年下の彼
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……なんだか、大変なことになった。
告白された。
同じ事務所のアイドル、しかも2つ年下の男の子に。
2つとはいえ10代…まだ10代の子に。
いや、まだ私も二十歳ですけど…たった2つでも、やっぱり10代と20代の壁は厚いよ…。
それなのに、彼はその壁を壊すべく挑戦をしかけてきたのです…。
「マスターコースをクリアし、デビューします。それから、あらためて貴女に告白します。」
想いをまっすぐに伝えてきたその瞳に、嘘はひとつもなかった。だから余計に戸惑った。
軽い感じで交際を匂わせてくる男の人なら、この業界にもたくさんいた。
だけど彼の顔は真剣そのもので、今までの男の人のような感じだったら、こちらも軽く流して終わらせることができたのに、彼はそれを許さなかった。
そんな強い想いを向けられたことなんかこれまでなかったのに。
小さい頃からずっと、テレビでキラキラしている可愛い格好をしたアイドルに憧れていた。
ようやくそのチャンスを掴めると思った矢先に逃げたあの社長も、私のことはちゃんと考えてなんていなかったんだと思う。
悲観的に思うよりは、これは意外な壁にぶち当たっちゃったなあと自分の運の悪さをいっそ面白く思ってしまったくらいだったけど。
せっかく憧れのアイドルになれると思ったのになあ、って。
社長への文句も言わずにただ笑顔でこなしていた私の明るさの裏側を、知ろうとしてくれた人はいなかった。
アイドルになるためにどれだけ頑張ってきたか。
幸い、捨てる神あれば拾う神ありで今の事務所からデビューは叶った……だから、直前で逃げられる程度の私を見てデビューさせようと決めて支えてくれたシャイニング社長のためにも、頑張ろうってずっと思ってきたの。
元気で明るくて、悩みなんてなさそうだよねって言われるような、ちょっとおバカな品行方正なアイドル。
私にもついてきてくれるファンはいる。
だからね、私はこれでいいの。
まあ、もともと楽観的なのは本当なんだけど、ただ楽観的なだけじゃないんだけどね。
1回のステージのために裏で何百回の練習を重ねているか。
その1回にどれだけ命をかけているかなんて、みんなは知らなくていい。
その命がけの1回が思うようにできなくて落ち込むこともあるんだけどね。
それは見せないようにまた笑う。それでみんなもまた笑ってくれる。それでいい。
あの水着だって、急だったからとても万全でこなせる状態じゃなかったから、本当はやりたくなかったんだけど。
せっかくいただいたお仕事、私を求めてもらえるなら。
やるからには全力で。やりたくない気持ちは隠して笑う。
なのにね。
出会ってそんなに期間もなく、ただ明るくヘラヘラするだけの私を、真面目だと、励みになるといってくれた彼。それはとても嬉しかったけど。
何故…私なのか…。
ましてやこれからデビューを掴まないといけない新人さんなのに。
バレたら確実に終わるのに。
いくら考えてもわからないまま。
風の噂に聞くと、その一ノ瀬くんは…無事にエンブレムを二つ受けとり、CDデビューも掴んだらしい。
着実に夢を実現していく彼は有言実行タイプだった。
もうすぐそのCDが発売になる。
そうしたら…きっと、一ノ瀬くんはまた私に想いを告げにくる。
そして私にその答えを求める…。
そうなったらどうしたらいいんだろう。
「参ったねぇ…これは…。」
少なからず……一ノ瀬くんを意識しているとは…言えない。
アイドルを目指しているだけあって、普通に話しているだけでもオーラを感じるキラキラした人。
テレビで見た人の目にどれだけ輝いて映るだろう。
その場面は私も見てみたいと思った。
でもそれは、私もいち観客の1人としてでいい。
密かに憧れはあっても、無理にあなたの隣に立とうとまでは望まない。
だって、私も一ノ瀬くんもアイドルだから。
お互いにスキャンダルで共倒れになるようなことはしたくない。
わかってはいるんだ。
一ノ瀬くんは大人だし真面目だから、それはわかっているはず。
その上で言ってきたなら、それなりに覚悟をしているの?
私はね、一ノ瀬くんが輝き続けるアイドルでいることを、トップアイドルに上り詰めていくところを、私の存在で邪魔をしたくはないんだよ。
その笑顔が曇るところは見たくない。
まあ、感情のまま横道に逸れそうな年下を導くのが、大人の役目ですし?…………なんて。
前に何度か局の廊下ですれ違ったあのHAYATOくんが実は一ノ瀬くんだと知ったのは、マスターコースの指導係になってすぐに担当した後輩ちゃんが教えてくれた。
同期の一ノ瀬トキヤという人がHAYATOだったんです、って。
あのHAYATOくんが今までの活躍を捨ててうちの事務所でデビューし直すなんて、よほどの覚悟だったんだなって思ったけど。
私はデビュー前だった時に社長に声をかけてもらって学園に入ったけど、既にデビュー済みで境遇は違うとはいえ、彼も社長の声で学園に入ったのは同じ立場なんだな、って勝手に親近感を感じていた。
もとの事務所への感情はそれなりにあっただろうに。それもなんとなくわかる。
だからそのあとで事務所で出会った時、噂の新人くんはHAYATOとは真逆なキャラだったことに驚いた。
自分の本質を隠したキャラを演じるのは大変だっただろう。世間のイメージとのギャップに彼も苦しんだりしたのだろうかと、だからデビューし直そうと思ったのかと興味が湧いた。
あくまで私の勝手な憶測なんだけど。だからレッスン室でついついおせっかいを焼いちゃったんだけど、彼は怒らず真剣に聴いてくれた。
この彼が作るアイドル像を見てみたいとますます思った。
だから憧れは憧れのままで。
熱意に飲まれそうになる自分は抑え込めるのもまた、大人だから。
「お願いだから、好きって言いに来ないで……私に拒絶させないで…………。」
私はそれを、ただ願うしかなかった。
どうか今のままで。
先輩と後輩のままで…。
そう思っていたのに。
「…あ」
それからまさかのテレビ局内でバッタリ、一ノ瀬くんに会ってしまい、しばし二人で廊下で固まった。
あの告白からもちょくちょく事務所で顔を合わせてはいたけど、なんとなく気まずくて、なるべく二人になるのは避けてた。
自分の胸の中の小さな光に気づかれたくなかったし、受け入れるわけにはいかないと避けていることを一ノ瀬くんに察して欲しかった。
また想いを告げられるのも怖かった。
言われたら拒否するしかなくなるから。
それで一ノ瀬くんは傷ついているかもしれないけど…仕方ないよね…。それが一ノ瀬くんのためなんだから。
だけどここで会ってしまったら、人目もあるし少しは話さないと逆に不自然さが増してしまう。
私は持ち前の明るさで、一ノ瀬くんに話しかけた。
「一ノ瀬くんだ、ひさしぶりだねぇ!」
「ええ、おひさしぶりです。」
一ノ瀬くんも軽く微笑んで返してくれる。
それがなんだかホッとした。
相変わらずかっこいいイケメンだ。
テレビ局にいるということは、なにかお仕事があったんだな。順調そうでなによりだ。
「今日はどうしたの?」
「私は歌番組です。綾瀬さんは?」
「私はクイズ番組だよ。賞金100万円、頑張らなくちゃ!!でも最下位は罰ゲームらしいんだよねぇ…。」
「最下位になることを祈っていますよ。」
「もう、ひどいよ!!」
「…すみません、頑張ってください。応援していますよ。」
「…う、うん…。」
私の反応を本当に面白がっているのか、笑みを浮かべられた。
一ノ瀬くんは、どんな顔をしてもカッコいい。
出待ちファンにキャーキャー囲まれているところも、何度か見た。
どんどん上にあがっていく彼に、私は置いていかれるかもしれない自身への焦りより、何故か安心感すら覚える。
先輩として?付き合いはそんなに長くはないのにね。
HAYATOくんもアイドルとして素敵だったけど、私は今の一ノ瀬くんのほうが魅力的に見える。
出会う前のあの時すれ違ったことがあるのを、一ノ瀬くんは覚えていたりするのかな。
……覚えていないよねぇ、私だって爆発的人気アイドルってわけじゃないし。
当時HAYATOくんのほうが知名度があったかも。だから私の印象はあまり残ってないかも。
………もっと頑張ろう。ファイトだ私。
それから一ノ瀬くんはなにか言いたげな顔をしたから、なんとなく察して私から話を振ってみた。
「そういえば、いよいよCDを発売するんだよね、おめでとう。」
「はい、ありがとうございます。…完成形ができましたら、一番に届けてもよろしいですか?」
「え?いいよいいよ、ちゃんと買うから!せっかくのデビューCDだもん、売上げに貢献するよ!1枚でも多く売れなきゃね。いい歌声なんだから。」
「それは…嬉しいです…とても。」
……うん。
それはきっと、売上げが上がるからとかじゃなく…私が買うと言ったことが、嬉しいってことなんだよね…?
………………勝手に一ノ瀬くんの気持ちを想像してそわそわしてしまう。
まるで恋する乙女みたいな自分の思考にびっくりする。
「綾瀬さんは、私の歌を聴いたことがあるのですか?」
「…えっ!?あ、ああ…前にちょっと聴いたことがある、かも?」
(……HAYATOくんの時にちょっとだけテレビで……ね…)
「…そうですか。」
HAYATOくん時代のことは本人に言っていいのかわからないから、ここは黙ってごまかしておこう。
だけど歌声を褒められた一ノ瀬くんは嬉しそうに微笑んで、それからまた真面目な顔をした。
………あ、やばい。
明らかに空気が変わった…と身構える。
「近いうちに…時間をとっていただけませんか…?」
(……………来た。)
「…あー…ごめん…しばらく地方ロケで飛び回るんだ…。ちょ〜〜っと時間ないかも。」
「…そうですか…」
地方ロケは本当のことだけど、全く話す時間がないわけじゃない。
ましてや同じ寮にいるわけだし。
でも本当に…二人きりにはならないほうがいい。
変に期待は持たせず、このまま、私が避けていることを察して、一ノ瀬くんが諦めてくれたらいい。
いまならまだ、間に合うよ。引き返せる。
きっと、一時期な熱病に冒されたようなものだよ。
だから距離さえ置けばすぐに冷める。
私も落ち着かせることができれば忘れられる。
私は自分と一ノ瀬くんの気持ちを、そんなふうに思っていたの。
ピンポーン
マスターコースから通常の寮に戻り、再び一人での生活が始まった。
後輩ちゃんは可愛かったけど、同室と指導がなくなったら肩の荷がおりて、ホッとした部分は正直ある。
これでまた自分のお仕事に集中できる。
そんなとき、仕事から帰ってきてヘロヘロだった夜に、鳴った玄関のベル。
「ふぁーーい……」
誰だろう…と思いながらもドアを開けると、夜に似合わない万年お天気男な先輩が、妙なポーズで立っていた。
「ハッローぅかなちゃん!ご機嫌いかがかなー?あなたの嶺ちゃんがやってきたよぅ!!」
「良くないです。閉めていいですか。」
「もう!冷たい!!ノリが悪いぞ!?」
「嶺ちゃん、こんな夜にいきなりなに〜?今日は早朝から京都に奈良に飛んで食リポをはしごしてとんぼ返りなんだよ私〜!!」
ちなみに食リポとは、グルメリポーターのことです…。
早朝から京都と奈良に飛んであちこちグルメをリポートして回りスケジュールの都合で宿泊なしで帰ってきた私、明日以降もありがたくもお仕事が詰まっています。
本当にありがたい。だからもう明日に備えて少しでも休みたい、さっさとお風呂に入って肌ケアしてただ寝たい。それだけ。昨日も深夜まで歌番組とトークバラエティーの収録だったんだからね。
見られる仕事、魅せる仕事だから肌は超大事。寝不足は敵。なのに。
「なんなのぉ…嶺ちゃんは仕事ナッシングですか?」
「うーん、その爽やかに毒舌なところは嶺ちゃん嫌いじゃないよー?ちょおっとハートがブレイクしそうだけどっ!人をいつでも暇人みたいに言わないでよねっ!」
「暇じゃなきゃなにか大事な話でもあるの?」
そろそろ疲れから私のハートがブレイクしそうです。
嶺ちゃんは、まぁまぁまぁ…と言いつつ玄関に入ってきた。
あの、一応女性の部屋なのですが!?あなた仮にも私より年上の男性ですよね!?
少しは私にも気を遣ってはいただけないか!?
夜中に女性の部屋に来てこんな警戒心のない男性がいる!?
というか…片手に大量のビニール袋を下げているのも気になるんですけど。
ちらりとそちらに目を落とした私に気づいたのか、嶺ちゃんが袋を上に挙げた。
「今日はね、せっかくだからトッキーのデビュー祝いをしようかなって!ここで。」
「ここで!?何故!?事前の許可もらってないし!デビュー祝いなら一十木くんは!?嶺ちゃんは2人の担当でしょ!?」
「良いねー!!そのリズム感のいいツッコミ、お兄さん大好きっ!!立派に僕ちんの後を継いでいるようだね?」
「継いでませんから質問に答えてください〜!」
あああ話が進まない…!!
もう誰かヘルプ!!
黒崎さんでも美風さんでもカミュさんでもいいから!!
早く誰かに通報して引き取ってもらわなきゃ。
と、頭の中で誰なら捕まるだろうとグールグル考えていたんだけど。
嶺ちゃんは我関せずだ。
「残念ながら、おとやんはロケでいないからぁ、また別の日にやろっかなってね。」
「なら、せめてみんなそろった日でいいんじゃ…って、なんで携帯をいじっているの?」
私の話をよそに、嶺ちゃんは携帯でおそらくメールを打ってる。