スタートライン


そして引っ越しの日がやって来た。

車内清掃中の新幹線を目の前に私はホームに立つ。この街での思い出は健司と過ごしたものばかりだ。そういえば前に健司と旅行する時もここから新幹線に乗ったんだっけ…。

健司は今日大事なプレゼンがあると言っていた。上手くいくと良いなぁ…。


「なーに浸ってんだよ」


声の方を振り返るとそこには健司の姿があった。


『え…どうしたの?!仕事は?!』

「辞めてきた」

『は?!な、なんで?!』

「いや、俺も一緒に行くから」

『え?!だって私たち別れたんじゃ…?』


さっきまでの私はどこに行ってしまったのか、つい取り乱してしまう。いや、さすがに取り乱さずにはいられなかった。


「俺は別れることに同意してない」

『で、でも進み出さなきゃって…』

「一緒にいるために、って意味な。お前と一緒にいたいんだよ」


健司にそう言われ、言葉が出なかった。健司はこんなにも私のことを想ってくれていたのに私は自分の都合ばかり押しつけてしまった。新幹線のドアが開いたが、嬉しさと情けなさが込み上げてきて動けない。発車のベルがホームに鳴り響く。


「ほら、進み出す、だろ」


健司に手を引かれ、私たちは新幹線に飛び乗った。そしてそのまま引き寄せられ、強く強く抱きしめられた。途端に涙が溢れてくる。


「責任取れよ。俺を本気にさせたんだからな」

『…うん。ありがとう…』


〝進み出す〟


その五文字に背中を押されるように、新幹線は進む。

健司と過ごした街がどんどん小さくなっていく。


きっとここが私たちのスタートライン。



おわり


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