第3話 泥棒退治は突然に
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屋敷の主人に利吉がかけあってくれたおかげで、子どものみならず大人達も食事を摂れたが、この時、水分の摂り過ぎをしないよう子ども達には注意が飛んだ。
食べる物を食べ飲むものを飲めば、当然出したくなる。
トイレなんて、あちこちにない時代なのでその辺にすればいいが、一番隙ができるタイミングで敵と鉢合わせ、なんてこともあり得る。
小なら尿瓶代わりになる物にでもしてしまって、後から捨てるという事もできなくはないが、十一名の子ども達、それもよりにもよって一年は組にそんな物を持たせるなんて、何が起こるか予測がつきにくくて仕方ない。
伝蔵と半助の判断により、トイレに行きたくなる原因は避けつつ、最悪、どうしても行きたくなったら二人一組で行動することになった。
ちなみに澪もそれは同じだ。
尿瓶なんぞにできるのは男だけの芸当である。女の澪はお丸がないならその辺で済ませるしかないため、生理現象を全力で我慢する事に決めた。
どうでもいいが、くのいちが男の忍びより志望者が少ないのは、きっとこの辺りのどうしようもない身体構造から来ている気がする澪である。しかも、女は年頃になれば月の物がくる。
かくいう澪も、とっくに来ている歳なので毎月大変である。今月はまだだが、ぼたぼち来そうな感じだ。腹痛はないが、出血が多くなると厄介である。臭いの誤魔化しだっているし、生理用品を自作しているのだが、その補充が地味に大変なのである。
まぁ、それはそれとして。
「どうしても眠たくなったら、交代する事。目標が来たら、誘き寄せ役の利吉さんが強盗を引きつけて、わたし達の近くを通過するから、そしたら少しして全員で強盗達の後を追いますよ。他の班の子達も来ますが、敵に気付かれないよう距離を取って集合場所まで向かう事。いいですね?」
「分かりました。ぼくらの班が、利吉さんが誘導する場所に一番近いから、挟み撃ちの最前線だけに気が急かないようにしないといけませんね」
澪の説明に、賢そうな顔で頷く庄左ヱ門。
しんべヱというダークホースの抑えになるよう、この班には一年は組の良心、庄左ヱ門をつけたんだろうな、と澪は思った。
そして、団蔵も字はアレだが頼りになる子である。多分、班分けは発表した半助が決めたのだろう。グッジョブ!と、親指を立てて賞賛したい気持ちだ。
腹も満たし、打ち合わせも終えたところで後はひたすら待ちの作業だ。息を殺し、気配を消して只管に敵が来るのを待つ。澪達の班は木の上に身を潜める事になっており、しんべヱと澪、庄左ヱ門と団蔵に別れて別々の木に登った。
豪勢な屋敷には、忍者が隠れる場所が沢山ある。まぁ、しんべヱは体重が見た目以上に重いため、澪が太い枝に座らせたのだが。
暗くなり、辺りは月と星明りしか残されなくなる。闇が支配する世界の中で、しんべヱが時折眠ってないかだけ確認しながら、その時が来ないのを待つ。
澪とて、忍術学園で補佐をしながら本を読んだり、授業を一緒に聞く等して学んではいるが、忍者ではないのでこういう張り込みはおそらく、伝蔵や半助よりも下手な自覚がある。
なので、ここは狩猟の時と同じようにした。獣に感知されぬように待つのだ。
すると、暫くして何者かの気配を感じた。
ーーあ、これは来たかもしれない。
利吉の策が空振りでないのを知り、祈りが無駄に終わったと悟る。
来なくていいのに、丑三つ時頃にぞろぞろと屋敷を歩き回る無遠慮な気配が複数あった。
「強盗が来たんですね」
「ーーっ、静かに」
沈黙が長過ぎたせいか、どこか嬉しそうに反応するしんべヱの顔を、懐から取り出した懐紙で塞ぐ。鼻水が出ていたので、拭うついでである。これを怠るとくしゃみしかねない。
ありがとうございます、とのほほんとしたしんべヱの声が聞こえてきそうだ。大仏にも似た顔がへにゃん、と笑顔を浮かべている。
学園長の孫娘、おシゲがしんべヱに夢中なのは彼のこういうほわっとした柔らかい雰囲気を好んでのことだろう。
垂れてきていた鼻水を拭い、引き続き近付いてくる気配を前に警戒する。
どうやら、利吉が仕掛けたらしい。
「あれは皿に違いないっ」「追え!」という男達の声が遠くから聞こえた。程なくして、風呂敷に包んだ箱のような物を抱え、澪達のいる木の前を走って通り過ぎていく利吉の気配。
この後は強盗達が全員が通り過ぎるのを待つばかり、と思ったら。
本当に微かにチャリン、チャリン、と何かが落ちた音がした。金属製の何かか、と思ったのだが。
「小銭ぃいいいーーー!!!」
元気且つ欲に溺れた少年ーーきり丸の声がした。
これは、あかんやつだ。
「何奴っ……!」
「子ども?その服、忍びかっ。くそ、他にもいるに違いない!」
「あいつ、俺の財布を。返せぇ!」
利吉を後の方から追ってきた強盗複数が足を止めて、きり丸の方へと向かう。まさかこんな時に、単なる偶然なのだろうが、こんな場所でどケチ少年ほいほいな小銭の入った財布を落とすとは。
緊急事態のため、きり丸に飛びかかった強盗を、監督役の半助が目にも止まらぬ早さで倒した。騒ぎを聞きつけてか、そこに伝蔵も加わる。澪も加勢すべきか、と思ったところで伝蔵から指示が飛んだ。
「利吉を頼むっ!囲まれておるかもしれん!!」
大きなその声に、澪は従った。
「ーー三人は、見つからない内はここに待機。見つかりそうなら、すぐに逃げてくださいっ!」
逃げる場所くらいなら、子ども達だけでも何とかするだろう。それに最悪、近くにいる半助や伝蔵に頼れる。
強盗の数が多い。半助と伝蔵が数人を相手しているはずなのに、利吉の所へ向かう途中で一人倒した。
「誰か来やがっ……、ぷぎゃあ!」
豚の悲鳴っぽい声を上げ、澪の一撃をくらった強盗が吹き飛んで塀に埋まった。急いでいるせいで、力をちょっとこめ過ぎたが構ってる場合ではない。
大急ぎで利吉のところに向かうと、罠が仕掛けられた一帯に彼はいたが、後方で気付かれたせいか一人二人しか落とし穴等にかかっておらず、なんと残る複数を一人で相手していた。
利吉の動きは忍者だけあって素早いが、数が多い。
「おらぁー!」
利吉が防戦している所へ、金棒を持った大男が利吉の頭目掛けて振り下ろした。苦無で戦う利吉ではあの一撃は受けられない。
避けなければ、大怪我必須ーー下手をしたら死ぬ可能性がある。
「させるかぁーー!!」
駆けるのではおそらく間に合わない。
澪は落とし穴で気絶していた強盗の一人を掴んで、ぶん投げた。
ひゅん!と人間が面白いほどに飛んで行く。まるで野球試合でピッチャーが投げる豪速球の如きスピードである。
そして、投げた強盗は金棒を持った大男に直撃した。さながらストレートのデッドボールである。その勢いに、強盗達が折り重なって回転し端の方まで転がった。
目を見開いて、利吉が硬直する。
大男が持っていた金棒が、どうやら持っていた手から離れたらしくヒュンヒュン上空へ舞い上がる。
それが地面に転がる前に澪が駆け出し、利吉のすぐ近くでキャッチした。
大男が両手で持っていたそれを、さながらバットのように片手で持ち上げ残る強盗達を睨みつけた。
ふと利吉を見ると、負傷したらしく右の足首辺りが赤く腫れ、左腕は着物が裂けて血が流れていた。
ーーこの世は乱世だ。
弱い者が淘汰されて当たり前であり、生きて行くために奪う者だって出てくる。
理不尽がありふれた世界で生を受け、嫌というほどに痛感してきた。現代日本とは違う無情なこの戦国の掟。なんちゃってのくせに、そこは生々しい世界の非情を見て来た。
きり丸のように子どもなのに銭儲けして一生懸命に生きる者がいる一方で、こうして人様の家に強盗しにくるいい歳した連中がいる。
真面目に生きる弱い者が馬鹿をみて、力に物を言わせる無法者が笑う世界。
だが、澪は何の因果か前世の記憶を持ち合わせ、異常な怪力と恐ろしく頑健な肉体を授かった。
だから、武人だった元父親に力を持つ者として成すべきことを教えられた。この世の全てを変えるなんて、烏滸がましいことはできない。
だからーー。
「わたしが相手になったげる。全員、天に代わってお仕置きタイムよ。これでもっ、くらえーーー!!」
とりあえず、目の前の理不尽を全部ぶっ飛ばす。悪人は〆てよし、悪人の人権なんてクソくらえ。お天道様が何もしないなら、目の前の強者ーー澪が、その時だと思えば、迷わずぶちのめせ。
それが、澪が教わった脳筋だが、もやもやがスッキリする今でも尊敬する元父親の言葉である。
「「「きゃぁあああーーー!!!」」」
澪を見て、強盗達が女もかくやと言わんばかりの絹を裂くような悲鳴をあげた。
奪った金棒を片手でただの棒のように振り回して、強盗達をぶっ飛ばしては、張り倒し、かっ飛ばす澪。
「いやぁーー!」
「たすけてぇー!」
「やめてぇー!」
ドカーン、バッキーン、ドォオオオン!!と、金棒から炸裂する音と強盗の悲鳴が屋敷内に響き渡る。
全ての敵を倒した澪は、金棒を遠くへと投げ捨て、そのまま利吉の方を見た。
「ーー遅くなってすみません。お怪我をされたのですね」
フリーの忍者なのだから、怪我くらいは茶飯事かもしれないが、彼のこの負傷は事故のような物だ。財布さえ強盗が落っことさなければ、こんな事にはならなかったかもしれない。
「っ、え、あ、わたしは大丈夫ですよ。澪さん」
「腕を止血します。肩を貸すので歩けますか?」
横抱きをした方が楽なのだが、それをすると利吉のプライドを刺激するかもしれないので、肩を貸すのを提案する。
被っていた頭巾を解いて、利吉の腕を止血した。そこまで血は出ていないようだが、念のためだ。
利吉はというと、怪我を治す澪を呆然と見ている。
多分、出鱈目な強さに呆れているんだろう。
「思った以上だ。凄く、強いんですね……流石にびっくりしました」
「ちょっと力が普通の人より強いだけです」
「ちょっと、ですか」
利吉の顔が引き攣ったような気配があったが、暗いのでよくは見えなかった。
「まぁ、お陰様で利吉さんを助けられました。なので、よかったです」
どうやら、半助と伝蔵の方も片付いたらしい。一年は組の良い子達を引き連れて、やって来る姿が見えた。
「利吉っ、無事か!」
真っ先に走ってやって来たのは伝蔵だ。
「すまない、利吉くん。うちのきり丸のせいで…」
「すみません、利吉さん。まさか、あんな所で小銭が沢山入った財布が落ちるとは」
半助ときり丸が揃って頭を下げた。利吉は怒るでもなく、むしろ笑っている。
「いや、いいさ。結果的には強盗を皆んな倒したからね。澪さんも来てくれたし」
「なるほど、流石は澪くん。倅を助けてくれてありがとう」
伝蔵が、チラリ、と澪が金棒で倒した強盗達を見ていた。全員、地面にめり込んだり、折れた木の下敷きになったりして、何一つまともな有様でないのを確認し、悟りを開いた僧侶のような顔をしていた。
「さて、一年は組の諸君。君達は倒れた強盗達を捕縛するんだ。それと、そこの一番手前の落とし穴に落ちている男は、後程、屋敷の主人に顔を確認してもらって取り調べをする必要があるから、逃がさないよう特に厳重に縛っておくんだ」
「「「はーい!」」」
利吉からの指示に元気よく頷く、一年は組の子ども達。
「利吉くん、ちゃんと手当をしよう。傷の具合を見ないと」
半助が近付いて来て、利吉の方を心配そうに見た。そして、すっ、と利吉の方に手を差し出す。
「はい、土井先生。そしたら澪さん、悪いんですけど、このまま肩を貸してもらっても構いませんか?」
「ーーは?」
は?と、言ったのは澪ではない。半助である。多分、差し出した手といい、きっと利吉を半助が手当しようとしたのだ。が、利吉は半助の行動を華麗にスルーした。
「利吉くん、怪我ならわたしが手当するよ。ほらっ、きり丸が原因みたいなもんなんだし。そこは、担任として!」
「土井先生は、父上と一緒には組の子達がちゃんと出来ているか監督お願いします、担任として。では、わたしは澪さんとこのまま行きますので」
怪我人が希望するなら仕方がない。ひく、と半助の顔が僅かに引き攣っている気がしたが、諦めてもらおう。
半助がフラれたのが、可哀想なような気がしないでもないが、澪は利吉と一緒に手当に向かうのだった。
それからは、先ほどの騒ぎが嘘のように順調だった。
屋敷の主人に事の次第を利吉が報告し、そのまま利吉を澪が手当した。応急処置程度だが、腕は傷口を綺麗にして清潔な包帯で圧迫止血をし、足首は井戸水で冷やして簡単な添木をし固定した。
「ありがとうございます。手慣れてますね」
「外傷の手当は慣れておりますので」
外傷の手当に慣れているのは、主に武人の元父親を稽古中に澪がぼこぼこにしてしまったのを治してきたからである。
澪はちなみに、攻撃されても殆ど無傷だったりした。つくづく怪力といい、おかしな身体であるが十五年も付き合えば慣れてしまった。
「あの、澪さん。助けてくれて、とても嬉しかったです。こんな事を言うと失礼かもしれませんが、すごく格好良くて……女性相手に、すみません。でも本当に圧巻でした」
澪の怪力をその目で見た人は大抵が、怯えるかドン引きするかである。そして、逃げてしまう事も多い。
利吉は、あからさまに怯えたりはせず、お世辞かもしれないが素直に賞賛してくれた。忍術学園の人達と同じだ。
それは、利吉が彼等と同じ忍者だからかもしれないし、性格が素直な性分だからかもしれない。いい息子さんだな、と保護者のような感想を抱く澪である。伝蔵にとっては、自慢の我が子に違いない。
なので、素直に思った事を言った。
「利吉さんは真っ直ぐな方ですね。山田先生は、こんな素敵な息子さんがいて幸せ者だと思います」
「えっ、そうですか。何だか照れます」
本当に照れているらしく、利吉は微笑む澪から目を逸らした。
「ところで、どうして澪さんは忍術学園に?」
「ああ、それはーー」
利吉は伝蔵の縁者であり、隠す必要もない事なので澪はあっさり雇われる事になった経緯を話した。
「なるほど、それで学園長の秘書に。大変でしたね」
説明を受けた利吉は感心した様子で、然りに頷いていた。
そして、急に意を決したように澪の手を掴んだ。
「澪さん。後日、今日の御礼を言いに学園へ行きますので、是非ともわたしと会ってもらえますか。出来れば、二人きりでお話しがしたく……」
「はぁ、別にいいですけど」
じっと真剣な眼差しで見て来る利吉。何を話すつもりかは知らないが、会う分には構いはしない、と頷いた時である。
「ちょっと、待ったぁーー!!」
大急ぎで駆けてきた様子の半助が、突如として部屋の入り口に現れた。全速力で来たのか、ぜーはーと肩で息をしている。
ちなみに、澪と利吉がいるのは屋敷の客間にあたる所だ。主人の好意により、掛け軸や屏風のある立派な部屋に通されており、罠を仕掛けた場所からは一番遠いところにある部屋となる。
半助は強盗犯達の捕縛を見届けていたのだから、ここまで来るのに相当急いだはずだ。
ーーひょっとして、半助は利吉を好きなのではないか。
まるで、今までの事が一つに繋がり、さながらたった一つの真実見抜く某名探偵な若返り高校生の如く、冴え渡る(?)澪の考えがある結論を出す。
何せ半助の様子が、普通じゃない。まるで澪と必死に二人きりにはさせまいとしているようだ。利吉の方はスルーしていたので、これは完全に半助の片想いかもしれないのである。美形と美形のカップリングなんて、腐女子達が泣いて拝みそうな案件である。
何でわたしは腐女子じゃないんだろうか、等と場違いな事を思う澪である。
利吉を好きなら納得だ。涼やかな目元に、整った顔立ち、まるで役者にでもなれそうな美形ぶりであるのだから。
ーー等と、半助が知ったら血の涙を流しそうな勘違いを脳内で炸裂させる澪。当然、顔には出さない。
「澪さんは、わたしが学園に推薦したんだ。それに雇われて日も浅い学園長の秘書である彼女を、学園の者ではない利吉くんと二人きりで会わせるわけにはいかないっ。話しをするなら、わたしか同じく彼女を推薦した、山田先生の付き添いがいるっ!」
呼吸を整えながらも、半助がドヤ顔で言い放った。そんな話は初耳だが、半助が言うのならそうなのだろう。
「……それ、本当ですか。父上も同じ意見で?」
半眼になった利吉が半助を見た。
「はぁ、なら仕方ありませんね。わかりました。では、土井先生が一緒でいいです」
少しして、利吉が渋々頷いた。
すると、半助があからさまにホッとした顔になる。いけない場面を見たような気がするのは何故だろう。
ここにいる己が一番お邪魔虫ではないのかと思ったり。
「ところで、半助さん。こちらに来られたという事は、捕縛は終わったのですか。利吉さんの注文があった人を厳重にできたので?」
「まぁね。何とか全員、動けないよう縄をかけたよ。殆ど気絶してるから、まだ目は覚めないけど無理矢理起こせば目覚めると思う。利吉くん、この後はどうするんだい」
澪が尋ねると、半助からきっちり報告が上がる。そもそもの仕事を請け負っていた利吉は、半助にニヤリと笑って返事をした。
「せっかくなので、一年は組には最後まで付き合ってもらいましょう。今回の強盗事件の顛末を見届けるためにも、次は尋問に切り替えて実習続行です。喜三太としんべヱをお借りしても?」
自信に満ち溢れた凛々しい表情の利吉に、半助は苦笑いして頷いた。
「そうだな、あの子達にとってよい勉強になるだろう」
多分、この実習が終わる頃には夜が明けるだろう。
ーー忍者の仕事が終わるまで、あと少し。
食べる物を食べ飲むものを飲めば、当然出したくなる。
トイレなんて、あちこちにない時代なのでその辺にすればいいが、一番隙ができるタイミングで敵と鉢合わせ、なんてこともあり得る。
小なら尿瓶代わりになる物にでもしてしまって、後から捨てるという事もできなくはないが、十一名の子ども達、それもよりにもよって一年は組にそんな物を持たせるなんて、何が起こるか予測がつきにくくて仕方ない。
伝蔵と半助の判断により、トイレに行きたくなる原因は避けつつ、最悪、どうしても行きたくなったら二人一組で行動することになった。
ちなみに澪もそれは同じだ。
尿瓶なんぞにできるのは男だけの芸当である。女の澪はお丸がないならその辺で済ませるしかないため、生理現象を全力で我慢する事に決めた。
どうでもいいが、くのいちが男の忍びより志望者が少ないのは、きっとこの辺りのどうしようもない身体構造から来ている気がする澪である。しかも、女は年頃になれば月の物がくる。
かくいう澪も、とっくに来ている歳なので毎月大変である。今月はまだだが、ぼたぼち来そうな感じだ。腹痛はないが、出血が多くなると厄介である。臭いの誤魔化しだっているし、生理用品を自作しているのだが、その補充が地味に大変なのである。
まぁ、それはそれとして。
「どうしても眠たくなったら、交代する事。目標が来たら、誘き寄せ役の利吉さんが強盗を引きつけて、わたし達の近くを通過するから、そしたら少しして全員で強盗達の後を追いますよ。他の班の子達も来ますが、敵に気付かれないよう距離を取って集合場所まで向かう事。いいですね?」
「分かりました。ぼくらの班が、利吉さんが誘導する場所に一番近いから、挟み撃ちの最前線だけに気が急かないようにしないといけませんね」
澪の説明に、賢そうな顔で頷く庄左ヱ門。
しんべヱというダークホースの抑えになるよう、この班には一年は組の良心、庄左ヱ門をつけたんだろうな、と澪は思った。
そして、団蔵も字はアレだが頼りになる子である。多分、班分けは発表した半助が決めたのだろう。グッジョブ!と、親指を立てて賞賛したい気持ちだ。
腹も満たし、打ち合わせも終えたところで後はひたすら待ちの作業だ。息を殺し、気配を消して只管に敵が来るのを待つ。澪達の班は木の上に身を潜める事になっており、しんべヱと澪、庄左ヱ門と団蔵に別れて別々の木に登った。
豪勢な屋敷には、忍者が隠れる場所が沢山ある。まぁ、しんべヱは体重が見た目以上に重いため、澪が太い枝に座らせたのだが。
暗くなり、辺りは月と星明りしか残されなくなる。闇が支配する世界の中で、しんべヱが時折眠ってないかだけ確認しながら、その時が来ないのを待つ。
澪とて、忍術学園で補佐をしながら本を読んだり、授業を一緒に聞く等して学んではいるが、忍者ではないのでこういう張り込みはおそらく、伝蔵や半助よりも下手な自覚がある。
なので、ここは狩猟の時と同じようにした。獣に感知されぬように待つのだ。
すると、暫くして何者かの気配を感じた。
ーーあ、これは来たかもしれない。
利吉の策が空振りでないのを知り、祈りが無駄に終わったと悟る。
来なくていいのに、丑三つ時頃にぞろぞろと屋敷を歩き回る無遠慮な気配が複数あった。
「強盗が来たんですね」
「ーーっ、静かに」
沈黙が長過ぎたせいか、どこか嬉しそうに反応するしんべヱの顔を、懐から取り出した懐紙で塞ぐ。鼻水が出ていたので、拭うついでである。これを怠るとくしゃみしかねない。
ありがとうございます、とのほほんとしたしんべヱの声が聞こえてきそうだ。大仏にも似た顔がへにゃん、と笑顔を浮かべている。
学園長の孫娘、おシゲがしんべヱに夢中なのは彼のこういうほわっとした柔らかい雰囲気を好んでのことだろう。
垂れてきていた鼻水を拭い、引き続き近付いてくる気配を前に警戒する。
どうやら、利吉が仕掛けたらしい。
「あれは皿に違いないっ」「追え!」という男達の声が遠くから聞こえた。程なくして、風呂敷に包んだ箱のような物を抱え、澪達のいる木の前を走って通り過ぎていく利吉の気配。
この後は強盗達が全員が通り過ぎるのを待つばかり、と思ったら。
本当に微かにチャリン、チャリン、と何かが落ちた音がした。金属製の何かか、と思ったのだが。
「小銭ぃいいいーーー!!!」
元気且つ欲に溺れた少年ーーきり丸の声がした。
これは、あかんやつだ。
「何奴っ……!」
「子ども?その服、忍びかっ。くそ、他にもいるに違いない!」
「あいつ、俺の財布を。返せぇ!」
利吉を後の方から追ってきた強盗複数が足を止めて、きり丸の方へと向かう。まさかこんな時に、単なる偶然なのだろうが、こんな場所でどケチ少年ほいほいな小銭の入った財布を落とすとは。
緊急事態のため、きり丸に飛びかかった強盗を、監督役の半助が目にも止まらぬ早さで倒した。騒ぎを聞きつけてか、そこに伝蔵も加わる。澪も加勢すべきか、と思ったところで伝蔵から指示が飛んだ。
「利吉を頼むっ!囲まれておるかもしれん!!」
大きなその声に、澪は従った。
「ーー三人は、見つからない内はここに待機。見つかりそうなら、すぐに逃げてくださいっ!」
逃げる場所くらいなら、子ども達だけでも何とかするだろう。それに最悪、近くにいる半助や伝蔵に頼れる。
強盗の数が多い。半助と伝蔵が数人を相手しているはずなのに、利吉の所へ向かう途中で一人倒した。
「誰か来やがっ……、ぷぎゃあ!」
豚の悲鳴っぽい声を上げ、澪の一撃をくらった強盗が吹き飛んで塀に埋まった。急いでいるせいで、力をちょっとこめ過ぎたが構ってる場合ではない。
大急ぎで利吉のところに向かうと、罠が仕掛けられた一帯に彼はいたが、後方で気付かれたせいか一人二人しか落とし穴等にかかっておらず、なんと残る複数を一人で相手していた。
利吉の動きは忍者だけあって素早いが、数が多い。
「おらぁー!」
利吉が防戦している所へ、金棒を持った大男が利吉の頭目掛けて振り下ろした。苦無で戦う利吉ではあの一撃は受けられない。
避けなければ、大怪我必須ーー下手をしたら死ぬ可能性がある。
「させるかぁーー!!」
駆けるのではおそらく間に合わない。
澪は落とし穴で気絶していた強盗の一人を掴んで、ぶん投げた。
ひゅん!と人間が面白いほどに飛んで行く。まるで野球試合でピッチャーが投げる豪速球の如きスピードである。
そして、投げた強盗は金棒を持った大男に直撃した。さながらストレートのデッドボールである。その勢いに、強盗達が折り重なって回転し端の方まで転がった。
目を見開いて、利吉が硬直する。
大男が持っていた金棒が、どうやら持っていた手から離れたらしくヒュンヒュン上空へ舞い上がる。
それが地面に転がる前に澪が駆け出し、利吉のすぐ近くでキャッチした。
大男が両手で持っていたそれを、さながらバットのように片手で持ち上げ残る強盗達を睨みつけた。
ふと利吉を見ると、負傷したらしく右の足首辺りが赤く腫れ、左腕は着物が裂けて血が流れていた。
ーーこの世は乱世だ。
弱い者が淘汰されて当たり前であり、生きて行くために奪う者だって出てくる。
理不尽がありふれた世界で生を受け、嫌というほどに痛感してきた。現代日本とは違う無情なこの戦国の掟。なんちゃってのくせに、そこは生々しい世界の非情を見て来た。
きり丸のように子どもなのに銭儲けして一生懸命に生きる者がいる一方で、こうして人様の家に強盗しにくるいい歳した連中がいる。
真面目に生きる弱い者が馬鹿をみて、力に物を言わせる無法者が笑う世界。
だが、澪は何の因果か前世の記憶を持ち合わせ、異常な怪力と恐ろしく頑健な肉体を授かった。
だから、武人だった元父親に力を持つ者として成すべきことを教えられた。この世の全てを変えるなんて、烏滸がましいことはできない。
だからーー。
「わたしが相手になったげる。全員、天に代わってお仕置きタイムよ。これでもっ、くらえーーー!!」
とりあえず、目の前の理不尽を全部ぶっ飛ばす。悪人は〆てよし、悪人の人権なんてクソくらえ。お天道様が何もしないなら、目の前の強者ーー澪が、その時だと思えば、迷わずぶちのめせ。
それが、澪が教わった脳筋だが、もやもやがスッキリする今でも尊敬する元父親の言葉である。
「「「きゃぁあああーーー!!!」」」
澪を見て、強盗達が女もかくやと言わんばかりの絹を裂くような悲鳴をあげた。
奪った金棒を片手でただの棒のように振り回して、強盗達をぶっ飛ばしては、張り倒し、かっ飛ばす澪。
「いやぁーー!」
「たすけてぇー!」
「やめてぇー!」
ドカーン、バッキーン、ドォオオオン!!と、金棒から炸裂する音と強盗の悲鳴が屋敷内に響き渡る。
全ての敵を倒した澪は、金棒を遠くへと投げ捨て、そのまま利吉の方を見た。
「ーー遅くなってすみません。お怪我をされたのですね」
フリーの忍者なのだから、怪我くらいは茶飯事かもしれないが、彼のこの負傷は事故のような物だ。財布さえ強盗が落っことさなければ、こんな事にはならなかったかもしれない。
「っ、え、あ、わたしは大丈夫ですよ。澪さん」
「腕を止血します。肩を貸すので歩けますか?」
横抱きをした方が楽なのだが、それをすると利吉のプライドを刺激するかもしれないので、肩を貸すのを提案する。
被っていた頭巾を解いて、利吉の腕を止血した。そこまで血は出ていないようだが、念のためだ。
利吉はというと、怪我を治す澪を呆然と見ている。
多分、出鱈目な強さに呆れているんだろう。
「思った以上だ。凄く、強いんですね……流石にびっくりしました」
「ちょっと力が普通の人より強いだけです」
「ちょっと、ですか」
利吉の顔が引き攣ったような気配があったが、暗いのでよくは見えなかった。
「まぁ、お陰様で利吉さんを助けられました。なので、よかったです」
どうやら、半助と伝蔵の方も片付いたらしい。一年は組の良い子達を引き連れて、やって来る姿が見えた。
「利吉っ、無事か!」
真っ先に走ってやって来たのは伝蔵だ。
「すまない、利吉くん。うちのきり丸のせいで…」
「すみません、利吉さん。まさか、あんな所で小銭が沢山入った財布が落ちるとは」
半助ときり丸が揃って頭を下げた。利吉は怒るでもなく、むしろ笑っている。
「いや、いいさ。結果的には強盗を皆んな倒したからね。澪さんも来てくれたし」
「なるほど、流石は澪くん。倅を助けてくれてありがとう」
伝蔵が、チラリ、と澪が金棒で倒した強盗達を見ていた。全員、地面にめり込んだり、折れた木の下敷きになったりして、何一つまともな有様でないのを確認し、悟りを開いた僧侶のような顔をしていた。
「さて、一年は組の諸君。君達は倒れた強盗達を捕縛するんだ。それと、そこの一番手前の落とし穴に落ちている男は、後程、屋敷の主人に顔を確認してもらって取り調べをする必要があるから、逃がさないよう特に厳重に縛っておくんだ」
「「「はーい!」」」
利吉からの指示に元気よく頷く、一年は組の子ども達。
「利吉くん、ちゃんと手当をしよう。傷の具合を見ないと」
半助が近付いて来て、利吉の方を心配そうに見た。そして、すっ、と利吉の方に手を差し出す。
「はい、土井先生。そしたら澪さん、悪いんですけど、このまま肩を貸してもらっても構いませんか?」
「ーーは?」
は?と、言ったのは澪ではない。半助である。多分、差し出した手といい、きっと利吉を半助が手当しようとしたのだ。が、利吉は半助の行動を華麗にスルーした。
「利吉くん、怪我ならわたしが手当するよ。ほらっ、きり丸が原因みたいなもんなんだし。そこは、担任として!」
「土井先生は、父上と一緒には組の子達がちゃんと出来ているか監督お願いします、担任として。では、わたしは澪さんとこのまま行きますので」
怪我人が希望するなら仕方がない。ひく、と半助の顔が僅かに引き攣っている気がしたが、諦めてもらおう。
半助がフラれたのが、可哀想なような気がしないでもないが、澪は利吉と一緒に手当に向かうのだった。
それからは、先ほどの騒ぎが嘘のように順調だった。
屋敷の主人に事の次第を利吉が報告し、そのまま利吉を澪が手当した。応急処置程度だが、腕は傷口を綺麗にして清潔な包帯で圧迫止血をし、足首は井戸水で冷やして簡単な添木をし固定した。
「ありがとうございます。手慣れてますね」
「外傷の手当は慣れておりますので」
外傷の手当に慣れているのは、主に武人の元父親を稽古中に澪がぼこぼこにしてしまったのを治してきたからである。
澪はちなみに、攻撃されても殆ど無傷だったりした。つくづく怪力といい、おかしな身体であるが十五年も付き合えば慣れてしまった。
「あの、澪さん。助けてくれて、とても嬉しかったです。こんな事を言うと失礼かもしれませんが、すごく格好良くて……女性相手に、すみません。でも本当に圧巻でした」
澪の怪力をその目で見た人は大抵が、怯えるかドン引きするかである。そして、逃げてしまう事も多い。
利吉は、あからさまに怯えたりはせず、お世辞かもしれないが素直に賞賛してくれた。忍術学園の人達と同じだ。
それは、利吉が彼等と同じ忍者だからかもしれないし、性格が素直な性分だからかもしれない。いい息子さんだな、と保護者のような感想を抱く澪である。伝蔵にとっては、自慢の我が子に違いない。
なので、素直に思った事を言った。
「利吉さんは真っ直ぐな方ですね。山田先生は、こんな素敵な息子さんがいて幸せ者だと思います」
「えっ、そうですか。何だか照れます」
本当に照れているらしく、利吉は微笑む澪から目を逸らした。
「ところで、どうして澪さんは忍術学園に?」
「ああ、それはーー」
利吉は伝蔵の縁者であり、隠す必要もない事なので澪はあっさり雇われる事になった経緯を話した。
「なるほど、それで学園長の秘書に。大変でしたね」
説明を受けた利吉は感心した様子で、然りに頷いていた。
そして、急に意を決したように澪の手を掴んだ。
「澪さん。後日、今日の御礼を言いに学園へ行きますので、是非ともわたしと会ってもらえますか。出来れば、二人きりでお話しがしたく……」
「はぁ、別にいいですけど」
じっと真剣な眼差しで見て来る利吉。何を話すつもりかは知らないが、会う分には構いはしない、と頷いた時である。
「ちょっと、待ったぁーー!!」
大急ぎで駆けてきた様子の半助が、突如として部屋の入り口に現れた。全速力で来たのか、ぜーはーと肩で息をしている。
ちなみに、澪と利吉がいるのは屋敷の客間にあたる所だ。主人の好意により、掛け軸や屏風のある立派な部屋に通されており、罠を仕掛けた場所からは一番遠いところにある部屋となる。
半助は強盗犯達の捕縛を見届けていたのだから、ここまで来るのに相当急いだはずだ。
ーーひょっとして、半助は利吉を好きなのではないか。
まるで、今までの事が一つに繋がり、さながらたった一つの真実見抜く某名探偵な若返り高校生の如く、冴え渡る(?)澪の考えがある結論を出す。
何せ半助の様子が、普通じゃない。まるで澪と必死に二人きりにはさせまいとしているようだ。利吉の方はスルーしていたので、これは完全に半助の片想いかもしれないのである。美形と美形のカップリングなんて、腐女子達が泣いて拝みそうな案件である。
何でわたしは腐女子じゃないんだろうか、等と場違いな事を思う澪である。
利吉を好きなら納得だ。涼やかな目元に、整った顔立ち、まるで役者にでもなれそうな美形ぶりであるのだから。
ーー等と、半助が知ったら血の涙を流しそうな勘違いを脳内で炸裂させる澪。当然、顔には出さない。
「澪さんは、わたしが学園に推薦したんだ。それに雇われて日も浅い学園長の秘書である彼女を、学園の者ではない利吉くんと二人きりで会わせるわけにはいかないっ。話しをするなら、わたしか同じく彼女を推薦した、山田先生の付き添いがいるっ!」
呼吸を整えながらも、半助がドヤ顔で言い放った。そんな話は初耳だが、半助が言うのならそうなのだろう。
「……それ、本当ですか。父上も同じ意見で?」
半眼になった利吉が半助を見た。
「はぁ、なら仕方ありませんね。わかりました。では、土井先生が一緒でいいです」
少しして、利吉が渋々頷いた。
すると、半助があからさまにホッとした顔になる。いけない場面を見たような気がするのは何故だろう。
ここにいる己が一番お邪魔虫ではないのかと思ったり。
「ところで、半助さん。こちらに来られたという事は、捕縛は終わったのですか。利吉さんの注文があった人を厳重にできたので?」
「まぁね。何とか全員、動けないよう縄をかけたよ。殆ど気絶してるから、まだ目は覚めないけど無理矢理起こせば目覚めると思う。利吉くん、この後はどうするんだい」
澪が尋ねると、半助からきっちり報告が上がる。そもそもの仕事を請け負っていた利吉は、半助にニヤリと笑って返事をした。
「せっかくなので、一年は組には最後まで付き合ってもらいましょう。今回の強盗事件の顛末を見届けるためにも、次は尋問に切り替えて実習続行です。喜三太としんべヱをお借りしても?」
自信に満ち溢れた凛々しい表情の利吉に、半助は苦笑いして頷いた。
「そうだな、あの子達にとってよい勉強になるだろう」
多分、この実習が終わる頃には夜が明けるだろう。
ーー忍者の仕事が終わるまで、あと少し。
