(切甘)それでも愛を離せない
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☆☆☆
「…それ、本当にちとせちゃんが…?」
「そう、アンタに伝えてって。」
"ここには来ないで"
ちとせちゃんが俺宛に言ったっていうその言葉を聞いて…胸に、ズシッと重いものが落ちた。
俺が落ち着いてちとせちゃんも落ち着いたら、思いきってお見舞いに行こうって思っていたのに。
ちとせちゃんの好きな花とか…食べ物は多分難しいから、病室で寂しくないようにニャンペローナのぬいぐるみとか持って。
そして、ちゃんと謝らなきゃ…って。
(俺が…手を離さなければ…)
離さなければ、ちとせちゃんはあんな怪我をしなかったのに。
子供をかばって怪我をしたちとせちゃんを、俺が守れずにさらに大きな怪我をさせた…。
瓦礫の下からなんとか救い出したちとせちゃんは、息も絶え絶えで…頭や腕…あちこちから出血して傷やアザが酷かった。
骨折もしたみたいだけど…でもそれで済んだのは、咄嗟の受け身が良かったからだって平門サンが言ってた。
生き物にとってとても大事な頭や背骨を守る体勢をとったからだって。
骨は治せても、脳や神経は傷ついたら戻らない。
それでも…命の危機にさらしたのは俺だ…。
いつだって闘員なら命掛けになって当たり前だけど。
お互いピンチの時は守り合うって約束したのに。
一人重傷を負わせた。
俺だけ無事で……。そう、俺だけが無事で。
その現実にうちひしがれそうになる。
約束を破った俺を…嫌いになった…?
もう会いたくない…?
「俺、の…せいだね…」
体が震えて、声も震える。
次々勝手に浮かんでくる涙が視界を揺らして、イヴァ姐さんが見えない。
一度まばたきをしたら一気にこぼれて、流れが止まらなくて…。
姐さんに見られたくなくて俯いた。
それでも涙はぼたぼたと落ちていく。
「俺が、手を離さなければ…っ」
どうしたらいい?
どうしたら許してもらえる?
ちとせちゃんが死んじゃうんじゃないかと思って怖かった。
それだって、俺がちゃんとしていれば生死の境をさ迷うこともなかったのに。
ただしゃくりあげて情けなく泣く俺に、姐さんはため息をついた。
「アンタは輪として正しいことをしたんだから。みんなそう思ってるわよ。」
「でも…」
「別に子供を優先してちとせを捨てたわけじゃないでしょ。話に聞く限り、あのままじゃ全員危なかったんだもの。ちとせだって、それくらいわかっているわよ。」
「……だって、来ないでって…」
俺に会いたくないからじゃないの?
ちとせちゃんを手放した俺に…絶望したんじゃないの?
「…ちとせの事、そんなに侮ってんの?あの子だってプロよ。アンタが余計に自分を責めて泣くと思ったから来ないでって言ったんでしょ。それくらいわからないの?」
「そんなに…酷いの?」
「まあ……絶対安静だしね。」
姐さんが言葉を濁したのが、俺の不安を一層強くした。
そんなに酷い状態なんだ。
でも、姐さんの言葉の数々が、俺の中に入ってくる。
絶対に侮ってなんかいない。
ちとせちゃんもプロだし、すごく優しい女の子だから…痛いのは自分なのに、俺の心配くらいはするかもしれない。
それでも…そんな状況にしたのは俺なんだ…。
「それは置いても、女同士の方が色々と都合がいいし。当面ちとせの事は私とツクモが交代でやるから。アンタは私たちの分も働きなさい。わかった?」
「……うん…」
ごめんね、ちとせちゃん。
どんな顔をして会ったらいいかわからないけど、今すごく会いたいよ…。
ちとせちゃんの顔を見ないと…不安で怖いよ。
きっと今ごろ、一人で痛みと戦っているよね。
力になれなくて…ごめん…。
俺の心配なんかしなくていい。
どんなに責められてもいいから、会いたい…。
会いたいよ……。
笑ってくれなくてもいいから。
「姐さん…命に別状はないんだよね…?」
「とりあえずは、ね。大丈夫よ。燭先生がいるんだし。」
「そっか…。」
じゃあ、俺に出来ることは何もないんだね。
燭先生みたいに治療もできないし。
イヴァ姐さんとツクモちゃんみたいに、身の回りのお世話もできない。
そもそも、来ないでって言われているしね…。
だけど、会いたい…。
会いたいけど、会えない…。
会わせる顔もない。
「頃合いを見てそれとなく言ってあげるわよ。與儀が心配して会いたがっているってね。」
「…ありがとう姐さん。」
それまで、俺に出来ることをやるしかないんだ。
ちとせちゃんが回復して戻ってくるまで。
いっぱい仕事しよう。
ちとせちゃんが体を張ってあの子を助けたみたいに、俺もたくさんの人を助けたいから。
あの子が無傷だったのは、ちとせちゃんのおかげだから。
俺も怖がっていないで、強くならなきゃ。
愛する人を守れるくらいに…。
ちゃんとちとせちゃんと顔を合わせられるように。
………それから何日経っても、ちとせちゃんとは会えないまま。
イヴァ姐さんとツクモちゃんから様子を聞くしかできない。
少しづつ動けるようになった、体を起こせるようになった、軽い食事ができるようになった…。
それとなく俺のことを言ってくれたみたいだけど、沈みこんで首を縦には振らないままらしくて…。
そんなに俺に会いたくないんだと、気持ちが沈んでいくばかり。
「いっそのこと、いきなり押しかけちゃえば?絶対にちとせだって会いたいに決まってるんだから。」
「か…簡単に言わないでよ姐さん…」
できるなら会いたいよ。
だけど……嫌われたくない…。
俺の会いたいって気持ちだって、俺の勝手な押し付けなんだから。
ただ、ちとせちゃんの無事を確かめて、俺が安心したいだけ。
そこに俺のちとせちゃんへの気遣いなんて、ないんだから。
会わないほうがいいと言ったちとせちゃんの意思を無視しているんだから…俺の感情だけで会いに行ったらダメなんだ。
それからまた数日が経って
その日、俺は要請があって単独で町に降りた。
ヴァルガを葬送し終えて、他にもいないか見回っている途中…ツクモちゃんから着信があった。
「はい。ツクモちゃん?どうしたの?」
『與儀…まだ仕事中!?』
「そろそろ終わるけど…どうしたの?」
電話の向こうのツクモちゃんはなんだか焦っているというか切羽詰まっていて、何かあったのかと胸騒ぎがした。
『落ち着いて聞いて。ちとせの容態が急変したの。危ないかもしれない。』
「え……?」
危ない…?なに…?
ツクモちゃんの言葉がすぐには理解できなかった。
それでも、一拍置いて頭が追い付くより先に、気づけば次の言葉が俺の口から飛び出ていた。
「なに?どういうこと!?」
『いきなり倒れて意識不明なの!いま燭先生が全力を尽くしているけど、どうなるかわからないの…っ!早く来て!!』
――ちとせちゃん……!!
頭が真っ白で、その後はツクモちゃんと何を話したか覚えてない。
ただ、体が震えた。
ちとせちゃんが危ない…?
「どうしよ…っもし…し、死んじゃったりしたら…っ」
嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ!!
ちとせちゃんを失うなんて、耐えられない。
あの笑顔もぬくもりもなくなる。
声も聴けなくなる。
抱き締められない。
二度と愛してるって伝えられなくなる。
「嫌だ…っっ!!!」
こんなことなら、姐さんが言うようにすぐに押しかければよかった。
だけど…だけど!!!
「ツクモちゃ…俺、どうしよ…っ!まだ、仕事が…っ」
仕事を投げ出したら…
それこそ、ちとせちゃんは俺を許さない。
今すぐ駆けつけたいのに。
許してもらえなくても会いたい。
駆けつけたって、できることなんか何もないけど…。
だけど間に合わなかったら…?
燭先生は絶対に助けてくれるって信じたい。
でも万が一…っ。
『與儀……っ』
「ごめん…っツクモちゃん…っ!終わったらすぐ行くから…!!!」
俺はまた、任務のためにちとせちゃんの手を離すの?
だけど決めたんだ
自信を持って会いに行ける自分になるって。
ごめん…っ
俺が行くまで無事でいて…っ!!!
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