(切甘)同じ空を泳ぐ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「僕はそのくらい抜けている女の子も、可愛くて好きだけどね。無防備な感じがまた。」
「………………」
そうだよね
ここは俺の知らないリイナちゃんで溢れている場所。
電話だけじゃ、たまに会うだけじゃわからない君のすべてがある場所。
この二人はその、俺の知らないリイナちゃんをいっぱい知ってる。
恋人は俺のはずなのに。
喰くんの言葉に深い意味はないのはわかっているんだけど、でも気軽に好きなんて言えちゃうのがまた悔しい。
ダメだよ、リイナちゃんの恋人は俺だよ……だから、冗談でも彼女を好きなんて言わないで……。
同じ組の喰くんに言われたら、ほんと洒落にならない。
これくらい笑って受け流すこともできないくらい、俺ってば余裕をなくしているんだ……情けないね。
さっき来たときのウキウキした気持ちが萎んだ風船みたいになっていることに気づいて……ちょっとでいい、顔が見たいと思った。
もちろん体調が心配だからなのもある、ひょっとしたら俺が思っているより悪くはないのかもしれないし。
だけどもしつらそうなら何かしてあげたい。
喰くんの薬みたいに治してあげることはできないけど、欲しいものがあるなら持ってくるし、咳がひどいならずっと背中をさすってもいい……とにかく、何かがしたい。
「……ちょっとだけ……お見舞いに行ってきてもいいかなぁ……?」
ふとそう呟くと、二人は一斉に驚いた顔をした。
え、なんか変だった?
お見舞いくらい……普通、だよね……?
「…ああ、そっか。僕たちにとっては慣れたことだけど、與儀くんにとっては珍しいことなんだよね。」
「慣れることが可笑しいんですけどねぇ。打ち合わせまでまだ時間がありますし、早めに終わらせてくださいね。」
二人はなんとなく俺の心情に納得したみたいで、とりあえず怪しまれずにお見舞いの許可はくれた。
俺はリイナちゃんの部屋の場所を知らないから、兎さんに案内してもらって足早で向かった。
そしてドアの前まで来たとき、ごくりと息を飲んだ。
…このドアの向こうに、リイナちゃんがいる。
――…コンコンッ
ドキドキしながら勇気を出してノックをすると、向こうからケホケホと咳の音が聞こえた。
「…はーい?ケホッ…」
「リイナちゃん?俺だけど…」
「……え?」
ガチャッとドアが開かれたと同時に声をかけた。
すると、隙間から見慣れないパジャマ姿で少し髪の乱れたリイナちゃんが驚いた顔をしていた。
俺は恋人の珍しい姿にドキッとしたんだけど、その瞬間バタンッとドアを閉められた。
「えっ!?ちょっ!!なんで閉めるの!?リイナちゃん!?」
ドンドンッとドアを叩いてみたけど、開かない。
その向こうから、リイナちゃんの声がした。
「なんで與儀がいるの!?」
「今日打ち合わせでしょ?それでリイナちゃんが寝込んでるって聞いてお見舞いに来たんだよ。ね、開けてよ?」
「だ…大丈夫、大丈夫だから…戻っ…ケホッケホッ」
「全然大丈夫じゃないじゃん!!なんで開けてくれないの?」
せっかく会えるのに。
会いたい、のに。
具合が悪いなら、俺だって少しでも力になりたいのに。
悔しい気持ちがぐるぐると俺の胸の中を渦巻いていく。
このドア一枚向こうにいるのに。
「本当に大丈夫だから、與儀は戻って!」
「…俺、そんなに頼りない…?」
リイナちゃんに強く言われたのが拒絶に聞こえて、心が痛む。
確かに俺は喰くんみたいに薬も作れないし、キイチちゃんみたいに同じ壱組の女の子同士ずっと側にいて看病もできない。できないけど…。
顔を出すだけでは、なんにもならないこともわかっているけど…。
リイナちゃんは、俺に会いたいって思ってくれないの?
会いたいってずっと思っているのは、俺だけ?
この前は会いたいって言ってくれたのに。
…考えても仕方がないことなのはわかってる。
リイナちゃんはただ具合が悪いから、一人にして欲しいだけなのかもしれないし…だとしたら今の俺はただの邪魔者だ。
そう思い直して…ノックをするのをやめた。
「…わかった。急に来てごめんね。早く良くなってね。」
「…あの…っ…」
「…ごめんね…」
俺はそのままドアから離れて、後ろ髪を引かれながらも早足で戻った。
恋人が体調を崩している時くらい、気遣わなきゃダメだよね…そう自分に言い聞かせて。
打ち合わせが終わって貳組の艇に戻ったその日の夜。
お風呂に入って部屋でぼんやり過ごしていると、携帯が鳴った。リイナちゃんだ。
画面の名前を見た瞬間、胸の真ん中に重いものがズンと落ちていく。
いつもなら、ときめくのに。
迷いながら恐る恐る通話ボタンを押すと、向こうから愛しい声が聞こえた。
「…もしもし?」
『あ…もしもし?與儀?』
少し鼻声のその声はやっぱり可愛くて、名前を呼ばれて胸が切なくなる。
『今日…ごめんね。来てくれてありがとう。』
「…うん。」
『喰くんたちから、與儀が私をすごく心配してくれていたって聞いて…私、ドアの向こうから追い返すなんて、酷いことをしたから…。』
「…うん。」
『……怒ってる…?』
探るような様子に、きっと不安にさせているだろうことを思わせる。
怒ってないよ。怒ってない、けど。
俺も、少し不安になっちゃっただけ。
それをうまく伝えられる言葉を見つけられなくて、俺はわざと話題を変えた。
「具合、大丈夫?」
『え?あ、うん。もうだいじょ…ゲホッゲホッ…大丈夫!!』
「………。」
全然…大丈夫じゃないじゃん…。
そんな状態で俺に電話してきてくれて、大丈夫だなんて明るく振る舞って…。
ずっとそうだった?
俺の記憶の中では、リイナちゃんはいつだってしっかりした明るい元気な女の子だった。
それは、俺の前ではずっとそうだったってだけで…しょっちゅう風邪を引くことも、よく寝坊をすることも、俺は知らなかった。
同じ艇だったら…同じ艇だったら…知れたのに。
色んなリイナちゃんを見られたのに。
『與儀?』
黙り込んでしまった俺を呼ぶ声。
この声が、好きだった。
「……つらいよ…。」
『…え?』
「リイナちゃんと離れているの、すごくつらい…。俺、もう知ってるんだよ。リイナちゃんが本当はあまりしっかりしていないことも、俺の前では無理をしていることも。」
『無理なんて、していないよ。』
「してるよ。本当は俺にも甘えて欲しいし、抜けているところも見せて欲しい。同じ艇の喰くんやキイチちゃんは知ってるのに、恋人のはずの俺が知らないなんて、こんなつらいことある…?」
『それは……。』
駄目だ、言い出したらもう止まらない。
感情が次から次に溢れだして、勝手に言葉になって出てくる。
本当はこんなことが言いたいわけじゃないのに。
こんな自分がすごくカッコ悪くて情けない。
情けなくて恥ずかしい。
「同じ艇だったら良かったのに…。付き合っているのに、離れているのが、つらい…。」
言ってはいけないことを言ってしまった。
ずっと心の奥に閉まっていた、出さないようにしていた気持ちを。
そう思ったときにはもう遅かった。
しばらくおいて、リイナちゃんは絞り出すように声を挙げた。
『…それって……與儀は…私は與儀と離れていても、全くつらくないと思ってる…?』
「え…」
思っていた以上に逼迫した声に、俺は一気に全身に冷や水を浴びせられたかのような気持ちになった。
『與儀だけが、つらいと思ってる…?寂しい思いをしているのは、與儀だけなの…?』
リイナちゃんの切なそうな声に…俺は…やっぱり言ってはいけないことを言ったんだと……気づいた。
リイナちゃんの声が震えてる。
もしかしたら…泣いているのかもしれない。
俺が泣かせた…?
大好きなリイナちゃんを。
あの笑顔を、心を、俺は壊したの…?
自分勝手につらい気持ちを押し付けたから。
絶対に泣かせることはしないって、思っていたのに。
『…そんな…自分ばかりつらいみたいに言われたら、私はどうしたらいいの……今すぐ與儀のところまで行けるわけじゃないのに…。』
「そんな、そんなつもりで言ったんじゃ…っ」
『そんなつもりもなにも……私が、どうして與儀の前では…無理は本当にしていないけど…頑張っていたのか、考えてくれないの…?』
「……っ」
『……ごめん…頑張っていたのは、私の勝手だよね……。與儀に言うことじゃないね…。與儀は、頑張ってない私のほうが良かったんだよね……。』
はぁ……と、深く息を吐く音が聞こえた。
リイナちゃんが俺に感情を高ぶらせたのはこれが初めてで…なのに、初めて本音の感情を見せてくれたのに、俺はこれを望んでいたはずなのに、ちっとも嬉しくなかった。
リイナちゃんを傷つけた結果だから。
怒らせたならまだしも、傷つけた。
怒らせるのもよくないけど、怒ってくれたほうがまだよかったかもしれない。
彼女を傷つけて本音を聞き出しても、嬉しいわけがなかった。
リイナちゃんがなんのために俺の前ではしっかりして見せていたのか。考えればわかることなのに、ちっとも気づかなくて…それがまた、自分を情けなくさせた。
自分も寂しい、離れていてつらいよ、って感じていながら、それを隠してしっかり振る舞っていたのは…きっと俺のため。
リイナちゃんが寂しくてつらい思いをしているって俺が知ってしまったら、俺は俺のせいだって自分を責めて、それでもすぐに会いに行けない現状に、傷つくと思ってくれていたから。
なのに、俺は自分が寂しくてつらいと…本当のリイナちゃんが見られないのが嫌だと、リイナちゃんに一方的に伝えて、彼女を傷つけた。
…リイナちゃんのせいじゃないのに。
本当は誰のせいでもないのに。
リイナちゃんだってつらくないわけがないのに。
彼女はきっと今、俺がつらいのは自分のせいだって、自分を責めてる。
むしろ、俺のほうがリイナちゃんに素直に寂しいよって言わせてあげないといけなかったのに。
そうしたらもっと、まっすぐにその気持ちを受け止めてあげられたのに。
そんな関係性を作ってこなかったばかりか、
まるで俺ばかり寂しいみたいに言ってしまった。
実際そう思っていたかもしれない。
リイナちゃんがどう思っているか、彼女の気持ちも考えず……本当は寂しいって感じてくれているのを考えず、俺の一方的な感情を押し付けた。
俺だって、せめてもっと素直な形で寂しさを伝えていたら、彼女の受け取りかたが違っていたかもしれないのに。
「……ごめん、俺………そんなつもりはなくて…」
『…じゃあ……。』
「え……?」
『しばらく、距離を置こうか…?』
「…それって……。」
その言葉の意味を考えたくなくて、体が凍りつく。
距離を置く?
なにを……リイナちゃんは、言ってるの?
『…しばらく、連絡とらないの。電話もメールも止めて、お互いに冷静になって考えるの……。』
「考える…って、なにを………。」
『このままでずっと付き合っても、寂しいのはなくならないし…そんな状態で付き合っていけるのか…とか……つらいなら、しばらく離れたほうが…いいんじゃないかな…って…。』
「そんな………」
それって……考えた結果…別れるって選択もある、ってこと……?
そんなのは、嫌だ…っ。
「待っ…リイナちゃ…」
『ねえ與儀、いま與儀の部屋の窓からは、何が見える?』
「窓…?」
『こっちはね、満月なの。すっごく大きな綺麗な月。そっちは?』
リイナちゃんが何を言いたいのかわからないまま、振り向いて後ろの窓のほうを見る。
窓の外は……真っ暗、だった。
(ああ…そういうことか…。)
意図がわかった途端、涙が滲んできた。
「見えない…何も……月なんて…。」
『…そっか。……じゃあやっぱり……。』
私たち、しばらく連絡をとらないほうがいいね。
リイナちゃんはそう言って、電話を切った。
「なんで…見えないんだよ…。」
窓の外はどこまでも暗闇。
満月どころか、光の一筋も見えなかった。
これは、本当にリイナちゃんと繋がっている同じ空なの?
わからない…わからないよ。
これが、今の俺たちを表しているってことなのか。
「う……っ…ぁあああ…っ」
切れてしまった携帯を握ったまま、俺はひたすらに泣いた。
.
「………………」
そうだよね
ここは俺の知らないリイナちゃんで溢れている場所。
電話だけじゃ、たまに会うだけじゃわからない君のすべてがある場所。
この二人はその、俺の知らないリイナちゃんをいっぱい知ってる。
恋人は俺のはずなのに。
喰くんの言葉に深い意味はないのはわかっているんだけど、でも気軽に好きなんて言えちゃうのがまた悔しい。
ダメだよ、リイナちゃんの恋人は俺だよ……だから、冗談でも彼女を好きなんて言わないで……。
同じ組の喰くんに言われたら、ほんと洒落にならない。
これくらい笑って受け流すこともできないくらい、俺ってば余裕をなくしているんだ……情けないね。
さっき来たときのウキウキした気持ちが萎んだ風船みたいになっていることに気づいて……ちょっとでいい、顔が見たいと思った。
もちろん体調が心配だからなのもある、ひょっとしたら俺が思っているより悪くはないのかもしれないし。
だけどもしつらそうなら何かしてあげたい。
喰くんの薬みたいに治してあげることはできないけど、欲しいものがあるなら持ってくるし、咳がひどいならずっと背中をさすってもいい……とにかく、何かがしたい。
「……ちょっとだけ……お見舞いに行ってきてもいいかなぁ……?」
ふとそう呟くと、二人は一斉に驚いた顔をした。
え、なんか変だった?
お見舞いくらい……普通、だよね……?
「…ああ、そっか。僕たちにとっては慣れたことだけど、與儀くんにとっては珍しいことなんだよね。」
「慣れることが可笑しいんですけどねぇ。打ち合わせまでまだ時間がありますし、早めに終わらせてくださいね。」
二人はなんとなく俺の心情に納得したみたいで、とりあえず怪しまれずにお見舞いの許可はくれた。
俺はリイナちゃんの部屋の場所を知らないから、兎さんに案内してもらって足早で向かった。
そしてドアの前まで来たとき、ごくりと息を飲んだ。
…このドアの向こうに、リイナちゃんがいる。
――…コンコンッ
ドキドキしながら勇気を出してノックをすると、向こうからケホケホと咳の音が聞こえた。
「…はーい?ケホッ…」
「リイナちゃん?俺だけど…」
「……え?」
ガチャッとドアが開かれたと同時に声をかけた。
すると、隙間から見慣れないパジャマ姿で少し髪の乱れたリイナちゃんが驚いた顔をしていた。
俺は恋人の珍しい姿にドキッとしたんだけど、その瞬間バタンッとドアを閉められた。
「えっ!?ちょっ!!なんで閉めるの!?リイナちゃん!?」
ドンドンッとドアを叩いてみたけど、開かない。
その向こうから、リイナちゃんの声がした。
「なんで與儀がいるの!?」
「今日打ち合わせでしょ?それでリイナちゃんが寝込んでるって聞いてお見舞いに来たんだよ。ね、開けてよ?」
「だ…大丈夫、大丈夫だから…戻っ…ケホッケホッ」
「全然大丈夫じゃないじゃん!!なんで開けてくれないの?」
せっかく会えるのに。
会いたい、のに。
具合が悪いなら、俺だって少しでも力になりたいのに。
悔しい気持ちがぐるぐると俺の胸の中を渦巻いていく。
このドア一枚向こうにいるのに。
「本当に大丈夫だから、與儀は戻って!」
「…俺、そんなに頼りない…?」
リイナちゃんに強く言われたのが拒絶に聞こえて、心が痛む。
確かに俺は喰くんみたいに薬も作れないし、キイチちゃんみたいに同じ壱組の女の子同士ずっと側にいて看病もできない。できないけど…。
顔を出すだけでは、なんにもならないこともわかっているけど…。
リイナちゃんは、俺に会いたいって思ってくれないの?
会いたいってずっと思っているのは、俺だけ?
この前は会いたいって言ってくれたのに。
…考えても仕方がないことなのはわかってる。
リイナちゃんはただ具合が悪いから、一人にして欲しいだけなのかもしれないし…だとしたら今の俺はただの邪魔者だ。
そう思い直して…ノックをするのをやめた。
「…わかった。急に来てごめんね。早く良くなってね。」
「…あの…っ…」
「…ごめんね…」
俺はそのままドアから離れて、後ろ髪を引かれながらも早足で戻った。
恋人が体調を崩している時くらい、気遣わなきゃダメだよね…そう自分に言い聞かせて。
打ち合わせが終わって貳組の艇に戻ったその日の夜。
お風呂に入って部屋でぼんやり過ごしていると、携帯が鳴った。リイナちゃんだ。
画面の名前を見た瞬間、胸の真ん中に重いものがズンと落ちていく。
いつもなら、ときめくのに。
迷いながら恐る恐る通話ボタンを押すと、向こうから愛しい声が聞こえた。
「…もしもし?」
『あ…もしもし?與儀?』
少し鼻声のその声はやっぱり可愛くて、名前を呼ばれて胸が切なくなる。
『今日…ごめんね。来てくれてありがとう。』
「…うん。」
『喰くんたちから、與儀が私をすごく心配してくれていたって聞いて…私、ドアの向こうから追い返すなんて、酷いことをしたから…。』
「…うん。」
『……怒ってる…?』
探るような様子に、きっと不安にさせているだろうことを思わせる。
怒ってないよ。怒ってない、けど。
俺も、少し不安になっちゃっただけ。
それをうまく伝えられる言葉を見つけられなくて、俺はわざと話題を変えた。
「具合、大丈夫?」
『え?あ、うん。もうだいじょ…ゲホッゲホッ…大丈夫!!』
「………。」
全然…大丈夫じゃないじゃん…。
そんな状態で俺に電話してきてくれて、大丈夫だなんて明るく振る舞って…。
ずっとそうだった?
俺の記憶の中では、リイナちゃんはいつだってしっかりした明るい元気な女の子だった。
それは、俺の前ではずっとそうだったってだけで…しょっちゅう風邪を引くことも、よく寝坊をすることも、俺は知らなかった。
同じ艇だったら…同じ艇だったら…知れたのに。
色んなリイナちゃんを見られたのに。
『與儀?』
黙り込んでしまった俺を呼ぶ声。
この声が、好きだった。
「……つらいよ…。」
『…え?』
「リイナちゃんと離れているの、すごくつらい…。俺、もう知ってるんだよ。リイナちゃんが本当はあまりしっかりしていないことも、俺の前では無理をしていることも。」
『無理なんて、していないよ。』
「してるよ。本当は俺にも甘えて欲しいし、抜けているところも見せて欲しい。同じ艇の喰くんやキイチちゃんは知ってるのに、恋人のはずの俺が知らないなんて、こんなつらいことある…?」
『それは……。』
駄目だ、言い出したらもう止まらない。
感情が次から次に溢れだして、勝手に言葉になって出てくる。
本当はこんなことが言いたいわけじゃないのに。
こんな自分がすごくカッコ悪くて情けない。
情けなくて恥ずかしい。
「同じ艇だったら良かったのに…。付き合っているのに、離れているのが、つらい…。」
言ってはいけないことを言ってしまった。
ずっと心の奥に閉まっていた、出さないようにしていた気持ちを。
そう思ったときにはもう遅かった。
しばらくおいて、リイナちゃんは絞り出すように声を挙げた。
『…それって……與儀は…私は與儀と離れていても、全くつらくないと思ってる…?』
「え…」
思っていた以上に逼迫した声に、俺は一気に全身に冷や水を浴びせられたかのような気持ちになった。
『與儀だけが、つらいと思ってる…?寂しい思いをしているのは、與儀だけなの…?』
リイナちゃんの切なそうな声に…俺は…やっぱり言ってはいけないことを言ったんだと……気づいた。
リイナちゃんの声が震えてる。
もしかしたら…泣いているのかもしれない。
俺が泣かせた…?
大好きなリイナちゃんを。
あの笑顔を、心を、俺は壊したの…?
自分勝手につらい気持ちを押し付けたから。
絶対に泣かせることはしないって、思っていたのに。
『…そんな…自分ばかりつらいみたいに言われたら、私はどうしたらいいの……今すぐ與儀のところまで行けるわけじゃないのに…。』
「そんな、そんなつもりで言ったんじゃ…っ」
『そんなつもりもなにも……私が、どうして與儀の前では…無理は本当にしていないけど…頑張っていたのか、考えてくれないの…?』
「……っ」
『……ごめん…頑張っていたのは、私の勝手だよね……。與儀に言うことじゃないね…。與儀は、頑張ってない私のほうが良かったんだよね……。』
はぁ……と、深く息を吐く音が聞こえた。
リイナちゃんが俺に感情を高ぶらせたのはこれが初めてで…なのに、初めて本音の感情を見せてくれたのに、俺はこれを望んでいたはずなのに、ちっとも嬉しくなかった。
リイナちゃんを傷つけた結果だから。
怒らせたならまだしも、傷つけた。
怒らせるのもよくないけど、怒ってくれたほうがまだよかったかもしれない。
彼女を傷つけて本音を聞き出しても、嬉しいわけがなかった。
リイナちゃんがなんのために俺の前ではしっかりして見せていたのか。考えればわかることなのに、ちっとも気づかなくて…それがまた、自分を情けなくさせた。
自分も寂しい、離れていてつらいよ、って感じていながら、それを隠してしっかり振る舞っていたのは…きっと俺のため。
リイナちゃんが寂しくてつらい思いをしているって俺が知ってしまったら、俺は俺のせいだって自分を責めて、それでもすぐに会いに行けない現状に、傷つくと思ってくれていたから。
なのに、俺は自分が寂しくてつらいと…本当のリイナちゃんが見られないのが嫌だと、リイナちゃんに一方的に伝えて、彼女を傷つけた。
…リイナちゃんのせいじゃないのに。
本当は誰のせいでもないのに。
リイナちゃんだってつらくないわけがないのに。
彼女はきっと今、俺がつらいのは自分のせいだって、自分を責めてる。
むしろ、俺のほうがリイナちゃんに素直に寂しいよって言わせてあげないといけなかったのに。
そうしたらもっと、まっすぐにその気持ちを受け止めてあげられたのに。
そんな関係性を作ってこなかったばかりか、
まるで俺ばかり寂しいみたいに言ってしまった。
実際そう思っていたかもしれない。
リイナちゃんがどう思っているか、彼女の気持ちも考えず……本当は寂しいって感じてくれているのを考えず、俺の一方的な感情を押し付けた。
俺だって、せめてもっと素直な形で寂しさを伝えていたら、彼女の受け取りかたが違っていたかもしれないのに。
「……ごめん、俺………そんなつもりはなくて…」
『…じゃあ……。』
「え……?」
『しばらく、距離を置こうか…?』
「…それって……。」
その言葉の意味を考えたくなくて、体が凍りつく。
距離を置く?
なにを……リイナちゃんは、言ってるの?
『…しばらく、連絡とらないの。電話もメールも止めて、お互いに冷静になって考えるの……。』
「考える…って、なにを………。」
『このままでずっと付き合っても、寂しいのはなくならないし…そんな状態で付き合っていけるのか…とか……つらいなら、しばらく離れたほうが…いいんじゃないかな…って…。』
「そんな………」
それって……考えた結果…別れるって選択もある、ってこと……?
そんなのは、嫌だ…っ。
「待っ…リイナちゃ…」
『ねえ與儀、いま與儀の部屋の窓からは、何が見える?』
「窓…?」
『こっちはね、満月なの。すっごく大きな綺麗な月。そっちは?』
リイナちゃんが何を言いたいのかわからないまま、振り向いて後ろの窓のほうを見る。
窓の外は……真っ暗、だった。
(ああ…そういうことか…。)
意図がわかった途端、涙が滲んできた。
「見えない…何も……月なんて…。」
『…そっか。……じゃあやっぱり……。』
私たち、しばらく連絡をとらないほうがいいね。
リイナちゃんはそう言って、電話を切った。
「なんで…見えないんだよ…。」
窓の外はどこまでも暗闇。
満月どころか、光の一筋も見えなかった。
これは、本当にリイナちゃんと繋がっている同じ空なの?
わからない…わからないよ。
これが、今の俺たちを表しているってことなのか。
「う……っ…ぁあああ…っ」
切れてしまった携帯を握ったまま、俺はひたすらに泣いた。
.