Trigger
「公延さん、今日はお仕事どうでしたか?」
妻が食事時にいつも聞いてくるお決まりの質問だ。いつもなら、特に変わったことは無かった、と答えて終わるが今日は違う。「どうも何も今日すっごいキレイな人が来てさ!」なんて口が裂けても言えない。
あの人は愛する人とどんな話をするのだろう。
どんなキスをするのだろう。
どんな顔で抱いて欲しいとせがむのだろう。
誰にでも見せる営業スマイルでは無く、愛する人にしか見せない彼女を見てみたい…。俺はこんなことを考えながら、その晩、妻を抱いた。
それから数週間経ち、再び商談の日になった。この日をどんな気持ちで迎えたかなど、誰も知らないだろう。
会議室のドアノブに手を掛けガチャリと開けると、そこにはいつものおじさんがいた。期待していた物が一気に崩れ落ちた。あれはもしかしたら俺が生み出した幻だったのだろうか。
あっという間に商談が終わった。内容は一つも頭に入っていない。
「あぁそうだ木暮さん、先日の代理の者からこれを渡すように言われましてね。重要な確認事項だそうです」
渡されたのはアイロンをかけたように皺一つない、きっちりと閉じられた便箋だった。
おじさんが帰った後、一人会議室で封を開けてみた。
『本日19時、下記の場所で待っています』
扉を開けるとまた次の扉が立ちはだかる。この出会いがただの偶然ではなく運命だったと言える日まで、俺はひたすら扉を開け続けなければならないのかもしれない。
いっそ連れ去って欲しい。
知ってはいけない世界へ。
おわり
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