(甘)時を、刻む、夜に
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「そりゃ、ねぇ〜…びっくりはしたけど…真剣に相談されたからね。こっちもプロだし、頼まれたら徹底的にやりたくなっちゃうよね〜?」
「ただでさえ真面目なトキヤくんがね、わざわざ恋人の存在を明かしてまで私たちに頼むんですからねぇ…………………。」
「……そんなに真剣だったんですか…??」
「まあ、だってわざわざこのためにプラネタリウムを貸し切りにするくらいだしね〜。」
「え?貸し切り!?」
他のお客さんの姿をあまり見なかったからなんでだろうとは思ったけど、あれは貸し切りだったからなの?
トキヤくん、デートのためにそこまでしてくれたの?
顔を動かせない代わりに明らかに動揺する私に、年配の女性のほうが優しく肩を叩いた。
「トキヤくんの気持ちだから、申し訳なく思わないでありがたく受け取ってあげてください。そのほうが彼も嬉しいはずですから。」
「でも……………。」
「そ。一ノ瀬くんの大事なかなでさんへの気持ちだからね。」
「ね。」
「……気持ち…。」
説得されて一応は飲み込んだ私に、意味ありげに目線を交わしたお二人は、また笑みを浮かべながら作業に戻った。
「……いつも色々と我慢をさせている恋人を、たまには喜ばせたいと思ったんだと思いますよ。」
「そうそう、だからその厚意に甘えて、思い切り綺麗になってびっくりさせちゃいましょ?…それに。私、けっこう今の一ノ瀬くんが歌う歌が彼らしくて大好きなんだ〜。かなでさんが作ったんだよね?」
「あ、はい。一応はトキヤくんの専属なので。」
「だから、あんなに一ノ瀬くんの魅力を引き出す素敵な曲を書くかなでさんを、私もうんと綺麗にしてあげたいって思っているから。申し訳ないって思わずに喜んでくれたら嬉しいなあ。」
「…ありがとう、ございます…。」
さっきのお二人の意味ありげな目線のやりとりはなんだか気にはなったけど……トキヤくんのために一生懸命に書いた、自分の子供たちとも言える曲を褒められたのは素直に嬉しい。
3人がただ私を喜ばせたいと頑張って動いてくれたのなら、それは喜んで受け取らないとな。
それから髪型もしっかりと整えてすっかり仕上がった自分の姿に、プロの手を借りるとこんなに変わるのか…と、言葉を失った。
丁寧に施してもらったメイクは派手すぎず変わりすぎず、だけど別人を見ているみたいで。
緩く巻いた髪を綺麗にハーフアップにしてもらい、いつもは下ろしっぱなしの前髪は今日は横に流して顔がよく見えるようになって、キラキラした髪飾りが飾られている。
衣装は華美すぎず、カジュアルというほど気軽でもないセレモニードレスで、ネックレスと共に上品にまとまっている。
このままちょっとしたパーティーに出てもおかしくない装いに高めのヒールを履けば、どこかの財閥のお嬢様みたいなスタイリングに、自分なのに他人を見ているみたいに素直に可愛い…という感想が出た。
私、こんなに可愛くなれるんだ。
お二人にとっても納得のいく仕上がりだったらしく、満足そうに微笑んでいる。
「いや〜、元が良いから原形にちょっと魅力を引き出すだけですごく良くなったわ〜!」
「お衣装も、さっき着ていたゆったりしたお洋服も良いですけど、やっぱり体のラインと脚は出した方が魅力度アップで大成功ですね。」
「これは一ノ瀬くんも喜ぶわ〜。どんな顔をするか楽しみ。」
…ヘアメイクと服装を変えればこんなに変わるなんて。
本当に魔法をかけられたみたいに変身した自分。
少しスリットの入ったロングスカートで脚を出すのは少し恥ずかしいけど、でも。
トキヤくん、喜んでくれるかな。
綺麗な人は見慣れているだろうけど、少しでも可愛いって思ってくれたなら……と、反応が気になってドキドキする。
お二人は私に向き合って、最後の仕上げとばかりに私の肩に手を置いた。
「かなでさん、本当に可愛いよ〜。そこらのアイドルよりずっとね。だから大丈夫、あとは思い切り楽しむだけだよ。」
「今しかない時間を、たくさん楽しんでくださいね。」
「ありがとうございます。本当に、こんなに良くしていただいて………。」
「お礼はあとで一ノ瀬くんから言ってもらうから!かなでさんはとにかく一ノ瀬くんからいっぱいいっぱい褒められまくっちゃってね。」
「は、はい…。」
お二人に連れられてドアをそっと開ける。
けっこう時間がかかっちゃったし、待たせちゃったな…と思いながらリビングルームに戻ると、トキヤくんも着替えたのかピシッとしたスーツ姿で窓際に立っていた。
さっき渡していた荷物はこのスーツだったのかな。
「はい一ノ瀬くんお待たせ〜。お姫様をお返しするね。」
いつもより高めのヒールにヒヤヒヤしながらなんとかゆっくりと歩く私を、トキヤくんは一瞬目を見開いたあとで強い光でも見たかのように眩しそうに細めた。
だけど両方の広角は上に上がって口元は笑みを浮かべている。
「…どう、かな。」
「……とても綺麗です。いつもは大変可愛らしいですが、今日は格別に綺麗ですよ。」
「………っ…っ」
最強の殺し文句すぎる…………。
それはさすがに言い過ぎでは。あまりに恥ずかしくて俯いたけど、せっかく頑張って可愛くしてもらったんだから…と自分を奮い立たせてまた顔を上げた。
……トキヤくんも、すごく素敵。
ベストの上にジャケットを羽織ったスーツに、上品な色合いのネクタイ。
髪型は自分で整えたのか、さっきと少し違ったスタイリングになっている。
背筋を伸ばして佇む姿は、まるで王子様みたいだ。
撮影でしか見たことがないような姿に思わず見惚れてしまう。
「…トキヤくんも、すごくかっこいい。」
「良かった、かなでにそう言っていただけるのが1番嬉しいですよ。」
本当に嬉しそうに微笑んでくれて、胸が熱くなる。
……今の私なら、このトキヤくんと並んでも違和感ないかな?
お似合いの恋人同士に見えていたらいいんだけど。
……誰にも見てもらう機会はないけど、でも良い。トキヤくんが綺麗だって言ってくれるなら。
「ん〜…ゴホンッ…邪魔して申し訳ないけど〜…2人の世界を作るのは2人きりになってからにしてね〜?」
「!…っ」
そうだった、まだお二人がいたんだった。
少しの間だけ壁の花に徹してくれたお二人は、若干の呆れも混ざった表情で笑った。
「見せつけてくれますよねぇ。トキヤくんってこんなキャラだったんですね。」
「意外でしたか?まだまだお二人には見せていない顔がありますよ。それはかなでしか知りません。」
「っちょっ…!」
「ひゃ〜!恋人にしか見せない顔ね〜、一ノ瀬くんてやっぱり、クールに見えて恋人には違うキャラなんだねぇ。」
「それは秘密です。…お二人とも、今日は本当にありがとうございました。とても良い仕事をしていただきましたよ。」
「ご満足いただけたようで。お返しに期待していますね。」
「ええ、今度改めて、必ずお返しをします。」
私も合わせてお二人に改めて頭を下げると、お二人はにこやかに私を見た。
「いっぱい楽しんで。」
「ありがとうございます」
「…あ、そうだそうだ。最後にこれ、私たちからプレゼントね。」
「…え?」
渡された可愛らしいチェックの紙袋を、いいのかな…と思いつつ受け取ると、2人はまた笑った。
「じゃ、私たちはこれで退散するね〜。頑張ってね〜!」
「それでは失礼しますね。かなでさんも、また。」
「はい、またお会いできたら嬉しいです。」
片付けた荷物を抱えて、ヒラヒラと手を振って部屋を出ていったお二人に私は手を振り返しながら……頑張ってってなにを?…と首を傾げた。
それに…………。
「プレゼント…って、色々お世話になったのに受け取っちゃって良かったのかな……。」
「お二人の気持ちですから。かなでに喜んでもらったほうが嬉しいと思いますよ。」
「うん………これ、なんだろう?」
開けてみると中身はまた可愛らしい包装に包まれていたから、何が入っているのかがわからない。
開けてみようかと思っていたら、トキヤくんは私の腰に手を回して引き寄せた。
「さ、それはまたあとのお楽しみにして。こちらへどうぞ、プリンセス。」
「え、…え?」
紙袋を取られて脇のソファーに置かれ、まるでエスコートをするように窓際へ連れて行かれ、椅子を引いて座らされる。
テーブルにはいつの間にセッティングしたのか、白いランチョンマットが敷かれた上にグラスがセットされていた。
テーブルの脇には一輪挿しに生けられた綺麗な薔薇。
改まったような雰囲気に思わず背筋が伸びる。
トキヤくんは冷蔵庫からシャンパンを取り出して器用に開け、グラスに注いだ。
それを優雅な仕草で渡してくれたあと、窓際に立ち、引かれているカーテンに手を添えた。
「この部屋は夜景も自慢だそうですから、楽しみましょう。そろそろ良い頃のはずです。」
「……っ!わ…っ」
ヘアメイクを整えている間に、すっかり日が暮れて夜になっていたみたい。
大きめの窓の向こうは、都会の眩しい光が集まった見事な夜景が一望できた。
建物の上層の部屋だからか眺めがすごく良い。
フッと照明が消されて真っ暗になると、余計にその景色が映える。
計算されつくしている、さすがスイートルーム。
「すごく綺麗…!」
「気に入りました?」
「うん、すごく…っ」
勢い込んで傍らのトキヤくんのほうを見れば、夜景の光に溶け込んだトキヤくんがすごく穏やかに微笑んで私を見つめていた。
…さっきのプラネタリウムの時みたいに。
星や夜景よりも、それらを見た時の私の反応を楽しむみたいに笑っている。
…………そっか。本当に、私が楽しむために、あれこれと計画をしてくれたんだね。
嬉しくて、あまりに幸せで……胸がいっぱいになる。
「では、乾杯をしましょう。」
「…うん。」
2人でテーブル越しに向かい合い、グラスを静かに合わせた。
黄金色の透明な液体がゆらゆらと揺れる。
一口ゆっくりと飲むと口の中でふわりと上品な味が広がり、舌の上で炭酸が弾けた。
「ん…………美味しい…………。」
仕事柄、業界の人に良いお店に連れて行ってもらうこともあるから、当然高級なお酒を飲む機会もある。
だからなんとなくわかるけど、これもホテルのスイートルームに相応しい良いお酒だ。
アルコールが胃に流れる感覚も嫌な感じがなく、鼻を抜ける香りもすごく良い。
「ええ、とても良い味ですね。」
「うん…!」
打ち上げとかの機会もあるから、私以上に良いお店に行くことが多いだろうトキヤくんも柔らかく微笑んでいる。
その顔があまりに格好良くて、思わず見惚れてしまった。
お部屋も夜景も素敵だけど、トキヤくんの笑顔が一番良い。一番好き。
仕事でしているアイドルスマイルも溶けてしまいそうなほど格好良くて好き。
でも、トキヤくんが心から楽しそうにしているのが何より嬉しい。
……私が楽しんでいるところをずっと見つめて笑っていたトキヤくんの気持ちが良くわかってしまった。
大切な人にはずっと心から幸せに笑っていてほしい。
トキヤくんもきっと同じ思いで私を見ていてくれたんだよね。
この気持ちを、なんとか伝えたくて言葉を紡いだ。
「…今日はありがとう、トキヤくん。すごく素敵な1日だったよ。」
「楽しかったですか?」
「もちろん!こんなに色々してくれるなんて思わなかったよ。」
「……私は、いつもかなでに色々なことを我慢させていますからね。」
「我慢?」
「ろくに外も2人だけで歩けず、誰にも話せない。それで寂しい思いをしたこともあるでしょう?」
「……でも…お仕事があるから、仕方ないよ。」
「仕方ない、で諦めたこともたくさんあるでしょう。例えば、花火すら一緒に見たことがないとか。友人と迂闊に恋の話もできないでしょうし。」
「……それ、は…………。」
夜景に浮かぶトキヤくんの顔に、憂いの表情が浮かぶ。
今の状況に…ろくに外での2人の思い出が作れない現状に、トキヤくんも思うところがあるのは気づいてた。
友達とのいわゆる恋バナも、特定されないようにできるだけ避けてきたし。
私が、大丈夫だよ、気にしていないよといくら口で言っても、内心では寂しかったことを…きっとトキヤくんは感じていた。
……でも私は。
「……私は、例え遊園地や水族館みたいな恋人らしいデートができなくても、トキヤくんといられればそれで幸せだよ。」
「………そうですか?」
「普通の恋人同士みたいなことはできなくても、逆に私たちは普通の恋人同士がなかなかできないことを、当たり前にしているでしょう?私はトキヤくんに曲を作って、トキヤくんはそれを魅力的に歌う。こんなこと、普通のカップルにできる?」
「ええ、それはそうですね。私の歌は君にしか作れない。君の素晴らしい曲は、私にしか歌いこなせないでしょう。」
「そうだよ。だってトキヤくんが1番輝くように想いを込めているんだもの。他の人が歌っても輝かないよ。」
「はい。かなでの作る歌が、私を1番輝かせます。」
「でしょ?」
それに、一緒にいるときにこうしてトキヤくんが私を特別扱いしてくれるから。
いつも優しく包みこんで、大事にしてくれている。
時々いじわるだけど、それにだって愛を感じているから。
だから、これからも一緒にいたいって願う。
外を2人で歩くことはできなくても、秘密の恋でも、会いたい、傍にいたいって思えるの。
私の熱弁に、トキヤくんは憂いを消して笑った。
「少し待っていてください。」
「うん?」
そして立ち上がって小さなスタンドの間接照明だけをつけて部屋の奥へ歩いていくと、手のひらに銀のトレイを載せて戻ってきた。
上には同じく銀のドームカバーがかぶせられているため中身は見えない。
座っている私の横に立ち、レストランの給仕のように目の前でテーブルの上にそっとそれを置いた。
「本日のメインディッシュです。」
これからお食事にするのかな、と思ったら、トキヤくんはそのままテーブルの真ん中に置かれたロウソクに火をつけた。
ガラスの丸い器に入った円筒形の薄いピンク色のロウソクから、小さな火がゆらゆらと揺れる。
それから向かいに座ったから、これで少しだけお互いの顔が見えやすくなった。
トキヤくんの分の食事は?…と言おうと口を開きかけたところで、先にトキヤくんが声を発した。
「今日は、かなでに改めて話があります。」
「話?なに?」
「実は、そろそろ寮を出ようと思っているのです。」
「…そうなの?」
……後輩に譲るためにも、近いうちに寮を出ることは私も考えていた。
強制ではないけど、先輩たちもみんな売れたら自分でマンションを借りて暮らしているから、暗黙の了解みたいになっている。
だからトキヤくんも考えているんだろうなと思いながら、寮内を行き来できなくなることを考えると私からはあまり話題にできなかった。
……そっか。寮、いよいよ出るんだ。
なんだか寂しい、な。
「じゃあこれからは、少し会いづらくなっちゃうね。遊びに行く時に気をつけないと。どのあたりに住むか、もう考えているの?」
マンションの行き来を記者に撮られたらまずい。
だから、お家に行きづらくなるのも仕方ないか…と、また"仕方ない"で片付けようとすると、トキヤくんは改まった声で私に向き合った。
「その事なのですが。かなでさえ良ければ、一緒にマンションを探しませんか?」
「え?」
それは……不動産屋さんを一緒に回るとか、そういうこと?
私も同時に寮を出られるように、お互いが住む部屋を2人であれこれ意見を出し合って参考にするとか、そういう…………?
でも、それだって下手に目撃されたらあらぬ誤解をされてしまう。
いまいち意図がわからず目をぱちぱちとさせる私に、トキヤくんは前かがみに少し身を乗り出した。
「これを良い機会に、かなでと一緒に暮らしたいのです。…どうでしょうか。」
「…っ…一緒に…って………同棲ってこと?…まだちょっと難しいんじゃない……かな?トキヤくんと暮らせるのは、素敵だと思うけど……。」
同棲すれば、確かにマンションの行き来は撮られづらい。
でも、行き来よりまだまだ未来があるアイドルが同棲を暴かれる方が余計にまずい気がする。
一緒に暮らせたら…会えない日を寂しく過ごして、次はいつ会えるのかなと日付を確認することはなくなる。
家ではいつでも一緒にいられるし、毎日、朝一緒に起きて、一緒にごはんを食べて、トキヤくんを送り出して…迎えて、寝るまで色んなことをする。
毎日一緒に眠れる。
普段の色んなトキヤくんが見られる。
それはとても魅力的な話だけど………現実を考えると…。
あれこれと考えて戸惑う私に、トキヤくんは静かに息を吐いた。
「状況が許せば、私と一緒に暮らすこと自体は魅力的に考えてくださっているということですね?」
「……う、うん。」
状況が許せば。
………私たちのことが、世間に知られても問題がなければ。
アイドルのトキヤくんに致命的なことにならなければ、堂々と一緒にいられる。
1番の課題であるそれを、同棲という形で解消するのは難しい。
それに対してトキヤくんは体勢を戻して背筋をまっすぐ伸ばした。
「私が、君に対して単なる同棲という形で無責任な状態を強いるわけがないとは思いませんか?今日このデートを計画した深い意味に、そろそろ気づいてほしいものです。」
「…え……?」
「まあ、事前に気づかれてしまってはサプライズの意味が無くなってしまうのですが。」
「…サプライズって…どういうこと…………?」
この特別扱いだらけのデートに、トキヤくんが持たせた深い意味。
そこに一緒に暮らす話を持ち出したのは。
それって……………と、妙に胸がドキドキと高鳴る。
変な期待が頭を過ぎる。でも。
…………期待、しちゃいたい。
トキヤくんの意図に。
…トキヤくんは、メインディッシュと言ったトレイのドームカバーにそっと手を伸ばして、ゆっくりと持ち上げた。
中には小さな四角い箱がひとつ入っていて、既に蓋が開かれているその真ん中に、眩しく輝く小さな石がついたシルバーの指輪がはめ込まれていた。
シンプルながらデザインも凝っていて、安いものではないことだけはわかる。
もしかして、この石は…ダイヤモンド……?
思わず指輪に釘付けになってしまう。
…………これ、って……………。
「……かなで。私と結婚してくれませんか。」
「…っ…!!」
驚いて、弾かれるように指輪から顔を上げてトキヤくんを見つめる。
トキヤくんは珍しく異様に緊張したような顔つきで、真剣な目をしている。
…本気で言ってくれているのが伝わってくる。
(………結、婚……………。)
……息が詰まりそうになる。
まさか、大好きな人にプロポーズをされるなんて、こんな瞬間が自分に起こるなんて。
夢ではいくらでも見た。けど、現実に起きるなんて思わなかった。
私が誰かの人生のパートナーに選ばれる。
しかもそれがトキヤくんからのものだなんて。
トキヤくんが真っ直ぐな瞳で見つめてくる、私がどう返事をするかを、きっとドキドキしながら待ってくれている。
さっき同棲にあまり良い反応をしなかったから、余計にかもしれない。
…なにか言わなきゃ、なにか…。
今すぐに飛びつきたいくらいに嬉しい。でも………。
「……私で、いいの…………?」
「他に誰がいるのですか。かなでしかいないことは、かなでが1番よくわかっているのでは?」
「……っ…」
トキヤくんとお付き合いを始めてから何年も経つけど、不安になる事は一度もなかった。
誰との変な噂も一度もなく、一緒にいるときもいないときも、忙しくて会えなくてもよく連絡をくれて、いつだって大事にしてくれた。
トキヤくんの気持ちがいつだって私に向いていることはよく感じていたし、それはきちんと私が感じられるようにしてくれていたんだよね。
誰にも秘密の恋だから、なおさら不安にならないようにしてくれた。
だからずっと信じられた。
これからも当たり前に一緒にいられるって。
「…うん、よくわかってる……よ。」
私にだって、トキヤくんしかいないから。
だから、私をずっと大切にしてくれたトキヤくんの足かせになってはいけないってずっと思ってきたの。
でも、トキヤくんはそんな私との未来を考えてくれたの?
静かに呟いた私に、トキヤくんは語るように呟いた。
「先ほどのプラネタリウムで、私が気になった星座を聞きましたね。」
「え?…うん。」
「こと座の神話を覚えていますか?」
「うん、琴を奏でる夫とその妻のお話だよね。」
「ええ、そうです。」
琴の名手オルフェウスとその妻エウリディケの悲恋の物語は、胸を痛める切ないお話だった。
愛する妻を失って琴を奏でられなくなったオルフェウス。
オルフェウスの音色を愛していたエウリディケ。
音楽に携わる身としては他人事とも思えず身につまされたから、よく覚えていた。
「オルフェウスはエウリディケを取り戻すために、現世に戻るまでは絶対に妻の姿を見ないとの約束を交わしました。それがエウリディケとの未来のための冥府からの条件だったからです。」
「うん。」
「…ですが、オルフェウスはエウリディケに一目会いたい気持ちと不安を抑えきれずその約束を破り、エウリディケの顔を見てしまい永遠に彼女を失った。私は先ほどそれに、つい自分を重ねてしまったんです。私が自分の感情や気持ちを優先すれば、かなでを失いかねない。かなでへの気持ちを大切にしたいのに、です。」
「…………………」
「エウリディケも、本当は早く愛するオルフェウスと顔を合わせたかったと思います…あと少しでまたずっと一緒に生きていけると期待もして、夫の背中を追いかけて現世へ向かった。……私がかなでとの関係を守るためにかなでにはずっと背中を向けて、かなでに我慢を強いるのは、本末転倒でしょう。」
「そんなこと、ないよ……?」
我慢を全くしていないとは言えない。
けど、それは他人から強いられたものなんかじゃないのに。
学園で出会って、アイドルを目指す人を好きになった時から、もう覚悟は決めていたんだよ。
トキヤくんが有名になるほど、この想いや関係は隠すことになること。
私が決めたことなんだから、トキヤくんが申し訳なく思わなくていいのに……私を好きになってくれたトキヤくんのために、私ができることをしてきただけ。
それに、今までトキヤくんが私に背中を向けてきたなんて思ってなんかいない。
トキヤくんはずっと、私と向き合って見つめ合ってくれたよ。
ずっと私を見ていてくれた。
だから首を横に振って否定する私に、トキヤくんは少し切なそうに笑った。
「私がもう我慢の限界ということでもあるのですよ。」
「トキヤくんが…?」
「だからもう、この秘密の状態を終わりにしたいのです。私はこれからもかなでと生きていきたい。堂々と2人で並び立ちたい。いつか君を失えば、私はオルフェウスのように音楽を奏でることもできなくなってしまうでしょう。それはもう、生きていないのと同じです。」
「そんな…そんなことを言わないで。私はトキヤくんが歌っている姿が好きなんだよ。」
「私が歌えるのはかなでの存在があるからです。かなでの存在とかなでが作る曲があるから、私は一番輝く私で歌っていけるのですよ。私にはかなでが必要なのです。」
「トキヤくん…………。」
「ですから、自分を私の足かせになるなんて思わないでください。仕事でもプライベートでも支え合える、そんなパートナーに恵まれる人生がどれだけ幸運かわかりますか?」
……ああ
トキヤくんは、気づいていたんだね。
私がトキヤくんのアイドル人生の足かせになることを恐れていること。
やっとトップアイドルに登りつめたのに、ここで私の存在がバレたら致命的になってしまう。
アイドルのトキヤくんのことを本当に考えるなら、私は身を引くべきだったのかもしれない……でも、トキヤくんが好きだからそれだけはできなかった。
だからなるべく知られないように息を潜めてきたことを、トキヤくんはずっと気にしていたんだね。
「私が結婚を公開すれば、恐らく相手についての追及が始まります。今まで隠してきた君の存在が世間に知れ渡るのは必須でしょう。ですが、君のことは必ず守ります。決して誰にも傷つけさせはしないと誓います。…それに……。」
「……?」
「私は結婚ひとつで崩れるほど、脆いキャリアを築いてきたつもりはありませんよ。トップアイドル・一ノ瀬トキヤの名は伊達ではないとも、誰よりも一番かなでがご存知のはずです。世間も、社長の事も必ず頷かせてみせます。決して自分の感情だけを貫いて、オルフェウスとエウリディケの再現にはしません。」
「……あ……………。」
そう言って、トキヤくんは少し勝ち気な表情を浮かべた。
確かなキャリアと実力、アイドルとしての確固たる地位を積み重ねてきた事は事実だから、それは紛れもない本音でもあり、私を鼓舞するための言葉でもある。
結婚を貫いて破滅するようなことにはしない、だから安心して前向きになってほしい、と。
社長を頷かせるのは骨が折れそうだけど、トキヤくんならやり切る気がする。
トキヤくんの成長と軌跡を一番傍で見守ってきたのは私、だから一番わかっているのも私。
そう自信を持って言えるほど、私とトキヤくんはずっと一緒にいた。
トキヤくんも、私の歴史を一番傍でずっと見てきてくれた。
ショックを受けるファンが多いだろうけど、時間をかけてわかってもらいたい。
祝福してくれる人たちだって中にはいるだろう。
自分の事を誇らしげに語り、私のためにちょっと大げさにして尊大に胸を張って笑うトキヤくんが、トキヤくんらしくてなんだか妙におかしくて…自然と笑みが溢れた。
「ふふっ……そうだね。アイドル一ノ瀬トキヤは、そんなに簡単には潰れないね。」
吹き出した私を見て、勝ち気なはずの顔に少しの安堵の色を浮かべた、そこに彼の誠実さが見えてじんわりと胸に温かいものが広がる。
わざと尊大に見せてくれた彼の優しさが嬉しい。
「憂いは消えましたか?」
「うん、ありがとう。」
「では…………。」
ゆっくり立ち上がり、私のところまで歩いてきて、すぐ目の前で床に膝をついたトキヤくんは、私の手を優しく握って見上げてきた。
まるで王子様が求婚し乞うような立ち振る舞いにドキッとする。
「かなで。私をこれまでずっと支えてくれた君だけを、心から愛しています。私も君を支え続けますから、これからは誰の目も気にせずに堂々と愛し合いましょう。…私と、結婚してください。」
「……っ………」
これからは誰の目も気にせず、堂々と。
こんなに真っ直ぐに深い愛をくれる人とは、もう他に出会えない。
私は、もうずっと、トキヤくんだけが良い。
トキヤくん以上に好きになれる人なんてこの世界に存在しない。
温かい気持ちが身体中に広がって、胸がいっぱいになる。
この手をずっと握って生きていけるなら、どんな批判もやっかみも受け止める。
困難は2人で乗り越えて2人で生きたい。
だから返事なんて1つしかない。
「はい…っ…私を、トキヤくんの奥さんにしてください…。」
しっかり頷いて返した返事に、トキヤくんが本当に嬉しそうに顔を綻ばせる。
私はたまらずそのまま身を乗り出して、思い切りトキヤくんの胸に飛び込んだ。
片膝を床についた状態でいたトキヤくんは突然の私に少し身体をぐらつかせながらも、体勢を崩さずにしっかりと私を受け止めた。
両腕に閉じ込めて抱き締めてくれたから、私も床に両膝をついてその肩口に顔を埋める。
「かなでにとって、私は必要な存在ですか?」
「当たり前でしょう?私にはトキヤくんが必要だから、トキヤくんと結婚したい………ずっと一緒にいたい…。」
「…良かった。はい、ずっと一緒にいましょう。私と人生を共にする覚悟を決めてくれた君を、一生幸せにします。」
大きな手が私の頭から髪をそっと撫で降りて、背中に添えられる。
まるで子供をあやすように静かにポン、ポン…と指先で叩かれその優しさが嬉しくて抱きつく腕に力をこめた。
もう一生離れないように、身体と身体をぴったり合わせて隙間なく抱き合うと、本当にもう離れることはないと思える。
耳元でトキヤくんの静かな息遣いが聞こえる、全身で温もりと感触を感じてトキヤくんの匂いに包まれると、この世界には私とトキヤくんの2人だけしかいないような感覚になる。
トキヤくんも同じでいてくれたらいいな。
これからはずっと、同じ時間を共有して毎日一緒にいることが当たり前になる。
そんな幸せな当たり前が日常になるんだ。
「……では、そうと決まれば早速。」
「……うん?」
今日はずっとこうしていたいなぁと思っていたのに、トキヤくんは身体を離して立ち上がった。
私も一緒に立ち上がるように促されて立つと、そのまま手を引かれて窓際まで歩く。
キラキラした夜景を前に、トレイの上に置いていた箱から指輪を取り出して、私の左手を取った。
「これで、君はもう私の正式な婚約者で未来の奥さんです。一生誰にも渡しません。例え冥界の王にもです。やっぱり辞めたは無しですよ。」
はめてもいいかと問うかのような目に、私は最後の決意を込めて微笑んだ。
辞めたなんて言うわけがない。
指輪を通しやすいように少し伸ばした薬指に、その永遠の約束の証が飾られる。
私の好きなデザインでサイズもぴったり。
どれくらい前から、気づかせないように私には何もない顔をして今日のために準備をしてきたんだろう。
メイクさんとスタイリストさんへの依頼に衣装の手配、プラネタリウムの貸切もホテルの予約も。
指輪だって昨日今日で作れるものじゃないだろうし色々見て選んで決めてくれたんだろう。
こっそり私のサイズまで調べて、私の好みに合わせて。
「私が冥界に連れ去られたら、すぐに連れ戻してくれる?」
「もちろん、君を取り戻すためならどんな苦労も厭いません。2人で思い切り長く生きて、最後は一緒に空に昇り、2人で同じ星座になりましょう。ずっと2人で輝きましょうね。」
「それ、すごく素敵だね。」
死が2人を分かつまで、とはよく言うけど
お互いに空に召される時がきても夜空で永遠に一緒に。
そう誓ってくれるような素敵な人が目の前で笑っている。
ロウソクと小さな間接照明だけの薄暗い明かりの中、せっかくの指輪をちゃんと見たくて外の明かりにかざすと、夜景の光がダイヤモンドに反射して輝きが増した。
「綺麗…………。」
まるで今日の思い出を閉じ込めて持ち帰るみたい…なんて、ロマンチックに浸りたくなる。
夜景は連れて帰れないのは残念だけど、この思い出は何時までもずっと心に残り続けるから。
「喜んでいただけたようで本当に良かったです。かなでの幸せそうな顔がずっと見たかったんですよ。」
「私、いまそんなに幸せそうな顔をしてる?」
「ええ、とても。サプライズ大成功ですね。」
「…理想のプロポーズは無難に綺麗な夜景を見ながら。でもひと工夫はしたかったんだもんね?」
トキヤくんは一瞬何のことだと目を瞬かせ、すぐになにか思い至ったような顔で苦笑いを浮かべた。
先日のテレビ番組で自分の結婚観や理想のプロポーズについて語ったことを思い出したんだろう。
「あの番組を見ていたのですか?何も言われなかったので見ていないのかと。」
「トキヤくんの出演番組はもちろん見るよ。でも、プロポーズ云々の話をした番組を見たなんて言いづらいよ…。」
「それは確かに……ですが、見ていてくれたらいいなと内心期待していたんですよ。これを機に、かなでが私との結婚を意識してはくれないだろうか、と。」
「……意識、は、確かにしたね。トキヤくんと、そうなれたらなって。」
「……そうですか。かなでも考えてくださったのですね。」
寮を出る時期でもあったこともタイミングとしてあるけど。
私はずっと前からトキヤくんと結婚できたらと密かに妄想したりもしていたから、テレビ越しとはいえ明確に本人の口から理想のプロポーズ話を聞いたのはやっぱり大きかった。
むしろ私のほうがずっと、トキヤくんに私との結婚を意識してほしかったんだけどな。
………意識、ちゃんとしていてくれたんだね。
「いざプロポーズされてみたら、ひと工夫どころじゃなくて1日中びっくりしっぱなしだったけどね。」
「ふふ……番組で先にネタバラシをしては、つまらないでしょう?それに…先ほども言いましたがプライベートの私の顔を知るのは、かなでだけで良いのです。」
「…………う、うん…………。」
私が番組を見ている可能性も考えつつ、本当のところは世間には細部までは明かさず私だけに。
……とことん徹底した特別扱いだ。さすがに照れる。
「…でも、本当に思い切ったね。プラネタリウムとか、ホテルまで来る道とか。誰かに見られる可能性があったのに。」
「今日は絶対にプロポーズをすると決めていましたからね。万が一に目撃されて後日誌面に載っても、もう相手は婚約者だと発表する良いきっかけとなりますし。バレる覚悟はありました。」
「それって、絶対にプロポーズは成功するって確信していたってこと?」
「…おや。君に断られる可能性は一切考えていませんでしたね。断るつもりはありましたか?」
「なっ…もう…っ!」
私が断るわけがないことはしっかり織り込み済みで、目撃された後のことまで考えているなんて……策士が過ぎる。
やっぱり抗議するつもりで睨めば、悪気なく笑われた。
さっきはすごく真剣に、異様に緊張した顔をしていたくせに…私が結婚話に対してどんな反応をするか、少しは不安だったんじゃないの?………素直じゃない…ね。
「これであのお二人にも良い報告ができます。今ごろどうなったかで盛り上がっているかもしれません。」
……やっぱり、ただ私を綺麗にしたい相談だけじゃなく、プロポーズについても話をしていたんだな。
でないといきなり秘密で付き合っている彼女の存在を明かしてただ綺麗にして欲しい、だけじゃ説明が足りないもんね。
準備をしている間、お二人が時々顔を見合わせて視線を交わしたり、意味深な話し方をしたり…とにかく楽しんでと助言をくれたり……去り際にトキヤくんに頑張ってと言ったのも、プロポーズの成功を祈ってくれていたんだろう。
……見事に大成功しました。
と、しっかり薬指に収まった指輪を見つめる。
……この、たくさんの想いがこもった指輪のかわりに、私はどんなお返しをしたらいいんだろう。
でもトキヤくんはきっと、聞いてもいらないと答える気がする。
私が喜んでくれたらいい、私をただ喜ばせたかっただけだから、とか言って。
……ただ隣で幸せに笑っていてほしいと、きっと願ってくれる。
だから私はお返しに、トキヤくんが私のためにしてくれたことを心から喜んで、ずっとトキヤくんの隣で笑っていようと思う。
それでもどうしても泣きたいことがあった時は、素直に泣かせてくれてそれを受け入れて包みこんでくれると思うから。
…そう確信を持てるくらい、長い時間を一緒に過ごして絆を築いてきたの。
これからもずっと、そうやって一緒に生きていけるんだね。
その約束を今日交わしたんだね。
そして私も、自分なりに頑張ってトキヤくんを支えていこう。
トキヤくんが私を一生幸せにすると誓ってくれるなら、私もトキヤくんを一生幸せにしよう。
「…本当にありがとう。色々してもらったし、こんなに綺麗にもしてもらって、一生忘れられない思い出のプロポーズだよ。」
「こちらこそ。かなでの生涯のパートナーになれたこんなに喜ばしい日になって、私にとっても一生ものの最高の1日になりました。……いつか……。」
「うん?」
「…いつか、私たちに子供が生まれたら、私たちの軌跡として話して聞かせてあげたいです。」
「………っ…そんなことも、テレビで言っていたね。気が早いなあ、もう……………。」
「…いつかは。ね?」
「……………うん。」
いつか2人じゃなくなった時に、ね。
だってもう、家族になるんだから。
そんな日もきっと来る。
新しい家族。私とトキヤくんの子供、なんて…今はまだ想像もつかないけど。
でももう、現実に叶えることができるんだ。
「その前に、もっとかなでを綺麗にして差し上げなければ。」
「え?まだなにかあるの?」
「大事なことを忘れていませんか?今日はこれでもなるべく抑えめでお願いしましたが、皆さんの前で誓いをする時はもっと綺麗に飾りますからね。」
「えっ……あ、もしかして…結婚式、とか?」
「ええ、もちろんやりますよ。綺麗なドレスを着て私だけのプリンセスとなったかなでを披露しなければ。…一生かなでを大事にしますと、友人たちと神様に誓わないといけませんからね。それとも結婚式は嫌ですか?」
「…ううん、嫌じゃない…トキヤくんと結婚式、したい………。」
「では、これから準備を頑張りましょう。」
「うん…!」
永遠の愛の誓いをみんなの前でする。
秘密の恋が秘密じゃなくなる。
トキヤくんと隣で並んで笑い合える。
……みんなに認めてもらえる。
今よりもっともっとカッコよく正装をしたトキヤくんを隣で見られる。
こんなに幸せでいいのかな。
未来が明るく見えて胸の温度が上がる。
結婚したらもうコソコソしなくていい。
同じ家に帰ることができる。
堂々と2人でいていいんだね。
早くそうなれば良いなと気が逸り先の未来に思いを馳せると、頬に手を添えられて指が滑った。
するり、と顎のラインをなぞられる。
「……本当に、とても綺麗ですよ。ずっと君を綺麗に飾ってあげたかったんです。」
顎を少し上に上げられ、私とぶつかった視線がゆっくり近づいてくる。
吐息が当たるほど傍に来たところで目を閉じれば、柔らかい温もりと柔らかいものが唇を塞いだ。
付き合ってからキスなんて数え切れないほどしてきたのに、初めてしたみたいに胸が高鳴り、手探りでトキヤくんの胸元から肩を掴んだ。
片手でグイッと腰を引き寄せられて身体が密着し、顎に添えられていた手はスルッとまた私の頬を撫でる。
一足早く、2人きりで誓いのキスを交わしたみたい。
少し離れて鼻先で見つめ合い、それからまたチョン、と唇を触れ合わせると、トキヤくんは離れて腕時計を確認した。
「……良い頃合いですね。さて。かなではそろそろお腹は空いていますか?できればあと少しだけ私に付き合っていただきたいのですが、良いでしょうか。その後でゆっくり食事にしましょう。」
「いいけど、まだサプライズがあるの……?」
そろそろ頃合いって?……と首を傾げたら、トキヤくんは笑った。
「今日のかなでの衣装を、スイートルームでプロポーズにも拘らず本格的なものではなく、少し抑えめのセレモニードレスで依頼をした一番の理由です。」
「……………え???」
どういうこと??と疑問を投げると、トキヤくんは私の手を取って部屋の外へとエスコートをした。
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