第6話 女装軍団の妖怪退治
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初日の鵺退治の翌日の夕刻、澪達は再び鬼瓦領へと向かった。六年生のうち、伊作は鵺にファーストキスをディープに奪われたショックのため、少し休みたいと言うので一時的に戦線離脱した。
このため、班分けに変動があり、戦力拮抗のため利吉と澪が二人になり、仙蔵が半助と小平太の班に加わって調査続行となった。
なお、鵺は退治ではなく翌日より捕獲に切り替わった。と言うのも、クモの子城の忍びにして伝蔵の教え子だという宇奈月氏によると、ドクタケがどうも鵺を探しているのだとか。
捕まえたドクタケの忍びを尋問した結果、判明した事なのだが生憎とそのドクタケ忍者は鬼瓦の城にある地下牢から逃げてしまったとかで、何故捕獲しようとしているのかという目的が不明のままだそうだ。
よって、ドクタケよりも早く鵺を捕まえる事が澪達の仕事に切り替わった。とはいえ、戦好きの城である。大方、鵺を捕獲して戦に利用しようとしているのだろうーーと言うのが、宇奈月氏と利吉をはじめ、ドクタケを知る者達の見立てであった。
そんなわけで鵺捕獲に切り替わったのはいいのだが、初日の登場が嘘だったように翌日以降は空振りが続いた。寝不足になってはいけないと、途中、六年生は人数に変数が生じながらも鵺捕獲は続行された。半助も授業中に欠伸が増えたらしく、翌週からは休みを取る事になりそうとの事だった。
六年生と澪、そして半助が揃って寝不足なのを見て、何かが起きているの察したらしい。澪は本の返却をしに図書室へ行った際、きり丸と不破雷蔵の二人に囲まれた。
「澪さん、六年生の先輩達や土井先生と午後になると学園の外に出て、翌朝早くに戻って来てますよね。何してるんですか?」
「そうだよ、澪さん。オレ達に背を向けてしてるけど、土井先生の欠伸が多くてさ。何してるのか教えてくださいよ」
そうは言っても、仕事の内容は関係者以外に口外無用だ。これは遅くとも来週中に片付けなければ、益々周囲から気にされそうである。
「それは無理です。二人とも、危険な忍務ではありませんので安心してください」
鵺退治が捕獲に切り替わり、ドクタケ忍者隊は伝蔵の元教え子でもある、クモの子城の忍者宇奈月氏の管轄になったおかげで、初日以来、接触がなくなった。
そのおかげで、最初に想定されていたよりはグッと危険度は下がったが、鵺が出てこないとどうしようもない。
「はぁ、そうですか。分かりました」
「ぼく等に手伝える事があったら言ってくださいね」
「ありがとうございます、二人とも。ではわたしはこれでーー」
今日はこの後、澪は一年ろ組の実技授業の補佐につく予定だ。教科担当の斜堂影麿の影響か、溌剌とした感じとは程遠い一年ろ組であるが、は組にも負けない良い子達である。
澪が、きり丸と雷蔵に断りを入れて図書室を後にしようとしたその時である。
「雷蔵、やっぱりここに居たか!って、おわっ、澪さん?!」
群青色の制服を着た五年生が図書室の入口に現れた。
「図書室ではお静かにっ」
「あ、すみません。松千代先生ーー図書室の机の下にいらっしゃるとは思わず」
「はっ、恥ずかしいー!」
二年い組の教科担当教師、松千代万が図書室の机の下に隠れていたらしい。
声がしたのでぎょっとして恥ずかしがり屋の松千代が隠れている場所を見ると、髭もじゃの顔にクリっとした目の松千代が顔を真っ赤に染めている。そのまま手で顔を覆い一斉に振り向いた全員から身を隠して再び机の下に潜ってしまった。
何だか、恥ずかしがり屋の熊みたいである。実は忍術学園の教師の中では半助に次ぐ若手だと、野村から澪は教わっており、その時は驚いたのだが極度の恥ずかしがり屋のため、あまり話した事がない。
美形でこそないかもしれないが、つぶらな目と髭モジャの組み合わせは結構可愛いのに……と澪は思っているのだが、本人に伝えた所で恥ずかしいと縮こまるだけであろう。
「で、どうしたんだ八左ヱ門?」
「あ、それがそのっ。実は前に、生物委員会で間違えて大量の乾燥マタタビを購入してたんだ。その事をすっかり忘れていて、不注意で部屋の中で箱ごとひっくり返してしまって。そしたら、学園の外から野良猫があちこちから侵入してきて大変な事になった。猫の数が多過ぎて捕獲ができない上に、マタタビも片付けられなくて、外にまで散らばってしまって。今日、顧問の木下先生は出張でいないし。最近、六年生の先輩方は忙しそうにしてるから、同じ五年生の皆んなに手伝ってもらおうと思って」
「ーーそういう事なら、わたしも手伝いますよ」
一年ろ組の実技の授業まで、少し時間もあるし何より猫騒ぎは人手があった方が片付くだろう。後ろを振り向くと話を聞いていたのか、松千代がこちらの様子を伺っている。話を聞いた手前、気になるのだろう。ソワソワしているのが丸わかりだ。
「松千代先生も、手伝っていただけまけんか?」
「は、はい。大変そうですし、勿論!あっ、澪さんと目が合ってしまった。は、恥ずかしいー!」
「では、一緒に行きましょうか。雷蔵くんも行くんですよね?」
また机の下に籠る前に、澪は松千代の手を引っ張って図書室から出た。松千代は澪の手こそ振り払わないが、繋がれていない方の手で顔を覆って俯いている。恥ずかしいのだろう。
「不破先輩、図書委員会の仕事はぼくが片付けておくので行ってください」
「ありがとう、きり丸!」
「そうしてくれるか、きり丸。えっと、澪さん。オレ、あ、いや、ぼくは五年ろ組の竹谷八左ヱ門と言います。手伝ってもらえるなら是非ともお願いします。松千代先生も、二人ともありがとうございます!!」
状況が状況のため、慌ただしいが竹谷が自己紹介と挨拶をしてくれた。
そう言えば、勘右衛門や雷蔵が以前に食堂で上級生達は澪に興味はあるが、中々接触が出来ないと言っていたのを思い出す。わざわざ一人称を言い直すし、澪に対して気を遣っているらしかった。ここは、澪からフレンドリーに行った方がいいのかもしれない。
澪は職員だが、教師ではないし畏まられるような存在ではないのだから。
「オレでいいですよ。どうぞ、話しやすいように話してください。わたしは、八左ヱ門くんとお呼びしても?」
「あっ、はい。勿論です澪さん!そしたら、すみませんが急ぎますので、オレの後をついてきてください!」
図書室からぞろぞろと移動し、騒ぎになっている現場に向かう。すると、生物委員会に与えられた部屋の前は、ぶちまけたというマタタビのためか散々たる有様になっていた。
「にゃー」「みゃー」「ふしゃー!」「にゃごにゃご」ミケに、茶トラ、ブチ、黒猫白猫、猫猫猫猫のオンパレードである。よくぞ外からこんなに集まって来たものだと感心するほど、猫まみれだ。
「おほー!さっきより増えてる!」
「喜んでる場合じゃないだろ、八左ヱ門っ。学園が猫だらけになる前に早く猫達を捕まえて、マタタビを片付けるんだ!」
生物委員会だけあって、生き物が好きなのか猫屋敷な有様になっている光景を見て目を輝かせる八左ヱ門に、雷蔵からツッコミが飛んだ。
「ぎゃあー!ぼくのジュンコが猫が多すぎる余りに嫌気がさして家出をしてしまったー!ジュンコぉおおおお!!!」
「猫がびっくりするから、叫ばないで下さい伊賀崎先輩」
「後で一緒に探しに行きます。ぼくも授業が始まるギリギリまでお付き合いしますから、落ち着いてください」
いつも傍にいるペットの毒蛇が居なくなった事で泣き叫ぶ三年い組の伊賀崎孫兵を一年は組の佐武虎若が注意し、一年ろ組の初島孫次郎が宥めている。
「雷蔵ー、そっちに猫が行ったから捕まえてくれ!」
澪は部屋の中から、もう一人の雷蔵が出てきてぎょっとした。顔立ちから髪型から何から何まで一緒で、双子かさもなければドッペルゲンガーのようだ。
「分かったよ、三郎!」
よし来た!と、返事をして雷蔵がぴょんと部屋から飛び出してきた猫を捕獲した。
「ふー、一匹捕まえたぁ」
雷蔵に抱き上げられた猫は、ふにゃあと鳴いている。見るとブサ可愛い猫だった。
「不破先輩、この中に猫を入れてください」
一年生の制服を着た男子生徒が、蓋付きの籠を差し出した。澪が知らない子のため、多分、一年い組の生徒なのだろう。澪と目が合うと、ぺこりと丁寧にお辞儀をされた。
「一年い組の上ノ島一平です。澪さん、手伝いに来てくれてありがとうございます」
「ご丁寧に自己紹介ありがとう、一平くん。猫は捕まえたら籠に入れたらいいんですね?」
「はい、一旦はこういった物に捕まえておいて、後で落ち着いてから遠くで逃がそうかと」
猫は鼠退治に有効ではあるが増えすぎると、おかずを盗む泥棒猫となるし、夜中に床下で鳴いて安眠妨害する事も考えられる。可愛いが数が多くなると扱いが大変な生き物だけに、下手に学園にいつかれるとその内、繁殖して増えでもしたら大変な事になる。一平の言う通り、捕獲だけして外で離すのが一番適当だろう。
そのためにも、マタタビを片付けないと。とはいえ、猫の数を粗方減らす必要がある。
一年ろ組の実技開始までに一匹でも捕獲したい所だ。
「そっちに行きました、澪さん!」
どうやら、部屋の中にまだ五年生が居たらしい。ひょっとして、五年生は全員集合しているのかもしれない。見た事のない顔の五年生から名前を呼ばれ、澪は足元を走り抜けようとした三毛猫を捕獲し、ついでにもう一匹近くに居た白猫と捕まえる。
暴れられないように二匹に対し、澪は殺気を放った。暴れようとする動物に対して威嚇する物であり、澪が強者であると分からせる技だ。
猟師だった元父親と、武人だった元父親、それぞれの教えをミックスさせた対動物相手に対する澪のスキルである。
途端に、びくぅ!と澪の腕の中で猫は一度震えたが、暴れたりせずカチコチになって人形のように大人しくなった。
「うわぁ、流石は澪さん」
一年は組の夢前三治郎の声がした。ふと見ると、広範囲に澪の技の威力が伝わったらしく猫が動きを停止している。
「み、皆さん。今です、猫を捕獲しましょう!ああ、言っちゃった。恥ずかしいー!」
「みゃあー!」
澪の殺気がきいている内にと、松千代から指示が飛ぶ。本人は器用にも顔を隠しながら、猫を数匹捕獲していた。何やかんや流石は教師である。
その後はわーわー言いながらも、どうにか猫を全匹捕獲して騒ぎを収めた。
その後は、散らかってしまったマタタビの掃除だ。生物委員は逃げ出してしまった孫兵の毒蛇もといジュンコを探しに出かける事になり、残ったメンバーでマタタビの片付けとなった。
「澪さんのおかげで、早く終わりました。ありがとうございます。後で、八左ヱ門からも改めてお礼を言いに行くと思いますけど、ぼくからも言っておきますね」
「どういたしまして、雷蔵くん。早く片付いてよかった。マタタビの散らかり具合が酷いので、これも少し手伝ってから一年ろ組の授業に向かいますね」
雷蔵と話しながら、部屋の中やら外に散らばった乾燥したマタタビを片付ける。細かく粉砕されているせいで、非常に面倒である。一体どれだけ仕入れたのやら。箒ではいた物を塵取に入れているが、広範囲に飛び散っているせいで中々片付かない。早くしないと、またどこからか猫がやって来るかもしれないので、急ピッチだ。
「澪さん、こっちに塵取を貸して下さい」
「はい、どうぞ勘右衛門くん」
矢張り、五年生はこの騒動に全員駆り出されていたらしい。勘右衛門もおり、てきぱきと部屋の掃除をしている。生物委員会のせいか、部屋の中だけではなく外にも虫やら何やら生き物を飼っているようで、虫かごの中には色んな昆虫がいた。こうも虫が多いと、あまり長居したい部屋ではない。
「あっ、あの!」
「澪さん!!」
勘右衛門と短いやり取りをしていると、澪に声がかけられた。振り向くと、そこには雷蔵の双子のような少年と、初めて見る黒髪の少年がいる。
そう言えば、初めて見る顔なのにバタバタで名前を聞いていなかった。
「あ、あの、ぼく、いや、わたしは久々知兵助と言います。澪さんとは前々からお話しがしたくて、そのっ、どうぞお見知りおきを」
「わたしの名前は鉢屋三郎です。変装するのが当たり前なので素顔はちょっとお見せできませんが、大体は雷蔵の変装をしてます。今後ともよろしくお願いします!」
二人とも何やら必死である。澪に顔と名前を覚えてもらおうと頑張っているように見えた。別にそんな風に意気込まなくても、忘れたりしないのに。
「ご丁寧にどうも、ご存知かとは思いますが澪です。二人とも、八左ヱ門くんにも言いましたが、無理に一人称を変えたり余り畏まったりしなくていいですからね」
手は止めずにマタタビの粉を回収しながら、そう言うと二人とも顔を見合わせた。何だか微妙そうだ。
そんな二人を見て、勘右衛門が何を思ったのか爽やかな笑顔になる。
「じゃあ、今日からはオレでよかったり?」
「それが勘右衛門くんの素なのでしたら」
「やった!歳上ですから、敬語は礼儀として使いますけど一人称が普通に喋れるだけでも嬉しいです」
勘右衛門がずいっと顔を寄せてきた。何だか近いが気にする程の距離でもない。澪は動揺することなく片付けをしれっとしていたのだが、まさかの待ったが別の所から入った。
「恥ずかしいーー!!」
松千代も居ることを失念していた。
本人が気配を殺したように作業をしていたから、余計に忘れていた。
その松千代はというと、顔を手で覆いながらも指の隙間からチラチラと澪と勘右衛門を見ている。
「年頃の男女がそんなに近付いたらダメですよ。きゃっ、言っちゃった。益々恥ずかしいー!」
「おっと、これは失礼しました。ついつい、澪さんが綺麗だから近くで見たくて。はは……」
何処まで本気で思っているのかさっぱり謎だが、勘右衛門が悪戯っぽく笑う。何やかんや、まだあどけなさの残る笑顔で謝られると、元々怒る気もないため注意する気すら起こらなかった。
「えっと、そしたら遠慮なく。オレって言わせてもらいます。オレの事は、兵助と呼んでください」
「なら、オレも三郎と。雷蔵とは一人称の使い分けとかで見分けてもらえたら」
「了解しました。兵助くん、三郎くんですね。三郎くんと雷蔵くんとの違いは、そのうち慣れたら感覚で見分けられると思います。お気遣いありがとうございます」
兵助と三郎が澪の言葉に目を丸くした。別に変な事を言った覚えはないのだが。
そうこうしている内にカーン!とヘムヘムの鳴らす鐘の音がした。鐘を打ち付ける頭は大丈夫かと毎度思うのだが、多才なヘムヘムに感心する澪である。
そろそろ鐘も鳴った事であるし、一年ろ組の授業に行かなければ。
「途中で済みませんが、一年ろ組の実技授業の補佐があるので、わたしはこれで失礼しますね」
あと少しな感じはするのだが仕方ない。箒と塵取を片付けようとすると、兵助が手を出してくれた。
「後はオレ達がやっておきます」
「そうですか。ありがとうございます」
軽く頭を下げて、五年生達と松千代を残して澪が去ろうとした所で、三郎に呼び止められた。
「澪さんっ」
「はい。何でしょうか」
「今度、一緒にオレ達と食堂でご飯を食べましょう。とにかく、先輩方や下級生ばかりじゃなくて、オレ達とも仲良くしてください!」
別に、今まで無視をしたつもりも避けたつもりも一切無い。だが、澪が忍術学園に来てから接触するまで、些か時を要している感じはある。三郎の目には何やら気合いのような物があり、顔こそ同じだが雷蔵とは、雰囲気が違う感じがした。
この何となくの違いを完全に読み取れるようにさえなれば、三郎と雷蔵の見分けがちゃんとつきそうだ。まぁ、いつ慣れるかは不明だが、長くても一月も要らないだろう。
「ええ、勿論ですよ。三郎くんーーいつでもお待ちしてますから、声を掛けてくださいね。それでは」
すい、と今度こそお辞儀をする。姫君の側に一時だけいた時に身についた所作のおかげで、澪の立ち居振る舞いは洗練されている。その動作を見た五年生や松千代が、ほーっとした顔で感心していたりしたのだが、澪はというと遅刻を恐れて廊下をくのたま直伝の足音を立てずにダッシュするスキルで、一年ろ組の授業へと向かうのだった。
+++++
「あー、寝不足だ……ふぁあー」
「口を開けすぎだよ、留三郎。女装中なんだから、せめて口を手で隠さないと」
黄昏時、鬼瓦領はお馴染みとなってきた集合場所の小屋にて。
どうも女装に悪い意味で慣れてきたのか、段々、地が出てきている留三郎に伊作から、やんわりと注意が飛んだ。
「本当よ、綺麗にしても意味無いわね。まったく脳筋なんだから留子さんったら」
「ーーそういうあんたは、隈が酷いわよ文子さんたら。もともと酷い顔なのに益々ブサイクな事になって可哀想ったらありゃしないわ」
「おほほ、黙りやがれ留子さん。ちょっと顔貸しなさいよ。マジで今日こそ決着つけてあげるわ」
「上等よ文子さん。わたし達、どうやら勝敗を決める時が来たようね。小屋の裏に行くわよ」
「毎度毎度、やめんか馬鹿たれ!」
「「仙子、お淑やかに!」」
「だ・れ・の・せいよーっ!」
寝不足からくるストレスのせいか、六年生達が賑やかである。そんな彼等のやり取りを横目にしつつ、澪は本日も明の衣装に身を包んでいた。
伊作は昨日から復活しており、初日と同様に全員が揃っている。この万全の状況で鵺を捕獲できたらいいのだが。
「ふわぁ、眠い。ね、澪さん、澪さん」
欠伸が出る口を手元で隠しつつも、小平太が澪の傍にやって来て話しかけてきた。毛の未処理がこんにちはするかもしれないが、パッと見は可愛らしい女の子にしか見えない。
「何でしょうか、小平子さん」
「ちょっと、利吉さんが来るまで横になりたくて。えへへ、膝枕して」
可愛らしく小首をかしげる唐突なお願いに、澪は目を瞬くも小屋の中には枕になるような物もない。
今日は少しだけ予定より早く集合している事もあり、利吉は未だ姿を現していない。
「わかりま……」
「小平子。ここにわたしの服を包んだ風呂敷があるから、枕代わりにして寝るといい」
ちょっと寝不足なのもあって、思考があんまり冴えない。そのまま頷こうとした澪に待ったをかけるように、半助もとい半子が笑顔で膨らんだ風呂敷を差し出したーーその手があったか。
うふふ、と笑う半子は女モードであるが、気のせいか何か圧力のような物を感じる。
「えー、汗臭そう……」
「女装してるからって、澪さんの膝枕なんて許すわけないでしょうが」
「小平子さん。わたしの服を包んだ風呂敷があります。よければそれで。あ、でもわたしのも汗臭いかもしれませんね。どうしましょうか」
澪も、小屋で着替えているので服を包んだ風呂敷はあるが、半助と似たり寄ったりだ。膝枕はうっかり返事をしかけたが、流石に女装してるからって、まずいかもしれないし。
考える澪に小平太が笑顔になった。
「澪さんの服なら問題ないわ。貸してちょうだい!」
「問題大有りよ、お馬鹿。それなら、わたしが膝枕をしてあげるわ。ほうら、来なさい小平子」
「そんな筋肉質で硬そうな膝枕はイヤですぅー!」
「枕は硬い方が肩や首にいいのよ!」
「わたしはアラサーの半子さんと違ってピッチピチの十代だから、大丈夫だもん」
「アラサー言うなっ。未だ二十五歳だもんっ!」
「もそ、利吉さんが来た。二人とも静かにしてね」
仲良くやり取りする小平太と半助を、長次がやや飽きれたような顔をしつつ止めた。もそっと話しているが口調も仕草も完璧な長子もとい長次である。
そして、長次が言った通り直ぐに小屋の扉が開いて、完璧な女装姿の利吉が現れた。
「澪さーん、お待たせしましたぁ!」
キャピキャピである。何でそんなにテンションが高いか謎のフリーの売れっ子忍者は、澪達が寝不足になって段々グロッキーになるのに反比例して、やたら楽しそうである。
まぁ、利吉は澪達と違って学園に帰らなくてよい分だけ体力が余っているのだろう。鬼瓦の城に務める宇奈月氏は伝蔵の元教え子であり、伝蔵の息子である利吉に好意的というのも大きそうだ。
「さぁ、今日は全員揃ってますし。皆んな、今宵も鵺を探しましょう!今日は途中、仮眠を取りながら亥ノ刻まで頑張りましょうね」
「亥ノ刻……」
電気のないなんちゃって戦国時代の、就寝時間は早い。前世現代日本での澪は、夜の十時やら十一時に眠る事が多かったが、こちらの世界では遅くとも夜九時には寝ているため、夜の八時も過ぎればウトウトしてくる。その代わり、朝はとても早く起きれる次第だ。
利吉の提案した見回りの時間は、澪の前世日本での就寝時間にあたる。亥ノ刻だと聞くだけで欠伸が出そうになる澪である。
忍者の学校に居るが、別に忍者ではないので連続夜の仕事が思った以上に辛い。顔に出すほど子どもではないが、本音は早く終わらせたいである。
全員が揃っての鵺捕獲は、初日と同じ班分けである。見慣れてきたエリアを散策する。今日は月が欠けてきている上に曇り気味で、あまり明るい夜ではないが歩けない事はない。
それに、今日は頑張る動機がある。明日、仕事がお休みになるのだ。最初に週末を休みにしてほしいとお願いしておいてよかった。半助と出かける約束もあるが、日中だけなら問題ないし身体も休められるし、一石二鳥だ。今日も空振りでも何の問題もない。
「ドクタケ忍者はもう居ないのでしょうか」
ガサガサと草を掻き分けながら、仙蔵が周囲を見渡す。罠のあるポイントからは距離のあるエリアのため、歩くのに遠慮は要らないとはいえ足取りは慎重である。
「宇奈月殿達に発見されているから、撤退した可能性もあるにはあるが、連中は諦めが悪いからーー居ないとは言いきれないな」
仙蔵の質問に、利吉が神妙な顔で返答している。
澪は学園長から、ドクタケ忍者は赤茶色の忍者服にサングラスをかけていると教えられた。なんでサングラスが戦国時代にあるんだよ、とかツッコミしてはいけない世界であるーー中々大変だ。
まぁ、本当の戦国時代ならもっと大変だから、なんちゃってで良かったと思う澪である。例えば歴史改変して天下統一に力を貸すとか壮大な浪漫はあるが、そっちの方が無理ゲーだ。だだっ広い場所で、忍者の女装集団と鵺捕獲大作戦を毎夜繰り広げる方が遥かにマシである。というか、字面だけなら後者を選ぶ日本人の方が多そうだ。
「つまり、ドクタケがまだ彷徨いている可能性を視野に入れなければならないと」
「そうよ、澪さん。でも、澪さんならあいつら全員秒殺できるわ!」
利吉が利子モードで、澪を絶賛してくれる。何でそんなにキラキラした目で見られるのかは分からないが、どう見てもイタイ女装姿のドクタケ忍者の姿を思い出すと、あんな忍者ばかりなら確かにーー百人くらい仮に目の前にいても、全員倒すまでに、まぁ、長くても十分も要らないな、と真面目に物騒な事を考える澪である。
ただし、火縄銃とかを持ってない場合に限る。
その時だーー何かが来る気配がした。
「っ、し!」
人じゃない、獣だ。直ぐに分かったのは風の中に微かな音が聞こえたせいだ。
猟師だった元父親から仕込まれたため、獣の気配に敏感な澪は真っ先に気付いて、人差し指で沈黙を指示した。二人とも、澪の指示と同時に何か来る気配が分かったらしく、一気に緊迫感溢れる表情で懐からそれぞれ武器を取り出す。
ガサガサ!と、地面を蹴って草を踏みしめる重い足跡は、四足の獣のもの。鹿や猪より遥かに重た気である。
方向は北からだ。澪が北に向かい合う形の姿勢を取るのと、叢から大きな身体の獣が高く跳躍して飛びかかってくるのは同時だった。
多分、利吉が吹いたのだろう。ピー!と高い笛の音がするのと澪が弱い月明かりを背に飛びかかってくる獣を正面から受け止めたのは、ほぼ同時の事であった。
このため、班分けに変動があり、戦力拮抗のため利吉と澪が二人になり、仙蔵が半助と小平太の班に加わって調査続行となった。
なお、鵺は退治ではなく翌日より捕獲に切り替わった。と言うのも、クモの子城の忍びにして伝蔵の教え子だという宇奈月氏によると、ドクタケがどうも鵺を探しているのだとか。
捕まえたドクタケの忍びを尋問した結果、判明した事なのだが生憎とそのドクタケ忍者は鬼瓦の城にある地下牢から逃げてしまったとかで、何故捕獲しようとしているのかという目的が不明のままだそうだ。
よって、ドクタケよりも早く鵺を捕まえる事が澪達の仕事に切り替わった。とはいえ、戦好きの城である。大方、鵺を捕獲して戦に利用しようとしているのだろうーーと言うのが、宇奈月氏と利吉をはじめ、ドクタケを知る者達の見立てであった。
そんなわけで鵺捕獲に切り替わったのはいいのだが、初日の登場が嘘だったように翌日以降は空振りが続いた。寝不足になってはいけないと、途中、六年生は人数に変数が生じながらも鵺捕獲は続行された。半助も授業中に欠伸が増えたらしく、翌週からは休みを取る事になりそうとの事だった。
六年生と澪、そして半助が揃って寝不足なのを見て、何かが起きているの察したらしい。澪は本の返却をしに図書室へ行った際、きり丸と不破雷蔵の二人に囲まれた。
「澪さん、六年生の先輩達や土井先生と午後になると学園の外に出て、翌朝早くに戻って来てますよね。何してるんですか?」
「そうだよ、澪さん。オレ達に背を向けてしてるけど、土井先生の欠伸が多くてさ。何してるのか教えてくださいよ」
そうは言っても、仕事の内容は関係者以外に口外無用だ。これは遅くとも来週中に片付けなければ、益々周囲から気にされそうである。
「それは無理です。二人とも、危険な忍務ではありませんので安心してください」
鵺退治が捕獲に切り替わり、ドクタケ忍者隊は伝蔵の元教え子でもある、クモの子城の忍者宇奈月氏の管轄になったおかげで、初日以来、接触がなくなった。
そのおかげで、最初に想定されていたよりはグッと危険度は下がったが、鵺が出てこないとどうしようもない。
「はぁ、そうですか。分かりました」
「ぼく等に手伝える事があったら言ってくださいね」
「ありがとうございます、二人とも。ではわたしはこれでーー」
今日はこの後、澪は一年ろ組の実技授業の補佐につく予定だ。教科担当の斜堂影麿の影響か、溌剌とした感じとは程遠い一年ろ組であるが、は組にも負けない良い子達である。
澪が、きり丸と雷蔵に断りを入れて図書室を後にしようとしたその時である。
「雷蔵、やっぱりここに居たか!って、おわっ、澪さん?!」
群青色の制服を着た五年生が図書室の入口に現れた。
「図書室ではお静かにっ」
「あ、すみません。松千代先生ーー図書室の机の下にいらっしゃるとは思わず」
「はっ、恥ずかしいー!」
二年い組の教科担当教師、松千代万が図書室の机の下に隠れていたらしい。
声がしたのでぎょっとして恥ずかしがり屋の松千代が隠れている場所を見ると、髭もじゃの顔にクリっとした目の松千代が顔を真っ赤に染めている。そのまま手で顔を覆い一斉に振り向いた全員から身を隠して再び机の下に潜ってしまった。
何だか、恥ずかしがり屋の熊みたいである。実は忍術学園の教師の中では半助に次ぐ若手だと、野村から澪は教わっており、その時は驚いたのだが極度の恥ずかしがり屋のため、あまり話した事がない。
美形でこそないかもしれないが、つぶらな目と髭モジャの組み合わせは結構可愛いのに……と澪は思っているのだが、本人に伝えた所で恥ずかしいと縮こまるだけであろう。
「で、どうしたんだ八左ヱ門?」
「あ、それがそのっ。実は前に、生物委員会で間違えて大量の乾燥マタタビを購入してたんだ。その事をすっかり忘れていて、不注意で部屋の中で箱ごとひっくり返してしまって。そしたら、学園の外から野良猫があちこちから侵入してきて大変な事になった。猫の数が多過ぎて捕獲ができない上に、マタタビも片付けられなくて、外にまで散らばってしまって。今日、顧問の木下先生は出張でいないし。最近、六年生の先輩方は忙しそうにしてるから、同じ五年生の皆んなに手伝ってもらおうと思って」
「ーーそういう事なら、わたしも手伝いますよ」
一年ろ組の実技の授業まで、少し時間もあるし何より猫騒ぎは人手があった方が片付くだろう。後ろを振り向くと話を聞いていたのか、松千代がこちらの様子を伺っている。話を聞いた手前、気になるのだろう。ソワソワしているのが丸わかりだ。
「松千代先生も、手伝っていただけまけんか?」
「は、はい。大変そうですし、勿論!あっ、澪さんと目が合ってしまった。は、恥ずかしいー!」
「では、一緒に行きましょうか。雷蔵くんも行くんですよね?」
また机の下に籠る前に、澪は松千代の手を引っ張って図書室から出た。松千代は澪の手こそ振り払わないが、繋がれていない方の手で顔を覆って俯いている。恥ずかしいのだろう。
「不破先輩、図書委員会の仕事はぼくが片付けておくので行ってください」
「ありがとう、きり丸!」
「そうしてくれるか、きり丸。えっと、澪さん。オレ、あ、いや、ぼくは五年ろ組の竹谷八左ヱ門と言います。手伝ってもらえるなら是非ともお願いします。松千代先生も、二人ともありがとうございます!!」
状況が状況のため、慌ただしいが竹谷が自己紹介と挨拶をしてくれた。
そう言えば、勘右衛門や雷蔵が以前に食堂で上級生達は澪に興味はあるが、中々接触が出来ないと言っていたのを思い出す。わざわざ一人称を言い直すし、澪に対して気を遣っているらしかった。ここは、澪からフレンドリーに行った方がいいのかもしれない。
澪は職員だが、教師ではないし畏まられるような存在ではないのだから。
「オレでいいですよ。どうぞ、話しやすいように話してください。わたしは、八左ヱ門くんとお呼びしても?」
「あっ、はい。勿論です澪さん!そしたら、すみませんが急ぎますので、オレの後をついてきてください!」
図書室からぞろぞろと移動し、騒ぎになっている現場に向かう。すると、生物委員会に与えられた部屋の前は、ぶちまけたというマタタビのためか散々たる有様になっていた。
「にゃー」「みゃー」「ふしゃー!」「にゃごにゃご」ミケに、茶トラ、ブチ、黒猫白猫、猫猫猫猫のオンパレードである。よくぞ外からこんなに集まって来たものだと感心するほど、猫まみれだ。
「おほー!さっきより増えてる!」
「喜んでる場合じゃないだろ、八左ヱ門っ。学園が猫だらけになる前に早く猫達を捕まえて、マタタビを片付けるんだ!」
生物委員会だけあって、生き物が好きなのか猫屋敷な有様になっている光景を見て目を輝かせる八左ヱ門に、雷蔵からツッコミが飛んだ。
「ぎゃあー!ぼくのジュンコが猫が多すぎる余りに嫌気がさして家出をしてしまったー!ジュンコぉおおおお!!!」
「猫がびっくりするから、叫ばないで下さい伊賀崎先輩」
「後で一緒に探しに行きます。ぼくも授業が始まるギリギリまでお付き合いしますから、落ち着いてください」
いつも傍にいるペットの毒蛇が居なくなった事で泣き叫ぶ三年い組の伊賀崎孫兵を一年は組の佐武虎若が注意し、一年ろ組の初島孫次郎が宥めている。
「雷蔵ー、そっちに猫が行ったから捕まえてくれ!」
澪は部屋の中から、もう一人の雷蔵が出てきてぎょっとした。顔立ちから髪型から何から何まで一緒で、双子かさもなければドッペルゲンガーのようだ。
「分かったよ、三郎!」
よし来た!と、返事をして雷蔵がぴょんと部屋から飛び出してきた猫を捕獲した。
「ふー、一匹捕まえたぁ」
雷蔵に抱き上げられた猫は、ふにゃあと鳴いている。見るとブサ可愛い猫だった。
「不破先輩、この中に猫を入れてください」
一年生の制服を着た男子生徒が、蓋付きの籠を差し出した。澪が知らない子のため、多分、一年い組の生徒なのだろう。澪と目が合うと、ぺこりと丁寧にお辞儀をされた。
「一年い組の上ノ島一平です。澪さん、手伝いに来てくれてありがとうございます」
「ご丁寧に自己紹介ありがとう、一平くん。猫は捕まえたら籠に入れたらいいんですね?」
「はい、一旦はこういった物に捕まえておいて、後で落ち着いてから遠くで逃がそうかと」
猫は鼠退治に有効ではあるが増えすぎると、おかずを盗む泥棒猫となるし、夜中に床下で鳴いて安眠妨害する事も考えられる。可愛いが数が多くなると扱いが大変な生き物だけに、下手に学園にいつかれるとその内、繁殖して増えでもしたら大変な事になる。一平の言う通り、捕獲だけして外で離すのが一番適当だろう。
そのためにも、マタタビを片付けないと。とはいえ、猫の数を粗方減らす必要がある。
一年ろ組の実技開始までに一匹でも捕獲したい所だ。
「そっちに行きました、澪さん!」
どうやら、部屋の中にまだ五年生が居たらしい。ひょっとして、五年生は全員集合しているのかもしれない。見た事のない顔の五年生から名前を呼ばれ、澪は足元を走り抜けようとした三毛猫を捕獲し、ついでにもう一匹近くに居た白猫と捕まえる。
暴れられないように二匹に対し、澪は殺気を放った。暴れようとする動物に対して威嚇する物であり、澪が強者であると分からせる技だ。
猟師だった元父親と、武人だった元父親、それぞれの教えをミックスさせた対動物相手に対する澪のスキルである。
途端に、びくぅ!と澪の腕の中で猫は一度震えたが、暴れたりせずカチコチになって人形のように大人しくなった。
「うわぁ、流石は澪さん」
一年は組の夢前三治郎の声がした。ふと見ると、広範囲に澪の技の威力が伝わったらしく猫が動きを停止している。
「み、皆さん。今です、猫を捕獲しましょう!ああ、言っちゃった。恥ずかしいー!」
「みゃあー!」
澪の殺気がきいている内にと、松千代から指示が飛ぶ。本人は器用にも顔を隠しながら、猫を数匹捕獲していた。何やかんや流石は教師である。
その後はわーわー言いながらも、どうにか猫を全匹捕獲して騒ぎを収めた。
その後は、散らかってしまったマタタビの掃除だ。生物委員は逃げ出してしまった孫兵の毒蛇もといジュンコを探しに出かける事になり、残ったメンバーでマタタビの片付けとなった。
「澪さんのおかげで、早く終わりました。ありがとうございます。後で、八左ヱ門からも改めてお礼を言いに行くと思いますけど、ぼくからも言っておきますね」
「どういたしまして、雷蔵くん。早く片付いてよかった。マタタビの散らかり具合が酷いので、これも少し手伝ってから一年ろ組の授業に向かいますね」
雷蔵と話しながら、部屋の中やら外に散らばった乾燥したマタタビを片付ける。細かく粉砕されているせいで、非常に面倒である。一体どれだけ仕入れたのやら。箒ではいた物を塵取に入れているが、広範囲に飛び散っているせいで中々片付かない。早くしないと、またどこからか猫がやって来るかもしれないので、急ピッチだ。
「澪さん、こっちに塵取を貸して下さい」
「はい、どうぞ勘右衛門くん」
矢張り、五年生はこの騒動に全員駆り出されていたらしい。勘右衛門もおり、てきぱきと部屋の掃除をしている。生物委員会のせいか、部屋の中だけではなく外にも虫やら何やら生き物を飼っているようで、虫かごの中には色んな昆虫がいた。こうも虫が多いと、あまり長居したい部屋ではない。
「あっ、あの!」
「澪さん!!」
勘右衛門と短いやり取りをしていると、澪に声がかけられた。振り向くと、そこには雷蔵の双子のような少年と、初めて見る黒髪の少年がいる。
そう言えば、初めて見る顔なのにバタバタで名前を聞いていなかった。
「あ、あの、ぼく、いや、わたしは久々知兵助と言います。澪さんとは前々からお話しがしたくて、そのっ、どうぞお見知りおきを」
「わたしの名前は鉢屋三郎です。変装するのが当たり前なので素顔はちょっとお見せできませんが、大体は雷蔵の変装をしてます。今後ともよろしくお願いします!」
二人とも何やら必死である。澪に顔と名前を覚えてもらおうと頑張っているように見えた。別にそんな風に意気込まなくても、忘れたりしないのに。
「ご丁寧にどうも、ご存知かとは思いますが澪です。二人とも、八左ヱ門くんにも言いましたが、無理に一人称を変えたり余り畏まったりしなくていいですからね」
手は止めずにマタタビの粉を回収しながら、そう言うと二人とも顔を見合わせた。何だか微妙そうだ。
そんな二人を見て、勘右衛門が何を思ったのか爽やかな笑顔になる。
「じゃあ、今日からはオレでよかったり?」
「それが勘右衛門くんの素なのでしたら」
「やった!歳上ですから、敬語は礼儀として使いますけど一人称が普通に喋れるだけでも嬉しいです」
勘右衛門がずいっと顔を寄せてきた。何だか近いが気にする程の距離でもない。澪は動揺することなく片付けをしれっとしていたのだが、まさかの待ったが別の所から入った。
「恥ずかしいーー!!」
松千代も居ることを失念していた。
本人が気配を殺したように作業をしていたから、余計に忘れていた。
その松千代はというと、顔を手で覆いながらも指の隙間からチラチラと澪と勘右衛門を見ている。
「年頃の男女がそんなに近付いたらダメですよ。きゃっ、言っちゃった。益々恥ずかしいー!」
「おっと、これは失礼しました。ついつい、澪さんが綺麗だから近くで見たくて。はは……」
何処まで本気で思っているのかさっぱり謎だが、勘右衛門が悪戯っぽく笑う。何やかんや、まだあどけなさの残る笑顔で謝られると、元々怒る気もないため注意する気すら起こらなかった。
「えっと、そしたら遠慮なく。オレって言わせてもらいます。オレの事は、兵助と呼んでください」
「なら、オレも三郎と。雷蔵とは一人称の使い分けとかで見分けてもらえたら」
「了解しました。兵助くん、三郎くんですね。三郎くんと雷蔵くんとの違いは、そのうち慣れたら感覚で見分けられると思います。お気遣いありがとうございます」
兵助と三郎が澪の言葉に目を丸くした。別に変な事を言った覚えはないのだが。
そうこうしている内にカーン!とヘムヘムの鳴らす鐘の音がした。鐘を打ち付ける頭は大丈夫かと毎度思うのだが、多才なヘムヘムに感心する澪である。
そろそろ鐘も鳴った事であるし、一年ろ組の授業に行かなければ。
「途中で済みませんが、一年ろ組の実技授業の補佐があるので、わたしはこれで失礼しますね」
あと少しな感じはするのだが仕方ない。箒と塵取を片付けようとすると、兵助が手を出してくれた。
「後はオレ達がやっておきます」
「そうですか。ありがとうございます」
軽く頭を下げて、五年生達と松千代を残して澪が去ろうとした所で、三郎に呼び止められた。
「澪さんっ」
「はい。何でしょうか」
「今度、一緒にオレ達と食堂でご飯を食べましょう。とにかく、先輩方や下級生ばかりじゃなくて、オレ達とも仲良くしてください!」
別に、今まで無視をしたつもりも避けたつもりも一切無い。だが、澪が忍術学園に来てから接触するまで、些か時を要している感じはある。三郎の目には何やら気合いのような物があり、顔こそ同じだが雷蔵とは、雰囲気が違う感じがした。
この何となくの違いを完全に読み取れるようにさえなれば、三郎と雷蔵の見分けがちゃんとつきそうだ。まぁ、いつ慣れるかは不明だが、長くても一月も要らないだろう。
「ええ、勿論ですよ。三郎くんーーいつでもお待ちしてますから、声を掛けてくださいね。それでは」
すい、と今度こそお辞儀をする。姫君の側に一時だけいた時に身についた所作のおかげで、澪の立ち居振る舞いは洗練されている。その動作を見た五年生や松千代が、ほーっとした顔で感心していたりしたのだが、澪はというと遅刻を恐れて廊下をくのたま直伝の足音を立てずにダッシュするスキルで、一年ろ組の授業へと向かうのだった。
+++++
「あー、寝不足だ……ふぁあー」
「口を開けすぎだよ、留三郎。女装中なんだから、せめて口を手で隠さないと」
黄昏時、鬼瓦領はお馴染みとなってきた集合場所の小屋にて。
どうも女装に悪い意味で慣れてきたのか、段々、地が出てきている留三郎に伊作から、やんわりと注意が飛んだ。
「本当よ、綺麗にしても意味無いわね。まったく脳筋なんだから留子さんったら」
「ーーそういうあんたは、隈が酷いわよ文子さんたら。もともと酷い顔なのに益々ブサイクな事になって可哀想ったらありゃしないわ」
「おほほ、黙りやがれ留子さん。ちょっと顔貸しなさいよ。マジで今日こそ決着つけてあげるわ」
「上等よ文子さん。わたし達、どうやら勝敗を決める時が来たようね。小屋の裏に行くわよ」
「毎度毎度、やめんか馬鹿たれ!」
「「仙子、お淑やかに!」」
「だ・れ・の・せいよーっ!」
寝不足からくるストレスのせいか、六年生達が賑やかである。そんな彼等のやり取りを横目にしつつ、澪は本日も明の衣装に身を包んでいた。
伊作は昨日から復活しており、初日と同様に全員が揃っている。この万全の状況で鵺を捕獲できたらいいのだが。
「ふわぁ、眠い。ね、澪さん、澪さん」
欠伸が出る口を手元で隠しつつも、小平太が澪の傍にやって来て話しかけてきた。毛の未処理がこんにちはするかもしれないが、パッと見は可愛らしい女の子にしか見えない。
「何でしょうか、小平子さん」
「ちょっと、利吉さんが来るまで横になりたくて。えへへ、膝枕して」
可愛らしく小首をかしげる唐突なお願いに、澪は目を瞬くも小屋の中には枕になるような物もない。
今日は少しだけ予定より早く集合している事もあり、利吉は未だ姿を現していない。
「わかりま……」
「小平子。ここにわたしの服を包んだ風呂敷があるから、枕代わりにして寝るといい」
ちょっと寝不足なのもあって、思考があんまり冴えない。そのまま頷こうとした澪に待ったをかけるように、半助もとい半子が笑顔で膨らんだ風呂敷を差し出したーーその手があったか。
うふふ、と笑う半子は女モードであるが、気のせいか何か圧力のような物を感じる。
「えー、汗臭そう……」
「女装してるからって、澪さんの膝枕なんて許すわけないでしょうが」
「小平子さん。わたしの服を包んだ風呂敷があります。よければそれで。あ、でもわたしのも汗臭いかもしれませんね。どうしましょうか」
澪も、小屋で着替えているので服を包んだ風呂敷はあるが、半助と似たり寄ったりだ。膝枕はうっかり返事をしかけたが、流石に女装してるからって、まずいかもしれないし。
考える澪に小平太が笑顔になった。
「澪さんの服なら問題ないわ。貸してちょうだい!」
「問題大有りよ、お馬鹿。それなら、わたしが膝枕をしてあげるわ。ほうら、来なさい小平子」
「そんな筋肉質で硬そうな膝枕はイヤですぅー!」
「枕は硬い方が肩や首にいいのよ!」
「わたしはアラサーの半子さんと違ってピッチピチの十代だから、大丈夫だもん」
「アラサー言うなっ。未だ二十五歳だもんっ!」
「もそ、利吉さんが来た。二人とも静かにしてね」
仲良くやり取りする小平太と半助を、長次がやや飽きれたような顔をしつつ止めた。もそっと話しているが口調も仕草も完璧な長子もとい長次である。
そして、長次が言った通り直ぐに小屋の扉が開いて、完璧な女装姿の利吉が現れた。
「澪さーん、お待たせしましたぁ!」
キャピキャピである。何でそんなにテンションが高いか謎のフリーの売れっ子忍者は、澪達が寝不足になって段々グロッキーになるのに反比例して、やたら楽しそうである。
まぁ、利吉は澪達と違って学園に帰らなくてよい分だけ体力が余っているのだろう。鬼瓦の城に務める宇奈月氏は伝蔵の元教え子であり、伝蔵の息子である利吉に好意的というのも大きそうだ。
「さぁ、今日は全員揃ってますし。皆んな、今宵も鵺を探しましょう!今日は途中、仮眠を取りながら亥ノ刻まで頑張りましょうね」
「亥ノ刻……」
電気のないなんちゃって戦国時代の、就寝時間は早い。前世現代日本での澪は、夜の十時やら十一時に眠る事が多かったが、こちらの世界では遅くとも夜九時には寝ているため、夜の八時も過ぎればウトウトしてくる。その代わり、朝はとても早く起きれる次第だ。
利吉の提案した見回りの時間は、澪の前世日本での就寝時間にあたる。亥ノ刻だと聞くだけで欠伸が出そうになる澪である。
忍者の学校に居るが、別に忍者ではないので連続夜の仕事が思った以上に辛い。顔に出すほど子どもではないが、本音は早く終わらせたいである。
全員が揃っての鵺捕獲は、初日と同じ班分けである。見慣れてきたエリアを散策する。今日は月が欠けてきている上に曇り気味で、あまり明るい夜ではないが歩けない事はない。
それに、今日は頑張る動機がある。明日、仕事がお休みになるのだ。最初に週末を休みにしてほしいとお願いしておいてよかった。半助と出かける約束もあるが、日中だけなら問題ないし身体も休められるし、一石二鳥だ。今日も空振りでも何の問題もない。
「ドクタケ忍者はもう居ないのでしょうか」
ガサガサと草を掻き分けながら、仙蔵が周囲を見渡す。罠のあるポイントからは距離のあるエリアのため、歩くのに遠慮は要らないとはいえ足取りは慎重である。
「宇奈月殿達に発見されているから、撤退した可能性もあるにはあるが、連中は諦めが悪いからーー居ないとは言いきれないな」
仙蔵の質問に、利吉が神妙な顔で返答している。
澪は学園長から、ドクタケ忍者は赤茶色の忍者服にサングラスをかけていると教えられた。なんでサングラスが戦国時代にあるんだよ、とかツッコミしてはいけない世界であるーー中々大変だ。
まぁ、本当の戦国時代ならもっと大変だから、なんちゃってで良かったと思う澪である。例えば歴史改変して天下統一に力を貸すとか壮大な浪漫はあるが、そっちの方が無理ゲーだ。だだっ広い場所で、忍者の女装集団と鵺捕獲大作戦を毎夜繰り広げる方が遥かにマシである。というか、字面だけなら後者を選ぶ日本人の方が多そうだ。
「つまり、ドクタケがまだ彷徨いている可能性を視野に入れなければならないと」
「そうよ、澪さん。でも、澪さんならあいつら全員秒殺できるわ!」
利吉が利子モードで、澪を絶賛してくれる。何でそんなにキラキラした目で見られるのかは分からないが、どう見てもイタイ女装姿のドクタケ忍者の姿を思い出すと、あんな忍者ばかりなら確かにーー百人くらい仮に目の前にいても、全員倒すまでに、まぁ、長くても十分も要らないな、と真面目に物騒な事を考える澪である。
ただし、火縄銃とかを持ってない場合に限る。
その時だーー何かが来る気配がした。
「っ、し!」
人じゃない、獣だ。直ぐに分かったのは風の中に微かな音が聞こえたせいだ。
猟師だった元父親から仕込まれたため、獣の気配に敏感な澪は真っ先に気付いて、人差し指で沈黙を指示した。二人とも、澪の指示と同時に何か来る気配が分かったらしく、一気に緊迫感溢れる表情で懐からそれぞれ武器を取り出す。
ガサガサ!と、地面を蹴って草を踏みしめる重い足跡は、四足の獣のもの。鹿や猪より遥かに重た気である。
方向は北からだ。澪が北に向かい合う形の姿勢を取るのと、叢から大きな身体の獣が高く跳躍して飛びかかってくるのは同時だった。
多分、利吉が吹いたのだろう。ピー!と高い笛の音がするのと澪が弱い月明かりを背に飛びかかってくる獣を正面から受け止めたのは、ほぼ同時の事であった。
