(甘)夢でも、うつつでも
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研案塔の人間に時は関係ない
……と、かつて言ったのは自分自身だが、こういうときくらいは時間が止まってくれればいいのになと柄にもなく思ってしまう。
それを考えるたび、私も自らがただの人間の男なのだと自覚する。
周囲の者たちとなんら変わりがないのだと。
~~♪
シーツにくるまれ、ゆったりと安息に身を委ねていた最中だったというのに、無粋にもそれを邪魔したのはどこの誰か。
突然の携帯の着信音にチラリと時計に目をやれば、まだ出勤のためのアラームが
鳴るには少し早い時間帯だった。
「……私だ、どうした。」
寝起きでもすぐさま頭を切り替えられるのは長年の習慣だ。
急患だったら大変なので急ぎ体を起こし、気を取り直して携帯に出た。
幸い横で寝ている恋人は今の着信音では目覚めなかったようで、安らかに眠っているままだ。
起こさないようにそっとベッドから出て声を潜めながら会話を続ける……一晩誰かと共にいたと電話の相手に気づかれるだろうがかまうものか。
私にもプライベートくらいはある。
「――……ああ、わかった、では私もすぐに行く。いや、あくまで念のためだ、深くは気にするな。ではまた後で。」
――ピッ
「……研案塔の人間に時は関係ない……確かに自分で言ったことだ、そのとおりだな。」
あの頃も今もその考えは変わらない、だから私の行くべき道も変わらない。
例え取り巻く状況が変わろうとも。
……自分が変わろうとしないまま周りだけを変えようとするのは、狡いだろうか……?と、らしくもなく焦燥に駆られ、規則的な寝息を立てる恋人の手首をそっとすくいあげる。
男の私と比べれば小さな手だ、この手を私だけのために欲しいと思うのは我が儘なことなんだろう。
私は自分の手を彼女だけのためにはくれてやれはしないのに。
これまではそんなことを悲観的に思ったことなどなかった。
「……さて、行くと言った以上さすがにあまり待たせるべきではないな。」
プライベートは一度これで終わりとスイッチを切り、拾い上げた服をひとつひとつ片付けて新しいものを着ていく。
髪を手早く整えると、枕元に走り書きした彼女宛てのメモを置いたところでちょうど当の本人が身動ぎして起きてしまった。
広いベッドで本来なら隣にいるはずの私がいないことで空虚を感じたらしい、慌てて上半身を起こした表情は些か不安げだった。
「すまない、起こしたか。」
「あ……なにかあったんですか?」
悪戯に不安を煽ってしまったな。
まだ早い時間なのに既に出かける矢先の私の格好に、やはり急患か何かだと悟ったのだろう。
察しの良い恋人を持ったことは喜ぶべきか、むしろこんなことに慣れさせてしまって申し訳なく思うべきか。
今回に限っては少々気まずく思うべきか。
「いや、大丈夫だ。今日は違う。」
「え……?」
「……すまない、夜勤の部下からの連絡で、先日から研究していた重要なサンプルのデータが先ほど出たというので、いてもたってもいられなくなった。だから今日は早めに出勤することにした。」
研究者の血が騒いだ……と言ったら、まぁ言い訳だろうが、早く見たくてたまらなくなった。
だからデータが出次第、時間には関係なく連絡するように言っておいたのだ。
リイナは私の説明にキョトンとした顔で目をパチパチとさせたあと、思い切り吹き出して笑った。
なんだ、てっきりせっかく二人でいるのにと怒るかと思ったんだが。
「良かった、誰かに何かがあったわけじゃないんですね。」
「怒らないのか?」
「燭先生が研究バ……熱心なのは今に始まったことじゃありませんから。」
「待て、今何を言いかけた?」
いえ、なんでも?と笑って揺れている白い肩に、乱れた髪がかかる。
……僅かに疲れが見える顔色。
やはり起こさないようにもっと気を付けるべきだった。
「私はデータを見たらそのまま出勤するので、君はまだ寝ているといい。」
「何もこんな時間から行かなくても……通常出勤してから行けばいいじゃないですか。」
「研案塔の人間に時は関係ない。」
少しすねた顔のリイナに、先ほど一人で思い出した時のものと同じセリフをぶつけてみた、この際互いの貴重な時間の合間を縫った逢瀬を潰したのは棚上げだ。
「それじゃ、先生の休む時間がなくなっちゃう。」
「私が研究馬鹿なのは今に始まったことじゃないんだろう?」
「う……そ、そんなこと言っていないでしょう……。」
気まずそうにうつむいたリイナの表情が面白かった。
すねた顔を見た時、
…………休む時間を削ってもわざわざ研究データを見に行くことへのリイナの抗議を、私は単に恋人を部屋に置いて研究を優先させようとしたことへの抗議だと思ってしまったが……
君は、私の休む時間が減ってしまうことを心配してくれたんだな。
そうだな、君はそういう女性だ。
「……私が、先生に少しでも休んで欲しいって思っちゃ、ダメ?急患とか急ぎなら仕方ないですけど……むしろ、そういう時のために。」
私のほうこそ、こうしている間にもまだ疲れが見えているリイナに少しでも休んでもらいたいわけだが……、リイナも私に行って欲しくなさそうだ、顔にそう書いてある。
なんとか私を引き止められないかと。
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