秋田の短い夏の夜
大きな竿燈がここからだと全体が見られて好きだった。上から見ると大きな生き物がうごうごと街を練り歩いているようで新鮮だった。
「この微妙に気持ち悪い感じが好きなんだピョン」
『なるほどぉ。私は先輩が好きなの物を一緒に見られて嬉しいです!』
本当に嬉しそうにするから、からかいたくても出来なかった。彼女が動く度に揺れるポニーテールが心をグッと鷲掴む。
「君のそのポニーテールも…好きだピョン」
柄にも無い事を言ったことは分かっている。だからなのか彼女は少し驚いたようにしていた。しかしそこはある意味さすがと言うべき反応が返ってきた。
『え、ホントですか?嬉しいっ!じゃあ学校にもしていきます!!』
彼女は興奮ぎみにそう言った。でも…
「いや、学校はダメだピョン」
『へ…?』
「…見て良いのは俺だけってことだピョン」
俺は今どんな顔をしているのだろう。きっといつものようにすました顔ではないはずだ。それは彼女の表情が物語っている。
『そ、それって…あの……』
「言ったはずだピョン。覚悟するようにって」
彼女はゴクリと音を立てて唾を飲み込んだ。こんな漫画みたいなリアクションをしてしまうところも愛おしい。
「君のことが好きだピョン」
『……っ……!!』
分かっていてもどうやら彼女は言葉が出て来ないようだ。いつもはグイグイ押してくるくせに、いざとなればこんなリアクションをされてしまっては笑わずにはいられない。すると突然、彼女の目からスーッと涙が流れてきたのだ。
「ど、どうしたピョン?」
『ご、ごめんなさ……私のために先輩が笑ってくれて嬉しくって…。先輩…私、今めちゃくちゃ幸せですっ…!』
「おかしな奴だピョン。でも…そういう所が好きだピョン」
さっきまで大きく見えていた竿燈の灯りがどんどん遠く、小さくなっていく。これ以上ないくらい良い雰囲気だ。
彼女に触れたい。抱き締めたい。
そう思い手をのばそうとした時だった。
『へぷちっ…!!』
彼女が何ともマヌケなくしゃみをしたのである。
「…台無しだピョン」
『ホントですね…』
へへへと照れくさそうに笑う彼女の笑顔が可愛くて堪らない。これはこれで良いのかもしれない。
腕を引き、小さな身体を包み込む。夜になればもう少し肌寒いけれど、抱き締めた彼女の体温が温かくてほっとした。
秋田の短い夏の夜は、もう秋が少しだけ顔を覗かせている。
高校最後の特別な夏。
おわり
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