第2話 忍術学園へようこそ
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「えー、これはどういうことですか、仙蔵くん」
澪は、少し困っていた。
それというのも、仙蔵と約束していた体術の稽古のため、約束を取り付けて指定された鍛錬場に来たのだが、思わぬ観客の多さに苦笑いしていた次第である。
一年は組の実習の補佐、くのたま教室の体術の稽古、そして事務員の補佐、合間に学園長の秘書という名の話し相手になったりして、澪は学園での日々を今のところ、順調にこなしていた。
折しも、仙蔵との約束がかなったのは澪の秘書の制服が届いたのと同日であった。何となく予感はしていたのだが、澪の服は真新しい黒い忍者服に秘書、と書かれた札が縫い付けられた物であった。
お陰様で頭の中にあった美しいスーツに身を包んだ現代秘書のイメージが、ガラガラ崩れてしまった。
引き続き、藍色のスカーフと腰紐で、うら若い美女の姿をした時のシナとの差別化をはかりつつ、新しい服に袖を通した澪であるが、札以外に特に変化はないため微妙な心境であった。
そして、そんな心境に追い打ちをかけるような、予想外なギャラリーの多さにさらに微妙な気持ちになった。
ーー勿論、顔には出したりしないが。
「申し訳ない、澪さんとの鍛錬のことをつい話したら、こんな事に……小平太と長次はろ組の実習があったから、来なかったんだが」
仙蔵も困ったように笑っている。
「いやー、仙蔵と澪さんとの稽古なら、ぼくも見たいなと思いまして。二人の邪魔はしませんから。それに、怪我をしてもぼくが治しますよ。保健委員ですから!」
「伊作先輩が行くなら保健委員も全員同行しまーす」
「乱太郎が行くなら、ぼくらも一緒です。よろしく澪さん」
「えへへ、立花先輩と澪さんの邪魔しないよう、端の方で見てますね」
ギャラリーは全員で七名。保健委員五名に、一年は組のきり丸と福富しんべヱである。保健委員の猪名寺乱太郎ときり丸としんべヱの三人組は大体セットだと、きり丸から澪は教わっていた。
一年は組の最初の実習の補助を終えてから、澪はきり丸と話を済ませていた。
澪はきちんと、きり丸に礼を言い御礼の品を用意するので待っていてほしいとお願いした。タダで物がもらえると聞いて、きり丸は勿論嬉しそうに頷いてくれた。
ついでにうまいこと、澪はきり丸が引き受けるアルバイトの手伝いの約束を取り付けられてしまい、その時に乱太郎やしんべヱの事を聞いた次第である。
「あの、澪さん。実は稽古が終わってからでいいんですけど、頼みたい事がありまして」
「ーー何かは知りませんが、稽古が終わってからお聞きします。とりあえず、彼等の件は了解しました。仙蔵くんの気が散らないなら、わたしは構いません」
仙蔵がおずおずといった様子で頼みがあると言うので、好意的に返事をしておく。
ひょっとすると、澪が前世からの記憶があるせいで、精神年齢が上なことで妙に大人びてしまっていることや、職員として一線を画していることもあり、気を遣っているのかもしれない。澪はともかくとして、生徒側からはフレンドリーでも構わないのだが。
「では、これより稽古を始めますが、その前に仙蔵くんに確認です。稽古をするにあたり、どんな自分になりたいか、というイメージはできていますか?」
「イメージ、ですか」
澪は人に教える時、澪に武術のいろはを叩き込んだ元父親を参考にしている。
弟子を取らない主義だった元父親は、それなのに教えるのがとてもうまかった。
多分、澪の容姿とその怪力を知り放っておけなかったのだろう。
お陰様で、義理の娘は天下無双の武人とまでは言わずとも、アホみたいに強くなった。
「ーー武術とは、その技術をもってして己より強い相手を倒す事こそ至上としています。つまり、体格のいい人よりも仙蔵くんのような人ほど武術に精通すべきなのです」
「そんな話、初めて聞きました」
「わたしの元父上の教えです」
ちょっと鼻が高い。
澪の話を聞いて仙蔵だけでなく、善法寺の顔が変わった。彼もまた、六年生の中では華奢な部類に入るせいだろう。
「なら、わたしは自分より大きく強い相手にも、怯まず勝る者になりたい。火薬を使った武器は数に限りがあるので」
「なるほど。イメージは分かりました……では、まずは仙蔵くんの動きを知りたいので、わたしに素手で攻撃をしてください。足技を使っても構いませんよ。わたしからは、攻撃は一切しません。わたしがいいと言うまでお願いします」
いざ、稽古が始まるとあってギャラリーが、じーっと澪と仙蔵を見てくる。仙蔵は気にした様子もなく、言われた通り攻撃を開始した。
澪の力量を知っているので、仙蔵の動きに遠慮はない。最初に右ストレート、避けたら腹に蹴りと次々飛んでくる。六年生の繰り出す流麗な技に、下級生は夢中になっている。萌葱色の服を着た保健委員の三年生の忍たまが「すごい」と、呟いていた。
「もう、いいですよ」
仙蔵の息が少し上がってきた所で止めた。
格闘の基本は流石は忍たま上級生だけあって、できている。足軽等ならば、あっという間に倒してしまう強さがある。
「仙蔵くんは、下半身をもっと鍛えるといいと思います。それと柔軟ですね。早さと回避能力を上げていきませんか。相手の攻撃を避ける強者……あらゆる攻撃を避け切るのなんて、どうです。隙を見て攻撃もできますから、格好いいと思いませんか」
「避け切る……」
「知ってるかもしれませんが、戦いはじゃんけんのようなものです。組み合わせで有利不利が決まります。咄嗟の判断が命取りになる戦闘においても、いかに相手に対して有利な戦法を取るかが勝敗の鍵です。回避ができれば、考える時間もできます。わたしの怪力も、当たらなければ無いのと同じ。わたしのような人間からすれば、避けるのがうまい人間は嫌な相手になります。忍者ですし、避ける訓練は沢山してきたと思います。それを更に研ぎ澄ませるんです」
仙蔵の顔つきが変わってきた。やる気が出てきたのだろう。
「わかった、否、わかりました。やってみます」
「ふふ、別に無理に敬語を使わなくてもいいですよ。わたしには、好きに話しかけてください。では、仙蔵くんに合わせた訓練メニューを考えるためにも、もう一回手合わせしましょう。ただし、今度はわたしも攻撃しますので、当たらないよう頑張ってください。まぁ、怪我をしても保健委員も居てくれますし、安心ですね」
「……お手柔らかに頼む」
瞬間、仙蔵の顔が引き攣った。澪は天女の笑顔で手の平に拳を勢いよく押し付ける。明式の挨拶だ。
「ーーでは、行きますよ」
ニヤ、と挑発的に笑ってから、澪が目にも止まらない速さで動く。
その後、仙蔵は澪によって弱火で炙るように攻撃を受けまくり、終わる頃には使い古した雑巾もかくやという有様になったのだった。
稽古後、大怪我をしているわけではないが、あちこち打ち身や擦過傷を作っている仙蔵を保健委員達が手当していた。きり丸やしんべヱはというと、無傷でピンピンした状態で水分補給する澪のところに寄ってきた。
「澪さん、お疲れ様」
「澪さん、凄かったです。あの立花先輩に稽古をつけられるなんて!ぼく達一年は組にも教えてください。おシゲちゃんに褒められたいですっ」
きり丸もしんべヱも目がキラキラしている。竹筒の水を飲み干してから、澪は二人に返答した。
「一年は組は、まずは山田先生の授業をこなしましょうか。何かの技術を習得するにしても、基本的な能力がないと中途半端で終わっちゃいますから」
「えー……、せっかく澪さんが学園に来てくれたのに。そりゃないや」
体術は見ている分には面白いから、十歳のきり丸達の気持ちが分からないでもない。
「基礎が強い建物は崩れません。逆にこれが弱いと豪華に見える建物でも、脆く崩れます。基礎がしっかりした建物と、見てくれだけの建物がぶつかったら、どっちが勝つと思いますか。しんべヱくん」
しんべヱに、分かりやすく説明する。ちなみに、実習で一緒になっている一年は組をはじめ、伝蔵からのアドバイスもあり下級生は澪も積極的に名前で呼んでいる。
しんべヱはと言うと、澪の言葉を聞いて意味がわかったらしい。
「そっか。武術も同じなんですね。基礎がちゃんとしてないと簡単に負けちゃう」
「よくできました」
よしよし、としんべヱの頭を撫でてやる。えへ、と笑う素朴な笑顔に澪もつられて笑った。
「澪さんの説明って、分かりやすいや。すぐ理解できた」
「今度、土井先生の授業の補佐もして下さい。澪さん」
「土井先生から、要望があればね。しんべヱくん」
半助から、特に授業補佐の依頼はない。
明日は、くのたま教室の野外実習の補佐をし、その後は学園長の部屋で特別講義の予定だ。学園長自ら、この学園の立ち位置について説明があるという。澪もこの地域に来る際に人伝に聞いた勢力図を知ってはいるのだが、それをもっと詳しく教えてくれるとの事だ。
そろそろ週末のため、来週の予定を立てようとしており、澪の授業の補佐の様子を見ていた他の学年やクラスの教師から、声掛けがされつつあった。
「澪さん、今日はありがとう」
手当が終わったらしい。
服は薄汚れ、怪我はあるものの表情は割と明るい仙蔵が礼を言ってきた。
敬語が取れていて、素の彼が垣間見えた気がした。
「どういたしまして」
澪の元父親を参考にマンツーマンで稽古をしてみたのだが、結果は上々のようだ。
「あの、それで先ほど言っていたお願いの件なのだが……」
「あ、はい。どうぞ」
仙蔵は、ちょっともごもごしている。
言い難い事なのだろうか。だが、気を取り直したような表情になって、澪に向かって口を開いた。
「その内でいいから、わたしの同室の潮江文次郎に喝を入れてくれないか」
「え、喝?」
「あいつと来たら、澪さんとの事が衝撃的過ぎて、未だに思い出してはウジウジと……いい加減、鬱陶しいんだ。わたしが何を言っても無理で。それならいっそ、澪さん本人にぶつかって頭をすっきりさせた方がいいんじゃないかと思ってな」
思春期男子は難しい。
「それなら、ぼくからもお願いします。留三郎も文次郎程ではないんですけど、ここのとこ毎日激しい訓練をして、昼間にぼーっとしている事が増えてまして」
澪は、潮江と食満の顔を思い出す。確かに、あの二名は般若面の正体に強く動揺していた。
「潮江先輩はいっつもギンギンに忍者してるし、食満先輩は武闘派だから澪さんに倒されちゃったのが、よっぽどショックだったのかな」
「ぼくも、そう思う」
乱太郎と他の保健員の一年がひそひそ話しているが、丸聞こえである。別に澪が悪いわけではないのに、思春期男子のプライドを粉々にしてしまった可能性が高いため、罪悪感がちょっぴり込み上げてきた。
「えーっと、お二人の相手をするのはいいのですが、つまりは喝を入れるというのは、その」
「戦ってほしいという事だ」
「はは、ですよねぇ……でも、そんな脳筋な対応していいんですか。お友達ですよね」
「構わない。このままでは、同室のわたしの大事な火薬がシケりそうだからな」
そんな理由でいいのか。
ちらり、と善法寺の方へ視線を向けると、コクコクと頷いている。
「留三郎も、平気なフリしてるけれど文次郎と同じだと思うんです」
「善法寺さん、仙蔵くんや小平太くんと同じように普通に話してもらっても構いませんよ」
「えっ、そう?そしたら、澪さんもぼくのことは伊作って呼んでね。実は二人みたいにやり取りしたかったんだ」
普通に話してくれていい、という一言にホッとした様子の伊作。
「あの、もし、良かったらなんだけど、ぼくも仙蔵と一緒に澪さんの稽古を受けてもいいかな。ぼくも、そんなに体格はよくないから」
「わたしの稽古でよろしければ。ただし、仙蔵くんも伊作くんも、もし先生にやめろと言われたらやめてくださいね。わたしの戦闘術は忍者向きじゃありませんから」
忍者は制圧を目的としないのに、下手に教えすぎると命を落とす可能性がある。
最高学年には後がない。
だからこそ、澪に負けたことで学習しようと頑張っているのだろうが、余計なことを学びすぎて忍者として中途半端になってもまずい。
とはいえ、この辺りの判断は教師にしかできないと思っている。今のところ、澪の体術の訓練等に待ったはかかっておらず、むしろ推奨されてはいるが、今後の進め方次第ではストップがかかる事も十分に考えられた。
「てことは、ひょっとして先輩達も素手で熊を仕留められるようになるかもしれないって事ですか?」
「ーーそれは、どういう事だい。きり丸」
きり丸が感心したように言った台詞に、伊作の顔が引き攣った。
「だって、澪さん素手で熊を仕留められるって言ってましたから。先輩方も、澪さんに習ったら強くなるんじゃないかなって」
「「それはない」」
きり丸の言葉を、真顔の仙蔵と伊作が否定した。二人の眼差しが、何か新種の生物を前にしたかのような有様で澪を見つめていた。
「澪さんの身体って、本当にどうなってるんだい。この見た目のどこにあの恐ろしい力が……」
「伊作、考えるのはやめておこう。わたし達は忍びと言えども、普通の人間なんだ。それでいいさ、人間をやめるわけにはいかんだろう」
「お二人とも、急に失礼なんですけど。ああっ、わたしの繊細な心が傷つきます。しくしく」
流石に抗議するためにもここは、くのたま教室で習った哀車の術を使うべきだ。澪は両手を胸に当てて、全力で哀しいフリをしてみた。
ーーが。
「棒読みだ。凄い棒読みだ……!」
「泣いてるフリが恐ろしく下手だ。台詞と表情が合ってない。滅多に居ない凄い大根役者だ」
「澪さん、芝居が無茶苦茶下手なんだな。何でも出来ると思ってたのに、意外だ」
「あれなら、ぼくの方がうまいよ。今度、澪さんにコツを教えてあげようかな」
澪の下手くそ過ぎる演技に、下級生忍たま達がひそひそと話す。
息をするように演技をして、相手から情報を得るのが忍者の基本である。澪はその能力が壊滅的であった。
澪の大根役者振りが判明した後で、仙蔵の稽古は幕を閉じた。下級生忍たま達にとってはいい刺激になったようで、鍛練が大事と何故か筋トレをすると言って校庭に行ってしまった。元気な事である。
澪は部屋に戻り、仙蔵に課す訓練メニューを作った後は、そのまま、きり丸達への御礼の製作に没頭した。伝子からの依頼の分は時間がかかってしまうため後回しである。
布は、御礼の品が決まったその翌日に、外出許可を得て即座に入手したものだ。残された軍資金を叩いて購入したので、澪の手元にはうどん一杯食べられるかどうか怪しい程度の銭しか残っていない。
だが、給与がいつ貰えるか分からないので御礼を優先した。
それに、少しくらいの小銭なら何とか稼げる。
ちなみに、くのたまの宿舎で澪はシナのすぐ隣の部屋を与えられた。そんなわけで、シナの見事な変身ぶりを知った澪は、ひょっとして本当の姿を知ることができるかもしれない、等と期待したりもしたが、早々に諦めた。
はっきり言って隙がない。
体格も服も異なるのに、同一人物だなんて手品より凄い神技変身術である。ぶっちゃけ澪の怪力等より、謎に満ちていると言えよう。
「ふーっ、何とか御礼は終わった」
一仕事終えて、針を仕舞う。
出来上がりをチェックするために、子供用の着物と巾着を並べた。
きり丸にあげる着物は、絞り染めの布を使った代物だ。それだけだと寂しいので、ご利益があるように胸元にワンポイントになるよう、小槌の刺繍をいれた。
続いて半助から依頼のあった大きめの巾着は、信玄袋にした。伝蔵の物は指定されたサイズの巾着袋で、忍者らしく半助と揃って手裏剣の小さな刺繍入りである。
「ふっ、我ながらいい出来だわ。お陰様で寝不足気味だけど、完成したもんねーっ。これは売り物になるレベルだわ……」
仙蔵の稽古をつけた後もあって、御礼が完成した安心感が一気に眠気に変わった。コーヒーが欲しいが、ヘンテコ戦国時代のくせにコーヒーが手に入らない。前世、コーヒー党だった澪には苦痛である。ブラックが飲みたい。タンポポコーヒーは、本物のコーヒーが恋しくなるから代用品として、作り方を知ってはいるものの飲んだことはない。
あれを飲んだら、カフェイン恋しさに切なくて泣いてしまうかもしれないからだ。
「ーーあ、ダメだ。ちょっと、いやかなり、眠い」
澪は目の前に完成品を並べたまま、こてん、と横になり、その日は様子を見に来たシナに起こされるまで爆睡してしまったのだった。
澪は、少し困っていた。
それというのも、仙蔵と約束していた体術の稽古のため、約束を取り付けて指定された鍛錬場に来たのだが、思わぬ観客の多さに苦笑いしていた次第である。
一年は組の実習の補佐、くのたま教室の体術の稽古、そして事務員の補佐、合間に学園長の秘書という名の話し相手になったりして、澪は学園での日々を今のところ、順調にこなしていた。
折しも、仙蔵との約束がかなったのは澪の秘書の制服が届いたのと同日であった。何となく予感はしていたのだが、澪の服は真新しい黒い忍者服に秘書、と書かれた札が縫い付けられた物であった。
お陰様で頭の中にあった美しいスーツに身を包んだ現代秘書のイメージが、ガラガラ崩れてしまった。
引き続き、藍色のスカーフと腰紐で、うら若い美女の姿をした時のシナとの差別化をはかりつつ、新しい服に袖を通した澪であるが、札以外に特に変化はないため微妙な心境であった。
そして、そんな心境に追い打ちをかけるような、予想外なギャラリーの多さにさらに微妙な気持ちになった。
ーー勿論、顔には出したりしないが。
「申し訳ない、澪さんとの鍛錬のことをつい話したら、こんな事に……小平太と長次はろ組の実習があったから、来なかったんだが」
仙蔵も困ったように笑っている。
「いやー、仙蔵と澪さんとの稽古なら、ぼくも見たいなと思いまして。二人の邪魔はしませんから。それに、怪我をしてもぼくが治しますよ。保健委員ですから!」
「伊作先輩が行くなら保健委員も全員同行しまーす」
「乱太郎が行くなら、ぼくらも一緒です。よろしく澪さん」
「えへへ、立花先輩と澪さんの邪魔しないよう、端の方で見てますね」
ギャラリーは全員で七名。保健委員五名に、一年は組のきり丸と福富しんべヱである。保健委員の猪名寺乱太郎ときり丸としんべヱの三人組は大体セットだと、きり丸から澪は教わっていた。
一年は組の最初の実習の補助を終えてから、澪はきり丸と話を済ませていた。
澪はきちんと、きり丸に礼を言い御礼の品を用意するので待っていてほしいとお願いした。タダで物がもらえると聞いて、きり丸は勿論嬉しそうに頷いてくれた。
ついでにうまいこと、澪はきり丸が引き受けるアルバイトの手伝いの約束を取り付けられてしまい、その時に乱太郎やしんべヱの事を聞いた次第である。
「あの、澪さん。実は稽古が終わってからでいいんですけど、頼みたい事がありまして」
「ーー何かは知りませんが、稽古が終わってからお聞きします。とりあえず、彼等の件は了解しました。仙蔵くんの気が散らないなら、わたしは構いません」
仙蔵がおずおずといった様子で頼みがあると言うので、好意的に返事をしておく。
ひょっとすると、澪が前世からの記憶があるせいで、精神年齢が上なことで妙に大人びてしまっていることや、職員として一線を画していることもあり、気を遣っているのかもしれない。澪はともかくとして、生徒側からはフレンドリーでも構わないのだが。
「では、これより稽古を始めますが、その前に仙蔵くんに確認です。稽古をするにあたり、どんな自分になりたいか、というイメージはできていますか?」
「イメージ、ですか」
澪は人に教える時、澪に武術のいろはを叩き込んだ元父親を参考にしている。
弟子を取らない主義だった元父親は、それなのに教えるのがとてもうまかった。
多分、澪の容姿とその怪力を知り放っておけなかったのだろう。
お陰様で、義理の娘は天下無双の武人とまでは言わずとも、アホみたいに強くなった。
「ーー武術とは、その技術をもってして己より強い相手を倒す事こそ至上としています。つまり、体格のいい人よりも仙蔵くんのような人ほど武術に精通すべきなのです」
「そんな話、初めて聞きました」
「わたしの元父上の教えです」
ちょっと鼻が高い。
澪の話を聞いて仙蔵だけでなく、善法寺の顔が変わった。彼もまた、六年生の中では華奢な部類に入るせいだろう。
「なら、わたしは自分より大きく強い相手にも、怯まず勝る者になりたい。火薬を使った武器は数に限りがあるので」
「なるほど。イメージは分かりました……では、まずは仙蔵くんの動きを知りたいので、わたしに素手で攻撃をしてください。足技を使っても構いませんよ。わたしからは、攻撃は一切しません。わたしがいいと言うまでお願いします」
いざ、稽古が始まるとあってギャラリーが、じーっと澪と仙蔵を見てくる。仙蔵は気にした様子もなく、言われた通り攻撃を開始した。
澪の力量を知っているので、仙蔵の動きに遠慮はない。最初に右ストレート、避けたら腹に蹴りと次々飛んでくる。六年生の繰り出す流麗な技に、下級生は夢中になっている。萌葱色の服を着た保健委員の三年生の忍たまが「すごい」と、呟いていた。
「もう、いいですよ」
仙蔵の息が少し上がってきた所で止めた。
格闘の基本は流石は忍たま上級生だけあって、できている。足軽等ならば、あっという間に倒してしまう強さがある。
「仙蔵くんは、下半身をもっと鍛えるといいと思います。それと柔軟ですね。早さと回避能力を上げていきませんか。相手の攻撃を避ける強者……あらゆる攻撃を避け切るのなんて、どうです。隙を見て攻撃もできますから、格好いいと思いませんか」
「避け切る……」
「知ってるかもしれませんが、戦いはじゃんけんのようなものです。組み合わせで有利不利が決まります。咄嗟の判断が命取りになる戦闘においても、いかに相手に対して有利な戦法を取るかが勝敗の鍵です。回避ができれば、考える時間もできます。わたしの怪力も、当たらなければ無いのと同じ。わたしのような人間からすれば、避けるのがうまい人間は嫌な相手になります。忍者ですし、避ける訓練は沢山してきたと思います。それを更に研ぎ澄ませるんです」
仙蔵の顔つきが変わってきた。やる気が出てきたのだろう。
「わかった、否、わかりました。やってみます」
「ふふ、別に無理に敬語を使わなくてもいいですよ。わたしには、好きに話しかけてください。では、仙蔵くんに合わせた訓練メニューを考えるためにも、もう一回手合わせしましょう。ただし、今度はわたしも攻撃しますので、当たらないよう頑張ってください。まぁ、怪我をしても保健委員も居てくれますし、安心ですね」
「……お手柔らかに頼む」
瞬間、仙蔵の顔が引き攣った。澪は天女の笑顔で手の平に拳を勢いよく押し付ける。明式の挨拶だ。
「ーーでは、行きますよ」
ニヤ、と挑発的に笑ってから、澪が目にも止まらない速さで動く。
その後、仙蔵は澪によって弱火で炙るように攻撃を受けまくり、終わる頃には使い古した雑巾もかくやという有様になったのだった。
稽古後、大怪我をしているわけではないが、あちこち打ち身や擦過傷を作っている仙蔵を保健委員達が手当していた。きり丸やしんべヱはというと、無傷でピンピンした状態で水分補給する澪のところに寄ってきた。
「澪さん、お疲れ様」
「澪さん、凄かったです。あの立花先輩に稽古をつけられるなんて!ぼく達一年は組にも教えてください。おシゲちゃんに褒められたいですっ」
きり丸もしんべヱも目がキラキラしている。竹筒の水を飲み干してから、澪は二人に返答した。
「一年は組は、まずは山田先生の授業をこなしましょうか。何かの技術を習得するにしても、基本的な能力がないと中途半端で終わっちゃいますから」
「えー……、せっかく澪さんが学園に来てくれたのに。そりゃないや」
体術は見ている分には面白いから、十歳のきり丸達の気持ちが分からないでもない。
「基礎が強い建物は崩れません。逆にこれが弱いと豪華に見える建物でも、脆く崩れます。基礎がしっかりした建物と、見てくれだけの建物がぶつかったら、どっちが勝つと思いますか。しんべヱくん」
しんべヱに、分かりやすく説明する。ちなみに、実習で一緒になっている一年は組をはじめ、伝蔵からのアドバイスもあり下級生は澪も積極的に名前で呼んでいる。
しんべヱはと言うと、澪の言葉を聞いて意味がわかったらしい。
「そっか。武術も同じなんですね。基礎がちゃんとしてないと簡単に負けちゃう」
「よくできました」
よしよし、としんべヱの頭を撫でてやる。えへ、と笑う素朴な笑顔に澪もつられて笑った。
「澪さんの説明って、分かりやすいや。すぐ理解できた」
「今度、土井先生の授業の補佐もして下さい。澪さん」
「土井先生から、要望があればね。しんべヱくん」
半助から、特に授業補佐の依頼はない。
明日は、くのたま教室の野外実習の補佐をし、その後は学園長の部屋で特別講義の予定だ。学園長自ら、この学園の立ち位置について説明があるという。澪もこの地域に来る際に人伝に聞いた勢力図を知ってはいるのだが、それをもっと詳しく教えてくれるとの事だ。
そろそろ週末のため、来週の予定を立てようとしており、澪の授業の補佐の様子を見ていた他の学年やクラスの教師から、声掛けがされつつあった。
「澪さん、今日はありがとう」
手当が終わったらしい。
服は薄汚れ、怪我はあるものの表情は割と明るい仙蔵が礼を言ってきた。
敬語が取れていて、素の彼が垣間見えた気がした。
「どういたしまして」
澪の元父親を参考にマンツーマンで稽古をしてみたのだが、結果は上々のようだ。
「あの、それで先ほど言っていたお願いの件なのだが……」
「あ、はい。どうぞ」
仙蔵は、ちょっともごもごしている。
言い難い事なのだろうか。だが、気を取り直したような表情になって、澪に向かって口を開いた。
「その内でいいから、わたしの同室の潮江文次郎に喝を入れてくれないか」
「え、喝?」
「あいつと来たら、澪さんとの事が衝撃的過ぎて、未だに思い出してはウジウジと……いい加減、鬱陶しいんだ。わたしが何を言っても無理で。それならいっそ、澪さん本人にぶつかって頭をすっきりさせた方がいいんじゃないかと思ってな」
思春期男子は難しい。
「それなら、ぼくからもお願いします。留三郎も文次郎程ではないんですけど、ここのとこ毎日激しい訓練をして、昼間にぼーっとしている事が増えてまして」
澪は、潮江と食満の顔を思い出す。確かに、あの二名は般若面の正体に強く動揺していた。
「潮江先輩はいっつもギンギンに忍者してるし、食満先輩は武闘派だから澪さんに倒されちゃったのが、よっぽどショックだったのかな」
「ぼくも、そう思う」
乱太郎と他の保健員の一年がひそひそ話しているが、丸聞こえである。別に澪が悪いわけではないのに、思春期男子のプライドを粉々にしてしまった可能性が高いため、罪悪感がちょっぴり込み上げてきた。
「えーっと、お二人の相手をするのはいいのですが、つまりは喝を入れるというのは、その」
「戦ってほしいという事だ」
「はは、ですよねぇ……でも、そんな脳筋な対応していいんですか。お友達ですよね」
「構わない。このままでは、同室のわたしの大事な火薬がシケりそうだからな」
そんな理由でいいのか。
ちらり、と善法寺の方へ視線を向けると、コクコクと頷いている。
「留三郎も、平気なフリしてるけれど文次郎と同じだと思うんです」
「善法寺さん、仙蔵くんや小平太くんと同じように普通に話してもらっても構いませんよ」
「えっ、そう?そしたら、澪さんもぼくのことは伊作って呼んでね。実は二人みたいにやり取りしたかったんだ」
普通に話してくれていい、という一言にホッとした様子の伊作。
「あの、もし、良かったらなんだけど、ぼくも仙蔵と一緒に澪さんの稽古を受けてもいいかな。ぼくも、そんなに体格はよくないから」
「わたしの稽古でよろしければ。ただし、仙蔵くんも伊作くんも、もし先生にやめろと言われたらやめてくださいね。わたしの戦闘術は忍者向きじゃありませんから」
忍者は制圧を目的としないのに、下手に教えすぎると命を落とす可能性がある。
最高学年には後がない。
だからこそ、澪に負けたことで学習しようと頑張っているのだろうが、余計なことを学びすぎて忍者として中途半端になってもまずい。
とはいえ、この辺りの判断は教師にしかできないと思っている。今のところ、澪の体術の訓練等に待ったはかかっておらず、むしろ推奨されてはいるが、今後の進め方次第ではストップがかかる事も十分に考えられた。
「てことは、ひょっとして先輩達も素手で熊を仕留められるようになるかもしれないって事ですか?」
「ーーそれは、どういう事だい。きり丸」
きり丸が感心したように言った台詞に、伊作の顔が引き攣った。
「だって、澪さん素手で熊を仕留められるって言ってましたから。先輩方も、澪さんに習ったら強くなるんじゃないかなって」
「「それはない」」
きり丸の言葉を、真顔の仙蔵と伊作が否定した。二人の眼差しが、何か新種の生物を前にしたかのような有様で澪を見つめていた。
「澪さんの身体って、本当にどうなってるんだい。この見た目のどこにあの恐ろしい力が……」
「伊作、考えるのはやめておこう。わたし達は忍びと言えども、普通の人間なんだ。それでいいさ、人間をやめるわけにはいかんだろう」
「お二人とも、急に失礼なんですけど。ああっ、わたしの繊細な心が傷つきます。しくしく」
流石に抗議するためにもここは、くのたま教室で習った哀車の術を使うべきだ。澪は両手を胸に当てて、全力で哀しいフリをしてみた。
ーーが。
「棒読みだ。凄い棒読みだ……!」
「泣いてるフリが恐ろしく下手だ。台詞と表情が合ってない。滅多に居ない凄い大根役者だ」
「澪さん、芝居が無茶苦茶下手なんだな。何でも出来ると思ってたのに、意外だ」
「あれなら、ぼくの方がうまいよ。今度、澪さんにコツを教えてあげようかな」
澪の下手くそ過ぎる演技に、下級生忍たま達がひそひそと話す。
息をするように演技をして、相手から情報を得るのが忍者の基本である。澪はその能力が壊滅的であった。
澪の大根役者振りが判明した後で、仙蔵の稽古は幕を閉じた。下級生忍たま達にとってはいい刺激になったようで、鍛練が大事と何故か筋トレをすると言って校庭に行ってしまった。元気な事である。
澪は部屋に戻り、仙蔵に課す訓練メニューを作った後は、そのまま、きり丸達への御礼の製作に没頭した。伝子からの依頼の分は時間がかかってしまうため後回しである。
布は、御礼の品が決まったその翌日に、外出許可を得て即座に入手したものだ。残された軍資金を叩いて購入したので、澪の手元にはうどん一杯食べられるかどうか怪しい程度の銭しか残っていない。
だが、給与がいつ貰えるか分からないので御礼を優先した。
それに、少しくらいの小銭なら何とか稼げる。
ちなみに、くのたまの宿舎で澪はシナのすぐ隣の部屋を与えられた。そんなわけで、シナの見事な変身ぶりを知った澪は、ひょっとして本当の姿を知ることができるかもしれない、等と期待したりもしたが、早々に諦めた。
はっきり言って隙がない。
体格も服も異なるのに、同一人物だなんて手品より凄い神技変身術である。ぶっちゃけ澪の怪力等より、謎に満ちていると言えよう。
「ふーっ、何とか御礼は終わった」
一仕事終えて、針を仕舞う。
出来上がりをチェックするために、子供用の着物と巾着を並べた。
きり丸にあげる着物は、絞り染めの布を使った代物だ。それだけだと寂しいので、ご利益があるように胸元にワンポイントになるよう、小槌の刺繍をいれた。
続いて半助から依頼のあった大きめの巾着は、信玄袋にした。伝蔵の物は指定されたサイズの巾着袋で、忍者らしく半助と揃って手裏剣の小さな刺繍入りである。
「ふっ、我ながらいい出来だわ。お陰様で寝不足気味だけど、完成したもんねーっ。これは売り物になるレベルだわ……」
仙蔵の稽古をつけた後もあって、御礼が完成した安心感が一気に眠気に変わった。コーヒーが欲しいが、ヘンテコ戦国時代のくせにコーヒーが手に入らない。前世、コーヒー党だった澪には苦痛である。ブラックが飲みたい。タンポポコーヒーは、本物のコーヒーが恋しくなるから代用品として、作り方を知ってはいるものの飲んだことはない。
あれを飲んだら、カフェイン恋しさに切なくて泣いてしまうかもしれないからだ。
「ーーあ、ダメだ。ちょっと、いやかなり、眠い」
澪は目の前に完成品を並べたまま、こてん、と横になり、その日は様子を見に来たシナに起こされるまで爆睡してしまったのだった。
