第4話 責任の取り方
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「ーーと、言うわけで。ぼくの将来の夢は瘡蓋だったんだよね。留三郎に言ったら、変な顔をされたの覚えてるよ」
「瘡蓋……ぶはっ!」
澪の過去を振り返る話をして暫く。
六年生達から彼等の過去にあった話を聞き、伊作の小さい時の夢が瘡蓋だったと言うエピソードに、小平太が受けていた。
「もー、小さい頃の話だって言ってるじゃないか。小平太」
「いや、すまんな。伊作らしくて、つい笑ってしまった!」
ケラケラと笑う小平太。そんな彼は、沢山いる弟妹とのエピソードを話してくれて、中々面白かった。
仙蔵は、煙玉の試作をしていたら火薬の配合を間違えてしまい、同室の文次郎共々煤まみれになってしまった事。
長次はボーロ作りでオリジナルレシピにチャレンジしたら、不味過ぎて一人で笑いながら食べた事。
澪はと言うと、一番最初に母と結婚していた忍者だった元父親とのエピソードを話した。城の組頭をしていた忍びの話だけあって、皆んな食い気味に聞いていた。
他にも幾つか話しをして盛り上がり打ち解けあっていると、ようやく潮江と食満の目がゆっくりと開いた。
「ーーここは、医務室か」
隈のある目元を更に顰めながら、潮江が辺りを見渡している。
「人が倒れてる横で、お前らは随分と楽しそうだな……」
「事実、楽しいぞ!もっと、気を失っててもよかったのに」
食満の嫌味に元気よく返す小平太。全く効いていない様子に、食満が顔を顰めた。
「えーっと、お二人とも大丈夫ですか?」
澪の顔を見て恐怖の余り、逃げ出したりまた気絶しなければいいが。そう思いながら、恐る恐る声をかける。
「見ての通り、ズタボロです」
潮江がそう言って、困ったように笑った。目の下のクマが酷いし年齢的に大人びた顔をしている方だと思うが、少年らしいあどけなさのような物がある。是非とも二十年後くらいが見たいな、と思う澪である。
「自分の事は、これからは文次郎と呼んでもらっても?それと、仙蔵のように砕けた話し方をしたい」
「勿論です。文次郎くん」
多分、戦闘中に普通にやり取りした事で、取り繕う必要がないと判断したのだろう。
「なら、オレのことも留三郎と呼んでほしい。正直、伊作達が羨ましかったんだ。きっかけが掴めなかったんだが、丁度いい。オレも普通にしていいよな」
「ええ、どうぞ留三郎くん」
「ーー澪さんも普通に、と言いたいが」
「ふふ、わたしはここの職員ですからね」
敬語を使うのは澪なりの線引きだ。
使わない相手はそれこそ、きり丸くらいのものである。それは、もともときり丸と学園に就職する前から知り合ったせいだ。
実は、きり丸と二人きりの時に砕けた話をするのがほっとする澪である。肩の力を抜ける気がするのだ。まぁ、会話の流れでアルバイトの手伝いを捩じ込まれそうな危険はあるが。
「今後ともよろしく頼む。それと、オレにも稽古をつけてくれ」
「オレもお願いしたい。自分でする鍛錬には限界があるからな」
「それはいいですが、六年生全員がですか……」
留三郎が言い出すと、負けじと文次郎にも頼まれる。最初は仙蔵と伊作だけだったのが、最終的に六年生全員になってしまった。
「わたしはいいですが、念のため六年生全員の武術指導について学園長に報告をしますね。問題ないとは思いますが、何か指示が飛ぶ可能性もありますし」
どうせ教えるなら、ちゃんと強くなってほしい。その為には六人全員に対応するため、それなりの時間の確保がいる。四人までなら何とかなるかと思ったが、さすがに学園長の秘書として採用されている以上は話しておいた方がよいだろう。
「あと、これは小平太くん達にも言える事ですが、受けたいと言った以上、文句は受け付けませんからね」
「当たり前だっ。そんな事、言うわけないだろう。澪さんに、文句を言おうものならわたしが成敗するっ!」
冗談半分で言ったのだが、小平太が力強く回答してくれた。
「では今度、時間をとりますので訓練メニューを組むためにも小平太くん、長次くんと戦いましょう。文次郎くんと留三郎くんは今日の戦闘で特徴が分かりましたから、後で訓練メニューを作って渡しますね」
「仙蔵から聞いてはいたが、本当に個別に作ってくれるんだな。よかったら、どんな物になるか事前に教えてくれるか」
文次郎は興味津々だ。後輩を鍛錬に付き合わせているとか、ギンギンに忍者しているとか聞いているので、彼の性分みたいなものなのだろう。
「オレも聞きたい。仙蔵は柔軟が多いが、オレはどうなるんだ?」
さっきまで、気絶していたのが嘘のように留三郎がワクワクした顔を澪に近付けて来ようとしたーーその時である。
「近いから離れろ、留三郎」
ぐいっと、留三郎の額を指で押して小平太が少し低い声でいった。
「お、おぅ、スマン」
「わたしも土井先生に注意されたんだ。皆んなも気をつけるんだぞ!」
一瞬、真剣な顔をしていた小平太がニカッと笑う。まぁ、適切な距離は必要だ。小平太が言ってくれるなら、その方が気楽なので助かる次第である。
「うーん、そうですねぇ」
澪は改めて二人との攻防を思い出しながら、ゆっくり答えた。
「文次郎くんは、下半身の強化中心ですね。腰やお尻がしっかりしているので、槍使いを極めるなら踏ん張りがきくよう、体幹も重視した物になるかと。あとは、槍が折れた場合の対処法の体術……明の技も含めた練習かと」
体格に言及すると、潮江が照れくさそうにしていた。
「留三郎くんは、特殊な武器ですから武器の扱いは指導できません。ですから、全体的な筋力強化ですかね。バランスが大変いい体格ですので。全身運動がメインになるかと」
気分はまるで、ジムのトレーナーである。訓練では限界が来るので、六年生全員をわざと不利な相手と試合させる等するつもりである。
「とはいえ、これは武人の考えが大分入ってますから、忍者向きかどうかは判断できませんので、ご了承ください」
「いや、頼んだのはオレ達なんだ。澪さんがオレと留三郎との戦いで、そこまで考え出せているのは凄いと思う。なんと言うか、澪さんはかなりの才能があるようだが、声をかけられたりはしなかったのか?」
文次郎が感心しつつも、そんな問いかけをしてきた。まぁ、戦う事は好きだし男なら天下無双と評価されたこともある。だが、そこは澪は女だ。幾ら強くても、評価してくれるかどうかは別の話である。
「ーー文次郎、澪さんは女性だぞ。察しろ」
コホン、と咳払いして仙蔵が言うと文次郎がハッとした顔をした。途端にバツが悪そうになる。
「気にしてないですよ、仙蔵くん。そうですねぇ、武人の元父上には手放しで褒められたりしましたが、どこぞからスカウトとかは流石に無かったですね。過去、さるお城の姫君の側に縁があって、遊び相手として侍った事がありますが、母の離婚で城を出ていく結果に終わりましたし。そこでそのままいたら、姫君の侍女兼護衛になっていたかもしれませんね」
「姫君の遊び相手ということは、元お父上が城で仕えていたのかい」
お城と言うパワーワードに全員の顔つきが変わる。伊作が興味津々に尋ねてくるので、シナにもした話をする。
「元父上はお殿様の右筆だったんです」
「それはまた……お父上もそうだが、澪さんのお母上も凄いなぁ」
伊作が感心したように言う。まぁ、右筆というのは字が上手いなら誰でもなれるわけでなく、由緒ある右筆を仕事にしてきた一族の血統がつくのが大半だ。
澪の元父親も、そうした一族の出自で再婚とはいえ、よくもまぁ母と結婚した物だと思う。そんな元父親と母の結婚生活は、大体一年半くらいで終わった。
そんなわけで、澪が城に上がっていた期間は数ヶ月程度の話である。
「ちなみになんだが、どんな元父親がいたか教えてもらえたりするのか?」
じーっと、小平太が見つめてくる。大きくて丸い瞳のせいか、小平太が六年生の中では一番年相応な見た目をしている。少し童顔気味に思う澪である。
「いいですよ、別に」
隠す程でもないので、母が再婚していた順番から辿るように説明した。
「元組頭をしていた忍者の父上が最初でーーその後は、大工、漁師、武人、料理人、右筆、代官ですね。最後は明人を捕まえた母がわたしを置いて、大陸に行ったのでその人にはお世話になりましたが、父親とは言いづらいかなぁと」
「もそ、代官とは何の?」
「兵庫に来るまで、石見にいたんです。わたしの最後のお父上は、お殿様に派遣された現地で銀山を監督する代官でした」
長次に続きを促され、説明を終える。するとどういうわけか、皆んな複雑そうな顔をしていた。
「おいおい、オレ達が言うとあれかもしれないが、何でこんな所に居るんだ。普通に再婚相手の連れ子とはいえ、いい所のお嬢様じゃないか」
留三郎の顔が引き攣っている。まぁ、確かに後半の再婚相手、澪からすればお殿様に仕える料理人だった父親辺りから、華々しくなっている気がしないでもないがーー。
特に、銀山の代官なんて忍びからしたら、立派な被官を受けた身分である。
随分と昔の記憶を辿ると、そう言えば大工は大工でも城の建設を任されるような親方だったし、猟師もお殿様直々の依頼でハントに出掛けるような人だった。
マジで優秀な男を狙って落とす恐ろしい母である。最後の明人に至っては、私的貿易船を持つくらい裕福なあちらの商人である。ちなみに、戦国時代において明と日本の間に公的な貿易はなく、ほとんどが私的貿易船との取り引きによるものである。
つまり、それだけ日本にやってくる明人は金があるということなのだ。無論、その中には真っ当な商売人だけではなく、海賊紛いの者だっている。まぁ、商売人だが政府非公認の密貿易人なので、あまり褒められたものではないが。
そんな彼等を軽蔑し、日本等をはじめとする外国の海賊と一緒くたにして大陸では倭寇と称すのだ。まぁ、明とその影響を色濃く受ける朝鮮が、自国以外を下に見るのは今に始まったことではない。大昔からだ。澪の世界で、卑弥呼の時代からそうだったように、こちらでもそれは変わらない。
母が再婚した明人は、拳法の達人だった。外国人だからと差別なんてせず、気さくな人で澪の怪力を見て面白いからと、色々と親切に教えてくれたが、本人が無茶苦茶強いロマンスグレーの外国人を捕まえた母が今更ながら恐ろしい。
その母と見てくれだけは良くも悪くも似た澪であるが、同じ真似ができる気が全くしない。
「……まぁ、母のおかげですかね」
爆速で再婚を繰り返していたが、毎度ラブラブだった母。娘の前で再婚相手といちゃつきながらも、切る時は後腐れなく去っていた。もうそこまでくると、ある意味天才である。
「澪さんのお母さんかー、美人なんだろうなぁ」
ほぅ、と息を吐く伊作。澪の容姿が整っているだけに、凄い美女だと想像しているんだろう。まぁ、娘の澪から見ても突き抜けた美人だった。澪は天女だと元父親達にも褒められていたが、母は女神扱いだった。
実際、澪は肉親なので見慣れただけだが、そうでなかったら母は同性でも見惚れてしまう華々しい美貌の持ち主だった。
「なぁ、本当の父親の事は知らないのか?」
会話の流れで気になったのだろう。文次郎が問いかける。澪が一言も喋らないせいだろう。そんな文次郎の背中を笑顔の仙蔵が強めに叩いた。
「詮索し過ぎるのは失礼だぞ。これだけ話してくれているのに」
口早に注意する仙蔵。途端に文次郎が慌てている。
「別にいいですよ。本当の父親について、話せる事が何もないので」
「うぅ、つい聞いてしまった。すまない、澪さん」
「ふふ、だから気にしてません。物心つくころには元忍者の父親がいましたから。その後、沢山の父親ができましたけど、皆んなわたしに凄く優しくて素晴らしい人達でした。実の父親については、どこの誰かを母が話す事がなかったので、それでいいんです」
へにゃ、と仙蔵に嗜められて困ったような顔になる文次郎になるべく優しい声で答える。
澪がただの子どもだったなら、ひょっとして本物の父親が気になって、それこそ母が何も言わないならと父親探しの旅に出たかもしれない。
だが、澪は何の因果か前世の異なる世界の記憶を有してこの不思議な戦国に生を受けた。
だから、父親と一緒にならずに身重であるのも構わず、何処とも知れぬ場所で澪を産んだ母の事を思うと父親について聞けなかった。
澪にとって母は、生みの親である事は勿論、この世界で一番信用できる拠り所だった。母であり、姉であり、妹であり、親友にもなる。そんな存在だった。今更ながら、明に行ってしまった母を思うと、少し寂しいが顔には出さないし、出せない。
その誰より信頼する母が何も言わないのだ。多分、知らない方がいい理由があるのだろう。澪に分かるのはそれまでだ。
「何でもかんでも、真実を聞くのがいい事とも限りません。知らない方がいい事だって沢山あります。母が語らなかったなら、わたしはそれを受け入れるまで……」
澪は脳裏に浮かぶ母の姿をリセットするように、一度だけ目を閉じてすぐに開く。目の前には忍術学園の医務室にいる最高学年の忍たま達。ここは、自分でまさしく勝ち取った新しい居場所だ。
これからここで、澪は澪の人生を歩むのだ。ここ以外の場所へ行く事になったとしても、忍術学園での日々は、今でも楽しいのだから澪の中で色褪せずに、輝く物になるに違いない。
目の前にいる少年達と、その光景を慈しむように見て澪は微笑む。
その天女のような姿で笑む澪の破壊力に、六年生全員が固まった。
「っーー正気になれオレ。これはゴリラ、ゴリラ……」
「女じゃない、女じゃない、女じゃない……!」
「失礼ですね」
澪の笑顔を前に固まっていた、文次郎と留三郎がそんな事を言って顔を覆った。二人とも年頃の少年だ。天女な見た目に大方、動揺したのだろうが正気の戻し方が酷い。
でもまぁ、彼等はちゃんと半助の誘いに乗って裏山にやって来た。ある意味、澪の裸を見てしまった責任を取ったのだ。
随分と痛い責任の取り方になってしまったが、忍たま最上級生全員と澪の関係が深まるいい機会となったに違いない。
「さて、ここにずっと長居するのはよくありません。まだ話し足りないなら、食堂でご飯を食べながらにしませんか。もうそろそろ夕餉の時間ですよ」
外を見ると一部が茜色になっている。そろそろ腹も空いて来たはず、と声をかけると六年生全員が頷いた。
この日、食堂で六年生に囲まれて仲が良さそうに話す澪が目撃され、それを見た澪と関わりのある下級生達が羨ましそうにしていた。
ーーその光景を見ていた一年は組の生徒から、澪と六年生達の事を聞いた半助が、嫉妬とストレスで胃痛を覚えたのは、また別の話である。
「瘡蓋……ぶはっ!」
澪の過去を振り返る話をして暫く。
六年生達から彼等の過去にあった話を聞き、伊作の小さい時の夢が瘡蓋だったと言うエピソードに、小平太が受けていた。
「もー、小さい頃の話だって言ってるじゃないか。小平太」
「いや、すまんな。伊作らしくて、つい笑ってしまった!」
ケラケラと笑う小平太。そんな彼は、沢山いる弟妹とのエピソードを話してくれて、中々面白かった。
仙蔵は、煙玉の試作をしていたら火薬の配合を間違えてしまい、同室の文次郎共々煤まみれになってしまった事。
長次はボーロ作りでオリジナルレシピにチャレンジしたら、不味過ぎて一人で笑いながら食べた事。
澪はと言うと、一番最初に母と結婚していた忍者だった元父親とのエピソードを話した。城の組頭をしていた忍びの話だけあって、皆んな食い気味に聞いていた。
他にも幾つか話しをして盛り上がり打ち解けあっていると、ようやく潮江と食満の目がゆっくりと開いた。
「ーーここは、医務室か」
隈のある目元を更に顰めながら、潮江が辺りを見渡している。
「人が倒れてる横で、お前らは随分と楽しそうだな……」
「事実、楽しいぞ!もっと、気を失っててもよかったのに」
食満の嫌味に元気よく返す小平太。全く効いていない様子に、食満が顔を顰めた。
「えーっと、お二人とも大丈夫ですか?」
澪の顔を見て恐怖の余り、逃げ出したりまた気絶しなければいいが。そう思いながら、恐る恐る声をかける。
「見ての通り、ズタボロです」
潮江がそう言って、困ったように笑った。目の下のクマが酷いし年齢的に大人びた顔をしている方だと思うが、少年らしいあどけなさのような物がある。是非とも二十年後くらいが見たいな、と思う澪である。
「自分の事は、これからは文次郎と呼んでもらっても?それと、仙蔵のように砕けた話し方をしたい」
「勿論です。文次郎くん」
多分、戦闘中に普通にやり取りした事で、取り繕う必要がないと判断したのだろう。
「なら、オレのことも留三郎と呼んでほしい。正直、伊作達が羨ましかったんだ。きっかけが掴めなかったんだが、丁度いい。オレも普通にしていいよな」
「ええ、どうぞ留三郎くん」
「ーー澪さんも普通に、と言いたいが」
「ふふ、わたしはここの職員ですからね」
敬語を使うのは澪なりの線引きだ。
使わない相手はそれこそ、きり丸くらいのものである。それは、もともときり丸と学園に就職する前から知り合ったせいだ。
実は、きり丸と二人きりの時に砕けた話をするのがほっとする澪である。肩の力を抜ける気がするのだ。まぁ、会話の流れでアルバイトの手伝いを捩じ込まれそうな危険はあるが。
「今後ともよろしく頼む。それと、オレにも稽古をつけてくれ」
「オレもお願いしたい。自分でする鍛錬には限界があるからな」
「それはいいですが、六年生全員がですか……」
留三郎が言い出すと、負けじと文次郎にも頼まれる。最初は仙蔵と伊作だけだったのが、最終的に六年生全員になってしまった。
「わたしはいいですが、念のため六年生全員の武術指導について学園長に報告をしますね。問題ないとは思いますが、何か指示が飛ぶ可能性もありますし」
どうせ教えるなら、ちゃんと強くなってほしい。その為には六人全員に対応するため、それなりの時間の確保がいる。四人までなら何とかなるかと思ったが、さすがに学園長の秘書として採用されている以上は話しておいた方がよいだろう。
「あと、これは小平太くん達にも言える事ですが、受けたいと言った以上、文句は受け付けませんからね」
「当たり前だっ。そんな事、言うわけないだろう。澪さんに、文句を言おうものならわたしが成敗するっ!」
冗談半分で言ったのだが、小平太が力強く回答してくれた。
「では今度、時間をとりますので訓練メニューを組むためにも小平太くん、長次くんと戦いましょう。文次郎くんと留三郎くんは今日の戦闘で特徴が分かりましたから、後で訓練メニューを作って渡しますね」
「仙蔵から聞いてはいたが、本当に個別に作ってくれるんだな。よかったら、どんな物になるか事前に教えてくれるか」
文次郎は興味津々だ。後輩を鍛錬に付き合わせているとか、ギンギンに忍者しているとか聞いているので、彼の性分みたいなものなのだろう。
「オレも聞きたい。仙蔵は柔軟が多いが、オレはどうなるんだ?」
さっきまで、気絶していたのが嘘のように留三郎がワクワクした顔を澪に近付けて来ようとしたーーその時である。
「近いから離れろ、留三郎」
ぐいっと、留三郎の額を指で押して小平太が少し低い声でいった。
「お、おぅ、スマン」
「わたしも土井先生に注意されたんだ。皆んなも気をつけるんだぞ!」
一瞬、真剣な顔をしていた小平太がニカッと笑う。まぁ、適切な距離は必要だ。小平太が言ってくれるなら、その方が気楽なので助かる次第である。
「うーん、そうですねぇ」
澪は改めて二人との攻防を思い出しながら、ゆっくり答えた。
「文次郎くんは、下半身の強化中心ですね。腰やお尻がしっかりしているので、槍使いを極めるなら踏ん張りがきくよう、体幹も重視した物になるかと。あとは、槍が折れた場合の対処法の体術……明の技も含めた練習かと」
体格に言及すると、潮江が照れくさそうにしていた。
「留三郎くんは、特殊な武器ですから武器の扱いは指導できません。ですから、全体的な筋力強化ですかね。バランスが大変いい体格ですので。全身運動がメインになるかと」
気分はまるで、ジムのトレーナーである。訓練では限界が来るので、六年生全員をわざと不利な相手と試合させる等するつもりである。
「とはいえ、これは武人の考えが大分入ってますから、忍者向きかどうかは判断できませんので、ご了承ください」
「いや、頼んだのはオレ達なんだ。澪さんがオレと留三郎との戦いで、そこまで考え出せているのは凄いと思う。なんと言うか、澪さんはかなりの才能があるようだが、声をかけられたりはしなかったのか?」
文次郎が感心しつつも、そんな問いかけをしてきた。まぁ、戦う事は好きだし男なら天下無双と評価されたこともある。だが、そこは澪は女だ。幾ら強くても、評価してくれるかどうかは別の話である。
「ーー文次郎、澪さんは女性だぞ。察しろ」
コホン、と咳払いして仙蔵が言うと文次郎がハッとした顔をした。途端にバツが悪そうになる。
「気にしてないですよ、仙蔵くん。そうですねぇ、武人の元父上には手放しで褒められたりしましたが、どこぞからスカウトとかは流石に無かったですね。過去、さるお城の姫君の側に縁があって、遊び相手として侍った事がありますが、母の離婚で城を出ていく結果に終わりましたし。そこでそのままいたら、姫君の侍女兼護衛になっていたかもしれませんね」
「姫君の遊び相手ということは、元お父上が城で仕えていたのかい」
お城と言うパワーワードに全員の顔つきが変わる。伊作が興味津々に尋ねてくるので、シナにもした話をする。
「元父上はお殿様の右筆だったんです」
「それはまた……お父上もそうだが、澪さんのお母上も凄いなぁ」
伊作が感心したように言う。まぁ、右筆というのは字が上手いなら誰でもなれるわけでなく、由緒ある右筆を仕事にしてきた一族の血統がつくのが大半だ。
澪の元父親も、そうした一族の出自で再婚とはいえ、よくもまぁ母と結婚した物だと思う。そんな元父親と母の結婚生活は、大体一年半くらいで終わった。
そんなわけで、澪が城に上がっていた期間は数ヶ月程度の話である。
「ちなみになんだが、どんな元父親がいたか教えてもらえたりするのか?」
じーっと、小平太が見つめてくる。大きくて丸い瞳のせいか、小平太が六年生の中では一番年相応な見た目をしている。少し童顔気味に思う澪である。
「いいですよ、別に」
隠す程でもないので、母が再婚していた順番から辿るように説明した。
「元組頭をしていた忍者の父上が最初でーーその後は、大工、漁師、武人、料理人、右筆、代官ですね。最後は明人を捕まえた母がわたしを置いて、大陸に行ったのでその人にはお世話になりましたが、父親とは言いづらいかなぁと」
「もそ、代官とは何の?」
「兵庫に来るまで、石見にいたんです。わたしの最後のお父上は、お殿様に派遣された現地で銀山を監督する代官でした」
長次に続きを促され、説明を終える。するとどういうわけか、皆んな複雑そうな顔をしていた。
「おいおい、オレ達が言うとあれかもしれないが、何でこんな所に居るんだ。普通に再婚相手の連れ子とはいえ、いい所のお嬢様じゃないか」
留三郎の顔が引き攣っている。まぁ、確かに後半の再婚相手、澪からすればお殿様に仕える料理人だった父親辺りから、華々しくなっている気がしないでもないがーー。
特に、銀山の代官なんて忍びからしたら、立派な被官を受けた身分である。
随分と昔の記憶を辿ると、そう言えば大工は大工でも城の建設を任されるような親方だったし、猟師もお殿様直々の依頼でハントに出掛けるような人だった。
マジで優秀な男を狙って落とす恐ろしい母である。最後の明人に至っては、私的貿易船を持つくらい裕福なあちらの商人である。ちなみに、戦国時代において明と日本の間に公的な貿易はなく、ほとんどが私的貿易船との取り引きによるものである。
つまり、それだけ日本にやってくる明人は金があるということなのだ。無論、その中には真っ当な商売人だけではなく、海賊紛いの者だっている。まぁ、商売人だが政府非公認の密貿易人なので、あまり褒められたものではないが。
そんな彼等を軽蔑し、日本等をはじめとする外国の海賊と一緒くたにして大陸では倭寇と称すのだ。まぁ、明とその影響を色濃く受ける朝鮮が、自国以外を下に見るのは今に始まったことではない。大昔からだ。澪の世界で、卑弥呼の時代からそうだったように、こちらでもそれは変わらない。
母が再婚した明人は、拳法の達人だった。外国人だからと差別なんてせず、気さくな人で澪の怪力を見て面白いからと、色々と親切に教えてくれたが、本人が無茶苦茶強いロマンスグレーの外国人を捕まえた母が今更ながら恐ろしい。
その母と見てくれだけは良くも悪くも似た澪であるが、同じ真似ができる気が全くしない。
「……まぁ、母のおかげですかね」
爆速で再婚を繰り返していたが、毎度ラブラブだった母。娘の前で再婚相手といちゃつきながらも、切る時は後腐れなく去っていた。もうそこまでくると、ある意味天才である。
「澪さんのお母さんかー、美人なんだろうなぁ」
ほぅ、と息を吐く伊作。澪の容姿が整っているだけに、凄い美女だと想像しているんだろう。まぁ、娘の澪から見ても突き抜けた美人だった。澪は天女だと元父親達にも褒められていたが、母は女神扱いだった。
実際、澪は肉親なので見慣れただけだが、そうでなかったら母は同性でも見惚れてしまう華々しい美貌の持ち主だった。
「なぁ、本当の父親の事は知らないのか?」
会話の流れで気になったのだろう。文次郎が問いかける。澪が一言も喋らないせいだろう。そんな文次郎の背中を笑顔の仙蔵が強めに叩いた。
「詮索し過ぎるのは失礼だぞ。これだけ話してくれているのに」
口早に注意する仙蔵。途端に文次郎が慌てている。
「別にいいですよ。本当の父親について、話せる事が何もないので」
「うぅ、つい聞いてしまった。すまない、澪さん」
「ふふ、だから気にしてません。物心つくころには元忍者の父親がいましたから。その後、沢山の父親ができましたけど、皆んなわたしに凄く優しくて素晴らしい人達でした。実の父親については、どこの誰かを母が話す事がなかったので、それでいいんです」
へにゃ、と仙蔵に嗜められて困ったような顔になる文次郎になるべく優しい声で答える。
澪がただの子どもだったなら、ひょっとして本物の父親が気になって、それこそ母が何も言わないならと父親探しの旅に出たかもしれない。
だが、澪は何の因果か前世の異なる世界の記憶を有してこの不思議な戦国に生を受けた。
だから、父親と一緒にならずに身重であるのも構わず、何処とも知れぬ場所で澪を産んだ母の事を思うと父親について聞けなかった。
澪にとって母は、生みの親である事は勿論、この世界で一番信用できる拠り所だった。母であり、姉であり、妹であり、親友にもなる。そんな存在だった。今更ながら、明に行ってしまった母を思うと、少し寂しいが顔には出さないし、出せない。
その誰より信頼する母が何も言わないのだ。多分、知らない方がいい理由があるのだろう。澪に分かるのはそれまでだ。
「何でもかんでも、真実を聞くのがいい事とも限りません。知らない方がいい事だって沢山あります。母が語らなかったなら、わたしはそれを受け入れるまで……」
澪は脳裏に浮かぶ母の姿をリセットするように、一度だけ目を閉じてすぐに開く。目の前には忍術学園の医務室にいる最高学年の忍たま達。ここは、自分でまさしく勝ち取った新しい居場所だ。
これからここで、澪は澪の人生を歩むのだ。ここ以外の場所へ行く事になったとしても、忍術学園での日々は、今でも楽しいのだから澪の中で色褪せずに、輝く物になるに違いない。
目の前にいる少年達と、その光景を慈しむように見て澪は微笑む。
その天女のような姿で笑む澪の破壊力に、六年生全員が固まった。
「っーー正気になれオレ。これはゴリラ、ゴリラ……」
「女じゃない、女じゃない、女じゃない……!」
「失礼ですね」
澪の笑顔を前に固まっていた、文次郎と留三郎がそんな事を言って顔を覆った。二人とも年頃の少年だ。天女な見た目に大方、動揺したのだろうが正気の戻し方が酷い。
でもまぁ、彼等はちゃんと半助の誘いに乗って裏山にやって来た。ある意味、澪の裸を見てしまった責任を取ったのだ。
随分と痛い責任の取り方になってしまったが、忍たま最上級生全員と澪の関係が深まるいい機会となったに違いない。
「さて、ここにずっと長居するのはよくありません。まだ話し足りないなら、食堂でご飯を食べながらにしませんか。もうそろそろ夕餉の時間ですよ」
外を見ると一部が茜色になっている。そろそろ腹も空いて来たはず、と声をかけると六年生全員が頷いた。
この日、食堂で六年生に囲まれて仲が良さそうに話す澪が目撃され、それを見た澪と関わりのある下級生達が羨ましそうにしていた。
ーーその光景を見ていた一年は組の生徒から、澪と六年生達の事を聞いた半助が、嫉妬とストレスで胃痛を覚えたのは、また別の話である。
