(切甘)I'm Home
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――コンコンッ
ひと段落ついた頃を見計らって、俺は約束どおりルアちゃんの部屋へいった。
「はーい。」
ルアちゃんはいたって普通に、いつも通りの元気さでドアを開けて顔を出し、俺を中へ入れてくれた。
部屋の中も変わらない。
なにもかもが変わらないのに…なにかが、俺の中でグルグル渦を巻いてる。
それを確かめたいような、やめたいような複雑な気持ちのまま、俺は彼女と向き合った。
「で、どうしたの?」
「あのさ…」
ポンッとソファに腰かけたのを見て、俺も早足で隣に座った。
その距離の近さにルアちゃんはちょっと驚いたらしく、少しだけ目を張って俺を見上げてきた。
可愛い…けど…。その反応は違うよ…。
ただの仲間同士なら近すぎるけど、俺たちには当たり前の距離でしょ?
だから俺はその反応をあえて無視して口を開いた。
「あの…具合、大丈夫…?」
「―え?ああ…うん、もうすっかり平気だよ。ありがとう。」
「う、ん…。」
燭先生からもお許しが出たわけだし、本当に体はもうなんともないんだ。
だけどさっきから感じる違和感は、気のせいと言うには強すぎる。
一見普通に見えるルアちゃんの態度ひとつとっても、なにかが違うんだ。
久し振りだから照れているのかな、と前向きに考えてみたりもしたけど、それも違うとすぐ頭の中で否定が入った。
ルアちゃんは俺の問いかけに答えながらも、さりげなく少しだけ後ろに下がって距離を取った。
広いソファではないから実質たった数センチ。だけどそれが、空けられた心の距離にもとれた。
俺との近すぎる体の距離が居心地悪いとでも言いたげな、数センチ。
それを、近すぎるよと指摘できない微妙な空気をなんとなく感じているんだろう…。
「…様子を見に来てくれたの?」
「それもある、し。任務が終わったら一緒にいようって約束したし…だから…。」
「え?あれ…そんな約束したっけ…?」
「え……?」
ルアちゃんはふざけたりからかっている風もなく、本当に覚えがないような顔をした。
そもそも約束なんてしていなくても、任務が終わって夜にはいつも二人でゆっくりするのが日課になっていた。
だから、今さら部屋を訊ねた理由を聞かれること自体がなにかおかしい。
ルアちゃんは戸惑うように視線をさ迷わせた。
「あー…ごめん、事件のゴタゴタで忘れてた…かな?何かやる予定だったっけ。ショーの準備?…あ、次の任務の打ち合わせかなぁ?」
「何かって…何かなくても毎日一緒にいたでしょ?」
「え??」
「ルアちゃんどうしたの?まるで本当に忘れているみたいに…」
「今日の約束だったら忘れていたかもしれないけど…ごめん。毎日一緒にって何のこと?」
「―っ!」
まさか本当に忘れてる?
わからない…?
でも、きちんと会話は成立しているし、退院できた時点でもう異常はないって言われているし。
まだ少しだけ頭が混乱してるだけ…?
それだって先生からは何も聞いていない。
さっきから話していて噛み合わないのはここだけ…だし…。
でも、ど忘れにしてはおかしい。
なんで毎日一緒にいること自体を忘れてるの?
―…で、でも
もしかしたら、臭気を吸いすぎた影響でまだちょっと頭が混乱しているのかもしれない…し。
他がいつも通りだから、先生も見逃したのかもしれない。
俺と毎日一緒にいたとかいないとか、そんなことを忘れているかどうかなんて無事に帰ってきたことを考えれば些細なことだ。
俺はそう思い直して、改めてルアちゃんを見た。
うん、だってこうして顔を合わせること自体がすごく久し振りなんだから。
早く、ちゃんと帰ってきてくれたことを確かめさせて。
ずっとずっと気が気じゃなくて、悲しくて会いたくて仕方なかったんだから。
「與儀…?」
ほら、ルアちゃんが俺の態度で不安がってる。
早く安心させてあげなきゃ。
「…ごめん、なんでもないよ。それより無事に帰ってきてくれてよかった。」
会いたくて会いたくて、ずっと触れたかった。
恋しかったその小さな体をそっと引き寄せると、俺も体を寄せてピッタリとくっついた。
温かく、ふわりと香るいい匂いはまさに本物のルアちゃんそのものだ。
だから、体をくっつけたことに戸惑っているルアちゃんの様子には、気づかないふりをした。
「…あの……そんなに不安にさせた?ごめんね…。そうだよね、與儀もあのとき一緒にいたんだもんね。」
「うん、でももう大丈夫。でも、でもね…すごく怖かった。」
「與儀は怖がりだなぁ、もう。」
ルアちゃんは苦笑すると、ぽんぽんと俺の背中を軽く叩いた。
本当は抱き締め返して欲しかったんだけど、これでもいい。
まるで小さな子供を落ち着かせるようなこの仕草が、今はとても心地いいから。
「…ルアちゃん…。」
優しく背中を撫でられていたら、なんだか甘い気持ちになってきた。
そのまま素直になろうと、ルアちゃんの頬に手を添えて見つめたまま、顔を近づけた。
もちろんキスをするために。
だけど…
「…っ…な、なに?」
びっくりした表情のルアちゃんに、両肩を押されて止められた。
「なにって、キスしよ?」
「え、待って…なんで?」
「なんでって、したいから…。」
「し、したいからってそんな、いきなり困るよ…っ!」
「どうして?」
「どうしてって…そんな、付き合ってもいないのに…。」
「え?」
今、ルアちゃんはなんて言った?
"付き合ってもいないのに"
だからキスを拒んだ…?
「やだな…もう、冗談やめてよルアちゃんてば。」
「與儀こそ、なんだか今日おかしいよ…?どうしたの?」
悲しいくらい、ルアちゃんは冗談を言っているような表情じゃなかった。
むしろ、いきなり抱きついたりキスを迫った俺のほうがおかしいみたいに。
そう、今の彼女の目には映ってる。
おかしい?誰が?俺が?
茫然とする俺から、ルアちゃんはさりげなく体を離して距離を取った。
その動作が余計に俺を焦らせる。
「……おかしいのはルアちゃんだよ…。」
「え?」
「全然元気になんかなってない…。むしろおかしくなってるよ!!!」
「なっ…」
「治ったなら、なんで俺とのことを忘れてるの!?」
「なにを言っているの?私は與儀のことを忘れてなんかいないよ?」
「忘れてるよっ!!!俺は…っ!俺たちはちゃんと付き合ってるんだよ!!」
「…え?…」
「ちゃんと恋人として付き合ってるんだよ!!!俺はルアちゃんの彼氏だし、ルアちゃんは俺の彼女なんだよ!?俺たちは恋人同士なの!!キスだってもう何回もしているよ!!」
一度言い出したらもう、感情が止まらなくて次から次に言葉が溢れてくる。
同時に、情けなくボロボロと涙をこぼす俺を見て、ルアちゃんも絶句した。
なんで。
なんでよりによって、俺たちが付き合ってることだけを忘れたりするの。
俺自身すべてを忘れられるのもつらいかもしれないけど、こうして付き合う以前に戻ってしまったような展開だってつらすぎる。
別れたわけじゃなく、幸せな毎日のまま、片方だけに中途半端に忘れられるなんて。
「…私と與儀が付き合ってる?恋人…?」
「そうだよ…っ…本当にわからない…?」
「………………」
ルアちゃんは自分の頭の中を整理するかのように、目を伏せた。
なにか考え込んでいるけど、困難なのか眉が寄るばかり。
お願いだから思い出して
服の袖で涙を拭きながら、必死に祈った。