初恋が染まる日


あの頃も大人になるのは大変そうや、と何となく思っていた。

北野さんの解任と、それを取り戻すためにガムシャラだった日々、エースキラー、大学受験、就職活動、目が回るような今の生活…。

想像した以上に、大人というものはずっとずっと大変だった。そして、気が付けばもう28歳になっていた。


南は、あの頃彼女と座っていたベンチに腰掛けてみた。

ここから見える景色も随分変わってしまった。
しかし、確かにこの場所で彼女と幸せな時間を過ごしていたのだ。


「愛してる」


と呟いてみると、あの頃よりもっと意味の分かる言葉になっていた。

彼女への想いに溢れ、何も怖くなかったあの頃の自分を思い出すと、フッと気持ちが軽くなった。もうええわ、なるようになるやろ、と思えた。


ふわりと風が吹いた。

どこからか、桜の花びらが舞ってきた。

爽やかな青空に、薄い桜色がよく映えていた。久しぶりに何かを見てキレイだと思った。雪が溶け切って乾いた心を、春の太陽が照らす。


しばらく見ていると、何かが風に乗って飛んできた。

黄色の帽子、それが描く軌道がキラキラ光る砂浜のようだった。


「すみませーん」


と笑顔で駆け寄ってきたのは、口元のホクロと八重歯が印象的な女性だった。



初恋が鮮やかに染まってゆく。



おわり



96年のヒット曲でSD小説を書いてみた
企画提出品
スピッツ「チェリー」(一部歌詞を引用)
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