないものの手加減無しの放り投げに、ぴゅーん!と人間が高く遠くへ飛んでいく。落ち所が悪ければ死ぬかもしれないが、澪が投げた地点はドクタケ忍者隊がいる辺りだ。腐っても忍者なら、悪くても骨折で済むだろう。
周囲の気配を伺うが、周りに敵はもう居なさそうだ。代わりに目の前の叢が揺れて、ドクタケ忍者隊を倒したらしい小平太に、戦って勝利したと思われる残りの六年生達が出て来た。全員、気絶したり伸びているドクタケ忍者を引き摺っている。
「澪さんじゃないか。って、怪我してる!伊作、手当を!」
「勿論だよ、小平太っ」
「大丈夫です。特に痛くないですし、血も止まってると思いますから」
小平太が澪の怪我に真っ先に気付き、伊作に指示を出すと大急ぎで走り寄って来た。伊作は別にいいのに、頭に被っていた手拭いを解いて澪の肩に手早く巻きつけてきた。
「今の飛んで行ったの、ドクタケ忍者か」
「ええ、まぁ。今から一人残らず全員お仕置きして来ます。二度と再び鬼瓦様の領地で悪さできないよう、こてんぱんのギッタンギッタンのけちょんけちょんにして来ますねバカタケを」
「もそ、気持ちは分かるがドクタケだ」
星になった雨鬼が飛んで行った方角を見て、引き攣った顔になる文次郎に頷くと、澪のセリフを聞いた長次がすかさずツッコミした。
「澪さん……一応、止血したけど本当に血が止まってる。というか、怪我がなんか塞がりかけてるんだけど、怪力といい本気でどうなってるの澪さんの身体って」
「ちょっと人より力が強くて、ついでに頑丈で傷の治りが早いだけです」
「ちょっと……?」
伊作が澪の傷の状態を見て目を白黒させていた。気持ちは分かる。とはいえ、澪の身体は本当に頑丈だし、仮に傷ができても回復が異様に早いのだ。
「じゃあ、気絶してるバカタケ忍者を貰いますね。冷え切った八宝斎に、武器代わりに投げつけて来ますので」
「それはいいが、色々と間違ってるぞ。あと今に始まった事じゃないが、怖いっつーの」
「女なんて皆んな怒ったら大抵怖いんですよ。よく覚えていて下さいね留三郎くん」
「いや、オレはお前程の怖い女はこの世の何処にもいないと思う」
留三郎が青い顔でぶんぶん首を振っているのを尻目に、澪は次々とドクタケ忍者をまるで洗濯物でも拾うように、重ねて持ち上げていく。小平太の所へ向かって、ドクタケ忍者を渡すよう手を差し出すと小平太がぶんぶん首を振った。
見ると、気のせいか悲しそうな顔をしている。
「わたしがもっと、早くに銃を撃ったドクタケ忍者を倒してたら……そんな怪我しなくて済んだのに。ごめん澪さん」
涙こそ流していないが、小平太の声は震えている気がした。
その表情と声を聞いて、澪のエクストラモードが徐々にノーマルモードへ移行していく。怒りが沈静化した。
「大丈夫ですよ、小平太くん。かすり傷です」
「っ、だって」
「ーーじゃあ、万が一痕が残って貰い手がなかったらお嫁にしてください」
「っ、え?!」
「ふふ、いい顔です。小平太くん、ぼさっとしてないでバカタケ忍者隊に一緒にケリをつけに行きますよ。この忍務を終わらせるのです。その気があるなら、わたしと一緒に来てください!」
激励するように声を上げると、小平太の顔付きが変わって力がある物になった。その表情に満足して澪はにこりと笑顔になった。
「文次郎くん達も来たいなら続いてくださいね」
「勿論だ」
「……言われなくとも。もそ」
一度だけ振り返り、文次郎達に視線を向けると文次郎と長次から返事があり伊作も留三郎も頷いていた。
それを合図に澪は再び、気絶したドクタケ忍者隊を複数持って八方斎達の居る所へと戻っていく。絶妙なバランス感覚で、落とすことなくドクタケ忍者隊達を運ぶ澪の後ろ姿を、小平太が眩しそうに見つめていたのだった。
八方斎達は、利吉や半助達とまだ奮闘していた。澪が投げた雨鬼は、どうやら助けられたようで倒れて伸びている。
虎は仙蔵が見張っており、近くに座って落ち着かせているようだ。美しい笑顔を浮かべ、撫でてくれる仙蔵を虎は尻尾を振って受け入れているがーー気の所為か、よく見ると鼻が伸びてだらしのない顔をしているような。虎に人間と同じような表情ができるかは知らないが、締りのない雰囲気であることは間違いなかった。
「なぁ、あの虎……女好きというか、単に助平なだけなんじゃないのか」
文次郎がやや呆れた顔でデレデレする虎と、撫でている仙蔵もとい仙子を見ていた。
「じゃあ、ぼくは助平な虎にファーストキスを奪われたのか。何て不運なんだ」
「落ち着け伊作、思い出しながら泣きそうな声出すな」
色々とフラッシュバックしたらしい伊作を、留三郎が肩を叩いて慰めていた。
澪も伊作を慰める手伝いをしたい所だが、まずは持っているドクタケ忍者を使って連中に攻撃せねば。
「では、まず……ひとーつ!」
慰められる伊作を横目に見つつ、澪は手持ちのドクタケ忍者の一人を武器代わりに八方斎へ向かって投げた。
「いぎゃああーー!!」
「八方斎様ぁーー!!」
投げられたドクタケ忍者とぶつかり合って転がっていく八方斎。風鬼とか言う男が、悲鳴混じりの声で首領の名前を呼んでいた。
「ふたーつ、みーっつ、よーっつ」
「ぎゃああーっ、人間を武器にしちゃいけません!良い子はそんな事しませーん!!」
「わたし、良い子じゃないので大丈夫です。小平太くん、ラストいってみましょう。風鬼とやらに向かって!」
澪が投げたドクタケ忍者は、立派な武器としてドクタケ忍者隊にぶち当たり、一人、また一人と倒れていく。真っ青な顔でラストに残った風鬼が辺りを見渡しているのを、最後を譲られた小平太が笑いながら澪を見習って、ドクタケ忍者を投げた。ただし、こちらは助走をつけてであるが。
「いつーつ!くらぇえええ、アターック!!」
「ごはぁっー!」
澪程の威力こそないが、ぶん投げられた仲間とぶつかった風鬼が地面に倒れた。勿論、これで終わりではない。とりあえず、澪は倒れた八方斎の所へ向かった。伸びている首領の胸倉を掴み持ち上げると、顔を引っ叩いて無理矢理起こす。
「へぶし!な、何をする!!」
「え?憂さ晴らしですけど、何か」
「ちょ、しれっと言わないで。綺麗な顔が真顔なの凄く怖いから、ごめんなさいするから許して」
「ごめんなさいとか要らないから、サンドバッグ確定で。あと謝るなら最初からこんな事しなきゃいいでしょ。悪役の顔してるなら、最後まで悪を貫いてみせなさいよ。ギッタンギッタンのボコボコのボロボロにしてやるから」
鼻血が出て青アザが出来ているが知ったことではない。とりあえず、タコ殴り確定のため逃げようが謝ろうが許す気はない澪は、笑顔で拳を振り上げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、もうしません……ぐへあー!」
「お許しをっ、何卒、お慈悲を、ぎゃあああ」
「と、飛んだ、オレは空を飛んだぞ……ははは」
「死んだじいちゃんばあちゃんが花畑で手を振ってる。今、そっちに逝くよ、ぐふ」
「鬼だ、地獄の鬼がいる」
ドォオオオン、バギィッ、ゴン、ガン!と、人を殴打しても中々鳴らない酷い音が木霊する。最初は抵抗していたドクタケは、全員サングラスが割れて服はボロボロになり果てた。八方斎が一番酷い有様で、顔がパンパンに腫れ上がり、もともと大きかった顔は更に膨れ上がり、完全に妖怪である。
最初こそ、澪の肩の怪我を心配していた利吉や半助達であるが、澪の振り切ったドクタケへの制裁を前に何を言うことも出来ずに、見守っていた。それどころか、澪が拳法を使って華麗にボコボコにドクタケを〆ているのを目撃し、段々全員感心し出す始末であった。
そうして、澪の制裁という名の腹いせはクモの子城の宇奈月氏率いる忍者隊が駆けつけるまで続き、終わった頃には口から魂を飛ばした八方斎を抱えたドクタケ忍者隊が、大喜びで宇奈月氏達を出迎える事態となったのだった。
「よくぞ来てくれた。あの鬼からオレらを助けてくれ!」
「八方斎様を助けてくれー!」
ひぃひぃ泣きながら、助けを求めるドクタケ忍者隊を見て、宇奈月氏が首を傾げたのは言う間でもない。
そして、ドクタケ忍者隊は大喜びでクモの子城へと連行され、全員仲良く地下牢へ御用となったのであった。
++++++
「ーー澪さん、本当に肩の怪我は大丈夫なんだよね?」
ひとまず、ドクタケ忍者隊は片付いた。
鵺の正体であった虎はと言うと、女装した仙蔵と利吉がお気に召したらしく、今日は二人が虎の見張りも兼ねて城で寝泊まりするとの事だった。
澪はと言うと、他のメンバーと一緒に小屋でゆっくり休む事になった。血は既に止まっているのに、半助が自分の方が怪我をしているような顔で聞いてくるものだから、安心させるためにも笑って頷いた。
「大丈夫です、土井先生。本当に掠っただけなので。傷の治りは早いんで、撃たれたのがわたしで良かったです」
「……いいわけないだろ。幾ら強いからって、女の子なのに」
傷跡が残るのを心配しているのか。顔を歪ませて、澪の肩をじっと見つめる半助。そんな半助に真面目な顔で小平太がとある爆弾発言を投下した。
「大丈夫です土井先生。澪さんに万が一怪我の痕が残ったら、わたしが責任を取って娶るので!」
「ーーは?」
それはそれは低い声で、半助が固まった。美形の真顔は怖い。見ると、半助は青筋が浮かぶくらい手を握りしめている。
「どういう事かな澪さん」
気のせいか、半助が血走った目で澪を見ていた。女装をする必要もなくなったため、忍び装束姿の半助には妙な迫力がある。
「どうって……小平太くんが、責任を感じているようでしたので冗談半分で言っただけですよ。貰い手が誰もいなければの話ですし」
「へぇ、冗談半分?つまり残りの半分は本気って事なのかな、どうなのかな澪さん……うん?」
何故、じーっと見てくるのか。さては、教師故に生徒を惑わす事を言うのが腹立たしいのかもしれない。これは、前言撤回した方がいいのか。
「あー、すみません。発言を撤回します。自力でわたしが結婚相手を見つけます。小平太くんの責任感につけ込むような発言をしてしまい、不適切でした。大変すみませんでした」
「わたしは別にいいぞ。むしろ大歓迎だ!」
ぺこりと頭を下げると、小平太は気にした風もなく無茶苦茶笑顔である。半助は澪に物凄く何か言いたそうな顔をしていたが、やがて疲れたようにため息を吐いた。
「はぁ…… 澪さんも怪我をしているし、忍務は終了したから、今日はもう全員寝よう。明日になれば利吉くんから報告があるだろうし」
「土井先生の仰る通りだ。連日の疲れが皆んな、溜まってるだろう。早く寝よう」
「そうだな。連日、文子さんを見てあまりの酷さに目が疲れたからな。早く寝てしまおう」
「よし、オレが直々に沈めてやろう留三郎」
「二人とも、喧嘩をするなら睡眠薬で眠らせるよ?」
犬猿コンビが息を吸うように喧嘩をするものだから、伊作が呆れ果てた顔でそんな事を言った。流石は薬から手作りしている保健委員の委員長である。
「澪さん、早く寝た方がいい。こちらへ」
やいのやいのうるさい六年生達を見兼ねてか、長次が手招きしてくれた。場所は一番端っこである。長次の横だ。言われるままにそちらで寝ようとすると、手首を掴まれた。
「どうかしましたか、土井先生?」
「…… 澪さん。今週は身体を休めておくように。例の件は来週にお願いするよ」
「分かりました」
例の件とは恐らくデートの事だろう。さっきまで、何やら不機嫌だった半助だが、今はまた心配そうな顔をしている。何だか、今回の鵺退治の一件で色んな半助を見た気がした。
恩人が何を考えているかまでは、よく分からない。だが、疲労の滲む青年の横顔を見ていると、澪が心労をかけてしまった事は分かった。銃で撃たれたのはどうしようもなかったとはいえ、一瞬の油断が命取りになる事もある。今度、シナに相談して対銃火器の訓練をしようーーと、無自覚に無双の階段をまたひとつ上る決意をする澪だった。
翌朝。
澪は何故か小平太に抱き枕にされて目が覚めた。横には長次がいたはずなのに、起きたら長次が小平太と入れ替わっている。元気な小平太の事だ。寝相も元気なのかもしれない。
「むにゃむにゃ……えへへ」
「楽しい夢を見てるんですか?」
寝顔があどけない。何やら、へらっと笑う小平太が子どものようである。否、十五歳なんてまだまだ子どもか。このなんちゃって戦国の厳しい世が、子どもでいられる時間を短くしているだけで、世が世なら忍術ではなくて今頃は受験勉強をしている年頃である。
そう思うと、澪の胸に何とも言えない切なさが込み上げてくる。後の平和な世を知る大人だった身として、どうにも忍たま達を放っておけないと言うか、世話を焼いてしまうと言うか。
「お疲れ様……」
他の人を起こさぬよう、本当に小さな声で小平太に向かって呟く。
その瞬間である。
「ーー離れろ」
ぞくっとしてしまう低い声が聞こえた。見ると、すぐ近くに半助がいた。
朝とはいえまだまだ早い時間だ。にもかかわらず、半助が澪の声に起きたのか音もなく近くにいて、澪に抱きついている小平太を見下ろしている。表情は薄暗いのでよく見えないが、迫力はよく分かった。
すぴー、と眠る小平太。とりあえず、澪から離すため優しく引き剥がそうとしたら、抱き寄せられた。少年とはいえ男の身体はゴツゴツしていて、鍛えられているのだと分かる。小平太の胸に顔を埋めるような格好になってしまい、モロに胸板が見えた。
「っ、くらえ」
「痛ぁー!!」
パシっ、と何やら音がしたのと同時に小平太が痛みに呻いた。見るとおでこがほんのり赤くなっており、半助が小平太の額に思い切りデコピンをしたらしい。
「起きろ小平太。澪さんを直ぐに離せ」
「おー、すみません澪さん。でも柔らかくていい匂いがするんで、もうちょっとこのままで」
「今度はグーで一撃くらいたいのか?」
半助が拳を握りしめているのを見た澪は、流石に小平太に抗議した。
「寝ぼけてないで離してください。わたしは顔を洗ってきますので」
「ちぇー、まだ早いのに。はぁ、分かった」
小平太がそっと離してくれたので、起き上がる。澪達のやり取りを聞いてか、他の六年生達も眠そうに起き上がっていた。
澪が顔を洗いに行くと、寝てても仕方がないと小平太をはじめ六年生達もぞろぞろと続き、早朝の冷たい川でさっぱりする事になるのだった。
それから、簡単に朝餉を食べた。城からの使いが、朝ごはん用に材料を差し入れてくれたので、お粥と漬物で腹を満たした。
報告もあるので、利吉が来るまで待っていると、驚いた事に利吉一人が城から戻って来て困った顔をしていた。
曰く。
「あの虎、どうやら人間の男がダメなようだ。女でないと、近寄らせてすらもらえない。容姿のいい女性なら言う事をきちんと聞いてくれるんだが、虎だからな。城の女中達がすっかり怖がって近寄ってくれず、困った事になった。今は立花くんが臨時対応してくれているが」
「やっぱり、助平虎でしたか」
利吉の報告に、文次郎が呆れ果てた顔をしていた。ドクタケから虎が逃げたのは、ひょっとして好みの娘が居なかったせいかもしれない。
人に慣れてはいるが、女限定とは。
とはいえ、いつまでも女装した仙蔵で対応するわけにもいかない。
「とりあえず、虎は今回の騒動の賠償としてクモの子城で引き取る事になった。その代わりドクタケはお咎めなしだ。まぁ、澪さんにボコボコにやられていたから、その有様を見たお殿様も宇奈月殿も腹立ちを収めてくれたよ。後の問題はその虎だけだ……」
はぁ、と疲れたため息を吐く利吉。変装を解いており男性の姿だ。大方、仙蔵と交代で女装して虎を相手にしていたのだろう。顔には疲労が浮かんでいる。
「お殿様は、虎を大層お気に召してペットとして可愛がるそうだ。とはいえ、どうしたものやら。宇奈月殿もお手上げだそうだ」
「あのーー」
腕を組む困り顔の利吉に、澪はおずおずと手を挙げた。
「マタタビを使ったらどうでしょうか。使い過ぎは控えた方がいいかもしれませんが、マタタビを使えば見苦し過ぎない女装の男性であれば、どうにかなるのでは」
澪は昨日の昼間にマタタビで散らかった生物委員会の部屋を掃除したこと、その夜に虎が自分に対してメロメロだった事も説明して、マタタビの効能を利吉に伝えた。
「成程、虎が猫の仲間というなら頷ける話だな。では、早速、宇奈月殿に伝えてくるとしよう」
利吉が澪のアドバイスを携えて、クモの子城へと走ると、仙蔵はその翌日には解放されて鵺退治からの鵺捕獲事件は鮮やかに幕を閉じた。
ーー後日、残忍であると知られるクモの子城は鬼瓦只安はじめ重鎮達や果ては忍びまでが度々女装しており、主君家臣一同揃って女装癖があるのでは……と言う噂が流れたのだとか何とか。
真相を知るのは、鵺の一件に携わったとある女装の忍者軍団と怪力娘だけである。
