第4話 責任の取り方
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ーー凄まじい武人だ。
澪と出会いそして戦った七松小平太が、最初に抱いたのはそんな感想である。
細身の体躯から繰り出される、あらゆる法則を無視した怪力と、怪力だけではない天賦の才とも言うべき技の美しさを目にして、さながら舞うようだと思った。
般若面のその下には、天女の美貌があったのは驚きだった。容姿の良いくのたま達を知っている小平太ですら、息を呑む美しさたるや。
だから、羅刹だと思ったのだ。
羅刹とは、力が強く人を喰らう鬼と言われてるが仏教においては護法善神が一柱、毘沙門天の配下でもある。悪い鬼が、良い鬼となった例とも言える。小平太としては後者の意味で、羅刹だと澪に言ったのだが言葉が足りなかったようで、注意されてしまった。
せめて羅刹女と言えばよかった。それなら、猛々しい女性と受け取ってもらえたかもしれない。
小平太は、こんなに強くて美しい少女を見た事がない。多分、この広い日ノ本を古今東西探しても、澪のような女には出会うまい。
その強さは圧倒的で、姿は美しく心根も悪くなさそうとあればーーこれは、恋慕せずにはいられない。
なるほど、これが所謂一目惚れというやつか。
一目惚れなんて、相手の容姿しか見てないようで小平太としては、そんな事が自分に起こるとは思ってもみなかったのだが、澪が強烈過ぎた。
だが、いきなり結婚してくれなんて流石に言えない。自分は学生だし、澪だって学園に雇われたばかりの身の上だ。
互いに破滅する可能性のある言葉を迂闊に吐けるほど、短慮ではない。
だからせめて、誰の物でもないことを確認したかった。
こんないい女、目をつける男が幾らいてもおかしくない。怪力は恐ろしいかもしれないが、同時に純然たる力は人を惹きつけもするのだ。
小平太と同じ感覚の男が何処に居てもおかしくはない。ましてや、この世は乱世だ。圧倒的な力を持つ澪に惹かれる者は平和な時より多いだろう。
小平太の問いに対する澪の答えは、彼女にはよき人がいないという嬉しい返事だった。よかった、とホッとした。一目惚れが結実しないまま一瞬で終わるのは、地味に響くからだ。
最初の出会いから、澪とは中々簡単に会えない日が続いた。見かける事はあっても、有能なだけに彼女はあちこち用事があるようで、小平太自身も課題やら何やらですれ違っていた。
もう、いい加減無理にでも話しに行きたい。仙蔵や伊作が稽古をつけてもらっているのも羨ましくて、小平太は宿舎で同室の中在家長次に思わず相談してしまった。
「長次、澪さんに会うにはどうしたらいいと思う?近付きたくても、中々うまくいかないんだ!」
もう、この一言で小平太が澪に気があるのがバレバレである。とはいえ、長次は付き合いが長いせいでとっくに分かっていたのか、呆れたような顔をしていた。
「小平太……また難しい相手に惚れたな」
「だろうな、わたしもそう思う!澪さんはまるで、とても険しい峰のようだ。が、仕方ないだろう。あんな娘は他にはいないだろうから」
顔にある傷が痛むせいで、無口が基本の長次であるが、本人はもともと無口を好むわけでもない。同じ組の小平太に対しては何かと話しをしてくれる。とはいえ、そんなに長い会話を立て続けにするような物ではないが。
「もそ、多分、小平太が生徒の間は無理だ」
「だろうな!わたしもそう思う。口説くなら卒業した後だ。そのためにも、いい就職先を見つけないと」
下に弟妹が多い小平太は、兄弟達を養う手助けをするためにも条件のいい城に就職したいと思っている。たまに忍術学園で、六年生の腕前を偵察しにやって来る色んな城のスカウトマン達の目に留まるよう、腕をもっと磨かねばならない。
『いけいけどんどーん!』と言うのが楽しいのもあって、口癖になっている小平太だが現実的で洞察力もあり直感に優れる。決して、力業だけが得意の男ではないのだ。
そんなわけで、澪に対しては学生の内は目立って口説くような真似をするつもりはなかった。澪に対しては、好意をアピールはしてもあからさまに口には出さない。
嫁にしたくなるかもしれないと、出会った時に澪に言ったが、小平太としてはあれは自分の事だ。
卒業したら、何としても嫁にしたい。
あんなに美しい上に強い娘を嫁にした日には、両親も弟妹も大喜び間違いなしである。
「会いたいなら澪さんがどうしているかを、事前に把握して動くしかない」
「そうだなっ。先生達に聞いてみて会えそうなら突撃しよう」
待つのではなく、自ら行かねば成すこともままならない。道理に沿った話に小平太は頷いて、早速澪の予定を確認した上で、ゆっくり話しができる機会を掴む事にした。
それが食堂での待ち伏せに繋がった。
前日に夜の忍務もあり、ピタリと自分と澪が出会えそうな時間が重なったのである。
これを逃す手はないので、怪しまれぬよう長次も誘って向かった先で計画通り澪と会い、そしてそこで思わぬ事を聞いてしまった。
潮江文次郎と食満留三郎が、風呂場で澪と鉢合わせし互いに全裸を見たと言うではないか。
ーー今度、鍛錬に付き合えと誘って二人に本気で挑んでやろうか。
正直、羨ましい。自分だったらよかったのにと、小平太の胸には苦い思いが込み上げた。なるほど、これが嫉妬かーーと、どこかで冷静に思う自分がいる。なかなかに胸糞が悪いと思った。
澪と犬猿組の事故に対し、反応したのは自分や長次だけではなかった。あまりの事に驚いて咽せてしまった長次はともかくとして、近くにいた土井半助が野村雄三に止められる勢いで、騒いでいたのだ。
普段から一年は組の教科担当として、穏やかな一面を見せる事が多く、若いながらも実力のある半助がこんな風に騒ぐのを、少なくとも小平太は初めて見た。
ーーひょっとして、澪に気があるのか。
それは同じく澪に好意を寄せる男としての勘だった。時折、澪を熱っぽく見つめる眼差しといい、口にこそ出さないが態度がそれとなく気持ちを語っており、ともすると小平太より余程にあからさまである。
多分、澪のすぐ隣で半助を見ていた山本シナの目が、半助におや、という眼差しを向けていた事から、おそらくはシナも半助の恋心に気が付いたのだろう。
まさかあの半助が、と小平太は少しだか驚いたが、相手が澪なのを知って納得もした。澪に魅せられる気持ちに、素直に共感できるからだ。
半助の澪への恋慕が確定したのは、裏山で文次郎と留三郎が澪にボコボコにやられた試合の後での事だ。
小平太としては、ごく自然に近付いただけなのに威嚇するように、半助から離れろと言われた。
確かに、年頃の女子に近付き過ぎるのはよくはない。だが、単に教師としての配慮だけとは思えず、明らかに牽制と少しの嫉妬を含んでいる台詞であると、小平太は感じ取った。
「小平太……気付いたか」
気絶してしまった文次郎達を運んでいる道中、長次から確認するような囁きがあった。多分、様子を近くで見ていた彼も気が付いたのだろう。
「ああ、厄介な相手だな。でも、わたしと同じで片思いに違いない。面白いじゃないか」
「もそ、相手にとって不足はないと?」
「向こうはわたしと違って大人だからな。だが、相手は険しい峰なんだ。邪魔しながら登れば、頂きにわたしの方が先に着くこともあると思わないか」
具体的には何とは言わずとも、長次には通じたらしい。仏頂面で頷いた。どうやら、応援してくれるらしい。
「いけいけどんどーん!負けんぞぉ!はははっ」
「いきなり何なんだ、小平太。五月蝿いぞ!」
気を失った二人を運びながら裏山を下りていたせいで、仙蔵から叱責が飛んだ。ちなみに、気絶した二人は最初こそ他の六年生が運んでいたが、大変だろうし二人が気絶しているなら……と、今は澪が両肩に担いでいる。
やっぱりいい女だ。こんな女は絶対他にはいない、と小平太はキラキラした眼差しを澪に向けていた。
++++++
裏山から程なくして、忍術学園に帰還した澪は気絶した潮江と食満を医務室に横たわらせた。
校医の新野は今日は休みらしく、伊作が二人を手当し、澪もそれを手伝った。六年生達は今日はこれという授業もないらしく、揃って医務室に居座る格好になった。
そんなわけで、すっかり気を失っている二人が起きるまで、澪は暇つぶしも兼ねて六年生と会話する事になった。
「澪さんと、こうしてゆっくり話ができるなんて嬉しいなぁ」
せっかく話をするならと、伊作がお茶を淹れてくれた。にこにこほわほわとした笑顔は見ていて癒される。保健委員というのは彼にピッタリだ。
ーーが。
「危ないっ!」
急須に淹れた熱いお茶を湯呑みに注ぐ際、蓋を押さえられておらず、そのせいで傾けたタイミングで急須の中のお茶がひっくり返りかけた。慌てて、気付いた澪が伊作から急須を奪い取る。
「あっ、ごめんね」
「いえ、溢れなかったので大丈夫です」
しょぼんとする顔を見て、何となくその顔が半助と被る澪である。歳下男子の醸しだす空気が、何処となく似ているせいか。
「お茶はわたしが注ぎます。伊作くん、そんな顔しなくていいですよ」
「あはは、ありがとうございます」
伊作は失敗してしまった事を気にしているようだ。澪を見る眼差しがそわそわしている。
「伊作くん。わたし気にしてませんし、怒ったりしませんから」
「あっ、うん。わかってるよ、澪さんが気にしてないって!でも、僕は不運に見舞われやすいし、ドジも六年生の中では踏みやすいから。自己嫌悪していたんだ」
へにゃ、と困ったように笑う伊作。
不運、と言うのは彼とずっと行動を共にしているわけでもないので分からないが、ドジをしやすいというのは分かる気がする。
でも、ドジで言えば伊作より年上の事務員の小松田秀作がやらかす物の方がやばい。
澪も目の当たりにして、吉野の苦労が分かったくらいだ。せっかく炭をすりおわった硯をひっくり返したり、書類を紐で閉じるのに切通で穴を開けようとしたら、お約束のように指に刺して、痛みの余り悶絶してあちこち書類をひっくり返したりetc…。
学園への出入りの気配にだけは、人感センサーさながらに敏感なのにサインさえすれば中に全員通してしまうザル警備である。秀作は、秀でたドジを作るという意味の名前なのかな?と失礼ながら思うほどである。
「伊作くん」
ぽん、と澪は伊作の肩を叩いた。
「これは、南蛮のーーあちらで主に信仰されているキリスト教の教えが載った聖書と言う本にある一節なんですけど。神様は乗り越えられる試練しか与えないんだそうです。不運が試練だと思えば、人より試練の多い伊作くんは、神様に愛されていると、わたしは思いますよ」
ようは気の持ちようである。不運があっても、それを乗り越えられる気持ちを持たねば人間の心は簡単に折れてしまう。澪は別にキリスト教を信仰してはいなが、仏教にはない彼等の考え方については、取り入れた方がいい教えがあると思っている。
「ほぅ、澪さんは南蛮の教えに詳しいんだな」
「博多にいた事があるんですよ。あちらでは多くの宣教師がいました。そこで彼等の教えに触れる機会が多かったんです。わたしは信者にはなりませんでしたが、いい教えだなと思えば素直に感心しましたよ」
仙蔵が興味深そうに見てくるので、そう返しておく。
「神様に愛されてる……そんな事、初めて言われました」
ぽっ、と伊作の頬に赤みがさした。これは照れているのだろうか。
「大体、不運なんてものは粉砕してしまえばいいんですよ。強くなって」
「澪さんらしい、いい意見だな!」
澪だって、数々の不運に見舞われてきた。山賊に襲われたり、熊に襲われたり、見目がいいからと人攫いの集団に捕獲されそうになったりetc……。
大体、その度に相手を倒したり捻り潰したりして、ものを言わせて来た。
舎弟にしてくださいとか、女王様とお呼びしていいですかとか、危険な物の中にはもっと殴って罵ってくださいとかもあったが、そんな奴らも全てかっ飛ばして来た。
思えばこの怪力のおかげで苦労もしたが、救われてもきた。神様とやらの悪戯か何かは知らないが、時々文句は垂れつつも何やかんや今のところ楽しい人生である。
「澪さんの話は、面白い。何を経験して来たか、わたし達によければ教えてほしい……もそ」
「長次の言うとおりだ。澪さんは、お母上とどんな風に過ごして来たんだ。色々な元父親達の話もあるのだろう。話してもいい範囲で是非」
長次と仙蔵が興味津々に話しかけてくる。
澪の過去なんて請われれば、教えてもいい範囲で話すのに否はない。医務室という密室が影響してか、六年生達はやけに積極的である。
「では、わたしにも皆んなの面白い過去の話とかあったら教えてください。それがわたしがお話しする条件です」
過去を話すことは、己の短い歴史を語る事だ。そして、相手と仲良くなる術でもある。
「勿論、いいぞ。澪さんがお腹を抱えるくらい面白い話をしてみせるっ」
「面白い話ですか……ぼくのでよければ!」
「ふふっ、学園に長くいると色々あるからな。よかろう」
「もそ……楽しそうだ」
澪の提案に全員好意的だ。澪は一つ頷いて、まずは彼等が聞きたがっている自分の話をしようと、ゆっくり記憶を辿りつつ口を開いた。
「では、まずはわたしの覚えている一番古い事からーー」
この話が終わったら、彼等の話を聞けるだろう。それが少し楽しみだった。
澪と出会いそして戦った七松小平太が、最初に抱いたのはそんな感想である。
細身の体躯から繰り出される、あらゆる法則を無視した怪力と、怪力だけではない天賦の才とも言うべき技の美しさを目にして、さながら舞うようだと思った。
般若面のその下には、天女の美貌があったのは驚きだった。容姿の良いくのたま達を知っている小平太ですら、息を呑む美しさたるや。
だから、羅刹だと思ったのだ。
羅刹とは、力が強く人を喰らう鬼と言われてるが仏教においては護法善神が一柱、毘沙門天の配下でもある。悪い鬼が、良い鬼となった例とも言える。小平太としては後者の意味で、羅刹だと澪に言ったのだが言葉が足りなかったようで、注意されてしまった。
せめて羅刹女と言えばよかった。それなら、猛々しい女性と受け取ってもらえたかもしれない。
小平太は、こんなに強くて美しい少女を見た事がない。多分、この広い日ノ本を古今東西探しても、澪のような女には出会うまい。
その強さは圧倒的で、姿は美しく心根も悪くなさそうとあればーーこれは、恋慕せずにはいられない。
なるほど、これが所謂一目惚れというやつか。
一目惚れなんて、相手の容姿しか見てないようで小平太としては、そんな事が自分に起こるとは思ってもみなかったのだが、澪が強烈過ぎた。
だが、いきなり結婚してくれなんて流石に言えない。自分は学生だし、澪だって学園に雇われたばかりの身の上だ。
互いに破滅する可能性のある言葉を迂闊に吐けるほど、短慮ではない。
だからせめて、誰の物でもないことを確認したかった。
こんないい女、目をつける男が幾らいてもおかしくない。怪力は恐ろしいかもしれないが、同時に純然たる力は人を惹きつけもするのだ。
小平太と同じ感覚の男が何処に居てもおかしくはない。ましてや、この世は乱世だ。圧倒的な力を持つ澪に惹かれる者は平和な時より多いだろう。
小平太の問いに対する澪の答えは、彼女にはよき人がいないという嬉しい返事だった。よかった、とホッとした。一目惚れが結実しないまま一瞬で終わるのは、地味に響くからだ。
最初の出会いから、澪とは中々簡単に会えない日が続いた。見かける事はあっても、有能なだけに彼女はあちこち用事があるようで、小平太自身も課題やら何やらですれ違っていた。
もう、いい加減無理にでも話しに行きたい。仙蔵や伊作が稽古をつけてもらっているのも羨ましくて、小平太は宿舎で同室の中在家長次に思わず相談してしまった。
「長次、澪さんに会うにはどうしたらいいと思う?近付きたくても、中々うまくいかないんだ!」
もう、この一言で小平太が澪に気があるのがバレバレである。とはいえ、長次は付き合いが長いせいでとっくに分かっていたのか、呆れたような顔をしていた。
「小平太……また難しい相手に惚れたな」
「だろうな、わたしもそう思う!澪さんはまるで、とても険しい峰のようだ。が、仕方ないだろう。あんな娘は他にはいないだろうから」
顔にある傷が痛むせいで、無口が基本の長次であるが、本人はもともと無口を好むわけでもない。同じ組の小平太に対しては何かと話しをしてくれる。とはいえ、そんなに長い会話を立て続けにするような物ではないが。
「もそ、多分、小平太が生徒の間は無理だ」
「だろうな!わたしもそう思う。口説くなら卒業した後だ。そのためにも、いい就職先を見つけないと」
下に弟妹が多い小平太は、兄弟達を養う手助けをするためにも条件のいい城に就職したいと思っている。たまに忍術学園で、六年生の腕前を偵察しにやって来る色んな城のスカウトマン達の目に留まるよう、腕をもっと磨かねばならない。
『いけいけどんどーん!』と言うのが楽しいのもあって、口癖になっている小平太だが現実的で洞察力もあり直感に優れる。決して、力業だけが得意の男ではないのだ。
そんなわけで、澪に対しては学生の内は目立って口説くような真似をするつもりはなかった。澪に対しては、好意をアピールはしてもあからさまに口には出さない。
嫁にしたくなるかもしれないと、出会った時に澪に言ったが、小平太としてはあれは自分の事だ。
卒業したら、何としても嫁にしたい。
あんなに美しい上に強い娘を嫁にした日には、両親も弟妹も大喜び間違いなしである。
「会いたいなら澪さんがどうしているかを、事前に把握して動くしかない」
「そうだなっ。先生達に聞いてみて会えそうなら突撃しよう」
待つのではなく、自ら行かねば成すこともままならない。道理に沿った話に小平太は頷いて、早速澪の予定を確認した上で、ゆっくり話しができる機会を掴む事にした。
それが食堂での待ち伏せに繋がった。
前日に夜の忍務もあり、ピタリと自分と澪が出会えそうな時間が重なったのである。
これを逃す手はないので、怪しまれぬよう長次も誘って向かった先で計画通り澪と会い、そしてそこで思わぬ事を聞いてしまった。
潮江文次郎と食満留三郎が、風呂場で澪と鉢合わせし互いに全裸を見たと言うではないか。
ーー今度、鍛錬に付き合えと誘って二人に本気で挑んでやろうか。
正直、羨ましい。自分だったらよかったのにと、小平太の胸には苦い思いが込み上げた。なるほど、これが嫉妬かーーと、どこかで冷静に思う自分がいる。なかなかに胸糞が悪いと思った。
澪と犬猿組の事故に対し、反応したのは自分や長次だけではなかった。あまりの事に驚いて咽せてしまった長次はともかくとして、近くにいた土井半助が野村雄三に止められる勢いで、騒いでいたのだ。
普段から一年は組の教科担当として、穏やかな一面を見せる事が多く、若いながらも実力のある半助がこんな風に騒ぐのを、少なくとも小平太は初めて見た。
ーーひょっとして、澪に気があるのか。
それは同じく澪に好意を寄せる男としての勘だった。時折、澪を熱っぽく見つめる眼差しといい、口にこそ出さないが態度がそれとなく気持ちを語っており、ともすると小平太より余程にあからさまである。
多分、澪のすぐ隣で半助を見ていた山本シナの目が、半助におや、という眼差しを向けていた事から、おそらくはシナも半助の恋心に気が付いたのだろう。
まさかあの半助が、と小平太は少しだか驚いたが、相手が澪なのを知って納得もした。澪に魅せられる気持ちに、素直に共感できるからだ。
半助の澪への恋慕が確定したのは、裏山で文次郎と留三郎が澪にボコボコにやられた試合の後での事だ。
小平太としては、ごく自然に近付いただけなのに威嚇するように、半助から離れろと言われた。
確かに、年頃の女子に近付き過ぎるのはよくはない。だが、単に教師としての配慮だけとは思えず、明らかに牽制と少しの嫉妬を含んでいる台詞であると、小平太は感じ取った。
「小平太……気付いたか」
気絶してしまった文次郎達を運んでいる道中、長次から確認するような囁きがあった。多分、様子を近くで見ていた彼も気が付いたのだろう。
「ああ、厄介な相手だな。でも、わたしと同じで片思いに違いない。面白いじゃないか」
「もそ、相手にとって不足はないと?」
「向こうはわたしと違って大人だからな。だが、相手は険しい峰なんだ。邪魔しながら登れば、頂きにわたしの方が先に着くこともあると思わないか」
具体的には何とは言わずとも、長次には通じたらしい。仏頂面で頷いた。どうやら、応援してくれるらしい。
「いけいけどんどーん!負けんぞぉ!はははっ」
「いきなり何なんだ、小平太。五月蝿いぞ!」
気を失った二人を運びながら裏山を下りていたせいで、仙蔵から叱責が飛んだ。ちなみに、気絶した二人は最初こそ他の六年生が運んでいたが、大変だろうし二人が気絶しているなら……と、今は澪が両肩に担いでいる。
やっぱりいい女だ。こんな女は絶対他にはいない、と小平太はキラキラした眼差しを澪に向けていた。
++++++
裏山から程なくして、忍術学園に帰還した澪は気絶した潮江と食満を医務室に横たわらせた。
校医の新野は今日は休みらしく、伊作が二人を手当し、澪もそれを手伝った。六年生達は今日はこれという授業もないらしく、揃って医務室に居座る格好になった。
そんなわけで、すっかり気を失っている二人が起きるまで、澪は暇つぶしも兼ねて六年生と会話する事になった。
「澪さんと、こうしてゆっくり話ができるなんて嬉しいなぁ」
せっかく話をするならと、伊作がお茶を淹れてくれた。にこにこほわほわとした笑顔は見ていて癒される。保健委員というのは彼にピッタリだ。
ーーが。
「危ないっ!」
急須に淹れた熱いお茶を湯呑みに注ぐ際、蓋を押さえられておらず、そのせいで傾けたタイミングで急須の中のお茶がひっくり返りかけた。慌てて、気付いた澪が伊作から急須を奪い取る。
「あっ、ごめんね」
「いえ、溢れなかったので大丈夫です」
しょぼんとする顔を見て、何となくその顔が半助と被る澪である。歳下男子の醸しだす空気が、何処となく似ているせいか。
「お茶はわたしが注ぎます。伊作くん、そんな顔しなくていいですよ」
「あはは、ありがとうございます」
伊作は失敗してしまった事を気にしているようだ。澪を見る眼差しがそわそわしている。
「伊作くん。わたし気にしてませんし、怒ったりしませんから」
「あっ、うん。わかってるよ、澪さんが気にしてないって!でも、僕は不運に見舞われやすいし、ドジも六年生の中では踏みやすいから。自己嫌悪していたんだ」
へにゃ、と困ったように笑う伊作。
不運、と言うのは彼とずっと行動を共にしているわけでもないので分からないが、ドジをしやすいというのは分かる気がする。
でも、ドジで言えば伊作より年上の事務員の小松田秀作がやらかす物の方がやばい。
澪も目の当たりにして、吉野の苦労が分かったくらいだ。せっかく炭をすりおわった硯をひっくり返したり、書類を紐で閉じるのに切通で穴を開けようとしたら、お約束のように指に刺して、痛みの余り悶絶してあちこち書類をひっくり返したりetc…。
学園への出入りの気配にだけは、人感センサーさながらに敏感なのにサインさえすれば中に全員通してしまうザル警備である。秀作は、秀でたドジを作るという意味の名前なのかな?と失礼ながら思うほどである。
「伊作くん」
ぽん、と澪は伊作の肩を叩いた。
「これは、南蛮のーーあちらで主に信仰されているキリスト教の教えが載った聖書と言う本にある一節なんですけど。神様は乗り越えられる試練しか与えないんだそうです。不運が試練だと思えば、人より試練の多い伊作くんは、神様に愛されていると、わたしは思いますよ」
ようは気の持ちようである。不運があっても、それを乗り越えられる気持ちを持たねば人間の心は簡単に折れてしまう。澪は別にキリスト教を信仰してはいなが、仏教にはない彼等の考え方については、取り入れた方がいい教えがあると思っている。
「ほぅ、澪さんは南蛮の教えに詳しいんだな」
「博多にいた事があるんですよ。あちらでは多くの宣教師がいました。そこで彼等の教えに触れる機会が多かったんです。わたしは信者にはなりませんでしたが、いい教えだなと思えば素直に感心しましたよ」
仙蔵が興味深そうに見てくるので、そう返しておく。
「神様に愛されてる……そんな事、初めて言われました」
ぽっ、と伊作の頬に赤みがさした。これは照れているのだろうか。
「大体、不運なんてものは粉砕してしまえばいいんですよ。強くなって」
「澪さんらしい、いい意見だな!」
澪だって、数々の不運に見舞われてきた。山賊に襲われたり、熊に襲われたり、見目がいいからと人攫いの集団に捕獲されそうになったりetc……。
大体、その度に相手を倒したり捻り潰したりして、ものを言わせて来た。
舎弟にしてくださいとか、女王様とお呼びしていいですかとか、危険な物の中にはもっと殴って罵ってくださいとかもあったが、そんな奴らも全てかっ飛ばして来た。
思えばこの怪力のおかげで苦労もしたが、救われてもきた。神様とやらの悪戯か何かは知らないが、時々文句は垂れつつも何やかんや今のところ楽しい人生である。
「澪さんの話は、面白い。何を経験して来たか、わたし達によければ教えてほしい……もそ」
「長次の言うとおりだ。澪さんは、お母上とどんな風に過ごして来たんだ。色々な元父親達の話もあるのだろう。話してもいい範囲で是非」
長次と仙蔵が興味津々に話しかけてくる。
澪の過去なんて請われれば、教えてもいい範囲で話すのに否はない。医務室という密室が影響してか、六年生達はやけに積極的である。
「では、わたしにも皆んなの面白い過去の話とかあったら教えてください。それがわたしがお話しする条件です」
過去を話すことは、己の短い歴史を語る事だ。そして、相手と仲良くなる術でもある。
「勿論、いいぞ。澪さんがお腹を抱えるくらい面白い話をしてみせるっ」
「面白い話ですか……ぼくのでよければ!」
「ふふっ、学園に長くいると色々あるからな。よかろう」
「もそ……楽しそうだ」
澪の提案に全員好意的だ。澪は一つ頷いて、まずは彼等が聞きたがっている自分の話をしようと、ゆっくり記憶を辿りつつ口を開いた。
「では、まずはわたしの覚えている一番古い事からーー」
この話が終わったら、彼等の話を聞けるだろう。それが少し楽しみだった。
