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『藤真』
誰もいない教室に姿を現したのは、同じクラスの名前だった。
『何してんの?』
「いや、別に…」
名前はクラスの中では割と話す方の女子で、ハッキリとした物言いで付き合いやすい性格、という印象だ。何故この時間に教室にいるのかは謎だが、まあ何か忘れ物か、程度に藤真は考えていた。
『インターハイのこと考えてるでしょ』
名前の核心を突く発言に、藤真はびくりと反応してしまう。
「……俺、声に出してた?」
『ううん。夏の日差しが良い具合に当たって、王子度が増してたよ』
「じゃあ何で俺が考えてること分かるんだよ」
『……何でだろうね』
名前は藤真の前に立ち、同じく窓の外を眺めた。
『なんかさぁ、夢とか目標とか、そういうのって想像通りに叶っちゃうのってつまんないと思わない?』
「…想像通り、か」
『もちろん藤真が〝想像通り〟にするために物凄く努力したことは分かってるよ。でも叶うのは今じゃないってことなんじゃないかな』
「どういう意味だよ」
名前は白く長い指で、スッと窓の外を差した。
『見て、あの雲。どんどん大きくなってく』
見ると青く澄み渡る空に白い積乱雲がもくもくと浮かび、ぐんぐんと上にのびていった。
『あんな風に、叶えたいことは手が届きそうになるとどんどん先に行っちゃうんだよ。だから叶った時の喜びは大きい』
「お前は哲学者か何かなのか?俺にどうして欲しいんだよ」
ずっと窓の外に向いていた名前の顔が、藤真の方に向けられた。
『私、藤真の〝風〟になりたいの。叶えたいことに手が届くように、そっと背中を押してあげたい』
夏の夕陽が差し込み、名前の髪を透かす。少し汗ばんだ首元に、藤真は色香を感じた。
『そうやって閉じこもってるのは、らしくないよ。自信と誇りに満ちた〝あの藤真〟が見たい。だから冬の選抜、出たら良いと思う。藤真が流すべき涙は、まだ消えてないはずだよ』
言葉がすうっと心に染み込んできた。水流を塞ぎ止めていた大木が一気にグッと取り除かれたように、藤真の心には軽やかな水流が戻ってくる。
自分はずっと、あと一歩を踏み出す言葉を誰かに言って欲しかったのかもしれない。
「そうだよな……うん…俺、冬の選抜に出る」
『ほ、本当に?!』
名前は両手で口をおさえ、うるうると涙ぐんでいる。
「えっ…ちょ、何で泣いてんだよっ」
『…ごめ…あぁ、もう…グスッ…』
いつも勝気な名前が泣く姿を見て、藤真は抱き締めたくなる衝動に駆られた。
『あの…ね……私、藤真を説得できたら、言おうと思ってたことがあるの』
「…何だよ」
潤んだ瞳で名前は藤真を真っ直ぐ見つめる。
『私、ずっと藤真が好きだったの』
藤真の大きな目がさらに大きく開く。これまで何度か告白された経験はある。自分のどこが好きなのかさっぱり分からない人もいた。
でも名前は違う。
〝藤真健司〟という人間を理解し、その上で好きだと想ってくれている。
藤真はおもむろに窓を開けた。熱気とともに、汗を冷やす心地よい風が通った。
じっと座っているだけじゃ何も変わらない。
たまには風に吹かれてみるのも良いのかもしれない。
そう思った藤真は、名前の腕をグイと引き寄せ、抱き締めた。
『えっ…ふ、藤真…?』
「俺のこと、ちゃんと見てくれて嬉しい。俺もお前のこと、もっと知りたい」
風になびいて顔に掛かった名前の髪を、藤真はふわりと耳にかける。その優しげな眼差しを初めて見た名前は、本当にどこかの王子様なんじゃないかと思った。
『……王子度MAXじゃん』
「どんな度数なんだよ、それ」
ずっと描いてきた未来、そして新たに藤真の中に芽生えた名前との未来が、あの雲のようにぐんぐんと広がっていく。
歩き出そう。
君という風を感じながら。
おわり
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