迷子のお稲荷さん、キャラメルをどうぞ
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祝言を終え、家族は横浜に帰って行った。
名前は慣れない台所で食器を洗い、風呂に入り、寝室に向かう。襖を開けると既に布団は敷かれていて、心臓がドキリと跳ね上がる。夫婦なのだから、しかも今日は初夜なのだから、そういうことがあって当たり前だ。大丈夫、身を委ねれば良いだけ…拳をキュッと握り締め、一歩部屋の中に入った。
ふと見ると、〝楓さん〟がぼんやりと窓の外を眺めていた。月の光が優しく差し込み、彼を照らしている。黒い髪が白い肌をより美しく魅せた。
『お布団、敷いて頂いてありがとうございました…』
「あぁ、別にこのくらい…」
初めて聞いたその声と、自分を見つめる眼差しが妙に色気を帯びていてドキドキしてしまう。
『あの…私たち、前にどこかで会いましたか?』
「…覚えてねーのか」
『す、すみません…』
どうやら何処かで会ったらしいが、名前は覚えていなかった。戸惑っていると、〝楓さん〟は引き出しから何かを取り出し、名前の前に置いた。
キャラメルの箱だった。
それを見た途端、記憶がぐんぐんと名前の中に蘇ってくる。
『あっ…!!迷子のお稲荷さん…!!』
「は?」
『キャラメル!差し上げました!思い出しました!!』
キラキラと目を輝かせ興奮しながら話す名前を見て、〝楓さん〟はプッと吹き出す。
「思い出したか。俺は忘れたこと無かったのに」
『す、すみません。あれは夢だったのかと思っていて…』
スッと白い腕がのびてきて、バツが悪そうな名前の髪を長い指がサラリと撫でた。
「俺はあの日から、アンタと生きていくって決めたんだ。アンタとなら、苦労も楽しくなる気がする」
真剣さがヒシヒシと伝わるその美しい瞳に、名前が映る。そしてゆっくりと顔が近付き、唇が重なった。名前の瞳も自然に閉じられていた。
翌朝
まだ薄暗い中、名前は目を覚ました。見慣れない天井に戸惑ったが、横で眠る夫の姿を見て少しホッとする。
乱れた髪を整え、着崩れた着物を脱ぎ、もんぺに着替える。ふと、横浜の住所と〝名字 名前〟と書かれた名札が目に入った。
(…もう、違うもんね)
名前は名札を剥ぎ、新しい物を縫い付けた。そして、ペンで記入していく。
横須賀市……
流川 名前
あの日の出来事はやっぱり夢のようにしか思えない。もしかしたら、まだ化かされたままなのかもしれない。それでも良い。
昨夜、キャラメルより甘い幸せを知った。
この上無い幸せを教えてくれたから、私はあなたと生きていくと決めた。
今日からここが私の家で、あなたの姓を名乗り、あなたの帰りを待つ。
キャラメルが運んできた夢物語の中で、いつまでもあなたと生きていきたい。
そう思いながら新しい名札を縫い付け、名前はそっと台所へと向かった。
おわり
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