(甘)君のいちばんすきなもの
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それから2人でクッピーに乗り込んで街に降りた。
事前に決めていた場所に停めて降りると、與儀は携帯を取り出してポチポチと弄り始めた。
「えっと……じゃあ俺、先に用事を済ませてくるね。すぐ終わるから。」
「うん、じゃあ私は商店街をブラブラしているね。」
「リイナちゃんも見たいお店があったらゆっくり見ていてね。本当にすぐ行くから。」
「ありがとう、でも與儀も急いで怪我とかしないでね。」
「うん、ありがとう。じゃあ!」
手を振ってくれた與儀に私も小さく手を振って、遠くなっていく背中を見つめた。
なんか、いつも與儀の背中を見ている気がする。
何かを調べているのか、携帯を見ながら走っていくから危なくてヒヤヒヤする。
ぶつかったり転んだりしないといいけど。
「……さて。」
あまりウロウロしたら合流する時に大変だし、どうしようっかな…と思いながら商店街に入った。
昼間だからか人混みが少ない中を歩きながら、並んでいるお店を一軒一軒見ていく。
時々野菜を売っているおじさんや屋台のおばさんに声かけをされながら歩いていると、ごく普通の一般の人たちの日常を経験しているみたいで楽しい。
この日常は私たち輪にとっては非日常だから。
でも、一般の人たちにとってはずっと日常であるように頑張らないと。
決してこの人たちの非日常に変えてはいけない。
少し歩いたところで小さな花屋さんがあったので、色とりどりのお花につい目がいって立ち止まった。
見本らしい花束がいくつか置いてある。
「…綺麗…。」
そのうちのひとつ、黄色の花束に目が止まった。
メインらしい大きな黄色のチューリップを中心に構成された花束は本当に綺麗。
(…………黄色。與儀の色だ。)
思わず見つめていたら、奥から女の人が出てきた。
「何かお探しですか?」
「えっ?……あ……花束が綺麗だなって思って見ていました。」
「ありがとうございます!贈り物におすすめですよ。」
……好きな人の髪色に似ていたから見ていただけ、なんて言えないけど。
花束を贈る予定もなければ、贈られる予定もない。
だけど綺麗だから、うっかり自分で買いたくなったけど、自分用に花束って変だよねぇ……なら、このメインのチューリップだけでも単品で買えないかな?
「あの、この花束なんですけど…。」
「こちらの花束が気に入られました?贈り物でしょうか。」
「いえ…このチューリップが綺麗だなって思って。」
「ああ、黄色のチューリップ良いですよね。花言葉で幸福という意味があるんですよ。」
「花言葉…。」
花言葉までは意識していなかったけど、幸福…か…いいかもしれない。
まじまじと見ていたら、店員さんは少し声のトーンを落とした。
「あ、ですが…花言葉には裏の意味があるものもありまして。贈り物にするならそちらも考慮したほうがよいかと。」
「そうなんですか?黄色のチューリップの裏の意味ってなんですか?」
「報われぬ恋、ですね。」
「…………………………」
だ、ダメだ。縁起でもない。
幸福なのに恋は報われないとか、今の私には絶望的すぎる。
思わず固まった私の顔色を察したのか、店員さんは静かに私を見つめた。
「……差し出がましいのですが、好きな方でもいらっしゃるんですか?」
「……まあ、いないことは、ないんですけど…報われないのは困っちゃいますね…。」
まだ告白もしていないのに報われないのは。
せっかく可愛い花なのにもったいないなあ……なんて。
すると店員さんは優しく微笑んで、生けられている花たちの中から一本の花を取って私に差し出した。
「これ…黄色の薔薇、ですか?」
「はい、裏の意味は"嫉妬"です。…恋をすれば、どうしても苦しくなりますよね。」
「……はい。」
「でも、表の意味は黄色のチューリップと同じ"幸福"と、"思いやり"です。苦しい想いがあっても、思いやりをもって接すれば幸福はやってきます。…ね、花言葉って、こうして考え方で意味はぐるっと変わるんですよ。」
「なるほど……解釈次第なんですね。」
「はい。さらに薔薇には本数にも意味があって、1本なら"運命の人"と"私にはあなたしかいない"、3本なら"告白"、あとは7本なら"ずっと言えなかったけど好きでした"………色々と変わるんです。面白いでしょう?」
「へえ…!すごい…!!」
花や花言葉にそれだけの意味があるなんて知らなかった。
差し出された薔薇をそっと受け取ると、水をあげたばかりだったのか花びらについた水滴がキラキラしていた。
黄色の薔薇……まるで與儀みたい。
思いやり、なんて。まるで與儀を表しているみたいで、なんだか一気にこの薔薇に愛着が湧いた。
恥ずかしいから與儀には渡せないけど、部屋に飾ってみようかな。
「これ、ください。」
「ありがとうございます!…花束にしますか?」
「………っ…………」
さっき店員さんが教えてくれた7本の意味は
"ずっと言えなかったけど好きでした"
………今の私にぴったりかもしれない。けど。それを與儀に渡す勇気はない。だから。
「いえ、一本でお願いします…。」
「かしこまりました、ではお包みしますね。」
一本の薔薇の意味は
"私にはあなたしかいない"
いまの私にぴったりだ。
こっそりと、密かに想いをこめて部屋に飾るくらいなら、與儀に迷惑をかけない。
こめた気持ちは誰にも打ち明けなければいい。
「ちなみに、花言葉って全部に表と裏の意味があるんですか?」
「大体はありますね。…あ、でも、表だけで裏の意味がない花も実はあるんですよ。」
「どんな花ですか?」
「青い薔薇です。自然界に青い薔薇は存在しないので人工的に作るんですけど、だからこそ前向きな意味しかこもらないんですよ。"奇跡"や"夢叶う"という意味です。恋人でも友人でも、大切な人に贈るには最適ですよね。」
「へえ…!」
自然には存在しないからこその奇跡、か。
それに、夢叶う……。
お花や花言葉って奥が深いんだな…。
もらったこともあげたこともないから、気にしたことがなかった。
もっと色々なお花の意味を聞いてみたいけど、ふと携帯が鳴った。
與儀からのメールだったけど返信しようと画面タップをしたら、その間に店員さんは薔薇を包みに一度お店の奥に入っていった。
花屋の前にいると送ったら、すぐ近くにいたのか與儀は紙袋を下げてすぐにやってきた。
用事って買い物だったのかな。
「ごめんね、また待たせちゃった!」
「ううん、大丈夫だよ。店員さんと話していたし。」
「お花屋さんにいたんだね、探したんだけどどこかですれ違っちゃったかな〜。」
「探してくれたの?ごめんね。」
「ううん、すぐに連絡しなかった俺が悪いから。…ね、なにを見ていたの?」
「あ、えっとね……………。」
どこから説明しようかなと思っていたら、薔薇を綺麗に包んだ店員さんが戻ってきた。
私の隣の與儀を見て笑みを浮かべて会釈をして、それからまた私を見てニコリと笑った。
「お待たせしました、こちらでいかがですか?」
「わあ…!すごく可愛いです!」
鮮やかな黄色の薔薇は、薄い黄色の包装紙に包まれていた。
黄色のリボンもすごく可愛い、本当に幸福を呼んでくれそうな色合いだ。
それを見た與儀がぽつりと呟く。
「黄色の薔薇なんて珍しいね。リイナちゃん、黄色が好きだっけ?」
「えっ!?あ、あー…ええと……うん……好き、だよ。」
……與儀の髪色だから…とは、言えないけど。
曖昧に頷いた私に、與儀は少し戸惑った表情をした。
あ、あれ、どうしたのかな。
まさか私の意図には気づいてはいないとは思うけど……自分の髪と似た色だとまでは、思ってない、よね?
片思いの相手の色をコソコソ部屋に飾ろうとしているとか、さすがに痛い、から…。
気づかれたら嫌だ、気づかないで。
そう祈るように見つめると、與儀は少し俯いた。
「…そっか。黄色が好きなんだね。」
「…うん……?」
なんだかおかしい與儀の様子に私は首をかしげたけど、與儀はすぐになんでもないとでも言うように笑みを浮かべた。
「あの、お客様。」
「え、あ、すみません!」
待っていてくれた店員さんに慌てて向き直って謝りながら手を伸ばすと、店員さんはニコニコと笑いながら薔薇を渡してくれた。
それから、チラッと與儀を見てからまた私に目配せをして小声で囁いた。
「はい、お客様の"運命の人"に想いが届きますように。幸福をお祈りします。」
「えっ!?」
…店員さん、與儀が私の好きな人だって気付いた!?
だから與儀に聞こえないような声を出したの?
慌てて與儀を見ると、與儀はやはり聞こえなかったのかキョトンとしている。
店員さんは私と與儀を交互に見た。
「贈り物の薔薇には意味が込められています。もし薔薇を贈られたら、本数に込もった贈り主さまの大事な想いにも馳せてみてくださいね。」
「…っ…あ、ありがとうございます…。」
……この薔薇は、與儀に贈るつもりはないんだけど…。
一本の薔薇の意味は"運命の人"。
……もし、與儀が私の運命の人だったら…だったら、いいのにな。
これを渡したら、與儀はこの薔薇の意味に、気づいてくれるかな。…ならやっぱり7本にするべきだった?
ドキドキしながらそっと與儀に視線を送ると、與儀はじっと薔薇を見つめていた。
「…與儀?」
「…え?あ、なに?」
私の視線に気付いた與儀は慌てたような顔をしたから、私はまたなんでもない顔をして首を横に振った。
「…ううん。そろそろ買い出しに行こうか。」
「……そうだね。」
店員さんにお礼を言ったあと、私たちは買い出しのために商店街へ戻った。
リストを見ながら買い物をして、荷物は與儀が持つと言ってくれたから、じゃあ與儀の紙袋を代わりに持つよと言ったら、これは大丈夫だって後手に隠されてしまった。
よほど大事なものか、見られたくないものなのかな?
こっそりと単独で買いに行くような物……中身が少し気になったけど、プライバシーはあまり詮索しちゃいけないし。
與儀が持ち切れない荷物は私も持ちながら、2人で街を歩いた。
それから、なんだか元気がない與儀の様子が妙に気になった。
楽しみにしていたお出かけだったけど、ちょっと寂しいな。
私と向き合って話をするときは気遣って笑ってくれるけど、その笑顔の裏にある気持ちの色がどんなものなのかがすごく気になる。
私といるときを楽しいと感じてほしいというのは、完全に私のワガママなんだけど。
楽しませてあげられない私の力不足だし、與儀にとってやっぱりこれは、ただの仲間との仕事のひとつなんだな…って、悲しい気持ちになる。
けど、それを押し込めて私は笑顔を作った。
與儀といるときは、いつも最高に可愛い笑顔の私でいたい。
たとえ、與儀は可愛いと思ってくれなくてもね。
「……リイナちゃん、そろそろちょっとだけ休憩しない?疲れてない?」
「あ、そうだね。喉も渇いたし。」
與儀の打診で、クッピーに荷物を積み込んだあと私たちは休憩することにした。
帰りも與儀が運転するって言ってくれたし、私よりたくさんの荷物を運んだ與儀には休んでもらいたいから。
手分けして荷物を後ろに積んだ時、與儀は持っていた紙袋を一瞬見つめたあとで奥へ押し込んだ。
大きなクッピーを停めるために街から少し外れた小丘に降りたから、積み終わってから私は與儀に言った。
「じゃあ私、飲み物を買ってくるね。さっきあそこの公園に売ってるワゴン車があったから。」
「いいよ、俺が行くよ。」
「與儀のほうが疲れてるでしょ?私より重かったんだから、休んでいて?」
「あ…ありがとうリイナちゃん。」
「じゃあ行ってくるね、これお願い。」
私は薔薇を與儀に預けて、駆け足でワゴン車に飲み物を買いに行き、ついでに軽く食べられそうな物も一緒に買ってからまたクッピーに戻った。
クッピーの横で、與儀は誰かに電話をしていた。
平門さんかな?と思って邪魔しないように少し離れた場所で待っていたら、與儀はなんだか沈んだ表情のあと、目を見開いてまぶたをパチパチ瞬かせた。
微妙に頬も赤らんでいる気がする。
え、誰?平門さんじゃない……?
あまり見ないような與儀の表情に、妙に胸がざわつく。
あんな顔をするなんて。話しながら頬を赤くする相手……って。
少しして與儀は電話を切ると、さっき私が預けた薔薇をじっと見つめた。
風に揺れるふわふわの與儀の金髪が光に融けてキラキラと輝いていて、綺麗な横顔は本当に與儀の象徴の薔薇みたいだと思った。
あまりに綺麗すぎて見惚れてしまう。
……自分がだいぶ薔薇みたいに甘くてカッコいい顔立ちをしていることを、與儀はいまいち自分で自覚していないっぽいけど。
いや、與儀の顔だけが好きなわけじゃないし、與儀は顔だけの男ってわけじゃないんだけど。
眩しいくらいのイケメン様の與儀に対して自分の平凡な顔を比べると虚しくなる。
そりゃ鏡で毎日自分の顔を見慣れていたら、美的感覚が無意識に磨かれてしまうから、私レベルを可愛いとは思わないでしょうね…。
その上、ちょっと泣き虫だけど明るくて人懐っこくてすごく優しいから、與儀はきっとモテる。
その気になれば可愛い女の子を選び放題だ。
なのに今まで彼女の1人も気配がないのが不思議なくらいで。
輪の立場だからというのもあるんだろうけど、恋愛自体にあまり興味がないのかな。
周りに心惹かれるような女の子がいないのかも。
與儀は、どんな女の子だったら本気で好きになるんだろう。
恋をしたら、恋人とはどんな恋愛をするの?……その相手が、私だったらいいのに。
與儀に愛されたら、きっとすごく大事にしてくれそうで、すごく幸せなのに。
私も、誰より與儀を大事に愛する立場になりたいのに。
(……さっきの電話の相手、誰………?)
與儀が持っている黄色の薔薇の裏の花言葉は、嫉妬。
今はまだいないはずの、でもいつかは與儀が出会って與儀が心から愛するだろう誰かに、私はいつも嫉妬している。
その誰かになれない自分に悲しくなる。
もしかしたら私が知らないだけで、もうそんな人がいるのかもしれないと想像するだけで泣きたくなる。
……皆から可愛いって褒められなくていい。
ただ好きな人だけに、可愛いって思われたら…それだけでいいんだけどな。
與儀も女の子を顔で判断するようなタイプではないと思うけど、それでもやっぱり可愛いって言われたら嬉しいよ。
できたら、好きだとも言って欲しいのに。
何より欲しいその言葉は、想いは私に向けられることはない。
(…やめやめ、悲しくなってきた。どうせ私はうっかり好きになるような美少女じゃないですよ。でも周りが眩しい美形ばかりすぎるんだ。)
「はぁ…。……お待たせ!」
小さく息を吐いて気分を整えてから、まるで今来たばかりみたいなふりをして與儀に近づいた。
與儀は私の方を向いて笑ってくれたから、その優しい笑顔に私はまた胸を密かにときめかせる。
「ありがと!遠くなかった?」
「大丈夫だよ、軽食も買ったから一緒に食べよう?與儀も食べられる物だと思うんだけど…。」
「わ…っ…ちょうどお腹が空いてたんだよ、ありがとう!」
「…良かった…。」
與儀が嬉しそうに笑ってくれたら、今はそれだけでいい。
今だけは、この笑顔は私の独り占め。
「あ、いくらだった?」
「え?いいよ、これくらい。」
「でも買ってきてもらって出させちゃうのは悪いよ…。」
「行き帰りの運転もお願いするんだし、大丈夫だよ!」
「そ、そう?………じゃあ、じゃあさ?」
「うん?」
私は與儀に飲み物と軽食を渡して、與儀は預かってくれていた薔薇を私に返した。
それらをお互いに受け取りながら、與儀は私を見た。
「…次は…次に一緒に出かける時は、俺がなにか美味しそうなのを買ってくるね。」
「…え……………」
ふいに提案された次の約束に、私は思わず固まる。
次の買い出しも與儀とペアになるかは正直、わからない。
今日の組み合わせだってたまたま順番だったんだろうし。
プライベートで2人で出かける可能性なんてないだろうし、だから叶うかもわからない約束だけど。
…それでも、次の話を與儀がしてくれたのは、素直に嬉しかった。
「あ、次じゃ嫌?」
「えっ?あ、ううん!!嫌じゃないよ!!じゃあ…次、ね。お願い。」
「…うん。」
思わぬ話に固まってしまってうまく返事を返せなかったから、與儀はまた微妙そうな反応をした。
………嫌がられていると思っちゃったかな。
違うよ、すごく嬉しいのに。
でも嬉しいなんて言ったら変に勘ぐられそうで。
気持ちがバレるのが怖いだけなんだけど。
……それからまた周りに微妙な空気が流れて、私はどうしたらいいのかわからなくなった。
好きな人に変に誤解されたくない。
気持ちがバレるのは怖いのに、嫌われていると思われるのも嫌で。
クッピーに寄りかかってお茶をストローで飲んだら、喉の渇きは癒えるのに胸がズキズキ痛い。
與儀の横顔も見られなくて俯くと、手の中で薔薇が揺れた。
…思いやりをもって接すれば、幸福がやってくる。
店員さんの言葉がふと頭をよぎって、私は意を決して與儀に話しかけた。