野良犬漫遊記
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『今日で終わっちゃうのかぁ…』
誰もいない玄関ホールでポツリと呟いてみる。こんなに小さな声なのに、冷たく透き通る空気に遠くまで捉えられていく。
「何、しんみりしてんだよ」
気付けば三井先輩が背後に立っていた。どんな顔をして来るかと思えば、意外とスッキリしているようだった。
『え、早くない?ちゃんと伝えたいこと言えた?』
「んー、まぁアイツらにはそんなに言わなくても分かるだろ」
『ホントに良いの…?今日で終わりなんだよ?』
もう後悔して欲しくない一心で、私は三井先輩の顔を見上げた。
「お前さぁ、ホントおかしな奴だよな」
『えっ…だ、だって…』
あの日の泣く姿が、また私の中に映し出される。インターハイで負けた時も、赤木さんと木暮さんが先に引退した時も泣かなかったじゃない…。
「これからは、俺の時間を独り占めできるんだぜ?喜ぶトコだろ?」
三井先輩は私の手をギュッと握った。
「うわ、手冷てぇ!お前まさかずっとここで待ってたのかよ」
『…平気だよ、こんなの。私は中学生の頃から、ずっと待ってたんだから。やっとバスケに向き合ってくれて本当に嬉しかったの。だから…やっぱ寂しいなって思う』
三井先輩は顎の辺りをポリポリと指でなぞっている。キライだった傷跡も、今日は何だか愛おしく見える。
「俺が今日までやってこれたのは、名前のおかげだと思ってる。引退したら伝えようと思ってたことが山程あったんだけどよ…」
三井先輩は真っ直ぐに私の目を見つめる。
「遠くからでも分かるくらい寂しそうにしてる名前を見たら……言いたいこと、全部忘れちまった。ここまで想ってくれる彼女がいて俺は幸せ者だし、もうそれで良いじゃねーかって思った」
ニカッと歯を見せて笑う三井先輩は、MVPを獲ったあの頃よりもずっとずっと輝いて見えた。
「これからもずっと、俺の隣りにいてくれよな」
『…はい』
これからも、私がちゃんと見ていよう。
先輩がボールとリングを見失わないように。
後日
宮城くんの話では、あの日の三井先輩の挨拶は本当に一言だけだったらしい。けれどその内容を聞いて、私はまた先輩を好きになる。
「俺にバスケをさせてくれて、ありがとう」
おわり
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