第3話 泥棒退治は突然に
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ある一人の男がいた。
土で汚れた着物に、ひしゃげた髷、ギロリと周囲を睨みつけるその男の年齢は三十代後半といったところか。
目が大きな男で、出目金魚のようだと思えてしまう顔立ちだ。
場所は屋敷の中庭。
まるで、お白洲の取り調べの如く、白い玉砂利の敷き詰められた庭内に敷かれた筵の上、すっかり気絶して伸びた強盗の中で、ただ一人、目だった傷がない男が、屋敷の主人を中心に今回の強盗退治に参加した面々の前で項垂れていた。
真夜中のため、火が焚かれ中庭に集う面々を赤い炎が照らしている。
「ーーそれで、どうして強盗に襲撃を受けて怪我をしたはずのわたしの弟が、元気に強盗の一味に混ざっておったのか、この兄に説明してみせろ」
縄を幾重にもかけられ、もはや蓑虫のような有様の男は、利吉の罠にひっかかり御用となった強盗の一味にして、屋敷の主人の弟であった。
屋敷の主人は、厳しい眼差しで弟を見ている。
ーー道理で、最初に弟の家を襲撃した際に犯人が景徳鎮の皿の事を知っているわけである。
「……そうか、口を割らぬか」
「しんべヱ、喜三太」
沈黙する弟に屋敷の主人が残念そうに息を吐く。すると、しんべヱと喜三太が前に出て今回の事件の発端確実な蓑虫状態の男に迫る。
「なっ、何をする気だ?」
「尋問ですよ。まぁ、真相は予測がつきますけど。せっかくですし、是非子ども達の教材になってください。兄君からも許可は得てます」
にっこりといい笑顔で笑う利吉。
イケメンが炎に照らされていて、まるでドラマの一場面のような光景である。
「何でも、貴方はとても綺麗好きなのだとか。潔癖症なんですってね」
「そ、それがどうした?!」
「こちらのしんべヱの鼻水は実にまったりとしていて、粘度と量がすごいんです。わたしも過去、彼の鼻水を踏んでしまったことがあるんですけど、凄いですよ。背筋がぞくっとすること請け合いです。で、こっちの喜三太は小壺にペットのなめくじを飼ってましてね。今日もこっそり持ち歩いて来ていました」
野外実習になめくじ入りの壺なんて、そんなものを持って来てはいけない。おやつよりやばい代物なのだが急いで来たので、澪と伝蔵の二人揃ってその辺りのチェックまで気が回らなかった次第だ。
伝蔵は、こんな場所までなめくじを携帯してくる喜三太に呆れた顔をしていたが、それが結果的に役に立ちそうなため、面と向かって怒れないようだった。
「ずびびっ」
「さー、ぼくのなめくじさん達、お散歩の時間だよぉ」
「ひぃっ、ま、まさか、く、来るなーー!!」
縛られた男に向かって、にこにこ笑って近づく二人のちびっ子達。
直後に手裏剣と違ってコントロールばっちりなしんべヱの鼻水が発射され、なめくじが向かう。
鼻水は顔面に、なめくじは手足に群がりーーべっちょりネトネトの精神的に来る拷問である。
流石は売れっ子忍者の利吉である。やる事がある意味でエグい。
「あ゛ーーー!!!」
「何故、屋敷に強盗に入ったか言ってください。でないと、もっとネバネバのネチョネチョになりますよ」
うわぁ、と、鼻水となめくじの粘液に身体を蝕まれている男を見て、は組の生徒は勿論、澪も伝蔵も半助も引いた。
多分、負傷させられた事の意趣返しなのだろう。利吉が爽やかに笑う姿が、イキイキして見える。
「いやぁーー!ヌルヌルするぅ、汚いぃー!」
「ぼくのなめくじさん達は綺麗だよっ。失礼なおじさんだな」
「ぼくの鼻水だって、別に風邪をひいてるわけじゃないから大丈夫だよ」
色んな粘液に塗れながら、男がじたばた筵の上で暴れる。
それを見て、喜三太としんべヱは心外だと言わんばかりだが、同じ事をされて平気な人間の方がきっと少ないだろう。
潔癖症だろうがそうでなかろうが、あれは無理だ。
「喋った方がいいですよ。これで話さなければ、肥溜めに落としますよ。運が悪いと病気になるかもしれませんね」
利吉がニヤニヤ笑っているーーイケメンが肥溜めがどうとか、エグい事を言っている。
人馬や牛の糞が溜められた臭いがキツイ場所に落とすなんて、それこそ鬼の所業である。ぬるっとした鼻水が背中に入ったのか、海老反りになる男が泣いてイヤイヤしていた。
「っ、言う!言いますぅー!!」
「しんべヱ、喜三太、その辺で」
許しを乞う男に、利吉が二人を止めた。さながら、水戸黄門様である。助さん、格さん、もうよいでしょうと言っているようだ。
「……兄上が、父上から景徳鎮の皿を貰ったのが許せなかったんだ。アレはわしが小さい時から、目をつけていて父上からはいつかやると約束してもらっていた。それなのに、いざ父上が亡くなったら、形見として皿は兄上の所へいった。それにずっと、納得がいかなかったのだ」
「それで、この者達を雇って皿を奪おうと?」
「そうだ。この連中は戦で行き場を失った忍びや足軽達だ。強盗に先にわしが襲われた事にすれば、疑われる事はないと此奴らが言うので、もっともだと思ったんだ」
やっぱりと言うか何と言うか。
事の発端を聞いて、なるほど、と言う顔をする子ども達。真相を聞き取った利吉は、雇い主である屋敷の主人へ顔を向けた。
「だ、そうです。どうされますか?」
「ふむ……そうだったのか、弟よ。すまん、お前の気持ちに気付いてやれなくて。もっと、早くに言ってくれていたらーー」
悲しそうな顔をする屋敷の主人。兄弟仲は良いのだろう。ひょっとすると、これは兄が弟を許し美しい兄弟愛を見て事件は幕を閉じるのか。
と、澪が思ったその時である。
「余計な出費をせんでよかったものを、この愚弟がぁー!売れっ子忍者雇って、やらんでいい蔵出しに人足雇って、敷地は穴だらけだは、木が折れるは、塀が崩れるは直すのに幾らすると思っとんじゃっ。出費全部合わせたら、景徳鎮の皿より下手したら高いんだぞ、ボケぇえええ!!!!」
屋敷の主人が鬼の形相になった。
「兄上、ごめんなさいぃー!!」
「ごめんで済むかぁー!利吉殿、朝が来るまでこの愚弟をネチョネチョのぐっちゃぐちゃのドロドロにしてくれ。鼻水となめくじの地獄に落として構わん!」
お冠の屋敷の主人が、そう沙汰を言い渡すと理吉が「畏まりました」と頭を下げた。
弟の目が溢れそうなほど見開かれ、大粒の涙が出ているが、ガン無視の屋敷の主人である。利吉がしんべヱと喜三太に目配せすると、二人とも追加攻撃を開始する。
一瞬で、ネチョネョのぐっちゃぐちゃが追加されてドロドロになっていた。
ちょっと、見ていて鳥肌が立ちそうである。
「いやぁーーー!!許してくれぇ、兄上ぇええ!!」
「粘液に塗れながら、己のしたことを反省しろっ」
本人の涙と鼻水で顔面までぐちゃぐちゃであるが、同情の余地はない。ねっとりした終わり方を前に、くあ、と忍たま達数名が堪えきれずに欠伸をした。
ふと見ると、東の空が明るくなってきている。とはいえ、夜明けはまだ先である。
「おお、済まないな。子ども達がいたのを忘れていた。よかったら、屋敷の広間を開放するから眠るといい。利吉殿も、休憩を入れるのだぞ。解決してくれてありがとう。まさか、弟が犯人だとは思わなかったが、これでもう強盗達に怯えずに済む」
屋敷の主人は、ほっとした様子だ。澪達に対しても好意的だし、利吉にとってもいい雇い主のようだった。
「ーー我慢せずに早くに言えば皿くらい譲った物を。全く、こんな事があっては逆に譲れなくなるではないか馬鹿者め」
多分、本気では弟を怒ってはいないのだろう。だが、強盗達に襲われた手前、何もかも許せる訳ではない、と言ったところか。
そんな兄の気持ちを知らない弟はというと、あまりの粘液塗れにショックの余り気絶したようで、白眼を剥いて倒れていた。
「ご主人、弟さんに子はおりますかな?」
ふいに、それまで静かにしていた伝蔵が屋敷の主人に声をかけた。
「ああ、いるな。息子が一人、ちょうどこの子達くらいの子が」
甥っ子を思い出したのか、屋敷の主人は優しい目で忍たま達を見ていた。
「なら、その子が成人する時の祝いに景徳鎮の皿を渡せば良いのでは。父親に罪はありますが、息子は関係ありませんから」
「ーー成程。それなら、悪くないかもしれませんな」
伝蔵の案に、屋敷の主人が少しだけ笑った。
どうやら、突然始まった泥棒退治はようやく終わったらしい。
ーー崩れた塀や、折れた木等、仕方なかったとはいえ、屋敷の大部分を破壊した張本人の澪は、なるべく屋敷の主人の方を見ないようにするのに精一杯であった。
+++++
ーーそして、朝。
屋敷の主人の好意で澪達は仮眠を取り、出された朝餉を食べてから忍術学園に向かって帰る事になった。
利吉は、後始末の手伝いをすると言って屋敷に残った次第だ。別れ際、利吉から改めて礼を言われた。
「澪さん、わたしを助けてくれて本当にありがとう。それと、汚してしまった貴女の頭巾は後日、忍者学園に行く時に綺麗にしてお返ししますね」
別にいいのに、と澪は言いかけたが利吉の好きなようにさせる事にした。就職試験の時に張り切ったせいで、思春期男子のプライドを折った教訓からである。
男子は女子が思ってるより繊細なのだ。取り扱い注意である。
「それでは、また近い内にお会いしましょう。必ず、貴女に会いに学園に行きますから」
利吉が言うと、俳優が話すドラマの台詞のようである。多分、声がいいのだろう。爽やかでよく通る男性の声は耳に心地良かった。
「澪さん、さぁ早く学園に帰りますよ。澪さんの帰りを学園長が首を長くして待ってるかもしれませんから!」
利吉との別れの挨拶は、半助によって強制終了した。澪は半助に手を引かれながらも、利吉に軽く会釈して、さよならとなった。
そして学園に戻ると、どっと疲れが押し寄せて来た。長い一日が終わったせいである。何より、汗臭いので風呂に入りたかった。は組の良い子達は仮眠では足りず、これから皆、一旦は寮で眠ると言っていた。
綺麗好きの伊助や同室の庄左ヱ門は、井戸で軽く身体を洗うとは言っていたが。
子どもとはいえ、よく平気だと感心する次第だ。
深夜の野外実習もあり、澪は一日の休日を貰えた。利吉を助けた澪の活躍を聞いた学園長は「さすが、わしの秘書!!」とご満悦であった。
ーー駄目だ、我慢できない。やはり、風呂に入りたい。
とはいえ、問題がある。忍術学園での風呂は全員共同なのだ。
寮こそ別れてはいるが、各クラスがその日風呂に入りたい順番を希望してあらかじめ申請しておくのが原則だ。
その中でも、くのいちは先に入らせてもらう事が多く、我慢すれば今晩にでも入れるのだろうが、それまで待てそうにない。
他に人が風呂に入っていない時は、空いていたら風呂を沸かす必要こそあるが、基本の使用は自由なため、ダメかもしれないが行こうと澪は決めた。
最悪、食堂のおばちゃんにお湯を貰って身体を拭く事を視野に入れつつ、早速、離れにある風呂場へと向かった。
運良く使用中の札はかかっておらず、使用者名簿の名前も無記名であることから、誰も入っていないのだと知る。
中を見ると、まだお湯が溜まっていなかった。
お湯を沸かす必要があるが問題ない。
澪は早速、薪をくべて風呂に入れた水を沸かしその合間に薪割りをして補充した。この作業が結構大変なのだが、怪力のため楽々である。
この時代、基本は蒸し風呂のはずなのだが忍術学園の肩まで浸かれるタイプの風呂は、現代日本で前世を生きた澪には嬉しい誤算である。
とはいえ、共同のせいで気軽に風呂に入れないのが手間だ。本当は女風呂の創設をお願いしたいが、人数に対して大掛かり過ぎる。
今度、一人か二人入れる程度の五右衛門風呂をくのたま長屋の敷地に設けてはどうか、シナに相談してみるとしよう。あれなら、簡易だし設置しやすそうである。五右衛門風呂が本来なら江戸時代から流行った物だとかなんて理屈は無視である。
程なくして風呂の準備を終え、使用者の名前を名簿に書き入り口の使用中の札を掲げて中に入る。棚に設置された籠に、持ってきた風呂敷に包んだ着替えやらを入れ早速裸になった。
少し肌寒いが、今から風呂に入るので問題ない。
それから、ゆっくりと身体を洗い湯船に浸かった。
「はー、極楽、極楽」
一人きりの風呂という贅沢な時間に、ため息が溢れた。沸かす風呂が広まったのは、割と近代の話だったはずだとかは、ツッコミしない。なんちゃって戦国時代も悪くないかもしれない、等と現金な事を考えたり。
身体も髪も洗い、大満足である。後はのぼせる前に出て着替えたら終わりという時であった。
「オレが先だ!」
「はんっ、オレの方が先だ!」
バタバタっ、という音と共に聞き覚えのある声がした。まさか、と思い慌てて風呂から立ち上がり中から声をかける。
「あのーー」
入ってます!と言う前に相手の脱衣の方が早かったらしい。ガラっと扉が開く。
湯煙の中、全裸の澪と同じく全裸の忍たまーー潮江と食満が対面した。
とんだハプニングである。
二人は固まって澪を見ており、澪も流石に固まった。
わお、いい筋肉してんじゃん。腹筋が素敵に割れている。
股についた代物も、歳の割に二人ともご立派で……、なんて言える神経はしていない。
前世、付き合っていた人もいたので男の裸を見てどうこうは思わないが、流石に異性の全裸を長い間ガン見する趣味はない。ましてや、相手は澪からすれば、男とはいえ思春期の子どもである。
とりあえず、頭に巻いていた手拭いで澪は身体を隠した。今更だが何もしないより、マシだろう。
「二人とも、固まってないで出て行ってもらえませんか。いつまで見ている気です?」
「「すみませんっ!!」」
二人して来た時以上の早さで扉を閉め、バタバタと風呂場から退散した。
残された澪はと言うと、深々とため息を吐いてから、ずっとそうしているわけにもいかず、身支度を整えて風呂場から出た。
そして、着替えて脱衣所を出た所で潮江と食満が二人揃って土下座している所に出くわした。
綺麗に並んで指を揃えて深々と土下座する姿に、妙に感心したり。
「すみません、澪さんっ。許される事ではないかもしれませんが、わざとじゃなかったんです!」
「おまけに、自分達の裸まで見せてしまいました。お目汚しして本当すみませんでしたっ!」
いや、結構な眼福でしたーーと、言えたらどれだけ気楽か。
だからと言って、彼等の顔にビンタをするような娘らしい反応をする気はないし、怪力で懲らしめる気もない。
ただ、言うべき事を言った。
「事故なのは了解しました。とはいえ、わたしだからよかったものの、くのたまの子達だったらどうするつもりですか。わたしはちゃん名簿に名前を書きましたし、使用中の札も掲げていました。大方、男が入ってると思ったのでしょうが、この学園には女性だっているんですよ。二度とこういう事故が起こらないよう、お二人とも肝に銘じて下さい」
淡々と説教する澪を前に二人ともタジタジだ。
「では、わたしの裸を見たんですから、どちらかの方が責任をとって下さい」
「「えっ?!」」
二人とも、真っ赤な顔をして澪を見た。大急ぎで服を着たのだろう。二人とも下はきちんと着ているが、上は黒い肌着だけ引っ掛け髪も解いたままだ。
動揺しまくる少年二人が可愛い。
「えっ、せ、責任ってもしかして嫁にするとかそういうっ……?!」
「澪さんが、お、オレのっ、よ、嫁」
あわあわする二人。まぁ、見てくれは良いとは分かっているが、こんな怪力な嫁は怖くて嫌だろう。
「冗談ですよ」
澪が笑うと、途端に二人とも静かになる。
「とまぁ、歳頃の娘の裸を見るとは、こういう事を言われるリスクがありますので、くれぐれも気をつけてください」
「「はい……」」
「まだお湯は温かいですから、お二人とも喧嘩をせずにゆっくり入浴してくださいね。では」
二人に軽く頭を下げて、澪はその場を去った。チラリ、と一度だけ二人を振り返ると、いつまでそうしているつもりなのか、少年達が正座したままの姿が見えたのだった。
「ーーあ、これを機にシナ先生に五右衛門風呂導入の話ができそうね」
実際に事故があったわけだし、澪からよりくのたまの担任のシナからの方が学園長も聞き入れてくれるかもしれない。
等と、澪は全裸を見られたショックなんぞ微塵もなく部屋へと戻って行ったのだった。
ーーまさかこの事で、後にちょっとしたイベントが起こると知っていたら、もう少しくらいは二人に対して何かしただろうに。
等と、後に反省する事になるのを、この時の澪は知る由もなかった。
土で汚れた着物に、ひしゃげた髷、ギロリと周囲を睨みつけるその男の年齢は三十代後半といったところか。
目が大きな男で、出目金魚のようだと思えてしまう顔立ちだ。
場所は屋敷の中庭。
まるで、お白洲の取り調べの如く、白い玉砂利の敷き詰められた庭内に敷かれた筵の上、すっかり気絶して伸びた強盗の中で、ただ一人、目だった傷がない男が、屋敷の主人を中心に今回の強盗退治に参加した面々の前で項垂れていた。
真夜中のため、火が焚かれ中庭に集う面々を赤い炎が照らしている。
「ーーそれで、どうして強盗に襲撃を受けて怪我をしたはずのわたしの弟が、元気に強盗の一味に混ざっておったのか、この兄に説明してみせろ」
縄を幾重にもかけられ、もはや蓑虫のような有様の男は、利吉の罠にひっかかり御用となった強盗の一味にして、屋敷の主人の弟であった。
屋敷の主人は、厳しい眼差しで弟を見ている。
ーー道理で、最初に弟の家を襲撃した際に犯人が景徳鎮の皿の事を知っているわけである。
「……そうか、口を割らぬか」
「しんべヱ、喜三太」
沈黙する弟に屋敷の主人が残念そうに息を吐く。すると、しんべヱと喜三太が前に出て今回の事件の発端確実な蓑虫状態の男に迫る。
「なっ、何をする気だ?」
「尋問ですよ。まぁ、真相は予測がつきますけど。せっかくですし、是非子ども達の教材になってください。兄君からも許可は得てます」
にっこりといい笑顔で笑う利吉。
イケメンが炎に照らされていて、まるでドラマの一場面のような光景である。
「何でも、貴方はとても綺麗好きなのだとか。潔癖症なんですってね」
「そ、それがどうした?!」
「こちらのしんべヱの鼻水は実にまったりとしていて、粘度と量がすごいんです。わたしも過去、彼の鼻水を踏んでしまったことがあるんですけど、凄いですよ。背筋がぞくっとすること請け合いです。で、こっちの喜三太は小壺にペットのなめくじを飼ってましてね。今日もこっそり持ち歩いて来ていました」
野外実習になめくじ入りの壺なんて、そんなものを持って来てはいけない。おやつよりやばい代物なのだが急いで来たので、澪と伝蔵の二人揃ってその辺りのチェックまで気が回らなかった次第だ。
伝蔵は、こんな場所までなめくじを携帯してくる喜三太に呆れた顔をしていたが、それが結果的に役に立ちそうなため、面と向かって怒れないようだった。
「ずびびっ」
「さー、ぼくのなめくじさん達、お散歩の時間だよぉ」
「ひぃっ、ま、まさか、く、来るなーー!!」
縛られた男に向かって、にこにこ笑って近づく二人のちびっ子達。
直後に手裏剣と違ってコントロールばっちりなしんべヱの鼻水が発射され、なめくじが向かう。
鼻水は顔面に、なめくじは手足に群がりーーべっちょりネトネトの精神的に来る拷問である。
流石は売れっ子忍者の利吉である。やる事がある意味でエグい。
「あ゛ーーー!!!」
「何故、屋敷に強盗に入ったか言ってください。でないと、もっとネバネバのネチョネチョになりますよ」
うわぁ、と、鼻水となめくじの粘液に身体を蝕まれている男を見て、は組の生徒は勿論、澪も伝蔵も半助も引いた。
多分、負傷させられた事の意趣返しなのだろう。利吉が爽やかに笑う姿が、イキイキして見える。
「いやぁーー!ヌルヌルするぅ、汚いぃー!」
「ぼくのなめくじさん達は綺麗だよっ。失礼なおじさんだな」
「ぼくの鼻水だって、別に風邪をひいてるわけじゃないから大丈夫だよ」
色んな粘液に塗れながら、男がじたばた筵の上で暴れる。
それを見て、喜三太としんべヱは心外だと言わんばかりだが、同じ事をされて平気な人間の方がきっと少ないだろう。
潔癖症だろうがそうでなかろうが、あれは無理だ。
「喋った方がいいですよ。これで話さなければ、肥溜めに落としますよ。運が悪いと病気になるかもしれませんね」
利吉がニヤニヤ笑っているーーイケメンが肥溜めがどうとか、エグい事を言っている。
人馬や牛の糞が溜められた臭いがキツイ場所に落とすなんて、それこそ鬼の所業である。ぬるっとした鼻水が背中に入ったのか、海老反りになる男が泣いてイヤイヤしていた。
「っ、言う!言いますぅー!!」
「しんべヱ、喜三太、その辺で」
許しを乞う男に、利吉が二人を止めた。さながら、水戸黄門様である。助さん、格さん、もうよいでしょうと言っているようだ。
「……兄上が、父上から景徳鎮の皿を貰ったのが許せなかったんだ。アレはわしが小さい時から、目をつけていて父上からはいつかやると約束してもらっていた。それなのに、いざ父上が亡くなったら、形見として皿は兄上の所へいった。それにずっと、納得がいかなかったのだ」
「それで、この者達を雇って皿を奪おうと?」
「そうだ。この連中は戦で行き場を失った忍びや足軽達だ。強盗に先にわしが襲われた事にすれば、疑われる事はないと此奴らが言うので、もっともだと思ったんだ」
やっぱりと言うか何と言うか。
事の発端を聞いて、なるほど、と言う顔をする子ども達。真相を聞き取った利吉は、雇い主である屋敷の主人へ顔を向けた。
「だ、そうです。どうされますか?」
「ふむ……そうだったのか、弟よ。すまん、お前の気持ちに気付いてやれなくて。もっと、早くに言ってくれていたらーー」
悲しそうな顔をする屋敷の主人。兄弟仲は良いのだろう。ひょっとすると、これは兄が弟を許し美しい兄弟愛を見て事件は幕を閉じるのか。
と、澪が思ったその時である。
「余計な出費をせんでよかったものを、この愚弟がぁー!売れっ子忍者雇って、やらんでいい蔵出しに人足雇って、敷地は穴だらけだは、木が折れるは、塀が崩れるは直すのに幾らすると思っとんじゃっ。出費全部合わせたら、景徳鎮の皿より下手したら高いんだぞ、ボケぇえええ!!!!」
屋敷の主人が鬼の形相になった。
「兄上、ごめんなさいぃー!!」
「ごめんで済むかぁー!利吉殿、朝が来るまでこの愚弟をネチョネチョのぐっちゃぐちゃのドロドロにしてくれ。鼻水となめくじの地獄に落として構わん!」
お冠の屋敷の主人が、そう沙汰を言い渡すと理吉が「畏まりました」と頭を下げた。
弟の目が溢れそうなほど見開かれ、大粒の涙が出ているが、ガン無視の屋敷の主人である。利吉がしんべヱと喜三太に目配せすると、二人とも追加攻撃を開始する。
一瞬で、ネチョネョのぐっちゃぐちゃが追加されてドロドロになっていた。
ちょっと、見ていて鳥肌が立ちそうである。
「いやぁーーー!!許してくれぇ、兄上ぇええ!!」
「粘液に塗れながら、己のしたことを反省しろっ」
本人の涙と鼻水で顔面までぐちゃぐちゃであるが、同情の余地はない。ねっとりした終わり方を前に、くあ、と忍たま達数名が堪えきれずに欠伸をした。
ふと見ると、東の空が明るくなってきている。とはいえ、夜明けはまだ先である。
「おお、済まないな。子ども達がいたのを忘れていた。よかったら、屋敷の広間を開放するから眠るといい。利吉殿も、休憩を入れるのだぞ。解決してくれてありがとう。まさか、弟が犯人だとは思わなかったが、これでもう強盗達に怯えずに済む」
屋敷の主人は、ほっとした様子だ。澪達に対しても好意的だし、利吉にとってもいい雇い主のようだった。
「ーー我慢せずに早くに言えば皿くらい譲った物を。全く、こんな事があっては逆に譲れなくなるではないか馬鹿者め」
多分、本気では弟を怒ってはいないのだろう。だが、強盗達に襲われた手前、何もかも許せる訳ではない、と言ったところか。
そんな兄の気持ちを知らない弟はというと、あまりの粘液塗れにショックの余り気絶したようで、白眼を剥いて倒れていた。
「ご主人、弟さんに子はおりますかな?」
ふいに、それまで静かにしていた伝蔵が屋敷の主人に声をかけた。
「ああ、いるな。息子が一人、ちょうどこの子達くらいの子が」
甥っ子を思い出したのか、屋敷の主人は優しい目で忍たま達を見ていた。
「なら、その子が成人する時の祝いに景徳鎮の皿を渡せば良いのでは。父親に罪はありますが、息子は関係ありませんから」
「ーー成程。それなら、悪くないかもしれませんな」
伝蔵の案に、屋敷の主人が少しだけ笑った。
どうやら、突然始まった泥棒退治はようやく終わったらしい。
ーー崩れた塀や、折れた木等、仕方なかったとはいえ、屋敷の大部分を破壊した張本人の澪は、なるべく屋敷の主人の方を見ないようにするのに精一杯であった。
+++++
ーーそして、朝。
屋敷の主人の好意で澪達は仮眠を取り、出された朝餉を食べてから忍術学園に向かって帰る事になった。
利吉は、後始末の手伝いをすると言って屋敷に残った次第だ。別れ際、利吉から改めて礼を言われた。
「澪さん、わたしを助けてくれて本当にありがとう。それと、汚してしまった貴女の頭巾は後日、忍者学園に行く時に綺麗にしてお返ししますね」
別にいいのに、と澪は言いかけたが利吉の好きなようにさせる事にした。就職試験の時に張り切ったせいで、思春期男子のプライドを折った教訓からである。
男子は女子が思ってるより繊細なのだ。取り扱い注意である。
「それでは、また近い内にお会いしましょう。必ず、貴女に会いに学園に行きますから」
利吉が言うと、俳優が話すドラマの台詞のようである。多分、声がいいのだろう。爽やかでよく通る男性の声は耳に心地良かった。
「澪さん、さぁ早く学園に帰りますよ。澪さんの帰りを学園長が首を長くして待ってるかもしれませんから!」
利吉との別れの挨拶は、半助によって強制終了した。澪は半助に手を引かれながらも、利吉に軽く会釈して、さよならとなった。
そして学園に戻ると、どっと疲れが押し寄せて来た。長い一日が終わったせいである。何より、汗臭いので風呂に入りたかった。は組の良い子達は仮眠では足りず、これから皆、一旦は寮で眠ると言っていた。
綺麗好きの伊助や同室の庄左ヱ門は、井戸で軽く身体を洗うとは言っていたが。
子どもとはいえ、よく平気だと感心する次第だ。
深夜の野外実習もあり、澪は一日の休日を貰えた。利吉を助けた澪の活躍を聞いた学園長は「さすが、わしの秘書!!」とご満悦であった。
ーー駄目だ、我慢できない。やはり、風呂に入りたい。
とはいえ、問題がある。忍術学園での風呂は全員共同なのだ。
寮こそ別れてはいるが、各クラスがその日風呂に入りたい順番を希望してあらかじめ申請しておくのが原則だ。
その中でも、くのいちは先に入らせてもらう事が多く、我慢すれば今晩にでも入れるのだろうが、それまで待てそうにない。
他に人が風呂に入っていない時は、空いていたら風呂を沸かす必要こそあるが、基本の使用は自由なため、ダメかもしれないが行こうと澪は決めた。
最悪、食堂のおばちゃんにお湯を貰って身体を拭く事を視野に入れつつ、早速、離れにある風呂場へと向かった。
運良く使用中の札はかかっておらず、使用者名簿の名前も無記名であることから、誰も入っていないのだと知る。
中を見ると、まだお湯が溜まっていなかった。
お湯を沸かす必要があるが問題ない。
澪は早速、薪をくべて風呂に入れた水を沸かしその合間に薪割りをして補充した。この作業が結構大変なのだが、怪力のため楽々である。
この時代、基本は蒸し風呂のはずなのだが忍術学園の肩まで浸かれるタイプの風呂は、現代日本で前世を生きた澪には嬉しい誤算である。
とはいえ、共同のせいで気軽に風呂に入れないのが手間だ。本当は女風呂の創設をお願いしたいが、人数に対して大掛かり過ぎる。
今度、一人か二人入れる程度の五右衛門風呂をくのたま長屋の敷地に設けてはどうか、シナに相談してみるとしよう。あれなら、簡易だし設置しやすそうである。五右衛門風呂が本来なら江戸時代から流行った物だとかなんて理屈は無視である。
程なくして風呂の準備を終え、使用者の名前を名簿に書き入り口の使用中の札を掲げて中に入る。棚に設置された籠に、持ってきた風呂敷に包んだ着替えやらを入れ早速裸になった。
少し肌寒いが、今から風呂に入るので問題ない。
それから、ゆっくりと身体を洗い湯船に浸かった。
「はー、極楽、極楽」
一人きりの風呂という贅沢な時間に、ため息が溢れた。沸かす風呂が広まったのは、割と近代の話だったはずだとかは、ツッコミしない。なんちゃって戦国時代も悪くないかもしれない、等と現金な事を考えたり。
身体も髪も洗い、大満足である。後はのぼせる前に出て着替えたら終わりという時であった。
「オレが先だ!」
「はんっ、オレの方が先だ!」
バタバタっ、という音と共に聞き覚えのある声がした。まさか、と思い慌てて風呂から立ち上がり中から声をかける。
「あのーー」
入ってます!と言う前に相手の脱衣の方が早かったらしい。ガラっと扉が開く。
湯煙の中、全裸の澪と同じく全裸の忍たまーー潮江と食満が対面した。
とんだハプニングである。
二人は固まって澪を見ており、澪も流石に固まった。
わお、いい筋肉してんじゃん。腹筋が素敵に割れている。
股についた代物も、歳の割に二人ともご立派で……、なんて言える神経はしていない。
前世、付き合っていた人もいたので男の裸を見てどうこうは思わないが、流石に異性の全裸を長い間ガン見する趣味はない。ましてや、相手は澪からすれば、男とはいえ思春期の子どもである。
とりあえず、頭に巻いていた手拭いで澪は身体を隠した。今更だが何もしないより、マシだろう。
「二人とも、固まってないで出て行ってもらえませんか。いつまで見ている気です?」
「「すみませんっ!!」」
二人して来た時以上の早さで扉を閉め、バタバタと風呂場から退散した。
残された澪はと言うと、深々とため息を吐いてから、ずっとそうしているわけにもいかず、身支度を整えて風呂場から出た。
そして、着替えて脱衣所を出た所で潮江と食満が二人揃って土下座している所に出くわした。
綺麗に並んで指を揃えて深々と土下座する姿に、妙に感心したり。
「すみません、澪さんっ。許される事ではないかもしれませんが、わざとじゃなかったんです!」
「おまけに、自分達の裸まで見せてしまいました。お目汚しして本当すみませんでしたっ!」
いや、結構な眼福でしたーーと、言えたらどれだけ気楽か。
だからと言って、彼等の顔にビンタをするような娘らしい反応をする気はないし、怪力で懲らしめる気もない。
ただ、言うべき事を言った。
「事故なのは了解しました。とはいえ、わたしだからよかったものの、くのたまの子達だったらどうするつもりですか。わたしはちゃん名簿に名前を書きましたし、使用中の札も掲げていました。大方、男が入ってると思ったのでしょうが、この学園には女性だっているんですよ。二度とこういう事故が起こらないよう、お二人とも肝に銘じて下さい」
淡々と説教する澪を前に二人ともタジタジだ。
「では、わたしの裸を見たんですから、どちらかの方が責任をとって下さい」
「「えっ?!」」
二人とも、真っ赤な顔をして澪を見た。大急ぎで服を着たのだろう。二人とも下はきちんと着ているが、上は黒い肌着だけ引っ掛け髪も解いたままだ。
動揺しまくる少年二人が可愛い。
「えっ、せ、責任ってもしかして嫁にするとかそういうっ……?!」
「澪さんが、お、オレのっ、よ、嫁」
あわあわする二人。まぁ、見てくれは良いとは分かっているが、こんな怪力な嫁は怖くて嫌だろう。
「冗談ですよ」
澪が笑うと、途端に二人とも静かになる。
「とまぁ、歳頃の娘の裸を見るとは、こういう事を言われるリスクがありますので、くれぐれも気をつけてください」
「「はい……」」
「まだお湯は温かいですから、お二人とも喧嘩をせずにゆっくり入浴してくださいね。では」
二人に軽く頭を下げて、澪はその場を去った。チラリ、と一度だけ二人を振り返ると、いつまでそうしているつもりなのか、少年達が正座したままの姿が見えたのだった。
「ーーあ、これを機にシナ先生に五右衛門風呂導入の話ができそうね」
実際に事故があったわけだし、澪からよりくのたまの担任のシナからの方が学園長も聞き入れてくれるかもしれない。
等と、澪は全裸を見られたショックなんぞ微塵もなく部屋へと戻って行ったのだった。
ーーまさかこの事で、後にちょっとしたイベントが起こると知っていたら、もう少しくらいは二人に対して何かしただろうに。
等と、後に反省する事になるのを、この時の澪は知る由もなかった。
