第4話 責任の取り方
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「まぁ、そんな事があったの。それは、確かにくのたまの長屋に簡易なお風呂の設置がいるかもしれないわね」
澪が潮江と食満の犬猿コンビに、互いの全裸でご対面してしまった日の翌朝。
澪は早速、美女の姿をしたシナに昨日何があったかを報告した。くのたま長屋で過ごす内に、シナとはすっかり打ち解けている澪である。
「それにしても、乙女の裸を見たのにお咎めなしなんて、随分と澪さんは優しいのね。わたしなら後で罠に嵌めるなりして仕返ししちゃうわ」
うら若い姿のシナは、おっとりしたおばあさんの姿をしている時と違って活動的で厳しくも優しい。潮江と食満に対し、シナの方が怒っていた。
「まぁ、月のものが来た時なんかは集団で使うお風呂は利用しにくいというのもあるし、小さなお風呂ならくのたまの長屋に作っても、そこまで男性陣から不満は出ないでしょう。学園長に今日にでもかけあってみるわね」
「是非とも、よろしく頼みます」
シナの手をぎゅっと握り、心からお願いすると美しい笑顔を返して請け負ってくれた。くのたま教室はシナを含めて、澪に全員好意的だ。
「そうだわ、澪さん。今度、くのたま教室でお茶やお華なんかの勉強をするのだけれど、澪さんが得意なものってある?わたしも教えるけれど澪さんも大丈夫そうなら、あの子達に教えてあげてくれないかしら」
くのたま教室では、忍たま達も習う忍術の勉強の他に様々な習い事がある。華道に茶道、和歌に琴等の楽器だ。多種多様な作法や芸事を身につけ、色んな場所に忍びとして違和感なく潜伏できるように、という事らしい。
「うーん」
忍者、大工、猟師、料理人、武人等。様々な元父親達がいたが、そんな雅な教えを本格的には受けていない。あえて言うなら、祐筆だった父親から嗜み程度に色々と仕込まれはしたが、人に教えられる程がどうかは判断が難しい。
「まぁ、少しなら習いはしました。でも自信が余りなくて」
「ということは、お茶やお華ができるのね?」
「嗜み程度です。お城に上がる機会がありましたので」
右筆だった父親に連れて行かれ、短い期間だったが姫君の遊び相手をしたりもした。
その際、知っておいて損はないと城に上がれるだけの作法は一通り教えられたが、母親が離婚したのでその後はせっかくの知識を活かす事はなかった。
「まぁ、お城に?それはまたどうして」
「父がお殿様の右筆をしていましたから。歳が近いので、姫君の遊び相手として一時お側におりました」
あのまま、母が右筆だった父と別れずにいれば姫君の侍女兼護衛としての道があったかもしれない。
「まぁ、そうだったのね。ちなみに、いつの話でどこのお城でとか教えてもらっても?」
「赤間関にあるお城です。確か、三年前くらいの話ですね。お殿様の名前は吉見です」
赤間関とは、現代日本で言うと下関の事だ。関門海峡を臨む、景色の良い場所である。あそこには朝鮮の船もよく来ていた。
史実では、赤間関は最終的に毛利の支配領域となるが、このなんちゃって戦国時代は日本全国見渡しても、京を押さえるーーすなわち、畿内に覇を唱える突出した大名が育っていない。
信長の登場がある前の日本に近い感じだ。そして、何よりこちらの世界では火器の普及が著しい。
多分、その事が天下統一を遅らせている原因の一つではないか、というのが澪の推測だ。
黒色火薬の原料のうち、硝石だけは唯一日本で産出しない。前世の日本で読んだライトノベルで得た知識で、澪は硝石が人工的にできる事を知ってはいるが、本格的に国産化されるのは江戸時代になってからだ。
また弾の原料である鉛にしろ、国産の物だけでは追いつかないのでこれも輸入となる。
つまり、輸入品の硝石や鉛は戦国時代では非常に高価であり、史実においては経済力のある大名ーーそれこそ、織田信長が武器商人であったイエズス会と堺の商人等の協力のもと、大量に銃火器を用意できた事が、天下統一の足掛かりとなった。
だが、こちらの世界ではどういうわけか割とどこも銃火器を所持している。多分、史実の戦国時代よりも大名達に豊かな資金力があるか、あるいは銃火器そのものの価値が低いのだろう。
あるいは、比べていないので分からないが、史実の日本よりこちらのなんちゃって戦国時代は、関所の数が少ない可能性だってある。関所が多いとそれだけ関税がかかるので、物価が上がりやすくなるからだ。妙に品が豊富な戦国時代なので、あり得そうではある。
故に、これはという抜きん出た大名が中々出てこない。結果、どこもそれなりの領地を削り取るだけで終わるような小競り合いを続けているというわけだ。
幸いなのは、史実のヨーロッパのように外国人達が攻撃的でない事だ。
これが本当に過去の世界なら、ヨーロッパはまさしく大航海時代に物を言わせ、宣教師を尖兵としてあちこち征服していたのだから。
ただし、博多や赤間関で切支丹の教えに影響された大名が、敗残兵や女子供を奴隷として売り飛ばしていたのを澪は知っている。
天下統一まで、日本人同士で争っていられる時間は実際の所、そんなに残されていないのかもしれなかった。
「ーー澪さん?」
「あっ、ごめんなさい。少し、考えに耽っていました」
澪の思考までは流石に知られる訳にはいかない。慌てて誤魔化した。
「よかったら、今度、わたしや先生方に澪さんの過ごした場所の事を教えてね。五畿内の情報なら入りやすいのだけれど、西の方は遠くになる程、中々に把握が難しくて」
「分かりました」
澪が兵庫に来る前に最後に過ごしたのは、石見である。幼少期は九州で過ごし、十二の時に赤間関に行ってからはずっと山陰で暮らしていた。
小さい頃の記憶はあやふやな部分もあるが、五年以内であればかなり鮮明である。状況が大きく変わっていなければ、学園にとっても価値のある話を提供できるかもしれなかった。
「ありがとう。そしたら、悪いのだけれど澪さんの礼儀作法をわたしに見せてもらって、問題なければくのたまの子達の授業の補佐についてもらっていいかしら」
「シナ先生が事前に確認してくださるなら、構いませんよ」
数年振りのため、身体が覚えているか心配だったので丁度良い。シナが確認して大丈夫なら、授業の補佐に十分つけるだろう。
それから。
シナと会話しながら、せっかくなので朝食を一緒に食べようということになった。
そして、味噌汁の匂いを漂わせる食堂にいざ入ろうとした時である。
「ーー澪さんっ!」
食堂から、元気よく緑の制服姿の六年生、小平太が飛び出してきた。ニコニコと満面の笑顔が朝から眩しい。
大方、廊下で話す澪達の声を聞いたのだろう。
「山本シナ先生も一緒なんですね。よかったら、わたしと長次と一緒に朝食を食べませんか?」
「ええ、いいですよ。シナ先生もそれでいいですか」
「ふふ、勿論よ」
シナから快諾をもらい、小平太が案内する席を見ると既に長次がおり、二人は丁度朝食を食べようとしていたのか、まだ手がつけられていないお盆に乗った朝ごはんがあった。
その近くでは、二年い組の実技担当教師、野村雄三と一緒に半助が食事を摂っていた。
「おはようございます、野村先生、土井先生」
職場のため、職場では半助のことを苗字で呼ぶように努めている澪である。見ると、朝食の冷奴に乗ったネギを食堂のおばちゃんが背を向けたタイミングで、半助の方に高速で移動させている野村の姿が見えた。
野村のネギとラッキョ嫌い、そして半助の練り物嫌いは学園でも有名で、その姿を見たシナは呆れた視線を野村へ向けていた。多分、食堂のおばちゃんとシナの仲がいいせいもあるのだろう。
「おはようございます、澪さん。山本シナ先生も。二人とも、今日もお美しいですなぁ」
ネギを半助に移動させ終わった野村がやり切ったせいもあってか、白い歯を見せて爽やかに笑っている。中々のイケメンだ。
澪の精神年齢的には、野村くらいの年齢の男性が恋愛の射程範囲に入るのだが、知的イケメンより渋い方が好みな澪である。
「澪さん、おはよう。山本シナ先生もおはようございます」
半助は野村から移されたネギを気にするでもなく、冷奴に醤油をかけていた。ひょっとしたら練り物とネギやラッキョを交換した事があるのかもしれない。
「そう言えば、小平太くんも長次くんもこんな時間に朝食なんて、早いですね」
授業の支度があるため、教師達は朝は早めに摂る事が多い。かくいう澪も教師の補佐に就く時はそうしており、今日は三年生の実技授業の補佐を受け持つ予定だ。
上級生ともなると、忍たまとはいえ難しい課題を負う事が増える。大方、そのせいだろうとは思ったが、挨拶代わりに尋ねる。
食堂のおばちゃんから朝食を受け取り、小平太と長次の席に座る。澪はシナと一緒に、小平太に長次と向かい合う格好になった。
「ああ、わたしと長次は深夜まで忍務があったんだ。夜の食事を抜いたから空腹でな、急いで食べに来たんだ」
「……もそ。一年は組はつい先日、野外実習をしたと聞いた。強盗退治だったと。お疲れ様、澪さん」
元気な小平太が明るい返事をする横で、ひっそりとした声で長次が喋る。対照的に見える二人だが、同室なだけあって気が合うのだろう。
「あ、そうだ澪さん。昨日の午後から文次郎と留三郎が急に二人して訓練だとか何とか言って、裏山に出かけたんだが、何か知っているか?」
「あの二人は、犬猿の仲だが昨日はいつも以上に張り合っていた。そして、今朝もまだ帰っていない」
小平太達は心配をしていると言った感じではなく、単純に犬猿コンビが気になるだけのようだ。
ーーあの二人が昨日何かあった事と言えば。
「そんなに、わたしと全裸で対面したのがショックだったんですかねぇ……」
「「ぐっふぁっ?!」」
タイミング的に何かあった心当たりがそれしかなかったので呟くと、小平太と長次が食べかけていたご飯に咽せていた。
「澪さんっ、それはちょっと言わない方が」
「はぁ、そうですか」
「んもぅ、若い女の子なのよ。もっと慎みを持って!」
澪の外見は少女でも、中身はこの時代ではとっくに薹が立った女のため、恥じらいやら慎みやらは同年代の少女と比べて恐ろしく低い。
「ーー澪さん」
ふと、半助の声がした。見ると、何やら物凄い迫力のような物を背負った半助が、こちらを睨むように見ていた。
「それはどういうことか、是非ともわたしにも教えてはもらえませんかね?」
「土井先生っ、確かにちょっとした事件ですが落ち着きましょ!」
「野村先生っ、これが落ち着けますか!年頃の男と女が裸でなんてっ…」
これは、やってしまったかもしれない。最早、和やかな朝食どころではない。
「ちょっと、ここは食堂よ。余り騒がしくしないで!」
案の定、食堂のおばちゃんから注意が飛んだ。
「すみません、静かにします」
「ふぅ、それでいいのよ。……で?」
慌てて原因の澪が謝罪すると、チラ、とおばちゃんが視線を寄越してきた。
「何があったのかわたしにも教えてちょうだい。内緒にするから、ひそひそと小さな声で話してもらえないかしら」
どうやらおばちゃんも興味があるらしい。何故か、キラキラした目で見つめられる。一方で、半助が睨むようにギラギラした目で見つめてくる。
カオスである。
「とりあえず、ご飯を食べてから話しますので暫しお待ちを」
これからは、慎みをちゃんと持つようにしようと、無駄な努力を決意する澪だった。
そして、ちゃっちゃっと朝ごはんを食べた。本日の朝ごはんは野菜の沢山入った味噌汁、卵焼きに大根おろしをつけたもの、そして冷奴である。魚の干物だともう少し時間がかかったかもしれないが、卵焼きのため比較的早めにご飯を食べ終わった。
食後のお茶を飲むタイミングで、集まった面々に昨日あった事を話す。
「ーーもそ、あの二人が悪い」
「そうだ、絶対に文次郎達が悪い。と言うか澪さんの裸なら、わたしが見たかった!」
「ダメに決まってるだろう。馬鹿者ー!」
「土井先生、気持ちは分かりますが落ち着いてっ」
男達の反応は、長次を除き騒がしい。小平太は正直過ぎてどうかと思う。オープンに助平な方がいやらしさが少ないので、ムッツリよりはマシかもしれない。とはいえ、そこは澪と同じで慎みもとい、TPOの学習が必要かもしれなかった。
「澪ちゃん、そこはもっと怒んないと!」
「ですよね、おばちゃん。わたしもそう思ったわ」
女性陣は、澪に対し物足りなく思ったようで意見が一致していた。
「そうですかね。わたしも向こうの裸を見たわけですし、おあいこかと」
「そんなわけないでしょう。男性と女性では女性の方が外聞に傷が付きやすいのに。澪ちゃんなら大丈夫かもしれないけど、お嫁にいけなくなるとかあるかもしれないじゃない」
食堂のおばちゃんが、困ったような顔をしている。
まぁ、この世界ではその反応が正しい。たかが裸を見られたくらいと侮るなかれ。携帯なんぞない時代、噂は真偽の程はともかくとして大事な情報源だったのだ。
どこぞの男女が裸を見せ合った、なんてなれば女の方が被害に遭いやすいのである。
男尊女卑な封建社会らしいといえばらしいが、それで人生が台無しになるなんて事になったら悲劇でしかない。
「わかっていますよ、だから二人に注意したんです。これがくのたまだったら、どうするのかと」
自分はいい。見られたって、精神年齢がアレだし、仮にそうなってもそんな噂で澪の事を遠ざける男なんてこちらから願い下げだ。
だが、くのたま達はまだまだ若くて傷つきやすい少女達だ。
いくら、くのいちの術を学んでいるからって、男に裸を見られて平然とはできまい。
「わたしはいいんですよ。減るもんじゃなし。むしろ、わたしでよかったとも思ってます。くのたまの子達じゃなくて、本当によかった」
「もう、澪さんたら。同じ女で何だか残念だわ。男の方だったら惚れてるわ。わたし」
澪がくのたまの生徒達を保護する姿勢にシナが苦笑いしていた。
ふと見ると、半助もいつの間にか大分落ち着いている。何故か、澪を見て何だか半助の目が潤んでいる。
生徒思いの半助の事だ。
澪の天晴れな台詞に感じるものがあったのかもしれない。
「もそ、澪さんは格好いい」
「本当だな。潔い性格というか。見習いたいぞ」
「それはどうも」
温かいお茶を飲むと、身体がほっこりする気がした。長次と小平太も、澪と同じくお茶を飲んでいる。
「澪さん、どうせならこれを機に二人とぶつかって、すっきりさせてあげたらどうだい」
「え?」
ふいに、半助が急に提案をしてきたので澪は目を見開いた。
一瞬、何のことか分からなかったが、そう言えば澪の裸を見た二人には仙蔵と伊作の両名から喝を入れてほしいとお願いされていたのを思い出した。
「声を掛けるのは、わたしからしておこう。あの二人は当面、君を避けるだろうから。でも、わざとではなかったとはいえ、女性の裸を見たんだから、何か仕置きはした方がいい」
何故か、半助がイキイキして見えてきた澪である。何でそんな楽しそうなんだ。見ると、半助につられたかのように小平太や食堂のおばちゃんまで、何をする気なのだろうかとワクワクした顔を見てしていた。
「仕置き、ですか?」
「あの二人を、澪さんがもう一度相手してあげたらいいさ。ただし、簡単には倒さないこと。二人の何が悪いかを強めに指導しながらやるんだ、ビシバシと、生かさず殺さず扱いてやるといい。大丈夫、戦ってる間はわたしも見ておくから。どうせなら、は組の良い子達にも見せよう。その方が勉強になるだろうし」
つまりあれか、熱血先生をやれということか。そういうのは、武人の元父親を見習ってやろうと思えばできるが。
「まぁ、いい案ですわね。どうせなら、二人がボロボロになって起き上がれなくなるまでやりましょう。くのたまの子達にも勉強のために見学させますわ。勿論、わたしも見ます」
「ほぅ、そう言うことならうちのクラスも」
「なら、わたしも見学するー!」
「もそ…わたしも」
「ご飯の支度が大丈夫そうなら、わたしも行こうかしら」
あれよあれよとギャラリーが増えていく。学園全員でこそないとはいえ、潮江と食満からすると、澪に扱かれるだけでなく、それを大勢に見られるなんて口惜しいのではないか。
思春期のプライドなんて、粉微塵にして吹き飛ばしそうな話である。
しかし、これは断れないヤツだ。
既にその気になってしまっている人が、多すぎる。
「ーー分かりました。やってみます、土井先生」
何でこんなことになるのやら。
そう思った澪だが潮江と食満の二人こそ、この場にいれば、間違いなくそう愚痴ったに違いない。
澪が潮江と食満の犬猿コンビに、互いの全裸でご対面してしまった日の翌朝。
澪は早速、美女の姿をしたシナに昨日何があったかを報告した。くのたま長屋で過ごす内に、シナとはすっかり打ち解けている澪である。
「それにしても、乙女の裸を見たのにお咎めなしなんて、随分と澪さんは優しいのね。わたしなら後で罠に嵌めるなりして仕返ししちゃうわ」
うら若い姿のシナは、おっとりしたおばあさんの姿をしている時と違って活動的で厳しくも優しい。潮江と食満に対し、シナの方が怒っていた。
「まぁ、月のものが来た時なんかは集団で使うお風呂は利用しにくいというのもあるし、小さなお風呂ならくのたまの長屋に作っても、そこまで男性陣から不満は出ないでしょう。学園長に今日にでもかけあってみるわね」
「是非とも、よろしく頼みます」
シナの手をぎゅっと握り、心からお願いすると美しい笑顔を返して請け負ってくれた。くのたま教室はシナを含めて、澪に全員好意的だ。
「そうだわ、澪さん。今度、くのたま教室でお茶やお華なんかの勉強をするのだけれど、澪さんが得意なものってある?わたしも教えるけれど澪さんも大丈夫そうなら、あの子達に教えてあげてくれないかしら」
くのたま教室では、忍たま達も習う忍術の勉強の他に様々な習い事がある。華道に茶道、和歌に琴等の楽器だ。多種多様な作法や芸事を身につけ、色んな場所に忍びとして違和感なく潜伏できるように、という事らしい。
「うーん」
忍者、大工、猟師、料理人、武人等。様々な元父親達がいたが、そんな雅な教えを本格的には受けていない。あえて言うなら、祐筆だった父親から嗜み程度に色々と仕込まれはしたが、人に教えられる程がどうかは判断が難しい。
「まぁ、少しなら習いはしました。でも自信が余りなくて」
「ということは、お茶やお華ができるのね?」
「嗜み程度です。お城に上がる機会がありましたので」
右筆だった父親に連れて行かれ、短い期間だったが姫君の遊び相手をしたりもした。
その際、知っておいて損はないと城に上がれるだけの作法は一通り教えられたが、母親が離婚したのでその後はせっかくの知識を活かす事はなかった。
「まぁ、お城に?それはまたどうして」
「父がお殿様の右筆をしていましたから。歳が近いので、姫君の遊び相手として一時お側におりました」
あのまま、母が右筆だった父と別れずにいれば姫君の侍女兼護衛としての道があったかもしれない。
「まぁ、そうだったのね。ちなみに、いつの話でどこのお城でとか教えてもらっても?」
「赤間関にあるお城です。確か、三年前くらいの話ですね。お殿様の名前は吉見です」
赤間関とは、現代日本で言うと下関の事だ。関門海峡を臨む、景色の良い場所である。あそこには朝鮮の船もよく来ていた。
史実では、赤間関は最終的に毛利の支配領域となるが、このなんちゃって戦国時代は日本全国見渡しても、京を押さえるーーすなわち、畿内に覇を唱える突出した大名が育っていない。
信長の登場がある前の日本に近い感じだ。そして、何よりこちらの世界では火器の普及が著しい。
多分、その事が天下統一を遅らせている原因の一つではないか、というのが澪の推測だ。
黒色火薬の原料のうち、硝石だけは唯一日本で産出しない。前世の日本で読んだライトノベルで得た知識で、澪は硝石が人工的にできる事を知ってはいるが、本格的に国産化されるのは江戸時代になってからだ。
また弾の原料である鉛にしろ、国産の物だけでは追いつかないのでこれも輸入となる。
つまり、輸入品の硝石や鉛は戦国時代では非常に高価であり、史実においては経済力のある大名ーーそれこそ、織田信長が武器商人であったイエズス会と堺の商人等の協力のもと、大量に銃火器を用意できた事が、天下統一の足掛かりとなった。
だが、こちらの世界ではどういうわけか割とどこも銃火器を所持している。多分、史実の戦国時代よりも大名達に豊かな資金力があるか、あるいは銃火器そのものの価値が低いのだろう。
あるいは、比べていないので分からないが、史実の日本よりこちらのなんちゃって戦国時代は、関所の数が少ない可能性だってある。関所が多いとそれだけ関税がかかるので、物価が上がりやすくなるからだ。妙に品が豊富な戦国時代なので、あり得そうではある。
故に、これはという抜きん出た大名が中々出てこない。結果、どこもそれなりの領地を削り取るだけで終わるような小競り合いを続けているというわけだ。
幸いなのは、史実のヨーロッパのように外国人達が攻撃的でない事だ。
これが本当に過去の世界なら、ヨーロッパはまさしく大航海時代に物を言わせ、宣教師を尖兵としてあちこち征服していたのだから。
ただし、博多や赤間関で切支丹の教えに影響された大名が、敗残兵や女子供を奴隷として売り飛ばしていたのを澪は知っている。
天下統一まで、日本人同士で争っていられる時間は実際の所、そんなに残されていないのかもしれなかった。
「ーー澪さん?」
「あっ、ごめんなさい。少し、考えに耽っていました」
澪の思考までは流石に知られる訳にはいかない。慌てて誤魔化した。
「よかったら、今度、わたしや先生方に澪さんの過ごした場所の事を教えてね。五畿内の情報なら入りやすいのだけれど、西の方は遠くになる程、中々に把握が難しくて」
「分かりました」
澪が兵庫に来る前に最後に過ごしたのは、石見である。幼少期は九州で過ごし、十二の時に赤間関に行ってからはずっと山陰で暮らしていた。
小さい頃の記憶はあやふやな部分もあるが、五年以内であればかなり鮮明である。状況が大きく変わっていなければ、学園にとっても価値のある話を提供できるかもしれなかった。
「ありがとう。そしたら、悪いのだけれど澪さんの礼儀作法をわたしに見せてもらって、問題なければくのたまの子達の授業の補佐についてもらっていいかしら」
「シナ先生が事前に確認してくださるなら、構いませんよ」
数年振りのため、身体が覚えているか心配だったので丁度良い。シナが確認して大丈夫なら、授業の補佐に十分つけるだろう。
それから。
シナと会話しながら、せっかくなので朝食を一緒に食べようということになった。
そして、味噌汁の匂いを漂わせる食堂にいざ入ろうとした時である。
「ーー澪さんっ!」
食堂から、元気よく緑の制服姿の六年生、小平太が飛び出してきた。ニコニコと満面の笑顔が朝から眩しい。
大方、廊下で話す澪達の声を聞いたのだろう。
「山本シナ先生も一緒なんですね。よかったら、わたしと長次と一緒に朝食を食べませんか?」
「ええ、いいですよ。シナ先生もそれでいいですか」
「ふふ、勿論よ」
シナから快諾をもらい、小平太が案内する席を見ると既に長次がおり、二人は丁度朝食を食べようとしていたのか、まだ手がつけられていないお盆に乗った朝ごはんがあった。
その近くでは、二年い組の実技担当教師、野村雄三と一緒に半助が食事を摂っていた。
「おはようございます、野村先生、土井先生」
職場のため、職場では半助のことを苗字で呼ぶように努めている澪である。見ると、朝食の冷奴に乗ったネギを食堂のおばちゃんが背を向けたタイミングで、半助の方に高速で移動させている野村の姿が見えた。
野村のネギとラッキョ嫌い、そして半助の練り物嫌いは学園でも有名で、その姿を見たシナは呆れた視線を野村へ向けていた。多分、食堂のおばちゃんとシナの仲がいいせいもあるのだろう。
「おはようございます、澪さん。山本シナ先生も。二人とも、今日もお美しいですなぁ」
ネギを半助に移動させ終わった野村がやり切ったせいもあってか、白い歯を見せて爽やかに笑っている。中々のイケメンだ。
澪の精神年齢的には、野村くらいの年齢の男性が恋愛の射程範囲に入るのだが、知的イケメンより渋い方が好みな澪である。
「澪さん、おはよう。山本シナ先生もおはようございます」
半助は野村から移されたネギを気にするでもなく、冷奴に醤油をかけていた。ひょっとしたら練り物とネギやラッキョを交換した事があるのかもしれない。
「そう言えば、小平太くんも長次くんもこんな時間に朝食なんて、早いですね」
授業の支度があるため、教師達は朝は早めに摂る事が多い。かくいう澪も教師の補佐に就く時はそうしており、今日は三年生の実技授業の補佐を受け持つ予定だ。
上級生ともなると、忍たまとはいえ難しい課題を負う事が増える。大方、そのせいだろうとは思ったが、挨拶代わりに尋ねる。
食堂のおばちゃんから朝食を受け取り、小平太と長次の席に座る。澪はシナと一緒に、小平太に長次と向かい合う格好になった。
「ああ、わたしと長次は深夜まで忍務があったんだ。夜の食事を抜いたから空腹でな、急いで食べに来たんだ」
「……もそ。一年は組はつい先日、野外実習をしたと聞いた。強盗退治だったと。お疲れ様、澪さん」
元気な小平太が明るい返事をする横で、ひっそりとした声で長次が喋る。対照的に見える二人だが、同室なだけあって気が合うのだろう。
「あ、そうだ澪さん。昨日の午後から文次郎と留三郎が急に二人して訓練だとか何とか言って、裏山に出かけたんだが、何か知っているか?」
「あの二人は、犬猿の仲だが昨日はいつも以上に張り合っていた。そして、今朝もまだ帰っていない」
小平太達は心配をしていると言った感じではなく、単純に犬猿コンビが気になるだけのようだ。
ーーあの二人が昨日何かあった事と言えば。
「そんなに、わたしと全裸で対面したのがショックだったんですかねぇ……」
「「ぐっふぁっ?!」」
タイミング的に何かあった心当たりがそれしかなかったので呟くと、小平太と長次が食べかけていたご飯に咽せていた。
「澪さんっ、それはちょっと言わない方が」
「はぁ、そうですか」
「んもぅ、若い女の子なのよ。もっと慎みを持って!」
澪の外見は少女でも、中身はこの時代ではとっくに薹が立った女のため、恥じらいやら慎みやらは同年代の少女と比べて恐ろしく低い。
「ーー澪さん」
ふと、半助の声がした。見ると、何やら物凄い迫力のような物を背負った半助が、こちらを睨むように見ていた。
「それはどういうことか、是非ともわたしにも教えてはもらえませんかね?」
「土井先生っ、確かにちょっとした事件ですが落ち着きましょ!」
「野村先生っ、これが落ち着けますか!年頃の男と女が裸でなんてっ…」
これは、やってしまったかもしれない。最早、和やかな朝食どころではない。
「ちょっと、ここは食堂よ。余り騒がしくしないで!」
案の定、食堂のおばちゃんから注意が飛んだ。
「すみません、静かにします」
「ふぅ、それでいいのよ。……で?」
慌てて原因の澪が謝罪すると、チラ、とおばちゃんが視線を寄越してきた。
「何があったのかわたしにも教えてちょうだい。内緒にするから、ひそひそと小さな声で話してもらえないかしら」
どうやらおばちゃんも興味があるらしい。何故か、キラキラした目で見つめられる。一方で、半助が睨むようにギラギラした目で見つめてくる。
カオスである。
「とりあえず、ご飯を食べてから話しますので暫しお待ちを」
これからは、慎みをちゃんと持つようにしようと、無駄な努力を決意する澪だった。
そして、ちゃっちゃっと朝ごはんを食べた。本日の朝ごはんは野菜の沢山入った味噌汁、卵焼きに大根おろしをつけたもの、そして冷奴である。魚の干物だともう少し時間がかかったかもしれないが、卵焼きのため比較的早めにご飯を食べ終わった。
食後のお茶を飲むタイミングで、集まった面々に昨日あった事を話す。
「ーーもそ、あの二人が悪い」
「そうだ、絶対に文次郎達が悪い。と言うか澪さんの裸なら、わたしが見たかった!」
「ダメに決まってるだろう。馬鹿者ー!」
「土井先生、気持ちは分かりますが落ち着いてっ」
男達の反応は、長次を除き騒がしい。小平太は正直過ぎてどうかと思う。オープンに助平な方がいやらしさが少ないので、ムッツリよりはマシかもしれない。とはいえ、そこは澪と同じで慎みもとい、TPOの学習が必要かもしれなかった。
「澪ちゃん、そこはもっと怒んないと!」
「ですよね、おばちゃん。わたしもそう思ったわ」
女性陣は、澪に対し物足りなく思ったようで意見が一致していた。
「そうですかね。わたしも向こうの裸を見たわけですし、おあいこかと」
「そんなわけないでしょう。男性と女性では女性の方が外聞に傷が付きやすいのに。澪ちゃんなら大丈夫かもしれないけど、お嫁にいけなくなるとかあるかもしれないじゃない」
食堂のおばちゃんが、困ったような顔をしている。
まぁ、この世界ではその反応が正しい。たかが裸を見られたくらいと侮るなかれ。携帯なんぞない時代、噂は真偽の程はともかくとして大事な情報源だったのだ。
どこぞの男女が裸を見せ合った、なんてなれば女の方が被害に遭いやすいのである。
男尊女卑な封建社会らしいといえばらしいが、それで人生が台無しになるなんて事になったら悲劇でしかない。
「わかっていますよ、だから二人に注意したんです。これがくのたまだったら、どうするのかと」
自分はいい。見られたって、精神年齢がアレだし、仮にそうなってもそんな噂で澪の事を遠ざける男なんてこちらから願い下げだ。
だが、くのたま達はまだまだ若くて傷つきやすい少女達だ。
いくら、くのいちの術を学んでいるからって、男に裸を見られて平然とはできまい。
「わたしはいいんですよ。減るもんじゃなし。むしろ、わたしでよかったとも思ってます。くのたまの子達じゃなくて、本当によかった」
「もう、澪さんたら。同じ女で何だか残念だわ。男の方だったら惚れてるわ。わたし」
澪がくのたまの生徒達を保護する姿勢にシナが苦笑いしていた。
ふと見ると、半助もいつの間にか大分落ち着いている。何故か、澪を見て何だか半助の目が潤んでいる。
生徒思いの半助の事だ。
澪の天晴れな台詞に感じるものがあったのかもしれない。
「もそ、澪さんは格好いい」
「本当だな。潔い性格というか。見習いたいぞ」
「それはどうも」
温かいお茶を飲むと、身体がほっこりする気がした。長次と小平太も、澪と同じくお茶を飲んでいる。
「澪さん、どうせならこれを機に二人とぶつかって、すっきりさせてあげたらどうだい」
「え?」
ふいに、半助が急に提案をしてきたので澪は目を見開いた。
一瞬、何のことか分からなかったが、そう言えば澪の裸を見た二人には仙蔵と伊作の両名から喝を入れてほしいとお願いされていたのを思い出した。
「声を掛けるのは、わたしからしておこう。あの二人は当面、君を避けるだろうから。でも、わざとではなかったとはいえ、女性の裸を見たんだから、何か仕置きはした方がいい」
何故か、半助がイキイキして見えてきた澪である。何でそんな楽しそうなんだ。見ると、半助につられたかのように小平太や食堂のおばちゃんまで、何をする気なのだろうかとワクワクした顔を見てしていた。
「仕置き、ですか?」
「あの二人を、澪さんがもう一度相手してあげたらいいさ。ただし、簡単には倒さないこと。二人の何が悪いかを強めに指導しながらやるんだ、ビシバシと、生かさず殺さず扱いてやるといい。大丈夫、戦ってる間はわたしも見ておくから。どうせなら、は組の良い子達にも見せよう。その方が勉強になるだろうし」
つまりあれか、熱血先生をやれということか。そういうのは、武人の元父親を見習ってやろうと思えばできるが。
「まぁ、いい案ですわね。どうせなら、二人がボロボロになって起き上がれなくなるまでやりましょう。くのたまの子達にも勉強のために見学させますわ。勿論、わたしも見ます」
「ほぅ、そう言うことならうちのクラスも」
「なら、わたしも見学するー!」
「もそ…わたしも」
「ご飯の支度が大丈夫そうなら、わたしも行こうかしら」
あれよあれよとギャラリーが増えていく。学園全員でこそないとはいえ、潮江と食満からすると、澪に扱かれるだけでなく、それを大勢に見られるなんて口惜しいのではないか。
思春期のプライドなんて、粉微塵にして吹き飛ばしそうな話である。
しかし、これは断れないヤツだ。
既にその気になってしまっている人が、多すぎる。
「ーー分かりました。やってみます、土井先生」
何でこんなことになるのやら。
そう思った澪だが潮江と食満の二人こそ、この場にいれば、間違いなくそう愚痴ったに違いない。
