第3話 泥棒退治は突然に
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「きり丸、それ新しい着物だよね」
「わぁ、胸元に小槌の刺繍がある。似合ってるね」
「ふふん、まぁな」
真新しい袖に腕を通す。
いつも同じ私服を着ている事の多い、きり丸が見たこともない着物を着ているのを見つけ、同室の乱太郎としんべヱが顔を見合わせていた。
澪が縫ってくれたことは二人には内緒だ。でないと、他のは組の生徒も澪に着物を仕立ててほしがったり、繕物を依頼する可能性があるためだ。
幾ら手先の器用な澪も、は組の生徒達全員から縫い物の注文をされた日には捌けないだろうことは明白である。
本当は言いたい。
この着物は生地から澪が選んで、きり丸の大きさに合うよう仕立ててくれたのだと。
生地は麻で庶民がよく着るありふれた柄だ。それでも小槌の刺繍は、小さいながらも澪が施してくれたもの。
何だか澪の匂いがする気がする。
温もりがまだ残っているような気もして、着替えたきり丸の顔は緩みっぱなしだ。
しかも今日は、何と澪がアルバイトを手伝ってくれる事になっている。
「稼ぐぞー!澪さんがいるから、は組の他の生徒達もいっぱい来るし、じゃんじゃん稼ぐぞー!」
「澪さんを出汁に使うとか、きりちゃんてば相変わらず銭儲けになると悪知恵が働くんだから……」
胡乱な目できり丸を見つめる乱太郎だが、かくいう彼も澪がいると聞いて一緒にアルバイトを手伝う組である。
どうやら、仙蔵との稽古を見てから澪を慕うようになっているらしかった。
「ぼくは今日、この近くに来るパパとこれから会う約束があるからアルバイトの手伝いはできないけど、庄左ヱ門達が行くんだっけ」
「そうそう。わたしと庄ちゃんに、虎若に、伊助、あと団蔵がね。なんか、遠足みたいだよね」
澪は、その見た目は勿論のこと、丁寧で優しく有能でおまけに先輩達を倒した事もあり、比較的生徒からの支持が高い。
澪の人気は同じ宿舎のくのたま教室の女子達、そして低学年からの物が圧倒的多数を占める。
主な理由は、一年い組以外の実技の低学年の授業に澪が少しずつ補佐として入っているからだ。
また、学園のあちこちで澪をよく見かけるのは外での実習がまだ少ない低学年であるというのも、理由の一つだったりする。
その中でも、一年は組での澪の人気は凄い。伝蔵からしてたまに刺さりそうになっている、ノーコンな手裏剣を澪が綺麗に片付けるせいもある。
何より、生徒の扱いがうまい。しんべヱの鼻水の量やら、山村喜三太のなめくじやら、は組でもかなり異色の二人を前に、比較的冷静だった。それどころか、しんべヱの鼻水対策に常に懐に鼻かみ用の道具を用意し、脱走した喜三太のなめくじ達を素手で触って、ツボに黙って片付けていたーーは組の生徒達は、まるで伝蔵や半助の如く対応する澪を尊敬した。
まぁ、流石に注意されたりお小言は言われるが、伝蔵や半助の時のように怒鳴ったり拳骨が飛んできたりはない。優しくて綺麗なお姉さんーーただし、やばい怪力だということを忘れない事。これが、一年は組の生徒達の澪に対する評価であった。
そんな澪と、きり丸の距離は近い。最初に出会ったおかげで、二人きりの時は砕けた話し方で澪は接してくれるのだ。まるで、きり丸だけ特別だと暗に言われているようで、それが嬉しかった。
「そろそろ、澪さんと待ち合わせの時間だ。皆んな揃って行かないと」
「あ、そうだね。じゃあねしんべヱ、わたし達は先に行くから」
「ぼくはもう少ししてから行くよ。いってらっしゃい、二人とも」
乱太郎と一緒に廊下に出ると、アルバイトを手伝う予定の同級生達が廊下に出ていた。
皆んな楽しみにしているのか、そわそわしている。
「澪さんの私服って、どんなのだろう」
「綺麗だよ絶対。だから、道中は変な男とかに絡まれたらしないよう、ぼくらがしっかりしないと」
黒木庄左ヱ門と二郭伊助が部屋の外で既に話しをしていた。
庄左ヱ門の方はいつも通り生真面目な内容である。
「澪さんはそんな男は瞬殺だよ。きっと」
「いや意外と分かんないぞ虎若。そんな喧嘩っ早くはないだろうし」
庄左ヱ門達の会話に、佐武虎若と加藤団蔵も加わり俄かに廊下が騒がしくなる。そのせいだろうか、予想していなかった人物がきり丸達の前にやって来た。
「お前達、今日は澪さんとアルバイトに行くんだろう。廊下が騒がしいと思って、こっちに来てみたら……」
「そうですけど。土井先生も出かけるんですか?」
今日は休みのため、教員が出かけても何らおかしくはない。私服姿の半助を前に、乱太郎が尋ねると途端に半助が落ち着かない様子になった。
「きり丸のアルバイトの手伝いとはいえ、澪さん一人でお前達全員を見るのは、どうかと思ってな。わたしもいた方がいいだろ。きり丸、そんなわけだから、わたしも手伝おう。一人くらい増えても問題なかろう」
些か早口な感じが否めない半助の言葉に、きり丸達は顔を見合わせた。きり丸としては、別に半助がアルバイトを手伝ってくれるのは構わない。むしろ、今日のアルバイトは蔵出しの手伝いのため、人が多ければ多いほどいいから、助かるくらいだ。
ーーが、きり丸は特に半助に今日、澪とアルバイトへ行くなんて話していない。特に口止めもしなかったので、おそらくは残りの面子が半助に話したのだろう。
「じゃあ、土井先生も一緒ですね!」
「澪さんもいるし、楽しみだなぁ」
庄左ヱ門と伊助がのほほんと笑っている。別に断るつもりはないが、きり丸は何故かあまり面白くなかった。
半助は澪に惚れている。
ここ数日、急に態度が分かりやすくなっているように感じた。は組で気付いているのは今のところ、きり丸だけのようだが半助と何かと一緒に過ごす伝蔵あたりも分かっていそうである。
そのうち、澪に半助が担当する教科の授業の補助を願い出るのは時間の問題に見えた。
「早く行きますよ。澪さんとは門のところで待ち合わせしてるんで」
スタスタときり丸は歩き出す。
儲けが増えるのに、何故だかあまり嬉しくない。半助のことは世話を焼いてくれるし、きり丸にとっては大切で特別に慕っている存在だが、澪が絡むとモヤっとした感情が込み上げてくるのだ。
別に澪が悪いわけでも、半助が悪いわけでもないため、不機嫌に当たるつもりはなかったが、だからといって取り繕うほど、器用な方でもない。
宿舎を出て門の方へ向かうと、そこに澪はいたーー意外すぎる姿で。
「おはようございます」
そこに居たのは、麗しい若者だった。髪を高く結い、活動的な姿をしたその若者は男装した澪だった。
「澪さん、その格好どうしたの?」
澪の姿を見て、乱太郎が目を丸くして尋ねた。驚いたのは勿論、乱太郎だけではない。半助も、きり丸達もポカンとした顔で澪を見つめていた。
「この格好は、くのたまの子達がやってくれたんです。今日は身体を動かすアルバイトですから、動きやすい格好をしてたんですけど、いっそ男装した方がいいと言われまして。あっという間に服やら何やら用意されました」
大方、くのたま達は単純に澪に男装させたかったのだろう。
女性にしては背が高めの澪は、男装しても違和感がない。中性的な物凄い美少年に見えるが、もとが女性だと知っているきり丸達からすれば、綺麗なお兄さんではなく、男装の麗人にしか見えない。
「うわぁ、凄い似合ってますね。思ってたのと違いましたけど、澪さんなら有りです!」
「山田先生の女装は気持ち悪いけど、澪さんの男装はぼくもいいと思います。女の人達にきゃーきゃー言われたりして」
伝蔵が聞いたら、怒り出しそうなことを言う虎若と団蔵。一方、澪の男装姿を目の当たりにした半助はと言うと、気のせいでなければ、ちょっとぽーっとしている。
これは、見惚れているに違いない。
半助のこういう姿を何度か見ているものの、惚れたら男装でもいいなんて恋とは盲目である。
それにしても、澪の男装の似合うこと。
どこぞの城の大名に寵愛されるお小姓と言えば、皆、信じそうである。元が女のせいか華奢さが目立つが伸びた背筋と、しゃんとした姿勢が、良いところの若君かと思わせる。
女も男好きの男もきゃーきゃー叫びそうな外見だ。
喉仏を見せないためなのだろう、暗い色の布を巻いているのが、それが洒落て見えてしまう惚れ惚れするような美少年である。
「もう、言われました。くのたま教室で……」
ふぅ、と疲れたような顔をする澪。
男装のためにだろう化粧っ気のない顔は、彼女の素の美貌を引き立てていた。仙蔵と系統は似ているが、あちらを怜悧な印象とするならば、澪は元が女のためどこか柔らかい雰囲気がある。
「わぁ、これはこれで変な男をひっかけそうな感じが」
「これは目覚めてない人まで何かに目覚めそうな」
「っこら、なんちゅーことを言うんだ伊助、庄左ヱ門っ!!」
半助が二人を注意するが、見惚れていたので説得力は余りない。
「まぁ、こんな姿ですから今日、わたしのことは伝助とでも呼んでください」
「伝助って、山田先生と土井先生から取りました?」
伝助ーーありそうな名前であるが、今の澪の容姿では野暮ったく感じるその響きを聞いて、庄左ヱ門は名前の由来に直ぐ気がついたらしい。苦笑いしている。
「分かりました、伝助さん!」
「格好いいです、伝助さん!」
「いよっ、美少年!」
伝助の名前にウケたらしい虎若、団蔵、乱太郎が囃し立てている。
「ほらほら、遅刻しちゃうから。皆んな早く」
まだ余裕はあるが、道中何があるかも分からないため、きり丸が手を叩き出発を促すことで、どうにか予定通り学園を出ることになった。
ーー男装姿の澪は、アルバイト先につくまで矢張り目立った。
普通に女性の姿で市女笠を被った方が、動きにくいが目立たなかったかもしれない。
道行く人が澪を見て、歩くのを止める程の容姿なのだ。背の高い半助が同行しているせいもあり、かなり目立つ集団になってしまった。
忍びの仕事だったら、即失格の集団であろう。
アルバイト先は、そこそこ歩いてたどり着いた。今日のアルバイト先は、大きな蔵を所持するだけあって豪勢な屋敷だった。
他にも人足達が、わらわらと集まっている。
「おぅ、坊主来たか。ようけ連れてきたんやの」
「おはようございます!今日はよろしくお願いします!!」
今回のアルバイトの元締めである人足の親分に、きり丸は挨拶をする。親分は、きり丸の横にいた澪を見て軽く目を見張ったが何も言わなかった。
「ここは見てのとおり、大店の主人の屋敷だ。古くなった蔵を取り壊すために、蔵の中の整理を兼ねて全ての物を外に出して、別の場所に移す作業になる。割ったりしたら弁償だから、気をつけるんだ」
「分かりました!」
今日のギャラは、大店からの募集ということもあって人数に応じた報酬となっている。いよいよアルバイトが始まるとあって、きり丸の気分も高揚した。
いざ、蔵に向かわんと、早速屋敷の中に入ろうとしたーーその時である。
「おや、お久しぶりです。土井先生、は組の良い子達」
聞き覚えのある爽やかな声がした。
時たま、学園にやってくる事もある凛々しくも秀麗な顔立ちの若者を見て、乱太郎達だけでなく半助もおや、と目を見張っている。
「利吉さん!」
ぱぁっと、見覚えのある人物の姿に乱太郎達の顔が笑顔になる。
「おや、利吉くん。どうしたんだい、こんなところで」
「仕事ですよ。ここの屋敷の主人からの依頼でしてね。それで、そちらの方は?学園の関係者ですか」
利吉が澪をじーっと見ていた。
「どうも、伝助と申します。最近、学園に雇われた者です。半助さんのお知り合いですか?」
「……伝助、くんですか」
フリーの忍者である利吉は、伝助の名前に一発で偽名だと気付いたらしいが、半助が苦笑いするのもあってか追及はしなかった。
「利吉くんは、山田先生の息子さんなんだ。時々、学園にも来ているんだよ」
「あー、なるほど。言われてみれば、キリッとした目元が山田先生と似ていらっしゃる」
澪が利吉を見て伝蔵を重ねたのだろう。目を細めて笑うと、利吉も照れくさそうに笑った。
「山田利吉です。今日は仕事中ですので、ご挨拶はまた改めて、ということでいいですか伝助くん」
「ーーええ、改めて」
今は本名を明かさないことで納得したらしい。利吉は澪との会話を終わらせると、キリッとした表情に変わって半助の方に近づく。
「ーー土井先生、ちょっとお話しが」
「分かった、そこの木に隠れて聞こうか」
ただならぬ利吉の様子に、半助も真面目な顔をして頷いた。
二人がいそいそと、子ども達や澪を置いて話している間、残された全員で顔を見合わせる。
「何なんだろう。利吉さんフリーの売れっ子忍者だし、何かあるのかな」
「さぁ……、でも知らせるべきと思えば、土井先生からわたし達にも話しはあるかもしれませんし、あまり気にせずにいるといいと思います。そわそわしていると、手元が疎かになった結果、物を壊してアルバイト代が減らされるかもですし」
「それはダメだっ。儲けが減るぅ!!」
澪のもっともな一言に乱太郎達が木に隠れている二人の方を見るのを、きり丸は阻止した。
「いいか、皆んなっオレ達はアルバイトしにきたんだ。それを忘れちゃいけないんだからな!」
「はいはい、分かってるよ」
「本当、きり丸ってブレないよね」
銭が減らされるのはドケチには許されざる事である。大きな声で注意するきり丸を前に、虎若と伊助が呆れたように苦笑いした。
それから。
一体全体何の話しをしていたのかは知らないが半助は特に何を言うでもなく、きり丸達に合流すると、それから始まった蔵の整理の作業をそつなくこなしていた。
「おい、あの女みたいな顔したにヤツ、やばくね?あれ、おかしくね?」
「ちょっと、待て。マジか、やべぇ。あいつあんなでかいもん、五つも持ってやがる。あれさっき、男三人が必死こいて一つ持ち上げてたやつじゃねーか。うそん」
蔵から荷物を出すのに、澪が大活躍をしていた。華奢な腕が発揮するアホみたいな怪力に、筋骨隆々とした男達が揃って顔を青くしている。
「あはは、あれはやばい。澪さんと一緒に来て良かった。やっぱり面白い、あの人足の顔とか…ブフッ」
「こら団蔵っ。ツボの入った箱を持ったまま笑うな!澪さんーーじゃなくて、伝助くんに失礼だろ」
団蔵の発言に近くにいた半助が、慌てて注意するが澪は気にした風もなく、出された品物の埃や汚れを落とす作業をしていた、きり丸と庄左ヱ門の前に、その重い荷物を整然と並べていく。
「あ、伝助さん。そちらの箪笥が綺麗になったので、運んでおいてください」
「はい、分かりました庄左ヱ門くん。それにしても、凄い量……この人足の数で足りるかどうかですね」
蔵には、天井高くまで大量の品がみっちり積まれており、出すのも一苦労だ。挙句、それらを掃除する作業もあるため、それなりの数の人手はあるものの、今日で終わるか微妙そうである。
「そうは言っても、ぼくらも授業があるから今日までしか手伝えません。日当でお金は貰えるので、それで良しです。それに、ここお昼出るんですよ」
「えっ、何それきり丸。そんな大事な事は言っておいてほしかった…!」
きり丸の言葉に澪が素で喋った。見ると少し動揺している。敬語がぽろっと取れた澪を、庄左衛ヱ門が珍しい物を見たような顔で眺めたいた。
「いっぱい、おにぎり握って来たのに。無駄になる。無いわー」
そういえば、アルバイトに出かける澪の荷物は結構重そうに見えた。中身は、全員分の弁当なんて用意がいい彼女らしい。作った弁当が無駄になるのが悔しいのか、まだ敬語が取れている。
「え、それならぼくはそっちが食べたい。澪さ…、伝助さんの料理美味いし」
半助の長屋で食べた手作りの料理の味を思い出す。少ない材料で、丁寧に作られていたあの味は絶品だった。
「それなら、ぼくも食べたいです。というか、きっと他の皆んなも伝助さんのお弁当の方がいいって言うと思います。土井先生だって!」
「いや、でも冷たくなったおにぎりより、温かいご飯の方がいいのでは」
庄左ヱ門もきり丸の意見に賛同した。
それでも、澪は何やら居た堪れなさそうだ。多分、きり丸達が気を遣っていると思っているのだろう。
「ぼくは、伝助さんの作ったご飯がいいです。は組の他の生徒に自慢できますから」
「ありがとうございます。庄左ヱ門くん、きり丸も。二人ともいい子で、凄く嬉しいです」
よしよし、と優しく澪に頭を撫でられた。庄左ヱ門ときり丸は二人して顔を見合わせて、照れ笑いをしてしまう。
そうこうしている内に、人足の親方から昼飯だと大きな声で案内があった。勿論、きり丸達は澪が作った弁当である。
わらわらと飯時に集まって来た面子に、澪の弁当があると言うと、皆嬉しそうだ。沢山握ったので、急遽参加した半助の分も大丈夫だと言うのだから本当に用意がいい。
人足達の昼飯は、どうやら味噌粥のようだった。ふんわりと味噌の香りが漂う中、澪の作った弁当を開いて、忍者学園から来たアルバイトの面々は昼の休憩を取る。
「えっと、具は梅干しとオカカに昆布の三つ。これは食堂のおばさんから分けて貰った魚の甘露煮、こっちは卵焼き、あと沢庵が少しだけ」
「美味しそうだ。ありがとう、伝助くん」
綺麗に竹の皮に包まれてある美味しそうな弁当は、冷めているかもしれないが味噌粥より美味しそうである。現に、人足達の何人かが羨ましそうな顔でこちらをチラッと見てきていた。
半助がそれは嬉しそうに礼を言って、澪の弁当を頬張っていた。それをちょっと面白くなさそうな顔で見そうになりながらも、きり丸も澪の作った握り飯にぱくつく。
「凄く美味しいっ。塩加減が絶妙だよ」
虎若が口いっぱいにおにぎりを頬張っている。顔にご飯粒がついているのを、澪が優しく笑って取っていた。
「ついてますよ、虎若くん」
そのまま米粒を澪が食べてしまう。何気なくやった動作なのだろうが、虎若が途端に真っ赤になって固まった。澪は自分の容姿の美しさに対して、とてもドライだ。そのせいで、周りに与える破壊力を気にしていなさ過ぎる。
「わざと米粒付けるとバレるよね、流石に」
「いや、意外といけるかもしれない」
「そんな事をしたら怒るからな、お前達」
ひそひそ声で話す団蔵と伊助の会話に、半助の顔が今しも説教寸前になっていた。
ーーちょっと、虎若が羨ましく思うのはきり丸も同じだ。くのたま達と違って、きり丸達をからかったりして酷い目に合わせたりなんてしない澪は、素直に憧れを向けられる歳上の女性である。
そんな女性から、優しくされたら照れてしまうのは当たり前だ。多分、半助が澪に惚れているのが面白くないのも、澪に対してきり丸が他のは組の生徒と同じように、慕っているせいなのだろう……多分、そうに違いない。
澪の沢山作った弁当が、全員の胃袋の中に入った所で、休憩がてらの会話を終え、また仕事にかかって半刻程してそれは起こった。
「っ、腹が…!」
「やべぇ、気持ち悪い」
人足達が青い顔をして気分が悪くなったと、あちこちで訴え出したのだ。腹が痛いと言う者が続出し、蔵出し所の騒ぎではなくなった。
「すまん、坊主。腹が痛くて仕事どころじゃねぇ。金は人数分、今度渡すから今日はもう終いにさせてくれ」
具合が悪くなった者の中には人足の親分もいた。確かにこれでは仕事にならない。
「えーっ、こんな早く切り上げられたらオレのアルバイト代がー!」
涙腺が崩壊して涙が溢れる。が、取り纏め役がいないのに、これ以上ここには居られない。大慌てで撤収していく人足達に、取り残されるきり丸達。
「ーー半助さん、あの味噌粥ひょっとして盛られてたんじゃありませんか」
事態を見守っていた澪が、じっと半助を見つめている。てっきり味噌粥に痛んだ食材でも使われていたのかと思ったのだが、澪の問いかけに半助が苦笑いしたので、きり丸達も何かある事に気付いた。
ひょっとして、先ほど半助が利吉と会話していた内容が何か関係しているのか。
「ーー無事なようで何より。土井先生、は組の皆んな。そして伝助くん」
人足達の撤収が終わった辺りで、それまで姿を見なかった利吉が何処からともなく爽やかな笑顔を伴って現れた。
「すまないね、実は味噌粥に毒を盛られるのを分かってて放置したんだ」
「えーっ、何でそんな事したんですかぁ!ぼくのアルバイト代がぁー!!」
おのれ、例え世話になっている利吉でも許すまじ。ギロリ、と涙の滲む目で睨みつけると、利吉が申し訳なさそうに頬をかいた。
「すまない。とはいえ、わたしも依頼があるのでね。やむを得なかったのさ。だから、せめて君達だけはと、土井先生に味噌粥は食べないように警告してたんだよ」
「お弁当がなかったら、わたし達はお昼ご飯抜きになるところだったんですね」
澪が弁当を作ってなかった場合、すきっ腹で放置された可能性が高いというわけだ。乱太郎が半眼で利吉をきり丸と同じく睨むと、利吉が困ったように笑った。
「それなら、ここに居ても仕方ないですので撤収しましょう。それでは利吉さん、お仕事頑張ってください」
澪がすっかり寂しくなってしまった周囲を見て、そう締め括った。
色々と思う所はあるが、帰るしかない。そう思った時である。
「それなんだけど、伝助くん。いや、澪さん。ギャラをあげるから、わたしの仕事を少し手伝ってくれませんか」
ーー利吉から、予想だにしない話が出た。名前は大方、うっかり名前を呼んでいるのを盗み聞きか、あるいは読唇術で知ったのだろうから、驚く事ではない。
問題は当然、仕事の手伝いの件である。
澪は怪訝そうな顔をし、半助も驚いた様子だ。
それを見てきり丸は。
「利吉様っ!仕事のお手伝いなら、この摂津のきり丸がおりますぅ。ギャラっ、銭ぃ、儲けぇ、アッヒャヒャ!!」
魂の髄まで染み込んだ銭への愛から、利吉に飛びついたのだった。
「わぁ、胸元に小槌の刺繍がある。似合ってるね」
「ふふん、まぁな」
真新しい袖に腕を通す。
いつも同じ私服を着ている事の多い、きり丸が見たこともない着物を着ているのを見つけ、同室の乱太郎としんべヱが顔を見合わせていた。
澪が縫ってくれたことは二人には内緒だ。でないと、他のは組の生徒も澪に着物を仕立ててほしがったり、繕物を依頼する可能性があるためだ。
幾ら手先の器用な澪も、は組の生徒達全員から縫い物の注文をされた日には捌けないだろうことは明白である。
本当は言いたい。
この着物は生地から澪が選んで、きり丸の大きさに合うよう仕立ててくれたのだと。
生地は麻で庶民がよく着るありふれた柄だ。それでも小槌の刺繍は、小さいながらも澪が施してくれたもの。
何だか澪の匂いがする気がする。
温もりがまだ残っているような気もして、着替えたきり丸の顔は緩みっぱなしだ。
しかも今日は、何と澪がアルバイトを手伝ってくれる事になっている。
「稼ぐぞー!澪さんがいるから、は組の他の生徒達もいっぱい来るし、じゃんじゃん稼ぐぞー!」
「澪さんを出汁に使うとか、きりちゃんてば相変わらず銭儲けになると悪知恵が働くんだから……」
胡乱な目できり丸を見つめる乱太郎だが、かくいう彼も澪がいると聞いて一緒にアルバイトを手伝う組である。
どうやら、仙蔵との稽古を見てから澪を慕うようになっているらしかった。
「ぼくは今日、この近くに来るパパとこれから会う約束があるからアルバイトの手伝いはできないけど、庄左ヱ門達が行くんだっけ」
「そうそう。わたしと庄ちゃんに、虎若に、伊助、あと団蔵がね。なんか、遠足みたいだよね」
澪は、その見た目は勿論のこと、丁寧で優しく有能でおまけに先輩達を倒した事もあり、比較的生徒からの支持が高い。
澪の人気は同じ宿舎のくのたま教室の女子達、そして低学年からの物が圧倒的多数を占める。
主な理由は、一年い組以外の実技の低学年の授業に澪が少しずつ補佐として入っているからだ。
また、学園のあちこちで澪をよく見かけるのは外での実習がまだ少ない低学年であるというのも、理由の一つだったりする。
その中でも、一年は組での澪の人気は凄い。伝蔵からしてたまに刺さりそうになっている、ノーコンな手裏剣を澪が綺麗に片付けるせいもある。
何より、生徒の扱いがうまい。しんべヱの鼻水の量やら、山村喜三太のなめくじやら、は組でもかなり異色の二人を前に、比較的冷静だった。それどころか、しんべヱの鼻水対策に常に懐に鼻かみ用の道具を用意し、脱走した喜三太のなめくじ達を素手で触って、ツボに黙って片付けていたーーは組の生徒達は、まるで伝蔵や半助の如く対応する澪を尊敬した。
まぁ、流石に注意されたりお小言は言われるが、伝蔵や半助の時のように怒鳴ったり拳骨が飛んできたりはない。優しくて綺麗なお姉さんーーただし、やばい怪力だということを忘れない事。これが、一年は組の生徒達の澪に対する評価であった。
そんな澪と、きり丸の距離は近い。最初に出会ったおかげで、二人きりの時は砕けた話し方で澪は接してくれるのだ。まるで、きり丸だけ特別だと暗に言われているようで、それが嬉しかった。
「そろそろ、澪さんと待ち合わせの時間だ。皆んな揃って行かないと」
「あ、そうだね。じゃあねしんべヱ、わたし達は先に行くから」
「ぼくはもう少ししてから行くよ。いってらっしゃい、二人とも」
乱太郎と一緒に廊下に出ると、アルバイトを手伝う予定の同級生達が廊下に出ていた。
皆んな楽しみにしているのか、そわそわしている。
「澪さんの私服って、どんなのだろう」
「綺麗だよ絶対。だから、道中は変な男とかに絡まれたらしないよう、ぼくらがしっかりしないと」
黒木庄左ヱ門と二郭伊助が部屋の外で既に話しをしていた。
庄左ヱ門の方はいつも通り生真面目な内容である。
「澪さんはそんな男は瞬殺だよ。きっと」
「いや意外と分かんないぞ虎若。そんな喧嘩っ早くはないだろうし」
庄左ヱ門達の会話に、佐武虎若と加藤団蔵も加わり俄かに廊下が騒がしくなる。そのせいだろうか、予想していなかった人物がきり丸達の前にやって来た。
「お前達、今日は澪さんとアルバイトに行くんだろう。廊下が騒がしいと思って、こっちに来てみたら……」
「そうですけど。土井先生も出かけるんですか?」
今日は休みのため、教員が出かけても何らおかしくはない。私服姿の半助を前に、乱太郎が尋ねると途端に半助が落ち着かない様子になった。
「きり丸のアルバイトの手伝いとはいえ、澪さん一人でお前達全員を見るのは、どうかと思ってな。わたしもいた方がいいだろ。きり丸、そんなわけだから、わたしも手伝おう。一人くらい増えても問題なかろう」
些か早口な感じが否めない半助の言葉に、きり丸達は顔を見合わせた。きり丸としては、別に半助がアルバイトを手伝ってくれるのは構わない。むしろ、今日のアルバイトは蔵出しの手伝いのため、人が多ければ多いほどいいから、助かるくらいだ。
ーーが、きり丸は特に半助に今日、澪とアルバイトへ行くなんて話していない。特に口止めもしなかったので、おそらくは残りの面子が半助に話したのだろう。
「じゃあ、土井先生も一緒ですね!」
「澪さんもいるし、楽しみだなぁ」
庄左ヱ門と伊助がのほほんと笑っている。別に断るつもりはないが、きり丸は何故かあまり面白くなかった。
半助は澪に惚れている。
ここ数日、急に態度が分かりやすくなっているように感じた。は組で気付いているのは今のところ、きり丸だけのようだが半助と何かと一緒に過ごす伝蔵あたりも分かっていそうである。
そのうち、澪に半助が担当する教科の授業の補助を願い出るのは時間の問題に見えた。
「早く行きますよ。澪さんとは門のところで待ち合わせしてるんで」
スタスタときり丸は歩き出す。
儲けが増えるのに、何故だかあまり嬉しくない。半助のことは世話を焼いてくれるし、きり丸にとっては大切で特別に慕っている存在だが、澪が絡むとモヤっとした感情が込み上げてくるのだ。
別に澪が悪いわけでも、半助が悪いわけでもないため、不機嫌に当たるつもりはなかったが、だからといって取り繕うほど、器用な方でもない。
宿舎を出て門の方へ向かうと、そこに澪はいたーー意外すぎる姿で。
「おはようございます」
そこに居たのは、麗しい若者だった。髪を高く結い、活動的な姿をしたその若者は男装した澪だった。
「澪さん、その格好どうしたの?」
澪の姿を見て、乱太郎が目を丸くして尋ねた。驚いたのは勿論、乱太郎だけではない。半助も、きり丸達もポカンとした顔で澪を見つめていた。
「この格好は、くのたまの子達がやってくれたんです。今日は身体を動かすアルバイトですから、動きやすい格好をしてたんですけど、いっそ男装した方がいいと言われまして。あっという間に服やら何やら用意されました」
大方、くのたま達は単純に澪に男装させたかったのだろう。
女性にしては背が高めの澪は、男装しても違和感がない。中性的な物凄い美少年に見えるが、もとが女性だと知っているきり丸達からすれば、綺麗なお兄さんではなく、男装の麗人にしか見えない。
「うわぁ、凄い似合ってますね。思ってたのと違いましたけど、澪さんなら有りです!」
「山田先生の女装は気持ち悪いけど、澪さんの男装はぼくもいいと思います。女の人達にきゃーきゃー言われたりして」
伝蔵が聞いたら、怒り出しそうなことを言う虎若と団蔵。一方、澪の男装姿を目の当たりにした半助はと言うと、気のせいでなければ、ちょっとぽーっとしている。
これは、見惚れているに違いない。
半助のこういう姿を何度か見ているものの、惚れたら男装でもいいなんて恋とは盲目である。
それにしても、澪の男装の似合うこと。
どこぞの城の大名に寵愛されるお小姓と言えば、皆、信じそうである。元が女のせいか華奢さが目立つが伸びた背筋と、しゃんとした姿勢が、良いところの若君かと思わせる。
女も男好きの男もきゃーきゃー叫びそうな外見だ。
喉仏を見せないためなのだろう、暗い色の布を巻いているのが、それが洒落て見えてしまう惚れ惚れするような美少年である。
「もう、言われました。くのたま教室で……」
ふぅ、と疲れたような顔をする澪。
男装のためにだろう化粧っ気のない顔は、彼女の素の美貌を引き立てていた。仙蔵と系統は似ているが、あちらを怜悧な印象とするならば、澪は元が女のためどこか柔らかい雰囲気がある。
「わぁ、これはこれで変な男をひっかけそうな感じが」
「これは目覚めてない人まで何かに目覚めそうな」
「っこら、なんちゅーことを言うんだ伊助、庄左ヱ門っ!!」
半助が二人を注意するが、見惚れていたので説得力は余りない。
「まぁ、こんな姿ですから今日、わたしのことは伝助とでも呼んでください」
「伝助って、山田先生と土井先生から取りました?」
伝助ーーありそうな名前であるが、今の澪の容姿では野暮ったく感じるその響きを聞いて、庄左ヱ門は名前の由来に直ぐ気がついたらしい。苦笑いしている。
「分かりました、伝助さん!」
「格好いいです、伝助さん!」
「いよっ、美少年!」
伝助の名前にウケたらしい虎若、団蔵、乱太郎が囃し立てている。
「ほらほら、遅刻しちゃうから。皆んな早く」
まだ余裕はあるが、道中何があるかも分からないため、きり丸が手を叩き出発を促すことで、どうにか予定通り学園を出ることになった。
ーー男装姿の澪は、アルバイト先につくまで矢張り目立った。
普通に女性の姿で市女笠を被った方が、動きにくいが目立たなかったかもしれない。
道行く人が澪を見て、歩くのを止める程の容姿なのだ。背の高い半助が同行しているせいもあり、かなり目立つ集団になってしまった。
忍びの仕事だったら、即失格の集団であろう。
アルバイト先は、そこそこ歩いてたどり着いた。今日のアルバイト先は、大きな蔵を所持するだけあって豪勢な屋敷だった。
他にも人足達が、わらわらと集まっている。
「おぅ、坊主来たか。ようけ連れてきたんやの」
「おはようございます!今日はよろしくお願いします!!」
今回のアルバイトの元締めである人足の親分に、きり丸は挨拶をする。親分は、きり丸の横にいた澪を見て軽く目を見張ったが何も言わなかった。
「ここは見てのとおり、大店の主人の屋敷だ。古くなった蔵を取り壊すために、蔵の中の整理を兼ねて全ての物を外に出して、別の場所に移す作業になる。割ったりしたら弁償だから、気をつけるんだ」
「分かりました!」
今日のギャラは、大店からの募集ということもあって人数に応じた報酬となっている。いよいよアルバイトが始まるとあって、きり丸の気分も高揚した。
いざ、蔵に向かわんと、早速屋敷の中に入ろうとしたーーその時である。
「おや、お久しぶりです。土井先生、は組の良い子達」
聞き覚えのある爽やかな声がした。
時たま、学園にやってくる事もある凛々しくも秀麗な顔立ちの若者を見て、乱太郎達だけでなく半助もおや、と目を見張っている。
「利吉さん!」
ぱぁっと、見覚えのある人物の姿に乱太郎達の顔が笑顔になる。
「おや、利吉くん。どうしたんだい、こんなところで」
「仕事ですよ。ここの屋敷の主人からの依頼でしてね。それで、そちらの方は?学園の関係者ですか」
利吉が澪をじーっと見ていた。
「どうも、伝助と申します。最近、学園に雇われた者です。半助さんのお知り合いですか?」
「……伝助、くんですか」
フリーの忍者である利吉は、伝助の名前に一発で偽名だと気付いたらしいが、半助が苦笑いするのもあってか追及はしなかった。
「利吉くんは、山田先生の息子さんなんだ。時々、学園にも来ているんだよ」
「あー、なるほど。言われてみれば、キリッとした目元が山田先生と似ていらっしゃる」
澪が利吉を見て伝蔵を重ねたのだろう。目を細めて笑うと、利吉も照れくさそうに笑った。
「山田利吉です。今日は仕事中ですので、ご挨拶はまた改めて、ということでいいですか伝助くん」
「ーーええ、改めて」
今は本名を明かさないことで納得したらしい。利吉は澪との会話を終わらせると、キリッとした表情に変わって半助の方に近づく。
「ーー土井先生、ちょっとお話しが」
「分かった、そこの木に隠れて聞こうか」
ただならぬ利吉の様子に、半助も真面目な顔をして頷いた。
二人がいそいそと、子ども達や澪を置いて話している間、残された全員で顔を見合わせる。
「何なんだろう。利吉さんフリーの売れっ子忍者だし、何かあるのかな」
「さぁ……、でも知らせるべきと思えば、土井先生からわたし達にも話しはあるかもしれませんし、あまり気にせずにいるといいと思います。そわそわしていると、手元が疎かになった結果、物を壊してアルバイト代が減らされるかもですし」
「それはダメだっ。儲けが減るぅ!!」
澪のもっともな一言に乱太郎達が木に隠れている二人の方を見るのを、きり丸は阻止した。
「いいか、皆んなっオレ達はアルバイトしにきたんだ。それを忘れちゃいけないんだからな!」
「はいはい、分かってるよ」
「本当、きり丸ってブレないよね」
銭が減らされるのはドケチには許されざる事である。大きな声で注意するきり丸を前に、虎若と伊助が呆れたように苦笑いした。
それから。
一体全体何の話しをしていたのかは知らないが半助は特に何を言うでもなく、きり丸達に合流すると、それから始まった蔵の整理の作業をそつなくこなしていた。
「おい、あの女みたいな顔したにヤツ、やばくね?あれ、おかしくね?」
「ちょっと、待て。マジか、やべぇ。あいつあんなでかいもん、五つも持ってやがる。あれさっき、男三人が必死こいて一つ持ち上げてたやつじゃねーか。うそん」
蔵から荷物を出すのに、澪が大活躍をしていた。華奢な腕が発揮するアホみたいな怪力に、筋骨隆々とした男達が揃って顔を青くしている。
「あはは、あれはやばい。澪さんと一緒に来て良かった。やっぱり面白い、あの人足の顔とか…ブフッ」
「こら団蔵っ。ツボの入った箱を持ったまま笑うな!澪さんーーじゃなくて、伝助くんに失礼だろ」
団蔵の発言に近くにいた半助が、慌てて注意するが澪は気にした風もなく、出された品物の埃や汚れを落とす作業をしていた、きり丸と庄左ヱ門の前に、その重い荷物を整然と並べていく。
「あ、伝助さん。そちらの箪笥が綺麗になったので、運んでおいてください」
「はい、分かりました庄左ヱ門くん。それにしても、凄い量……この人足の数で足りるかどうかですね」
蔵には、天井高くまで大量の品がみっちり積まれており、出すのも一苦労だ。挙句、それらを掃除する作業もあるため、それなりの数の人手はあるものの、今日で終わるか微妙そうである。
「そうは言っても、ぼくらも授業があるから今日までしか手伝えません。日当でお金は貰えるので、それで良しです。それに、ここお昼出るんですよ」
「えっ、何それきり丸。そんな大事な事は言っておいてほしかった…!」
きり丸の言葉に澪が素で喋った。見ると少し動揺している。敬語がぽろっと取れた澪を、庄左衛ヱ門が珍しい物を見たような顔で眺めたいた。
「いっぱい、おにぎり握って来たのに。無駄になる。無いわー」
そういえば、アルバイトに出かける澪の荷物は結構重そうに見えた。中身は、全員分の弁当なんて用意がいい彼女らしい。作った弁当が無駄になるのが悔しいのか、まだ敬語が取れている。
「え、それならぼくはそっちが食べたい。澪さ…、伝助さんの料理美味いし」
半助の長屋で食べた手作りの料理の味を思い出す。少ない材料で、丁寧に作られていたあの味は絶品だった。
「それなら、ぼくも食べたいです。というか、きっと他の皆んなも伝助さんのお弁当の方がいいって言うと思います。土井先生だって!」
「いや、でも冷たくなったおにぎりより、温かいご飯の方がいいのでは」
庄左ヱ門もきり丸の意見に賛同した。
それでも、澪は何やら居た堪れなさそうだ。多分、きり丸達が気を遣っていると思っているのだろう。
「ぼくは、伝助さんの作ったご飯がいいです。は組の他の生徒に自慢できますから」
「ありがとうございます。庄左ヱ門くん、きり丸も。二人ともいい子で、凄く嬉しいです」
よしよし、と優しく澪に頭を撫でられた。庄左ヱ門ときり丸は二人して顔を見合わせて、照れ笑いをしてしまう。
そうこうしている内に、人足の親方から昼飯だと大きな声で案内があった。勿論、きり丸達は澪が作った弁当である。
わらわらと飯時に集まって来た面子に、澪の弁当があると言うと、皆嬉しそうだ。沢山握ったので、急遽参加した半助の分も大丈夫だと言うのだから本当に用意がいい。
人足達の昼飯は、どうやら味噌粥のようだった。ふんわりと味噌の香りが漂う中、澪の作った弁当を開いて、忍者学園から来たアルバイトの面々は昼の休憩を取る。
「えっと、具は梅干しとオカカに昆布の三つ。これは食堂のおばさんから分けて貰った魚の甘露煮、こっちは卵焼き、あと沢庵が少しだけ」
「美味しそうだ。ありがとう、伝助くん」
綺麗に竹の皮に包まれてある美味しそうな弁当は、冷めているかもしれないが味噌粥より美味しそうである。現に、人足達の何人かが羨ましそうな顔でこちらをチラッと見てきていた。
半助がそれは嬉しそうに礼を言って、澪の弁当を頬張っていた。それをちょっと面白くなさそうな顔で見そうになりながらも、きり丸も澪の作った握り飯にぱくつく。
「凄く美味しいっ。塩加減が絶妙だよ」
虎若が口いっぱいにおにぎりを頬張っている。顔にご飯粒がついているのを、澪が優しく笑って取っていた。
「ついてますよ、虎若くん」
そのまま米粒を澪が食べてしまう。何気なくやった動作なのだろうが、虎若が途端に真っ赤になって固まった。澪は自分の容姿の美しさに対して、とてもドライだ。そのせいで、周りに与える破壊力を気にしていなさ過ぎる。
「わざと米粒付けるとバレるよね、流石に」
「いや、意外といけるかもしれない」
「そんな事をしたら怒るからな、お前達」
ひそひそ声で話す団蔵と伊助の会話に、半助の顔が今しも説教寸前になっていた。
ーーちょっと、虎若が羨ましく思うのはきり丸も同じだ。くのたま達と違って、きり丸達をからかったりして酷い目に合わせたりなんてしない澪は、素直に憧れを向けられる歳上の女性である。
そんな女性から、優しくされたら照れてしまうのは当たり前だ。多分、半助が澪に惚れているのが面白くないのも、澪に対してきり丸が他のは組の生徒と同じように、慕っているせいなのだろう……多分、そうに違いない。
澪の沢山作った弁当が、全員の胃袋の中に入った所で、休憩がてらの会話を終え、また仕事にかかって半刻程してそれは起こった。
「っ、腹が…!」
「やべぇ、気持ち悪い」
人足達が青い顔をして気分が悪くなったと、あちこちで訴え出したのだ。腹が痛いと言う者が続出し、蔵出し所の騒ぎではなくなった。
「すまん、坊主。腹が痛くて仕事どころじゃねぇ。金は人数分、今度渡すから今日はもう終いにさせてくれ」
具合が悪くなった者の中には人足の親分もいた。確かにこれでは仕事にならない。
「えーっ、こんな早く切り上げられたらオレのアルバイト代がー!」
涙腺が崩壊して涙が溢れる。が、取り纏め役がいないのに、これ以上ここには居られない。大慌てで撤収していく人足達に、取り残されるきり丸達。
「ーー半助さん、あの味噌粥ひょっとして盛られてたんじゃありませんか」
事態を見守っていた澪が、じっと半助を見つめている。てっきり味噌粥に痛んだ食材でも使われていたのかと思ったのだが、澪の問いかけに半助が苦笑いしたので、きり丸達も何かある事に気付いた。
ひょっとして、先ほど半助が利吉と会話していた内容が何か関係しているのか。
「ーー無事なようで何より。土井先生、は組の皆んな。そして伝助くん」
人足達の撤収が終わった辺りで、それまで姿を見なかった利吉が何処からともなく爽やかな笑顔を伴って現れた。
「すまないね、実は味噌粥に毒を盛られるのを分かってて放置したんだ」
「えーっ、何でそんな事したんですかぁ!ぼくのアルバイト代がぁー!!」
おのれ、例え世話になっている利吉でも許すまじ。ギロリ、と涙の滲む目で睨みつけると、利吉が申し訳なさそうに頬をかいた。
「すまない。とはいえ、わたしも依頼があるのでね。やむを得なかったのさ。だから、せめて君達だけはと、土井先生に味噌粥は食べないように警告してたんだよ」
「お弁当がなかったら、わたし達はお昼ご飯抜きになるところだったんですね」
澪が弁当を作ってなかった場合、すきっ腹で放置された可能性が高いというわけだ。乱太郎が半眼で利吉をきり丸と同じく睨むと、利吉が困ったように笑った。
「それなら、ここに居ても仕方ないですので撤収しましょう。それでは利吉さん、お仕事頑張ってください」
澪がすっかり寂しくなってしまった周囲を見て、そう締め括った。
色々と思う所はあるが、帰るしかない。そう思った時である。
「それなんだけど、伝助くん。いや、澪さん。ギャラをあげるから、わたしの仕事を少し手伝ってくれませんか」
ーー利吉から、予想だにしない話が出た。名前は大方、うっかり名前を呼んでいるのを盗み聞きか、あるいは読唇術で知ったのだろうから、驚く事ではない。
問題は当然、仕事の手伝いの件である。
澪は怪訝そうな顔をし、半助も驚いた様子だ。
それを見てきり丸は。
「利吉様っ!仕事のお手伝いなら、この摂津のきり丸がおりますぅ。ギャラっ、銭ぃ、儲けぇ、アッヒャヒャ!!」
魂の髄まで染み込んだ銭への愛から、利吉に飛びついたのだった。
