(甘)夢見月 花守人の 思ひ初め
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いま知り合ったばかりの女性にこのような感情を持つのはどうなのだろうか?
いやそんなことはもうどうでもいい。
そんなことはもうなんの関係もないと今しがた彼女本人から教わり、自分でも納得したではないか。
人を慕うのに時は関係ない。
アイドルに女性の影があるのは良いことではないかもしれない。
また、俺のまだ不確定な夢と人生に彼女を道連れにし、振り回すことになるかもしれない。
それでも。
芽生えた新しい想いはとても尊いものだ。
この想いを二人で育て、共に歩んでいけば⋯⋯俺とかなで嬢ならばうまくやっていけるような気がした。
安泰な人生の幸せは約束できなくても、愛情に溢れた幸せな人生は必ず保証できる。
「⋯綾瀬のご当主に本当にご納得していただけるだろうか?」
「必ず説得いたします。もし話しても納得していただけないのであれば、私も綾瀬の人間では無くなる覚悟はできています。」
「それは⋯。」
「なにぶん、私は世間知らずなので真斗様のご負担も増えるかと存じますが、どんな生き方になろうとも学んで身につけて行きます。」
「そこまで⋯⋯考えてくれるのか。」
「はい。」
綾瀬の家に生まれ、綾瀬の家のために生きろと育てられてきたかなで嬢は、恐らく外の生き方を知らない。
それは俺も同じなので不安もないはずがないだろうに⋯それでも俺の夢を尊重し、自分の気持ちも大事にして俺についていくと言ってくれているのか。
あまりにまっすぐな決意に、それを否定も肯定もできず黙ってしまった俺に、不安げな色の瞳が向けられる。
「⋯定められた生き方以外を知らない、綾瀬の人間ではなくなる私は、やはり真斗様にとっては何の魅力も感じない人間でしょうか⋯?」
「そんなことはない⋯っ!」
否定したいがためにやや語気を荒くしてしまったが、溢れ出る感情をそのままに言葉を続ける。
「俺は自分の婚約者がかなで嬢である事をとても嬉しく思っている。だがそれは、あなたが綾瀬財閥のご令嬢だからではないとはっきりと断言する。」
「⋯っ」
「こうして直接顔を合わせて話をしてみて、あなたの人間性や考え方にとても感銘を受けた。このまま将来婚姻を結び、夫婦として共に手を取り歩んでいけたならきっと幸せだろうと思う。あなたが綾瀬家と関係のない人間になったとしても、この気持ちは変わらない。」
「⋯真斗様⋯⋯。」
「⋯⋯だが、俺のせいでかなで嬢が生まれ育った家を捨てる事になるのは、できれば俺は避けたい。家族と決別し帰る家を失うのはとても悲しいだろう。」
「⋯⋯⋯。」
俺の言葉にかなで嬢は悲しげに俯いた。
俺についていく決意は固められても、家族と縁を切る覚悟は容易にはできるはずがない。
俺とて父上に勘当されるのは覚悟の上でも、真衣や母上とまで別れるのはとても悲しい。
かなで嬢の気持ちと覚悟は嬉しく感じる一方、同じ思いをさせたくはないのだ。
かなで嬢は恐らく、とても素敵な家族と良好な関係を築いて生きてきたのだろうから⋯決別はとても身を切られるようにつらいだろう。
俺は正直に⋯⋯はっきりと、かなで嬢に恋慕の情を抱いてしまった。
それは俺にとって初めて芽生えた恋で⋯初めて好意を寄せ愛しく想う女性をそのような目に遭わせたくはない。
天女は羽衣を奪えば、空へは帰れなくなり無理矢理でも生涯傍に置くことは容易だ。
桜も気に入った枝を手折れば別の場所でも傍で根ざさせることもできる。
だが俺はその手段は選ばない。
彼女を得るために彼女の何かを奪う形では決して愛さない。
置かれた場所で咲くことを受け入れている彼女と、受け入れなかった俺。
共に希望を叶えて添うためには。
「⋯⋯かなで嬢。」
「は、はい。」
⋯⋯強い想いを込めてかなで嬢を見つめると、彼女もまっすぐな眼差しで俺を見上げ、見つめてきた。
心は通い合い、互いだけを胸の中に存在させていると確信できるほど、今この世界は俺たちを包んでいる。
日本男児として誓いを立てるならば今だ。
「俺は必ず夢を叶える。そしてどれだけ時間はかかっても、父上も周囲も綾瀬財閥のご当主も、誰もが納得する歌を歌うアイドルになってみせる。絶対にすべて叶え、自分の家のこともきちんとする。だから⋯かなで嬢、生涯俺を信じてついてきてもらえないだろうか。」
「⋯っ⋯それ、は⋯⋯。」
「求婚⋯⋯プロポーズととっていただいて構わない。俺はあなたを好きになってしまった。だからあなたと共に寄り添い生きていきたい。綾瀬家が縁談を持ちかけたのが神宮寺財閥ではなくて良かったと心から思う。⋯これが俺の素直な気持ちだ。」
「⋯っ!!」
わがままで欲張りかもしれない。
だが絶対に叶えたい。
夢も恋も手に入れ、家のことも解決する。
かなで嬢に家を捨てさせない形で、できれば俺の父上にも納得していただいて、皆に祝福されて2人で結ばれて生きていきたい。
これほど欲しいもので心が溢れたのも、衝動に突き動かされたのも、情熱が湧き起こって止まらないのも歌以外では初めてだ。
それらはすべてたった1人の女性から与えられたものだ。
俺という1人の男を、このような人間に変えてくれたたった1人の女性。
始まりは家により決められた政略的な婚約。
だが、ここから恋を始めていく。
気持ちを寄り添わせ想いを深めれば、結果的に恋愛結婚にもなり得る。
こんな運命の出会いがあっても良いのではないか。
彼女と出会う運命が神宮寺ではなく俺に繋がっていて本当に良かった。
「知り合って短時間であなたを好きだと言うのは可笑しい話だろうか?」
「⋯いえ、ちっとも可笑しくありません。だって⋯」
かなで嬢は泣きそうな顔で笑い、俺を見上げた。
「私なんて、幼い頃のあの一瞬で一目惚れでしたもの。それから今日改めて出会ったあなた様の紳士な御心遣いに、私はすっかり心を奪われてしまいました。」
(⋯ああ、そうか。)
神宮寺と共に助け出したにも関わらず、俺の話ばかりをご当主にしたのも⋯⋯
婚約が決まった時に、そのまま話を進めて黙って結婚すれば自分の想いは叶うのに⋯⋯⋯自分の気持ちより俺の負担を慮って悩んでいたのも。
そこには既に彼女の想いが添っていたからか。
もしも俺から正式に婚約破棄を申し入れていたなら、かなで嬢は俺を尊重し、黙って身を引く気でいたのだな。
自分の心に背いてでも。
「真斗様。私は本当はあなた様に婚約話を断られる事を密かに恐れてもいました。本音は私を気に入っていただきたくて⋯ですから今日聖川家に赴き、いよいよ現実を突きつけられるのが怖くて一人逃げ出してしまいました。」
「それで一人でここにいたのか。」
「⋯はい。一人で観光がしたかったのも事実ですけれど。⋯⋯私は、あなた様が好きです。私もまた真斗様をこの短時間でより好きになってしまいました。ですから、どうか真斗様の人生に添い遂げさせてください。どんな人生でもついて参ります。」
「かなで嬢を気に入らない事になど、なるわけがない。例え違う出会い方をしていたとしても、俺は必ずあなたを好きになっただろう。⋯⋯これからどうか、よろしく頼む。俺がどんな道を歩むかを一番傍で見ていて欲しい。必ず最善の形で幸せな人生に導いてみせる。」
「はい⋯!」
その時ヒュッと強めの風が吹きかなで嬢の前髪が舞うと形の綺麗な額が現れ、より顔がはっきりと見えた。
彼女が一瞬目を瞑ってすぐ風がおさまると先ほどまで横に流していた前髪は少し乱れて目にかかった。
まぶたを開いた瞳とかち合うと、脳裏に古びた記憶が蘇った。
⋯⋯今日のような桜色の着物を着た小さな少女が、俯いて前髪がかかった目で俺に視線を移した。
彼女の緊張を解そうと話しかけている神宮寺の背中に隠れていた俺は、名前を聞かれ戸惑っている様子の少女のその大きな瞳に一瞬吸い寄せられそうになった。
先ほどまで見知らぬあらゆる年齢のご子息たちに囲まれていたのだ、名乗るのにまだ不安が残っているのも仕方がない。
どうやら囲まれているうちに家の者とはぐれたらしい。
慣れぬ社交場で知り合いもおらずどうしたものか困っているのが伺えた。
いつものようにパーティーを抜け出して庭の隅で遊んでいた俺たちは2人とも、彼女が周囲に紹介される場面を見ていなかったため、彼女の名前もどこのご令嬢かも知らなかった。
割と社交的で他人の心を掴む術を心得ている神宮寺相手にも緊張しているのを感じ、男よりも女性が相手のほうがいいだろうと思い、俺は神宮寺に声をかけ、さりげなく話題をそらして奴を彼女から離し、2人でその場を離れた。
神宮寺もすぐに俺の意図と彼女の様子に気づいたようで素直についてきた。
近くにいた給仕の女性に事情を話して女性が彼女に声をかけ、大人たちの輪の中に戻るのを遠目に見届けて。
『お前が女の子を気にかけるなんて珍しいな。すごく可愛らしい子羊ちゃんだったからかな?』
当時は年上の兄のように思ってついて回っていたあの男にそうからかわれ、とても恥ずかしかった。
確かに、パーティーに出てもずっと神宮寺といて他のご令嬢たちに目を移したことはこれまで無かったのに⋯⋯⋯間近で見た彼女のことはとても可愛い少女だと密かに思ったのは図星だったからだ。
夜の屋外で前髪で隠れはっきりとは顔は見えなかったが、それでも惹きつけられる引力のある綺麗な瞳だった。
『それにしても今まで見かけなかったけど、どこのご令嬢だろうね。不躾な子息たちに狙われていたから、かなり名のある家のお嬢さんなんだろうけど。やっぱり名前くらい聞けば良かったか。⋯まあ、今夜がデビューならまたどこかしらのパーティーで会うこともあるか。』
神宮寺がそう言って振り返った時、つられて振り返っても歓談する大人たちの中にその少女の姿はもうなかった。
どこかに紛れたか、もう帰ってしまったのかもしれない。
その日、招待されたパーティーを開催した財閥の御屋敷は、広大な庭に並ぶ樹齢数十年というソメイヨシノの並木が自慢の家で
野外に設定された立食形式の社交場には、贅を尽くしてライトアップされた夜桜のチラチラと舞う薄いピンク色の花びらが大層美しかった。
だがその後、どのパーティーに行ってもその少女と再会することはなかったので、あれは桜が見せた幻想的な夜の幻だったのかとすら幼心に思った。
「⋯⋯っ⋯」
記憶の奥底にしまい込んで忘れてしまっていたその風景をふと思い出した時、あの少女と目の前の女性が重なる。
前髪がかかった同じ大きな瞳がじっと俺を見つめてきた時⋯⋯やはりあの桜の精霊は幻などではなく、もう一度俺の目の前に現れてくれたのかと実感した。
「⋯真斗様?どうかなさいましたか?」
「⋯ああ、いや⋯⋯。」
懐かしさについぼんやりしてしまった俺に、指先で前髪を直しながら首を傾げたかなで嬢に⋯⋯今しがた思い出したことを話して答え合わせをしてみようかと考えた。
あの少女がかなで嬢だったなら、俺が思い出したことを喜んでくれるかもしれない。
そうしたら、また花が満開に咲いたような笑顔をきっと見せてくれるだろう。
(⋯⋯そうだ。お祖母さまからいただいたあの指輪も、かなで嬢ならばきっと似合う。)
いつか大事な人が現れたら渡しなさい、と祖母から授かったあの指輪を⋯⋯本当に渡したいと思える女性と巡り会えた奇跡を、きっと祖母も喜んでくださる。
かなで嬢にも祖母の指輪の逸話を話したい。
まだまだ話したいことがたくさんある。
ご自分の祖母君のかんざしを大事にしている彼女なら、俺の祖母の指輪の話も大事に聞いてくれるだろう。
それを渡したら、きっと同じように大事に受け取ってくれる。
ゆっくりといろんな話をして、もっと互いを知り、絆を深めていきたい。
その前に、皆の前で正式な婚約を。
「⋯そろそろ時間だ、共に屋敷に赴こう。案内する。」
「はい、ご一緒いたします。」
2人で屋敷に帰ったら、きっと俺を心配しているはずのじぃも他の皆も驚くだろうな。
このまま婚約の話を進めたい旨と⋯⋯俺の夢の話もきちんとして、お許しをいただけるまで2人で説得をしよう。
彼女とならばきっと大丈夫だ。
ふっと穏やかに微笑んだかなで嬢を改めて見つめると、何度も頭を下げたからかそれとも先ほどの風のせいか、かんざしが少し緩んで落ちかけているのが見えた。
手探りで挿したので不安定だったのだろう。
このままではまた落としてしまう。
「かなで嬢、少し失礼する。」
「は、はい?」
少しだけ距離を近づけて手を差し伸べると、そっとかんざしに触れて柔らかな髪に挿し直した。
これが川に落ちたおかげで思い出になる出会い方になった⋯だがもう彼女が悲しまないよう二度と、絶対に落ちることがないようにと祈りを込めて手を離せば、すぐ側に恥ずかしそうに赤らんだ彼女の顔があり、あまりの近さに仰け反りそうになった。
「す、すまない⋯!許可もなく近づいて髪に触れるなど⋯っ⋯かんざしが抜けかけていたので⋯っ⋯!」
「い、いえ⋯っ⋯有難う、ございま、す⋯。」
互いに異性に慣れていないのが丸わかりで、距離を近づけるにはまだまだ時間もかかりそうだが⋯⋯。
⋯⋯大丈夫だ、俺たちには長すぎるくらい長い時間がこれから先も続いているのだから。
「⋯い、行こう。」
「は、はい⋯⋯。」
照れ隠しに背を向けた俺のあとを、かなで嬢がまたついて歩いてくる。
少々気まずい空気を先に破ったのは彼女のほうだ。
また気遣わせてしまった。
「⋯⋯そ、そういえば。昨年から早乙女学園に通っていらしたのなら、この1年間は東京にいらっしゃったのですね。」
「あ、ああ⋯学園の寮に住んでいる。今日は久方ぶりの帰省になる。」
「もしや、休日に都内のどこかで知らずにすれ違っていたかもしれませんね。」
「その可能性は⋯⋯十分にあるな。そう考えると不思議なものだ。」
「⋯⋯⋯私、アイドルの妻も務まるように精一杯に励みます。」
振り返ってみると俺の少し後ろを歩きながらそう意気込み笑った彼女は、桜の精霊のように美しかった。
これはたびたび振り返りながら見るのは勿体ない⋯⋯と
俺はわざと歩みを遅らせて、歩幅を合わせてゆっくりとかなで嬢の隣に並んだのだった。
妻に夫の3歩後ろを歩かせるより、こうして隣にいてくれたほうが俺は良い。
互いに顔を見て話しながら歩きたい。
こうして並んで歩き、慈しみ合いながら生きていけるのならば
きっかけはどうであれ、俺たちは恋愛結婚だと断言できるのではないだろうか。
屋敷に戻ると、先に着いていた綾瀬家のご当主と共に案の定心配で寿命が縮まる思いをしていたらしい藤川は、並んで立つ俺たちに大層驚いたあと⋯
心配をかけたことを2人で揃って謝罪をする様子を見て、心底安堵したように微笑んだ。
夢見月
花守人の
思ひ初め
(桜咲く3月、花愛でるように恋が始まる)
おわり
2026.03.09
家に決められた婚約者との初恋から始まる恋物語でした、お読みくださりありがとうございました!
タイトルはなんとなくニュアンスで⋯和風なタイトルにしたくて古語をあれこれ調べ、俳句調にしました。
夢見月、花守人の、思ひ初(そ)め
桜は古語で別名「夢見草」、それが咲く3月を「夢見月」と呼ぶそうで
花見を楽しむ人を「花守」、初恋は「思ひ初め」
花見=綺麗な女性(花)を愛でる
⋯と、ここまで調べて並べてみました。
ニュアンスなので語順とか季語とかめちゃくちゃです。
なんとなく、物語の雰囲気が伝わったら良いなと思います。
ご感想どしどしお待ちしております、よろしくお願い致します!
いやそんなことはもうどうでもいい。
そんなことはもうなんの関係もないと今しがた彼女本人から教わり、自分でも納得したではないか。
人を慕うのに時は関係ない。
アイドルに女性の影があるのは良いことではないかもしれない。
また、俺のまだ不確定な夢と人生に彼女を道連れにし、振り回すことになるかもしれない。
それでも。
芽生えた新しい想いはとても尊いものだ。
この想いを二人で育て、共に歩んでいけば⋯⋯俺とかなで嬢ならばうまくやっていけるような気がした。
安泰な人生の幸せは約束できなくても、愛情に溢れた幸せな人生は必ず保証できる。
「⋯綾瀬のご当主に本当にご納得していただけるだろうか?」
「必ず説得いたします。もし話しても納得していただけないのであれば、私も綾瀬の人間では無くなる覚悟はできています。」
「それは⋯。」
「なにぶん、私は世間知らずなので真斗様のご負担も増えるかと存じますが、どんな生き方になろうとも学んで身につけて行きます。」
「そこまで⋯⋯考えてくれるのか。」
「はい。」
綾瀬の家に生まれ、綾瀬の家のために生きろと育てられてきたかなで嬢は、恐らく外の生き方を知らない。
それは俺も同じなので不安もないはずがないだろうに⋯それでも俺の夢を尊重し、自分の気持ちも大事にして俺についていくと言ってくれているのか。
あまりにまっすぐな決意に、それを否定も肯定もできず黙ってしまった俺に、不安げな色の瞳が向けられる。
「⋯定められた生き方以外を知らない、綾瀬の人間ではなくなる私は、やはり真斗様にとっては何の魅力も感じない人間でしょうか⋯?」
「そんなことはない⋯っ!」
否定したいがためにやや語気を荒くしてしまったが、溢れ出る感情をそのままに言葉を続ける。
「俺は自分の婚約者がかなで嬢である事をとても嬉しく思っている。だがそれは、あなたが綾瀬財閥のご令嬢だからではないとはっきりと断言する。」
「⋯っ」
「こうして直接顔を合わせて話をしてみて、あなたの人間性や考え方にとても感銘を受けた。このまま将来婚姻を結び、夫婦として共に手を取り歩んでいけたならきっと幸せだろうと思う。あなたが綾瀬家と関係のない人間になったとしても、この気持ちは変わらない。」
「⋯真斗様⋯⋯。」
「⋯⋯だが、俺のせいでかなで嬢が生まれ育った家を捨てる事になるのは、できれば俺は避けたい。家族と決別し帰る家を失うのはとても悲しいだろう。」
「⋯⋯⋯。」
俺の言葉にかなで嬢は悲しげに俯いた。
俺についていく決意は固められても、家族と縁を切る覚悟は容易にはできるはずがない。
俺とて父上に勘当されるのは覚悟の上でも、真衣や母上とまで別れるのはとても悲しい。
かなで嬢の気持ちと覚悟は嬉しく感じる一方、同じ思いをさせたくはないのだ。
かなで嬢は恐らく、とても素敵な家族と良好な関係を築いて生きてきたのだろうから⋯決別はとても身を切られるようにつらいだろう。
俺は正直に⋯⋯はっきりと、かなで嬢に恋慕の情を抱いてしまった。
それは俺にとって初めて芽生えた恋で⋯初めて好意を寄せ愛しく想う女性をそのような目に遭わせたくはない。
天女は羽衣を奪えば、空へは帰れなくなり無理矢理でも生涯傍に置くことは容易だ。
桜も気に入った枝を手折れば別の場所でも傍で根ざさせることもできる。
だが俺はその手段は選ばない。
彼女を得るために彼女の何かを奪う形では決して愛さない。
置かれた場所で咲くことを受け入れている彼女と、受け入れなかった俺。
共に希望を叶えて添うためには。
「⋯⋯かなで嬢。」
「は、はい。」
⋯⋯強い想いを込めてかなで嬢を見つめると、彼女もまっすぐな眼差しで俺を見上げ、見つめてきた。
心は通い合い、互いだけを胸の中に存在させていると確信できるほど、今この世界は俺たちを包んでいる。
日本男児として誓いを立てるならば今だ。
「俺は必ず夢を叶える。そしてどれだけ時間はかかっても、父上も周囲も綾瀬財閥のご当主も、誰もが納得する歌を歌うアイドルになってみせる。絶対にすべて叶え、自分の家のこともきちんとする。だから⋯かなで嬢、生涯俺を信じてついてきてもらえないだろうか。」
「⋯っ⋯それ、は⋯⋯。」
「求婚⋯⋯プロポーズととっていただいて構わない。俺はあなたを好きになってしまった。だからあなたと共に寄り添い生きていきたい。綾瀬家が縁談を持ちかけたのが神宮寺財閥ではなくて良かったと心から思う。⋯これが俺の素直な気持ちだ。」
「⋯っ!!」
わがままで欲張りかもしれない。
だが絶対に叶えたい。
夢も恋も手に入れ、家のことも解決する。
かなで嬢に家を捨てさせない形で、できれば俺の父上にも納得していただいて、皆に祝福されて2人で結ばれて生きていきたい。
これほど欲しいもので心が溢れたのも、衝動に突き動かされたのも、情熱が湧き起こって止まらないのも歌以外では初めてだ。
それらはすべてたった1人の女性から与えられたものだ。
俺という1人の男を、このような人間に変えてくれたたった1人の女性。
始まりは家により決められた政略的な婚約。
だが、ここから恋を始めていく。
気持ちを寄り添わせ想いを深めれば、結果的に恋愛結婚にもなり得る。
こんな運命の出会いがあっても良いのではないか。
彼女と出会う運命が神宮寺ではなく俺に繋がっていて本当に良かった。
「知り合って短時間であなたを好きだと言うのは可笑しい話だろうか?」
「⋯いえ、ちっとも可笑しくありません。だって⋯」
かなで嬢は泣きそうな顔で笑い、俺を見上げた。
「私なんて、幼い頃のあの一瞬で一目惚れでしたもの。それから今日改めて出会ったあなた様の紳士な御心遣いに、私はすっかり心を奪われてしまいました。」
(⋯ああ、そうか。)
神宮寺と共に助け出したにも関わらず、俺の話ばかりをご当主にしたのも⋯⋯
婚約が決まった時に、そのまま話を進めて黙って結婚すれば自分の想いは叶うのに⋯⋯⋯自分の気持ちより俺の負担を慮って悩んでいたのも。
そこには既に彼女の想いが添っていたからか。
もしも俺から正式に婚約破棄を申し入れていたなら、かなで嬢は俺を尊重し、黙って身を引く気でいたのだな。
自分の心に背いてでも。
「真斗様。私は本当はあなた様に婚約話を断られる事を密かに恐れてもいました。本音は私を気に入っていただきたくて⋯ですから今日聖川家に赴き、いよいよ現実を突きつけられるのが怖くて一人逃げ出してしまいました。」
「それで一人でここにいたのか。」
「⋯はい。一人で観光がしたかったのも事実ですけれど。⋯⋯私は、あなた様が好きです。私もまた真斗様をこの短時間でより好きになってしまいました。ですから、どうか真斗様の人生に添い遂げさせてください。どんな人生でもついて参ります。」
「かなで嬢を気に入らない事になど、なるわけがない。例え違う出会い方をしていたとしても、俺は必ずあなたを好きになっただろう。⋯⋯これからどうか、よろしく頼む。俺がどんな道を歩むかを一番傍で見ていて欲しい。必ず最善の形で幸せな人生に導いてみせる。」
「はい⋯!」
その時ヒュッと強めの風が吹きかなで嬢の前髪が舞うと形の綺麗な額が現れ、より顔がはっきりと見えた。
彼女が一瞬目を瞑ってすぐ風がおさまると先ほどまで横に流していた前髪は少し乱れて目にかかった。
まぶたを開いた瞳とかち合うと、脳裏に古びた記憶が蘇った。
⋯⋯今日のような桜色の着物を着た小さな少女が、俯いて前髪がかかった目で俺に視線を移した。
彼女の緊張を解そうと話しかけている神宮寺の背中に隠れていた俺は、名前を聞かれ戸惑っている様子の少女のその大きな瞳に一瞬吸い寄せられそうになった。
先ほどまで見知らぬあらゆる年齢のご子息たちに囲まれていたのだ、名乗るのにまだ不安が残っているのも仕方がない。
どうやら囲まれているうちに家の者とはぐれたらしい。
慣れぬ社交場で知り合いもおらずどうしたものか困っているのが伺えた。
いつものようにパーティーを抜け出して庭の隅で遊んでいた俺たちは2人とも、彼女が周囲に紹介される場面を見ていなかったため、彼女の名前もどこのご令嬢かも知らなかった。
割と社交的で他人の心を掴む術を心得ている神宮寺相手にも緊張しているのを感じ、男よりも女性が相手のほうがいいだろうと思い、俺は神宮寺に声をかけ、さりげなく話題をそらして奴を彼女から離し、2人でその場を離れた。
神宮寺もすぐに俺の意図と彼女の様子に気づいたようで素直についてきた。
近くにいた給仕の女性に事情を話して女性が彼女に声をかけ、大人たちの輪の中に戻るのを遠目に見届けて。
『お前が女の子を気にかけるなんて珍しいな。すごく可愛らしい子羊ちゃんだったからかな?』
当時は年上の兄のように思ってついて回っていたあの男にそうからかわれ、とても恥ずかしかった。
確かに、パーティーに出てもずっと神宮寺といて他のご令嬢たちに目を移したことはこれまで無かったのに⋯⋯⋯間近で見た彼女のことはとても可愛い少女だと密かに思ったのは図星だったからだ。
夜の屋外で前髪で隠れはっきりとは顔は見えなかったが、それでも惹きつけられる引力のある綺麗な瞳だった。
『それにしても今まで見かけなかったけど、どこのご令嬢だろうね。不躾な子息たちに狙われていたから、かなり名のある家のお嬢さんなんだろうけど。やっぱり名前くらい聞けば良かったか。⋯まあ、今夜がデビューならまたどこかしらのパーティーで会うこともあるか。』
神宮寺がそう言って振り返った時、つられて振り返っても歓談する大人たちの中にその少女の姿はもうなかった。
どこかに紛れたか、もう帰ってしまったのかもしれない。
その日、招待されたパーティーを開催した財閥の御屋敷は、広大な庭に並ぶ樹齢数十年というソメイヨシノの並木が自慢の家で
野外に設定された立食形式の社交場には、贅を尽くしてライトアップされた夜桜のチラチラと舞う薄いピンク色の花びらが大層美しかった。
だがその後、どのパーティーに行ってもその少女と再会することはなかったので、あれは桜が見せた幻想的な夜の幻だったのかとすら幼心に思った。
「⋯⋯っ⋯」
記憶の奥底にしまい込んで忘れてしまっていたその風景をふと思い出した時、あの少女と目の前の女性が重なる。
前髪がかかった同じ大きな瞳がじっと俺を見つめてきた時⋯⋯やはりあの桜の精霊は幻などではなく、もう一度俺の目の前に現れてくれたのかと実感した。
「⋯真斗様?どうかなさいましたか?」
「⋯ああ、いや⋯⋯。」
懐かしさについぼんやりしてしまった俺に、指先で前髪を直しながら首を傾げたかなで嬢に⋯⋯今しがた思い出したことを話して答え合わせをしてみようかと考えた。
あの少女がかなで嬢だったなら、俺が思い出したことを喜んでくれるかもしれない。
そうしたら、また花が満開に咲いたような笑顔をきっと見せてくれるだろう。
(⋯⋯そうだ。お祖母さまからいただいたあの指輪も、かなで嬢ならばきっと似合う。)
いつか大事な人が現れたら渡しなさい、と祖母から授かったあの指輪を⋯⋯本当に渡したいと思える女性と巡り会えた奇跡を、きっと祖母も喜んでくださる。
かなで嬢にも祖母の指輪の逸話を話したい。
まだまだ話したいことがたくさんある。
ご自分の祖母君のかんざしを大事にしている彼女なら、俺の祖母の指輪の話も大事に聞いてくれるだろう。
それを渡したら、きっと同じように大事に受け取ってくれる。
ゆっくりといろんな話をして、もっと互いを知り、絆を深めていきたい。
その前に、皆の前で正式な婚約を。
「⋯そろそろ時間だ、共に屋敷に赴こう。案内する。」
「はい、ご一緒いたします。」
2人で屋敷に帰ったら、きっと俺を心配しているはずのじぃも他の皆も驚くだろうな。
このまま婚約の話を進めたい旨と⋯⋯俺の夢の話もきちんとして、お許しをいただけるまで2人で説得をしよう。
彼女とならばきっと大丈夫だ。
ふっと穏やかに微笑んだかなで嬢を改めて見つめると、何度も頭を下げたからかそれとも先ほどの風のせいか、かんざしが少し緩んで落ちかけているのが見えた。
手探りで挿したので不安定だったのだろう。
このままではまた落としてしまう。
「かなで嬢、少し失礼する。」
「は、はい?」
少しだけ距離を近づけて手を差し伸べると、そっとかんざしに触れて柔らかな髪に挿し直した。
これが川に落ちたおかげで思い出になる出会い方になった⋯だがもう彼女が悲しまないよう二度と、絶対に落ちることがないようにと祈りを込めて手を離せば、すぐ側に恥ずかしそうに赤らんだ彼女の顔があり、あまりの近さに仰け反りそうになった。
「す、すまない⋯!許可もなく近づいて髪に触れるなど⋯っ⋯かんざしが抜けかけていたので⋯っ⋯!」
「い、いえ⋯っ⋯有難う、ございま、す⋯。」
互いに異性に慣れていないのが丸わかりで、距離を近づけるにはまだまだ時間もかかりそうだが⋯⋯。
⋯⋯大丈夫だ、俺たちには長すぎるくらい長い時間がこれから先も続いているのだから。
「⋯い、行こう。」
「は、はい⋯⋯。」
照れ隠しに背を向けた俺のあとを、かなで嬢がまたついて歩いてくる。
少々気まずい空気を先に破ったのは彼女のほうだ。
また気遣わせてしまった。
「⋯⋯そ、そういえば。昨年から早乙女学園に通っていらしたのなら、この1年間は東京にいらっしゃったのですね。」
「あ、ああ⋯学園の寮に住んでいる。今日は久方ぶりの帰省になる。」
「もしや、休日に都内のどこかで知らずにすれ違っていたかもしれませんね。」
「その可能性は⋯⋯十分にあるな。そう考えると不思議なものだ。」
「⋯⋯⋯私、アイドルの妻も務まるように精一杯に励みます。」
振り返ってみると俺の少し後ろを歩きながらそう意気込み笑った彼女は、桜の精霊のように美しかった。
これはたびたび振り返りながら見るのは勿体ない⋯⋯と
俺はわざと歩みを遅らせて、歩幅を合わせてゆっくりとかなで嬢の隣に並んだのだった。
妻に夫の3歩後ろを歩かせるより、こうして隣にいてくれたほうが俺は良い。
互いに顔を見て話しながら歩きたい。
こうして並んで歩き、慈しみ合いながら生きていけるのならば
きっかけはどうであれ、俺たちは恋愛結婚だと断言できるのではないだろうか。
屋敷に戻ると、先に着いていた綾瀬家のご当主と共に案の定心配で寿命が縮まる思いをしていたらしい藤川は、並んで立つ俺たちに大層驚いたあと⋯
心配をかけたことを2人で揃って謝罪をする様子を見て、心底安堵したように微笑んだ。
夢見月
花守人の
思ひ初め
(桜咲く3月、花愛でるように恋が始まる)
おわり
2026.03.09
家に決められた婚約者との初恋から始まる恋物語でした、お読みくださりありがとうございました!
タイトルはなんとなくニュアンスで⋯和風なタイトルにしたくて古語をあれこれ調べ、俳句調にしました。
夢見月、花守人の、思ひ初(そ)め
桜は古語で別名「夢見草」、それが咲く3月を「夢見月」と呼ぶそうで
花見を楽しむ人を「花守」、初恋は「思ひ初め」
花見=綺麗な女性(花)を愛でる
⋯と、ここまで調べて並べてみました。
ニュアンスなので語順とか季語とかめちゃくちゃです。
なんとなく、物語の雰囲気が伝わったら良いなと思います。
ご感想どしどしお待ちしております、よろしくお願い致します!
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