(甘)1度目の純愛、2度目は初恋
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今日は予定より早めに任務が終了し艇への帰還が叶ったので、リイナが帰還するのを待ち部屋でゆっくりしないかと誘うと、リイナは2つ返事で了承した。
実は半年ほど前にリイナが観たいと言っていた映画があったんだが、どうにも任務が立て込んでろくに休みをとれない間に上演期間が終わってしまい、残念がっていたのを俺はずっと心に留めていた。
ようやく販売されてすぐに1枚確保することができたので今回部屋に誘えたわけだが、案の定やってきたリイナにディスクを見せると思いのほか感激した表情で喜んだその笑顔がまた可愛かった。
見終わったらそのままプレゼントにしよう。
リイナがいそいそとお菓子とジュースの準備をする間に、レコーダーを起動してディスクを入れ2人で並んで座る。
差し出してくれたお茶に口をつけつつ横目で覗いて見れば、リイナは非常にワクワクした目で早くも画面に釘付けになっていた。
そんなに観たかったのなら、1日くらいなんとか時間を作って映画館で見せてやればよかったな、迫力が違うだろうに。
半年前はまだ付き合っていなかったが、むしろデートに誘う良い口実だったのが惜しいことをした。
内容はごく王道なラブストーリーで、出会って自然と惹かれ合った恋人同士に困難が降りかかる。
退屈とまでは言わないが先が読めそうなよくありがちな物語、だが感情が入り込みやすく女性はとても好きそうだ。
それは例に漏れずリイナも好むらしい。
内容よりもリイナの反応のほうを楽しもうと、集中している彼女のほうを度々観察することにした。
俺もちゃんと集中しろと怒られそうなので、気づかれないように目線を移す。
序盤の2人の出会いから交際までの流れではキラキラとした目で、無意識に胸元を抑えて息を詰めている様子が時々ドキドキとときめいているのが見ていてわかる。
やはりこういう、映画のような甘い恋愛に対する憧れというものがあるのだろう。
自分自身が俺とただいま絶賛恋愛中でも、それはまた別腹なのか。
それとも俺とは甘さが足りないということなのか。
まさか主演のイケメン俳優のファン⋯ではないか。
優男風の甘いマスクは俺とは真逆だ。
ーーーー⋯恋人となった2人はデートを重ねて恋を育み、場面展開して妙なムードが漂う雰囲気になった。
どうやら2人で初めて過ごす夜のシーンのようで、2人の愛の軌跡の見せ場のひとつなのか寄り添いキスを交わす所からベッドになだれ込むまでがたっぷりと時間が取られた非常に濃厚なラブシーンになっている。
この映画の監督のこだわりが良く見える演出で、純粋な愛ながら絶妙なバランスで官能的にも感じる仕上がりだ。
若い俳優2人が随分と体を張った演技をしている。
画面の中で恋人同士が睦み合い始めたところでまたリイナに目を移すと、リイナは顔を赤くして俯き、時々チラチラと画面の方に目線を移しては目を伏せてを繰り返していた。
まだこういう事に免疫ができていないのが丸わかりで、その姿が申し訳ないが面白くなってしまい、口元が緩むのを堪えるのが大変だ。
さすがにベッドシーンまであるとは知らなかったのか、これを今俺と観ているのはどんな心情になっているのかが気になる。
観察していると、ふとリイナが恐る恐るこちらを見たのですぐさま自分の目線を画面に戻した。
視線を感じるので俺の顔色を伺っているのがわかりまた笑ってしまいそうになる。
このくらいのシーンで俺が心乱されるはずはないのだが、俺がどう思っているのかが気になって仕方がないのだろう。
もしかしたらこれを機に俺が妙な気を起こしたらどうしようと心配しているのかもしれない。
こんな時に相手をついからかいたくなるのが俺の性分だ。
ふいにイタズラ心が湧き、脚を組み直すふりをして体勢を変え、身体を少しリイナに傾けて寄せてみる。
瞬間ビクッと肩を揺らし、明らかに固まった、それがまた面白くて可愛らしくて口元に手を添えて笑いを堪えた。
そうだな、まだ俺たちはそこまでには至っていないからな。
こうして2人になっても、ただ話をして過ごすだけの清い関係だ。
よもや部屋でうっかり2人きりになった事に今さら別の緊張を感じているのかもしれない。
いつかは自分たちもこのカップルのような甘い官能的な夜を迎えるのかもしれない⋯そういう雰囲気になってしまったらどうしようと焦って、もう内容が頭に入ってきていないのでは⋯と思うと。
正直、俺としてはそろそろリイナとそうなりたい気持ちはあるにはあるので、怖がらせないように流れを持って行くにはと考えてはいた。
そう。今のように身体を近づけただけで固まるほど不慣れな彼女を、深い関係を迫って怖がらせるようなことにはしたくなかった。
さすがに純愛映画なのであからさまな描写はあまりなく、また場面展開して無事に結ばれた後の幸せそうに寄り添い眠る2人のシーンに変わったところで、さりげなくまた体勢を変えて少し身体をリイナから離せば、密かにホッとしたのかリイナの肩からも力が抜けたのがわかった。
せっかく観たがっていた映画だ、あまり集中できないのも可哀想なのでからかうのはここまでにしておこう。
それでも⋯画面の中で恋人の男に抱きしめられたまま幸せな寝顔の彼女に、自分の恋人の彼女をつい重ねてしまった。
リイナの寝顔ならリビングルームでうっかり居眠りをしているところなら見たことがある。
その時は素直に、すっかり気を抜いてリラックスしている可愛い寝顔だと思ったが。
いつかは自分の腕の中で安らかに寝息を立てるリイナの寝顔を、間近で眺めながら抱き締めて眠りにつきたいものだ。
そうなるには、リイナには俺と触れ合うことに少しでも慣れてもらわないとな。
さてそうするには⋯⋯と、また頭の中で打算が巡るのを感じながら、映画の内容も頭に入れつつリイナの反応を覗き見て楽しむのを続ける。
ストーリーの中では少し時間が流れ、恋人と一緒に暮らし始めた男は時々喧嘩もしながら笑顔溢れる日々を送り、彼女の誕生日にプロポーズを決行する。
彼女が留守の間に2人の部屋を花でいっぱいに飾り、帰宅して驚いているところに必死に選んだ指輪を差し出すシーンで、リイナは両手で口元を覆いウットリとした表情をしていた。
やはりこういうムードあるロマンチックなプロポーズが好みなんだな。覚えておこう。
まだ付き合い始めではあるが、いずれはそうなるかもしれないからな。
彼女はプロポーズを受け入れ、受け取った婚約指輪は左手の薬指に飾られ、笑顔で微笑み合う2人の姿は明るい未来を想像させた。
だが、その後で急展開が訪れる。
家に届いた書類を読んだ彼女は神妙な面持ちになった。
場面が変わった後日、街を覚束ない足取りでふらふらと歩き、ふと通りかかったブライダルショップのウインドウに飾られた純白のウェディングドレスを見つめた彼女の表情はとても暗く、その心情を表すように雨が降る。
ウェディングドレスの前でずぶ濡れで立ち尽くす女性⋯⋯この後の展開に妙に胸騒ぎを覚えさせる印象的なシーンの後、いつものように仕事から帰宅した男は家のテーブルに指輪が残されているのを見つけ、そのまま彼女は姿を消した。
リイナもハラハラと不安そうな表情をしている。
男は方々を必死に探し、見かねた友人がそっと居場所を教えてくれ、急いで向かった先にいた彼女は恋人の来訪に驚いて、観念し衝撃の事実を打ち明けて改めて最愛の恋人へ別れの言葉を告げた。
『ごめんね、あなたとは結婚できない。だって私はもうすぐ⋯⋯⋯⋯だから⋯さよなら⋯⋯。』
そこに、男はある決意を込めて自分の気持ちを彼女に贈る。
果たして2人の決断は⋯⋯⋯⋯。
「⋯っ⋯う⋯っ⋯ぐすっ⋯ぐすっ⋯⋯っ」
後半から終盤にかけてずっと声を抑えていたリイナは、映画が終わりエンディングが流れると堪えきれずに泣き出した。
ハンカチを差し出してやれば、しゃくりあげながら受け取って目元を押さえた。
あらすじを読んだ時からこうなる予感はしていたが、見事に的中したな。
ーーー⋯⋯いなくなった彼女を探し当てた男は、そこで本人から悲しい事実を知らされることになる。
彼女は徐々に記憶が失われていく脳の病に冒されており、闘病をして進行は遅らせられても完治の可能性は低い。
段々と色々なことを忘れていき、できないことが増えていく中、恋人に負担をかけるわけにはいかないと、結婚を諦めて男の元からいなくなることにした。
正直に打ち明ければ、男はきっと自分を支えようとする。そんな優しい恋人の将来を自分のせいで潰すことにはしたくない、と。
そんな彼女に対し男は本気で怒り、心底彼女の病気を悲しんだ。
結婚しても普通の家庭を築くことはもう望めない。
恐らく闘病の毎日に終始し、子供に恵まれることも難しい。
記憶がなくなって生活もままならなくなり、寿命も縮まる可能性があるため長く生きられる保証はない。
それでも男は彼女と共にありたいと告げた。
幸せの形は人それぞれ違う。
普通の家庭は作れなくとも、共に過ごす時間は限られても、一緒に生きられたらそれで構わない、と。
2度目のプロポーズに最初は躊躇った彼女だが、男への想いも断ち切ることはできず、2人は招待客のいない2人きりの結婚式を挙げる。
恐らく双方の家族からは反対され、誰からも祝福を受けることはできない、心配はさせたくないとの覚悟だった。
憧れていたウェディングドレスに身を包み、神様の前で永遠の愛を誓う2人。
薬指には再び指輪がはめられた。
海辺の街で闘病しながら新たに2人の生活を始めたが、男の支えと奮闘虚しく病は彼女の身体を蝕んでいき、彼女は少しづつ記憶の翳りで生活に不便が出始め、次第に恋人との思い出も、恋人自身のことも、ついには自分のことすら忘れていった⋯。
『自分のことも段々わからなくなっていく。子供の頃のことも、友達や家族との思い出も。それに、あなたとの大切な日々も、いずれはあなたのことも忘れていく、私はそれが一番怖くてつらいの⋯⋯あなたを好きな気持ちだけは、忘れたくないのに⋯⋯。』
たびたびそう泣き叫んでいた彼女は、とうとう感情もあまり表に出さなくなり、目の前に愛しい夫がいても自分の名前を呼ばれても段々と反応すらしなくなっていく。
最後にまだ自分としての意識が残っている時に、覚悟を決めた彼女は恋人に微笑みながら言った。
『私が全部忘れて思い出すこともできなくなっても、またあなたを好きになりたいから。私に恋をさせてね。あなたは、なにもなくなった私にも恋をしてくれる?』
もちろんだ、と男は強く答え、彼女はまた笑った。
『また初恋ができるの、楽しみにしてる。』
そこで男はようやく周囲の人間に病気を打ち明け、彼女は久しぶりの友人たちや家族と会い、彼らは皆で2人の結婚を祝い、それが彼女にとっての親しい人たちとの最後の別れとなった。
『⋯どこかで、お会い、しましたか⋯⋯?』
まるで知らない男を見ているような態度をされ、男は時に悲しみ、折れそうになりながらも彼女の傍にい続け、献身的で優しい男に再び彼女は心を開いていき、2人は2度目の恋に落ちる。
『また君と恋の始まりができるなんてね』
『また?』
今の彼女にとっては2度目の初めての恋。
一度目の記憶はない、だが。
記憶を失う前からつけていた薬指の指輪だけは、記憶を失ってからもずっと大事につけ続け、決して外すことはなかった。
『理由は、わからないけど。大事なもの、なの。』
自分が忘れてしまったことすら忘れてなにも覚えていない彼女のおだやかな表情を見て、男はこれでいいのだと察する。
大事なことを忘れる悲しみや苦しみも忘れ、ただ幸せに笑っていてほしい。
思い出ならいつでも自分と周囲の人間たちの中に生きている。
だからその指輪を渡したのは自分だとは決して明かさなかった。
理由はわからなくとも、ただその指輪が大事だと感じている彼女の心には、確かに愛しい夫への想いがあった。
そして男は3度目の、彼女にとっては初めてのプロポーズをする。
かつて永遠の愛を誓い合った教会で、初めてだと幸せそうに笑い憧れのウェディングドレスにはしゃぐ彼女を、男は黙ってほほ笑みながら見つめる。
体力も落ち車椅子となった妻と、ヴァージンロードを一緒にゆっくり進んだ。
最初の出会いの頃の燃えるような恋の思い出は、もう男の中にしか存在しない。
初めて結ばれた夜に男の腕の中で安らかに眠っていた彼女も、花に溢れた部屋でプロポーズを受けた時の幸せな笑顔も二度と戻らない。
これから彼女はさらに病状が進行し、あまり長くも生きられないだろう。
それでも、男はウェディングドレスの純白のように真っさらになった彼女と、今度は穏やかな恋を始める。
遠くない未来、彼女の最期を看取るまでーー⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
実は半年ほど前にリイナが観たいと言っていた映画があったんだが、どうにも任務が立て込んでろくに休みをとれない間に上演期間が終わってしまい、残念がっていたのを俺はずっと心に留めていた。
ようやく販売されてすぐに1枚確保することができたので今回部屋に誘えたわけだが、案の定やってきたリイナにディスクを見せると思いのほか感激した表情で喜んだその笑顔がまた可愛かった。
見終わったらそのままプレゼントにしよう。
リイナがいそいそとお菓子とジュースの準備をする間に、レコーダーを起動してディスクを入れ2人で並んで座る。
差し出してくれたお茶に口をつけつつ横目で覗いて見れば、リイナは非常にワクワクした目で早くも画面に釘付けになっていた。
そんなに観たかったのなら、1日くらいなんとか時間を作って映画館で見せてやればよかったな、迫力が違うだろうに。
半年前はまだ付き合っていなかったが、むしろデートに誘う良い口実だったのが惜しいことをした。
内容はごく王道なラブストーリーで、出会って自然と惹かれ合った恋人同士に困難が降りかかる。
退屈とまでは言わないが先が読めそうなよくありがちな物語、だが感情が入り込みやすく女性はとても好きそうだ。
それは例に漏れずリイナも好むらしい。
内容よりもリイナの反応のほうを楽しもうと、集中している彼女のほうを度々観察することにした。
俺もちゃんと集中しろと怒られそうなので、気づかれないように目線を移す。
序盤の2人の出会いから交際までの流れではキラキラとした目で、無意識に胸元を抑えて息を詰めている様子が時々ドキドキとときめいているのが見ていてわかる。
やはりこういう、映画のような甘い恋愛に対する憧れというものがあるのだろう。
自分自身が俺とただいま絶賛恋愛中でも、それはまた別腹なのか。
それとも俺とは甘さが足りないということなのか。
まさか主演のイケメン俳優のファン⋯ではないか。
優男風の甘いマスクは俺とは真逆だ。
ーーーー⋯恋人となった2人はデートを重ねて恋を育み、場面展開して妙なムードが漂う雰囲気になった。
どうやら2人で初めて過ごす夜のシーンのようで、2人の愛の軌跡の見せ場のひとつなのか寄り添いキスを交わす所からベッドになだれ込むまでがたっぷりと時間が取られた非常に濃厚なラブシーンになっている。
この映画の監督のこだわりが良く見える演出で、純粋な愛ながら絶妙なバランスで官能的にも感じる仕上がりだ。
若い俳優2人が随分と体を張った演技をしている。
画面の中で恋人同士が睦み合い始めたところでまたリイナに目を移すと、リイナは顔を赤くして俯き、時々チラチラと画面の方に目線を移しては目を伏せてを繰り返していた。
まだこういう事に免疫ができていないのが丸わかりで、その姿が申し訳ないが面白くなってしまい、口元が緩むのを堪えるのが大変だ。
さすがにベッドシーンまであるとは知らなかったのか、これを今俺と観ているのはどんな心情になっているのかが気になる。
観察していると、ふとリイナが恐る恐るこちらを見たのですぐさま自分の目線を画面に戻した。
視線を感じるので俺の顔色を伺っているのがわかりまた笑ってしまいそうになる。
このくらいのシーンで俺が心乱されるはずはないのだが、俺がどう思っているのかが気になって仕方がないのだろう。
もしかしたらこれを機に俺が妙な気を起こしたらどうしようと心配しているのかもしれない。
こんな時に相手をついからかいたくなるのが俺の性分だ。
ふいにイタズラ心が湧き、脚を組み直すふりをして体勢を変え、身体を少しリイナに傾けて寄せてみる。
瞬間ビクッと肩を揺らし、明らかに固まった、それがまた面白くて可愛らしくて口元に手を添えて笑いを堪えた。
そうだな、まだ俺たちはそこまでには至っていないからな。
こうして2人になっても、ただ話をして過ごすだけの清い関係だ。
よもや部屋でうっかり2人きりになった事に今さら別の緊張を感じているのかもしれない。
いつかは自分たちもこのカップルのような甘い官能的な夜を迎えるのかもしれない⋯そういう雰囲気になってしまったらどうしようと焦って、もう内容が頭に入ってきていないのでは⋯と思うと。
正直、俺としてはそろそろリイナとそうなりたい気持ちはあるにはあるので、怖がらせないように流れを持って行くにはと考えてはいた。
そう。今のように身体を近づけただけで固まるほど不慣れな彼女を、深い関係を迫って怖がらせるようなことにはしたくなかった。
さすがに純愛映画なのであからさまな描写はあまりなく、また場面展開して無事に結ばれた後の幸せそうに寄り添い眠る2人のシーンに変わったところで、さりげなくまた体勢を変えて少し身体をリイナから離せば、密かにホッとしたのかリイナの肩からも力が抜けたのがわかった。
せっかく観たがっていた映画だ、あまり集中できないのも可哀想なのでからかうのはここまでにしておこう。
それでも⋯画面の中で恋人の男に抱きしめられたまま幸せな寝顔の彼女に、自分の恋人の彼女をつい重ねてしまった。
リイナの寝顔ならリビングルームでうっかり居眠りをしているところなら見たことがある。
その時は素直に、すっかり気を抜いてリラックスしている可愛い寝顔だと思ったが。
いつかは自分の腕の中で安らかに寝息を立てるリイナの寝顔を、間近で眺めながら抱き締めて眠りにつきたいものだ。
そうなるには、リイナには俺と触れ合うことに少しでも慣れてもらわないとな。
さてそうするには⋯⋯と、また頭の中で打算が巡るのを感じながら、映画の内容も頭に入れつつリイナの反応を覗き見て楽しむのを続ける。
ストーリーの中では少し時間が流れ、恋人と一緒に暮らし始めた男は時々喧嘩もしながら笑顔溢れる日々を送り、彼女の誕生日にプロポーズを決行する。
彼女が留守の間に2人の部屋を花でいっぱいに飾り、帰宅して驚いているところに必死に選んだ指輪を差し出すシーンで、リイナは両手で口元を覆いウットリとした表情をしていた。
やはりこういうムードあるロマンチックなプロポーズが好みなんだな。覚えておこう。
まだ付き合い始めではあるが、いずれはそうなるかもしれないからな。
彼女はプロポーズを受け入れ、受け取った婚約指輪は左手の薬指に飾られ、笑顔で微笑み合う2人の姿は明るい未来を想像させた。
だが、その後で急展開が訪れる。
家に届いた書類を読んだ彼女は神妙な面持ちになった。
場面が変わった後日、街を覚束ない足取りでふらふらと歩き、ふと通りかかったブライダルショップのウインドウに飾られた純白のウェディングドレスを見つめた彼女の表情はとても暗く、その心情を表すように雨が降る。
ウェディングドレスの前でずぶ濡れで立ち尽くす女性⋯⋯この後の展開に妙に胸騒ぎを覚えさせる印象的なシーンの後、いつものように仕事から帰宅した男は家のテーブルに指輪が残されているのを見つけ、そのまま彼女は姿を消した。
リイナもハラハラと不安そうな表情をしている。
男は方々を必死に探し、見かねた友人がそっと居場所を教えてくれ、急いで向かった先にいた彼女は恋人の来訪に驚いて、観念し衝撃の事実を打ち明けて改めて最愛の恋人へ別れの言葉を告げた。
『ごめんね、あなたとは結婚できない。だって私はもうすぐ⋯⋯⋯⋯だから⋯さよなら⋯⋯。』
そこに、男はある決意を込めて自分の気持ちを彼女に贈る。
果たして2人の決断は⋯⋯⋯⋯。
「⋯っ⋯う⋯っ⋯ぐすっ⋯ぐすっ⋯⋯っ」
後半から終盤にかけてずっと声を抑えていたリイナは、映画が終わりエンディングが流れると堪えきれずに泣き出した。
ハンカチを差し出してやれば、しゃくりあげながら受け取って目元を押さえた。
あらすじを読んだ時からこうなる予感はしていたが、見事に的中したな。
ーーー⋯⋯いなくなった彼女を探し当てた男は、そこで本人から悲しい事実を知らされることになる。
彼女は徐々に記憶が失われていく脳の病に冒されており、闘病をして進行は遅らせられても完治の可能性は低い。
段々と色々なことを忘れていき、できないことが増えていく中、恋人に負担をかけるわけにはいかないと、結婚を諦めて男の元からいなくなることにした。
正直に打ち明ければ、男はきっと自分を支えようとする。そんな優しい恋人の将来を自分のせいで潰すことにはしたくない、と。
そんな彼女に対し男は本気で怒り、心底彼女の病気を悲しんだ。
結婚しても普通の家庭を築くことはもう望めない。
恐らく闘病の毎日に終始し、子供に恵まれることも難しい。
記憶がなくなって生活もままならなくなり、寿命も縮まる可能性があるため長く生きられる保証はない。
それでも男は彼女と共にありたいと告げた。
幸せの形は人それぞれ違う。
普通の家庭は作れなくとも、共に過ごす時間は限られても、一緒に生きられたらそれで構わない、と。
2度目のプロポーズに最初は躊躇った彼女だが、男への想いも断ち切ることはできず、2人は招待客のいない2人きりの結婚式を挙げる。
恐らく双方の家族からは反対され、誰からも祝福を受けることはできない、心配はさせたくないとの覚悟だった。
憧れていたウェディングドレスに身を包み、神様の前で永遠の愛を誓う2人。
薬指には再び指輪がはめられた。
海辺の街で闘病しながら新たに2人の生活を始めたが、男の支えと奮闘虚しく病は彼女の身体を蝕んでいき、彼女は少しづつ記憶の翳りで生活に不便が出始め、次第に恋人との思い出も、恋人自身のことも、ついには自分のことすら忘れていった⋯。
『自分のことも段々わからなくなっていく。子供の頃のことも、友達や家族との思い出も。それに、あなたとの大切な日々も、いずれはあなたのことも忘れていく、私はそれが一番怖くてつらいの⋯⋯あなたを好きな気持ちだけは、忘れたくないのに⋯⋯。』
たびたびそう泣き叫んでいた彼女は、とうとう感情もあまり表に出さなくなり、目の前に愛しい夫がいても自分の名前を呼ばれても段々と反応すらしなくなっていく。
最後にまだ自分としての意識が残っている時に、覚悟を決めた彼女は恋人に微笑みながら言った。
『私が全部忘れて思い出すこともできなくなっても、またあなたを好きになりたいから。私に恋をさせてね。あなたは、なにもなくなった私にも恋をしてくれる?』
もちろんだ、と男は強く答え、彼女はまた笑った。
『また初恋ができるの、楽しみにしてる。』
そこで男はようやく周囲の人間に病気を打ち明け、彼女は久しぶりの友人たちや家族と会い、彼らは皆で2人の結婚を祝い、それが彼女にとっての親しい人たちとの最後の別れとなった。
『⋯どこかで、お会い、しましたか⋯⋯?』
まるで知らない男を見ているような態度をされ、男は時に悲しみ、折れそうになりながらも彼女の傍にい続け、献身的で優しい男に再び彼女は心を開いていき、2人は2度目の恋に落ちる。
『また君と恋の始まりができるなんてね』
『また?』
今の彼女にとっては2度目の初めての恋。
一度目の記憶はない、だが。
記憶を失う前からつけていた薬指の指輪だけは、記憶を失ってからもずっと大事につけ続け、決して外すことはなかった。
『理由は、わからないけど。大事なもの、なの。』
自分が忘れてしまったことすら忘れてなにも覚えていない彼女のおだやかな表情を見て、男はこれでいいのだと察する。
大事なことを忘れる悲しみや苦しみも忘れ、ただ幸せに笑っていてほしい。
思い出ならいつでも自分と周囲の人間たちの中に生きている。
だからその指輪を渡したのは自分だとは決して明かさなかった。
理由はわからなくとも、ただその指輪が大事だと感じている彼女の心には、確かに愛しい夫への想いがあった。
そして男は3度目の、彼女にとっては初めてのプロポーズをする。
かつて永遠の愛を誓い合った教会で、初めてだと幸せそうに笑い憧れのウェディングドレスにはしゃぐ彼女を、男は黙ってほほ笑みながら見つめる。
体力も落ち車椅子となった妻と、ヴァージンロードを一緒にゆっくり進んだ。
最初の出会いの頃の燃えるような恋の思い出は、もう男の中にしか存在しない。
初めて結ばれた夜に男の腕の中で安らかに眠っていた彼女も、花に溢れた部屋でプロポーズを受けた時の幸せな笑顔も二度と戻らない。
これから彼女はさらに病状が進行し、あまり長くも生きられないだろう。
それでも、男はウェディングドレスの純白のように真っさらになった彼女と、今度は穏やかな恋を始める。
遠くない未来、彼女の最期を看取るまでーー⋯⋯⋯⋯⋯⋯。