年上の彼女
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「失礼しまぁす!!」
「……失礼します。」
朝から、所属したばかりのシャイニング事務所内に、やたら明るい声と、真逆な静かな声が響いた。
…まったく、朝から騒がしい。
その騒がしい犯人、音也はニコニコしながら、スタッフに挨拶をしていく。
彼の場合、営業で愛想をふりまいているわけではないのだから、むしろ恐ろしい。
マスターコースが始まってしばらく。
今日はたまたま事務所に用があるとのことで…致し方なく、一緒に来たわけですが。
色々一方的に聞かされ、まったく疲れました。
新人ですから、こうしてたびたび事務所に顔を出しては、何か新しくオーディションの話がないかを聞いたり、スタッフに顔を覚えてもらい、なにか話があれば推薦してもらえるかも…など、色々とあるのです。
新しい情報が掲示板に貼り出されていないことを確認し、それならば直接スタッフに…と思っていた矢先に、奥からなにやら騒がしい声が響いた。
「なんですかこれぇ!!!!」
「そのまんまの意味だろうが。」
片方は日向さん、片方は…高く響くソプラノの声。
日向さんにいまにも食って掛かりそうな後ろ姿ですが、声は聴いたことがありますね。
確か…。
「あれ?あれって日向先生と……ああ!アイドルの綾瀬かなでじゃない!?」
「ちょっ!音也、声が大きいですよ!!」
私の制止を聞いているかいないのか、音也は"本物だぁ…!"と目をキラキラさせている。
まったく、この人は…。
今ので数名のスタッフがこちらに視線を向けてきましたし、音也と同じに見られてはたまったものではありません…。
芸能事務所なんですから、同じ所属の芸能人くらい、いますよ。
しかも、呼ばれた本人二人まで、こちらに気づいてしまいました。
「よお、お前ら来ていたのか。」
「お久しぶりです、日向さん。」
手を挙げながら笑って近づいてきた日向さんの向こうに立っているのは、間違いなく音也の言っていたとおり、私たちの先輩アイドル、綾瀬かなでさん。
確か14歳でデビューして歌手とドラマもやっている…芸歴は私が上ですが、歳は私より2つほど上だったはずです。
HAYATO時代に共演したことはありませんが、何度か局で見かけたことはあります。
「ああ!噂の新人くん!?」
その彼女はいきなり声をあげると、早足で私たちに近づき、あろうことか日向さんを横に押し退けました。
まぁ、それくらいでどうにかなるような人では、ありませんので…軽く横にズレただけですが。
日向さんは
「お前なぁ…」
と呆れています。
いつものことなのでしょうか。
「えーと、見かけたことある!!はい、お名前は?」
いきなりの振りに少々驚きましたが、この業界、下の者が名乗るのは当たり前のこと。
「えと、一十木音也です!!」
「一ノ瀬トキヤと申します。よろしくお願いいたします。」
「あはは、見事に対称的なキャラクターだねぇ。綾瀬かなでです、よろしくね。」
「そうか、お前ら会うのは初めてか。一応こいつ先輩だから、敬っとけ。」
日向さんに、こいつ…と指差された綾瀬さんは、少しムッとしたような、すねたような表情をして日向さんを睨んだ。
「一応ってなんですか。別にいいです、先輩とかそういう線引きあまり好きじゃないんで。」
「お前は俺らを敬わなすぎなんだよ……。そう言っとかねえと、こいつらに示しがつかねぇだろが。」
確かに先輩にたいして少々…いえ、かなり砕けた話し方をしていますが、見れば日向さんも嫌そうではありませんし、スタッフもそのやりとりを笑って見ています。
これが彼女のキャラクターなのかもしれませんね。
愛されキャラというか。
テレビで見たまま…これがこのまま素なんですか。
…先程から黙りっぱなしの横の男、音也は、ポーッとした顔で彼女を見つめています。
見すぎです。わかりやすすぎです…。
自身も芸能人になった自覚はあるんですか。
「んー…?」
呆れて音也に気をとられていた私を、綾瀬さんが、訝しんだ顔で覗き込んでくる。
私よりずっと、小柄な背丈で。
「えい」
「ぐっ…な、なにを!?」
いきなり人差し指で眉間をつつかれ、少々の痛みに驚いた。
「眉間のシワ~。ダメだよ、アイドルは愛嬌愛嬌。」
「ぐ……」
ぐりぐりぐり…
無遠慮に眉間をこねくりまわされ、先輩なので振り払うこともできずに固まってしまう。
隣で日向さんは
「一ノ瀬はお前と違うんだっつの。」
とため息をついていますし、音也は
「トキヤずるい…」
と呑気なことをつぶやいています。
というか……なんでしょう。
なんだか、この感じに身に覚えがあるような?
なんでしょう……と思考をめぐらせていると、事務所のドアが開き、また賑やかな声が響いた。
「おっはようございまーす!!嶺ちゃん参上!!」
…………はあ。
同じく先輩である寿さんが、また朝とは思えないテンションで入ってきました。
まあ、この方はいつでもそうですが。
寿さんは私たちに気づき、近づいてきました。
「あっれぇ?トッキーにおとやーん!!事務所に用事だったの?」
「れいちゃん!!」
朝、顔を合わせたばかりだというのに、寿さんと音也で、すっかり事務所が賑やかになる。
これもまぁ、いつものことなので、誰もなにも言いませんし、さすがの私も耐性ができました。
しかし…
「あれあれ、かなちゃんまで!めっずらしい組み合わせー!!」
「嶺ちゃんひっさしぶりー!」
「わーひっさしぶりぃ!」
……と、ついていけないテンションでハイタッチする二人。
たしか、寿さんは綾瀬さんの先輩だったはずですが?
「お前ら、ここは学校や飲み会じゃねえぞ」
「いいじゃんいいじゃん!!」
(………ああ、なるほど。)
私の中でなにかが腑に落ちました。
「あ、そーだ嶺ちゃんきいて!日向さんが持ってきた新しい仕事!!」
「え?なになにー?」
寿さんは、ズイッと出された企画書を受けとり、目を通した。
「超猛暑、真夏の沖縄耐久キムチ鍋レース!?なにこれー!」
「ひどいでしょ!私は芸人かっての!!アイドルの扱いじゃないよね!」
「大丈夫だ。お前なら芸人アイドル枠でいける。」
「なんですかそれ!だいたい体型維持も大変なんですよ!」
「キムチなら、まだマシだろ」
沖縄でキムチ鍋…
それは確かに文句も言いたくなる…
女性に持ってくる仕事にしては過酷ですね…。
「うわぁ…俺なら自信ないや…ねえトキヤ」
「まぁ…来た仕事ならば全力でやりますが…汗疹や体調も心配ですね。」
「そっち!?」
「ふむ。確かに、うちを背負ってるアイドルの一人に何かあったら困るしな。嫌なら他に回す。」
「あ、いえ、やりますけど…」
「やるんだ!!??」
寿さんの的確なツッコミと、まぁそれでこそお前だ!…という日向さんの笑い声が、事務所内に、響いた。
女性版・寿さん
それが、私が最初に彼女に抱いた印象でした。
私とは気が合いそうにないタイプだ…とも。