(切甘)I'm Home
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「―…なるほど。アンタと付き合っていた時の記憶だけ、キレイさっぱり抜けている、と?」
「…っ…今は…俺のことも好きかどうかもわからない、って…。」
「むしろ私的には万々歳じゃないのコレ。」
「姐さん真面目に聞いてる!!??」
あのまま泣き出して止まらなくなった俺を見かねて、姐さんはほぼ引きずるようにして俺を自分の部屋に連れていった。
グズグズしながらたどたどしい俺の説明を、時々さっさと喋ろと叱りながらもちゃんと聞いてくれてる。
今は誰かに聞いて欲しい気分で、一人にはなりたくなかった。
一人で部屋にいたら、余計なことばかり考えておかしくなりそうだった。
こんなこと、ただフラレるよりもつらい。
俺のことはわかっているのに、俺とのことだけ忘れているなんて。
なかったことにされるなんて。
「まぁアンタと付き合っていた時の記憶についてはとりあえずどーでもいい。けど、一部でも記憶が欠けているのはちょっと問題ね。」
「………ひどい…っ。」
「確かにさっきゲートで会った時の様子には、ちょっと違和感を感じたわ。特にアンタに対しての態度にね。…なるほど、これで納得。」
「うん…。やっぱり、もう一度検査をしたほうがいいよね?他に影響が出ないとも限らないし。」
「そうね。平門と燭先生に相談してみましょうか。」
それに関しては俺も姐さんも一致。
きっとツクモちゃんもわかってくれると思うから、あとはルアちゃんを説得するだけ…なんだけど。
イヴァ姐さんはすらりと脚をキレイに組み換えて、急に俺を見る顔つきを変えた。
「…ところで與儀。アンタさっき、絶対嫌われたって泣いていたけど…まさか、忘れられたショックから嫌われるようなことをしでかしたんじゃあないでしょうね?」
「うっ……ぇ…別に…そんな…。」
押し倒して無理矢理にキスをしました。
さらに服を脱がしかけて体を触り、行為に及ぼうとしました。
…なんて言ったらやばい殺される。
いや、殺されるだけで済めばまだ生ぬるい。
それくらい、姐さんのルアちゃんへの溺愛っぷりは深い。
俺と付き合っていることを黙認しているのは、あくまでルアちゃんの気持ちを尊重したから。
だから……ルアちゃんの俺への気持ちがなくなったら…それは、姐さんにとっては好都合…なわけで…。
俺への気持ちがないルアちゃんにあんなことをしたなんてバレたら……跡形もなくなるまで擂り潰される……っ。
「ただでさえ迷子みたいになっているルアに…ご無体なことを強いてはいない…わよねぇ?」
「し、してない!そこまではしてない!!」
「じゃあどこまではした!!正直に吐け!!」
「うわぁぁぁああ!!!」
――――――ゴッ
姐さんを相手にごまかせるわけはない、手厳しい制裁はきっちりと受けてから…俺は平門さんに思いきって相談して、燭先生と通信をした。
『ルアが一部記憶障害を起こしている、と?』
「はい、與儀がそのように言うのですが、いかがでしょう。」
『検査結果や問診に不審な点はなかったが、たとえばどのようなことを忘れている?』
「お…俺と恋人だったこと、とか……です。」
『…………………』
あ、これ以上ないくらいに、くだらない…と言いたげな顔だ……。
『…まぁ確かに、問診内容には君と恋人か、などという質問はなかったがな。』
「燭さん、これ以上ないくらいにくだらないとは思うのですが、万が一ここから障害が広がらないとは限りません。再検査をお願いできませんか。」
平門さんまで!!
みんなひどすぎるよ、俺は真剣なのに。
恋人に恋人であったことを忘れられたなんて、こんなにつらいことはないのに。
『まぁそうだな。内容はこれ以上ないくらいにくだらないが検査の必要はある。』
「うっ…あ、あの…先生。こんなふうに、どこか一部だけ忘れるとかあるんですか…?」
『例はもちろんある。自分や周囲のことがわからないのに、ある程度の生活はできたり、言語は流暢だったり…などな。』
「ああ、なるほど…。そういう話は聞いたことがあります。」
ドラマや映画じゃよくきく話だけど、実際にそういうことってあるんだ。
ルアちゃんは、自分や周囲のことはわかっているから…忘れているのは俺との関係だけだから、気づかれなかったんだ…。
『では與儀。君と交際に至ったきっかけや交際期間、思い出等すべて抜けているんだな?』
「そう…みたいです…。」
『ふむ…他にも細かなことなど何かを忘れていないか調べる必要があるな、任務にも影響しかねない。…わかった、こちらで詳しく検査をするから連れてこい。準備をしておく。』
「承知しました。」
通信を終了したあと、姐さんはバシバシと俺の肩を叩いた。
痛かったけど、たぶん俺を慰め…てくれているんだよね…?
相談の結果、ルアちゃんの研案塔への搬送は俺がやることになった。
やっぱり俺に関する記憶だから、俺が少しでも関わったほうが記憶が引き出されるかもしれないから。
辛いけどこれも任務だし、やっぱり俺は彼女が心配で仕方ないんだ。
だからできるだけ傍にいたい。
また無茶苦茶なことをしたら殺す、と姐さんに釘を刺されて、俺は説明をするために再びルアちゃんのところへ向かった。
さっきの今だから足取りが重いけど、このままでいるわけにはいかないんだ。
体のこともあるし、やっぱり思い出して欲しい。
今さら、あの毎日をなかったことになんてできないよ。
俺はルアちゃんが好きで、これからも一緒にいたいんだから。
あの時、もっとちゃんとしていればこんなことにはならなかったんだから。
「……ルアちゃん、いる?」
怖々と遠慮がちに部屋のドアをノックすると、少し間を置いてゆっくり扉が開かれた。
よかった、開けてくれた。
だけど顔を出したルアちゃんも少し気まずそうな表情をしたから、俺はまず頭を下げた。
怒ってくれたほうがまだよかったかもしれない。
怒って、責めて詰ってくれたほうがよかった。
でもそれは、そうされることで自分の中の罪悪感を払拭したいから…あくまでも自分勝手な理由だ。
それすらされず、存在すら否定するように無視されるほうがつらい。
そうされず、とりあえず顔を出してくれたことに、俺は正直ほっとしてる。最低だね…。
「さっきは…ごめん。動揺していたって言ったら言い訳になるけど、それでもあんなことをするべきじゃなかった。」
いきなり俺と付き合ってるって言われてルアちゃんも混乱したはずなのに、理解する前に力づくで押さえつけてキスまでした。
それで思い出してくれたら、なんて夢を見た。
それで思い出してくれなかったから、体を強要するなんて……
嫌われても仕方がない。それが怖くて内心ビクビクはしているけど、それだって自業自得なんだ。
「…私こそごめんなさい。」
「……え?」
叱責を覚悟していたのに、ルアちゃんから発せられたのは、まさかの謝罪だった。
どうして謝るの?悪いことをしたのは俺なのに。
「ツクモちゃんから、私たちのことを色々聞いたの。すごく仲良く付き合っていたって。與儀も私も本当に幸せそうだったって。」
「ツクモちゃん、から?」
「なら、それをいきなり忘れられた與儀はすごくショックだったんだろうなって思って。…それを、忘れてるからってなかったことにはできないよね……ごめんね。」
「あ…う、うん……。」
「正直、今も混乱してる……本当に、覚えていないから…本当に付き合っていたの?って、わからなくて……でも、與儀のこともツクモちゃんのことも、信じてるから……本当に付き合っていたんだろう、って…信じる……だから、すぐには無理だけど…思い出せるように頑張るから。…少し、時間をくれないかな…。いきなり恋人は、やっぱりちょっと…。」
「…うん…仕方ない…よね。」
すぐに恋人には戻れない。ちゃんと記憶が戻る保証もないけど、今は信じているしかないんだ…。
ルアちゃんも、信じてくれたんだから。
「ごめんね。ひどいことを言っているのはわかってる…。」
「…ううん。無事に戻ってきてくれただけでも嬉しいから。あ、それでね。」
「うん?」
「やっぱり一部でも記憶に障害が出ているのは危険だから、もう一度検査をしたほうがいいってことになったんだ。」
「え…?せっかくやっと復帰できたのに。」
「気持ちはわかるけど、もっと大変なことになったほうが困るでしょ?俺が送っていくから。検査だけならすぐに戻れるよ。」
「…う…ん……。私、やっぱりどこかおかしいのかな…。」
「…きっと、大丈夫だよ。」
大丈夫、あれだけの重体の中、復活することができたんだから。
ちょっと後遺症が残っているだけかもしれないし、きっと大丈夫。
ルアちゃんは大丈夫だよ。
大丈夫…すぐにもとに戻る、よ。
ルアちゃんも少し不安の色を残しながらも、俺に向かってにこっと笑った。
俺を安心させてくれようとしたのかな。
たとえ今は恋愛感情がなくても、ルアちゃんはもともと優しい子で、そういうところを俺は好きになったんだ。
…なら俺は、彼女になにをしてあげられるだろう。