(甘)人形姫の糸紡ぎ
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燭先生の外出に護衛として同行するように朔さんから命を受けたので、研案塔までお迎えに行ったら、そこにはいつもの白衣や作業着ではなくパリッとしたスーツでキメた先生がいた。
前髪を後ろに撫でつけたいつものままの髪型だったので、研究者には見えないその姿ははたから見れば有能そうな会社役員のようにも見え、だけど厳しそうに細められた目で睨まれたので…もっと柔らかく笑えばいいのに……と思いつつ、それは顔に出さないように努めた。
その視線を何故か全身に受けながら、私は軽く頭を下げた。
「本日は私が燭先生の護衛の任に就かせていただきます。よろしくお願いいたします。」
「礼儀正しいのは良いが、君は相変わらず堅苦しいな。」
「それは仕事ですので。」
「…仕事熱心なのは感心するが。服装は指定の通りだな。」
「はい、このように。何か不足はございますでしょうか。」
今日は護衛に見えないように外行きの服装にするようにとご指定を頂いたので、任務に支障が出ないように動きやすく、かつ一般人の外出に見えそうなオールインワンのロングパンツドレスを選んだ。
ノースリーブの上半身からウエストあたりは身体のラインに沿ってぴったりと、だけどパンツはゆったりしたワイドで足首で裾がヒラヒラと広がるデザインは脚が細長く綺麗に見えるのだとキイチちゃんが言っていた。
合わせてメイクもいつもより少しラメを入れて華やかめにして髪もゆるく巻いたけど、少々派手じゃないかと思っている。
靴は細いピンヒールを勧められたのだけれど、いざという時のためにローヒールを履こうとしてキイチちゃんに拒否され、揉めに揉めて太めのハイヒールで決着。
正直、高いヒールは履き慣れていないし、足首が細く見えると言われても、なかなかに踵が上がるため動きづらいのでこっそりローヒールを一足持ってきた。
隙を見て履き替えようと思う。
警護計画を練るために事前に知らされていた行き先から予想した格好なのだけど、一応不足はないか聞いてみたところ、先生はお気に召したのか口元が少し綻んだ。
「不足どころか充分良い働きだ。よく似合っている。君のそんな姿はなかなか新鮮だな。」
「ありがとうございます。」
スーツの先生と並べば違和感なく溶け込めるだろう。
それはいいのだけど、正直に言うと不満もある。
内心に留めていたはずのそれは聡い先生にはお見通しだったようで、先生は腕を組んで私を見た。
「何か含むところがありそうだな?」
「…いいえ。だだ、外での護衛に私1人なのは少々不安があります。」
護衛対象は燭先生1人。
ただ、大事な政府の要人SSSであることを考えれば護衛は二人以上は欲しい。
万が一襲撃を受けたら、私だけで守りながら戦うには限度がある。
敵が複数の場合その危険も増す。
朔さんにそう進言したのに、あの上司は笑いながら私1人で3人分頑張れと言って流した。
もし私が体調を崩したり負傷して動けなくなったらどうするの。
それに……できるだけないようにはするけど、私も生身の人間なので生理現象くらいは起こる。
障りが起きたその時の為に交代要員くらいは欲しかった。
にも関わらずあの人は……………朔さんとのやり取りを思い出して小さくため息をつくと、先生は腕を組んだままの体勢で口角を上げて笑った。
「別に朔を庇うわけではないが、今日の護衛にリイナ1人のみを指名したのは私だ。不満なら朔にではなく私に向けるんだな。」
「先生が?なぜ……」
「では行くぞ、時間がもったいない。」
「え、あ、あの…」
茫然とする私に先生はさっさと背を向けてクッピーに乗り込んだ。
笑いながら自分に不満をぶつけろと言ったのも謎だけど、先生が私だけを指名したなんて話もいま初めて聞いた。
私が選ばれたのも1人なのも、てっきり朔さんの采配だと思っていたのに。
なぜ先生から直接指名されたのかもわからない。
わからないけれど、窓から先生が早くしろとばかりに睨んできたので、私は今さらもうクダを巻いても意味はないと気を取り直して操縦席に乗り込んだ。
指定の街に降りてクッピーを止めると、私と燭先生は街の中を歩いた。
表通りを進むごとに人波が増していくので、前後から警護がしたくなる…やはりあと1人は欲しい…と思いながら周囲を警戒して先生の後ろを歩く。
すると先生は立ち止まって私に振り向いた。
「…リイナ。なぜ私の後ろを歩くんだ?」
「襲撃を考えますと、前より後ろのほうが死角ができ襲われやすいので。こちらからなら背後と、前からの襲撃にも咄嗟に対応できます。」
「私の隣に来ればいいだろう。何のために護衛に見えない服装を指定したと思っている?まるで私が重要人物だと逆に宣伝して歩いているようだ。」
「それは……そうでした。考えが足りず申し訳ありません。」
私が融通がきかないとよく言われるのは、こういうところに出る。
1人で警護しなければならないという緊張が先に立って、本来の目的を忘れていた。
あくまでも先生は一般人として街を歩きたいのだ。だからあえて服装まで指定してきたのに。
後ろを歩くなんていかにも警護していますという立ち位置でいたら、これでは悪目立ちをしてしまう。
襲うべき人はここにいますと言っているようなもので、火不火でなくとも注目してしまうだろう。
私がもっと気を遣って、気を張ればいい話だった。
反省しつつ先生の隣に立つと、先生は私の失態を咎めるどころか穏やかな声色を出した。
「君なら1人でも充分な働きができると、私は信頼している。少しは気を緩めろ。最初からこれでは身がもたないぞ。」
「…先生。」
声色と同じく穏やかに微笑まれたので、私は少し心が軽くなった。
先生がこんなふうに言ってくださるなんて思わなかったから、私をなだめるためだとしても信頼していると言われれば素直に嬉しくなる。
…そんなことを言われたら、ますます頑張りたくなってしまう。
1人でも大丈夫、私ならできると思える。
この信頼に応えたくなる。
もしかしたら朔さんも、私1人でも大丈夫だと信頼してくれたのかもしれない。
(…さすが扱い方がうまい。)
うまく私の矜持をくすぐるやり方に感心してしまう。
人の上に立つ人間は、人の扱い方も優れているものなのか。
高飛車と言われる燭先生も、普段はこうやって部下を鼓舞しているのかもしれない。
ここはまんまと乗っておこう、と心の中でこぶしを握った。
「ありがとうございます、励みになります。頑張ります。」
「ああ、せいぜい励むといい。」
そう言って先生はまた笑った。
夏の夜は短い。
その僅かな時間を少しでも楽しむように、人々が足早な中を私たちも歩く。
前から来た男性が勢いよく私に向かってきたので、すれ違いざま避けようと身体を傾けたら、肩に先生の手が触れて引き寄せられた。
「危ないからもっとこちらへ来い。」
一瞬先生の身体に腕が触れてしまったので、失礼がないように間を空けた。
「お気を遣わせてしまい申し訳ありません。ですが私はあれくらいなら避けられますから大丈夫です。」
「こういうときは素直に守られているものだ。」
「お言葉を返すようですが、守られるべきは先生ですので、私を無理に女性扱いしなくて大丈夫です。私は先生の矛であり盾ですから。」
私は一般人女性ではないから、あれくらいは避けられるし例えぶつかったとしてもそれくらい大した衝撃には入らない。
むしろ立場上、護衛対象に守られるわけにはいかない。
そう言い張りながら見上げたら、先生は呆れた顔で盛大にため息をついた。
「…君は、つくづく堅苦しいというか…自分が女性扱いをされていることはわかるのに、随分と男女の機微に疎いんだな。」
「男女の機微、ですか?」
「輪だろうがなんだろうが、リイナも1人の女性であることに変わりはないだろう。それとも、1人の男としての私に女性扱いをされるのは嫌なのか?」
「とんでもありません、そのようなことは…。」
「ならば、あくまで私は護衛対象の1人以外の何者でもない、と?」
先生の訝しげな表情が、なんだか拗ねているようにも見えて私は少し困ってしまった。
護衛対象ではあるけれど、先生は私にすら男性扱いされないことは不満らしい。
なぜ不満なのかはわからないけれど、私の振る舞いで不快にさせてしまったのは失態だ。
なるほどこういうところでいえば私は男女の機微というものに疎いのかもしれない。
こういう時は、私は黙って守られているべきなのか……。
先生は私を女性扱いしたいのか……なぜ??とは思うけれど、それが先生の希望なのであれば私は叶えるべきなのだと思う。
任務に差し支えない程度であれば問題ない。
むしろ一般人に紛れて街を歩くなら、私たちも一般人の男女になるべきだったと反省した。
一般人なら、やはり私は男性に守られる女性にならなければいけなかった。
…なるほど。世間一般では女性が男性を守るほうが珍しい。
守られているふりをしながら密かに守るのはなかなか高度だけれど、潜入捜査だと思えばいけるかもしれない。
イヴァでも、きっと役としてならか弱い女性を演じることができるかも。
こうしてみると、まだまだ自分は輪として未熟だと思い知る……他の皆なら、もっとうまくやれていたのかもしれないのに。
でも、落ち込んでいる暇はないから。
私はまた先生に向き直った。
まずは先生に機嫌を直していただかなくては。
「私は、先生はきちんと、立派な1人の男性だと思っています。」
「今までから察するに、その言葉を額面通りに受け取っていいものか疑問はあるが……まあ、いいだろう。今夜はしっかりと君に学んでもらわないとな。」
「男女の機微をですか?」
「ああそうだ。男女でやりとりをする際の女性としてのあり方をよく覚えていくといい。これからに活かしてもらわないと私が困る。」
「わかりました。先生がお困りになるのでしたら、ぜひ学ばせていただきます。」
これから先生と接していくにあたり必要なことならば、と前を向いて気合いを入れる私を、先生が苦い笑いを浮かべながら見つめていたのを、私は気づくことができなかった。
それから予定通りに到着したホテルで、ラウンジを抜けてエレベーターに乗ると屋上の展望レストランに着いた。
目的地がここだと事前に聞いたときは、最上階は襲撃されたら逃げ道がなくなるからどうなのかと心配したけれど、朔さんと避難経路をあれこれと話し合ってようやく納得のいく護衛プランが完成した。
豪奢な佇まいの入口脇には身だしなみを整えるためなのか大きな鏡が設置されており、周りを囲む縁はゴールドにガラスの粒がはめ込まれてキラキラ輝いていた。
そこに映る私と先生が並んだ姿は、見た目は一般の男女の組み合わせとして違和感はない、と思う。
中を案内されるまでさりげなく店内を観察して、実際の経路を確認したりシミュレーションを重ねながら他のお客様の様子にも目を配った。
今のところ怪しい動きをする人間はいなさそうだと前を向いたところで席に着いた。
テーブルに配置されたカトラリーセットは二人分。
朔さんからは何も聞いていないけれど、誰か他に食事をする人が来るのかな?と首をかしげていたら、案内してくれたグリーターの男性がそっと椅子を引いた。
「お席へどうぞ。」
「え…………?」
男性は私に座るよう促してきたけど……パートナーではない私が座るのは…と躊躇って燭先生の方を見たら、先生も私に座るよう目配せをした。
ここで問答をしたら目立つし、先生に恥をかかせることになる。
とりあえず促されるまま座ったけれど。
「確かリイナは、アレルギーや嫌いな食べ物は無かったな?」
「はい…………あの…?」
「それは良かった。アルコールはいけるか?」
「私はお酒は今日は障りがあります…。」
飲めるけどさすがに任務中はまずい。
それは先生もわかっているからか、納得した顔でそれ以上は勧めては来なかった。
ただ………なぜか私と先生が食事をする流れになっている。
護衛なのにこんな高そうなレストランで飲食なんかしていいの…?
それもあるし、単純に戸惑う。
「あの…どなたかがいらっしゃるのではないのですか?」
係の方がいなくなり二人だけになってから、ようやく聞いてみたけれど、先生は何を言っている?みたいな顔をした。
「そんな者は来ないが?」
「ですがこちらは二人分のお食事ですよね?私が座ってしまうのはまずいのでは?それとも先生お一人で召し上がるのですか?」
「…何のために君の食の好みを聞いたと思っているんだ。」
「………まさか私の分ですか?」
「はぁ…当然だろう。今日はその為に君を指名したんだ。」
「なぜですか?」
「リイナと二人で食事をするために決まっている。」
「っ!?」
あまりに驚いて二の句を継げない。
何も言えず黙ってしまった私に、先生は少し寂しそうな顔をした。
「だまし討ちのような真似をしたのは悪かった。護衛の予定で来たにも関わらず私と食事をするのは君の本意ではないだろう。だが、しばし付き合ってもらえたらありがたい。」
「…………っ…………」
……先生がこんな謙虚な言い方をするなんて、正直驚いた。
わざわざ高級ホテルのレストランに護衛付きでの外出だから、よほど大事な…同じ要人か、近しい個人的な友人との会合だとばかり思っていた。
まさか女性とのデートであれば、相手の女性の緊張を解くために同じ女の私を指名するのは理解できるけれど、デートのイメージはしていなかった。
誰と会うのか朔さんが言及しなかったのも、それほど極秘の人物だからなのかと。
それならきっとそちら側にも護衛がつくだろうと思っていたから、指名されたのが私1人でも納得していたのに。
(……ああ、でも、もしかして…。)
会合ではない外食。
先生はお立場上、こんな個人的な外食もなかなかままならない。
いつもずっと研案塔にいらっしゃって、調査などで外出する際は必ずこうして護衛がつく。
本当はすごくグルメなのに、普段のお食事は研案塔内の食堂だったり、忙しいと片手間に栄養補助食品で簡単に済ませてしまうのも珍しくないと、前に部下の亜木さんが言っていた。
いくらなんでも生きている生身の人間なのだから、顔や態度には出さないだけで、たまにはそんな生活から逃れてゆっくりこういう場所でお食事がしたかったのかもしれない。
私1人なのも、なるべく最低限の人数で護衛されているのも忘れ、プライベートを楽しみたかったのだろうか。
……そう思ったら、なんだか。
この寂しげな表情にも、妙に納得できた。
私が一緒に食事をすることで、先生のお気持ちが少しでも晴れるのならば……それを、今日の私の任務にしよう。
それくらいは許されてもいいだろう、私が本来の任務さえ忘れなければ。
そう自分で納得して、先生と向き合った。