魔法は君だけに
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廊下の時点で既にカレーのにおいがした。夕飯時ということもあり、堪らないにおいだった。
研究室のドアを開けると、既に色々な研究室の学生が鍋に群がり、思い思いにカレーを頬張っていた。
「あ、名字さん。いらっしゃい!早くしないと無くなっちゃうぞ」
『先輩、いつもありがとうございます。ご馳走になります』
先輩に一言挨拶し、私たちは大きな鍋が2つ並ぶテーブルの方へ向かった。私は決まって合い掛けにするため、まずは夏野菜のカレーにしようとおたまに手を伸ばす。すると、スッとおたまが別の誰かに取られ、顔を上げるとそこに立っていたのは1つ上の花形先輩だった。
花形先輩もこの研究室のメンバーで、カレーパーティーに参加するようになってからよく話すようになった。
「あっ…スマン。横取りしちゃったみたいで」
『いえいえ!お先にどうぞ!』
花形先輩は身長が2メートル近くあり、見上げなければ顔がしっかり見えない。学部生まではバスケ部でかなり活躍していたらしい。そんな彼が器にカレーをよそう姿が妙にチグハグで、思わず吹き出してしまった。
「な、何かおかしい?」
『すみません…いや、先輩がカレーをよそう姿が何か可愛くて…』
「…可愛いだなんて滅多に言われないなぁ」
困ったように眉を下げ、花形先輩は微笑んでいる。そして私の器をスッと取り、テキパキとカレーをよそってくれた。きっと日々の実験もこんな風にスマートにこなしてるんだろうな…とその手元に見惚れてしまう。
「はい。このくらいで良いかな」
『わ、すみません。ありがとうございます』
「…名字さんには、特別なの入れたから」
特別…?と思い、渡された器の中を見るが至って普通だった。しかし近くに立つ同級生の器の中をチラリと覗くと、その違いに顔が熱くなる。
『あ、あのっ…これっ…』
花形先輩は少し照れくさそうに、ただ何も言わず微笑んでいた。
(私のだけ……ハートのにんじん…)
どんな魔法を使ったのだろう…先輩は優秀だから何か特別な化学反応でも起こしたのだろうか。そう思える程、いつハートのにんじんを入れたのか全く気が付かなかった。
私は何も言えず、ただ器の中を見つめることしかできない。
「これが俺の気持ちだから、よく味わって食べてな。返事はそれからで良い」
花形先輩はそう言い残し、他の先輩たちの輪の中に入って行った。全身をビビビと何かが貫いた。
『…煙草、止めようかな』
「えっ!どういう風の吹き回し?」
『味覚を研ぎ澄ませなきゃ…』
先輩はやっぱり凄い。
また知らぬ間に魔法を使ったのではないだろうか。
私を変えてしまいそうな、恋の魔法を…。
ハートのにんじんは甘くて、柔らかくて、溶けるように無くなっていった。
私はもう、虜になっているのかもしれない。
おわり
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