年上の彼女
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それが少しづつ変わってきたのは、出会ってからしばらく経ったころでしょうか…。
「ねえねえトキヤ!」
「…なんですか」
寮で台本のチェックをしているときに、ベッドでゴロゴロしていた音也がニヤニヤと締まりのない顔でこちらを向きました。
「この前会った綾瀬かなでちゃんさ、超~可愛かったよねぇ!!」
「音也、先輩なんですから敬称をつけなさい。それに、これからはそんなファン根性ではいけませんよ。」
「わーかってるよ!でもさ、あのあとテレビで観たんだけど、やっぱり実物は違うね。可愛いしスタイルいいし~。」
まあ、容姿が良いのは認めましょう。
人懐っこいキャラクターも強みです。
アイドルならば当たり前なことですが。
「やっぱり…オーラっていうの?違うよね、アイドルって。俺らもあんなふうになれるかなぁ。」
「あなたでしょう?一緒にしないでください。」
「なんだよ~…まぁ、しかたないかぁ。」
正直、音也がミーハー目線ではない方向で彼女を見ていたのは意外ですが。
たしかに、一般とは違うものを持っていてこその、アイドルなのかもしれませんね…。
「ほら、見て見て!!」
「だからなんです……っな!!」
音也が開いて見せた雑誌のページには、水着でかなり際どいポーズの綾瀬さん。
堂々見開きで大きな文字で
「女子が憧れる理想のボディダントツ・綾瀬かなで」
と書いてある。
彼女はグラビアアイドルではなかったはずですが…と、つい、雑誌を眺めてしまい、
「やっぱりトキヤもドキドキしちゃう?女子だけじゃなく男子も憧れちゃうよね?」
…と、音也にニヤニヤされてしまい。
私自身は…あまりこういう類いには慣れていないもので、あまり直視はできなかったわけですが…。
たしかに、パッと見ただけでもわかるくらいにスタイルが良い。
豊かな胸元、柔らかな曲線を描いた身体のライン。
女性なら羨むようなキレイな体型だとは思った。
それに先日とはうって代わり、色っぽい表情の彼女がこちらを見ていたので、不覚にもドキッとしてしまい。
「…さっさと片付けてください。」
「ええ?なんなら貸すけど…」
「借りてどうするんですか。結構です。」
と、音也を置いて立ち上がった。
「どこか行くの?」
「少しランニングでもしてきます。」
空いた時間、少しでも自分向上に当てなければ。
ジャージにタオル、水をセットして部屋を出て、廊下を歩いた。
所属アイドルの部屋が並ぶ棟を抜けてロビーに出て、その先にはレッスン室がある。
予約制ですが、もしもいま誰も使っていないのであれば、使用したい…と思い、ランニングの前にレッスン室に寄ることにしました。
しかしレッスン室の前にきて、中から音楽が聞こえてきたので…誰か使っているのかと残念な気持ちになった。
扉についている小窓から中を覗くと、鏡に向かってひたすらダンスを踊っている…
(…綾瀬さん?)
ずっと踊っていたのか、汗びっしょりで
納得のいかないらしい場所は何度も何度も音源を巻き戻して躍り直し…とても真剣な表情をしていた。
当たり前といえば当たり前なのですが、彼女も影であれだけの努力をして、今の状況を作り上げている…
そしてテレビでは明るいキャラクターとして笑っている。
必死な努力をしていることを微塵にも感じさせずに。
その事実に、私はなにか胸にこみあげるものを感じた。
(努力するなど当たり前ではないですか…)
少なくとも、以前の自分ならばそう言って一蹴していた。
そして、努力だけではどうにもならないこともある、というのも知った。
先輩でありライバル。
負けたくないと、思った。
ググッ…と拳を握りしめて下を向いていると、いきなりレッスン室の扉が開いて綾瀬さんが顔を出した。
「あれー、やっぱり一ノ瀬くんだ。どうしたの?」
その人懐っこい表情は、先日事務所でお会いしたときのままで、先程の厳しいまでの真剣な表情はまるで別人のようだった。
「すみません、お邪魔を…」
「あ、ううん。休憩しようと思ったら一ノ瀬くんが見えたから。レッスン室、使いたかった?」
「いえ、その……」
戸惑う私の前に、またピッと人差し指を向けられた。
眉間スレスレのところで。
「まーた難しい顔してる。せっかくのイケメンが台無しだよ!!」
「はあ…?」
「クールキャラはいいけど、一ノ瀬くんはたまにフッと笑えば女子がコロッと落ちちゃうタイプ。自覚してね?」
「………」
どう返答したものか…。
そんな私の考えに気づいたのか、さらにまくしたてられた。
「アイドルのファンは大概が異性だって意識してね?」
「…わかり、ました。」
長い芸歴でわかっていたつもりが、こう改めて言ってくださる方はあまりいなかった…。
それが新鮮で、彼女の言葉がすんなり入ってくる。
「ま、立ち話もなんだから。入って入って。」
「はい?しかし…」
「ちょうど話し相手が欲しかったの。付き合って?」
「………………」
熟練のアイドルスマイルに…再び、不覚にもドキッとしてしまった。
(音也ではあるまいし…)
そう思いながらも、素直に従って中に入り、レッスン室の隅に二人で向かい合って座った。
「で、さっきの一ノ瀬くんじゃないけど。やっぱり世間が求めるものと自分にギャップがあると疲れちゃうよねぇ。」
「それはわかりますが…綾瀬さんにもあるのですか、ギャップ。」
「あ、それ。よく言われる。テレビのまんまですねー?って。だからこそ、例えば疲れてても落ち込んでても、明るいキャラクターでいなきゃとかね、あるでしょ。」
「はぁ、なるほど…。」
「私も失敗すれば落ち込むし、やりたくないこともあるけどね。"失敗しちゃったあ!"って笑わないといけないの、たまにきついのよー?」
……とてもそうは見えない。
とは、言えなかった。
思いがけなく、彼女の話はとても参考になり、私は真剣に聞くことができた。
「この前も突然水着グラビアをやることになってね…いきなりで何も準備してなかったし、本当はやりたくなかったよ?」
「準備というと?」
「普通はグラビアの仕事が入ったら、それまでに体作りくらいするでしょー?それに、私は今まで水着なんてやったことないもの。なおさらだよ。いきなりだったから自信なかったよ。」
「確かに体作りはそうですね…。しかし、自信がないようには見えませんでしたが…」
「……え、見たの?」
ギクッ
「あ、はい。…いえ。音也が見ていて…。」
途端、先程の色っぽい彼女を思い出し、らしくなく顔が熱くなってしまった。
「あはは…恥ずかしいなぁ…」
てっきり"見たの?やだなぁもう!"くらいは言われると思っていただけに、意外だった。
綾瀬さんも本気で照れていて…。
いつもと違う顔を見た気がした。
これがギャップというものなのでしょうか。
「今までは、水着をやったことはなかったのですか?」
「うん…中学から清純派でやってきたしね。でももうお酒が飲めちゃう歳だし、これからはバンバンそういうのもやっていかないと、ってね。」
年齢によって求められるものが変わってくる、と。
そういうこともあるのかもしれませんね。
「僕みたいになっちゃうぞー?って、嶺ちゃんに脅されてるからね…」
「ああ……」
頭の中に、笑いながらそう言っている寿さんが浮かんでくる。