(甘)恋物語の始まりは突然に
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「おはようウサ、起きるウサ」
…………………………………
……………………
ドアが開く音とポテポテという足音、そして兎が起こす声で、私は深い眠りから意識を引き戻された。
え〜?もう朝なの?全然寝た気がしないよ…もう少し寝ていたい…と、お布団でもだもだしていると、痺れを切らした兎が抗議の声を挙げた。
「朝ウサ!!」
「…ん〜…わかっ、た…起きる…から……う、頭が痛い…………。」
仕方なくうっすらとまぶたを開けば、視界に広がる天井。
閉めるのが中途半端だったのか、カーテンの隙間から溢れたらしい光の射線が走って埃がキラキラと光って舞っていた。
眩しさにズキッと痛みがこめかみに走る。ゆうべ飲み過ぎたかな……と、ぼんやりとした頭で考える。
無意識に頭に手をやろうと体を動かしたところで、肌になんだか違和感を感じた。
なんだかやけにスースーするというか、布の感触がリアルなような…?と首を傾げてみて、自分がいま裸であることに気づいた。
…あれ?服を脱いでパジャマに着替えないまま寝ちゃったのかな。よほど着替えすら億劫になるくらい酔っ払ったってこと?
(…にしても、さすがに下着すら履いてないとか……うん??)
天井から視線を外してふと横に目を向けると、薄暗い部屋の中で置いてある家具などのインテリアは、慣れ親しんだ自分の部屋じゃなかった。
「……っっ!??」
思わず飛び起きてみる。
はらりとはだけそうになって慌てて引き寄せた掛け布団の色も違う。
待って?ここどこ??どうして私、知らない部屋のベッドで裸で寝てるの??
理由をぐるぐる考えるけど、焦れば焦るほど頭が真っ白になる。すると、まだ部屋にいた兎が声を荒げた。
「起きるウサ!!」
「…え??私はもう起きてるよ??」
兎どうしたの?と聞いてみようとしたら、横からうめき声がした。
「…う、ん〜…………」
「…えっ!?」
びっくりして見た私のすぐ隣に、布団から覗く裸の広い背中が横たわっていた。
その背中はもぞもぞと身動ぎをしながらうつぶせに体勢を変える。
枕に埋まっている顔は見えないけど、明らかに男性のものとわかる肩甲骨がくっきりとして筋肉質な背中と、短髪の赤い髪でこれは朔さんだとわかってしまった。
「な、え?………はっ!?」
あまりにびっくりして間抜けな声が出たけど、そんなものは気にしていられない。
目の前に突きつけられた現実に動揺が止まらない。なんで朔さんが私の隣で寝ているの?いや、それより、なんで2人して裸なの!?
ブラどころかショーツすら身につけていない、素っ裸の自分。
同じく裸の背中を露出している彼も、まさか同じく下を履いてないんじゃ…と、あり得ない考えが浮かんでまた慌てて引っ込める。
朔さんも素っ裸だったらどうだって言うの私!?
そこから導き出される可能性は考えたくない。
(え、待っ…て?昨日、確かに朔さんとお酒を飲んだけど………。)
飲んだのはリビングルームであって、この部屋ではなかったはず。
向かい合って2人で飲みながらあれこれと色々な話をして、すごく盛り上がったのは覚えてる。
だからついつい羽目を外してお互いにお酒が進んで…それから?
「………ん……ふぅ…………。」
「………っ」
またゴソゴソ動いて寝息を立てる朔さんが、ふいに吐息を漏らした。
その声で妙に生々しい記憶が蘇る。
すぐ耳元で何度も感じた色っぽい吐息
寄せ合った体の熱さと、直接触れたお互いの肌が汗っぽかったのも
そのニオイまで全部…………
『…っ…リイナ…っ』
「っ!!!」
(うわぁぁあああ!!!!)
恥ずかしさのあまりに両手で顔を覆う。いやもうこの場から消えてしまいたい。
だって、そういうことだよね?
この夜の記憶と、2人で裸で寝ていた事実……それって、つまり。
(…朔さんと、…しちゃった、の……?酔った勢いで?なにしてるの私…!!)
いやもう、ごまかせないくらいに思い出した。
そういえばちょこっと疲労感が残る自分の体も。
本当に私、なにをしてるの…。
いくら酔っていたからって、勢いで恋人でもない男性と…それも上司と身体の関係をもってしまうなんて。
………どうしよう…………。
朔さんと、他のみんなとどんな顔をして会えばいいの?
恋人ではないけど、もうただの部下でもない……どんな態度で接したらいいの。
関係をもったからって、じゃあ今日から恋人です、なんて、いきなりなれるわけない…朔さんだってそのつもりがあるかわからないし。
大体、私は?朔さんとどうなりたいの?
いや、まあ…酔った勢いとはいえ、いくらなんでもどうでもいい人と一夜を過ごすわけはないんだから…朔さんなら良い、とは思った、んだろうけど。
(だからっていきなり恋人ぶるとかできないし……そもそも………)
………朔さんが、もし一晩だけの関係のつもりだったら?
多分朔さんだって酔った勢いだったんだろうし、だったら私が勝手に恋人ぶったりそんな関係を望んだら嫌がる?
……そんな男性だなんて思いたくないけど。
ドキドキと嫌に胸が高鳴りながら、恐る恐るまた隣を見てみる……やっぱり夢や幻なんかじゃなく、裸の朔さんが寝てる現実は変わらなかった。
起きたらきっと、これから先の答え合わせが始まってしまう。
一夜のみだと言われても、もしかして恋人関係を迫られたとしても、その時私はどう反応したらいいのかわからない。
「朔が起きないウサ。強制起床モードに移行するウサ。」
「え、あ、ちょっと待って!5分だけ待って!お願い兎!」
「ウサ……」
私は慌てて、掛け布団で体を隠しながら床に散らばった自分の下着と服をかき集めて、急いで身につけた。
というか、ベッド脇の床に服と下着が脱ぎ捨てられているとか、ほんと生々しすぎる!!
傍に朔さんのらしい下着と服も落ちてるし!!
嫌でも昨夜、自分が上司とした行いを実感させられる。
羞恥と焦りに耐えながら、急いで着替える。
「…ん……………っ」
キャミソールに袖を通したところで朔さんが身動ぎをしたので見ると、こちらに向きを変えた朔さんの目がうっすらと開いた。
(…まずい!)
「お待たせ兎、私がいなくなったらよろしく!じゃ!」
「ウサっ」
トップスは小脇に抱えて部屋を出て閉めたドアの向こうで、強制起床モードになった兎の声と物音、朔さんの慌てた声が聞こえて、私はトップスを着つつ早足でその場を離れた。
とりあえず気持ちを落ち着けて、それから…朔さんが、どんなふうに私に接してくるか、それでまた考えよう…。
だけど本当は、どんな態度をされるのかを知るのが怖かった。
それで朔さんの考えがわかってしまうから。
話題に出して欲しいような、欲しくないような、なんとも複雑で気まずい気持ちだった。
ひとまず自分の部屋に戻って中に入ると、ようやく一息つけた。
途中で誰にも会わずに済んでよかった…朔さんの部屋から出てきたところなんか見られたら確実に終わるし、その後で鉢合わせても昨日と同じ服だって気づかれかねない。
さてどうするかを考える前に、とりあえずシャワーは浴びたい…身も心も頭もすっきりさせないと、このあとの仕事に集中できなくなる。
時間は大丈夫かな、と時計を確認してから、急いで着替えを準備してお風呂に直行する。
体に残る昨夜の記憶を、頭の中のものと一緒に洗い流してしまいたかった。
熱いお湯と冷たい水を交互にかぶって気持ちを引き締めた後、少し気分もよくさっぱりして大浴場を出たところで、うっかり油断していたら当の朔さんとばったり会ってしまった。
その姿を見て飛び上がる私に対して、朔さんはとてもにこやかだ。
「なんだ、リイナは一足先に風呂か。」
「あ、お、おはようございます、朔さん…。」
「おはよ。兎に無理やり起こされるし、起きたらいつの間にかお前もいなくてびっくりしたぜ。先に起きたなら起こしてくれたらよかったのに。」
「え、あ………あの…シャワー、早く、浴びたかったので…。」
「ま、ゆうべはけっこう汗をかいたもんなあ。」
「!!」
そうだここ大浴場前!!と慌てて見回した周囲は、幸い人1人いない。ならこの会話を聞かれる心配はない。
………ゆうべのことを、思い切って聞いてみようか。
ちらりとそう思ったけど、やっぱり蒸し返すのは気が引けた。
恋人でもないこの人と、酔った勢いであんなことをした自分があまりに恥ずかしかった。
もう他人の関係ではないけど、いきなり恋人顔ができる雰囲気でもない。
だからって、全くなかったことにする?
それは朔さんの出方で変えるべきなのか。
私たちはなんなのか?と問うべきなのか。
…自分勝手かもしれないけど、私と深いことをしながら朔さんからなかったことにされるのも悲しい。
じゃあ私は、朔さんと恋人になりたいの?
どうなんだろう……と、ウロウロ彷徨わせていた視線を朔さんに戻して見上げると、私の視線を受けて朔さんはフッと笑った。
不覚にも、その笑顔にドキッとしてしまう。
ああ、この人と、……しちゃったんだなぁ、って、しみじみ思ってしまう。
そう思ったら、目の前にある唇とか指先とか大きな広い胸とか、私に向かう朔さんの目線にすら意味を感じてしまって。
全部、昨夜自分が直接全身で受けたものだ。
…してしまったあとで、朔さんは男性なんだと意識するようになっちゃうなんて、なぁ…。
「…身体、大丈夫か?けっこう無理をさせたからな。」
「っ!!」
「お互い酔ってたから加減がなかなかな。具合悪くはないか?」
「だっ!大丈夫!です!」
ブンブンと首を横に振る私を、朔さんはまた口角を上げて笑いながら、屈んでグッと顔を近づけてきた。
キスでもされるのかと思わず身構えたくらいに近い距離で見つめられる。
「なんだ?リイナ、もしかしてゆうべのことで照れているのか?」
「なんっ…っ」
そのまま朔さんは手を伸ばして、私の髪に触れて頭を撫でた。
…ゆうべ私に触れた指の熱さを思い出す。
思わずサッと後ろに下がると、朔さんはニコニコ…いや、ニヤニヤと笑っている。
(……からかわれてるの…?)
酔っていたとはいえ部下と身体の関係を持ってしまったのに、朔さんからは焦りどころか余裕すら感じる。
曖昧なままはっきりさせる感じもないし……これ、私はどう動けばいいんだろう?
私たちはなんなのかと聞いてもいいのか。聞いたら、朔さんはどう答えるんだろう。
どうして、付き合ってもいないのに、私を抱いたの…?
手を出してそのあとはどうするつもりだったの。
思い切ってそう聞こうかと唇を開いたり噤んだりをしていると、朔さんは屈んでいた上半身を起こした。
「今夜さ、また俺の部屋に来いよ?」
「なっ、んでですか!?」
「そりゃまあ色々、話したいこともあるし。今度は俺がお前の部屋に行ってもいいが、そうするか?自分の部屋の方が落ち着くよな。」
「…………っ…」
話したいことがあるならここで話せばいいのに、わざわざ改めて部屋で二人きりになろうとするのは……………。
(………またベッドに誘いたいから?)
付き合おうかもなにもなく、あわよくばもうワンナイトを狙っているのだとしたら。
……私たちは身体の関係のみで決定なのかな。
(………あれ?なんか)
そう思ったら、なんだか胸の中がモヤモヤする。
朔さんと恋人になることに、さっきまで躊躇いがあったのに……朔さんは一度抱いた私を恋人にするつもりはないのかな、と思ったら。
(…………ムカついてきた。)
私だって最初から恋人の立場になることを狙ってしたわけじゃない、けど。
朔さんもそうなら、昨夜のワンナイトで終わりにしてサラッと流してくれたらいいのに、なんでまた次を期待するの?
もしや継続的な身体だけの関係を私に求めているなら、冗談じゃない。
「リイナ?」
黙り込んだままみるみる顔色を変える私に、朔さんが首をかしげる。
キョトンとした顔をして、本気で私の怒りには気づいていない様子だ。
私はそれでまたふつふつとお腹の底から怒りを滾らせた。
「すみません、昨夜は酔い潰れたので、何があったか覚えていないんです。ええ全く覚えてないです。なんか気がついたら朝って感じで。」
「マジで覚えていないのか?」
疑問をぶつけてくる朔さんに、私は真っ直ぐに目線を返した。
泣いたり悲しんだり問い詰めたりする可愛げがなくてすみません、私も壱組の人間なので肝は据わっているほうなんです。
……少しでもあなたに気を許して身体まで許した私の女心を、馬鹿にしないで。
それはちょっと悲しみはあるけど、それより怒りが先行する自分の性質に今回ばかりは感謝した。
これで朔さんにワンナイトからの継続の相手扱いされたことを嘆かなくて済むから。
「……出勤の時間なので、失礼しますね。」
私はつとめて笑って見せると、まだなにか言いたげだった朔さんに背を向けて歩き出した。
昨夜身体を重ねた記憶は、私のほうからなかったことにする、そう誓いながら。
…一度でも、いいか、と思って許してしまった自分が馬鹿みたい。
でも、仕事に影響が出ないように、これからもただの上司と部下として接しないとな、と、自分を律した。
…………これで朔さんが他の相手を探して、その人とも関係を持ってしまったら……それは、嫌だな…………と。
内心でそう思ってしまって胸の中がちょっとだけ苦しくなったのは、気付かなかったふりをしなくちゃ。
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