第6話 女装軍団の妖怪退治
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「澪ちゃん、鵺退治の衣装はこれで行くように!」
中庭に枯山水を臨む学園長室にて。
澪の持つ前世の様々な知識の取り扱いが決まった更にその翌日。
澪は学園長直々に朝から呼び出され、風呂敷に包まれた鵺退治の衣装とやらを渡された。
「ありがとうございます、学園長」
頼むから、女物の着物に『囮』とか書いた名札が胸元に貼っていませんようにーーと、内心で祈る澪。
横にいるヘムヘムに促され、恐る恐る風呂敷を開いた。
喋りこそしないが、コミュニケーション能力が高い優れた忍犬のヘムヘムとは何だかんだ、一緒に過ごす内にやり取りができるようになっている澪である。
最早この域までくると二足歩行もしているし、ヘムヘムは澪と同じく前世の記憶がある転生犬なんじゃないかという気がしてきていたり。
「では、失礼して。拝見します」
一言声をかけてから、風呂敷の中身の服を手に取る。そして目を見張った。
「これは、ひょっとして明の衣装ですか?綺麗な臙脂色ですね」
「知り合いのツテで入手したんじゃ。澪ちゃんが就職試験の時にあちらの拳法を使っているのを見てからというもの、是非とも明の衣装を着てほしくてな。前々から取り寄せておったんじゃ。これで鵺退治に行ってもらいたい。あとついでに、今着てわしに見せてほしい!!」
手に取ったそれは、明の衣装だ。
それも、武闘家の着るような服である。とはいえ、生地は女物のようで華やかな見た目をしていた。
こんな物を着たら、さながら武侠小説にでも出てくる女侠客である。
スリットの入りまくったチャイナ服だけでない分マシだが、これは完全にコスプレだ。
着物に『囮』の名札とどっちがいいかと問われて、判断に迷うレベルであるが、学園長の好意を無下にはできない。
「……分かりました。では、着替えてきますので近くの部屋をお借りしても?」
「勿論じゃとも!ヘムヘム、念の為に見張りを頼むぞ」
「ヘム!」
慣れとは恐ろしい。
犬がヘム!と鳴くのが、通常仕様になってきたなーーと、澪は遠い目をしそうになりながらも、別室で早速着替えを開始した。
なお、ご丁寧にに風呂敷の中に衣装と一緒に、簡単な着方の説明が記された紙があり、学園長の執念を感じた。
案外、こういう娯楽に全力を出せるのが学園長の若さの秘訣なのかもしれない。
程なくして着替え終わり、澪は部屋から出た。
「ヘムー!!」
澪の着替えた姿を一番最初に見たヘムヘムが、尻尾をすごく振って嬉しそうにしている。黒いヘムヘムのつぶらな瞳には、まるで武侠小説にでも出て来そうな姿があった。ここは何ちゃって戦国であって、中華ファンタジーではなかったはずなのだが。
「似合います?」
「ヘムゥ、ヘムヘムーー!」
「ふふ、学園長先生がお喜びになるなら、もう何でもいいです」
ヘムヘム曰く、似合い過ぎるらしい。とりあえず、学園長室に戻って、さっさとお披露目しようとした時である。
「ーー澪さん?」
半助の声がした。
振り向くと、まるで夢でも見ているかのような顔をした半助がいた。そして、居たのは半助だけではなかった。
「それ、明の衣装ですか?すごくお似合いですね、澪さん!!」
半助の後ろに居たらしく、何と利吉が澪の方へこれ以上ない笑顔を向けていた。
途端に固まる澪。
何故、利吉が朝から学園に居るのか分からず、驚きで愛想笑いさえ浮かべられない。
利吉はと言うと、そんな澪の気持ちを知る由もなく美男子なだけあって、絵になるような爽やかな微笑みを浮かべる。
「鵺退治の事で、依頼主と会って話を終えたので澪さんに報告に来たんです。学園長の所にいると伺ったので、土井先生がわたしを案内してくださっていたんです」
利吉は伝蔵の身内とはいえ、部外者だから半助が学園長室に付き添って案内したのは理解できた。澪はようやく社交辞令の笑顔を返す事に成功する。
まさかの利吉の登場に、心の準備がいるなんて自分もまだまだだな等と思う次第である。
「そうですか。わたしは、ご覧の通り学園長から衣装をいただきまして。着て見せてほしいと仰られたので、今からお見せしにいくところなんです。利吉さん、学園長先生にご挨拶していかれますか?」
「いえ、澪さんに会いに来たので終わるまでここで待ってますよ。また元の服に着替えるのでしょうし」
「土井先生はどうされますか」
「わたしも、利吉くんと待っているよ……その、澪さん」
「はい?」
呼び止められたので、振り向くと半助がチラチラと澪を見ては照れたような表情をしている。気のせいかも、目が潤んでいるような。耳も赤い。ひょっとして、これは少しの間とはいえ利吉と二人きりになれると思って、嬉しい故の反応かもしれない。
頑張ってください、半助さん。
と、心の中で小さく声援を送った時である。
「とても、よく似合っているよ。綺麗過ぎて、びっくりした本当に。まるで、明の国のご令嬢のようだ」
その台詞は、初めて半助にうどん屋で素顔を晒した時と殆ど同じだった。
でも、顔に少し赤みがある。言ってて自分で照れているのか、はたまた利吉と二人きりになる事が今から嬉しいのか。
どちらかは分からないーーが、慣れた賛辞のはずなのに、ほんの少しだけ擽ったいような気がして、気分が高揚する。
「そこは、女侠客のようだと言わないと。でも、嬉しいですよ。ありがとうございます、土井先生。利吉さんも」
澪の着る衣装は臙脂色を基調としたものだ。
帯の色は黒で着てみると、可愛いというより綺麗で格好いい感じのする物だった。学園長は中々いい趣味をしている。
帯とお揃いの髪紐もついていたので、髪を結ってみたのだが、衣装とよく合っているようだ。これで腰に剣を差せば、もう武侠ファンタジーである。ちなみに、六芸ができるので当然剣術は出来るが本気を出すと剣を折ってしまうため、実際の戦闘で使う場合は要注意であったりする。
澪としては、どうせ武器を持つなら折れにくい物がいい。希望は金棒等なのだが、明の服も手に入ったなら何かいいあちらの武器はないか、学園長のお友達とやらのツテで調べて、可能なら調達できたりしないものだろうか。出来れば格安で。
「ではーー」
二人に軽く頭を下げて、学園長室へとヘムヘムと一緒に戻った。その去っていく様が、明の物語から飛び出した女侠客の姿そのもので、半助は見蕩れて目に焼きつけるように見つめ、利吉もまたキラキラした眼差しを向けていたが、澪には一切分からなかった。
なお、学園長については澪の似合いすぎる格好に大喜びして、また何か機会があれば衣装を贈るから着てほしいとお願いされた。秘書にコスプレさせて遊ぶとは、優雅な趣味である。
これも勤めーー畏まりました、と返事をしながら澪は遠い目になりつつも、ちゃっかり可能なら明の武器が欲しいと学園長にお願いした。タダでくれとは言わないだけ、マシだと思いたいが己がきり丸に似てきたような気がする澪である。
それから、学園長にそろそろ仕事に向かう事を告げて澪は元の服に着替えて半助達と合流し、そのまま職員室で鵺退治の打ち合わせとなった。
「ーーでは、早速ですが報告しますね。鵺についてですが、領内で姿の目撃例が増えているようでして。今のところ、死者こそ出ていませんが負傷者が後を絶たず一刻も早く、片付けてほしいと言われています。また、鬼瓦の領地での鵺出没の噂を聞き付けて、他国の忍びと思われる者達が怪しい動きをしているようです。なので、その辺りを警戒しながらの鵺退治となりますが、報酬がその分上乗せされる事になりました。わたしの予定は鵺退治が終わるまで空けるつもりです。後は澪さん達次第ですが、早ければ明日からでも、鵺退治を始めたく」
どうやら先方は急いでいるらしい。
早く倒せば報酬がアップしそうではあるが、鵺の正体が分からない以上は最初は慎重に行きたいところだ。
澪は、半助に提案する事にした。
「初日は、慎重に進めたいので、できれば土井先生にも御一緒いただきたいです」
「わたしは今週ならいけるよ。ただし、来週になってくると一日おきになるかもしれないね」
「それで大丈夫です。慣れてきたら、わたし一人でも何とかなるかと。今週なら、わたしも空いてますので。とはいえ、週末には一度休みを入れさせほしいです」
連日の働き詰めは仕事のパフォーマンスが落ちてしまうし、気が休まらない。最低一日の休みを所望してもバチは当たらないだろう。長期戦になる要素だってあるのだし。
「では、お二人とも明日いけますか?日が暮れるまでに、鬼瓦の領地でわたしと落ち合って行動を共にできますか。それまでに、わたしは明日まわる捜索場所の割り出しにあたります」
「わかりました」
「では、それでいこうか。六年生達にも伝えないとね」
「落ち合う場所の地図はここに。自由に使ってよいと先方から、拠点となる小屋の提供が複数ありましたので」
一国の領主からの依頼だけあって用意がいい。利吉が差し出した地図を受け取ると、大まかな地図の中に朱色の印があった。おそらく、この朱色の場所が拠点の場所なのだろう。全部で三つある。
「待ち合わせは中央の印の場所でお願いします」
ーー決まりだ。
二度目の野外実習は明日の夜からだ。利吉から聞いていた通り午後から学園を出て鬼瓦の領地へ向かう事になる。
澪は半助と目を合わせ、互いに頷く。
澪を見つめて柔らかく優しくなっていた半助の眼差しは、頷き合う際にはどこか怜悧な物へと様変わりしていたのだった。
++++++
利吉から伝えられた話を、半助から六年生に伝える事となった。澪はというと、今日は食堂のおばちゃんの手伝いをする予定だ。何でも、生徒の親から数頭の鹿が差し入れされたようなのだが、おばちゃん一人では処理できないため急遽、手伝いを頼まれたのである。
「私もお手伝いするので、昼餉を学園で食べて行っていいですか?その後で、鬼瓦の領地に向かいます」
半助と先に別れた後で澪が食堂での手伝いがあると言うと、利吉が顔を輝かせてそう言ってきた。
これは断わり辛い。仕事さえ絡まなければ利吉は好青年なだけだ。渋々頷くしかなかった。食堂のおばちゃんも居るし、仕事の話になるとも考えにくいのでOKした。
「あら、利吉くんじゃない!」
食堂のおばちゃんの所へ二人して向かうと、おばちゃんは嬉しそうに笑った。聞くと、利吉は時たまおばちゃんの作る学園の料理を食べに、顔を出しに来る事があるらしい。
そんなに出入り自由で大丈夫なのかと思わなくもないが、入門表さえ書けば全員ウェルカムになってしまっている仕様という名の小松田クオリティに最早、乾いた笑いしか出ない。
利吉が鹿の処理の手伝いを申し出ると、おばちゃんは当然ながら大喜びした。
精肉店なんぞない戦国時代、鹿は血抜きされてこそいるが毛皮やら何やらがついた状態である。
食堂の外にある処理場には、鹿が転がっており中々にシュールな光景である。鹿の解体は出来るが、それなりの数のため骨が折れる作業であるのは確かだ。
念の為、脱毛や毛痩せ等がないか確認する。ジビエは美味しいが、病気の個体を食べれば人間だって病気になってしまう事があるからだ。
後はマダニの感染が酷い物なども食用からは除くのが基本である。
確認すると、差し入れだけあって綺麗な鹿だった。血抜きも完璧のため、特に問題なさそうである。
「じゃ、解体していきますか」
血で汚れてもいいように、わざとボロい割烹着を着ている。念の為、頭と口の周りを清潔な布で覆った。
ちなみに、利吉も同じ装備だ。何だか、二人してパッと見、給食センターの調理員みたいである。
そして沢山の水と各種道具を準備して、いざ解体である。
猟師だった元父親から、日本で手に入るジビエの解体は全て教わった。実は熊も解体できてしまう澪である。
毛皮を後で再利用する可能性もあるため、なるべく綺麗に剥ぐ必要があるのだが、まずは鹿の体を水で綺麗に洗う所からだ。
そんなわけで早速タワシを渡して、マダニやら血やらを取り除く作業を利吉にもお願いする。
「鹿の解体は久々ですが、澪さんが居るので安心です。本当に器用ですね」
「ありがとうございます。そういう利吉さんもお上手ですよ。こういう作業は雑にする人も多いので」
口に入る物のため、慎重になる人間もいれば早く肉を食べるために手早くやる人間もいる。
利吉は鹿の体を丁寧に扱っており、澪から見ても手伝いを申し出ただけある手つきだと思える物だった。
「ーーあの、澪さん。お願いがあるんですけど」
「はい、何でしょうか」
「その、普通にお話しがしたいのですが」
気まずそうに言われて、澪はふと気付く。そうか、利吉は歳上だ。確かに年下の娘相手にいつまでも、堅苦しい話し方は嫌だろう。
「ああ、歳上ですものね。どうぞ、好きになさってください」
「っ、違います!そういう意味じゃありません。澪さんが歳下だから、話し方を変えたいんじゃない!」
利吉が強く否定の言葉を告げて首を振った。
目を瞬くと、澪に対して真っ直ぐな眼差しが向けられる。
「貴女と仲良くなりたいんです。異性としての下心からではなく、純粋に貴女という人間を好ましく思っているから。だから、わたしも敬語をやめるので貴女にもやめてほしい。その、それはダメ……ですか?」
へにゃ、と眉を困ったように寄せた美男子から上目遣いをされる。
ーーその聞き方はずるいと思うぞ、利吉くん。
この場に半助が居たらそう心の中で思ったであろう。
しっかりしていても、そこは十八歳の男子である。現代日本なら高校三年生か大学一年生だ。澪からすれば、歳下の若い男の子でしかない。
何だ、可愛い所があるじゃないか。
抱いていた苦手意識が和らぐ。この世界では立派な大人でも、澪の世界では大人の入口に立ったばかりの若者なのだ。若さ故に、一生懸命なだけなのかもしれない。
「いいよ。普通に話してもーーそしたら、利吉くんって、わたしも呼んでいい?」
「勿論だ!!あの、わたしは澪さんのままではダメだろうか。呼び捨ては周囲から誤解を招く可能性もあるし。というより、貴女の事は年齢関係なく“さん“を付けて呼びたくて」
「そうなの?うーん、分かった。じゃあそれでお願い」
澪に「さん」付けなのは少し不思議だが、本人がそれでいいなら構わない。
二人して目を合わせ、悪戯が成功した子どもみたいにくすくす笑った。
「マダニが殆どいない。いい鹿ね」
「川の水に晒してから持ってきてくれたのかもしれないな」
「あーなるほど、血抜きの時にそうしたのかも。よし、そしたら綺麗に洗えたし捌くぞー」
「君は鉈を持ってるのが似合い過ぎだぞ」
「ふふ、こんな構えはどうよ?」
「ぶはっ、何だそのポーズ!でも、格好いいね」
敬語が無くなって、随分とフレンドリーになった。ほわほわ笑ってる利吉が、段々可愛く見えてくる。
その後は、鹿を解体するというスプラッタな現場なのに、きゃっきゃうふふと利吉と会話しながら鹿をバラした。
傍目から見たら二人の服には少し血が着いていたり、かなり怪しい光景だったのだが、幸いにして目撃者は居なかった。
澪と利吉は仲良く鹿を解体して、食堂のおばちゃんの調理を手伝った。
澪がそのまま鹿肉の調理を任されたので、鹿肉を味噌煮込みにする事にした。味噌煮込みは猟師の元父親から直伝のレシピである。利吉も一緒に作りたいと言うので、そのまま今度は二人で料理をした。
それから、小腹が空いてくる頃になって、利吉と二人で合作した鹿肉の味噌煮込みが完成した。
「二人とも、大変なのにありがとう。よければ、皆んなが来る前に先にお昼を済ませちゃってね」
「はーい」
「分かりました」
「……作ってる時も思ったけど、仲がいいのね」
揃って元気よく返事する澪と利吉を見たおばちゃんが、にこにこ笑っている。
カウンターで食事を受け取り、二人して手近な席に腰掛けた。
「ええ、今日から仲良くなっていく予定です」
利吉が照れる事もなく、真面目な顔で回答した。真っ直ぐな言葉におばちゃんは「んまぁ!」とはしゃいでいる。澪はと言うと照れ隠しから、こほんと咳払いした。
「ーー利吉くん。ちょっと、堅苦しくなくなった所で聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「なんで、わたしにお仕事をくれたのかなぁと。力量を認められたのは嬉しいけど、わざわざ学園に来てくれてるし。あとなんか、凄い熱意があるし。わたしとしては、利吉くんはお仕事熱心で真面目なのかなぁって思ってはいるけど」
おばちゃんと利吉の会話を中断したくて、適当な質問をしてみる。まぁどうせ、肯定の返事だけだろう。
澪の尋常ならざる怪力を見て、こいつは使える!と思ったに違いない。
そう思っていたのだが。
「それはーー」
利吉が言い淀んだ。そして、机の上に置かれた湯気を立てる料理を見つめる。
それから、すっ、と人差し指を自らの唇の前に持って来て。
「恥ずかしいから、内緒」
と、世の女達が卒倒してもおかしくないような満面の笑顔で言った。アイドルとかではないのに、女殺しの小技を使ってくるとは小癪な。
可愛い仕草にキュンときた気持ちを隠すように、澪は「そうですか」と冷静に流すので精一杯だった。
中庭に枯山水を臨む学園長室にて。
澪の持つ前世の様々な知識の取り扱いが決まった更にその翌日。
澪は学園長直々に朝から呼び出され、風呂敷に包まれた鵺退治の衣装とやらを渡された。
「ありがとうございます、学園長」
頼むから、女物の着物に『囮』とか書いた名札が胸元に貼っていませんようにーーと、内心で祈る澪。
横にいるヘムヘムに促され、恐る恐る風呂敷を開いた。
喋りこそしないが、コミュニケーション能力が高い優れた忍犬のヘムヘムとは何だかんだ、一緒に過ごす内にやり取りができるようになっている澪である。
最早この域までくると二足歩行もしているし、ヘムヘムは澪と同じく前世の記憶がある転生犬なんじゃないかという気がしてきていたり。
「では、失礼して。拝見します」
一言声をかけてから、風呂敷の中身の服を手に取る。そして目を見張った。
「これは、ひょっとして明の衣装ですか?綺麗な臙脂色ですね」
「知り合いのツテで入手したんじゃ。澪ちゃんが就職試験の時にあちらの拳法を使っているのを見てからというもの、是非とも明の衣装を着てほしくてな。前々から取り寄せておったんじゃ。これで鵺退治に行ってもらいたい。あとついでに、今着てわしに見せてほしい!!」
手に取ったそれは、明の衣装だ。
それも、武闘家の着るような服である。とはいえ、生地は女物のようで華やかな見た目をしていた。
こんな物を着たら、さながら武侠小説にでも出てくる女侠客である。
スリットの入りまくったチャイナ服だけでない分マシだが、これは完全にコスプレだ。
着物に『囮』の名札とどっちがいいかと問われて、判断に迷うレベルであるが、学園長の好意を無下にはできない。
「……分かりました。では、着替えてきますので近くの部屋をお借りしても?」
「勿論じゃとも!ヘムヘム、念の為に見張りを頼むぞ」
「ヘム!」
慣れとは恐ろしい。
犬がヘム!と鳴くのが、通常仕様になってきたなーーと、澪は遠い目をしそうになりながらも、別室で早速着替えを開始した。
なお、ご丁寧にに風呂敷の中に衣装と一緒に、簡単な着方の説明が記された紙があり、学園長の執念を感じた。
案外、こういう娯楽に全力を出せるのが学園長の若さの秘訣なのかもしれない。
程なくして着替え終わり、澪は部屋から出た。
「ヘムー!!」
澪の着替えた姿を一番最初に見たヘムヘムが、尻尾をすごく振って嬉しそうにしている。黒いヘムヘムのつぶらな瞳には、まるで武侠小説にでも出て来そうな姿があった。ここは何ちゃって戦国であって、中華ファンタジーではなかったはずなのだが。
「似合います?」
「ヘムゥ、ヘムヘムーー!」
「ふふ、学園長先生がお喜びになるなら、もう何でもいいです」
ヘムヘム曰く、似合い過ぎるらしい。とりあえず、学園長室に戻って、さっさとお披露目しようとした時である。
「ーー澪さん?」
半助の声がした。
振り向くと、まるで夢でも見ているかのような顔をした半助がいた。そして、居たのは半助だけではなかった。
「それ、明の衣装ですか?すごくお似合いですね、澪さん!!」
半助の後ろに居たらしく、何と利吉が澪の方へこれ以上ない笑顔を向けていた。
途端に固まる澪。
何故、利吉が朝から学園に居るのか分からず、驚きで愛想笑いさえ浮かべられない。
利吉はと言うと、そんな澪の気持ちを知る由もなく美男子なだけあって、絵になるような爽やかな微笑みを浮かべる。
「鵺退治の事で、依頼主と会って話を終えたので澪さんに報告に来たんです。学園長の所にいると伺ったので、土井先生がわたしを案内してくださっていたんです」
利吉は伝蔵の身内とはいえ、部外者だから半助が学園長室に付き添って案内したのは理解できた。澪はようやく社交辞令の笑顔を返す事に成功する。
まさかの利吉の登場に、心の準備がいるなんて自分もまだまだだな等と思う次第である。
「そうですか。わたしは、ご覧の通り学園長から衣装をいただきまして。着て見せてほしいと仰られたので、今からお見せしにいくところなんです。利吉さん、学園長先生にご挨拶していかれますか?」
「いえ、澪さんに会いに来たので終わるまでここで待ってますよ。また元の服に着替えるのでしょうし」
「土井先生はどうされますか」
「わたしも、利吉くんと待っているよ……その、澪さん」
「はい?」
呼び止められたので、振り向くと半助がチラチラと澪を見ては照れたような表情をしている。気のせいかも、目が潤んでいるような。耳も赤い。ひょっとして、これは少しの間とはいえ利吉と二人きりになれると思って、嬉しい故の反応かもしれない。
頑張ってください、半助さん。
と、心の中で小さく声援を送った時である。
「とても、よく似合っているよ。綺麗過ぎて、びっくりした本当に。まるで、明の国のご令嬢のようだ」
その台詞は、初めて半助にうどん屋で素顔を晒した時と殆ど同じだった。
でも、顔に少し赤みがある。言ってて自分で照れているのか、はたまた利吉と二人きりになる事が今から嬉しいのか。
どちらかは分からないーーが、慣れた賛辞のはずなのに、ほんの少しだけ擽ったいような気がして、気分が高揚する。
「そこは、女侠客のようだと言わないと。でも、嬉しいですよ。ありがとうございます、土井先生。利吉さんも」
澪の着る衣装は臙脂色を基調としたものだ。
帯の色は黒で着てみると、可愛いというより綺麗で格好いい感じのする物だった。学園長は中々いい趣味をしている。
帯とお揃いの髪紐もついていたので、髪を結ってみたのだが、衣装とよく合っているようだ。これで腰に剣を差せば、もう武侠ファンタジーである。ちなみに、六芸ができるので当然剣術は出来るが本気を出すと剣を折ってしまうため、実際の戦闘で使う場合は要注意であったりする。
澪としては、どうせ武器を持つなら折れにくい物がいい。希望は金棒等なのだが、明の服も手に入ったなら何かいいあちらの武器はないか、学園長のお友達とやらのツテで調べて、可能なら調達できたりしないものだろうか。出来れば格安で。
「ではーー」
二人に軽く頭を下げて、学園長室へとヘムヘムと一緒に戻った。その去っていく様が、明の物語から飛び出した女侠客の姿そのもので、半助は見蕩れて目に焼きつけるように見つめ、利吉もまたキラキラした眼差しを向けていたが、澪には一切分からなかった。
なお、学園長については澪の似合いすぎる格好に大喜びして、また何か機会があれば衣装を贈るから着てほしいとお願いされた。秘書にコスプレさせて遊ぶとは、優雅な趣味である。
これも勤めーー畏まりました、と返事をしながら澪は遠い目になりつつも、ちゃっかり可能なら明の武器が欲しいと学園長にお願いした。タダでくれとは言わないだけ、マシだと思いたいが己がきり丸に似てきたような気がする澪である。
それから、学園長にそろそろ仕事に向かう事を告げて澪は元の服に着替えて半助達と合流し、そのまま職員室で鵺退治の打ち合わせとなった。
「ーーでは、早速ですが報告しますね。鵺についてですが、領内で姿の目撃例が増えているようでして。今のところ、死者こそ出ていませんが負傷者が後を絶たず一刻も早く、片付けてほしいと言われています。また、鬼瓦の領地での鵺出没の噂を聞き付けて、他国の忍びと思われる者達が怪しい動きをしているようです。なので、その辺りを警戒しながらの鵺退治となりますが、報酬がその分上乗せされる事になりました。わたしの予定は鵺退治が終わるまで空けるつもりです。後は澪さん達次第ですが、早ければ明日からでも、鵺退治を始めたく」
どうやら先方は急いでいるらしい。
早く倒せば報酬がアップしそうではあるが、鵺の正体が分からない以上は最初は慎重に行きたいところだ。
澪は、半助に提案する事にした。
「初日は、慎重に進めたいので、できれば土井先生にも御一緒いただきたいです」
「わたしは今週ならいけるよ。ただし、来週になってくると一日おきになるかもしれないね」
「それで大丈夫です。慣れてきたら、わたし一人でも何とかなるかと。今週なら、わたしも空いてますので。とはいえ、週末には一度休みを入れさせほしいです」
連日の働き詰めは仕事のパフォーマンスが落ちてしまうし、気が休まらない。最低一日の休みを所望してもバチは当たらないだろう。長期戦になる要素だってあるのだし。
「では、お二人とも明日いけますか?日が暮れるまでに、鬼瓦の領地でわたしと落ち合って行動を共にできますか。それまでに、わたしは明日まわる捜索場所の割り出しにあたります」
「わかりました」
「では、それでいこうか。六年生達にも伝えないとね」
「落ち合う場所の地図はここに。自由に使ってよいと先方から、拠点となる小屋の提供が複数ありましたので」
一国の領主からの依頼だけあって用意がいい。利吉が差し出した地図を受け取ると、大まかな地図の中に朱色の印があった。おそらく、この朱色の場所が拠点の場所なのだろう。全部で三つある。
「待ち合わせは中央の印の場所でお願いします」
ーー決まりだ。
二度目の野外実習は明日の夜からだ。利吉から聞いていた通り午後から学園を出て鬼瓦の領地へ向かう事になる。
澪は半助と目を合わせ、互いに頷く。
澪を見つめて柔らかく優しくなっていた半助の眼差しは、頷き合う際にはどこか怜悧な物へと様変わりしていたのだった。
++++++
利吉から伝えられた話を、半助から六年生に伝える事となった。澪はというと、今日は食堂のおばちゃんの手伝いをする予定だ。何でも、生徒の親から数頭の鹿が差し入れされたようなのだが、おばちゃん一人では処理できないため急遽、手伝いを頼まれたのである。
「私もお手伝いするので、昼餉を学園で食べて行っていいですか?その後で、鬼瓦の領地に向かいます」
半助と先に別れた後で澪が食堂での手伝いがあると言うと、利吉が顔を輝かせてそう言ってきた。
これは断わり辛い。仕事さえ絡まなければ利吉は好青年なだけだ。渋々頷くしかなかった。食堂のおばちゃんも居るし、仕事の話になるとも考えにくいのでOKした。
「あら、利吉くんじゃない!」
食堂のおばちゃんの所へ二人して向かうと、おばちゃんは嬉しそうに笑った。聞くと、利吉は時たまおばちゃんの作る学園の料理を食べに、顔を出しに来る事があるらしい。
そんなに出入り自由で大丈夫なのかと思わなくもないが、入門表さえ書けば全員ウェルカムになってしまっている仕様という名の小松田クオリティに最早、乾いた笑いしか出ない。
利吉が鹿の処理の手伝いを申し出ると、おばちゃんは当然ながら大喜びした。
精肉店なんぞない戦国時代、鹿は血抜きされてこそいるが毛皮やら何やらがついた状態である。
食堂の外にある処理場には、鹿が転がっており中々にシュールな光景である。鹿の解体は出来るが、それなりの数のため骨が折れる作業であるのは確かだ。
念の為、脱毛や毛痩せ等がないか確認する。ジビエは美味しいが、病気の個体を食べれば人間だって病気になってしまう事があるからだ。
後はマダニの感染が酷い物なども食用からは除くのが基本である。
確認すると、差し入れだけあって綺麗な鹿だった。血抜きも完璧のため、特に問題なさそうである。
「じゃ、解体していきますか」
血で汚れてもいいように、わざとボロい割烹着を着ている。念の為、頭と口の周りを清潔な布で覆った。
ちなみに、利吉も同じ装備だ。何だか、二人してパッと見、給食センターの調理員みたいである。
そして沢山の水と各種道具を準備して、いざ解体である。
猟師だった元父親から、日本で手に入るジビエの解体は全て教わった。実は熊も解体できてしまう澪である。
毛皮を後で再利用する可能性もあるため、なるべく綺麗に剥ぐ必要があるのだが、まずは鹿の体を水で綺麗に洗う所からだ。
そんなわけで早速タワシを渡して、マダニやら血やらを取り除く作業を利吉にもお願いする。
「鹿の解体は久々ですが、澪さんが居るので安心です。本当に器用ですね」
「ありがとうございます。そういう利吉さんもお上手ですよ。こういう作業は雑にする人も多いので」
口に入る物のため、慎重になる人間もいれば早く肉を食べるために手早くやる人間もいる。
利吉は鹿の体を丁寧に扱っており、澪から見ても手伝いを申し出ただけある手つきだと思える物だった。
「ーーあの、澪さん。お願いがあるんですけど」
「はい、何でしょうか」
「その、普通にお話しがしたいのですが」
気まずそうに言われて、澪はふと気付く。そうか、利吉は歳上だ。確かに年下の娘相手にいつまでも、堅苦しい話し方は嫌だろう。
「ああ、歳上ですものね。どうぞ、好きになさってください」
「っ、違います!そういう意味じゃありません。澪さんが歳下だから、話し方を変えたいんじゃない!」
利吉が強く否定の言葉を告げて首を振った。
目を瞬くと、澪に対して真っ直ぐな眼差しが向けられる。
「貴女と仲良くなりたいんです。異性としての下心からではなく、純粋に貴女という人間を好ましく思っているから。だから、わたしも敬語をやめるので貴女にもやめてほしい。その、それはダメ……ですか?」
へにゃ、と眉を困ったように寄せた美男子から上目遣いをされる。
ーーその聞き方はずるいと思うぞ、利吉くん。
この場に半助が居たらそう心の中で思ったであろう。
しっかりしていても、そこは十八歳の男子である。現代日本なら高校三年生か大学一年生だ。澪からすれば、歳下の若い男の子でしかない。
何だ、可愛い所があるじゃないか。
抱いていた苦手意識が和らぐ。この世界では立派な大人でも、澪の世界では大人の入口に立ったばかりの若者なのだ。若さ故に、一生懸命なだけなのかもしれない。
「いいよ。普通に話してもーーそしたら、利吉くんって、わたしも呼んでいい?」
「勿論だ!!あの、わたしは澪さんのままではダメだろうか。呼び捨ては周囲から誤解を招く可能性もあるし。というより、貴女の事は年齢関係なく“さん“を付けて呼びたくて」
「そうなの?うーん、分かった。じゃあそれでお願い」
澪に「さん」付けなのは少し不思議だが、本人がそれでいいなら構わない。
二人して目を合わせ、悪戯が成功した子どもみたいにくすくす笑った。
「マダニが殆どいない。いい鹿ね」
「川の水に晒してから持ってきてくれたのかもしれないな」
「あーなるほど、血抜きの時にそうしたのかも。よし、そしたら綺麗に洗えたし捌くぞー」
「君は鉈を持ってるのが似合い過ぎだぞ」
「ふふ、こんな構えはどうよ?」
「ぶはっ、何だそのポーズ!でも、格好いいね」
敬語が無くなって、随分とフレンドリーになった。ほわほわ笑ってる利吉が、段々可愛く見えてくる。
その後は、鹿を解体するというスプラッタな現場なのに、きゃっきゃうふふと利吉と会話しながら鹿をバラした。
傍目から見たら二人の服には少し血が着いていたり、かなり怪しい光景だったのだが、幸いにして目撃者は居なかった。
澪と利吉は仲良く鹿を解体して、食堂のおばちゃんの調理を手伝った。
澪がそのまま鹿肉の調理を任されたので、鹿肉を味噌煮込みにする事にした。味噌煮込みは猟師の元父親から直伝のレシピである。利吉も一緒に作りたいと言うので、そのまま今度は二人で料理をした。
それから、小腹が空いてくる頃になって、利吉と二人で合作した鹿肉の味噌煮込みが完成した。
「二人とも、大変なのにありがとう。よければ、皆んなが来る前に先にお昼を済ませちゃってね」
「はーい」
「分かりました」
「……作ってる時も思ったけど、仲がいいのね」
揃って元気よく返事する澪と利吉を見たおばちゃんが、にこにこ笑っている。
カウンターで食事を受け取り、二人して手近な席に腰掛けた。
「ええ、今日から仲良くなっていく予定です」
利吉が照れる事もなく、真面目な顔で回答した。真っ直ぐな言葉におばちゃんは「んまぁ!」とはしゃいでいる。澪はと言うと照れ隠しから、こほんと咳払いした。
「ーー利吉くん。ちょっと、堅苦しくなくなった所で聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「なんで、わたしにお仕事をくれたのかなぁと。力量を認められたのは嬉しいけど、わざわざ学園に来てくれてるし。あとなんか、凄い熱意があるし。わたしとしては、利吉くんはお仕事熱心で真面目なのかなぁって思ってはいるけど」
おばちゃんと利吉の会話を中断したくて、適当な質問をしてみる。まぁどうせ、肯定の返事だけだろう。
澪の尋常ならざる怪力を見て、こいつは使える!と思ったに違いない。
そう思っていたのだが。
「それはーー」
利吉が言い淀んだ。そして、机の上に置かれた湯気を立てる料理を見つめる。
それから、すっ、と人差し指を自らの唇の前に持って来て。
「恥ずかしいから、内緒」
と、世の女達が卒倒してもおかしくないような満面の笑顔で言った。アイドルとかではないのに、女殺しの小技を使ってくるとは小癪な。
可愛い仕草にキュンときた気持ちを隠すように、澪は「そうですか」と冷静に流すので精一杯だった。
