(甘)人形姫の糸紡ぎ
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フルコースを終えて最後のコーヒーが運ばれてきた時、先生はカップに手を伸ばしながら改めて私に問いかけた。
「少しは楽しんでくれたか?」
「はい、お料理もすべて美味しくて素晴らしかったです。」
「そうか。それは良かった。」
「…先ほど、意中の女性がいるとおっしゃいましたね。」
「ああ、言ったな。そのことだがリイナは……。」
何かを言いかける先生に、もしや私に本命の女性の相談をするのかもと予測し思わず早口になる。
「次はその女性を誘って問題ないと判断いたしました。その際もよろしければ私が護衛を担当させていただきます。」
「…は?」
「お料理も接客も大変素晴らしく、夜景も、レストラン内装自体もとても素敵ですので大抵の女性は喜ばれるかと思われます。充分にお心を射止められる可能性はあります。」
代わりならば代わりらしく、せめて先生の恋を応援しようと私なりの助言を述べてみたけど、先生は妙な顔つきになった。
ぱちぱちと目を瞬いた後、あきれたように小さく息を吐いた。
「なぜ先ほどからの話の流れでそうなる?その女性も何も、リイナを連れて来たかったに決まっているだろう。」
「ですが先ほど先生は、意中の女性を連れて来たいと」
「………本当にわからないか?」
今度は私に被せるように言った先生の声の強さと、意味深げに見つめてきた射るような視線に、私は返す言葉を失った。
一瞬、BGMが遠くなったような気さえした。
(…意中の女性がいるのに、私を連れて来たかった…?何故………。)
…私は、誰かの代理ではない……?
代理でないなら………………。
……いや、まさかそれはないでしょう…………。
憶測だけで判断してはいけない。
どの場面に立とうと慌てず、予測は立てても予想だけでは動かず、常に冷静沈着に分析するのは輪の闘員の基本の姿勢だ。
だけど、頭に浮かんでしまった可能性にどうにも胸の中がソワソワする…そんな自分の心情にも自分で驚く。
先生のまっすぐな瞳から逃れるように下を向くと、さらに先生の声がかかった。
「いくら男女の機微に疎い君でも、いい加減さすがに気づいただろう。君の言う通り、私は君の心を射止められそうか?」
「……………っ」
先生が今日の外出に、わざわざ私1人のみを指名したのは………私と出かけるため。
でも何故?
どうして私?
今日お会いしてからずっと、とにかく私を輪闘員ではなく1人の女性扱いをしたがった先生の意図を思うと、はっきり言われるまで全く気づかなかった私はやはりこういうことには不慣れでとても鈍いのだと、どうにも俯いたまま顔を上げることができない。
気まずいような気恥ずかしいような複雑な気持ちで、カップの中で静かに揺れるコーヒーを見つめる。
(…何か言うべきなのだというのはわかるけれど…。)
幼い頃からずっと、体が動くだけの人形のようだと言われてきた私は、誰か男性に特別真っ直ぐに心を寄せられた経験があまりない。
もしかしたらやはり私が鈍くて気づいていなかっただけで本当はあったのかもしれないけれど、少なくとも自覚をした出来事はないと思う。
最初は仲良くなろうと心を寄せにきてくれた、お友達になれそうだった人たちは、私のあまりの反応の鈍さに離れていった。
それを寂しく思っても、やはり顔に出ないので相手に伝わったことはない。
次第にそれが当たり前となり、何も思わなくなった。
凝りずに根気よく傍にいてくれるのは今の仲間たちくらいだろう。
キイチちゃんあたりにはよくハッキリ怒られるけれど、そのハッキリさが私には逆にありがたい。
……さっきから、かもしれないとか思うとか、自分の過去に対する印象すら自分で曖昧になってしまうほど、私は動揺しているのか。
そして何故こんなにも動揺してしまっているのかもわからない。
男性から想いを寄せられる経験もあまりない上、それが予想だにしなかった相手だったから余計に混乱しているのもある。
それでも私は自分の仕事上の立場があるし、さすがにいくら恋愛経験が乏しくとも、恋愛対象の相手が誰でもいいわけではないのだから、相手の意を汲めないならばきちんとお断りをするべきだ、それが相手への礼儀だということもさすがにわかる。
なのに、どうしてすぐに言葉が出ないのだろう。
「…あの……」
どうするのが正解なのか、どう答えるべきなのかわからずにいると、先生はさらに言葉を重ねた。
「仕事のつもりで来たにも関わらず、このような展開は予想もしておらず動揺しているだろう。だが私は、初めからリイナとはただの異性同士の立場でのデートをするつもりで準備をして来た。そのために朔に根回しまでした。」
「……朔さんにですか?」
「護衛はリイナ1人にするように頼んだ。さすがに最初は渋られたがな。………ここからは仕事ではなく、異性の立場で私と向き合ってくれないか。少しづつでも私に可能性はないか考えてほしい。」
(…デート……やっぱり先生はそのつもりで私を指名したの…?)
「……まさか、他に本命の女性がいるものと思われていたとは、リイナの疎さを甘く見ていたな。」
「…鈍くて申し訳ありません…てっきり私は代理かと思いまして…。」
「そんなわけはないだろう。それに、リイナでなくとも誰か女性を代理にデートなどしない。」
「…そうですよね。」
思えば今日はずっと、先生の私への振る舞いは1人の男性のものだった。
仕事とはいえ護衛しにくい派手な格好の私を満足そうに見たり、珍しく綺麗だと褒めたのも…通行人にぶつかりそうになった時に庇ったのも。
……ああそういえば、あの時に先生は私に手を回して自分に引き寄せた。
軽く私の腕が先生の体に触れてしまっただけだけれど、今になってそれすら意識してしまい恥ずかしい。
ただの男性として女性をマナーでエスコートするのではなく、そこに先生の想いがこもっていたのかもと思うと。
……私に、楽しんで欲しいと…言ったのも…。
「これで先ほど言った、君を酔わせたいという言葉の深い意味はわかったか?酔わせて口説きたい、という意味だと気づいて私を意識してほしかったのだが。…私は酔わせて判断力を鈍らせずとも口説けると自負していたが、通用しない女性がいたとはな。」
「…………っ」
あれは、そういう意味、だったの……。
先生の意図が汲めずにいた私に、度々先生が複雑そうな表情をしていたのも思い出した。
先生は私と食事をするつもりでいたのに対して、私はずっと先生は食事そのものを楽しみたかっただけで私はその付き添いだと理解していたから。
私が先生との食事を楽しみにしなかったから、寂しそうにもしていた。
店内には変わらず静かなクラシックのBGMと、周囲の人たちの囁きのような会話が流れる。
ようやく耳が先生の声以外の音を拾い始めた頃、やっと私は自分が俯いたままなことに気づいた。
先生のお気持ちについて何も言わずに黙り込む私に決して返事を急かさず、それ以上は迫らず、ただじっと私が何か決めて反応するのを待ってくださっている先生は、とても優しい人だ。
相手のタイミングを考えない一方的な気持ちの押し付けは害にしかならないことをよく存じている。
私の心の動きをとても大切にしてくださっている。
そこで私は段々と落ち着きを取り戻していくことができた。
「……先生に可能性、とは…厳密にはどのような可能性を見出せば宜しいのでしょうか…。」
まだ顔を上げられず、硬い物言いしかできない。だから私はずっと人形なのだ。
笑えばいいのか、困惑を浮かべればいいのか、どんな表情をすればいいのかすら分からないほど人間として未熟者なのに。
人の細かな機微がわからない私は、やはりどこか人間として欠けている人形のようなものなのに、先生はそんな私とどのような関係性になることを目的としているのだろう。
先生の望みはなんなのだろう。
分からないから冷たく淡々とした言い方しかできない私に、先生は苛立ちは1ミリも見せず努めて冷静だった。
「君は普段から輪としてかなり優秀だが、このような出来事で相手の心情を汲み取るのはとても不得手なようだから、遠回しにせず分かりやすく言うとしよう。」
「…………はい。」
「私の本命は君だけだ。はっきり言って、私は君に好意を寄せている。それは仕事の間柄ではなく男として女性の君への恋情だ。」
「…………っ…」
本当にはっきりとした意思に思わず目を見開いて顔を上げると、そこには嘘偽り無く真っ直ぐに見つめてくる先生の瞳があった。
確かに細かい心情を汲み取るのは苦手かもしれない。
だけど、その目には曇りのない純粋さすら感じる。
策略もなにもなく、ただひたむきな想いがこもっているような。
私の心すら見透かされそうになる。
私に、先生に可能性を感じてほしいというより、先生が私に可能性がないか見ようとしているように。
真っ直ぐすぎる瞳に胸のざわざわを見抜かれそう。
私でもまだこのざわざわの正体がわからないのに。
悟られないように慌てて目を逸らした。
「私はリイナと恋人の関係になることを望んでいる。私の想いを受け、君にも私へ想いを向けてほしい。今すぐには無理でも、これから先の少しづつでも私と恋人として共に有りたいと思う可能性がないか考えてはくれないか。」
(……望み……。)
「…それが先生のお望み、ですか…?」
「ああそうだ。それが私の望みだ。」
「なぜ、先生が私にそこまでの想いを向けてくださるのかが、わかりかねます…。」
ゆっくり視線を戻して自分への卑下ではなく本当にわからないからぽつりと呟くと、先生はコーヒーを飲んで一息ついた。
伏し目がちに小さく息を吐いた瞬間の一瞬の表情が妙に気になったけれど、読み取るより前にすぐまた目線を上げて私を見ながら口を開いた。
「君は特別に自己肯定感が低い節は見られないが、単に自分に無沈着なのか関心がないだけなのか、妙に自分の事には疎いな。自分がどれだけ魅力的な女性かを少しは自覚すべきだ。」
「み…りょくてき…………」
「まず、リイナはとても綺麗だ。だが容姿の端麗さだけで判断したわけではない。輪としての志しや自分の仕事への姿勢や立ち振舞い、仲間を大事に想い悪しきものを憎み、弱きものへ尊い気持ちを向ける優しさも持ち合わせている。君にもそんな心があることを私は知っている。そういう愛情深い生き様や姿勢のすべてが美しいと私は思っている。」
「心、ですか…」
「他人がどう言おうが、リイナには美しい心があると私はよく分かっている。喜びや悲しみを感じる感情もな。」
……先生、私が密かに周りから人形だと言われていたことをご存知だったのか。
まあ確かに他人よりちょっと感情の起伏は緩やかなほうだから、ほぼその通りだと自分でも思っているので、それに傷ついたりマイナスな感情は抱いていなかったけれど……最初に言った誰かに言い得て妙だなと感心すらしていたし。
でも実は顔に出ないだけで、多少は腹が立てば怒るし悲しいことがあればキチンと落ち込みもするのだけどなと密かに寂しい時もあったから、私の心を慮ってくれた先生の言葉も嬉しかったりはする。
怒っても悲しくても、すぐにそのマイナスな感情はうまく整理整頓して囚われないようにできてしまうものだから、あまり自分の気持ちに深く向き合ったことがなかった。
(…………なのに。)
今、自分の胸を騒がせている謎の感情だけはうまく整理整頓されてくれず、ずっと渦巻いている。
心地よいような悪いような、少し不快なようで手放しがたいような、複雑怪奇なこの気持ちはなんなのだろう。
先生の想いと自分の感情をどう結論づければいいのかわからない、こんなものは学園では学ばなかったし誰も教えてはくれなかった。
いつも仕事に個人的な私情が入り込むことはないから自分のこの性格はなかなか便利だと思ってきたけれど…ここにきて人間関係で壁にぶつかるとは。
これから先の仕事でのやりとりも考えれば、自分の心がわからないまま曖昧に受け入れるよりは、丁重にお断りをするべきなのだと思う……私に恋愛はいまいち向かないような気がする。
正しい恋人とはどのようにするべきなのか、先生が私とどのようになることを希望しているのか、先生が私に望む、先生の恋人としての振る舞い方もわからない。
そもそも私は男性としての先生をどう思っているのかも。
なのに、どう断るべきか迷ってしまう。
というより……断ることを躊躇っている…。
私に向けてくださったお気持ちを、簡単な言葉で終わらせてしまって良いものなのか。
考えて欲しいというなら、もっとキチンと考えて答えを出すべきなのだとは思う。
私に先生の恋人というものができるのかどうか、分析してから決めるべきか。
だけれど、恋人ってどうすればいいものなの………?
どういう気持ちになって考えたらいいの。
1人の男性を愛するとは、どんな気持ちなの?
自分のどんな振る舞いに先生は想いを寄せたのか、男性からの正しい愛され方だってわからないのに。
私のどんな想いをどう先生へ向けろと言うのだろう。
「……まあ、もっとも…あまりリイナが自分の魅力に自覚を持ちすぎるのも、周囲が君の心の細かい箇所を知りすぎるのも、私にとっては良い展開にはならない気もするが。」
「何故ですか?先ほどは自覚しろと仰ったのに。」
「自分に自信は持ってほしいが、あまり自覚して魅力的に振る舞われれば、周囲もその魅力に気付くだろう。そうなったら私の独り占めではなくなってしまう。」
「…………………。」
「君に交際を申し込む者が増えれば私の心が穏やかではなくなる。その前に君を独占してしまいたいと思うのも思慕の感情だろう。それはさすがにわかるか?」
「…なんとなく、理解はできます。想い人に他の異性の影が見えるのは複雑になるというのは…。」
「…理解できるのか。なるほど、さすがに君にもそのような経験はあるのか。」
「………え?」
「経験がなければ心で理解はできないだろう?」
「……………………」
他に異性の影があることに複雑になる経験。
なんとなく、理解できると無意識に口にしたけれど、私にそんな経験はあったのだろうか。
先生の言うように、誰かに恋をしなければそんな気持ちになるはずがない…なら、私はいつその経験をしたのか。
指摘されて思いのほか動揺している心を落ち着けたくて視線をウロウロ彷徨わせて、ふと横に逸らすと視界に夜景が広がった。
キラキラ光る粒の集まりの中に、少し戸惑っている表情の私と、テーブルを挟んだ向かいに私を見つめている燭先生の横顔が溶け込んでいた。
その横顔を思わず見つめたら、ふと先生がこちらを向いてガラス越しに目が合った。
………心臓が跳ねた気がして逸らした。
「…リイナ?」
逸らされた先生は少し声のトーンを落とした。
…………何故だかその、今の先生の気持ちがわかった気がした。
私が目を逸らしたから不安になったのだと。
だけど私は先生から逃げたくて逸らしたわけではない。
ただ自分の気持ちに戸惑っただけ。
……この景色を意中の女性に見せたくて、下見のために私を連れてきたのだと思った時、私は確かに少しだけ複雑な気持ちになったことを思い出した。
先生に他の異性の影を感じ、私は代わりであることに胸がざわついた。
だけれど私はその感情を、いつものように仕事に挟まないように整理整頓しようと気づかないふりをしたのだった。
「君にその感情の経験をさせた者に、私は素直に嫉妬する。」
「………………っ……」
「まさか、その者は今も君にとって大切な人なのか?」
「……いえ………」
…大切な人。
この複雑な感情は。
先生のことが大切だからなのだろうか。
もちろん大切な人だ。
だって先生はこの国になくてはならない大切な宝。だから私は命をかけて守る、その立場にある。だけれど。
その大切とは違うと、胸の中が叫んでいる。
この気持ちに、私は素直に名前をつけていいの?
それはどんな名前なのか……もう、予想はついている。
怖怖と目線を上げれば、ガラスには私を見つめたままの燭先生。
そのお顔は、先ほどコーヒーを飲んだ時に見せた一瞬の表情と同じだった。
今ならわかる…それは不安を押し殺し、急く気持ちを抑えた顔だ。
本当は、先生は早く、今すぐにでも答えが欲しいのだと思う。
だけれど聞くのが怖いような…それでいて、私の気持ちを考えて、私を決して急かさないように努めて抑え込み、私が答えを出すのを待ってくださっている。
先ほどはそれを一瞬で抑えて平常を保ったのだろう。
胸に芽生え始めている感情を自覚して良いものか。答えに迷っていると、先生はフッと苦笑いを浮かべた。
「…まあ。今日は私の気持ちを知ってもらえれば良い。元より長期戦は覚悟の上だ。」
ガラスの燭先生が視線を外したので実物のほうへ私も視線を移すと、先生はまたカップに口をつけていた。
コーヒーを飲み干してソーサーへ戻した後、静かについた一息は、小さいながら深いため息のように感じた。
そこに何故か胸が切なく痛む。
それから先生は私を見ながら口角を上げて笑った。
「少しは君の穏やかな心を波立たせることができたなら良い。ずっとリイナを私で動揺させてみたかったからな。」
「さすがに動揺はしました。まさか私が先生に想いを寄せていただくとは思わず。」
「これを機会に自分の魅力へ関心をもつといい。リイナは本当に素敵な女性だ、この私が本気になるくらいにな。」
「………っ」
これでもかと甘い言葉を降らせてくる先生にまた動揺が抑えられなくなる。
自分でも考えたこともなかった私の魅力というものを、先生が私より先に見いだしたということなのか。
どうにも気持ちが落ち着かず、少し冷静になりたくて俯いて静かに息を吐くと、バッグで携帯が震えたことに気付いた。
取り出して見てみると朔さんからの着信だった。
「…申し訳ありません、少しだけ外します。すぐに戻りますので。」
「ああ、ゆっくりで問題ない。」
「ありがとうございます。」
気遣いに甘えて本当にゆっくりするわけにはいかないから……と、周囲に視線を巡らせる。
見渡す限り怪しい雰囲気の人間はいなさそうだから、少しだけならとレストランの入り口まで戻る。
一応は護衛中なので先生の方を気にしながら携帯の画面を開く。
先生のご要望とはいえさすがに1人での護衛は朔さんも不安が残るので、こまめに連絡をするように言われていた。
電話に出て任務の進捗を簡単に報告すると、任務らしくなくゆっくり楽しんでこいと明るく言われたので……デートになっていることに朔さんも薄々気づいているように感じた。
「…………デート……。これって、デート…なの?」
電話を切ってから視線を上げれば、先ほどの鏡が目に入った。
鏡に向き合って、映る自分の姿をじっと見つめる。
キイチちゃんが、私にはコレだとあれこれ物色した中から選んだドレスやアクセサリー。
かなり頑張ったといえるお洒落をした自分は、髪も化粧も派手ではあるけれど、確かにいつもとは違う華やかな雰囲気がある。
キイチちゃんはキイチちゃんで、私に似合うものや私を引き立たせるものを選ぶのが上手い。
あの子もそれだけ私の…魅せ方、魅力というものを、わかっているということなのか。
でも、私は燭先生のような男性にあれだけの言葉と想いをいただけるような人間、なのだろうか。
少しは自覚しろと言われる程の魅力が、私にはあるの…?
「…もう少し美人だったら良かったのに。」
誰もが目をひくほどに綺麗だったなら。
もっと美人でスタイルも良くて、愛想も良くて…自分で自分に自信がつくような。
そう、イヴァのような堂々とした美人だったら。
そうしたら、先生のお隣に立ってもきっと違和感なくお傍に……とふと思って、今更自分の容姿を気にしている自分が不思議だった。
…私が自分で納得できるくらい、目をひく美人だったら、私は先生の傍にいることを選んだの?
今まで、自分が他の女性と比べて容姿の優劣を意識したことなんてなかったのに。
…なんだか今日の私はずっとおかしい。少し冷静にならなければ。
よく考えれば、たいして美人でもなく闘う専門の私が燭先生と釣り合いが取れるわけがない…いくら先生が私で良いと言ってくださっても。
見た目だけでなく、男女の機微に疎くて人の心理にも鈍いのに、誰かの良い恋人になり良い恋愛ができるわけもない。
先生が望むような関係になれなかったら、ひどく落胆させてしまう。
日常と違う体験をしたことで魔法にかけられた気分にはなったけれど、いつかは解けて醒めるものだから。
鏡から店内に目を移すと、静かに腕時計で時間を確認している先生が見えた。
その姿すら様になって見える。
それからまたグルリと視線を巡らせれば、服装や年齢の違いはあれどそれぞれの空気感を持って食事を楽しんでいる男女のペアがたくさんいる。
恋人らしき男性に差し出された何かの箱の中を見た女性が、とても感激した様子で幸せそうに笑った。
その笑顔がとても綺麗で、私もつい見惚れてしまう。
ああいう女性の素直な反応は、きっと男性にとっても魅力的で可愛らしく映るだろう。
真に魅力的な女性とは、あの女性のような人だろう……私とは違う。私はああはなれないから。
愛情表現したり、素直に甘えられるような可愛い恋人は、きっと私には無理。
(……やはり、先生にはお断りをしよう。私に先生の恋人は務まらない。)
先生にはもっと、素直に感情を出せる可愛らしい女性が似合う。
私は人形だから。素敵なプレゼントをもらっても、可愛く喜びを表現はできない。
この決意に少し胸が痛んだけれど、私はまたその心に蓋をして、先生の元へ戻った。
「お待たせしました。」
「大丈夫だ。そんなに待ってはいない。」
席についてから、さてどう話を切り出そうかと思いながら、カップに口をつけて残りのコーヒーを飲んだ。
少しぬるくなった液体が、先ほどより妙に苦く感じる。
「朔から、そろそろ戻れと催促か?」
「いえ……あの……………はい。」
本当はゆっくりしろと言われたけれど。
魔法の時間はもう終わりだから、私はもうただの闘員に戻らなければ。
先生のご期待には添えないと言って終わりにしないと。
嘘をついたことには先生と、終わらせる理由にした朔さんに心の中で謝罪しつつ、目線を上げて先生を見た。
先生もまっすぐに私を見つめてくる。
断りを入れたら、きっともうこの瞳でこんなふうに見つめられることもない。
大丈夫、先生ならきっとすぐに素敵な恋人に恵まれる……そうしたら、先生はその女性を心から愛して、先生もその女性に大切に愛されるだろう。
相手は別に私でなくてもかまわなくなる。
なのに……うまく言葉が出なくて、何をどう言えばいいのかわからず迷ってしまう。
私が座っているこの席に…そして先生のお隣に、次は別の女性がいるのかと思うと胸がざわつく。
どうしてこんな気持ちになるのかがわからない。
今日お会いするまでは先生に対してこんなふうに心が波立つことはなかったのに。
「…リイナ。」
「…っ…は、はい。」
しまった、ずっと黙って見ているのはさすがに失礼だったと、少し慌てた。
先生にしてみれば、何も言わず会話にならない女なんてつまらないだろうに。
……だから、私にはこういうやりとりは向かない。
私はただずっと闘っているのが似合う。
だけど、先生はそんな私に対してふわりと笑みを浮かべた。
どうしてこんなに私に笑いかけてくださるのかが不思議でならない。
なのに、私はその先生と先生の笑顔に、少しばかり…好ましい感情を抱いた。