(切甘)もう一度だけ…
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※原作設定なし
現代パロディーです。
あの頃まだ未熟だった私も、大人になれば変われると思ってた。
「じゃあ、ここがあなたのデスクね。なにかわからないことがあったらなんでも聞いて。私は向かいだから。」
「ありがとうございます、イヴァさん。」
ここまで社内のことを丁寧に説明してくれた先輩のイヴァさんに深々と頭を下げると、いいのよ、よろしくね、と笑ってくれたので、強張っていた心がゆっくりほどけていくのを感じた。
さっき挨拶したツクモさんと與儀さんもすごく良い人っぽいし、ここならやっていけるかもしれない。
心機一転頑張ろうと思った。
前の仕事を辞めてこの会社への転職を決め、見事採用された秋の終り。
新しい場所で新しい出逢い、新たな出発に、私は一人意気込んでいた。
「ペコ、ちょっといいか?」
「あ、はい!」
案内が終わってデスクの上の整理も終わった頃になり、平門課長が私に手招いた。
慌てて課長のデスクまで向かい、傍に立つと、座っている平門課長が私を見上げて笑った。
「昔馴染みが今更そんなにかしこまらなくていいだろう。」
「先輩、ここでそれは言わないでくださいよ……!」
思わず声を潜めた私に平門課長はさらに笑った。
……平門課長は、同じ大学の先輩だった。
もっともそれを知ったのは採用が決まった後のことで、それまではこの会社にいることなんか当然知らなかった。
すごい偶然だと思ったけど、配属された部署の上司…しかも課長だと知ったときはあまりにビックリして、それまで初対面だと思っていた上司にどう挨拶しようかと緊張していたのが一気に吹っ飛んでしまったのだった。
「俺も、まさか中途採用で来たのがかつての後輩とは思わなかったよ。まぁ知られたところで、ここにはそんな事を気にするやつはいないから安心しろ。」
「はぁ……。」
「まあ信じろ。……と、早速本題に入るか。今日からここで働いてもらうわけだが、うちの部署は2つの課があるのは知っているな?」
「はい、こちらが貳課で、もうひとつが壱課ですよね。」
「そうだ。俺は貳課の課長で、当然壱課にも課長がいる。壱課とは部屋は別だが一緒に仕事をすることも多いからな、早めにあちらのメンバーの顔を覚えておいたほうがいい。というわけで……。」
「?」
平門課長は説明をしながらデスクに置いていた書類を手に取って、私に差し出した。
「挨拶がてらその書類を壱課の課長に見せて、承認の判を押してもらってきてくれ。その内容を通すには両課長の承認が必要なんだ。」
「わかりました、壱課の課長ですね。」
受け取った書類には、すでに貳課課長の判が押してあった。
隣の空欄に壱課課長の判を押すんだろう。
壱課か……確かにこれから関わっていくなら顔を覚えるのは早いほうがいい。
貳課はいい人たちばかりだけど、壱課はどんな人たちがいるんだろう…って、ちょっとわくわくした。
「急がなくていい。ゆっくり行ってこい。」
平門課長からそう言われて、私は軽く頭を下げて壱課に向かった。
新しい職場で新しい生活
それにばかり心とらわれていたから、少しも思いもしなかったんだ。
平門先輩との再会は、ほんの序章でしかなかったんだって。
初めての壱課訪問に妙にドキドキしてしまって、廊下に出てからゆっくり深呼吸を何度も何度も繰り返した。
「すー……はぁー……」
……落ち着いて私……たかが書類にハンコひとつ、こんなに緊張する必要はないでしょ。
こんなことは子供のおつかいでもできることだよ。
まずは元気に挨拶をしてから自己紹介、そして判をもらって終わり……
頑張ってそう言い聞かせるけど、高鳴った鼓動はなかなか鳴りを潜めてくれない。
むしろそれは壱課に近づくほどに強く大きくなっていった。
「あのー、すみません……。」
壱課に着いてとりあえず入り口から恐る恐る中を覗いてみる。
すると、手前のデスクにいた女の子が顔を上げて私を見た。
「なにか御用ですかぁ?」
「本日付けで貳課に配属になりました、ペコと申します。ご挨拶と、用があって伺ったのですが壱課長はいらっしゃいますか?」
「私は壱課のキイチですぅ。ツキちゃんなら今、出てるみたいですね。いつ戻るかはわかりませんよ。」
「え?ツキちゃん……??」
「はい。いつもフラッといなくなるので、いつ戻るかはわかりません。」
「ええ!?」
多分"ツキちゃん"が壱課の課長のこと、だよね……?
なんというか……その呼び方もそうだけど課長が所在不明とは……。
それによる慌てたそぶりは他の誰からも見えなかったから、本当にこれがいつものことなんだなぁと、その慣れっぷりに逆に感心する。
驚いている私のほうが異質なような、そんな感じ。
ちょくちょく不在とか何してるんですか壱課長……。
「用って急ぎますかぁ?」
「平門課長は急がなくていいって言っていましたけど……書類に判をいただかなくてはいけないので……。」
承認の判が必要なら、この書類がないと内容を通せないってことだよね。
それならできるだけ早いほうがいいんだろうし…かといってずっとここで課長が戻ってくるのを待っているわけにはいかない。
他の仕事もあるだろうし、いつ戻るかわからないのは困った。
とりあえず不在だったことを平門課長に報告すればいいかなぁ。
そう考えを巡らせていると、キイチさんの向かいのデスクについていた眼鏡の男性が顔を上げた。
「その書類?急ぎじゃないならとりあえず預かっておこうか?戻ったら渡しておくよ。」
「え、でも……」
「そのかわり今日はこの後ランチに付き合ってくれたら。ね?」
「は!?」
「いやー、可愛い子が同じ部署に入ってくれて嬉しいよ、どうせならこっちに配属になればよかったのに。」
そ、そんな仕事がらみのことで交換条件を出されるとは……いや、この人の冗談かもしれないけど……初対面でいきなり言われたらどう反応したらいいかわからないよ……。
反応に困ってキイチさんに視線を移してみるも、呆れた表情はせど特に口を出してくれる感じもない。
「ええと……。」
オロオロしていると遠くからバタバタッという大きな足音がして、いきなり隣に誰かが立った。
「は…っ…ハァ……」
「……? 」
息を切らしているその人を見上げて、私も息が止まりそうになった。
私よりずっと背が高いので、顔を見るにはけっこう首を上向かせないといけない。
短めの赤い髪、呼吸を整えて切れ長の瞳で私を見つめてきたその人は……。
「……朔……先輩……?」
「……よお。」
なんで……なんで……?
なんでこんなところに朔先輩がいるの……。
見間違いでもなんでもない……今、私の隣にいきなり表れたのは……高校の時の先輩だ。
"ツキちゃん"……朔先輩。
まさかとは思うけど…と混乱して黙り込む私をよそに、先ほどの眼鏡の男性が怒り心頭とばかりに声を挙げた。
「ちょっと朔さん、どこに行っていたんですか?ていうか、今走ってきただろ!?通路は走らないのが常識ですよ!」
「悪い、急に急ぎの用がな……。」
「用?なんですぅ?」
「それは、企業秘密で言えねーな。」
「はぁ?」
「…………」
非難ゴーゴーの壱課陣に対して、私は彼の登場に思わず固まってしまった。
間近、しかもすぐ隣にいる朔先輩に……心臓が早鐘を鳴らして止まらない。
二人をあしらった朔さんがまた私を見たので、思わず顔を背けてしまった。
この会話や様子を見るに、まさか、あの朔先輩が……壱課の課長なの?
さっきの平門先輩が貳課長だったのも充分に驚いたのに、まだ他にもこんなドッキリみたいな展開があったなんて信じられない。
嘘だって言って……こんな再会、聞いてない。
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