(切甘)それでも愛を離せない
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要請があって私と與儀が降りた時には、すでに村で何人かの犠牲者が出ていた。
もっと早くにきていれば…と悔しくて歯を食い縛りながらも、せめて今無事な人たちだけでも…!!って建物に誘導しながらヴァルガと対峙した。
そんなに強い相手ではなかったと思う。
だから、うまくいけば與儀と二人で倒せる。
油断していたわけじゃないけど、無惨な姿にされた村人たちを見て怒りと悲しみを覚え、絶対に許さないと力が入っていたのが悪かった。
「お母さん!!逃げよう!?こっち来て!なんで寝てるの?」
建物に誘導したはずの女の子が一人、地面に倒れている母親を見つけて顔を出した。
私が目を向けたとき、そのお母さんだと思われる人はすでに事切れて、足が無かった。
女の子からは建物に隠れて上半身しか見えていなかったんだと思う。
ただお母さんが倒れているようにしか見えなかったんだ。
ヴァルガという未知の存在。
まだ死を理解できるかわからない年頃の小さな子。
これからあの子は母を亡くして生きる。
それをどう理解していくんだろう。
なぜ、どんなふうにお母さんは死んだのか…教えてあげられない。
それでも、お母さんの悲惨な最期はどうしても見せたくなかった。
あの子の記憶に刻ませたくなかった。
「與儀、ごめんっ」
対峙している與儀に任せて、お母さんの元へ行こうとする女の子の前を塞いで、抱き締めて目を覆った。
「見ちゃダメ。大丈夫だから…先に隠れていて?」
「お母さんは…?」
「…大丈夫…」
悲しい嘘をついた私を、一生この子は恨むかもしれない。
それでも、生きて。
お母さんのぶんも絶対に生きて。
助けてあげられなくて…ごめんね。
これから失うと知る母の温かい腕の代わりにはならないけど、せめて今だけはときつく抱き締めた。
「お姉ちゃん…だぁれ?」
「私は……お母さんの、お友達だよ?」
「お友達…?」
「うん。だから、お母さんのことは任せて?」
「うん…」
それでも、見知らぬ私に不安がる女の子を、再び建物の中に促した。
後ろ髪引かれるように、なかなか行こうとしないその子に精一杯笑った。
だから完全に油断していた。
『ドルンキステ!!』
與儀の技にハッとなって振り向くと、地面から生えたたくさんのツルがヴァルガに刺さってる。
それから逃れようとヴァルガは自らに刺さったツルを引き抜くように暴れて、勢いでこちらに迫ってきた。
咄嗟に女の子を抱いて飛び退いたけど、家の壁にヴァルガがぶつかった衝撃で屋根や壁の一部が上から崩れ落ちてきた。
「ちとせちゃん!!」
私は女の子に覆い被さって、右手は塞がっていたから左手で武器を出して落ちてきた瓦礫を砕いたけど、完全には粉々にできなくて塊が私の左腕に激突した。
「ぅああっ!!」
激痛が走って痺れたけど、泣きそうになってる子供を抱えて、平気を装った。
だけど、私がひるんだのを察したのか、今度はヴァルガは私たちを標的にして迫ってきたんだ。
與儀が、急いでまた剣を地面に刺して技を出したけど、與儀も息があがってる。
次、技を出したら與儀が危ない。
「ちとせちゃ…逃げて…っ」
「與儀…っ」
肩で息をしている與儀を見ていられなくて、女の子を後ろに隠して武器を両手に抱えて応戦した。
軽度のヒビだった左腕はこのせいで完全に骨折。
なんとか弾き飛ばしたヴァルガも與儀の攻撃を何度も受けていたから、少し弱っていてあと少し。
與儀がこちらに来るのとヴァルガが迫ってくるのがほぼ同時で、立ち上がって武器を構えたときに、もろくなっていた屋根がまた崩れ落ちてきた。
「っ!!」
「やああっ!!」
泣き出した女の子と、また庇う体勢になった私。
使えなくなった左腕が痺れて、位置的に飛び退くのは難しかった。
すんでのところで間に合った與儀が私と女の子二人を抱えて飛ぼうとしたけど…やっぱり位置的に難しい上に、体力の弱っている與儀には二人分抱えるのは無理だった。
「くっ…っ…ちとせちゃん…っ」
子供を抱えて私の手を引こうとしたけど私の踏ん張りが足りなくて、私と與儀の手が離れた。
ほんの数秒なのにまるでスローモーション。
ただ、離れたというより與儀が離したっていうのはわかった。
私とヴァルガは同時に瓦礫の下敷きになって倒れ、全身を打ち付けて息が詰まった。
「―ちとせちゃんっ!!!」
與儀の叫びすら遠くに聞こえて、痛みで意識が飛びそうな中…同じく下敷きになっているヴァルガを、とにかく倒さなきゃと頑張ったけど動けなくて。
呼吸すらやっとの状態で目を開けた時には、目に入ってきたのは泣きながらヴァルガを葬送している與儀の立ち姿。
急ぎ応援を呼んでクッピーが来るまでの間、與儀は必死に瓦礫を避けて私を抱き上げ、泣いていた。
「ごめんっ…ごめんね!!守れなくて…っごめんっ…。」
大丈夫、だよ…
それより、あの子は大丈夫?
怖がっていないかな…。
どこか怪我はしていない?
與儀は大丈夫?
痛くて声にならなくて…私、どうなっちゃうんだろう?って思ったら私も涙が浮かんだ。
「痛いよね…ごめん…っ!!頑張って!もう少しだから…!!」
大丈夫だから泣かないで。
與儀は当然のことをしたの。
逃げられなかった私がドジを踏んだだけ。
私たちは一般の人たちを守るのが仕事なんだから。
そう…與儀は、輪戦闘員として、最善の選択をしたの…。
「……………」
最善の、選択。
あの場合、子供を優先するのが最善。
ポタ……ポタ…と、ゆっくりゆっくり落ちていく点滴の滴をジッと眺めながら、あの時を思い出した。
與儀の涙が私に落ちてきた、あの時を。
守れなくてごめん
本当にごめん
與儀は何度も何度も繰り返して泣いた。
体力を消耗した與儀も診察を受けて、異常なしと判断されてすぐに艇に帰されたって姐さんに聞いた。
私は肋骨にもヒビが入っていて呼吸もやっと。
食事ができないから、ずっと栄養剤を点滴されてる。
こんな状態を見たら、與儀はきっともっと泣いちゃうから。
見せない方がいい。
だからここには来ないほうがいい。
(……ううん。)
そんなの、ただの建て前。
キレイゴト。
本当は、手を離されたことをショックに思っている自分がいる。
與儀にそのつもりはなかったのはわかっているのに、まるで見捨てられたような気持ちに、私が勝手になっているだけ。
自分勝手すぎて吐き気がする。
與儀は悪くないのに。
どこかで、與儀はいつでも絶対に私を守ってくれると思っていたのかも。
こんなとき、一般人を優先するのは当たり前。
しかも小さな女の子。
あの時の與儀は、子供を抱えて飛ぶのが精一杯だった。
それなのに、重い瓦礫から私を助け出してくれたのに。
「痛……い…最低…」
心が。体が。自分自身が。
涙が浮かんで横に流れて、だけど拭う力もない。
ねえ與儀。
助けてほしかった…って思ってる私は、最低だよね。
こんな私を見ないで。
こんな私のために泣かなくていいから。
與儀は、正しいことをしたんだから…。
それは、與儀のためじゃなく…
本当は一番、何度も何度も私に言い聞かせた言葉だった。
與儀は悪くない。
與儀は正しいことをしたんだから。
弱い私がいけなかったの。
強くなりたい…。
こんなことで揺るがない私に、なりたいのに…。
こんな私が、あなたの恋人でいる資格は…あるのかな…。
体が動かないから何もできず…ただずっと、もどかしいくらいにゆっくり落ちる点滴の滴を、見つめ続けた。
今の私に、與儀に会う資格はない。
輪にふさわしくない思いが頭をよぎってしまった私には……。
ごめんね、與儀……。
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