(甘)君のいちばんすきなもの
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「……與儀。」
「うん?」
幸福を掴むには、自分から動き出さないといけない。
ホットドッグにかぶりついていた與儀は、口を動かしながら私のほうを向いた。
「今日は運転ありがとう。荷物も、私よりいっぱい持ってくれて、ありがとう。」
「え?……うん。俺のほうが男だから力はあるしね。それに、女の子に俺より重いものは持たせられないよ。」
「…そういう與儀の優しいところとか、気遣ってくれるところに、いつも助けられているよ。ありがとうね。」
「う、うん。…なんか、改めて言われると恥ずかしいね…。」
……そういうところが、大好きなんだよ。
でもそれだけは言えなくて。
無意識に薔薇を握りしめると、與儀も薔薇に目を落とした。
その表情はどこか寂しげだった。
「……リイナちゃん。リイナちゃんは…その……。」
「うん?」
「…………1番好きな色は、やっぱり黄色?」
「え??」
唐突な話に驚いて、一瞬なんて答えたらいいかわからなくなった。
……黄色が好きか、なんて、さっきも花屋さんで聞かれた気がするけど。
何故か黄色が気になるらしい與儀に首を傾げつつも、私も薔薇の黄色を見つめた。
「…黄色は、まあ、好きだね。でも……それは…。」
與儀の髪色に似た色だったから目を惹いた、ただそれだけ。
1番好きかと言われると、與儀のことを除いて考えれば少し迷う。
「…それは?」
「……や、うん。1番ではない、かな。1番好きなのは青だし。」
「青?…リイナちゃんが1番好きな色、やっぱり青?」
「えっ?う、うん。青かな……?え、どうして?」
やっぱり、ってなに?
與儀は私が1番好きな色は青だと思っていたの?
でもどうして?
どうして私の好きな色のことなんて考えたんだろう。
……なんだかさっきから随分と與儀が色にこだわっている気がして頭にハテナが浮かぶ。
與儀は視線を落ち着かなくキョロキョロさせて、迷うような表情を見せたあと…また私を真っ直ぐに見た。
「ちょっと、待っていてくれる?」
「え?………うん。」
それから與儀はクッピーのドアを開いて持っていた飲み物たちを席に置いたあと、後ろの席に積んでいた荷物を漁った。
ガサガサとさっき片付けた紙袋を引っ張り出している。
中を開いて中身を確認してから、また私に向き直った。
「………リイナちゃん。」
「は、はい?」
なんだか、低めの声で呼ばれたので私も背筋を伸ばした。
真剣そうな表情と声の雰囲気に周りの空気が変わる。
「今日……何日かわかる?」
「今日?ええと………。」
ふと頭の中でカレンダーを辿ってみる。
…………別に普通の、なんでもない日にちだ。
日付を答えると、與儀はまた追うように口を開いて言葉を重ねた。
「5日後………何の日だっけ。」
「5日後?……5日後………あ。」
「………5日後、リイナちゃんのお誕生日だよね。」
「…っ……う、うん、そうだね。」
今日はなんでもない日。
でも5日後は確かに私の誕生日だ。
闘員の誕生日は…
輪に入れば世間的には闘員は存在しない人間、だから世間的には誕生日も存在しないのだけど。
艇の中だけではいつも闘員は仲間の誕生日を祝ってくれる。
ただ密かに年齢を重ねるだけになった日を、きちんと自分が生まれてこの世に存在している証としてお祝いしてくれる。
だから5日後も貳組でみんなでお祝いをしてくれる予定だった。
與儀も5日後にみんなとお祝いしてくれるんだろうと思っていた。
だから、改めてそれがどうしたんだろう?と思っていると、與儀は紙袋の中を開けた。
「少し早いけど、お誕生日、おめでとう。これ、良かったら……受け取ってくれる…?」
「………え……………。」
紙袋から取り出して差し出されたのは…………青い薔薇の花束だった。
青色の包装紙に包まれて、青色のリボンで飾られている。
(え…………なに…?どういうこと…………?)
びっくりして動けずにいたら、與儀が一歩だけ私と距離を近づけた。
「…リイナちゃん、青が1番好きなんだと勝手に思ってたから、青色にしちゃったんだけど。……1番好きな色って青でいいんだよね?」
「ど…っ…どうして…………。」
どうして突然花束なんて。
どうしていきなり誕生日のお祝い?
…どうして私の1番好きな色を。
疑問がぐるぐる回って頭がうまく動かない。
………好きな人から花束、なんて。
憧れのシチュエーションとして空想はしたことがあるけど、思ってもみなかった展開にうまく言葉が出ない。
だって、誕生日は毎年いつも艇でみんなでお祝いしてくれていたのに。
「いつも青色の服を着ることが多いから、1番好きな色なのかな?って…今日も青い服だし…小物も青が多いし…だから……。」
「…っ!!」
---------今日も青い服、すごく似合ってるね。
(……今日も、って言ってくれたのは、私がいつも青い服ばかりを選んで着ているのを、知っていたから?)
まさか、與儀が……私の服装を見て、私の好きな色を考えていたなんて。
私が青色ばかり着るのを覚えていたなんて。
…嬉しすぎて涙が出そう。
どんな内容であれ、好きな人が自分の事の何かを考えて覚えていてくれるなんて。
しかも、1番好きな色の花束を用意してくれるなんて。
こんな嬉しいことってある?
「…あ…ありがとう……青は、私の1番好きな色だよ…。」
「…っ…良かったぁ……黄色が1番好きだったらどうしようかと思った…もうこれ買っちゃった後だったし…。」
…ああ…だから、黄色の薔薇を気にしていたんだ。
本当に安心したのか、ホッと息を吐いている與儀に、胸がじんわり温かくなる。
誕生日だから、わざわざ私の好きな色の花束を用意してくれたんだね。
そこに込められた與儀の気遣いが嬉しい。
贈り物って、相手のことを考えて選んだ贈り主の想いが込もっているね。
でも、でもね、與儀。
「…贈ってもらえるなら、何色でも嬉しいのに。」
「でも!やっぱりあげるなら1番好きな色であげたかったの!それに花言葉…っ」
「え?花言葉?」
「…………あっ」
しまった!!とばかりの表情をした與儀は、みるみる顔を赤くした。
…………え、どうして赤くなるの…………?
それに、花言葉……………って。
もしかしてこの花束も、花言葉に意味がある、とか?
(青い薔薇の花言葉…って、確か…………)
ちょうど店員さんが言っていた。
青い薔薇の花言葉は、"奇跡"と"夢叶う"。
自然界では存在しない花だから、前向きな意味しかない花だと。…だから、贈り物には良いのだと言っていた。
與儀が花言葉まで意識していてくれたのは意外だった………でも、花言葉…奇跡、って。
私にそれを贈ってくれる意味って?
それから、"夢叶う"。
與儀はこの花束に、どんな夢を託したの?
赤い顔でモゴモゴしている與儀から花束に目を落としてみる。
………そういえば。
自然界に存在しない花なら、與儀はどうやってこの花束を用意したんだろう。
どうして5日後じゃなく、いまこの青い薔薇を私に。
わざわざ私の1番好きな色で。
そこにどうしても深い意味を持たせたくなってしまうのは………與儀が、私にその深い意味を持っていて欲しいと願っているから。
………青い、薔薇。
薔薇って確か……本数に意味があるんだって、店員さんが言っていた。
薔薇を贈られたら、本数に込められた贈り主の想いも考えてほしいと。
花言葉に意味を込めた與儀なら、もしかしたら本数にも何か意味がある?
與儀の花束の本数は、5本。
「…與儀…5本の薔薇の花束に、意味ってある…………?」
「………それは……………」
與儀が本当に本数にも意味を込めたのかを知りたくて、敢えて本人に聞いてみる。
そこに期待してしまっている自分がいる。
もし何も意味なんてなかったら…と思うと怖い。
たまたま5本にしただけとか。
ただ仲間として祝いたかっただけかもしれない。でも。
赤らんでいる與儀の顔を、じっと見つめてみる。
與儀は意を決した表情で私を見つめ返した。
強く強く目が合う。
「…"あなたに出会えた心からの喜び"…………だよ。」
「…っ……」
「…リイナちゃん。俺……俺ね。……リイナちゃんのことが…好きなんだ…。」
「……え…………?」
…………うそ……………だって………。
信じられなくて呆然とする。
すると與儀はまた言葉を重ねた。
「ずっと前から…リイナちゃんが好きです。受け取ってください…!」
「…………」
両手で目の前に差し出された花束と與儀を何度も何度も交互に見つめて、息を飲んだ。
薔薇の本数にも、與儀はきちんと意味を込めていた。
花束に本数。
青い薔薇を5本。
私が1番好きな色の青色の薔薇。
……意味は、あなたに出会えた心からの喜び。
それは"奇跡"だと……そして、叶えたかった與儀の夢は。
ひとつの花束にたくさんの意味を込めてくれた與儀の想いに、胸がいっぱいになってまぶたが熱くなる。
私は、與儀に好きになってもらえたの?
「わ、私……で、いいの?だって私…」
「リイナちゃんでいいんじゃなくて、リイナちゃんがいいの。だってリイナちゃんは、可愛いから!」
「かっ…!…可愛くないよ!」
「可愛いよ!笑っている時の笑顔とか、ちょっと控えめで優しくて気遣い屋さんで話していると楽しい所とか!一緒にいるとすっごくドキドキするけど落ち着く心地良い雰囲気を持っているし、いつもお洒落で可愛い格好をしているのも女の子らしくて全部可愛いよ!?」
「え、ちょっ…言い過ぎ…だよ…っ」
「ぜんっぜん言い過ぎじゃないよ、ほら!いま恥ずかしそうにしている表情も!すごくすごく可愛いしとにかく可愛いしリイナちゃんの全部が可愛い!だからリイナちゃんは可愛いよ!なんで自分でわからないかなぁ〜?」
「待っ…も…勘弁して……もう…限界…っ」
顔が熱くなって俯く。
ずっと、好きな人に可愛いと思われたかった。
だけど恥ずかしがっている顔まで可愛いなんて言われてしまったら、もうどんな顔をしていればいいのかわからない。
いきなり私を全肯定の可愛いの連発攻撃で私はもういっぱいいっぱい。
「だから……すごく可愛いから…絶対に他の人に取られたくなくて。俺を好きになってくれたらなってずっと思ってて。でも怖くて言えないから、せめて傍で少しでも姿を見ていられたらって何かしら用事を作って会いに行ったりとか…色々…女々しいよね…。」
「…そ…んなこと、は、ない、けど…。」
じゃあ、昨日の夜、與儀が電話やメールじゃなくわざわざ部屋まで話をしに来ていたのは……そういうこと…………?
私は何気ない話であっても與儀に少しでも会えるのは嬉しかったけど、與儀も実は同じだった……?
ずっと片思いだと思っていた人と同じ気持ちだった、なんて。
こんな夢みたいな話…ずっと夢には見てきたけど…。
「…でも…今年のリイナちゃんの誕生日こそは、絶対に誰より先にお祝いしたくって……いっぱい準備したんだ。買い出しをリイナちゃんとって平門さんにお願いしたりして、花束も……でも……肝心の今朝、なかなか服が決まらなくて遅刻するとかさ…自分が情けないけど……。」
「………っ…………」
「……実は、さっきの花屋さんさ。この薔薇も、前からあのお店でお願いしていたんだよね。」
「……そう、なの?」
だから、先に引き取りに行くために単独行動をしたの?
「電話で青い花の花言葉とか花束の意味とかいっぱい教えてもらって、青い薔薇を作る事業もしているって言うからそれで決めて……そしたら、俺が行った後にリイナちゃんが同じ花屋さんにいるっていうから…びっくりした……店員さんも俺に気づいていたし。」
「……ああ…………。」
與儀がやたら花言葉に詳しかったのは、同じあの店員さんに聞いたからなんだ。
そういえばあの店員さん、私の隣にいた與儀にも笑顔を向けてニコニコしていたっけ。
あれは単なる接客じゃなく、先に来た與儀に気づいて、與儀の花束の相手が私だって勘づいたからだったんだ。
……薔薇の花束の本数の話も、
あれは私の想い人が與儀だと気づいてさりげなく與儀に言ったのだと思っていたけど
もしかしたら、後でこの花束をもらうだろう私に言っていたのか。
お互いさりげなく同じ人に恋の後押しをされていた。
次々に明かされる答え合わせに動揺する。
「黄色の薔薇を買ってるから、リイナちゃんが1番好きな色は本当は黄色なのかなって思ったら、これあげるの迷っちゃって……でも、あの…これが俺の気持ち…受け取って、くれる……?」
喉がつっかえたように声が出ない。
花屋からなんだか元気がなかったのも、念入りに準備したはずなのに私の好きな色を間違えたんだと思ったんだ。
だから、花束を入れた紙袋をクッピーの奥に片付けたんだね。
あげるのを一度はやめようと諦めたんだ…………。
與儀からもらえる気持ちなら、何色だって嬉しいのに。
私を喜ばせたいから1番好きな色にこだわっていたんだ。
私が出す応えに不安そうにしている與儀の想いを早く受け取りたくて、恐る恐る花束に伸ばした手に、まだ黄色の薔薇を持ったままだったことを思い出した。
……それなら、この花束を受け取る前に……私のために勇気を出してくれた與儀に、私もしっかりと勇気を返さないといけない。
もう片手に持っていたお茶のカップを地面に置いてから、私は黄色の薔薇を両手で持ち直して與儀に差し出した。
目をぱちぱちさせて首を傾げた與儀に、胸が破裂しそうになりながら、私は自分の気持ちを贈った。
「黄色の薔薇の花言葉、知ってる?"幸福"と"思いやり"。…まるで與儀の花みたいだなって思って買ったの。」
「…え?」
「思いやりは與儀を表しているみたいで。いつも優しくて人の気持ちを大切にしている與儀が、私は……好き。與儀といるといつも幸せな気持ちになるの。」
「…………っ…」
「確かに青は1番好きな色だけど……私が黄色も好きなのは……與儀の髪の色に似ているから……だよ。與儀の綺麗な金の髪が好き。」
「……リイナちゃん…………。」
ああ……声が震える。
好きな人に想いを伝えるって、こんなに怖い。
でも、早く早くって心が急かす。
一歩踏み出せば、きっとこの先には幸福が待っていると信じる。
泣き出しそうになりながら、頑張れ頑張れって自分を鼓舞して気持ちを言葉にする。
「…薔薇…一本の薔薇の意味は、"運命の人"と……"私にはあなたしかいない"……なの…。初めて出会ったあの日から、ずっと…私は、與儀が好きです……ずっとずっと好きでした………。與儀は、私の、幸福、です。」
「…っ!!」
零れ落ちそうなほど目を見開いた與儀に、私は涙を浮かべながら笑みを作った。
好きな人にはいつも1番可愛い笑顔の私でいたい。
私の笑顔を可愛いと言ってくれた大好きな與儀に、私は頑張って笑って見せた。
私はいま、與儀の目に少しでも可愛く映っているのかな。わからないけど、それでも頑張って笑った。
『リイナちゃん、はじめまして!俺は與儀って言います。気軽に與儀って呼んでね。これからは貳組の仲間だね、よろしく!貳號艇へようこそ!』
入団してすぐ、緊張して固まっていた私に、キラキラの笑顔で話しかけてくれた優しい與儀の姿を、私は今でも昨日のことのように覚えているの。
あれからずっと、私の闘いの毎日は與儀のおかげで輝いている。
心に芽生えた與儀への気持ちが、私をずっと幸福に導いて支え続けてくれた。
與儀と出会って始まった私の恋の大切な思い出の日々は、ずっと與儀で溢れてるの。
與儀も私を好きになってくれる日がくるなんて思わなかった。
私が與儀を好きになったあの出会いを與儀が奇跡だと言ってくれるなら。
なら、私を與儀の運命の人にしてほしい。
同時に與儀は私の運命の人だと信じさせて。
そして私の夢も叶えて欲しい。
黄色の薔薇の想いは與儀に渡すから……與儀の想いである青い薔薇を受け取ったら、私の夢も叶えて。
これから先ずっと、誰より近くで與儀の傍にいさせて、と。
きっと與儀の叶えたい夢も私と同じだと思うから。
與儀もまた泣きそうな少し情けない顔になって、私から黄色の薔薇を受け取った。
それから交換するように差し出された青い薔薇を私は受け取って、大事に抱えた。
「……………ありがとう…すごく嬉しい…。」
心を込めてお礼を言うと、與儀は両手を広げて私と距離を詰めようとしたけど…私の腕にある花束を見て、潰さないようにゆっくりと包み込むように私を抱き寄せた。
温かい腕はがっちりと力強いのに、とても優しい。
好きな人の腕の中って、こんなに幸せなものなの?
この腕に抱き締められ包まれる日を、私はずっと願ってきたんだよ。
「…………リイナちゃん、大好きだよ。俺と出会ってくれてありがとう…。」
「私も………好きになってくれて、ありがとう…最高の誕生日祝いだよ。」
「うん………生まれてきてくれてありがとう。」
「…與儀も、……ありがとう。次の與儀のお誕生日、全力でお祝いするからね。」
「え、と……じゃあ……。」
体を寄せたまま少し離れた與儀に、うん?と見上げると……まだ頬が赤い與儀の瞳が、潤んでいた。
「…俺と、恋人同士になってくれる…?誕生日は、2人きりでもお祝いしてほしいな…リイナちゃんの誕生日もできたら、2人でも改めて祝いたい…。」
「……っ…う、ん……お、ねがい、します……。」
「……っ……やっ…たぁ…っ!!…リイナちゃんと両想いとか、夢みたい…!!」
………両想い………そっか。
これ、両想いなんだ…………。
私、與儀の恋人になったんだ。
改めて言葉にすると妙な感じで。だってつい数分前までただの仲間で私の片思いだったから。
さっきの今で関係がガラリと変わる……不思議な気持ち。
満面の笑みで喜びを表している與儀の姿が、嘘や夢じゃないと教えてくれている。
こんなにも想いを全面に出してもらえるなんて。
もしもこれが夢なら、一生眠ったままでいい。
でも、寄せたままの体のぬくもりと與儀の腕の感触はすごくリアルに私に伝わってくるから、これは夢じゃなく現実であることを実感する。
與儀の想い人は、私。
目の前で赤く染まっている與儀の頬が、嬉しそうな顔が、私を好きだよって言ってくれている。
でも、その赤らめた表情はさっき電話をしていた時もだった。
聞いていいかな……嫌じゃないかな。
迷うけど、どうしても気になって思い切って口を開いた。
「ね、與儀。あの…。」
「うん?なに?」
「さっき…私が買い物に行っている時、誰に電話していたの?」
「え?…あ、見てたの?」
「ご、ごめん…盗み見るつもりはなかったんだけど…。」
「ああ、違うよ!えっとね…。」
さっき、電話をしながら少し顔を赤くしていたのは…。
てっきり與儀の好きな女の子か彼女との電話だと思ったのに。
どうなんだろうと見ると、與儀は恥ずかしそうに眉を下げた。
「…さっきのお花屋さんに、お礼を言っていたんだ。俺に気づいていたのに、リイナちゃんの前で黙っていてくれてありがとうございます、って。」
「そうなんだ……。」
「そしたら花束を贈りたい相手はその女性ですよね?って言い当てられちゃったから、なんかもう恥ずかしくって。」
…ああ、だから顔を赤くしたんだ………。
そういえば目を開いて驚いたような顔にもなっていたっけ。
「で……花束はうまく渡せたか聞かれたから…渡せないかもってつい溢しちゃって。黄色が好きなんだと思ったから渡しづらくて。」
「そ、そっか……………。」
…それは、知らなかったとはいえ悪いことをしちゃったな…。
あの店員さんと一生懸命に相談して準備してくれたんだろうに。
そう思っていたら私も申し訳なさそうな顔になっていたのか、與儀がふっと笑ってくれた。
「でもね、絶対に大丈夫だって励ましてもらったよ。リイナちゃんなら、5本の青い薔薇の花束の意味にきっと気づいてくれるって。勇気を出したらきっと幸せが待っていますよ、って。」
「…うん、気づいちゃったね…。」
事前に店員さんの根回しがあったから。
あのアドバイスがなかったら、きっと私は薔薇の意味に気づかなかった。
でも、気づかなくても絶対に、私は與儀の気持ちに心から喜んで受け取るよ?
例え青が1番好きな色じゃなくても、選んでくれた與儀の一生懸命な気持ちならすごく嬉しい。
「気づいてくれて助かったかも…自分で準備しておいてなんだけど、薔薇の本数の意味なんて俺から切り出すの正直ちょっと恥ずかしくて照れくさくて、どう言うか迷っていたし。重いって引かれたらどうしようとか。」
「引くわけないでしょ?例え與儀の事をなんとも思っていなくても、大事な気持ちを引いたりなんてしないよ。きちんと受け止めてから答えるよ。」
「うん、リイナちゃんはそういう子だよね。だから大好き。」
「…うっ…………っ…」
え、……與儀って……恋人には惜しみなく愛情表現をするタイプ…?
サラリと大好きとか言うからなんかもう、いちいち照れちゃってどう反応すれば良いのか。
…でも、なんかすごく與儀らしいな。
真っ直ぐに、飾り無く気持ちを口に出して伝える感じが。
……私は、そんな與儀の気持ちを、これからずっとこうして受け取り続けるんだ。
もう覚悟するしかないね。そして私も…頑張って伝え続けなきゃ、ね。
「私も、さっき店員さんと話をしたんだけどね。私の、その…好きな人の、話ね?」
「え?…あ、うん…。」
私の好きな人。
それは自分だと知ってしまった與儀も、恥ずかしそうな照れたような表情をした。
「実は黄色の薔薇は嫉妬って意味もあって…でも、思いやりを持って接すれば幸福はやってくるって教えてもらったの。これから、私は與儀に前向きな気持ちだけじゃなく嫉妬したりもすると思うけど、思いやりだけは絶対に忘れずに大事にするからね。」
「え、俺に妬いてくれるの?」
「なんでちょっと嬉しそうなの…?」
「ごめん、リイナちゃんが妬いてくれると思ったらついね。でも、そうだね…俺もいっぱいヤキモチは妬いたからね、苦しいのはわかるからあまり妬かせないように気をつけたほうがいいのかな。」
「そ、そうなの?妬いたの?」
「妬いたよ?リイナちゃんが誰かと楽しそうに話している時、その人を好きになっちゃったらどうしようとか。」
「え〜?」
「逆にその人がリイナちゃんを好きになって、俺より先に告白して付き合っちゃったらどうしようって。だからあまり楽しそうにしないでー!って思ってた。」
「…ええ!?ないない!!」
私が誰かにそんなに好かれるなんて無い!!!
…って強く否定したら、私を好きになってくれた與儀に失礼かもしれない。
でも本当に、與儀が心配するようなことなんてないのに。
例え誰かに好かれても、どんなに熱烈に告白されても、私がその人を好きになるなんて絶対にない。
私の好きな人は與儀だから。
ブンブンと首を横に振った私に、與儀はなんだか拗ねたように唇を尖らせた。
「自覚がないって怖い……無防備すぎて不安。」
「なにが?」
「いい?リイナちゃんもちょっとは警戒心を持って?男ってオオカミなんだよ!」
「…そういうもの?」
「そうだよ!俺だって…っ」
「え?」
「え?…あっ…っ」
みるみる顔を真っ赤にした與儀をじっと見つめたら、サッと目をそらされてしまった。
……與儀も、男だからオオカミになり得る。
それを意識してしまったら、体をくっつけている今の状態に妙に恥ずかしくなる。
…………それでも。
「與儀なら…オオカミになっても、いいよ…?」
「ぅえっ!!!???」
與儀なら良い。
本当にそう思ったから言ったんだけど、あまりにびっくりした與儀が慌てたから、なにかまずかったかな?と首をかしげる。
だって恋人同士になるんだし、私としては好きな人に私を求められるのは全然……嬉しいくらいだよ。
なんだけど、背中に回っている與儀の腕に少しだけ力が入った。
「ねえ、意味わかっていて言ってる!?」
「え?う、うん。私だって、何も知らないわけじゃない、よ?」
恋人同士なら、触れたり触れられたり、こうやって抱き合ったりも当然するだろうし。
恥ずかしいけど、キス……とかも。
與儀と、してみたいなあって想像したのも一度や二度じゃない。
だから與儀がそれをしたいと思うなら、私は良い。むしろ私だって…したい、と思うし。
考えながら思わず與儀の唇を見つめてしまったけど、また赤くなり「うぅ…」と唸り始めてしまった與儀は、オオカミさんになるにはもうちょっと時間とか覚悟とか色々必要かもしれないなあ……。
まあ、両想いになって即キス……は、欲張りなのかもしれないけどね。
いま体を寄せているのだって、数分前の自分には予想なんかできなかった状況なんだから。
それでも、與儀も思うところがあったのか、彷徨わせていた視線を私に戻して言った。
「…じゃあ、その……早速、オオカミになっても……良い?」
「え?なにをするの?」
「……キスしていい?リイナちゃんと、キスがしたい。」
「……っ!!!」
………する?
いま、するの?
思わず心臓が跳ねて肩がビクッと震えた。………けど。
落ち着けようとゆっくりと静かに息を吐いてから、與儀を見つめた。
「……いい、よ。私も、與儀とキス、したい…から………。」
「………っ」
……自分からねだるのは、少し恥ずかしい。
でも、與儀と両想いになった確かな証が欲しい。
好きな人の恋人になれたことを実感したい。
背中に與儀の腕は回っているけど、花束があるから完全に体が触れ合っているわけじゃないから…もっと触れ合わせてしまいたくて。
きっと私の頬も真っ赤になっているだろう…そこに與儀の指が触れて、撫でるようになぞりながら大きな手の平に包まれた。
じんわりと熱い体温が肌に伝わる。
近づく與儀の顔に目を合わせることができず目線が落ち着かない。
ドキドキバクバクと心臓が早鐘を打つ苦しさに耐えながら、でも心地よい苦しさだと嬉しく思いながら、顔を上げながらゆっくりまぶたを閉じた。
「……っ…」
唇に温かいものが触れる。
こういう時って息をしていいのか、離れるまで止めているべきなのかわからない。
だけど想像していたよりずっと柔らかい與儀の唇の感触に胸が震えて呼吸の仕方を忘れそうになる。
ただ唇と唇をくっつけるだけ。
なのにすごく幸せで暖かくて。
想い合っていないとできない行為を好きな人としている。
このままずっとしていたいくらいに甘くて愛しくて切ない。
風が吹いて胸の中の花束が揺れて包装紙がカサカサと鳴った。
ふと唇が離れた刹那、鼻先で見つめ合う。
「あのね、リイナちゃん…。」
「うん?」
「えっと、こんなことをお願いするのもなんだけど……もっと、好きって言ってもらっていい…?」
「……え?」
「や、あの…リイナちゃんを信じてないわけじゃないんだけど、本当にリイナちゃんに好きになってもらえたのか、もっと実感したいっていうか……リイナちゃんの気持ちを知りたい、っていうか…ご、ごめん…やっぱりいい、や…。」
慌てて離れようとした與儀に私は応えたくて、その腕を掴んだ。
私がどう捉えたのか少し不安げな與儀に、努めて笑って見せる。
実感が欲しいのも同じ気持ちだったのが素直に嬉しかった。
「大好きだよ、與儀。本当に、いっぱいいっぱい大好き。」
これからこの想いに少しづつ2人で色をつけていって、愛に育てていくのだと思うと。
今までの切なかった片思いが報われたのが本当に奇跡。
言ってって自分でお願いしたくせにね、さらに真っ赤になった
與儀は何か小さく呻き声を挙げながら俯いた。
「………可愛すぎる…反則だから…っ」
「……與儀?」
何かボソボソ呟いてる與儀の顔を覗き込んでみる。
すると與儀はバッと顔を上げた。
「おっ…俺もリイナちゃんが好き!!ずっとずっと大好きだからねっ!!」
「…っ…あ、ありが、と……。」
「これからリイナちゃんとしたいことがいっぱいあるんだ。いっぱいデートもしたい、一緒に色んな所に行ったり、2人でごはん食べたり……。」
「いいね、いっぱい色んな事を一緒にしようね。」
「うん!!…あ、1番好きな場所とか、1番好きな食べ物も教えて?いっぱいリイナちゃんの1番が知りたいな。あと本当は1番好きな花も!また贈れるし。それから……」
それから、與儀は私の胸元の花束と自分の手にある花を交互に見た。
「……あのね。俺、リイナちゃんに渡す花束を選んでいる時、花言葉とか薔薇の本数の意味とか、花屋さんに聞いたり色々調べたんだけどね。」
「…うん。」
言いながら、與儀は持っていた黄色の薔薇をそっと青い薔薇の花束に近づけた。
そして何か意味ありげな目線で私を見た。
「六本の薔薇の意味は知ってる?」
「六本?…ううん、知らない。どんな意味?」
「それはね………………。」
優しい笑みを浮かべた與儀の唇が、私の耳元に近づいた。
"あなたに夢中" と
"お互いに敬い、愛し、分かち合いましょう"
だよ。
お互いの想いのこもった、1本と5本の2つの花束を合わせてひとつの6本にして
青の中に黄色の六本の薔薇の花束を抱きしめて、私たちは微笑み合った。
きっとこれから、この花言葉のように、私は與儀とお互いを敬い、お互いを愛して……色んな物を分かち合っていく。
1番好きなものも、そしてきっと1番嫌いなものですら。
色んな物や価値観を分かち合って、2人の共通点と違いを、心を寄せて気持ちを擦り合わせて生きていく。
そんな素敵な恋の始まりと素敵な未来の予感に私は胸をときめかせながら、私よりずっと背の高い與儀を見上げた。
與儀は私に寄り添うように、私の目線の高さに合わせて腰を屈めた。
それに合わせて私は少しつま先を上げる。
これがお互いへの思いやり。
お互いの違いで埋まらないものは、お互い相手に合わせて寄り添わせる。
片思いだった気持ちを偲ぶように、私たちはまた恋人の証明のように唇を合わせた。
ひとつだけ言いたいのは
1番好きな枠はたくさんあるけど…
私の心の枠に1番とそれ以降はないってこと。
與儀だけが唯一、だから與儀が1番で2番は誰とかじゃない。
私はもう與儀に夢中で、與儀しか見えない。
きっと、與儀も同じだよね?
おわり
2025.06.08
ヒロイン目線での片思い物語でお送りしました。
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