(甘)人形姫の糸紡ぎ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…わかりました、お相手が私で差し支えなければ、本日はお供をさせていただきます。」
「……。ああ、ありがたい。」
せめて少しでも、先生のお心の慰めに。
そう思って食事に同意したけど、先生の表情は複雑そうなままで晴れなかった。
もしかしたら、本当は他に一緒に来たい人がいたのかもしれない。
だけどそれは、私が口を出すべきことではないから。
誰かの代わりになることは別に構わないけれど、他にご一緒したい人がいた可能性に私も少しだけ複雑な気持ちになってしまったのは、自分で気づかないふりをした。
「できれば、リイナも今日は任務を忘れて楽しんでくれ。君が料理を気に入れば良いが。」
「はい、お心遣いをありがとうございます。」
自分だけではなく、付き合わせる形になった私も楽しんでほしいというその気遣いは、素直に嬉しく思う。
少し行儀が悪いけれど、周りが気にしないようにさりげなく視線を店内に巡らせてみる。
ビルの最上階の展望レストランは、夜景を売りにしているのか確かに見事な眺めだった。
天井から下がる大きなシャンデリアと彫像と、その周囲を綺麗に生けられた花が囲み、そこを中心にグルリと窓側をテーブルが配置されていて、どの席からも外の風景を楽しめる。
会話も楽しめるように心地よいクラシックのBGMは最小限に。
フロアの広さに対して席数があまり多くないのも、夜景のための配置を大事にするためと、騒がしくしないための配慮、より行き届いた良いサービスを提供するためだと思うと、どこまでもお客様のために計算され尽くした雰囲気による居心地の良さに感嘆する。
だからか平日にも関わらず満席になっている。
そこでふと気づいた。
「なかなか良い店だな。」
その口ぶりから、先生も初めて来たのだとわかる。先生も気に入ったのか、ささやかに優しい笑みで夜景を眺めている。
「気に入ったか?」
それからまた私のほうを向いたので、一瞬私に微笑まれたような気がしてドッキリしてしまった。
燭先生のこんな優しい笑顔は見たことがなかったから。
わずかに跳ねた胸、それをごまかすように、先ほど気づいたことを滑らせた。
「……このお店、事前に予約をされていたのですよね。もしかして、かなり大変だったのでは?」
これだけのレストラン、それも少ないテーブルは平日なのにすべて埋まっているということは、かなり競争率の高いお店なのでは。
お客様に家族連れはおらず、主に男女のカップルが占めているあたり、恋人か御夫婦のデートがメイン層なのかもしれない。
しかも店内のインテリアや従業員の質などに比べてテーブル数が少ないなら、採算を取るために1人あたりのお料理の単価は高いと予測できる。
そんなレストランに、やはり私なんかがお供をしてもよかったのか…他にふさわしいお相手がいたのではと不安になっていると、先生はテーブルに置いていた右手の人さし指でトントンとテーブルを叩いた。
「君の観察眼はさすがに眼を見張るものがあるな。だがそれは君の気にするところではない。」
「…申し訳ございません…。」
また言わなくてもいいことを言ってしまった…そこは指摘したらダメなのか、男女の機微、難しいな…とまたまた反省していると、先生は少し気まずそうな顔をした。
「…いや、すまない。言い方が悪かったな。君には余計なことは考えずに純粋に楽しんで欲しいと思っただけだ。」
「……そうですか…。」
………怒っているわけではない?
恐る恐る見ると、先生はまた気まずそうなままで顔を横に逸らした。
その目線をたどると先には夜景があり、キラキラした光が集まって壮観だった。
遠くに海があるのかライトアップされた大きな橋がかかっており、そこを光の粒の数々が走っていく……あれは、車の光なのかな。
周囲の建物の光も、その数だけ人々の生活があると思うと感慨深いものがある。
そして今は私と先生もその光のひとつだ。途端に今、自分がこの場所に先生と2人で座っていることに不思議な気持ちになる。
それを見つめていた先生がぽつりと呟いた。
「…部下が、以前に意中の女性とこちらへ訪れたそうだ。その彼女がかなりこの夜景を気に入ったらしく、その後のデートは大変うまくいったと。…それを聞いて、一度連れてきてみたいと思ってな。」
「……意中の女性をですか?」
「…ああ、そうだ。」
私に純粋に楽しんで欲しい…という言葉を、ゆっくり噛み締めながら眺めていたけれど…
(…意中の女性……いるんだ。)
やはり私はその女性の代わりだったかと、その後の先生の言葉で思い至る。
もしかしてデートに誘う前に事前に下見がしたかったのかもしれない、だから私を指名したのか。
そこにまた、さっきは気づかないふりをしたはずの複雑な気持ちが顔を出したけれど、表には出さずに押し込めて先生を見た。
すると先生はいつの間にか夜景ではなく私のほうを向いていた。
いつから見られていたのかわからずびっくりしていると、先生はやんわりと微笑んだ。
「今日の君はいつもと雰囲気が違うからか、本当に輪ではなくごく普通の女性のようだな。」
「…そうでしょうか。」
「ああ、とても綺麗だ。」
「っ!?」
「何を驚いている?本当の事だろう。」
「……いえ……………。」
先生が、そんなふうに女性を褒めるなんて思わなかった。
いくら私を女性扱いしたいとしても、そこまでするとは。
……ただの下見なら、代わりである私に、そこまでする必要はないのに。
(………でも。)
代理の私のことも楽しませたいと思ってくださっているのなら、それは素直に喜ぶべきだし、実際に嬉しく思う。
それに、いくら仕事でも、これでも頑張ってキイチちゃんとあれこれ議論をして仕上げてきたお洒落を、お世辞でも綺麗だと言われれば悪い気はしない。
ここは素直に感謝を告げるべきだろう。
「…ありがとうございます。」
「……正直に言ったまでだ。」
「…………………」
これ以上どう反応すればいいのかわからない。
正直に綺麗だと言われても、嬉しいけれどどこまで喜んでいいのか。
あまりお世辞を真に受けるのもおかしい気がするし、そもそもいつも看護師にすら厳しい態度の先生が、こんなに女性に対してお世辞を言うタイプだと思わなかったから余計に反応に困る。
容姿は特に褒められ慣れていないので、喜ぶべきか謙遜すべきなのか、正しい答えがわからない。
喜んで見せたらお世辞を真に受けたと思われるだろうか。
謙遜したらせっかく褒めたのにと不快にさせるだろうか。
それであまりリアクションをしない私に、先生はわずかにまぶたを伏せ視線を落とした。
「…リイナがとても冷静で淡白な性格だというのは、長年共に仕事をしていてよく分かってはいるのだが。…どうすれば、少しでも君のその穏やかすぎる心を波立たせることができるのだろうな。」
「はい……?」
「心理学方面もそれなりに心得ているつもりだが、なかなか人間というものはままならないものだ。」
「…………………」
これは、喜んで見せるのが正解ということ?
…私があまり喜んだ態度を取らないから、先生を退屈させたのだろうか。
私は元からあまり快活なほうではないし、先生のおっしゃる通り淡白な性格だとは思う。
さすがに機械ではないので、自分の中では喜怒哀楽はそれなりにあるほうだけれど、それを表に出すのは苦手だ。
あまりに顔に考えが出ないから、幼少から密かに人形の心臓だと周囲から囁かれていたことも知っている。
誰かに何かをしてもらって心から嬉しい気持ちは湧くのに、それをわかりやすく表情や体で表現するのが苦手なのだ。
女性を楽しませるデートがお望みなのであれば、やはり私は代理でもお相手として不適格だろう……だから男女の機微を学ぶよう先生は言ったのだと思う。
そこに落胆する気持ちがないわけじゃない。
けれど私にも、見た目にはわかりにくいけれど感情はある。
……私も学ばせていただくと言ったし。
これから先、仕事に関係するかもしれないしこういうやりとりも必要なことならば。
ここは私から積極的に学ぶ姿勢を見せたほうが先生も喜ぶだろうか。
なんと言うのが正解なのかわからない、だから素直に思ったことを口にしてみようと思った。
これ以上間違ったことを口走って先生を落胆させたくはないのだけれど。
先生は、私がなんと言えば喜ぶだろうか…。
少し緊張しながら頭の中で言葉を選ぶ。
「…先生も、今日はいつもと、雰囲気が違うと言いますか…。とても、素敵だと思います。」
言ってしまいドキドキしながら反応を待つと、先生は驚いたように私を見て少し目を見開いたあと、面白そうに笑った。
「…今日″は″?私が素敵なのは今日だけか?」
とても挑戦的な笑みだったので、今度はなんとなく次に何を言えばいいのかがわかった。
「いえ…いつも、素敵だとは思いますけれど…。」
「けれど、か。……ふっ。少しは学んだようだな。」
…良かった、先生、楽しそうだ。
どうやら正解の対応だったみたい…先生の笑い声に、少し心が軽くなった。
先ほどの目を伏せた表情が嘘みたいに、先生は勝ち気な顔に戻った。
「リイナの瞳に少しでも私が魅力的に映ったのなら良い。…そうだな、私ほどの男はなかなかいないと思うが、リイナはどう思う?」
「そうですね、先生のような優秀な方はなかなかいらっしゃらないかと思います。」
「私の魅力は優秀さだけではないと思うが、まあいいだろう。男としての魅力はこれから教えていけば良いか。」
男としての魅力、を、教える…?と首を傾げていると、先生がちらりと私の斜め後ろに視線を移した。
私も気配を感じて少し振り向くと、給仕の男性がトレイにボトルを乗せて静かに歩いてくるところだった。
男性は私たちのテーブルで立ち止まり、軽く頭を下げた。
「アペリティフでございます。」
掲げられたボトルは明らかにお酒だったので、アルコールはちょっと…と戸惑っていると、先生が口を開いた。
「食前酒だ、度数は低めで設定してある。少量を1杯だけならば問題ないだろう?」
「食欲増進とリラックス効果もございます、体質に問題がなければ、一口いかがでしょうか。もちろん無理にとは申しません。」
「…そういうことでしたら、1杯いただきます。」
せっかくおすすめいただいたし、元より艇でもよく大人で集まって飲むくらいにはアルコールに弱くはない。
どうやら少し緊張もしているようだし、気分を切り替えて解すことができるなら気を付けてさえいれば1杯くらいなら。
それを見越して度数にも配慮してくださったのだろう、その厚意を無下にはできない。
それに、先生とお酒をご一緒できる機会はなかなか貴重だから。
……仕事中なのに。
そんなふうに考えが緩み、融通を利かせ始めている自分に、少し驚く。
グラスに注がれた液体は少し気泡があり、白のスパークリングワインだと説明をいただいて先生と傾けた。
ふわりと甘い薫りが鼻をくすぐり、まろやかさが舌に広がり喉を通る。
微炭酸がとても優しく胃を刺激する。これが食欲も刺激するのだろう。
確かに度数はあまり高くなさそうで飲みやすい…でも、安いものではないのもわかった。
先生も満足する味だったのか表情が穏やかだ。
「気に入る味か?」
「はい、美味しいですね。」
「それは良かった。しかし、君はあくまで仕事中なのが非常に残念だ。」
「何故です?」
「リイナを酔わせて気を緩ませる手段は使えないからな。」
「酔ったほうが宜しかったでしょうか?」
それがお望みなのかと思い聞き返したら、先生はまた苦笑いをした。
「……いや。女性を酔わせて落とすやり方はあくまで最終手段だが、あえて判断力を鈍らせるのは私はあまりやらないやり方だな。」
「…そうですか。」
こういう時は酔うべきか酔わないべきか……先生は酔ってほしいのか酔わなくていいのか、先生のおっしゃる意味がよくわからない。
けれど言葉から予想するに恐らく、酔わないほうがいいのか…と1人ごちてまた一口飲むと、先生もまた苦笑いのあとグラスを口にした。
「何故私が君を酔わせる手段を使えないのが残念なのか、と疑問には思わないのか?」
「…?…先ほど、先生はあまりやらないやり方だとおっしゃったではありませんか。」
「言葉遊びだ、少しは額面通りに受け取らずに深く考えて言葉の裏側にある意味を読み取ろうとしてみろ。それが男女の機微というものだ。」
またしても男女の機微を持ち出されたので、目をパチパチさせながら先生を見つめてしまった。
今の会話の中に男女の機微に関わるものがあったのか…気づかなかった。
……酔わせられなくて残念、だけれどその手段は先生はあまり使わない。
使わないのに残念、とは?
確かに矛盾している言葉だけれど、その裏にある意味とは…。
そもそも酔わせる手段とは、私を酔わせたところで先生に何かメリットがあるのだろうか。
酔わせれば多少運動能力や判断能力は鈍る、なら私を倒したいのであればまだ納得はいくけれど、先生の戦闘能力では酔わせても難しいと思うし、倒すメリットもないだろう。
…考えてもわからない。
思わず視線を彷徨わせる私に、先生は諦めたような溜息をついた。
「……君を酔わせたい。この言葉の深い意味が理解できるか?」
「私に酔うほど楽しんで欲しい、ということでしょうか。」
「リイナに楽しんでもらいたいのは事実だが…不正解だ。」
「…残念です。」
…楽しんでもらいたいのはどうやら当たりにもかかわらず、それは不正解、とは。
ますますの矛盾に首をかしげると、先生はご自分の額に手を当てて小さくボソボソと呟いた。
「……少しは私を意識したらどうなんだ……遠回しな言い方はやはり通用しなさそうだな、ストレートにいくべきか。」
「申し訳ありません、うまく聞き取れなかったのですが何とおっしゃったのでしょうか。」
「いや、なんでもない。…ああ、料理が来たようだ。」
結局、矛盾に対する疑問は晴れないまま、先生からの解説もなく目の前に料理が置かれ、食事が始まった。
アミューズ、オードブル、ポタージュ……と順に運ばれるフルコースを、先生と会話をしながら少しづつ口にして、気づけば私はすっかりリラックスして楽しんでいた。
食前酒以降飲まない私に合わせて先生もアルコールを口にしなかったので、酔わずにこれだけ会話がもつことに驚いた。
そんな先生との時間は、私は存外苦痛ではなく、むしろ楽しいとすら思った。
仕事の話に始まり、段々とその内容はお互いのプライベートに移っていく。
艇での闘員たちの普段の出来事から、自然と私の話に。
先生は研案塔での皆さんとの何気ない話から先生個人の自室での過ごし方に。
私の個人的な話に先生が興味を惹かれているのかはわからないけれど、存外楽しそうに笑ってくれたりはする。
先生のプライベートは、私も興味を惹かれた。
特に時々自室でハーティーさんを離して遊ばせている話は意外だったけれど、ハーティーさんはあまり室内を走り回らずに先生にくっついて離れないのがなかなか運動にならず最近困っている、と。
あくまで運動のためだと言いつつ、体をよじ登られれば黙って肩に乗せたまま書類を読んでいるらしい。
その様子を想像したらなんだか微笑ましかった。
先生と仕事以外の会話をするのはほぼ初めてだったけれど、こちらが内容に困ることなく会話が進むようさりげなく話題を選んでいるのがわかる。
出された話題に、決して上手いとはいえない話し方をする私に先生は相槌を打ちながら静かに聞き、時折答えやすい質問をしてまた私から話題を引き出す。
さすがに人との会話に場馴れしている大人の男性なのだなと生意気にも感心してしまった。
男女の機微…普通の男女のやりとりというのは、こういうものなのかと思った。
それだけたくさん、様々な立場の方と会話の機会があったのだろうし、きっと女性とのデートも順調に経験を重ねていたのだろうなとふと思ったら、楽しさの中に少し胸が疼いたのは……秘密。
あくまで私は代理だから、先生はここで私が楽しく過ごせることがわかったら、きっと本命の女性をお誘いして、今よりもっと楽しい時間を過ごすのだろう。
それを少し寂しく思う自分の心の動きの理由が、私にも何故なのかわからなかった。
……先生がこの素敵なお店に連れてきたいと思った、先生の意中の女性。どんな女性なのだろう。
その人にも綺麗だと褒めるのだろうか。
それが少し気になっている自分の心が、わからなかった。
.