(切甘)もう一度だけ…
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今日は就業二日目から職務に追われていたから、しばらくは他のことは何も考えずに済んでいた。
傘に入れてもらった上に雨から庇ってもらったのに気づきもせず、突き放すように帰してしまったことは激しく悔いて、気まずくても近々お詫びしないととは思いながら……どうしても気持ちが落ち着かなかった。
私はまだ先輩のことが好きなのかもしれない。
最初は突然の再会に動揺して、当時のことを自然と思い出したからあの頃の記憶に引きずられているのだと思った。
だけど昨日、先輩にあの頃に戻りたいなんて言われたから……何の気なしに言ったことだとしても、私の胸をざわつかせるには充分だった。
でもこれを恋と呼んでいいのかはわからない。
恋だとしても、よりを戻すなんて無理に決まってる……。
別れを切り出した相手にやり直したいなんて言えるわけもないし
自分で言った"今更"という言葉に囚われてる。
それに今のままでは同じ繰り返しになるだけだ。
「……はぁ」
考えても堂々巡りになるばかり。
ちょうどお昼になったから、気分転換にランチがてら頭を休ませようと席を立った。
昨日朔先輩と話をした社内の一角にある共有の休憩スペース、そこに設置してある自販機で飲み物を買おうと通路を歩き角を曲がると、ちょうどその自販機の前に二人組の男性が立っているのが見えた。
片方は先ほどから姿が見えなかった平門先輩で、もう一人は後ろ姿だったけど、髪形から朔先輩だとすぐにわかって思わず足を止めた。
……共有のスペースだもの、二人揃っていてもおかしいことはなにもないのだけど。
昨日の今日だし、何やら話し込んでいる雰囲気だったからなんとなく入っていきづらい。
そうこうしていると話し声がこちらまで聞こえてきた。
二人は、私には気づかずに話し続けてる。
「だからさ、うっかり口が滑ったんだって。」
「お前の口が滑らかすぎるのは今に始まったことじゃないけどな。」
「そういじめるなよ、これでもわりと本気でへこんでんだから。本当はもっとゆっくりと距離を縮めるつもりだったんだよ。」
「せっかく俺がわざわざ用事を作ってお前のところにやったのに、それも生かせなかったようだしな。お前らしくもない。」
「あれは……今度から仕掛けるなら事前に言えよ、いきなりメールで壱課にやったとか事後報告してくるから慌てて戻ったんだぞ。」
「知るか、しょっちゅう行方をくらませるお前が悪い。」
「別にサボっているわけじゃねーよ。」
……なんの話をしているんだろう。
飲み物を買いたいんだけど、入っていっていいのかわからないし…かといって立ち聞きもよくないし、迷って立ち尽くした。
言葉のとおり朔先輩はどこか声が沈んで聞こえる。
いつも明るくて元気な先輩が珍しい……それがなんだか気になって、つい聞き耳を立ててしまった。
「…ビックリしたんだよ。俺の中であいつはずっと可愛い高校の後輩の姿で止まっていたのに、何年かぶりに会ったらすげーキレイになっていたから。すっかり大人の女性でさ…ちょっと焦ったんだよ。」
(え……?)
「焦った?お前が?」
「ペコは高校の時も可愛くて俺の周りでは有名だったんだよ。ここでももし誰かが目をつけたらって気が気じゃなくてだな……実際、喰も早速ペコを口説きにかかっていたし。だがあいつは俺との再会に戸惑っていたから攻めきれねぇし。それで焦ってつい口を滑らせたんだよ。」
「なるほど。まぁ、だからといって昔別れた男にいきなりやり直したいようなことを言われたら普通なら引くな。」
「やり直したいとはまだ言ってねーよ…。似たようなことは言ったが……やっぱ、だから怒ったのかね。今更だって。」
(私の話?なんで……。)
どうして二人で私の話を……
ううん、それより……この話の内容はどういうことなんだろう。
後半はおそらく昨日の帰りのことなのだろうけど、前半は……ビックリしたとか焦ったとか、およそ朔先輩らしくない言葉ばかりが出てくる。
私と再会してビックリして焦ったから、つい口を滑らせた……?
「確かに今更だが、俺だって別れたことはずっと後悔していたんだよ。もしまた再会できたら絶対に離さないのにって思うくらいにな。そうしたら本当に会えたんだ、パニックにくらいはなる。」
「確かにな、偶然は時に恐ろしいという例を見た気分だ。俺とお前の共通の後輩だという点も含めて。」
「だろ。でも、やっぱり別れを突きつけた側から復縁を求めるのは、今更調子が良すぎなんだろーな………。」
(――……っ……)
復縁……って
朔先輩はなにを言っているの……?
「いつも人に対して遠慮なく攻めていくのがお前だろう。それが本当に珍しく落ち込んでいるとは、昨日のどしゃ降りはそれが原因か。」
「おい……。」
どうしよう……
なら、昨日戻りたいって言ったのは、本当に本音だったってこと?
……だとしたら、私はどうするの。
もし朔先輩に、もう一度やり直したいって言われたら。
……今のままじゃなにも変わらない。
また同じことになる……なのに、どうして私はこんなに嬉しいって思っているの…。
もしやり直せたら……あの頃に時間を戻すのは無理でも、関係をやり直すことができたなら……私は……
ドクン……ドクン……と胸の中が激しく揺さぶられ、頬が熱くて息ができない。
これが朔先輩の今の本当の気持ちなら……
そう思うと金縛りにあったみたいに身動きができない。
この後ろ姿からでは朔先輩がどんな表情をして話をしているのかはわからない……
昨日のことで本当にらしくもなく落ち込んでいるならなおのこと、その心の内を少しでも計りたくて、長身の背中をじっと見つめた。
すると、隣に立っていた平門先輩がふいにこちらを振り向いて目が合った。
(……っ!?)
それでもあちらは驚いたふうはなく、まるで最初から気づいていたかのように静かに微笑まれた。
……いや、微笑んだというよりは、イタズラを思い付いた子供のような、策士な笑みと言ったほうがいいのかもしれない。
それを見て逃げ腰になったけど、いざ逃げる前に口を開かれた。
「復縁を迫るにしても、今のペコの状況や気持ちがわからないとな。現在、既に恋人がいる可能性もある。」
「…ッ…可能性は、あるよな……あんだけ綺麗ならやっぱり男が放っておかないだろ…」
「ならどうする。このまま潔く諦めるか?」
朔先輩は、平門先輩の様子にも…私にも気づいていないみたいだった。
「できるわけねーだろ。潔くなくても、どれだけ責められたとしても、俺は別れてから今もずっとペコだけが好きなんだよ。」
「――っ!!」
朔先輩の言葉と、それに息を飲んだ私を見た平門先輩は笑いを堪えるように俯いた。
朔先輩が、今でも私を……好き……?
はっきりと言われて思いきり動揺してしまい、固まる私に平門先輩はまた笑う。
さすがにその様子には気づいた朔先輩が、不審そうに横にいる平門先輩の方を向いて…それからハッとこちらを向いたので真正面から視線がぶつかった。
「――ペコ!?お前いつから……」
「…っ…」
「もういっそのこと、そのまま本人にぶつけたらどうだ、朔。」
「平門……っ」
……文句を言いたそうな朔先輩を軽く受け流しながら笑う平門先輩は、私の気持ちすらお見通しなのかもしれない。
二度と失敗をしたくなくて色々な言い訳を重ねながらも、朔先輩の言葉を嬉しく思っている私の気持ちを。
だけどどうして。
別れてからもずっと好きって、そもそも別れを切り出したのは朔先輩のほうなのに。
本当は朔先輩も、再会してあの頃の気持ちが一時的に蘇っているだけなんじゃないか、と思ったけど…意を決した瞳で見つめられて心臓が跳ねた。
「…ペコ…」
「…………」
聞いてみたい……
朔先輩の本当の気持ちを。
「今の話はどういうことですか…だって、先に別れを切り出したのは先輩のほうじゃないですか……っ……私がどんな思いで別れたと思っているんですか……っ」
「……だよな、悪い……あれは本当に悪かったと思ってる。すごく後悔した。」
「…………っ」
朔先輩は自嘲気味な笑みを浮かべ、私を見た。
一緒にいたのは短い間だったけど、こんな先輩を見たのは初めてで…戸惑う。
言っていることは本気なのだと痛いほど伝わってきたから。
「きちんと話がしたいから、場所を変えないか。」
ここでは他にも人が来るからと、戸惑ったままでいた私の腕を掴み近くの会議室まで引かれた。
……ドアを閉めていざ二人きりになると、異様に緊張して体が強張る。
「……話は大体聞いていたってことでいいのか。」
視線を受けて、ゆっくり頷いた。
盗み聞きしたことになるけど、朔先輩に私を責める雰囲気はなかった。