(切甘)同じ空を泳ぐ
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――……それはね、まだ俺たちが付き合う前の、ある風が強かった日のこと。
仕事で失敗して怒られて落ち込んでいた俺は、艇のハッチに出て一人うずくまってた。
『與儀くん、こんなところでどうしたの?』
『……あ、リイナちゃん。』
突然姿を現した彼女に驚いて、だけどこの時にはもう彼女に片思いをしていた俺は、情けないところを見られたくなくて、慌てて目尻に浮かんでいた涙を袖で拭いた。
『き、来ていたんだね。』
『うん、さっきね。朔さんのお使いで、平門さんに用事があったの。ついでに與儀くんの顔も見に来たよ。』
『えー!?俺はついで!?』
『ふふっ、嘘だよ。與儀くんがハッチにいるなんて珍しいね。どうりで見つからないわけだよ。』
『そ、そう……?』
てことは、探してくれたのかな……?
そんなふうについ言葉のひとつひとつを深読みしちゃうのは、女々しいかな……。
だけど、確かに一人でハッチに出てしゃがみこむのは、今まであまりなかったなと自分でも思う。
ただその時は、強い風が拐うように髪を揺らすのが、すごく気持ち良かった。
だから、とにかく風に当たっていたくて一人でずっとここにいたんだ。
そんな時にリイナちゃんがひょっこり現れて、ごく自然に俺の隣に座ったから……さっきまで頬に冷たく感じていた風が、急に心地よくなった。
リイナちゃんの髪が綺麗になびいて、それを本人が小さな手で押さえているのをすぐ傍で見ると…顔が熱くなっていくのが自分でもわかったから。
気づかれたらどうしようと思う、でも隣に座ってくれて嬉しい。
そんな単純で複雑な想いを抱えていることを、リイナちゃんは知らない。
知られても、困るんだけど……知って欲しいような……やっぱり複雑にたくさんの想いが絡み合ってる。
『……リイナちゃん、足とかお尻冷たくない?』
『え?セクハラ?』
『えっ!?ち、違うよ!!ほら、スカートに素足でしょ!?地べた冷たいでしょ!?我慢してるなら無理に座らなくても……っ』
『…ぷっ…ごめん、わかってるよ。疲れたから座ってるだけだから大丈夫。與儀くんを探し疲れたの。』
『え、ご、ごめん……。』
『だーかーら、さっきからからかわれてるって気づいてる?』
『うっ……』
からかわれていたんだ、俺……。
うわぁ、好きな子にからかわれるとか、ちょっとショックかも……俺。
本当はここに一人でいるの、少し寂しかったから、隣に座ってくれたのすごく嬉しいのに。
じゃあ俺を探していたっていうのも冗談なのかな。
こんなことで浮かれる自分は単純なのかな……それでも、例え冗談でも、やっぱり嬉しいんだ……こうして一緒にいられることが。
『……なにか、あった?』
リイナちゃんは改めて静かな声でそう呟くと、冗談やからかいなんか一切ない、口元を控えめに上げた優しい微笑みを向けてくれた。
別になにもないってごまかすこともできたけど、その微笑みを見たら何故だか取り繕ったりカッコつけるより素直になりたくなって、気づけば愚痴と変わらない話をポロポロとこぼしてた。
仕事でちょっと失敗した話。
重大なミスではなかったから支障はないけど、精神的にきつかった。
ひとつのミスは大したことなくても、それが後々誰かの命を奪う事態に発展するかもしれない……俺たちの仕事はそういう仕事だから。
それを考えたら怖くなった。
一通りそんな話をした後、ずっと聞いてくれていたリイナちゃんは、また俺を見た。
『なるほど、それで平門さんにたっぷり怒られて落ち込んじゃったと。』
『う…ん、まぁ…、壱組にも迷惑をかけたよね~……あ、もしかして朔さんのお使いってそれ?俺、リイナちゃんにも迷惑をかけちゃった?』
『ううん、私は別に……直接関わっていたのはキイチちゃんだし。私が来たのは今ちょっとキイチちゃんが別件で出ていて代理だから。』
『そっか……でも煩わせちゃったね。キイチちゃんも、怒ってるよね……?』
『んー……
"こんな単純で初歩的なミスをするなんて、とてもキイチと同じランクとは思えません。全く、これだから貳組はダメダメなんですぅ。"……とか言ってたかな。』
『め…めちゃくちゃ怒ってる……。』
さすが同じ壱組……普段一緒にいるだけあって、うまく特徴を掴んだ物真似でまるでキイチちゃん本人に怒られているみたい。
でもこれ、多分数日中に顔を合わせたら同じことを本人から改めて言われるよね……。
それを考えたらまたズーンと気持ちが重くなる。……いや、ミスした俺が悪いんだけど……。
がっくり項垂れた俺を見て、リイナちゃんが言った。
『でもね、他にミスはしていませんか?とも言っていたんだよね。これ、私が思うに與儀くんが怪我をしていないか密かに気にしたんじゃないかなぁ?』
『え!?あのキイチちゃんが!?』
『無傷だって知ってちょっとホッとした表情をしていたよ。キイチちゃんも、本当は優しい子だからわかってあげてよ。』
『う……うん……。』
そっか、キイチちゃんも心配してくれたんだ……。
いつも甘いとかダメダメだとか怒られるけど……心配かけちゃったなら怒られても仕方ないよね。