迷子のお稲荷さん、キャラメルをどうぞ
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昭和初期、横浜──
商店街にある時計屋の娘である名前は、父の遣いで修理が終わった時計をお客さんの家に持って行く途中だった。
大事な時計を風呂敷に包み、大事そうに抱えて歩く足取りは軽かった。なぜなら頂いたお代の一部で好きな物を買っても良いと言われているからだった。
買う物はもう決めている。キャラメルだ。自分も妹も大好きな、滅多にお目にかかれないキャラメルを買える分だけ買おう。名前の頭の中は甘くとろけるキャラメルのことでいっぱいだった。
お客さんに修理済みの時計を渡し、きっちりとお代を頂いた。そして迷う事なくお菓子屋さんに辿り着き、目当ての品を買った。箱を見ているだけで幸せな気持ちになる、このキャラメルという物を作った人は素晴らしいと満足気に空を見上げながら、名前は家路を急ぐ。その第一歩を踏み出した途端、名前の脚が地面に座り込む少年にぶつかってしまった。
『あっ…す、すみません…』
少年は名前と同じ歳の頃で、色白の肌にツンとつり上がった睫毛の長い目をしていた。近所の神社に祀られているお稲荷さんみたいだと名前は思った。
少年にジッと見つめられて困った名前は、隣りにしゃがみ込んで声を掛けた。
『…迷子、ですか?』
少年はハッとしたように目を開き、プイッと顔を逸らした。
「違う。父さんと逸れただけ」
『それを迷子って言うんじゃ…?』
もしかしてずっとこうして、父親が来るのを待っているのかもしれない…そう思った名前は、鞄の中からキャラメルを一箱取り出し、少年に差し出した。
『キャラメルは幸せな気持ちになります。どうかこれで少しでも気を紛らわせて下さい』
「…いいのか?」
『はい。まだ沢山ありますから』
にっこり微笑むと、少年はキャラメルの箱を手に取った。そして一粒取り出し、頬張る。
「甘い…」
『ふふっ…キャラメルですからね』
クスクスと笑っていると、遠くから何かを叫ぶ声が聞こえる。
「!!父さんだ」
『良かったですね。やっぱりキャラメルは人を幸せにする力があるのかな…』
少年は立ち上がり、くるりと振り返って名前を見た。
「じゃあな、名字 名前」
『えっ…何で名前…』
「鞄の名札、見えた」
フッと微笑み、少年は父の方へと駆けて行った。そして、あっという間に人混みの中へ消えていった。
ほんの数分の出来事だった。お菓子屋さんに入った時は彼の存在に全く気が付かなかったのに…。もしかしたら、お稲荷さんに化かされたのかもしれない…。でも確かに鞄の中のキャラメルは一箱減っている。不思議な体験だった。
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