(甘)1度目の純愛、2度目は初恋
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ようやくエンディングも終わりチャプター画面になったテレビの中では、海辺で車椅子にウェディングドレスを纏った女性と寄り添う男の姿が浮かび上がる。
そこでまた涙腺を刺激されたらしく、リイナは嗚咽を漏らしながら俯いて肩を震わせた。
ストーリーはほぼファンタジーだが脚本展開はなかなかおもしろく、演出も凝っていて蛇足もなく飽きは来なかった。
映像も終始美しく、序盤から中盤にかけては様々なカラフルな色に溢れていた画面が、終盤は白を基調とした表現が多かったのは、彩りある日常から徐々に記憶を失っていく女性の心理を表していたのだろう。
主演の役者2人も華があり演技もなかなかだ。
それから2人はどうなったのか、彼女の最期までは描かれることはなく。
白いベッドでただ静かに眠る妻に寄り添い、子守唄のように思い出話を語り聞かせる夫の姿で終わるラストは、彼女はただ眠っているだけのようにも、既に息を引き取ったようにも見えて様々な考察をさせる。
半年前もそれなりに話題になっていた記憶があるので、これはリイナも観たがったはずだ⋯⋯と、予想以上に評判だったのが納得のいく出来で思わず唸ってしまった。
隣で素直に泣いているリイナの姿を見れば制作関係者は皆、喜ぶだろう。
「大丈夫か?」
声をかけてやると、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら俺のほうを向いた目は真っ赤になっていた。
映画とはいえ女性の泣き姿というものはどうにも。
特に恋人の事は泣かせたくないという気持ちになり、肩に腕を回して引き寄せてやれば、サッと下を向かれて顔を隠された。
ああ、泣き顔を見られたくないんだな、化粧崩れも気にしているのだろうし。
見始めの頃のウキウキしていた表情とは真逆だ。
内容的に恐らく泣くだろうなと思ってはいたが。
「お前は本当に良い客だな。」
なるべく泣き顔については触れないでやろうと思えばこんな言い方しかできないが。
ハンカチで目元を拭いながら、くぐもった声が届いた。
「⋯平門さん、冷静すぎる⋯。」
感動的な映画で泣かない俺への責め、というよりは自分ばかりが泣いていることへの照れというところか。
別に感情を表に出さないだけで、なにも感じていないわけではないんだがな。
「俺も面白くなかったわけではないぞ。なかなか観ていて思うところも得るものもあったしな。」
「⋯⋯例えば?」
「大事な記憶が少しづつ失われていくのは、本人も周囲もそれはつらいだろうな。それでも悩みながら受け入れて順応しようとしていくところに、人間の生きる強さを感じさせる。」
現実は綺麗なことばかりではなくもっと悲惨だろうが、こういう映画にはそういう考え方や生き方もあると希望も感じさせる。
所詮は作り物、綺麗事だと切り捨ててしまえば、人は未来に期待を持てなくなってしまう。
希望や期待を持てない人生は心が荒むからな。
前向きな綺麗事に浸るのは心を支えるためには決して悪いことばかりではない。
大事なのはそれを他人に押し付けないことだ。
この映画にはその押し付けがましさが全くなく素直に楽しめた。
そう論じた俺を、リイナが濡れたままの瞳で見上げてくる。
もう化粧崩れの心配も忘れたようだ。元々気にするほど崩れてはいないがな。
「⋯⋯平門さんらしい感想ですね。分析というか論理的で⋯。」
「期待していた感想と違ったか?」
もっと感情に寄り添ったほうが良かったかと思ったが、リイナは首を横に振った。
呆れているような節は見えない。
「私と違う視点だから面白いです。そういう見方もあるんだなって。」
なるほど、リイナは映画で互いの感想や考えを語り合うのが好きなタイプか。
だいぶ気持ちも落ち着いたのかうまく泣き止んでくれたので、このまま語り合いに移行しよう。
「では、お前の視点での感想を教えてくれるか?」
「⋯ん〜⋯⋯やっぱり、大切な人たちや大事な思い出を忘れていくのは、悲しいしつらいなって。忘れられちゃうのも。そこは平門さんと同じです。」
「そうだな。」
「私は、自分がみんなとの毎日も、平門さんのことも忘れていく病気だってわかったら、強く受け入れる自信がないですもん。きっといっぱい泣いて喚いて、みんなを困らせちゃう。」
そこは映画の中の彼女と通じるものがあるな。
彼女も最初に絶望し、泣いて叫んでいた。
リイナもおそらく、そうなれば同じように周囲や俺に負担をかけることを考え一人で思い詰めるだろう。
リイナらしい、感情視点と登場人物の心情を自分に重ねる感想は、つい頭で分析しがちな俺とは真逆だがそれがまた面白い。
リイナの考え方や心の動きを知ることができる。
何事も感情のみで動くのは悪手だが、感情が全く伴わない理論理屈だけでは人は動かないからな、聞いていると学びになる。
「お前は、いきなりいなくなるようなことはするなよ?」
「え?」
「リイナならやりかねないからな。何かあったらすぐに俺や周囲の人間に素直に相談して、絶対に1人で悩むな。つらいことがあったら孤独にならずに周りも巻き込め。」
「あ、はい⋯。」
「まあ、いなくなっても徹底的に探しつくして必ず見つけるけどな。決して逃がしはしないぞ。」
「うっ⋯⋯⋯⋯。」
俺ならやりかねない⋯と顔を引き攣らせたリイナに俺はまた笑い、肩に回している腕に力を込めた。
身体が密着し、途端にリイナが慌て出す。
少しリイナの身体に力が入り、くっつきすぎないようにしているのを感じる。
それをわかっていながらやる俺も俺だ。
ただこの柔らかくて温かい感触を、少しでも直接触れて感じていたいだけなんだ。
「あ、あああああの、平門さん⋯⋯っ。」
「なんだ?」
「私が、⋯⋯平門さんのこと、忘れちゃったとしても、⋯傍にいてくれます⋯⋯?」
てっきり離せと言われるかと思ったが映画の話の続きか。
ドギマギしながらも期待を込めた瞳で見つめられたので、これは期待に応えてやろう、と思う。
「何度俺のことを忘れても、何度でも俺を好きにさせてやる。真っさらなお前が他の男と恋をするようなことにはならないから安心しろ。」
「⋯⋯っ⋯⋯⋯」
途端に真っ赤になったので、効果てきめんだったようだ。
こういう、甘い恋に憧れているんだろう?
こんな反応をされれば、仕掛けたこちらも楽しくなってくるな。
そのまま下を向いてモゴモゴし始めたので、「なんだ?」と声をかけてみると。
意を決したように、でも恥ずかしそうに小さく呟いたのを、聞き逃さないように耳を澄ませた。
「⋯ひ、平門さんが、もし、私を忘れても⋯⋯また、私を⋯好きに、なってくれます、か⋯?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯平門さん⋯?」
「あ、ああ。悪い」
あまりに可愛かったので反応が遅れた。
リイナは俺がリイナを好きだろうことを自分で言うのが恥ずかしかったんだろう。
そして反応しない俺に少し不安げにしている。
安心させるべくなるべく口元を上げて笑みの形を取りながら、顔を近づけた。
「その時はまた、リイナが俺を惚れさせてくれ。必ず気持ちに応える。」
「⋯っ!!!」
いきなりの顔のアップにまたワタワタしているのを、逃がすまいと腕に力を入れてホールドしてやる。
俺が記憶を失ったら、やはりリイナは泣いて悲しむだろうが⋯ずっと傍にもいてくれるんだろう。
そうなったら2度目の恋を始めればいい。
恐らく献身的に支えようとしてくれる優しいリイナに、真っさらになった俺はまた心惹かれることになる。
一度目の恋は忘れるだけで、失われ消えるわけではない。
ただ頭の中の引き出しに仕舞われ、開かなくなっただけ。
俺の中にもリイナの中にも必ず刻まれて潜在意識には残り、2度目の恋を助けるだろう。
一度目の恋で受け取った指輪を、記憶を失っても外さず大事にしていたあの彼女のように。
記憶はなくとも想いは残る。
すべて忘れても、なにも知らない状態でまたイチからリイナを好きになれる。
またリイナの色んなところを見て、新鮮な気持ちを味わうことができるなら。
また同じ女性と恋の始まりを体験できるのは悪くはない。
それに⋯⋯得るものがあったのはもうひとつ、ある。
俺たちは仕事と立場上、ごく普通の家庭を持つことは恐らく望めない。
⋯望んだとしても、国家に認められた正式な結婚はできないし子供に恵まれることも難しいだろう。
そんな誰もが当たり前に持つ権利がある幸せを、俺は大事な女性に与えてやることも、俺が持つこともできないが。
それでも永遠を誓い、ずっと傍にいることはできる。
生きている限りは消えない絆と関係を築いていくことはできる。
幸せの形は人それぞれ。
型に嵌まらなくても、俺たちの幸せも俺たちの形がある。
まさかこの映画で教わることになるとはな。
まあ⋯この話は、リイナに話すのはまたの機会にしておくか。
俺たちは始まったばかりで、まだまだこれからそんな関係を築いていく段階。
どんな形が俺たちの幸せになるのかも、これから互いを知り合って作っていくのだから。
親指でそっとまぶたを拭ってやり、すっかり泣き止んだリイナに今度は笑って欲しくて顔を近づけた。
キスの予感にドキドキしている表情を眺め見ながら唇を塞ぐと、素直に瞼を閉じて受け入れたリイナが愛しくなる。
⋯⋯半年前、リイナがこの映画が観たいのに時間がないと仲間たちと嘆いていた頃、俺は意中の部下に俺を上司だからと身構えさせないようにしながらどう色恋の雰囲気に持って行くかをずっと思案していた。
まだただの上司と部下の間柄で、そんな男女の関係の匂わせもない状態だったから、いきなり2人きりのデートにこぎつけられる空気ではなかった。
それがこの半年で努力が実って意中の部下が恋人になり、こうして寄り添うようになるなど、あの頃は考えもつかなかった。
だから人間の未来なんてどう転ぶかわからない。
どんな展開になろうと、笑ったり悩んだり悲しんだり喜んだりしながら、感情と折り合いをつけてそれなりに順応して生きていくんだろう。
それこそ初めて出会った頃は、俺がいち部下に個人的な想いを寄せることになるのも想像すらしなかったんだからな。
貳組に入ってきたばかりの頃のリイナは、輪になれる実力は十分にありながらもまだまだ親鳥の傍で必死に羽ばたく練習をする、成長途中の雛鳥だった。
それが今や全面的に信頼して大事な任務を任せられる頼もしい部下で、大事な恋人だ。
危なっかしさは未だに抜けないが、だから目が離せない。
ずっと傍に置いておきたくなる。
半分はまだ過保護な親鳥の気分で、もう半分は過保護な恋人の気持ちだ。
「⋯リイナ。」
「⋯はい⋯⋯?」
唇を離し、そのまま至近距離でリイナに囁く。
「そろそろ、俺たちももう少しだけ距離を縮めてみないか?」
「え⋯⋯⋯?」
まだキスの余韻にぼんやりとしていたリイナは、肩にあった腕で腰を引き寄せられ、完全に密着した体勢に俺の耳元で小さな悲鳴を上げた。
今夜いきなり男女の一線を越えるのは難しいかもしれないが、少しは恋人としての身体の触れ合いにも慣れてもらわないとな。
俺は今すぐでも構わないが⋯⋯先ほどの映画の展開を思い出したらしく、リイナはこのまま泊まりの流れになったらどうしようと少しパニック気味になったので、また俺のいじりたい悪い癖が顔を出し、
リイナを散々からかっていじり倒して楽しんだ。
リイナだって興味くらいはあるだろう。
そろそろ俺と、大人の恋愛に興じてみないか?
俺は、早く俺の手で大人の女性に花開くお前が見たいんだ。
「ひら、平門さ⋯っ⋯っ」
「お前が忘れる暇もないくらいに、たくさん俺のことを覚えてもらわないとな?」
「ひっ⋯!!」
耳元で囁いてから首筋に唇を押し当てれば、リイナはビクッと身体を跳ねさせた。
明日からリイナが警戒して部屋での2人きりを避けるようになったら困るので、ほどほどにしておかないといけないが。
男の身としては、少しは俺とそうなる意識もしてもらいたい。
その前に荒療治でいっそ勢いに任せて押し倒すか?などと考えながら
この可愛らしい恋人をどう攻略するかを思案し楽しんだ。
おわり
2025.11.13
お久しぶりのほのぼの平門さん夢でした。
ありがとうございました!!
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