第3話 泥棒退治は突然に
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子ども特有の丸みが残る頬が、真っ赤に腫れている。ぶすっとした顔で半助に頬を引っ張られる仕置きをされ、利吉から引き剥がされたきり丸が正座させられていた。
「利吉くん、澪さんに話を振るとはどういうことだい。気付いているだろうけど、君より歳下の女の子だぞ」
いつもなら柔らかな半助の声が少し低くなって、利吉に向けられている。
半助はきっと、歳下の少女であることを気にかけて庇ってくれているのだろうが、澪はそんな上等な存在ではない。
いいのは見てくれだけで、中身は前世記憶持ちのせいで半助より歳上な精神の恐るべき怪力持ちなのである。見た目は美女で能力が野獣じみているというわけだ。
自分で例えて悲しい気持ちになるような乙女心も待ち合わせていないので、なんのその。
半助達に御礼の品を作ったせいで、すっかり寂しくなった懐には、利吉の申し出はありがたいばかりだ。きり丸と同じく、ギャラと聞いて激しく反応しそうだった。
「蔵の整理をする所を見ていましてね。澪さんの凄まじい怪力に感心したのです。足運びを見ていて気付いたのですが、武術の心得もありそうですし。それに生徒でないなら、少々危険でもアルバイトに応じてくれないかな、と」
にこり、と、人好きする笑顔の利吉。笑うと彼の顔立ちが随分と整っている事に気付いた。役者向きの顔だ。現代日本でも通じそうな目鼻立ちの整ったイケメンである。
ちらり、と澪を見る利吉からは好奇心と澪が何者であるかを知ろうとするような節がある。
伝蔵の血縁者であること、半助とも知らぬ仲ではないこと、きり丸達のような忍たまとも知り合いであろう事から、彼が澪を何者か測ろうとしている気がした。
澪が断れば成立しない話なので、突拍子のない感じはしても強引さは然程に感じない。
「まぁ、いいですよ。幾らくださるのかは知りませんが、山田先生にはお世話になっておりますので。あ、でも殺人依頼とかはちょっと」
「そこまで殺伐としてないから!強盗達の退治を手伝ってほしいだけです!」
澪の怪力は、澪自身の意思とは別に単純に戦闘や殺人に向いている。悪用するのでなければ何でもよくて、そう発言したのだが利吉から焦ったような声がした。発言の直後に、彼はハッとした顔になる。
どうやら、言うつもりが無かった事を、うっかり言ったらしい。
そんな利吉を半助がじと目で見ていた。
「強盗達だって?十分、物騒だ!澪さんをそんなことに巻き込まないでくれないか、利吉くん!!」
「大丈夫ですよ、半助さん。山賊とか野盗とか倒した経験あるので」
利吉との間に立って、澪を庇うように手を広げる半助。が、その庇われてる澪は見た目を裏切る阿修羅である。
「ひょっとして、味噌粥に毒を盛って人足達を帰したのは犯人達の仕業ですか。蔵出しが終わる前に盗みに入ろうとしていて、人足達を足止めするために?利吉さんは、その方が都合がいいから分かってて放置したんですか」
話を聞いていた庄左ヱ門が、何かに気付いた顔で利吉を見上げた。
「まぁ、そんなところだ」
こほん、と咳払いする利吉。うっかり仕事の内容を口にしてしまったように見えるが、どこまで本気かは分からない。
わざと言っている可能性は捨て切れないが、そこを判別するには利吉と同じ、忍びのセンスがいるだろう。当然、澪はそんな物は持ち合わせていない。
「えー、澪さんだけギャラ稼ぐのずるいぃ。こっちは減俸確実なのにぃ、あー、悔しいっ!!」
「きりちゃん、ほんとブレないよね」
ブー垂れるきり丸を見て、乱太郎が呆れ切った顔をしていた。
「こうなったのも、全部全てみーんな利吉さんのせいです。責任とってオレ達も手伝うからギャラください!」
「ちょっと、きり丸。達、ってなんだよ達って。僕らをしれっと数に入れないでよ」
きり丸の問題発言にすかさず伊助がツッコミした。その言葉を聞いた半助が、ニヤリ、と笑った。
「利吉くん。なら、こういうのはどうだい。わたしも君の仕事を手伝う。うまくいったら、きり丸の分だけでも、減らされた人足の日当程度のギャラを払うと言うのは」
「えっ、でも半助さん。明日のお仕事の準備とかあるんじゃ……」
「問題ない。それと澪さん、言っておくけど利吉くんの仕事を引き受けるには、学園長の許可がいると思うよ。君は、学園長の秘書なんだからね」
そう言えばそうだった。
一緒にお茶を飲んで羊羹を食べたりして、話し相手ばかりしているせいで、ついついその意識が低くなっていた。
「澪さん、学園長の秘書をされてるんですか。優秀ですね」
「そんなことは」
「澪さんは凄いんですよ、利吉さん!六年生全員を相手に圧勝して、学園に就職したんですっ」
「ぼくらの投げた手裏剣全部を払い落とせるんですよ!」
大した事はないと言うと、虎若と団蔵が二人して興奮気味に澪の事を利吉に喋っている。
「へ、へぇ……それはそれは。かなりお強いみたいですね」
利吉の顔が少し引き攣っている。この手の反応は慣れているため、澪はスルーした。
「わかりました。実力的にも澪さんは申し分なさそうですし、土井先生がいいのなら是非とも協力してしてください。思ったより、強盗達の人数が多そうなので少し困っていたんです。人手はあった方が有難い」
ーー利吉が承諾したことで、澪達の予定が確定した。
まず、一旦は全員で学園に戻り学園長に許可を得てから、利吉の仕事に澪と半助が協力するために、利吉と合流する。
そのはずだったのだが。
「この機会を利用しない手はない。思いついたぞぃっ。一年は組の野外実習じゃ。利吉くんの強盗退治に協力をせよ。は組の教師達は引率、澪くんはその補佐じゃ!」
学園長の庵にて。
半助と澪から報告を受けた学園長が、くわっ!と目を見開いてそう言い放った。
その声は、庭園に響き渡る程大きかった。
明日は授業があるのに、深夜の野外実習なんてどうするのだ、と思ったが曰く「こんな機会は滅多にないからの。授業は休みじゃ!」とのこと。
沙汰を受けた半助が胃の辺りを押さえて授業が遅れると、嘆いていた。
そんなこんなで、半助と澪どころか一年は組全員と伝蔵という予想だにしない面子がぞろぞろ追加でくっついて行く事になってしまった。
よって、早急にその事を伝蔵と利吉に伝えなければならない。ちなみに伝蔵には澪が、利吉には半助が伝えて夜までに合流する手筈だ。
幸い、澪達が戻った時点では組の良い子達は学園に全員が揃っていたので、全員実習に参加できそうではある。
が、問題はそこではない。
「えーっと、大丈夫なんですか半助さん。知り合いみたいですけど、は組の子達まで。利吉さんのお仕事の邪魔になりますよね」
学園長の部屋を辞した後、まだ胃が痛むのか半助が腹をさすりながら、澪の問いかけに力無く笑った。
「学園長の思いつきには逆らえないからね。まぁ、澪さんを巻き込んで興味本位で調べようとしたしっぺ返しさ。利吉くんには悪いが、わたし達もいる事だし条件を飲んでもらおう」
「あー、やっぱり何者か測られてたんですね、わたし」
半助の言葉に澪は、予想が確信に変わる。へにゃ、と半助が困り顔になっていた。
「別にどうも思ってませんから。忍者ですもの、相手を疑ったり調べたりは普通の事だと思います。お気になさらず」
忍術学園に雇われて少ししか経過していないが、元父親が忍者をしていたせいか一般人よりは、彼等の事を理解しているつもりだ。だから嫌ではない。
「澪さん」
「はい」
半助に急に真面目な声で名を呼ばれたので、振り向けばじっと澪を真剣な眼差しで見つめる姿があった。
「幾ら君が怪力でも武術ができても、女の子だ。無理をしちゃいけないよ。何かあったら、わたしも居るから忘れないでくれ」
「半助さん……」
きっとこれはあれだ、顔見知りの利吉の仕事がかかっているだけに失敗するのが嫌なのだーーひょっとして、利吉もストライクゾーンかもしれない。
むしろ、ど真ん中かもしれない。美男子なのだし。嫁のフリした男が長屋に居たわけだし、やっぱり男の方が好きなのかも、否、多分そうだ。
世の中、色んな意味で難儀な事である。
ーー等と、半助が知ったら胃痛を悪化させて悶絶必須のことを平気な顔して考える澪。
「お任せください。は組の子達もいますから、戦う事があれば敵の身体はひしゃげたりせず、綺麗なままになるよう、なるべく手加減して倒します」
「怖っ……て、そう言う意味じゃない!!わたしは、澪さんを心配してるんだ」
「大丈夫、分かっています。半助さん」
「何その生温い笑みっ。いーや、絶対に分かってない!!」
プンスカしている半助が、ちょっと可愛く見える澪である。精神年齢が上のせいか、歳下男子を揶揄って遊びたくなる歳上女の気持ちが分かる。これは楽しい。
「まぁ、何かあったら責任とって利吉さんにお嫁にもらってもらいますので」
「そんなのダメに決まってるだろう」
「冗談ですよ、半助さん」
この冗談はアウトらしい。半助がじと目で睨み低い声で唸るように言うので、澪はやれやれと苦笑いした。
大丈夫、利吉を取ったりはしない。
「何故だ、何か酷い誤解を受けている気が……」
「さ、半助さん。そろそろ立ち話も何ですし行きましょう。ぼやぼやしてると、時間が来ちゃいますので」
納得がいかない様子でつぶやく半助に、元凶であることを棚上げして澪は話を切り上げたのだった。
+++++
伝蔵に学園長の思いつきと言う名の、突然の野外実習の実施を伝えると、途端に深いため息を吐いていた。
とはいえ、息子の利吉の名前を出すと満更でもない顔をしていたので、嫌というわけではなさそうであった。
一方、は組はと言うと困ったような顔をする者、張り切る者、喜ぶ者こそいたが極端に嫌がる者はいなかった。どうやら、利吉は一年は組の良い子達にとっては、憧れの存在らしい。一緒に何かできると聞いて喜んでいる者が殆どだ。
ただし、きり丸だけは違った。
「学園長先生のアホー!オレのギャラの話がぱぁーになるじゃんか。土井先生と澪さんだけなら、貰えたかもしれないのにぃー!!」
おいおい嘆くきり丸。ぶっちゃけ、澪の取り分も授業になって迷惑をかけると思えば、ギャラをくれとは言えなくなるので同じくぱあだ。
できるものなら、きり丸と一緒に泣きたかった。
忍術学園でこの手のイベントが起こるのは、大体にして学園長の思いつきであると言うから、半助でないにしろ胃を撫でたくなるような気がしてくる澪だった。
何も胃に刺激がきそうなのは、澪に限った話ではなかった。は組の生徒等を暗くなる前に連れて行った先で、父親と子ども達を見た利吉の顔は、何かを悟ったような様子になっていて、隣に些細を伝えるため合流していた半助は、ちょっと同情した様子である。
「えー、これより利吉くんがそもそも依頼を受けていた内容やこれまでの経緯を手短に話すので、脇道横道それずに話を聞く事!」
「大丈夫ですっ。ここは屋敷なので敷地を出ないと道はありませんっ」
「そう言う事じゃないわー!」
嬉しそうに喜三太が返事をするも、半助のツッコミが飛ぶ。開始早々、脇道横道それてしまっていた。
利吉があーあ、と言わんばかりの顔をしている。
これじゃあ、強盗退治も遠足だ。
「えー、予想外とはいえ、ここまで来たならわたしも腹を括ろう。わたしも失敗をしたくないので、全員、心して聞くように!」
気を取り直すようにしてから利吉が話したのは、屋敷の主が彼に強盗退治を依頼した詳細だった。
「ここの屋敷の主人には、弟さんがいて店の二号店を経営しているんだ。ここから少し離れた場所に、その弟さんの暮らす屋敷があって半月程前にそこが強盗達にやられた。幸い、屋敷の使用人等には大した怪我人は出なかったが、弟さんはかなりの怪我を負ったらしい。で、その強盗達は金目の物だけじゃなく、骨董品なんかも奪ったそうだ。その際、弟さんが犯人から『景徳鎮の皿はどこだ』と聞かれたらしい」
「けいとくちんさん何て変な名前だなぁ。どこの窯元なんだろう」
「違うよ乱太郎。きっと、ケイトク珍味。つまりは美味しい珍味のことに違いないっ。それが乗ったお皿を探しに来たんだ!」
利吉の説明の途中、またも脇道横道それる。乱太郎としんべヱのボケた会話に、利吉ががっくりと肩を落とした。
「馬鹿モンっ、違うわ。景徳鎮とは、明に古くからある焼き物で有名な場所の名前だ!」
「補足をありがとうございます、父上。ようは、強盗達は非常に高価で有名な異国で造られた皿が目当てだったというわけだ。景徳鎮の焼き物は、大名達も目の色変えて集める品だ。その皿は屋敷の主人が先代から形見として貰った品だそうでね。おそらくは、それの事ではないかと言う話だ。弟さんを狙った強盗達は、随分と連携が取れた動きをしていたらしい。何より、襲撃された屋敷には連中が落としたらしき撒菱が残っていたというーーつまり、それでわたしが依頼を受けたというわけさ」
成程、と澪が小さく頷く横でまたもは組のボケが炸裂した。
「最近の強盗は、撒菱を使うのか。流行ってんのかな。ぼくなら勿体なくて撒けませんよ」
「違うわー!」
今度のボケはきり丸である。もはや、コンビを組んでいるのかと思える早さで半助のツッコミが炸裂した。
「忍び崩れが盗人になったか、あるいは正式に誰かから依頼を受けた忍びの可能性があるから、利吉くんに依頼が来たんだー!」
「「「そういうことか!!」」」
半助の叫びに、ハッとした顔をしたのはきり丸だけでない。は組のほぼ全員が異口同音な反応をしたため、半助だけでなく伝蔵や利吉までズッコケそうになっていた。
ここまで来ると、集団コントである。
「……続けるよ。それで、屋敷の主人はいつ来るかも分からない襲撃に怯えるのも嫌だと言うので、敵を誘き寄せて倒すことにした。それで、一芝居打つ事にしたんだ」
「そうかっ、蔵の整理は嘘の募集だったんですね。人足達に屋敷の事を調べる輩が混ざると見込んで!」
「そういうことだ」
庄左ヱ門がポン、と手を叩くと利吉が少しだけ嬉しそうに頷く。
「で、その人足に怪しい者達がいて、何か仕掛けてきそうだと思えば、案の定、昼飯に毒を仕込まれたと言うわけだ。ちなみに景徳鎮の皿は、あるにはあるがしまってある場所が分からない、という事にしてある。そして、見つかった場合は盗人に盗られる前にどこぞの大名に売り払う、という予定だ。その噂は少し前に流したから、強盗達は蔵の整理が中途半端なこの状態を狙ってくる確率が非常に高いというわけだ。勿論、景徳鎮の皿はとある安全な場所に隠してある」
そこまでを一人でやってのけた用意周到ぶりに、若いのに凄いなと年寄り染みた感想を抱く澪。は組の子ども達は純粋に凄い!とキラキラしたら眼差しで、利吉を見ている。
「まぁ空振りでも、夜を徹して見張りをするいい訓練になるだろう。屋敷の主人から許可は得た。潜伏する場所等の指定があるから、今から四人組が二つ、三人組が一つに別れて動く。それぞれの班にはわたし、山田先生、澪さんがつく」
一年は組みは十一名のため、三つに分けて監督役が就くのだろう。早速、半助から事前に決めたらしい、班分けが説明された。
伝蔵が監督するのは、乱太郎、虎若、伊助、兵太夫。半助は、きり丸、三治郎、喜三太、金吾。そして残る澪は、しんべヱ、庄左ヱ門、団蔵の三人となった。
この班分けを知った澪は、仲はいいがトラブルを何かと起こしやすい、とくのたまからも評判の乱太郎、きり丸、しんべヱの三人を別れさせている涙ぐましい工夫に、余計な事が起こらないようにする気持ちをしっかりと感じ取った。
「いいかお前達、今日は夜闇に隠れて潜む訓練だ。騒がず静かに、そして強盗達が来た場合は一網打尽にするため、罠をしかけた場所まで利吉が誘導するから、絶対に邪魔をするなよ。罠に引っかかった強盗は、わたし達も補佐するからお前達が捕獲しろ。罠にかからなかった敵は、主に利吉が片付ける」
伝蔵が大まかな流れを説明すると、みんな元気よく頷いた。夜の実習とあって、全員が顔を見合わせてどこか興奮した様子だ。
「はいっ、先生!大事な質問があります!!」
「む?何だ、しんべヱ言ってみろ」
いつものほんわかした様子ではなく、キリッと真面目な顔で挙手するしんべヱに伝蔵が許可をすると、しんべヱは表情を維持したまま、こう質問した。
「夕食と夜食、あと、おやつはでますか?」
「うむ、腹が減っては戦はできんからな……なんて、言うと思うか馬鹿もーん!」
伝蔵がしんべヱの食いしん坊過ぎる質問にギャンギャン怒る。
「しんべヱくん、お腹が空いたら今日は兵糧丸で我慢です。食べ過ぎたりしたら駄目ですよ」
「えー、でも澪さん。お腹が減ったら音が鳴るから、食べておかないと。隠れられなくなるよぉ」
「……それもそうですね」
ふー、と澪は深いため息を吐いた。そうだった、しんべヱは乱きりしんのトリオの中でも、一番のダークホースである。良い方に転べばいいが、悪い方に転んだら状況が悪化しやすい。
「利吉さん。お腹に溜まりそうな物を生徒達、特にしんべヱくんの分を用意できたりしますか」
「分かりました。まぁ、確かに大人はいいとして子ども達ーー特にしんべヱに空腹は厳禁ですからね」
空腹を我慢するのは忍者にとっては、必要な試練の一つだ。まぁ、仕事中にお腹が減ったからと気軽に摘めないのは、いつの時代も同じである。
「全く、野外実習なのに遠のいとるじゃないか」
もっともな愚痴を口にする伝蔵に、澪も遠い目をして同意した。一年は組の良い子達のお約束に付き合わされる内、早くも澪はその場で口にこそしないが教師陣の心に寄り添う補佐になっていたのだった。
果たしてこの野外実習、うまくいくのか。
できれば、利吉の用意した誘導に泥棒達が引っかからない事を祈る澪だった。
「利吉くん、澪さんに話を振るとはどういうことだい。気付いているだろうけど、君より歳下の女の子だぞ」
いつもなら柔らかな半助の声が少し低くなって、利吉に向けられている。
半助はきっと、歳下の少女であることを気にかけて庇ってくれているのだろうが、澪はそんな上等な存在ではない。
いいのは見てくれだけで、中身は前世記憶持ちのせいで半助より歳上な精神の恐るべき怪力持ちなのである。見た目は美女で能力が野獣じみているというわけだ。
自分で例えて悲しい気持ちになるような乙女心も待ち合わせていないので、なんのその。
半助達に御礼の品を作ったせいで、すっかり寂しくなった懐には、利吉の申し出はありがたいばかりだ。きり丸と同じく、ギャラと聞いて激しく反応しそうだった。
「蔵の整理をする所を見ていましてね。澪さんの凄まじい怪力に感心したのです。足運びを見ていて気付いたのですが、武術の心得もありそうですし。それに生徒でないなら、少々危険でもアルバイトに応じてくれないかな、と」
にこり、と、人好きする笑顔の利吉。笑うと彼の顔立ちが随分と整っている事に気付いた。役者向きの顔だ。現代日本でも通じそうな目鼻立ちの整ったイケメンである。
ちらり、と澪を見る利吉からは好奇心と澪が何者であるかを知ろうとするような節がある。
伝蔵の血縁者であること、半助とも知らぬ仲ではないこと、きり丸達のような忍たまとも知り合いであろう事から、彼が澪を何者か測ろうとしている気がした。
澪が断れば成立しない話なので、突拍子のない感じはしても強引さは然程に感じない。
「まぁ、いいですよ。幾らくださるのかは知りませんが、山田先生にはお世話になっておりますので。あ、でも殺人依頼とかはちょっと」
「そこまで殺伐としてないから!強盗達の退治を手伝ってほしいだけです!」
澪の怪力は、澪自身の意思とは別に単純に戦闘や殺人に向いている。悪用するのでなければ何でもよくて、そう発言したのだが利吉から焦ったような声がした。発言の直後に、彼はハッとした顔になる。
どうやら、言うつもりが無かった事を、うっかり言ったらしい。
そんな利吉を半助がじと目で見ていた。
「強盗達だって?十分、物騒だ!澪さんをそんなことに巻き込まないでくれないか、利吉くん!!」
「大丈夫ですよ、半助さん。山賊とか野盗とか倒した経験あるので」
利吉との間に立って、澪を庇うように手を広げる半助。が、その庇われてる澪は見た目を裏切る阿修羅である。
「ひょっとして、味噌粥に毒を盛って人足達を帰したのは犯人達の仕業ですか。蔵出しが終わる前に盗みに入ろうとしていて、人足達を足止めするために?利吉さんは、その方が都合がいいから分かってて放置したんですか」
話を聞いていた庄左ヱ門が、何かに気付いた顔で利吉を見上げた。
「まぁ、そんなところだ」
こほん、と咳払いする利吉。うっかり仕事の内容を口にしてしまったように見えるが、どこまで本気かは分からない。
わざと言っている可能性は捨て切れないが、そこを判別するには利吉と同じ、忍びのセンスがいるだろう。当然、澪はそんな物は持ち合わせていない。
「えー、澪さんだけギャラ稼ぐのずるいぃ。こっちは減俸確実なのにぃ、あー、悔しいっ!!」
「きりちゃん、ほんとブレないよね」
ブー垂れるきり丸を見て、乱太郎が呆れ切った顔をしていた。
「こうなったのも、全部全てみーんな利吉さんのせいです。責任とってオレ達も手伝うからギャラください!」
「ちょっと、きり丸。達、ってなんだよ達って。僕らをしれっと数に入れないでよ」
きり丸の問題発言にすかさず伊助がツッコミした。その言葉を聞いた半助が、ニヤリ、と笑った。
「利吉くん。なら、こういうのはどうだい。わたしも君の仕事を手伝う。うまくいったら、きり丸の分だけでも、減らされた人足の日当程度のギャラを払うと言うのは」
「えっ、でも半助さん。明日のお仕事の準備とかあるんじゃ……」
「問題ない。それと澪さん、言っておくけど利吉くんの仕事を引き受けるには、学園長の許可がいると思うよ。君は、学園長の秘書なんだからね」
そう言えばそうだった。
一緒にお茶を飲んで羊羹を食べたりして、話し相手ばかりしているせいで、ついついその意識が低くなっていた。
「澪さん、学園長の秘書をされてるんですか。優秀ですね」
「そんなことは」
「澪さんは凄いんですよ、利吉さん!六年生全員を相手に圧勝して、学園に就職したんですっ」
「ぼくらの投げた手裏剣全部を払い落とせるんですよ!」
大した事はないと言うと、虎若と団蔵が二人して興奮気味に澪の事を利吉に喋っている。
「へ、へぇ……それはそれは。かなりお強いみたいですね」
利吉の顔が少し引き攣っている。この手の反応は慣れているため、澪はスルーした。
「わかりました。実力的にも澪さんは申し分なさそうですし、土井先生がいいのなら是非とも協力してしてください。思ったより、強盗達の人数が多そうなので少し困っていたんです。人手はあった方が有難い」
ーー利吉が承諾したことで、澪達の予定が確定した。
まず、一旦は全員で学園に戻り学園長に許可を得てから、利吉の仕事に澪と半助が協力するために、利吉と合流する。
そのはずだったのだが。
「この機会を利用しない手はない。思いついたぞぃっ。一年は組の野外実習じゃ。利吉くんの強盗退治に協力をせよ。は組の教師達は引率、澪くんはその補佐じゃ!」
学園長の庵にて。
半助と澪から報告を受けた学園長が、くわっ!と目を見開いてそう言い放った。
その声は、庭園に響き渡る程大きかった。
明日は授業があるのに、深夜の野外実習なんてどうするのだ、と思ったが曰く「こんな機会は滅多にないからの。授業は休みじゃ!」とのこと。
沙汰を受けた半助が胃の辺りを押さえて授業が遅れると、嘆いていた。
そんなこんなで、半助と澪どころか一年は組全員と伝蔵という予想だにしない面子がぞろぞろ追加でくっついて行く事になってしまった。
よって、早急にその事を伝蔵と利吉に伝えなければならない。ちなみに伝蔵には澪が、利吉には半助が伝えて夜までに合流する手筈だ。
幸い、澪達が戻った時点では組の良い子達は学園に全員が揃っていたので、全員実習に参加できそうではある。
が、問題はそこではない。
「えーっと、大丈夫なんですか半助さん。知り合いみたいですけど、は組の子達まで。利吉さんのお仕事の邪魔になりますよね」
学園長の部屋を辞した後、まだ胃が痛むのか半助が腹をさすりながら、澪の問いかけに力無く笑った。
「学園長の思いつきには逆らえないからね。まぁ、澪さんを巻き込んで興味本位で調べようとしたしっぺ返しさ。利吉くんには悪いが、わたし達もいる事だし条件を飲んでもらおう」
「あー、やっぱり何者か測られてたんですね、わたし」
半助の言葉に澪は、予想が確信に変わる。へにゃ、と半助が困り顔になっていた。
「別にどうも思ってませんから。忍者ですもの、相手を疑ったり調べたりは普通の事だと思います。お気になさらず」
忍術学園に雇われて少ししか経過していないが、元父親が忍者をしていたせいか一般人よりは、彼等の事を理解しているつもりだ。だから嫌ではない。
「澪さん」
「はい」
半助に急に真面目な声で名を呼ばれたので、振り向けばじっと澪を真剣な眼差しで見つめる姿があった。
「幾ら君が怪力でも武術ができても、女の子だ。無理をしちゃいけないよ。何かあったら、わたしも居るから忘れないでくれ」
「半助さん……」
きっとこれはあれだ、顔見知りの利吉の仕事がかかっているだけに失敗するのが嫌なのだーーひょっとして、利吉もストライクゾーンかもしれない。
むしろ、ど真ん中かもしれない。美男子なのだし。嫁のフリした男が長屋に居たわけだし、やっぱり男の方が好きなのかも、否、多分そうだ。
世の中、色んな意味で難儀な事である。
ーー等と、半助が知ったら胃痛を悪化させて悶絶必須のことを平気な顔して考える澪。
「お任せください。は組の子達もいますから、戦う事があれば敵の身体はひしゃげたりせず、綺麗なままになるよう、なるべく手加減して倒します」
「怖っ……て、そう言う意味じゃない!!わたしは、澪さんを心配してるんだ」
「大丈夫、分かっています。半助さん」
「何その生温い笑みっ。いーや、絶対に分かってない!!」
プンスカしている半助が、ちょっと可愛く見える澪である。精神年齢が上のせいか、歳下男子を揶揄って遊びたくなる歳上女の気持ちが分かる。これは楽しい。
「まぁ、何かあったら責任とって利吉さんにお嫁にもらってもらいますので」
「そんなのダメに決まってるだろう」
「冗談ですよ、半助さん」
この冗談はアウトらしい。半助がじと目で睨み低い声で唸るように言うので、澪はやれやれと苦笑いした。
大丈夫、利吉を取ったりはしない。
「何故だ、何か酷い誤解を受けている気が……」
「さ、半助さん。そろそろ立ち話も何ですし行きましょう。ぼやぼやしてると、時間が来ちゃいますので」
納得がいかない様子でつぶやく半助に、元凶であることを棚上げして澪は話を切り上げたのだった。
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伝蔵に学園長の思いつきと言う名の、突然の野外実習の実施を伝えると、途端に深いため息を吐いていた。
とはいえ、息子の利吉の名前を出すと満更でもない顔をしていたので、嫌というわけではなさそうであった。
一方、は組はと言うと困ったような顔をする者、張り切る者、喜ぶ者こそいたが極端に嫌がる者はいなかった。どうやら、利吉は一年は組の良い子達にとっては、憧れの存在らしい。一緒に何かできると聞いて喜んでいる者が殆どだ。
ただし、きり丸だけは違った。
「学園長先生のアホー!オレのギャラの話がぱぁーになるじゃんか。土井先生と澪さんだけなら、貰えたかもしれないのにぃー!!」
おいおい嘆くきり丸。ぶっちゃけ、澪の取り分も授業になって迷惑をかけると思えば、ギャラをくれとは言えなくなるので同じくぱあだ。
できるものなら、きり丸と一緒に泣きたかった。
忍術学園でこの手のイベントが起こるのは、大体にして学園長の思いつきであると言うから、半助でないにしろ胃を撫でたくなるような気がしてくる澪だった。
何も胃に刺激がきそうなのは、澪に限った話ではなかった。は組の生徒等を暗くなる前に連れて行った先で、父親と子ども達を見た利吉の顔は、何かを悟ったような様子になっていて、隣に些細を伝えるため合流していた半助は、ちょっと同情した様子である。
「えー、これより利吉くんがそもそも依頼を受けていた内容やこれまでの経緯を手短に話すので、脇道横道それずに話を聞く事!」
「大丈夫ですっ。ここは屋敷なので敷地を出ないと道はありませんっ」
「そう言う事じゃないわー!」
嬉しそうに喜三太が返事をするも、半助のツッコミが飛ぶ。開始早々、脇道横道それてしまっていた。
利吉があーあ、と言わんばかりの顔をしている。
これじゃあ、強盗退治も遠足だ。
「えー、予想外とはいえ、ここまで来たならわたしも腹を括ろう。わたしも失敗をしたくないので、全員、心して聞くように!」
気を取り直すようにしてから利吉が話したのは、屋敷の主が彼に強盗退治を依頼した詳細だった。
「ここの屋敷の主人には、弟さんがいて店の二号店を経営しているんだ。ここから少し離れた場所に、その弟さんの暮らす屋敷があって半月程前にそこが強盗達にやられた。幸い、屋敷の使用人等には大した怪我人は出なかったが、弟さんはかなりの怪我を負ったらしい。で、その強盗達は金目の物だけじゃなく、骨董品なんかも奪ったそうだ。その際、弟さんが犯人から『景徳鎮の皿はどこだ』と聞かれたらしい」
「けいとくちんさん何て変な名前だなぁ。どこの窯元なんだろう」
「違うよ乱太郎。きっと、ケイトク珍味。つまりは美味しい珍味のことに違いないっ。それが乗ったお皿を探しに来たんだ!」
利吉の説明の途中、またも脇道横道それる。乱太郎としんべヱのボケた会話に、利吉ががっくりと肩を落とした。
「馬鹿モンっ、違うわ。景徳鎮とは、明に古くからある焼き物で有名な場所の名前だ!」
「補足をありがとうございます、父上。ようは、強盗達は非常に高価で有名な異国で造られた皿が目当てだったというわけだ。景徳鎮の焼き物は、大名達も目の色変えて集める品だ。その皿は屋敷の主人が先代から形見として貰った品だそうでね。おそらくは、それの事ではないかと言う話だ。弟さんを狙った強盗達は、随分と連携が取れた動きをしていたらしい。何より、襲撃された屋敷には連中が落としたらしき撒菱が残っていたというーーつまり、それでわたしが依頼を受けたというわけさ」
成程、と澪が小さく頷く横でまたもは組のボケが炸裂した。
「最近の強盗は、撒菱を使うのか。流行ってんのかな。ぼくなら勿体なくて撒けませんよ」
「違うわー!」
今度のボケはきり丸である。もはや、コンビを組んでいるのかと思える早さで半助のツッコミが炸裂した。
「忍び崩れが盗人になったか、あるいは正式に誰かから依頼を受けた忍びの可能性があるから、利吉くんに依頼が来たんだー!」
「「「そういうことか!!」」」
半助の叫びに、ハッとした顔をしたのはきり丸だけでない。は組のほぼ全員が異口同音な反応をしたため、半助だけでなく伝蔵や利吉までズッコケそうになっていた。
ここまで来ると、集団コントである。
「……続けるよ。それで、屋敷の主人はいつ来るかも分からない襲撃に怯えるのも嫌だと言うので、敵を誘き寄せて倒すことにした。それで、一芝居打つ事にしたんだ」
「そうかっ、蔵の整理は嘘の募集だったんですね。人足達に屋敷の事を調べる輩が混ざると見込んで!」
「そういうことだ」
庄左ヱ門がポン、と手を叩くと利吉が少しだけ嬉しそうに頷く。
「で、その人足に怪しい者達がいて、何か仕掛けてきそうだと思えば、案の定、昼飯に毒を仕込まれたと言うわけだ。ちなみに景徳鎮の皿は、あるにはあるがしまってある場所が分からない、という事にしてある。そして、見つかった場合は盗人に盗られる前にどこぞの大名に売り払う、という予定だ。その噂は少し前に流したから、強盗達は蔵の整理が中途半端なこの状態を狙ってくる確率が非常に高いというわけだ。勿論、景徳鎮の皿はとある安全な場所に隠してある」
そこまでを一人でやってのけた用意周到ぶりに、若いのに凄いなと年寄り染みた感想を抱く澪。は組の子ども達は純粋に凄い!とキラキラしたら眼差しで、利吉を見ている。
「まぁ空振りでも、夜を徹して見張りをするいい訓練になるだろう。屋敷の主人から許可は得た。潜伏する場所等の指定があるから、今から四人組が二つ、三人組が一つに別れて動く。それぞれの班にはわたし、山田先生、澪さんがつく」
一年は組みは十一名のため、三つに分けて監督役が就くのだろう。早速、半助から事前に決めたらしい、班分けが説明された。
伝蔵が監督するのは、乱太郎、虎若、伊助、兵太夫。半助は、きり丸、三治郎、喜三太、金吾。そして残る澪は、しんべヱ、庄左ヱ門、団蔵の三人となった。
この班分けを知った澪は、仲はいいがトラブルを何かと起こしやすい、とくのたまからも評判の乱太郎、きり丸、しんべヱの三人を別れさせている涙ぐましい工夫に、余計な事が起こらないようにする気持ちをしっかりと感じ取った。
「いいかお前達、今日は夜闇に隠れて潜む訓練だ。騒がず静かに、そして強盗達が来た場合は一網打尽にするため、罠をしかけた場所まで利吉が誘導するから、絶対に邪魔をするなよ。罠に引っかかった強盗は、わたし達も補佐するからお前達が捕獲しろ。罠にかからなかった敵は、主に利吉が片付ける」
伝蔵が大まかな流れを説明すると、みんな元気よく頷いた。夜の実習とあって、全員が顔を見合わせてどこか興奮した様子だ。
「はいっ、先生!大事な質問があります!!」
「む?何だ、しんべヱ言ってみろ」
いつものほんわかした様子ではなく、キリッと真面目な顔で挙手するしんべヱに伝蔵が許可をすると、しんべヱは表情を維持したまま、こう質問した。
「夕食と夜食、あと、おやつはでますか?」
「うむ、腹が減っては戦はできんからな……なんて、言うと思うか馬鹿もーん!」
伝蔵がしんべヱの食いしん坊過ぎる質問にギャンギャン怒る。
「しんべヱくん、お腹が空いたら今日は兵糧丸で我慢です。食べ過ぎたりしたら駄目ですよ」
「えー、でも澪さん。お腹が減ったら音が鳴るから、食べておかないと。隠れられなくなるよぉ」
「……それもそうですね」
ふー、と澪は深いため息を吐いた。そうだった、しんべヱは乱きりしんのトリオの中でも、一番のダークホースである。良い方に転べばいいが、悪い方に転んだら状況が悪化しやすい。
「利吉さん。お腹に溜まりそうな物を生徒達、特にしんべヱくんの分を用意できたりしますか」
「分かりました。まぁ、確かに大人はいいとして子ども達ーー特にしんべヱに空腹は厳禁ですからね」
空腹を我慢するのは忍者にとっては、必要な試練の一つだ。まぁ、仕事中にお腹が減ったからと気軽に摘めないのは、いつの時代も同じである。
「全く、野外実習なのに遠のいとるじゃないか」
もっともな愚痴を口にする伝蔵に、澪も遠い目をして同意した。一年は組の良い子達のお約束に付き合わされる内、早くも澪はその場で口にこそしないが教師陣の心に寄り添う補佐になっていたのだった。
果たしてこの野外実習、うまくいくのか。
できれば、利吉の用意した誘導に泥棒達が引っかからない事を祈る澪だった。
