(切甘)騎士は囚われ姫に愛を乞う
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「……なんだ?平門どうした?………ああ、大丈夫だって。」
それから何年かして、行方不明者頻発の地域の調査をしていた俺は、住民への聞き込みで近くにあるガゼの村で化け物が出たことがあるという話を聞いた。
行方不明者となにか関係があるかもしれないと思い足を延ばしてみると、そこでなにやら心配したらしい平門からの電話に出た。
ずっと寝食を忘れた仕事一本筋の俺の体調を気にしたんだろう、なんだかんだで優しいもんだ。
「お前も、貳組の次の艇長就任の話が出ているんだろ?お互いなんとかここまで来たよなあ。俺が次の壱組のトップだってさ。…あいつが知ったらどう思うかな。俺たちが上司になるんだぜ?」
『……朔。』
「ん?なに心配そうな声を出してんだよ。俺なら大丈夫だって。」
『別に心配なんてしていない。せいぜい下手をやらかして早々に降格処分にならないことだな。』
「ははっ、肝に銘じておくよ。…お、村に着いたから切るな。んじゃ、お互いの就任祝いはまた今度な。」
ピッ
………………さて、と。
⋯⋯⋯⋯俺が次の壱組の艇長だってさ。
本当に、お前がここにいたら、どんな顔をするのかな。
多分、うんと驚いた顔をしたあとで、おめでとうございますと素直に祝ってくれるんだろうな……あの、可愛い笑顔でさ。
たくさんの人たちを救いたくて輪を目指して戦ったお前の目標を、人生を俺は代わりに胸に抱えているよ。
(⋯会いたいなぁ……………。)
もう一度、顔が見られたらな…。
あの日…あの告白の後、携帯で平門からの呼び出しを受けたリイナは、先に戻ると言って笑い、俺に背中を向けた。
また後でと約束して遠ざかっていくその背中を、俺は見えなくなるまでずっと見つめていた。
次に会ったら俺たちはもう恋人同士で一緒にいる。
もうすごく幸せな気持ちでいたのに…あの背中が、最後になっちまったな。
あのまま行かせずにただずっと抱きしめていれば良かった。
これからはずっと一緒にいられると信じて疑わなかったから、いくらでも機会はあると思っていた。
常に命のやり取りをしている輪は、いつ消えるかわからない。
永遠がない俺たちに、必ず明日がやってくる保証はない。
未来はいつもあやふやで、無条件に約束されたものはなにもないんだということを、俺は忘れていた。
幸せな気持ちでいたから、あれが最後の別れになるなんて、思いもしなかった。
でももう、リイナはずっと俺の恋人だ。想いを通じ合わせてから1日も一緒に過ごせなかったけどな。
お前と心を通わせたあの短い一瞬の中だけを、俺は長い間生きている。
目を閉じればいつだって浮かぶのは、リイナの可愛い笑顔と最後に俺を見つめたとろけた瞳ばかりだ。
「抱きしめたい、な。もう一度だけでいいからさ…。声が聴きたい⋯名前を呼んでほしい、な。」
記憶というものは酷く残酷で、交わした言葉の数々も声もずっと覚えているのに、あれだけ温かかったはずのぬくもりがどんな感触だったかは、年々薄れてきてしまっている。
リイナの色んな表情の記憶は頭では覚えているのに、俺の身体からは少しづつリイナの身体の記憶は抜けていくのを止められないのが、俺たちの時間がどんどん違って離れていくようで悲しい。
俺の年月は順調に流れていくのに、リイナの時間は止まったまま。
それに心が追いつかない。
優しい思い出に胸は温まり、同時に痛みも変わらず追って来るのに。
リイナがいない毎日がこんなにも寂しい。
片思いのまま終わるより、両思いで離れたことがつらくてたまらない。
もうリイナの匂いすら忘れてしまいそうだ。
もし片思いのままだったなら、ちゃんと想いを伝えれば良かったと激しく後悔しただろう。
今は、もっと早く想いを伝えれば良かったと激しく悔いている。もっと早くリイナと恋人になっていれば⋯⋯早く俺が素直になっていれば、過ごせた時間の長さも違ったのに。いま、もしもリイナが目の前に現れたら……もう一生離れないくらいに強く腕に閉じ込めるのに。
忘れる暇なんかないくらいにただその感触を味わっていたい。
もう二度と会えない、それは絶対に叶わない夢だと、未だに信じられなくて苦しさに思い知らされる。
俺が艇長になることを、本当は一番にお前に教えたかった。
俺が頑張っているところを一番傍で見ていて欲しかった。
「……はぁ………………。」
………ガゼの村の入り口に着いて周囲を見渡したとき、なんだか妙な違和感を感じた。
もともと開けた村ではなかったが、それにしても静かすぎた。
過疎化している村だとしても、こんなにも人がいないもんか?
家の中からわずかに人の気配もするが、なにかを警戒しているのか、ドアは固く閉ざされたまま、こちらを伺うような視線は感じる。
適当にどこかの家を訪ねてみるかと思いながら進むと、角を曲がったところで道に大量の動物の死骸が散らばっているのが目に入った。
「なんだ、これ?」
一番近場の死骸に近づいてよく見てみたら、それはただの動物じゃなく能力軀の死骸だった。
それがこんなに大量に。こんな数の能力軀が出たなら村はかなりパニックになったはずだ。
だが、能力軀出現の話は入ってきていない。
にもかかわらず、転がっているのは能力軀ばかりで、人間の負傷者や死人なんかは1人も見当たらなかった。
他に輪の人間が来ているのか。でなければ、一般人にこれだけの数を倒すのは不可能だ。
だが出動の連絡すらきていないのに、誰がいつの間に殲滅した?
(………っ!!………殺気?敵か!!)
思わず鳥肌が立つ気配が急速に迫ってくるのを感じた。
また新たな能力軀かと気配がする方向に振り向き、何かがこちらに向かってくるのが見えてすぐさま腕輪を起動させ武器を出した。
―――――ガッ!!!
(…っ!!)
猛烈な力が腕に響き、俺の剣に何かがぶつかる。
その衝撃に一瞬だけ目を閉じてまた開いた時、視界に入ってきたのは。
ふわりと翠色の綺麗な髪をなびかせて宙に浮いている女性。
能力者か、と瞬時に思ったが………顔を見た瞬間、俺は固まった。
「…っ…………!?」
(…リイナ!?いや、まさか……。)
その顔立ちは、記憶よりずっと大人びていたが、面影はそのままの…リイナの顔だった。
だが、リイナの髪はこんな翠色じゃない。
それに、俺に向けてくる瞳には明らかに殺意がこもっていた。
「お前、リイナか!?」
「っ!?」
女性は俺の言葉に明らかに反応し、また飛んで背後に遠のいた。
微妙な距離感の中、女性はひどく鋭い目つきで俺を睨んでくる。
(……嘘だろ…?)
…………嘘だろ、リイナが……生きていた……?
だが、輪ではリイナは死んだと確かに言っていた。
政府が身内にそんな嘘をつくか?嘘をつく理由もわからない。弔いだってした。
でもこの女性は絶対にリイナだ、間違いない。
しかし俺は、人をこんなふうに睨むリイナを知らない。
俺の記憶の中のリイナは、いつも穏やかで優しい顔をしていた。
女性はゆっくり地面に着地すると、武器を俺に向けたまま呟いた。
「………お前は、誰?なぜ僕の名前を知っている?能力者ではないのか?」
(…声はリイナだ、でも俺がわからない?だが能力者の存在を知っている。)
「…じゃあやっぱり、お前はリイナなのか?輪関係者か。」
「………………」
リイナ、らしき女性は、訝しげにジロジロと俺を見た。
その目線の動きも、口調も、纏っている雰囲気も、すべてがリイナとは違った。だた、顔立ちは全く同じなままで出している武器も声も、リイナのものと同じだ。
それから彼女は俺の手首の腕輪に目を止めた。
「…輪……?」
それから彼女は、何かにハッとして顔を背けた。
そのまま飛び去ろうと身構えたので、俺は慌てて駆け寄りその肩を掴んだ。
「俺は輪の壱號艇闘員の朔だ。お前は?」
「…朔…………?」
「この能力軀は、お前1人でやったのか?他に仲間は?なんで能力者や能力軀を知っている?お前は輪か、政府の人間か?」
「………………………」
「…お前は………俺の知っているリイナ、なのか…………?」
俺の恋人は、今も無事に生きているのか。
目の前のこの女性は俺のリイナなのか。
リイナなのだとしたら、なんで輪では死んだことになっていて、そして今ここにいるのか。
知りたい、教えてくれ。
俺はリイナを喪っていないのか。
俺はまた、リイナを抱きしめることができるのか?
聞きたい事は山程あった。
だがリイナは俺がぶつけた質問にひとつも答えようとせずに黙ったまま、こっちを見ることもしない。
この女性が本当にリイナなら、なんで俺のことも知らないふりをする?
まさか記憶喪失…………いや、それなら政府だってますますリイナの存在をこんなところに放ったままにしておくはずがない。
この武器も、飛べるのも全部政府から与えられた能力。それを記憶喪失の人間が勝手に使えるはずがない。
この能力が使えるということは輪の腕輪を装備している。
腕輪信号で居場所は特定されているはずだ。
なら、リイナは何か理由があって死んだことにされ、それがバレたらまずいから俺を知らないふりをしているだけだ。
なんで死んだことにされたのか、理由は全くわからないが…この仮説が本当なら、リイナは今も確かに生きて存在している。
俺たちは永遠に別れたわけじゃない。
なのにリイナは、なんで俺を見てくれないんだ。
「…頼む、答えてくれ、リイナ。頼むから⋯⋯。」
お前が1人で抱えているものを、俺だけには分けてくれ。
俺はもう、お前を喪ったときのあの絶望と痛みを、悲しみに沈んだ苦しい夜の長さを味わいたくないんだ。
期待と不安に高鳴る心臓を抑えながら…俺は、いっそ目の前のリイナを抱きしめようかと肩を掴んでいる手に更に力を込めた。抱き締めたい、触れたくてたまらない。
そのぬくもりと感触を再確認したい⋯⋯⋯なんとかこちらを向かせようとした矢先、リイナは勢いよくこちらを振り向いて俺の手を払った。
「…僕はリイナじゃない。」
「いや、お前はリイナだ。俺がリイナを間違えるわけがない。なんで俺を知らないふりをする?いま自分で自分の名前はリイナだと言っただろ?」
「実際、お前なんか知らない。僕はお前の言う"リイナ"とは違う。別人だ。」
「…リイナ、俺とちゃんと話をしてくれ。頼むから⋯⋯⋯」
「僕はリイナなんかじゃない!!僕のことを誰かに言ってみろ。お前なんか殺してやる。」
「…っ…」
リイナは明らかに殺意を込めた目で真っ直ぐ俺を見据え、俺に武器を向けた。
喉元に突きつけられた武器は、俺をいつでも殺せるという意思表示…脅しかもしれないが、リイナに向けられた明らかな拒絶が俺の胸に深く突き刺さる。
もしここで戦ってリイナを負かせば⋯⋯言うことを聞かせられるかもしれない。
だが、リイナと本気でやり合うなんて、俺にできるわけがなかった。
恋人に刃は向けられない。
……それに、ここまで強く否定の言葉を吐くということは。
「…なにか深い理由があるんだな?わかった、お前のことは誰にも言わない。絶対に約束する。……だがその理由は、俺にも言えない事か?俺を、信じて話してくれないか?」
「……………っ………」
リイナはほんの一瞬だけ迷うような表情を見せたあと、振り切るように俺をジロリと見据え……武器を向けたままジリジリと後ろに下がって、何も答えないまま飛び去った。
「リイナ!!待ってくれ!!」
呼びかけながら、遠くなる背中を追いかけよう…としたが、思いとどまった。
自分のことを誰にも言うな…それはつまり、俺が今のリイナの存在を知ることも、他の誰に知られるのもまずいってことだ。
本当は追いかけたくてたまらなかった。
もう二度と会えないと思っていたリイナの顔をまた見ることが叶った…それも、数年経って大人びた姿で。
出会った時にはまだ少女っぽさが残っていたのが、この数年、リイナも俺たちと同じように大人に成長していた。
ちゃんと俺たちと同じ時間を生きてきた証拠だろう。
だからここで離れたらまた2度と会えなくなるんじゃないかと胸が痛む。
けど、俺が感情のままに動くのはリイナの身が危うくなるかもしれないし、それはリイナも望まない。
一瞬、平門に相談しようかとも思ったが、おそらく平門に知られるのもまずいことなんだろう。
リイナが生きていたと知ったら、絶対に平門も喜ぶ。
あれだけ悲しんでいたリシアナも他のやつらもみんな喜ぶのに………お前はこの数年、身内の間ですら死んだことになってずっと1人でいたのか?
そう思ったら……今も孤独の中にいるとしたら……抱きしめたくて、たまらなくなった。
さっき掴んだ華奢な肩の感触が、手のひらに残って消えない。
「…また、会えるか…?生きてさえいれば……。」
その時こそ、今のお前のことを教えてくれないか。
俺はまだお前の恋人のはずだ………そうだよな………?
未来の保証がない俺たちは、また生きて会うことはできるんだろうか…。
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