(切甘)騎士は囚われ姫に愛を乞う
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就任直前になり、俺と平門は時辰に呼び出された。
艇長になる前の最後の面談だと言われて行った時辰の屋敷で、信じられない話を聞かされた。
「…第零號艇?なんだそれ?」
「公式では輪は第壱號艇から第伍號艇までだが、実は政府でも各艇長と幹部クラスしか知らない幻の艇が存在するんだ。今日はその話をするためにわざわざ来てもらった。」
「それが第零號艇っていうのか?平門、知っているか?」
「…噂程度に聞いた事はあるな。政府でも秘匿中の秘匿の存在で、何の情報も残さず隠密活動を得意とする精鋭部隊だと。ただの都市伝説だと思っていたが…それが本当に存在する、と?」
「それが本当に存在しちゃうんだよね〜。一応秘匿なのに、やっぱりどこかしらで噂って出回るものだね。今のところは影の精鋭とか秘密結社とか政府の闇の仕事人とか、子供が好みそうな都市伝説レベルで済んではいるけど。困った困った。」
時辰はあからさまな困惑の表情を浮かべながら、しかし軽い口調で言った。
場を和ませようと思ってのことなのはわかるがヘラヘラした態度を許さない平門のオーラが怖ぇ。
まあ都市伝説なんかどこの組織でもつきものだから、否定するほうが怪しまれるからな、支障が出なければ放っておくのが一番良い。
……艇長と幹部しか知らない艇。
今になって俺らが聞かされたのはこれから艇長になる身だから、なんだろうが。
確かにいち闘員でいた間はそんな奴らの存在は知らなかったし、知られないよう秘密裏に活動はしていたんだろうに気配すら微塵にも感じたことはなかった。
隠密の精鋭部隊ってのは伊達じゃなさそうだ。
「なあ、そもそもなんで身内にまで秘匿なんだ?存在を認知させて各艇で協力したほうが任務がやりやすいだろ?隠れて動く側も隠す側も大変なばかりで、わざわざ隠密でいる必要性はあるのか?」
「それには色々と事情があってね…説明すると長くなる。」
「それをわかりやすく簡潔に説明するのがあなたのお立場でしょう統括官どの?」
「まあまあ平門、そう兄さんをいじめないでくれ。…零組が秘匿なのは、零組の闘員たちそのものが秘匿の存在だからだ。逆に言えば、彼らが存在できるのは秘匿しているから。わかるかい?」
「いきなりの謎かけかよ。」
「そ、謎の存在は謎だから存在できる。つまり、世に彼らのことが明るみになるのは色々マズいんだ。政府だけじゃなく彼ら自身もね。バレたら彼らは存在を許されず、我々は彼らが密かに存在することも認められなくなる、非常にグレーで不安定な立場だ。」
「……政府が、世間に対してそんな弱味になる存在を抱えているとは。よほどの事情がありそうですね。」
「政府の弱味というよりも、あくまで彼らを守るための措置なんだよ。存在し続けるために自由な行動は最小限に制限され、身柄は常に通常の輪闘員以上に厳しく管理される。それが彼らを生かす条件だった。」
「生かす条件?なんだそれ。まるで本当は生きているのも不味いみたいな。それにかなり厳重な内容だな。」
「……彼らが人として生きるために必要な条件だよ。それらを呑み、世間にも身内にも秘匿されるという形で、我々政府は彼らの存在に目を瞑っている。これから艇長の任に就くお前たちには零組の存在は必然的に明かされるけど、同時にその秘密を守る責も負う。零組以外に居場所のない彼らのためにも、秘匿は必ず常に胸に抱いていてくれないか、頼むよ。」
(……政府の秘匿の存在。)
やっぱり政府には、俺らにすら明かされない秘密があった。
それが零組を守ることになるなら仕方がないのかもしれない。だが。
そこで、先日会った1人の女の子の存在が頭を過った。
(…もしかして、あのリイナも政府に隠された存在になっているのか?)
理由はわからない。
だがそう考えれば辻褄が合う。
そもそもリイナの死は上司から伝えられただけで、俺も他の誰も最期の姿や遺体すら見ることはなかった。
もし、死んだことにされているだけで実は生きているなら。
(リイナはいま、零組にいるのかもしれない。)
あの時、リイナは自分の存在をとにかく隠したがっていた。
誰かにバラせば俺を殺すとまで言った………それは、バレればリイナの身が危うくなるからだ。
存在を許されない…つまり、明るみになったら消される身。
だからあの時ガゼの村で俺と出くわしてしまったのは、リイナにとっては非常にまずい出来事だったんだろう。
リイナは秘匿の存在になっているから、存在していることを許されている。
まるで存在が罪であるかのように……いや、リイナの存在が罪ってなんだよ。
あの、人の為にまっすぐに生きてきた女の子の存在が、罪なわけがない。
それに…政府が隠す重大な秘密を当時まだ一般闘員の俺が知ってしまうのは、俺にとってもかなり不味いんじゃないか?
下手をすれば記憶処理をされて投獄されるかもしれない。
リイナは、俺を脅す形で間接的に俺も守ったことになる。
むしろ零組の人間を守るために零組がある…時辰はそう言った。
それほど守られなきゃいけない立場ってのは、一体なんなんだ。
リイナはいま、どんな状況に置かれているんだ。
存在がバレたらまずいなら、リイナの姿を見てしまった俺をあの時リイナは消すべきだった。
だがリイナはそれをせず、脅すだけで終わらせた。
俺はバラさないと信じてくれたのか?
もちろん、輪として自分の身を守るために身内に手をかけることができなかったのかもしれないが、そこにリイナの複雑な心境があったのだとしたら。
数年ぶりにあんな形で再会してしまった俺を、リイナはどんな想いで脅したのか。
……平門の言うように、よほどの事情があったんだろう。
リイナがそこまでするほどの、零組の秘密ってのは、一体なんなんだ。
だが、さっきから時辰はやたらと秘匿は強調するが、その理由はさりげなくかわして言おうとしない。
それは時辰の役目じゃないってことか?
「……時辰。零組にはいま、どんな奴がいるんだ?」
俺が知っている人間はいるのか。
暗にそう匂わせた発言の意図に、平門は気づいたのか目線を俺の方に向けた。
俺らが同期を失っていることを知っている時辰は気づいただろうか。
あくまで俺の、そうだったら良いって希望的観測だ。
だが掴めるものなら藁でも糸でも掴みに行く。
リイナが生きている可能性が1ミリでもあるなら、俺はそれに縋る。
どれだけ見苦しくたって知るか。
大事な人を喪う絶望のどん底を、俺は経験している。
今もその中を這いつくばっているんだからな。
時辰は含むものを察させない瞳でじっと俺を見つめたあと、明言は避けて静かに口を開いた。
「……零組の人間は最低限の外出以外を許されない。秘匿である以上、他の艇への立ち入りも許可がなければ限定される。艇長以外の闘員や乗組員に姿を見られたら不味いからね。」
「……それで?」
「だけど一緒に仕事をしていく以上、艇長同士の連携は必須だ。繋がりを深めるためにも、零組の事を把握するためにも、一度零組まで赴いて艇長と顔合わせをしてきてくれ。それがお前たちが就任して最初の任務だ。」
「他の艇に許可なく出入りができない零組の艇長は、自ら俺たちに会いに来ることはできない。…つまり俺たちの方が新参者の挨拶と称して零號艇長に対面しに行き、同時に零組をよく見てこい、秘匿の理由もそれで把握しろと。たかが顔合わせひとつのために、建前ばかりが御立派ですね。」
「…うん。まあ、否定はできないよ。これもあくまで零組を守るためだ。秘匿の詳細が気になるなら、零號艇長に直接聞いておいで。各艇長はそれを聞く権利と同時に義務もある。」
こちらに聞く権利があるなら、詳細を説明するのは零號艇長側の義務、ってことか。
挨拶をしに行って、同時に艇の中を探れば、もしかしたらリイナがいるかもしれない。
艇長とはいえ秘匿の艇をあまり嗅ぎ回るのは喜ばれないかもしれないが……あのリイナにもう一度会えるかもしれない、そう思ったら居ても立っても居られない。
探さない理由はない。むしろ危険なことは百も承知だ。
俺が誰かの存在を探ったのは時辰も察しただろうが、その誰かのことも、誰かを探すなとも言われなかった。
ただ艇長に挨拶をしろと言われただけで、どんな話をしてもいいのかダメなのか、会話内容の制限もなかった。
だからそれをいいことに零號艇長を詳しく問いただしてやろうと意気込んだ俺を、帰り際に廊下で平門が何かいいたげに見つめてきた。
「…朔。」
「…何だよ、言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」
「お前、零組にリイナがいるかもしれないと期待しているんだろう。」
大体なにを言われるかは予想していたが、こう直球でくるとは思わなかったな。
まさか直接ここで平門がリイナの話題を出してくるとは。
リイナと恋人になった話は、あいつが行方不明になった時に話した。
その時に平門がどう思ったかは知らないが、発見されて運ばれてから治療を受けている間ずっと気が気じゃなくて落ち着かなかった時も、亡くなったと聞いてどん底だった間も、平門は黙って何も言わずに俺の傍にいてくれた。
寄り添うでもなく下手な慰めや励ましもなかったのがかえって楽だった。
平門も友人の訃報は悲しくなかったはずがないのに。
それからはあまりリイナの話題を出すことはなかったから、ちょっと驚いたな。
俺はあまり深刻になりすぎないように、努めて明るく笑って見せた。
まあ、お見通しなんだろうが、気取らずにいられなかった。
「…バレたか。お前にはほんと、隠し事ができねえよなあ。」
「遺体を見ていない事で可能性を感じる気持ちはわかるが、あまり期待ばかりしすぎていたら後で痛い目を見るぞ。」
「…わーかっているよ。」
つまり、期待して探してやっぱりいなかったら、改めてリイナのいない世界を生きている事を思い知ることになる、だから気をつけろ、と。
俺の気持ちを考える平門の気遣いは本当にありがたい。
また俺が絶望に沈まないように、あえていま話題に出したんだろう。…が。
俺は、そんな親友にすら言えていない秘密がある。
(……リイナとの約束だからな。)
ガゼの村でリイナらしき女性と会った事。
あれは間違いなくリイナだ。
だからただの期待じゃなく、確証に近い可能性をもって、零組にリイナがいると思っている。
この事を話せば、平門だって絶対に零組にリイナがいる可能性を考える。
死んだはずの友人と生きて再会できる事を期待するだろう。
けど話せない。それはリイナの意志に反するからだし、今知れば俺やリイナだけじゃなく平門の身も危うくなるからな。
本当は一番相談したかった奴に秘密にするのは心苦しい…が、どのみち零組で確かめて本当にリイナがいたら、平門も再会することになるから。
その時は思い切り喜んでくれ。
今だけは、聡い平門に俺が確証を感じていることを悟られないように表情を作った。
「すごく心配してくれているのは、本当にありがたいと思っているよ。けど、少しでも可能性に賭けたいんだよ。」
「…………」
……ああ、別に心配なんかしていないって言いたげな目だな。
けど、同時に俺の心理を探っていそうな目線だ。
こっちも伊達にお前と長い付き合いをしていないんだよ。
「ちょーっとだけ探すくらいはいいだろ?ちょーっとだけ。」
(…悪いな、話せなくて。)
おどけながら心の中で謝る俺に、平門はため息をついた。
追求は諦めてくれたか、と内心で息をついた。
「…まあ、俺も探すつもりでいたけどな。」
「………は?お前も?」
「可能性があるなら俺もそれくらいはしてもいいだろう。」
それからまたスタスタと早足で歩き始めた平門の背中をつい見つめる。
………零組にリイナがいる可能性を、平門は確証もないまま考えた。
リイナの遺体を見なかったのは平門も同じだから、友人が生きているかもしれないと期待したのはまあ、わかるが。
やたらと早足なのが妙に気になる。
……もしかして、あいつもやっぱり、ずっとリイナのことを?
思えば、リイナに好意の目を向ける同級生たちの中で、一番リイナには興味がない顔をして接していたのは平門だった。
俺はよくリイナに声をかけてはお茶に誘ったりしていたが、平門が誘っているのは見たことがない。
それでもリイナが男の友人の中では一番に平門と話しているのも、信頼していたのも知っている。
色恋の匂いを感じさせない交流ができる平門に、リイナは安心していたんだろう。
だから下手したら俺より平門のほうが仲良くしていたところがある。
そんな平門にいつかリイナを取られるんじゃないかと、ずっと気が気じゃなかった。
もしやリイナに振り向かないリイナの想い人ってのは、平門じゃないか?とか。
リイナが平門を友人として信頼していたから、平門があえて本心を隠していたのだとしたら。
俺とリイナが恋人になった話を、平門はどんな気持ちで聞いていたんだろうか。
(…憶測、かもしれないしな。)
いざ入團して一緒に貳組になっても、平門は変わらずリイナの友人でいた。
だからこれはあくまで俺の想像だ。
好意ダダ漏れの俺に遠慮していたのかもしれないが、さりげなく牽制しても平門は揺るがなかった。
平門なりのなにかしらの理由で想いを密めていたなら、それを俺が勝手に暴くわけにはいかない、それは平門が自分で選んだことだから。
その選択も俺だけはしっかり覚えていて一緒に胸に秘めておこう、と思いながら、俺はまた先に行った平門の後を早足で追いかけた。
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