(甘)時を、刻む、夜に
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今日は朝から作曲仕事が立て込んだので、夜になってからようやく一息ついた。
そろそろ時間だ、とリビングのソファーに腰掛けてテレビをつけると、アップテンポな音楽と共に深夜のバラエティー番組が始まった。
毎回ゲストを呼んで、ゲストにまつわるいろんなトークを繰り広げるこの番組に、今日はトキヤくんが出演するので楽しみにしていたんだ。
MCの紹介と共に、画面いっぱいに映ったトキヤくんが軽く挨拶をする。
デビューしてからそれなりの時間が経ち、アイドル・一ノ瀬トキヤの名前と顔はかなり世間に広まった。
彼がかつてHAYATOとして活動していたことは遠い過去の話になりつつあり、今は一ノ瀬トキヤとしての認知度も高い。
私はそんな彼を音楽の仕事とプライベートで陰から支え続けている。
「今日もかっこいいなあ〜。……でも…………。」
相変わらずの上手な表情管理で完璧なアイドル営業スマイルを浮かべているけど、もう何年も一緒にいるからこそ気付くこともある。
少しだけいつもより頬が締まって見えるのは、メイクや照明の加減だけではないだろう。
なんだか少しの間でまた痩せたような気がして心配になる……次のライブに向けて無理しているんだろうな。
まあ私も、そのライブのためのアルバム作りで、新曲制作で毎日ヒーヒー言っているので……人の事は言えないんだけど。
…と苦笑いをしながら、背もたれに体を沈み込ませた。
私の心配をよそに番組は順調に進行し、メインMCの周りに控えた数人のレギュラー芸能人たちの視線と、観客のファンの方々の期待に満ちた目を受けながら、トキヤくんは繰り出される質問に答えていく。
これまでもなにかしらインタビューなどの折に幾度も聞かれてきた日常生活や恋愛観を突っ込まれるたび淀み無く答えていくと、最後に今回のメインとも言える質問が投げかけられた。
『一ノ瀬さんは結婚願望はありますか?』
『結婚ですか?……そうですね…憧れはありますよ。』
少しだけ考えて答えると、観客からため息のような声が漏れる。
アイドルに熱愛はご法度だけど、トキヤくんの恋愛観や結婚観は誰もが気になることなんだろう。
(……結婚。)
少しだけ胸がドキリと跳ねた。
付き合ってもう何年も経つけど、そんな話が出たことはあまり無かったから…トキヤくんがどう考えているのかは私もわからない。
ずっと一緒にいたいね、なんて話したことならあるけど、明確に結婚の約束をしたわけじゃない。
……仕事上、仕方ないことなのはわかっているけど。
だから私もトキヤくんの結婚観がつい気になってしまって、いちファンの1人のように画面に食いつくように見入った。
トキヤくんは特定の誰かを連想したり、勘繰られないために具体的になりすぎないように言葉を選んで答えるように気を付けているのがわかる。
だから本音はやっぱり読めなかったけど、ファンなら満足するような内容にはなっている。
きっと今頃みんな、トキヤくんとの結婚を妄想したりしているんだろうな。
そこに少し年配の女性タレントがさらに突っ込んで聞く。
いつも男性タレントにうまく絡んで答えを引き出す熟練のバラエティータレントの人だ。
『一ノ瀬くんだったらどんなプロポーズをしてくれるのかな〜。もう理想のプランとかはあるの?』
『さすがにまだ明確にはありませんが……そうですね…無難に、綺麗な夜景を観ながらとか……でも、できればありきたりではなくひと工夫はしたいですね。』
『ひと工夫?どんな?』
『それは相手によりますが、お互いに一生に一度の思い出になるようなことはしたいです。相手にとっても喜んでもらえるような。それで、何十年経っても昨日の事のように2人で笑って振り返ることができたら良いなと思います。そして子供が生まれたら話して聞かせてあげたいですね。』
男性からは感心するような声が挙がり、女性からは同意するような頷きが溢れる。
トキヤくんの理想のプロポーズ。
……今まで、私も自分の理想のプロポーズを妄想したことなら無いことはない。
私だっていつかは大切な男性と一生に一度の人生の選択をしてみたい。
その時その内容がどんなものであれ、気持ちがこもっていれば私は心から喜んで受け入れるだろう。
その人と生きる未来へ期待に胸躍らせてみたい。
人生でただ一度、誰かの生涯唯一の存在になる瞬間、その誰かも私の生涯唯一の存在となる。
女の子なら誰もが願望として持っているだろう。
(もしそれがトキヤくんだったら…)
ふと、一瞬その大切な人の顔が頭に浮かんだけど、慌てて払拭した。
本当はずっと一緒にいたいくらい大好きな人。
その人と一緒に生きる未来が結婚という形になったならと思うことはある。だけど。
トキヤくんは今や、押しも押されぬトップアイドル。
学園時代からずっと一緒にいて、いつかデビューしてたくさんの人に歌を届けたいという同じ夢も持っていて。
それが少しづつ少しづつ叶っていくたびに、それまで当たり前だったただ一緒にいるだけが難しくなっていく。
バレたら致命的な恋をこっそり続ける私たち。
たくさんの人たちの期待と愛を一身に受けるトキヤくんは、それでも私を大事にしてくれて一緒にいてくれているけど。
その先がどうなるのかはまだ不明瞭だ。
それでも決して今だけが楽しいだけのいい加減なお付き合いじゃないことはわかる。
どれだけ売れても、トキヤくんは変わらず優しくて誠実な人。
時々ちょっといじわるな所も、アイドルとして厳しくてストイックなところも、大好きな部分。
トキヤくん自身が私の理想なの。
トキヤくんのどんなところも大好きなんだよ。
トキヤくんが私に誠実でいてくれているのがわかるから、私は絶対にトキヤくんのアイドルのお仕事の足かせになっちゃいけない。
それもわかっているから。
けど。
…時々は、トキヤくんと将来を誓い合う妄想くらいは、私もしてもいいよね。
だから、画面の向こうで笑う彼を、今はただ応援するファンの1人でいよう。
そして番組も見終わってお茶を飲みながら一息ついていると、ふとスマホが震えた。
(……あ。)
ディスプレイの名前を見て、すぐにタップをする。
トキヤくんからのメッセージだった。
『お疲れ様です、仕事は終わりましたか?』
ー…トキヤくんの方が疲れているだろうに、いつも私を気遣ってくれるこの優しいところはお付き合いを始めた数年前からずっと変わらない。
疲れた心と身体に染み渡るくらいに暖かくて、思わず口元が緩みそうになる。
体に染み付いたお仕事モードが解けて、作曲家から普通の女の子の自分に戻る瞬間だ。
(ありがとう、終わったよ。トキヤくんは?…っと。)
ー…今日は久しぶりにデートの約束がある。
いつも通りにお家デートだけど、少しでも同じ時間を共有できれば今はそれでいい。
返信をして、さて何をして過ごそうかと、私は早くもこれからのデートに思いを馳せた。
2人でご飯を食べて、お互いの近況や仕事の話をして過ごす…それがここしばらくの習慣だった。
学園を卒業しデビューしてから住み続けた寮は、本当はもうすぐ後輩たちに譲って出ていかないといけない。
同じ寮にいてもここ最近はお互いに忙しくなり、作曲の話し合い以外では会えない日も増えたのに、別でマンションを借りたら余計に会うのが難しくなる。
社長の目をかい潜るのも大変だけど、寮内ならまだ行き来は楽。でも違うマンション同士で通うのはマスコミの網がある。
同じ部屋で同棲はまだ無理でも、いっそ同じマンションならまだ……と思っても、なかなか口に出せなかった。
そこまでしたら、なんだかもう私から結婚を匂わせているみたいで。
私はトキヤくんとそうなれたら嬉しいけどトキヤくんの気持ちもあるし、トキヤくんのファンやアイドルとしての立場を考えると尻込みする。
芸能界では今までも、こっそりと恋愛をしているアイドルやタレントが、マスコミ対策のために恋人と同じマンションに引っ越して部屋を行き来して、逆に熱愛がバレるのも何度か見てきた。
だからそれをやるなら、もう結婚も見据えて世間にバレる覚悟もしたほうがいいだろうと思う。けど。
(まだしばらくは無理だよねぇ。)
アイドルに熱愛発覚は致命的。
だから、私とトキヤくんのことは世間にはまだ秘密にしないといけない。
デビュー前の学園在学中からずっと付き合っていることが、今までバレなかったのが幸いだから。
…ふと、窓の外の景色に目を移してみる。
遠くの街のキラキラした眩しい光が見えて、さっきのバラエティーを思い出した。
綺麗な夜景の中でサプライズなプロポーズ。
それも劇的で憧れるけど。
ただ好きな人と手を繋いで街を歩いたり、向かい合って外で食事したりもしたい。
デビュー前後はまだ多少はしたけど、忙しくなってからは難しくなった。
ましてやトキヤくんは、HAYATO時代があるからその時から既に世間に顔と名前が知れ渡っている。
ただ周りを気にせず毎日一緒にいられたら。
今の時間もすごく楽しくて大切だけど、そんな普通のことがしたい。
それだけでいいんだけどな。
それが1番難しいんだよね。
と思ったところで返信の通知が震えた。
『もう少しで終わります。食事は摂りましたか?』
2人して休みで1日家にいるなら一緒にご飯を作れるけど、今日みたいに夜遅いパターンだとそれは難しい。
そういう時は帰りを待つ側が軽食を用意しておくのもいつもの流れだ。
もちろん一緒に食べたかったから食事はしていない、トキヤくんも同じく食べていないだろう。
毎回どんなご飯を作ろうかと考えるのも、楽しみのひとつ。
ストイックなトキヤくんはヘルシーかつ美味しい料理が得意なので、自然と私もそんな料理をするようになり、最近は腕が上がったと自負している。
でももっと料理ができるようにならないとな。
トキヤくんに美味しいご飯を作ってあげたいから。美味しいって食べてほしいから。
返信メッセージをポチポチと打って返したところで、そろそろご飯の支度を始めようと立ち上がった。
冷蔵庫を開けて、仕込んでおいた食材を取り出してあれこれと作業をしていると、ドアのベルが鳴った。
慌てて玄関に駆けてドアを開けた先にトキヤくんが立っていた。
久しぶりに会えた大好きな笑顔。
やっぱり今日もかっこいいなあと思いながら中に入るように促すと、トキヤくんはサッと滑り込んだ。
誰かに見られたら困るからね。
「トキヤくん、…おかえりなさい。久しぶりだね。」
「ええ、お久しぶりです。…ただいま。」
一緒に暮らす家ではないけど、会えば必ず交わす"おかえり"と"ただいま"で、ようやく私はひと心地がついた。
会うのは本当に久しぶりのことだったから、これでやっと本当に帰って来てくれたような気持ちになる。
「もうすぐ食事の支度が終わるから、先にシャワーを浴びて部屋着に着替えてきたら?ゆっくりしたいでしょ。」
「ありがとうございます、そうさせてもらいますね。」
トキヤくんの部屋にも私の部屋にも、お互いの専用の部屋着が置いてある。
いつものようにそれらを準備すると、トキヤくんはもう勝手知ったる我が家の脱衣所に入った。
その間に仕上げを済ませてお皿に料理を盛っていく。
今日は中華風の、野菜と鶏むね肉の団子の春雨スープだ。
テーブルに並べ終わったところでまだお風呂から上がってこないから、ふとリビングからベランダに出てみた。
都心は明かりが強すぎてあまり星が見えないけど、このベランダから見る空はポツポツと星が浮かんでいる。
なんとなく時間があると空を見上げて星を探すのが昔からの癖で、いつも自分の部屋のベランダでもトキヤくんの部屋のベランダでもよく眺めていた。
今夜も天気が良いからかいくつか光がキラキラと輝いていて嬉しくなった。
「また星を見ているのですか?風邪を引きますよ。」
いつの間に戻ったのか窓から顔を出したトキヤくんが、自分の大きめのカーディガンを私の肩にかけてくれた。
毎度おなじみな私の行動パターンはすっかり把握されているみたい。
「ありがと。ねえ、私の部屋より、トキヤくんの部屋のベランダのほうがよく見える気がしない?」
同じ建物なんだからそんなに変わるはずがないんだけど、気分的に。
けどトキヤくんは私のその気分的な感覚を否定せずに微笑んでくれた。
「かなでは本当に星が好きですね。」
「うーん、小さい頃からなんとなく、星が見えるのが当たり前な環境で育ってきたから。都会はあまり見えないのが寂しいから、少しでも見えるとつい見ちゃって。」
「それは相当に好きなのだと言う事でしょう。」
「そっか、じゃあ好きなんだろうね。」
いつでも傍にあって当たり前だったものが、傍にいなくなると寂しいのは好きなんだってこと。
学園時代に毎日教室で顔を合わせるのが当たり前だった頃、お互いの夢が叶うのがお互いの願いだったのに、いざ叶ったらなかなか会えない事が当たり前になってしまった。
それが寂しくて仕方ないのと同じだ。
「さ、また後でゆっくりと眺める事にして、そろそろ入りましょう。夜明けまでは星は逃げませんよ。」
「…うん。」
そうだね、今夜はずっと一緒だから、ゆっくりと見る時間があるもんね。
夜が明けたらまた会えない日々が続くけど……それまではずっと一緒だから。
トキヤくんに促されて、私はカーディガンの前を手で合わせながら中へ入った。
ここからは幸せな恋人の時間だ。
さてご飯を食べながらどんな話をしようか。
さっき観たバラエティーの話でも振ろうかと思ったけど…なんとなく、結婚やプロポーズの話を意識してしまって話しづらかったから、やっぱりやめて今日1日で作った曲の話にした。
せっかくのデートだから仕事にならないように気をつけながら、ね。
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