第6話 女装軍団の妖怪退治
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
唇に濃すぎない程度に紅を乗せる。
鏡には、傷んだ長い髪をさらし化粧をした己の姿か映っていた。
憂鬱な事である。
「……はぁ」
体毛がそこまで濃くないため、女装しても伝蔵もとい伝子のような化け物感はないとはいえ、己の女装姿を鏡を見ながらチェックするというのは、我ながら何とも言えず情けない。
これは仕事だと、言い聞かせる。
今日は鵺退治の初日である。男は全員女装して向かうなんて何の冗談だと思ったが、女装が自分だけではないと思えば何とかーー否、やっぱり嫌だった。
こんなに往生際が悪い苦い思いを半助がしているのは、澪が鵺退治のメンバーにいるからだ。
好きな女に女装姿を見せるなんて、男なら嫌に決まっている。
この恋の沼は、果たして抜けられる類の物なのか。最近、どっぷり浸かりすぎて自制せねばと反省させられる半助なのだが、澪の事になると一年は組のボケにツッコミしてしまうように、反応してしまいやすい。
澪がいけないのだ。
あんなに、綺麗で性格も素晴らしくて器用で強くておまけに賢いなんて、どうぞ惚れてくださいと言っているような物じゃないかーー等と、惚気からくる八つ当たりを心の中でしてしまう半助である。
ただしく、恋の病の重病人であった。処方箋はさっさとアタックしろである。砕け散ろうが、成就しようがそれはそれ。
とはいえ、澪に告白してフラれでもしたら半助が暫く落ち込んで、それで綺麗に終わるわけもない。
ここまで拗らせておいて、一度や二度フラレたからと、そんなあっさり諦められるのか謎である。というか、多分否絶対無理だ。
元々、異性に対しては奥手な性格が災いし妄想力だけが限界突破のレベルアップ中な悩める青年、半助であった。
「行くか……」
女装は嫌だが、ここで逃げるのはもっと嫌だ。何せ、鵺討伐のメンバーには七松小平太がいるのだ。一見、そうとは見えないがあの少年は、頭が切れるし思慮深いのだ。半助がこうして女装なんてする事になったのも、元はと言えば小平太のキラーパスのせいである。
伝蔵の言っていたとおり、半助は生徒に足を引っ張られた。気分は、妨害ありの競争をしている人間の気持ちである。ゴールは言わずもがな澪だ。
あれで半助は、小平太を恋のライバルとして扱わなければならなくなってしまった。無視をしても向こうから来るのは間違いないからである。
澪が自分にだけ美しく、魅力的に思える存在だったら、どんなによかったか。半助が惚れてしまった玉女は、他者から見てもまさしく宝石の如き女人なのである。
女装しなくてはならないのは、大いに癪だが小平太が行く日の鵺退治は、絶対に自分も同行してやる。断じて、澪と二人きりに等させるものか。
ふと、視界に澪から貰った巾着袋が目に留まる。出来栄えのよいそれを、道具入れとして大事に使っていた。まるで吸い込まれるように、その袋に手を伸ばす。触れると、澪にそうしているようで。半助の手はそれは愛し気に布を撫でた。
そして、名残惜しげに巾着から手を離して、半助は女装姿で部屋を出て待ち合わせの場所まで向かったのだった。
もちろん、極力人に会わぬように。
「土井先生、お疲れ様です」
学園の外の待ち合わせ場所に到着すると、既に澪と六年生が揃っていた。
今日は初日とあって、全員が集合している。勿論、女装で。
最初に半助を見つけた善法寺伊作が、ぺこりと頭を下げた。桃色の小袖を纏う姿は、元々の顔立ちが優し気なせいもあって、大変良く似合っている。
「半子さん、普通に可愛いですよ土井先生」
澪から賛辞が寄せられたが、嬉しくない。そんな澪は普通の着物姿だ。学園長から渡された明の衣装は着ないのだろうか。半助は、あれこそが今日の為に用意された物に思えたのだが。
まるで、あちらの国の物語に出てくる女人のようで、魂まで奪われそうな程に綺麗だと思ったのに。
勿論、澪はいつだって可愛いし綺麗だし最高で最強なのだが。
「はは、ありがとう。澪さん、学園長から渡された服は着ないのかい?」
「あれは目立ち過ぎるので、鬼瓦領についたら着替えようかと。拠点に小屋もありますから。土井先生も、道中の女装がお嫌でしたら、荷物だけ持って行って小屋で支度なさっては?」
「次から絶対にそうする!」
その手があったか。
荷物は増えてしまうが、女装している時間を可能な限り短くしたい。
「では、揃った事ですし出発しましょう。今から歩いて行けば、日が暮れる前には目的地に着くかと」
六年生の中で最も女装姿が様になっている立花仙蔵が、出立を告げる。普段から、さらさらの美しい黒髪が、女装すると強く存在を主張して非常に女らしく見える。
半助もとい半子はというと、普段から手入れを怠る髪が全部丸見えのため、ズボラな女だと思われても仕方ない見た目である。
「ーー土井先生」
普段は頭巾に隠れて全ては見えない半助の、傷んでしまっている髪をじーっと見ていた澪が、小さな声で話しかけてきた。
何だろうと彼女を見ると、にこりと微笑まれる。凄く可愛い。例え鵺退治に出かける怪力な娘だろうが可愛い。
「よかったら、今度、髪のケアの方法をお教えしますね」
「……どうも」
髪の手入れの基本は、半助とて知っているのだが忙しくて放置しているだけだとは言わない。これを機に澪と二人きりになるチャンスかもしれないと思い頷く。
学園長から命じられた澪の話を聞き取る仕事もある。澪と接触するネタが増えたと内心喜ぶ半助。
だが。
「澪さん、わたしと手を繋いで行こう!いけいけどんどーん!!」
「小平子さんっ、あんまり大股で歩いたらダメです。着物の形が崩れるっていうか、あーっ!すね毛の剃り残しがっ」
「大丈夫、鵺は人じゃないから細かい事は気にしない!!」
おのれ、小平太。
子犬のような無邪気な笑顔をして駆け寄り、澪を掻っ攫うその姿は傍目にはイヤミがないが、こちらをチラリと見て半助だけにしか見えない角度で小さく笑った顔は策士であった。
すね毛の剃り残しを見せる行為は、澪に構って欲しくてわざとの可能性がある。天然に見せてるだけで、計算をするとは器用な。
奥手な半助の心に、嫉妬の火が音もなく着火する。燃え広がっていくその想い故に、胸が熱くなっていく心地がした。
小平太が生徒の立場を使って邪魔をするなら、半助とて同じだ。教師の立場を使いまくって目的を遂行する。それ以外だって何だって。忍者とはあらゆる物を活用するのが、常なのだから。
それから、事故もなく無事に鬼瓦の領地に到着した。
空を見ると茜色になっており、待ち合わせの小屋の前には、既に利吉が到着していたーーのだが。
「どうも、お疲れ様です。皆さん」
「……利吉くんも女装姿とは」
「土井先生まで女装されると聞いては、わたしも負けてられませんから。それに男が混じっているせいで、鵺の発見に時間を要しても嫌ですしね」
利吉の女装姿は、父親の伝蔵より遥かに様になっている。利吉の変装姿に六年生と澪はパチパチと目を瞬いていた。
「なぁ、利吉さんって本当に山田先生の息子なんだよな」
「女装姿の酷さが遺伝しないのは奇跡だな」
「……山田家の神秘。もそ」
「父上の女装と比べないでくれないか」
文次郎、小平太、長次がヒソヒソ話す内容は当然のようにバレバレで、利吉が疲れた顔でツッコミした。まぁ、三人の気持ちも分からなくはないが。
「利吉くん、美人ね!」
「ふふ、澪さんの男装姿といい勝負だろ。前に見た伝助くんが、かなりの美少年だったから、よければまた見てみたいな」
ーーちょっと待て。
目の前で仲が良さそうに話す澪と利吉を見て、半助と小平太の動きが止まった。二人して、ぎょっとした目で利吉と澪を食い入るように見つめてしまう。
「利吉さんと澪さんは仲がいいんですね」
「まぁね、と言ってもつい先日からだよ食満くん。ふふ、おかげで久々にわたしは楽しい思いをしているというわけさ」
留三郎に聞かれ、得意そうに話す利吉だが半助はそれ所ではなかった。
ちょっと待て、待つんだ利吉よ。
何をどうすれば一気にそんな距離を詰めて澪と仲良く喋れるのだけしからんぞ利吉よーーと、と心の中で大絶叫が止まらない。
おかしい、半助よりも歳下の利吉のコミュニケーション能力が高すぎる件について、お宅の息子はどうなっているのかと、伝蔵を問い質したい気分である。
救いは、澪に対して恋慕の情を持つ半助の見立てからして、どうも利吉には澪に懸想をしている感じではなさそうだというくらいだがーーいや、だからちょっと待て。
「「近い」」
ほぼ同時だった。
澪と利吉の間に割って入るように、半助と小平太が動く。
「今は女同士なんですし、このくらい普通では?」
きょとんとした顔の澪。まぁ、確かに傍から見たら女同士だ。利吉の変装は完璧なのだし。だが、問題はそこじゃない。
「ーーだったら、わたしとだって近くで話せるとでも言うのかな、澪さんは」
思わずそんな返事を返してしまう。そういう事が言いたいわけじゃないのに。我ながら、なんて格好の悪い。
そう思った時だ。
「もちろんですよ、半子さん。今は女同士ですもの、女友達に見えるくらいには別にくっついてもいいのでは……こんな風に」
ふわっと、澪の香りがしたと思ったら目と鼻の先に好きな女がいた。
「髪は残念ですけど、化粧は中々ですよ」
「っーーー!」
顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。白粉をしていてよかった。でないと、誤魔化せなくなる。
澪の血色の良い唇に視線が奪われる。淡雪のように真っ白な肌に触れたいと思ってしまう。近付かれた事で、男の生々しい要求が一気に突き上げてきそうになった。
今は女、女、女!と、嫌がってたくせに女装をしている事を必死に己に言い聞かせる。
「じゃ、わたしは学園長先生から指定のあった衣装を着てきます。部屋の隅を借りますね」
時間にしておそらくは一瞬の事だ。
何せ小平太が目を見開いたまま、動けないくらいの時間なのだから。だが、半助にはもっと長く感じられた。
「澪さんが着替えてる間は外で待っているよ。終わったらわたし達に声をかけてくれ」
どうにか、そう口にした。不自然ではないだろうか、変に思われてないだろうかと澪を見ると、黙って頷いて小屋の中に入って行った。
「指定の衣装って何ですか、土井先生?」
小屋の中に消えていった澪を見送った後で、不思議そうな顔で文次郎が問いかけてきた。いや、今は文子になるのかややこしい。化粧がきちんと監督されているおかげか、男らしい顔の六年生達がちょっといかついが、ちゃんと娘に見える仕様になっている。
「学園長先生から贈られた衣装だよ。鵺退治に着ていくようにとね」
「ひょっとして、あの時の服ですか!わぁ、楽しみだな」
利吉の顔がパッと輝く。惚れた女の美しい姿を期待しているような感じではなく、まるで役者の出番を待つ観衆のそれに見えるのは気の所為か。
小平太も、紛らわしいが利吉から澪に惚れた要素は感じ取らなかったのだろう。特に何を言うでもなく大人しく、澪が再び出てくるだろう小屋の扉をじっと見ている。
その眼差しを見て思う。口にこそ出さないが、小平太は本気で澪が好きなのだと。扉一枚向こうの澪へと届けるように視線を注いで、静かに見つめるその横顔は自分と同類だと嫌でも分かる。
澪は一度着た衣装のせいか、手早く着替えを済ませて小屋から出てきた。先日見たのと同じ、臙脂色を基調とした華やかな明の服に、初めて見る六年生達は唖然としている。
最初に口を開いたのは伊作だった。
「すごい!まるで物語から出てきたみたいだ。とても似合ってるよ澪さん。格好いいなぁ!」
澪は女性にしては背が高めのためか、尚更にあちらの国の服が似合うようだった。しかも、今日は篭手を装備しており腰には小刀も差しているせいで尚更に物語から飛び出て来たようだ。
「鵺退治だからいいものの、潜伏には絶対に向かん服だな」
「お前の頭の中は鍛錬しかないのか。今、オレ達じゃなかった、わたし達女装中よ文子さん。見た目だけマシになっても、中身が頑固オヤジのまんまじゃ、すぐバレるわよ」
「あんただって、大股で歩き過ぎてもう着物崩れてきてるじゃない留子さん。見た目が女でも中身が筋肉バカじゃあ、一瞬で見破られるわよ」
「……上等よ文子さん。あんたちょっと顔貸しなさい」
「あんたこそ上等よ留子さん。ちょっと小屋の裏でケジメつけましょうよ」
「やめんか!じゃなくて、お止めなさい。はしたないわよっ!!」
会話のキャッチボールが豪速球の投げ合いの喧嘩になりかける犬猿コンビの二人を仙蔵が止めた。
「さて、澪さんも着替えたのなら、小屋の中で打ち合わせをしようか。全員、中に入って」
じゃれ合いがひと段落した所で利吉が手を叩いた。その声に従って小屋の中へ向かおうとした時である。
「澪さん!」
小平太が澪を呼び止めた。振り向く澪に小走りに駆け寄り、そのまま耳元で何かを言っている。
何を言ってるかは分からないが、澪が数度ほど目を瞬き、小平太が離れると少し照れくさそうに笑った。
「ーーありがとうございます」
「へへ。ちゃんと言えた!」
女装しているので、女同士がじゃれ合っているように見えるが、半助には気がある女に自分に振り向いてほしく、小平太がそうしているようにしか見えなかった。
こんな事で一々、動揺してはいけないのにピクっと頬がひきつりそうになった。
そんな半助の気持ち等、全く知らない澪はよりにもよって小平太と仲良く手を繋いで小屋の中に入っていく。
あの小屋に入れば仕事が始まるーーもう、切り替えなければ。苦い物をそうと知って飲み込むように、半助は澪と小平太の後に続くのだった。
鏡には、傷んだ長い髪をさらし化粧をした己の姿か映っていた。
憂鬱な事である。
「……はぁ」
体毛がそこまで濃くないため、女装しても伝蔵もとい伝子のような化け物感はないとはいえ、己の女装姿を鏡を見ながらチェックするというのは、我ながら何とも言えず情けない。
これは仕事だと、言い聞かせる。
今日は鵺退治の初日である。男は全員女装して向かうなんて何の冗談だと思ったが、女装が自分だけではないと思えば何とかーー否、やっぱり嫌だった。
こんなに往生際が悪い苦い思いを半助がしているのは、澪が鵺退治のメンバーにいるからだ。
好きな女に女装姿を見せるなんて、男なら嫌に決まっている。
この恋の沼は、果たして抜けられる類の物なのか。最近、どっぷり浸かりすぎて自制せねばと反省させられる半助なのだが、澪の事になると一年は組のボケにツッコミしてしまうように、反応してしまいやすい。
澪がいけないのだ。
あんなに、綺麗で性格も素晴らしくて器用で強くておまけに賢いなんて、どうぞ惚れてくださいと言っているような物じゃないかーー等と、惚気からくる八つ当たりを心の中でしてしまう半助である。
ただしく、恋の病の重病人であった。処方箋はさっさとアタックしろである。砕け散ろうが、成就しようがそれはそれ。
とはいえ、澪に告白してフラれでもしたら半助が暫く落ち込んで、それで綺麗に終わるわけもない。
ここまで拗らせておいて、一度や二度フラレたからと、そんなあっさり諦められるのか謎である。というか、多分否絶対無理だ。
元々、異性に対しては奥手な性格が災いし妄想力だけが限界突破のレベルアップ中な悩める青年、半助であった。
「行くか……」
女装は嫌だが、ここで逃げるのはもっと嫌だ。何せ、鵺討伐のメンバーには七松小平太がいるのだ。一見、そうとは見えないがあの少年は、頭が切れるし思慮深いのだ。半助がこうして女装なんてする事になったのも、元はと言えば小平太のキラーパスのせいである。
伝蔵の言っていたとおり、半助は生徒に足を引っ張られた。気分は、妨害ありの競争をしている人間の気持ちである。ゴールは言わずもがな澪だ。
あれで半助は、小平太を恋のライバルとして扱わなければならなくなってしまった。無視をしても向こうから来るのは間違いないからである。
澪が自分にだけ美しく、魅力的に思える存在だったら、どんなによかったか。半助が惚れてしまった玉女は、他者から見てもまさしく宝石の如き女人なのである。
女装しなくてはならないのは、大いに癪だが小平太が行く日の鵺退治は、絶対に自分も同行してやる。断じて、澪と二人きりに等させるものか。
ふと、視界に澪から貰った巾着袋が目に留まる。出来栄えのよいそれを、道具入れとして大事に使っていた。まるで吸い込まれるように、その袋に手を伸ばす。触れると、澪にそうしているようで。半助の手はそれは愛し気に布を撫でた。
そして、名残惜しげに巾着から手を離して、半助は女装姿で部屋を出て待ち合わせの場所まで向かったのだった。
もちろん、極力人に会わぬように。
「土井先生、お疲れ様です」
学園の外の待ち合わせ場所に到着すると、既に澪と六年生が揃っていた。
今日は初日とあって、全員が集合している。勿論、女装で。
最初に半助を見つけた善法寺伊作が、ぺこりと頭を下げた。桃色の小袖を纏う姿は、元々の顔立ちが優し気なせいもあって、大変良く似合っている。
「半子さん、普通に可愛いですよ土井先生」
澪から賛辞が寄せられたが、嬉しくない。そんな澪は普通の着物姿だ。学園長から渡された明の衣装は着ないのだろうか。半助は、あれこそが今日の為に用意された物に思えたのだが。
まるで、あちらの国の物語に出てくる女人のようで、魂まで奪われそうな程に綺麗だと思ったのに。
勿論、澪はいつだって可愛いし綺麗だし最高で最強なのだが。
「はは、ありがとう。澪さん、学園長から渡された服は着ないのかい?」
「あれは目立ち過ぎるので、鬼瓦領についたら着替えようかと。拠点に小屋もありますから。土井先生も、道中の女装がお嫌でしたら、荷物だけ持って行って小屋で支度なさっては?」
「次から絶対にそうする!」
その手があったか。
荷物は増えてしまうが、女装している時間を可能な限り短くしたい。
「では、揃った事ですし出発しましょう。今から歩いて行けば、日が暮れる前には目的地に着くかと」
六年生の中で最も女装姿が様になっている立花仙蔵が、出立を告げる。普段から、さらさらの美しい黒髪が、女装すると強く存在を主張して非常に女らしく見える。
半助もとい半子はというと、普段から手入れを怠る髪が全部丸見えのため、ズボラな女だと思われても仕方ない見た目である。
「ーー土井先生」
普段は頭巾に隠れて全ては見えない半助の、傷んでしまっている髪をじーっと見ていた澪が、小さな声で話しかけてきた。
何だろうと彼女を見ると、にこりと微笑まれる。凄く可愛い。例え鵺退治に出かける怪力な娘だろうが可愛い。
「よかったら、今度、髪のケアの方法をお教えしますね」
「……どうも」
髪の手入れの基本は、半助とて知っているのだが忙しくて放置しているだけだとは言わない。これを機に澪と二人きりになるチャンスかもしれないと思い頷く。
学園長から命じられた澪の話を聞き取る仕事もある。澪と接触するネタが増えたと内心喜ぶ半助。
だが。
「澪さん、わたしと手を繋いで行こう!いけいけどんどーん!!」
「小平子さんっ、あんまり大股で歩いたらダメです。着物の形が崩れるっていうか、あーっ!すね毛の剃り残しがっ」
「大丈夫、鵺は人じゃないから細かい事は気にしない!!」
おのれ、小平太。
子犬のような無邪気な笑顔をして駆け寄り、澪を掻っ攫うその姿は傍目にはイヤミがないが、こちらをチラリと見て半助だけにしか見えない角度で小さく笑った顔は策士であった。
すね毛の剃り残しを見せる行為は、澪に構って欲しくてわざとの可能性がある。天然に見せてるだけで、計算をするとは器用な。
奥手な半助の心に、嫉妬の火が音もなく着火する。燃え広がっていくその想い故に、胸が熱くなっていく心地がした。
小平太が生徒の立場を使って邪魔をするなら、半助とて同じだ。教師の立場を使いまくって目的を遂行する。それ以外だって何だって。忍者とはあらゆる物を活用するのが、常なのだから。
それから、事故もなく無事に鬼瓦の領地に到着した。
空を見ると茜色になっており、待ち合わせの小屋の前には、既に利吉が到着していたーーのだが。
「どうも、お疲れ様です。皆さん」
「……利吉くんも女装姿とは」
「土井先生まで女装されると聞いては、わたしも負けてられませんから。それに男が混じっているせいで、鵺の発見に時間を要しても嫌ですしね」
利吉の女装姿は、父親の伝蔵より遥かに様になっている。利吉の変装姿に六年生と澪はパチパチと目を瞬いていた。
「なぁ、利吉さんって本当に山田先生の息子なんだよな」
「女装姿の酷さが遺伝しないのは奇跡だな」
「……山田家の神秘。もそ」
「父上の女装と比べないでくれないか」
文次郎、小平太、長次がヒソヒソ話す内容は当然のようにバレバレで、利吉が疲れた顔でツッコミした。まぁ、三人の気持ちも分からなくはないが。
「利吉くん、美人ね!」
「ふふ、澪さんの男装姿といい勝負だろ。前に見た伝助くんが、かなりの美少年だったから、よければまた見てみたいな」
ーーちょっと待て。
目の前で仲が良さそうに話す澪と利吉を見て、半助と小平太の動きが止まった。二人して、ぎょっとした目で利吉と澪を食い入るように見つめてしまう。
「利吉さんと澪さんは仲がいいんですね」
「まぁね、と言ってもつい先日からだよ食満くん。ふふ、おかげで久々にわたしは楽しい思いをしているというわけさ」
留三郎に聞かれ、得意そうに話す利吉だが半助はそれ所ではなかった。
ちょっと待て、待つんだ利吉よ。
何をどうすれば一気にそんな距離を詰めて澪と仲良く喋れるのだけしからんぞ利吉よーーと、と心の中で大絶叫が止まらない。
おかしい、半助よりも歳下の利吉のコミュニケーション能力が高すぎる件について、お宅の息子はどうなっているのかと、伝蔵を問い質したい気分である。
救いは、澪に対して恋慕の情を持つ半助の見立てからして、どうも利吉には澪に懸想をしている感じではなさそうだというくらいだがーーいや、だからちょっと待て。
「「近い」」
ほぼ同時だった。
澪と利吉の間に割って入るように、半助と小平太が動く。
「今は女同士なんですし、このくらい普通では?」
きょとんとした顔の澪。まぁ、確かに傍から見たら女同士だ。利吉の変装は完璧なのだし。だが、問題はそこじゃない。
「ーーだったら、わたしとだって近くで話せるとでも言うのかな、澪さんは」
思わずそんな返事を返してしまう。そういう事が言いたいわけじゃないのに。我ながら、なんて格好の悪い。
そう思った時だ。
「もちろんですよ、半子さん。今は女同士ですもの、女友達に見えるくらいには別にくっついてもいいのでは……こんな風に」
ふわっと、澪の香りがしたと思ったら目と鼻の先に好きな女がいた。
「髪は残念ですけど、化粧は中々ですよ」
「っーーー!」
顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。白粉をしていてよかった。でないと、誤魔化せなくなる。
澪の血色の良い唇に視線が奪われる。淡雪のように真っ白な肌に触れたいと思ってしまう。近付かれた事で、男の生々しい要求が一気に突き上げてきそうになった。
今は女、女、女!と、嫌がってたくせに女装をしている事を必死に己に言い聞かせる。
「じゃ、わたしは学園長先生から指定のあった衣装を着てきます。部屋の隅を借りますね」
時間にしておそらくは一瞬の事だ。
何せ小平太が目を見開いたまま、動けないくらいの時間なのだから。だが、半助にはもっと長く感じられた。
「澪さんが着替えてる間は外で待っているよ。終わったらわたし達に声をかけてくれ」
どうにか、そう口にした。不自然ではないだろうか、変に思われてないだろうかと澪を見ると、黙って頷いて小屋の中に入って行った。
「指定の衣装って何ですか、土井先生?」
小屋の中に消えていった澪を見送った後で、不思議そうな顔で文次郎が問いかけてきた。いや、今は文子になるのかややこしい。化粧がきちんと監督されているおかげか、男らしい顔の六年生達がちょっといかついが、ちゃんと娘に見える仕様になっている。
「学園長先生から贈られた衣装だよ。鵺退治に着ていくようにとね」
「ひょっとして、あの時の服ですか!わぁ、楽しみだな」
利吉の顔がパッと輝く。惚れた女の美しい姿を期待しているような感じではなく、まるで役者の出番を待つ観衆のそれに見えるのは気の所為か。
小平太も、紛らわしいが利吉から澪に惚れた要素は感じ取らなかったのだろう。特に何を言うでもなく大人しく、澪が再び出てくるだろう小屋の扉をじっと見ている。
その眼差しを見て思う。口にこそ出さないが、小平太は本気で澪が好きなのだと。扉一枚向こうの澪へと届けるように視線を注いで、静かに見つめるその横顔は自分と同類だと嫌でも分かる。
澪は一度着た衣装のせいか、手早く着替えを済ませて小屋から出てきた。先日見たのと同じ、臙脂色を基調とした華やかな明の服に、初めて見る六年生達は唖然としている。
最初に口を開いたのは伊作だった。
「すごい!まるで物語から出てきたみたいだ。とても似合ってるよ澪さん。格好いいなぁ!」
澪は女性にしては背が高めのためか、尚更にあちらの国の服が似合うようだった。しかも、今日は篭手を装備しており腰には小刀も差しているせいで尚更に物語から飛び出て来たようだ。
「鵺退治だからいいものの、潜伏には絶対に向かん服だな」
「お前の頭の中は鍛錬しかないのか。今、オレ達じゃなかった、わたし達女装中よ文子さん。見た目だけマシになっても、中身が頑固オヤジのまんまじゃ、すぐバレるわよ」
「あんただって、大股で歩き過ぎてもう着物崩れてきてるじゃない留子さん。見た目が女でも中身が筋肉バカじゃあ、一瞬で見破られるわよ」
「……上等よ文子さん。あんたちょっと顔貸しなさい」
「あんたこそ上等よ留子さん。ちょっと小屋の裏でケジメつけましょうよ」
「やめんか!じゃなくて、お止めなさい。はしたないわよっ!!」
会話のキャッチボールが豪速球の投げ合いの喧嘩になりかける犬猿コンビの二人を仙蔵が止めた。
「さて、澪さんも着替えたのなら、小屋の中で打ち合わせをしようか。全員、中に入って」
じゃれ合いがひと段落した所で利吉が手を叩いた。その声に従って小屋の中へ向かおうとした時である。
「澪さん!」
小平太が澪を呼び止めた。振り向く澪に小走りに駆け寄り、そのまま耳元で何かを言っている。
何を言ってるかは分からないが、澪が数度ほど目を瞬き、小平太が離れると少し照れくさそうに笑った。
「ーーありがとうございます」
「へへ。ちゃんと言えた!」
女装しているので、女同士がじゃれ合っているように見えるが、半助には気がある女に自分に振り向いてほしく、小平太がそうしているようにしか見えなかった。
こんな事で一々、動揺してはいけないのにピクっと頬がひきつりそうになった。
そんな半助の気持ち等、全く知らない澪はよりにもよって小平太と仲良く手を繋いで小屋の中に入っていく。
あの小屋に入れば仕事が始まるーーもう、切り替えなければ。苦い物をそうと知って飲み込むように、半助は澪と小平太の後に続くのだった。
